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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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発達障がいを抱えながら(そうでなくても)、それぞれの道を行く
ご訪問ありがとうございます。

連休で、息子が帰宅しました。
昨夜、初めて、名刺をもらいました。
感動~
亡くなった両親にも見せてやりたかったな。

今朝は久しぶりに息子のピアノを聴けて幸せ。
楽譜が無いので、スマホを見ながら弾いていたヴィターリのシャコンヌ。
ユーチューブで検索していたら、「グリュミオーのが良いんだよ」と、
さささっと英語入力。おー、もう母にはできんことばかりだ。
同じ譜でも、弾く人によってバイオリンの音色が違う、くらいは、聴き比べて分かりました。

アルテュール・グリュミオー

すでに亡くなられているバイオリニスト、ピアニストです。

この間、リンク先の馬場亜紀さんのブログで、仏像修復師のコミックを知って読んだよ、と報告。

吉報配達ブログ「過去の思いを継ぎ、未来へ思いを託す」

話をしたら、うんうんと頷きながら聞いてくれて、それ、本も音楽も同じやな、と。
短いスパンでものを考えるのでなく、3ケタ以上の年代=100年、1000年単位で考える、というのは、奥深いです。

今、彼が弾いているピアノも、私が子どもの頃に買ってもらったものだから、彼よりも長生き。
本も楽器も、たいてい、自分より長生きだよね、と。
外国から古書を取り寄せたら、つい最近亡くなった学者さんの所有物だったりして、
欄外に書き込みがあったり、線が引いてあったり、それがすごく勉強になる、とも言ってました。

私はほとんど詳しくないのですが、彼は数学も好きなので、
「フェルマーの最終定理」みたいに、本の余白に書き込まれた中に大発見があったりする、そうで・・・。
余白が足りなくて、書かれてない部分に謎が残ったらしい。
うーん。

あれやこれや話す中で、
「ものすごい長い時間の一瞬を、自分が借りている」と思う、と言う息子に、
親ながら、ほほう、と、感心させられました。

大学院での最近の様子を聞くと、
やはり、指導教官の影響は大きいなと感じる、と言っていました。
文献を読む時の視点や方法が、先生のやり方に沿ってきたなと思う、とのこと。

大学時代は、研究に関しては割と放任、自由にさせてもらって、
発達障がい学生支援は事務方が行ってくださり、
本人もそれでとても助かってましたが、
大学院になると、メインの研究面で、指導者の役割が大きいみたいです。
本人の困り具合が減ったので、院からは、大学に本人の特性を伝えないまま、
成り行きに任せて、何とかやりくりできています。
直接の指導教官ではないけれど、「僕は発達障がいだから」と公言されてる先生もいらしたりして、
環境的には過ごしやすい中で、
自分の興味関心に沿った研究ができていることは、何よりありがたいことです。

よもやま話の中で出てきたのが、
学内では、中高生が学生にインタビューして回る場面も時々見かける、ということ。
先日、自分も質問された、と言うので、興味津々!
どんなこと聞かれたの?
「なぜ、この大学で勉強しているんですか?」
ここで、ハッと自分の過去を振り返ったそうで、
気がつくと暗い森の中にいるような・・・云々、思いは駆け巡ったけれど、
そんなことを中高生に話しても仕方ないので、
「ここへは大学院から入学したけれど、それは、やりたい研究ができるところだったから」
と答えたそうです。
さらに「おすすめの勉強法はありますか?」という問いに、
「図書館をたくさん使ったらいいと思います」


図書館!
魅惑的な響きです。
彼の原点は、不登校時代に通い詰めた図書館だものね。

でも、彼曰く、
「馴染みのある場所へは行きやすい。
自分にとっては図書館はそうだったけど、
あまり行ったことのない学生にとったら、行きにくいかもしれない。
それは、自分が、マクドナルドやスターバックスに入りにくいのと一緒と思う。
選挙も、投票場に行ったことが無ければ、なかなか行きにくいだろう」 と。

環境や経験、って大きいな。

それに、やっぱり、個性もあるよね。

ナカリは、
図書館、空いてれば、そこそこ楽しんで本をめくっていられるけれど、
自分から出かけていきたい場所、ではないかな。
美術館も、興味があれば一緒に出かけられるけれど、ハードルが低いわけではない。
「外出」全般が苦手なので、ネットサーフィン・・・
それも、刺激になる時は、外の世界をシャットダウンして、
自分だけの空想の世界に入り込む。
イマジナリ―フレンズ、ラバーズに囲まれた世界。

