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ナカリ母

Author:ナカリ母
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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発達障がいの人を、どう『悪意』から守るか
ご訪問ありがとうございます。


残念なことですが、相続をめぐってトラブルが発生しました。
それも、母方ではなく、先に亡くなっている父方の親族との間で、です。
私が大嫌い!だった父方の親族。
思いだしても父方の親族に対しては腹立たしい事しか出てきません。
父が母よりも先に亡くなったので、これで縁が切れた、と思ってせいせいしていましたが、
母が父から相続した債権をめぐって、それを更に相続した私との間でバトルになりそうです。

今後の詳しい展開はまだわかりませんが。

世の中には、はっきりした『悪意』を持つ人がいる、ということを、私は父方の親族から学びました。
こまごました出来事を挙げればキリがなく、
昔ベストセラーになった「平気で嘘をつく人たち」という本を思い出すくらい、
平気で嘘をついて、平気で人を傷つけて、平気で知らん顔する人たちです。
自分さえよければいい、ということを絵にかいたような人たちです。

まあ、その人がそうなった背景もあるのでしょうが、とてもそこまで思いやることはできません。
私の立場からは、憎しみと憤りと嫌悪しか出てきません。
両親とも亡くなって、闘う主体は自分しかいないので、負けるものか!と思っています。

長男の嫁、として苦労した母。
お姑さんとの同居を余儀なくされ、介護を重ねてやっと自由になったと思ったら、
今度は小姑さんが戻ってきて半同居の生活。
夫婦二人だけの生活は数か月にしか満たないものでした。

振り返れば、私が子どもの頃から、
私の家は、親族が四六時中集まる場で、「家族が憩う場」では全くありませんでした。
両親が大阪に来ている間は、親族が留守宅に勝手に入って、勝手に何でも持ち出したりもしていました。
家族3人の暮らしを夢見続けた母が、
私の大阪の自宅に強くこだわった(もう1度だけでいいから行きたいと言い続けた)のも、
自分自身の世代で実現できなかった夢を私の世代に重ねていたからなんだろうなと思います。


母が亡くなる時、枕もとで流れていた息子のピアノは、私が両親に買ってもらったものですが、
昔自宅に置いてあった頃、父の親族たちは「うちの(ピアノ)は財産だから、ここで弾け」と、
飴でべちゃべちゃの手の我が子たちに、私のピアノを弾かせていました。
父方の祖母は、鉢植えをピアノの鍵盤の蓋の上に土が付いたままドンと置いてヘイチャラでした。
悔しくて泣いた母。
認知症が進んだ際に、繰り返し、悔しかったこととして口にし続けていました。
今、その親族のピアノがどのくらい愛されているのか(弾ける人がいるのか、も)知りませんが、
「苦難」を経てきた私のピアノは、息子の指を通じて美しい調べを奏でてくれています。


こんな風な、明確な『悪意』を持った人が世の中にいる以上、その人たちから子どもを守らねばなりません。
今は、リアルの誰もが信頼できなくて引きこもりがちなナカリですが、
一方で、騙されやすい、のめり込みやすい、という危険性もあります。

良い生涯の伴侶と出会えればいいけれど、逆に騙されて傷つく可能性だってあります。
そのあたり、親としてどこまで手を出したらいいのか。


・・・いや、まずは自分のトラブルの解決が先決。
日本の裁判制度に正義はあるのか?
亡くなった両親のためにも、私は自分が信じる方法で、父方の親族と正面対決するつもりです。
死んだもん損、にさせないためにも。
(悔しいけど、その親族は、両親の死を待っていたとしか思えません)


愚痴と文句の記事になってしまいました。

この親族から、ナカリを遠く離しておくこと。
身近な『悪意』から遠ざけること。少なくともそれはできる。
そして、本人に教える。
世の中には「悪い人」がいる、ということを。
よく「騙される方も悪い」と言われるけれど、
それは、「いじめられる方にも原因がある」のと一緒。
騙す奴、いじめる奴が悪いに決まってる!

