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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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目に見えない空想のキャラクターを大切にする(イマジナリ―フレンド)
ご訪問ありがとうございます。

昨日の記事で「肖像画」を描いているとご紹介した「カゲウラさん」。
ナカリの心の恋人です。
パラレルワールドのなかにイメージとして存在し、
イラストに描いて2次元化したり、
私がぬいぐるみマスコットを作って3次元化したり、
キャンパスドールを購入し、服を着せて顔を描き込んで一緒に暮らしたりしています。

昔の記事で紹介した映画「ラースとその彼女」に出てくるリアルドールのビアンカ、を、
羨ましいなあ、あんなのが欲しいなあ、と思っているナカリです。
(いろいろ検索しましたが、リアルドールは圧倒的に女性ばかりで、
男性のドールはアメリカ製とか、超高価格とかで、手が出ません)

「目に見えない存在」を身近に感じる、というところで言えば、
昔、少年ジャンプで連載されて話題になった「ヒカルの碁」に出てくるオバケ?「佐為」、
…みたいな存在、というのはナカリの弁。
他の人には見えなくても、自分だけには見えている、そういう感じ。
いつでもどこへでもついてくる、そばにいてくれる。
イマジナリーフレンド(ラバー)。

想像力が豊かな子どもたちが、つくりだすキャラクター。
特に、自閉っ子にも多く見られるとか。
幻聴ではなく、幻視に近い部分もあるかも。
(妄想、という表現は本人が嫌がります)

でも、考えたら、これって・・・
「赤毛のアン」や「星の王子さま」にも通じる部分、ですよね。

どこまでが現実で、どこからが空想なのか。
想像力がたくましい、ということは、
生きる上で、多少不便かもしれないけれど、実はとっても素敵で楽しいことじゃないのか…。

正直言うと、
私自身、昔はなかなか受け入れがたかった世界なのですが、
紆余曲折、何度もの失敗体験から学ぶ中で、
心の世界を頭から否定したり、現実を押し付けたりしないで、
一緒に空想を楽しむようにしよう、と心がけ、
また、本人を傷つけないように、いろいろ考え、
配慮を重ねながら、「今」まで辿り着きました。


今回、肖像画を描きたいと思ったきっかけは、昔、見た映画「ハーヴェイ」。
ジェームズ・スチュワート主演、1950年製作の白黒映画ですが、
私が偶然テレビ放映を見て、これ!ナカリと一緒だ、と、心動かされてDVDを購入し、
親子で一緒に見て、分かる分かる、と共感したものです。

ハーヴェイ映画カバー
主人公には、身長180センチを超える巨大なウサギ、ハーヴェイ、が見えていて、
自分の大切な友達として、まわりの誰彼となく紹介してまわります。
目には見えない=写真には写らないけれど、肖像画には描くことができるハーヴェイ。

ハーヴェイ肖像画

このシーンが強烈に残っていて、いいな、と。
(ただし、
一緒に自分のイラストも描いてしまうと、自分であって自分ではないナカリにやっかみそうなので、
カゲウラさん一人だけの肖像画にした次第です。)

映画そのものの解説は、「ラースとその彼女」も含めて書かれたブログを見つけたので、
良ければこちらを・・・ 雑記「ハーヴェイ」鑑賞

誰に迷惑をかけるわけでもなく、
ずうっと心の友達、恋人を大事にして、穏やかに自分の世界を生きる…。
それもあり、だな、と、今は思っています。

映画「ハーヴェイ」に出てくる精神病院での治療について、
タクシーの運転手が、「治療の注射を受ける患者が、行きは陽気なのに、帰りは人が変わったよう…」
と話すのを聞いて、それまで「あのウサギを何とかして!」と言っていた主人公の姉が、注射を断り、
ハーヴェイの存在を認めて、これからも一緒に暮らそう、という気持ちに変わっていった姿が印象的でした。
(ちなみに、この姉役のジョセフィン・ハルさんは、アカデミー助演女優賞を受けています)