来週、アートの先生のアトリエに初めて行くから、
そこが、居心地のいい場所になればいいな。

マイペース、マイペース。

息子、がんばれ。
ナカリも、がんばれ。
母も、がんばる。
みんな、我が道を行こう。
そして、(家族とか我が子とかいうだけの意味ではなく) 未来へ、つないでいこう。



子どもの日常 | 13:23:13 | トラックバック(0) | コメント(10)
EMDRに向けて  カウンセリングで下準備
ご訪問ありがとうございます。

今日は、カウンセラーさんに「質問しよう」と意気込んで行ってきました。
いつものように、最初だけ私がヘルプして出るつもりでしたが、
EMDRに向けて、今回、念入りに準備しておこう、ということで、
今まではしたことがなかった、トラウマ判定Q&A?のようなものをやっている間、同席しました。
過去のある一点の出来事に絞り込んで、そのことに関する心や体の状態を、
1(全くない)から5(ほぼ当てはまる)までの指標のどれに近いかで答える質問用紙です。

結論を言うと、ナカリは37から49という数字が出ました。
25以上だと「トラウマ」に当てはまるらしいので、これ(舌打ち)はやっぱり、かなりのトラウマ。

音には音で対抗するのが良い、とのことで、
いつも、私が左右の膝を手でトントンする刺激でやってきましたが、
前回初めて取り入れたヘッドホンでの耳への刺激(左右交代に音が出る)を、
今回も並行してとりいれよう、という事にしました(ナカリ本人の希望)。
次の予約は1カ月以上先ですが、
EMDRで「舌打ちをやっつけよう」という前向きな気持ちを持ち続けることができますように。

で、
ナカリが「質問しよう」と言っていたのは、
「私は統合失調症じゃないか?」「私はウツじゃないか?」
ということでしたが、
カウンセリングの場を離れて用事を済ませてから私が迎えに行くと、
どちらも「違うよ」というカウンセラーさんの答えに、本人も納得、の様子でホッとしました。

私が留守の間に二人で話した内容を、
ナカリも了解の上で、カウンセラーさんから教えていただきました。
いつもそうなのですが、話しながら「書いて」くださるので、形に残って助かります。
書いた紙をコピーして持ち帰らせてくださいました。


「誰でもウツになるけど、ナカリちゃんはウツだろうか?」
今のところ、ちがいます!!」
「落ち込んでいる状態とウツは似てるけど違う」
「先生はウツの人にたくさん会います=ウツのお薬を飲んでいる人」
「悩みがいろいろあって、落ち込む時がある⇒一時的にウツになる可能性がある」
「眠れなくなる、食べれなくなる、外出できなくなる⇒これが増えたらウツ」
「ナカリちゃんは、しんどいことを乗り越えるために努力してきた、戦ってきた、今もがんばることができる人
「EMDRを使って、嫌な記憶をやっつけよう!、というのは、ウツの時には無理かも。しんどくてEMDRをやる気になれない」
「ナカリちゃんも、かつてはウツ傾向にあったかも・・・外出できなかった、チャレンジできなかった」

「ナカリちゃんは、統合失調症ではありません!!」
「舌打ちは、統合失調症による幻聴ではなく、トラウマによって嫌な記憶を思い出している」

「楽になりたい、というのは当然のこと、当たり前、それと死ぬことはイコールではない」
「楽になるためにEMDRしたい、とか、当事者会に参加する、とか、努力している」
「死ぬことは大変で、楽じゃない!!」
「おばあちゃんが死んだのは、寿命、であって、自分で選んだのではない」
「人間は、自然と死ぬ日が来る。いくら科学が進んでも人間には皆、寿命がある。」
「死ぬとどうなるか? いろんな宗教がある」
「大切な人が死んだら、生きている人は、『その人が楽になった』、と思いたい!!⇒事実かどうか誰も知らない」

「生きることは楽じゃない。でも、時々嬉しかったり楽しい時があったりもする。ずっと楽な人はいない
「少しでも楽しく生きることができるために、みんな、努力が必要!!」
「ナカリちゃんもいろんな困難や苦手があるけど、乗り越えるために努力して、楽しい時もある」
「当事者会も、何回も重ねていくと楽になったり楽しくなる可能性がある」


メモは断片的な言葉で、行ったり来たりの話だったようですが、
前回「うまく話せなかった」と、終わってすぐに落ち込んでいたナカリの表情と、
今回終わって帰る時の表情とは全然違ったので、良かったんだなと感じました。

この調子で、次回、EMDRが上手く進みますように!



子どもの日常 | 23:18:47 | トラックバック(0) | コメント(2)
2回目の当事者会
ご訪問ありがとうございます。

昨日、相談支援センタ―の当事者会に、1カ月ぶりに親子で参加してきました。
1回目の時に自己紹介しあった方が3人と、今回初めてお会いする方が1人、
あと、スタッフの方が1人に私たち親子2人、合計7人で、
七夕飾りを作りました。

本を見ながら、折り紙を折って切って、こよりをつけて、笹の枝に括り付ける・・・
その作業の合間に、名前でからかわれたことがあったか、とか、
転勤族で言葉をちゃかされた、とか、一番辛かったのは物を隠されたこと、とか、
子どもの頃の昔話をしながら、「私って天然だと思います?」と突然聞く方がいたり、
ミスチルのコンサートに行ったという話や、好きなミュージシャンが誰かとか、
他愛ない会話をはさみながら、あっという間の1時間半でした。

この間、私は会話に入りましたが、ナカリは一言も言葉を発せずじまい。
なかなか顔も上げられず、他の人の顔を見ることができなかったようです。
でも、折り紙で、飾りはしっかり作り、自分で括り付ける作業も出来ました。
次回は暑中見舞いはがきづくり、ということで、三々五々解散・・・。

その後、私には何も言わなかったのに、
夫宛のメールで「しゃべれなかった、仲間に入れなかった」
と訴えていたようで、
夫が気にして私にメールをくれて初めて、
そう思っていたと知りました。

仲間なんて言葉に振り回されなくていいんだよ、
まずは「顔見知り」になって、名前を憶えて、そこまで進んできたんだから、
これからも、ちょっとずつ、だよー、と、なるべく「軽く」対応する私。

自分から話せなくても、
次、何か聞かれたら、分からない、でもいいから答えたらいいし、
何も話せなくても、別に誰も怒らないし、嫌なこと言われたりしないと思うよ
(ナカリの固い気配を察して、今回は誰もナカリに話を振りませんでした。
そのあたりの「空気」は、皆さん読んでくださったみたいです
=この子に何か質問したら、かなりプレッシャーになりそうだから遠慮しよう、と。
さすが、当事者会、です。)

出来上がった七夕飾りはこちら。
七夕 IMG_0168
「万馬券が当たりますように」という願い事が面白かったです。
ナカリは「毎日平和に過ごしたい」と書きました。

いろんな当事者の方たちと出会えて、まだ会話は出来ないけれど、
外に出ることができていることに感謝です。

今日は、お友達のお母さんが、久しぶりに室内プールに連れて行ってくださり、
水中歩行したり、浅いプールで浮かんだり泳いだり、ジャグジーであったまったり、外に出て日光浴したり、
夏休み前で大人ばかり(どちらかと言うと高齢者中心)のプールを楽しみました。
そのまま外食して、ペットショップに寄って、いろんな動物や鳥や魚を見て帰宅。

連日の外出で、少し疲れたか、ナカリは今、夕方寝をしています。

昨夜は、「話せなかった」ダメージからなかなか回復できなくて、
また、イライラし始めたので頓服を飲んだけれど、
「生きていてもいいことなんにもなさそう、おばあちゃんみたいに死んで楽になりたい」
発言が出てきて、これは困ったと思い、
「思ったことを紙に書いたら?」と、私はスル―して、
なるべく距離を取って過ごしました。

あとで、ナカリが書いた内容を見てみると・・・
(書いた紙を机の上に置いたままだったので)



>人とうまくしゃべれない。
 言葉がでない。
 かたまってしまう。今日、言葉がでなかった。
 人の顔が見れない。

 (中略)

 前みたいに、はじけたりしゃべったり、にはなりたいとは思わない。
 しゃべらなすぎ、大人しすぎの状態。
 もう少し、りんきおうへんにパッとしゃべれたらいいのにと思う。
 それが出来ない。

 大丈夫だよ、僕は君の味方だよ、という言葉は、私が言ってるが、
 パラレルキャラのセリフなのか、あれ、よくわからなくなってきた。
 
 なかなか周りとなじめない。
 周りの人、すぐ仲良くなるなあ。
 周りの人はすぐ仲良くなっていたよ。
 私はどこへ行っても孤立したよ。
 孤立しやすいタイプなのかなー??

 (中略)

 毎日平和に過ごしたいと願った日に、ねがわなかった・・・(←叶わなかった)。
 怒ってしまった。
 怒りっぽい。なぜか?
 