無理をして、現実との折り合いをつけさせる、のではなく、
心の世界を尊重しながら、どちらかというと、その世界に主軸を置いて、
この厳しい世の中を、何とか生き抜いていけたら、それで十分、マル。
外の世界からの情報を取捨選択して、不必要な刺激は避けて、
穏やかに生きよう。

今回の肖像画製作で、笑顔が出ているナカリの気持ちを大切にしたい、
と、しみじみ思っています。
「ラース・・・」の記事を書いた時よりも、ナカリに寄り添えるようになったかな…。
なんとなく、迷いが吹っ切れた感じが自分でもしていて、
先々長いナカリの人生を、ありのまま、できるだけ楽しく平和に
と、
先取り不安を乗り越えて、親の立場でも、そこに重きを置けるようになったことが、
自分自身、ちょっと嬉しい発見でした。

明日はナカリとマスコットたちと一緒にショートステイです。
旅行気分で楽しめますように!

今日も、長々、読んでくださってありがとうございました。



子どもの日常 | 22:52:17 | トラックバック(0) | コメント(4)
外部からの刺激を遮断するツール~帽子とサングラスとイヤホン
ご訪問ありがとうございます。

今日はナカリと二人でバスに乗って、先生のアトリエまで出かけました。
暑い暑い直射日光の中、帽子は必須ですが、さらにサングラスも加えて、
いつものようにiPodをイヤホンで聴き、
視覚と聴覚を守りながら往復しました。

実は今朝、
出勤する夫から、「リタリコ発達ナビで、自閉症の視覚体験シュミレーターを見たよ」と聞き、
「人ごみに入ると、光がちらちらして苦しいのがよく分かった」とのことで、
早速検索。
ユーチューブにも挙がっていたので、貼ってみます。



確かに、これはしんどいだろうな。
(リタリコの記事は 自閉症を体験できる?阪大と東大が開発中の「自閉症知覚シミュレータ」がすごい )

ただ、娘の場合、振り返ると、
幼い頃はかなりの過敏性でパニックも頻発でしたが、
保育所時代から集団に慣れ、積極的に人に関わろうとし、
小学校ごろにはディズニーランドも大丈夫なくらいに落ち着いていたのが、
中学でのいじめ目撃体験に傷ついて、高校で通学途中の舌打ちに驚いて、
すっかり人混みが怖くなってしまったので、
自閉症によるもの、というより、2次的な感覚過敏も大きいのではないかと思います。

見え方も、これほどのチカチカではないような…。
実際、娘にもこの映像を見てもらったら、
「チカチカはしないけど、こんな感じ、分かる」とのこと。
とにかく、
人混みの中で私が感じるストレスと娘が感じるストレスの大きさは、比べ物にならない、
と再認識しました。
記事の中に、
必要なのは「大丈夫だよ」という言葉かけではなく、
 帽子を目深にかぶらせて目から入る情報を減らし、耳を塞いで刺激を遮断してあげることだった

という文章を見て、納得。

私は盲導犬のように寄り添って、一緒にバスに乗った次第です。

アトリエで2時間、よく集中して頑張った後、帰りのバスもクリア。
いっぱいほめて、帰宅後は休ませました。

おつかれさま。

今週は、もう一度、遠方の病院まで一緒に出かける予定なので、
次もきっちりガードして臨みたいです。

自宅での情報遮断として、二人の間はテレビ断ちしていましたが、
この間、結構テレビをつけてしまっているので、
私が席を外すと、ナカリは自分でテレビのスイッチオフ、を繰り返しています。
オフできない時には自分から、別の部屋に避難しています。
ごめんね、こちらが合わせないとね。

「外の世界の情報」が、フィルターなしに侵入してきてしまう辛さ、を想像しながら、
安心できる環境を整えるように心がけたいです。
夫からの情報に感謝でした。



子どもの日常 | 22:23:48 | トラックバック(0) | コメント(6)
図書館での当事者会
ご訪問ありがとうございます。

昨日の当事者会は、場所が市立図書館でした。
曇り空の下、ナカリとウォーキングで20分余り、
集合時間から少し遅れて到着したけれど、誰もいなくてどうしようか・・・
とりあえず中に入ってみると、久しぶりの中央図書館はリニューアルされていてビックリ。