 とてもムズかしい私。
 こんな私とそばにいたい人なんて、パラレル以外出会わないんじゃないか。
 ずっと一人かも。
 ずっと一人+想像かも。
 それでいいじゃん!!
 そうだね、他の人、他の人カンケーないし!!



書きながら、自分で自分の気持ちに折り合いをつけて行った様子が伝わって、
がんばったなー、ナカリ、と、感じました。
最初は怒ってたけど、だんだん冷静になれて、
私にも「ごめんなさい」をくり返したのは、
こういう振り返りの時間が持てたからなんだ・・・

これはいい手だ。
ブログを書くみたいな感じかな。

怒りそうになったら、この手で行こう、「書く」「書きながら考える」
うん、がんばろう!

今日は七夕。
私の願い事は、「みんなが無事に、穏やかに、毎日過ごせますように」
今夜は曇りだけど、ナカリと一緒に夜空を見上げようかな。

SMAP『夜空ノムコウ』


ナカリが保育所で「○○お母さん」と名前を呼んで、
よく、おんぶやだっこをして、大事にしてもらっていた○○先生が、
若くしてガンで亡くなられた際、
お通夜の席で「故人が好きだったSMAPの曲です」とアナウンスされ、
明るい曲、しっとりした曲などなど、SMAPの曲が次々流れたのが忘れられません。
SMAPを聴くたびに、亡くなられた先生のことを思い出します。





子どもの日常 | 18:45:21 | トラックバック(0) | コメント(8)
幻聴(舌打ち)が無くならない
ご訪問ありがとうございます。

今回、少しマイナス思考に引っ張られた記事なので、
その手の記事が苦手な方、意見したくなる方、はスル―してください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

週のはじめは不調になるナカリですが、
昨日、私が仕事に出る前に「幻聴が聞こえる」と言い、
いつ?どこで?という問いに、人混みの中だけでなく、自宅でも、と言うので
じゃあ、舌打ちしてるのはお父さんやお母さんってこと?!と思わず聞いてしまうと、
だから幻聴なんだと思うけど・・・と、萎れてしまいました。

このところ忙しくて、「遊んで」というナカリの要求に応えきれていない結果だろうな、
と思いながら、雨の中を出勤しました。
「遊べなくてごめんね」に
「もういい、二度とお母さんに遊んでって言わない」と答えるなど、
一体あなたは何歳ですか?と聞きたくなるような状態で、
少し疲れています。

なおかつ、
仕事中にメール「○○おばさんは舌打ちしないですか?私の聞き違いかなぁ・・」
・・・!?
○○おばさんというのは、母の妹で、クリスチャンで、
母の最期を一緒に看取ってくれた叔母です。
誓ってする訳ないよ!と、返信メールを打って、心がざわついていたら、
夫からも「不安の表れだけなんだから、そんなに怒らないで」とたしなめられ、
私にとっての地雷は「幻聴」なんだと再認識しました。
ああ、もうこの言葉、聞きたくないっ!


昔、ナカリが通学していた専門学校高等部でも、
ナカリが「舌打ちされた」と訴えた時、
その場面を実際見ていた教員が「ありえない状況です」と、
ナカリの「幻聴」の方に問題あり、という態度で、
なぜそうなるのかという背景の部分には無関心なまま、ナカリを否定的に評価された・・・
それにも親子で傷ついたことがあったのですが、
今回も、
同じように
「ありえない」状況で、敢えて「舌打ちされたのでは?」と訴えるナカリの「不安」を、
私はどう受け止めたらいいのだろう?
心のざわつきを通り越して、苛立ちになり、怒りのスイッチが入らないように・・・。

本人は
「私、統合失調症かな」
「病院で、先生に(幻聴が聞こえると)言わなくてごめんなさい」、と、
確かに、不安がっているのはわかるけれど、
こちらも心が傷つくと、優しく対応するのが難しい。

EMDRで幻聴をやっつけてほしい、と、
前回、本人の希望をカウンセラーさんにはお伝えしたけど、
まだ具体的には話が進んでいません。

困ってる 8 CCI20150319_0001
昔、ナカリが作ったWatashi という冊子の「困ってる」ことの一部です。

これが、「人とすれ違うとき」だけでなく、
家の中に居る時にも外の音が気になる状態、から始まって、
舌打ちしてくる相手が、両親や叔母さんにまで拡大している・・・、
それって、「不安の表れ」と夫は言うけれど、
本人や関係者に真偽を確かめる?ように聞いてくるのは、
聞かれる側の気持ちを考えることができない=そのくらい自分のことで一杯一杯
ってことだよね。