隅っこの席を確保してナカリを座らせ、
私だけ入口周辺をウロウロ。
すると、入り口近くの席に見覚えのある方が一人。
「○○さんですか?」とお声をかけると、はい!と笑顔。
皆さんまだですね~、相談機関に集まってそこから車で来られる人たちもいるからまだまだですよー、
と、何回かこの場で集まったことがあるような先輩の言葉に安心して、
奥の方にいますからと声をかけ、ナカリを連れて本棚を見て回りました。

美術の棚から何冊か選んで、椅子の方へ。
机も空いたので、座って模写を始めました。
特に気に入ったのが、ナカリが2歳の時に出版された古いイラスト集。
ポーズイラスト表紙

紙を載せて模写しながら、パラレルワールドのキャラクターに変身させて、
黙々と描きました。
その間に、お母さんが送って来られた方が一人、
相談機関から到着したスタッフさんと当事者さんたち、が集まり、
皆さんで「じゃあ、最後に集まる時間だけ決めましょうか」と、
40分後くらいに時間を決めて、各自、本棚へ。
私も1冊選んで、ナカリのもとへ。

静かな時間。

久しぶりの図書館でした。
ナカリは結局3冊借りることにして、
最後の集合時間にみんなと顔だけあわせて、
次回はVTRを観ましょう、何がいいですか?
手話とかいいかな、当事者さんの話も聞きたいな、という話だけして解散。

ただそれだけ、の集まりでしたが、
少しずつ顔見知りになれて、好きなイラストも描けて満足して帰宅できたナカリです。
ほんとに、ちょっとずつ。
話せるようになるまでの長い時間を、こうやって積み重ねていくんだな、と思いながら、
こうした「場」があることに感謝でした。

ナカリの模写を3枚アップしますね。
ポーズ模写1

ポーズ模写2

ポーズ模写3

ちょっとレトロな感じのイラスト集でした。
カゲウラさんファミリーに、ほのぼのした私です。
ナカリの頭の中で、こんな世界が広がってるんだなあ。


息子の方は風邪が長引いて、引き続き、寝て過ごしています。
芯が弱いので、いったん体調を崩すとなかなか回復しなくて本人も辛そう。
まあでも、諦めて、寝てるしかないですね。
世話をできるのもまた、母親の時間。大事にしたいです。
いのちの心配さえなければ、休んでいてくれることもありがたい気持ちです。

何でもない日常の話を読んでくださって、ありがとうございました。





子どもの日常 | 13:14:12 | トラックバック(0) | コメント(6)
EMDRでトラウマと向き合う
ご訪問ありがとうございます。

舌打ちの幻聴に苦しんできたナカリが、
自分から「EMDRでやっつけたい」とカウンセラーさんにお願いして、
嫌な記憶と対峙する決意で臨んだ今日のカウンセリング。

結論から言うと、ナカリがとてもよく頑張って、効果大!
取り組む前後で、記憶に振り回される状態が、かなり軽減されました。

使う刺激は、いつものように、私が両膝を交互に手でトントン叩くのに加えて、
音には音で対抗、ということで、ヘッドホンから左右交互に流れる音も併用しました。
はじめる前に、音の大きさやスピードを確認し、ナカリがちょうどいいという度合いに設定。
対峙するトラウマを
「高校1年生の時に、人混みですれ違った時にサラリーマンに舌打ちされた場面」
と絞り込み、
その時、どんな気持ちがしたか、から、一緒に振り返りました。

いくつかの選択肢の中から、ナカリが選んだのは

びっくりした
無視できなかった


でした。
これには私もびっくり。
そうか、まず、最初に感じたのは、びっくり、だったんだ!
そして、それを聞き流せなかった、引っかかって気になって、そこからずっと引きずっていたんだ。

で、先生が、次に提示したのは、どうなりたいか。
これもいくつかの選択肢の中から、自分の気持ちに一番近いものとして選んだのは、

私は大丈夫、嫌なことは無視できる

でした。
目標をここにおいて、いよいよ正面からトラウマに対峙します。

最初に、その場面を思い出した時の気持ちは、
とても困る⇔全く困らない、のゲージで測ると、かなり困る、という状態で、
やっつけがいのあるトラウマだと再認識してからのスタート。