こんな人 3 CCI20150316_0002
同じ冊子の「私ってこんな人」の一部です。

こうやって、同じことを質問して、同じ答えを確認して安心する。
この繰り返しを20年近く重ねてきて、
私も何度もキレながら、一応学んできたつもりだけど。
今回の「○○おばさんは舌打ちしないですか?」に、
私は勝手に傷ついてしまった。
(母=私も舌打ちしてるのでは、と問われた以上のダメージ)

それは、○○おばさんとナカリが会ったのが、母の看取りの時が最後で、
ということは、あの渦中で、
最も母の支えになってくれていた叔母に対してさえ「不信」を持っていた、
ということだから。
そこから、母の死、の前後の場面を思い起こされ、
一緒に看取ってくれた叔母を傷つけたような気持ちにさえなったから。


疑心暗鬼・・・
不安が不安を呼び、被害妄想が膨らむ、
相手に心を許せない、それでいて、一人は寂しいとも思う、
矛盾だらけの心の内を、そのまま言葉にしてぶつけてくるナカリ。
こういう愚痴記事は、読み手にもマイナス感情を引き起こしてしまうから良くないなあ、
と思いながら、
今日の雨のように私の心でも雨が降っているので、
溜まってしまう前に、少し水を抜いてみました。

ナカリの予期不安に似てるかもしれませんが、
前に「死んでしまいたい」愚痴記事を書いたときについたコメントの中の、
「誰にでもあることを・・・ものすごく大層に捉えて(悲劇のヒロイン風)」という言葉に、
私自身、深く「傷ついた」(腹が立った、ではありません)ので、
この記事を書くにあたっても「不安」があります。
そういう風に受け止める方には記事を読んでいただきたくなくて距離を取っていましたが、
もしかしたら、また目にされてしまうかもしれません。

誰にでもある経験、かもしれないけれども、
経験の中身も、心の状態も、一人一人違います。
同じ人間でも、その時々の状況で、受け止める心のダメージは違います。
こう書きながら、
ナカリの心の不安や、
思ったことを正直に口にしてしまう(嘘がつけない、内心ダダ漏れ)特性、
を、
客観的に、第三者として冷静に受け止めてあげなければ、
と、自分を振り返らされる状態です。

コメントを書いてくださる方は、それぞれに思いがあって書いてくださるのだから、と、
ここでは承認制にしないで、全部オープンにしていますが、
批判したり意見したりしたくなる方は、
どうか、見なかったことにしてスル―してください。
(一時的にコメント欄を閉じる、という手もあるようですが、
やり方が分からないので、そのままにしてあります。)


自分の心の整理のための記事を、長々、
読んでくださってありがとうございました。



子どもの日常 | 12:07:20 | トラックバック(0) | コメント(27)
親子でナイトラン
ご訪問ありがとうございます。

昨日からナカリも連れて、泊まりがけで仕事に出ています。
昨夜は久しぶりに親子3人でジョギング。
夜の大阪市内・・・中之島周辺の散歩コースを走りました。
日付が変わる前の週末の都会。
他にも走っている人が何人か。

川面にビルや信号のライトが映ってユラユラ綺麗。
夜景①

かなり遠くまで走ると、船を使ったバーが、まだ営業していました。
夜景②

でも、お客さんは居ないみたい・・・
並んだ酒瓶や、吊されたグラスが、外国の街みたいで、ちょっとロマンチック。
夜景④

逆方向から見たお店。
ナカリのコラボ作品の背景に使えそうね、とパチパチ。
夜景③

Uターンして帰る途中には、草むらに隠れていた子猫と母猫(多分)にも出会い、
遊歩道で寝ている人、デート中のカップル、にも出会い、
気持ちいい夜風に吹かれた後は、シャワーですっきり。

このところなかなか眠れない、と言うナカリも運動したからか、ぐっすり寝て、
今日また一緒に出勤しています。
源泉税納付や労働保険関係事務が重なる時期、ちょっと忙しいけど、お仕事、頑張ろう~

ナカリは撮ってきた写真をコラボ作品にまとめるのが楽しそうです。
休みじゃないけど、いいお休みになりました。

脳を鍛える(休める)には運動が大事、と改めて。
今日の夜は自宅近くを走ろうか、と話しています。

落ち着いたらまたゆっくり記事を書きたいです。
今年も折り返して、残り半年、ファイトです。



子どもの日常 | 14:08:20 | トラックバック(0) | コメント(18)
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