左右の脳への刺激を受けながら、
先生と一緒に過去にさかのぼって、
その時、言いたくて言えなかった言葉、感じたこと、を探り出していくと、

こわい

が出てきました。
そうかー。びっくりしたあと、怖かったんだ。これもまたびっくり。
(他に、嫌だった、腹が立った、悲しかったなどがありましたが、
その他、を選んで、本人から出てきた言葉がこれだったのです)

引き続き、丁寧に気持ちを掘り下げていく中で、次に出てきたのは、
難しい表情とともに

怒り

でした。

先生が、
いいよ!そうだね、こわい、から、怒り、に変わるのはとってもいい、
と言ってくださり、
その怒りを外に出そう、と、
クッションを両手に抱えて、思い切り叩きました。
最初は「恥ずかしい」と言っていたナカリも、おずおずと叩いているうちに、
だんだん場面を思い出して怒りがこみあげてきて、
こぶしに力を込めて思い切りクッションを叩きました。

そして
一区切り一区切りするたびに、先生がいいよー、と肯定してくださり、
背伸びして少し力を抜いたり、
途中段階での気持ちの確認(ゲージを使って)をしたりしながら、
気持ちが吐き出されて、スッキリする方向に動いて行くのが、
指し示す数字でわかり、安心できました。

ある程度数字が下がってきたところで、
ここまでにしておく?もう少しやっつけてしまう?
と、先生が聞いてくださる度に、
もう少しやる、と本人が決めて、継続。
1時間半くらいかけて、最終的に、本人から出てきた言葉が

どうでもいい

でした!
そう、そうやねん、そんな相手はどうでもいいんや、無視したらいいんや!
私は大丈夫、やねん。傷つけられたりしないんだよ。

ひとつひとつの気持ちを、しっかりと味わおう、心に刻もう、と、
そのたびに左右の刺激を受けながら、目をつむって気持ちを自分自身でじっくり確認。

「どうでもいい」に辿り着いたあと、出てきた笑顔がすっきりしていて、
こちらまで肩の荷が下りた気がしました。

EMDRでは、
最後のまとめの時に、安心できるモノ、をいつも用意しておくのですが、
今回は、
先日の帰省の際に動物園で撮ったクロサイの写真を背景にした、
デート中のナカリ(写真)とカゲウラさん(イラスト)のコラボ!にしました。
この写真を撮ったあと、
サイが近づいてきてお尻を向けて、目の前でボタボタっと大きな糞をしたのですが、
それを思い出すだけで満面の笑顔になってくれたナカリ。
排便と似た感じで、トラウマをかみ砕いて脳から排出するのがEMDRなので、
ちょうどよいグッズになり、最後を笑顔で締めくくることができました。

トラウマ除去の取り組みで、すぐにゼロになるわけではないものの、
今回かなり成果を上げた様子なのは、
スタートの時点から、本人が克服しようとしていたこと、
この間、いろいろな活動を経験して、がんばってきたことで自信をつけていたということ、
が、大きかった、と、
先生が、とてもほめて力づけてくださいました。


母が亡くなってもうすぐ半年。
ちょうどカウンセリングに行くときにかかってきた電話で
「ナカリをほめてやるんよ」と言われたのが最後の会話になったので、
カウンセリングに行くたびに母のことを思い出すだろうと思います。
今日もナカリは、「おばあちゃーん」と、帰り道で空に向かって報告しました。

がんばったよ。
安心してね。いっぱいほめるからね。


帰宅したら、息子の方も少し熱が下がっていて一安心。
明日(ああ、もう今日だ)は、ナカリは当事者会。
連続ですが、無事に乗り越えられますように。
息子の回復も進みますように。

長い記事を読んでくださってありがとうございました。






子どもの日常 | 00:02:01 | トラックバック(0) | コメント(8)
息子の風邪…親はいくつになっても子どもの体が心配
ご訪問ありがとうございます。

いろいろなジャンルの、いろいろな方々の記事を読めることは、
私のメンタルを潤し、力づけてくれます。
コメント出来る時も出来ない時もありますが、
たくさんのブログ運営者の皆さんに、心から感謝しています。
この場を借りて、あらためて、ありがとうございます。
私自身、
身体の方は少しずつガタが来はじめていますが(^-^;)、
今のところなんとか無事に過ごせているので、
これからも、できるだけ気持ちは若く、
前向きに日々を過ごしたいと思っています。


…で、
お盆休みが終わって、昨日から仕事が始まったのですが、
休み中の疲れが出たのか、今朝方から息子が不調
ナカリと二人で留守番中に熱も出て、今日一日、寝っぱなしだったようです。

無理すれば動けなくもないという感じでしたが、
とりあえず明日下宿に戻る予定を先延ばしさせ、
近所の内科が開いていたら診てもらってくるよう、くぎを刺して休ませました。

ほんと
いくつになっても、親は子どもの体が心配。
小さなころ、子どもが熱を出すと、眠れない夜を何度過ごしたことか。
自分が痛かったり、しんどかったりする時以上に、
子どもが不調の時には、心配で身を割かれるような気持ちになります。

私自身も子どもの頃には、いっぱい親に心配かけたみたいたし、
母もまた、子どもの頃には祖母に一番心配かけた子どもだったと聞いています。
こんな風に、順送りなんだなあ。

ありがたいことに、ナカリは、体の方は丈夫なので(ちょっとした不整脈以外)、
そういう心配が少なくて感謝です。
むしろ息子の方が、耳鼻科系に問題を抱えていることもあり、
独り暮らしで一番心配なのは、そこ…。
今回も、ある程度回復してから帰るよう、無理にでも引き留めている状態です。
(まだ子離れできてないなあ~)


ちょうど、
新聞の書評に惹かれて読んだ「持たない幸福論」(pha著・幻冬舎文庫)で、
体力のあるなしによる違い、を述べている部分がありました。
phaさんの本
息子も「体力がない方のひと」なので、phaさんと同じく、年よりじみて?います。
それが、良い方向に出る時には安心なのですが、体を壊すと気が気でありません。

>疲れたときや不安なときはゆっくり休むのが大事だ。
 大抵の悩みごとは休息を十分に取れば半分くらい解決する。

そう、休める時には十分休んでほしい。
帰省中、ナカリもがんばったけど、息子もがんばったから、もう少し休憩してから帰ってね。

このphaさんの本の中に、
「男の子は、水に漬けて日に当てて寝かすべし」という西原理恵子さんの言葉がでてきて、
>体力があり余っていて目を離すと何をしでかすか分からないから、
 プールとかで泳がせて体力を消耗させると扱いやすくなる、という意味だ
との解説があります。

西原さんは、ダイナミックな子育てで、私にはとてもまねできないけれど、
ちょうど愛媛から帰る飛行機に乗る前に、空港の書店で夫が買ってきて、
「はい、待ち時間に読むのに良さそうだと思って」と渡してくれ、一気読みした本。
「女の子が生きていくときに、おぼえていてほしいこと」(西原理恵子著・角川書店)
西原さんの本

偶然ですが(でもないか?)、
この本の最後でも、先のphaさんが書いていた内容に似た、
>女たちは、次の世代、また次の世代に希望を託してきた。
 ・・・ちょっとずつ、ちょっとずつ、糸をつむぐように、女から女へ橋渡しされてきた希望の種なんだ・・・
という言葉があり、
3歩進んで2歩下がる、的な形で、世の中が進んできていること、を実感させてくれました。

>せめて子どもには、今の自分より、少しでも幸せな人生をあげたい

そう、そのためなら親は何でもするよ。
いつも無事を願っているよ。
子どもの方も、その思いに応えてくれてることに感謝しているよ。

ナカリは明日、EMDRで、幻聴のもとになった体験と対峙する予定。
息子には、一人留守番の間に休息をとってもらわねば。

今日一日に感謝しながら、
明日もまた無事でありますように。

ありがとうございました。




子どもの日常 | 23:36:14 | トラックバック(0) | コメント(4)
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