くそー、怒ってるぞ、私!!
ナカリは「まあまあ・・・」と言いそうだけど、お母さんは許さないからなっ!
徹底抗戦だ。

荒れた記事ですみません。
平常心、平常心。




未分類 | 22:00:29 | コメント(14)
世界自閉症啓発デーのポスター
ご訪問ありがとうございます。


自閉症デー ポスター CIMG0719
自閉症協会から届く資料の中に、毎年、大型のポスターが入っています。
例年、室内に貼っていましたが、今年、初めて、玄関先に貼ってみました。
隣りで壊れかけているのは、社会福祉協議会の掲示板・・・^^;
(紙押さえがわりに重ねて使わせてもらいました。)

ポスターを外に貼る、というのは、議員さんや政党のポスターを貼るのと同じで、
何らかの立場表明になるかと・・・。
我が家の娘は自閉症なんです、と、おむかいさんには話をしているけれど、
その他のご近所さんには伝えていません。
(おむかいさんはとても理解のある方で、ナカリが救急車で入院した際にも、
疲れて帰宅した私に、優しく声をかけてくださいました)

ちょっと、どきどき。
新しい春だから。
母にナカリを託されたから。

まだまだメソメソしている私だけど、
母が、自閉症や発達障がいに関する新聞記事を切り抜いて送ってくれたことを思い出しながら、
がんばろう、と、思い切って貼り出したら、スッキリしました。
道すがら、気づいてくれる人がいたらいいな。

4月2日は国連が定めた世界自閉症啓発デーです!


追記:親の会の集まりで運営しているフェイスブックに、ナカリの試験回答記事をリンクしたら、
    いいねを何人も押してくださって感謝です。
    友人からも「ナカリの想いを読んで胸一杯になった、発信すること意味がある!」と、コメントもらいました。
    発信として、この記事もリンクしてみます(FBでは、既に啓発デーをご存知の方が多いと思いますが^^)。







未分類 | 11:13:53 | コメント(2)
支えられている
ご訪問ありがとうございます。


以前にも書いたかと思いますが、
6年前の3.11はナカリの中学の卒業式で、
それを避けるように、愛媛に帰省していました。
夫は出張で山形。
息子は京都で一人暮らし。
家族が各地に散らばった中での震災。

まだ元気だった父親(母は入院中)と、テレビの映像に言葉を失ったのを覚えています。
夫との電話もすぐに繋がらなくなり、その夜は山形のホテルも停電で大変だったとのこと。
電車で移動中だった息子は、揺れに気づかず、こちらからの電話で初めて知ったそうです。


当事者の方の恐怖や無念や、様々な思いを考えると、今もまだ言葉になりません。
避難場所で、様々な障がいを持つ人たちが、困難に直面したことも。
重要な情報が長い間隠されて、多くの人の安全が脅かされたことも。
現場で仕事として必死に務めを果たし続けた多くの人たちがいたことも。


6年たって、ナカリは成人し、両親ともに肉体を離れ、息子は立派に「研究=仕事」の道を歩みつつある。

私は。
私は何が変わっただろう。

何でもない朝の光がまぶしくて。
何だか、ただそれだけのことなのに、胸がいっぱいで。


・・・今日は、たまった仕事を少しでも片付けに行かなければ。
仕事をしていると、いろんなことを忘れてしまう、忘れられる。

でも、忘れないで、いつも心に留め置いておきたいこと。

自分が生きているということ、生かされているということ、支えられているということ。

何の関わりもなさそうなことが、実はどこかで繋がっていて、
一人だと思っていたけれど、一人じゃないということ。

親を失って寂しいけれど、それは自分だけじゃないということ。

パソコンの画面の向こうのあなたにも支えられている。
ありがとうという気持ち。
有り難いこと、奇跡のような出来事。出会い、別れ、触れ合い、交差する思い。


私は支えられている。大丈夫。
ナカリもきっと大丈夫。安心しよう。落ち着いていよう。生きていこう。


松山城 CIMG0675
納骨を済ませた後、ナカリを誘って散歩に出かけた松山城。
寒桜が咲いている。4月、桜が満開の頃はどんなに綺麗だろう。
父が子どもの頃、石垣を昇って遊んだと言っていた場所。
人の寿命に比べたら、建造物や樹木のいのちは長い。
季節は巡り、時は刻まれ続ける。
夜が来て、朝が来て、自然の営みは止まらない。
そんなことにも感動する。

そんな事実にも支えられている。














未分類 | 10:00:31 | コメント(6)
親の家を片付けながら
ご訪問ありがとうございます。

タイトルと同じ書名の本を手にとったのが数年前。実際に、同じ立場になり、昨日から少しずつ断捨離を実行中です。
今日は、最期を一緒に看取ってくれた叔母(母の一番下の妹)が、他の叔母たちの分も含めて、形見分けを手伝ってくれました。

母は、私と違ってお洒落な人だったので、靴や鞄や服や、いろいろ揃えて保管してありました。
最後の数年は入院の繰り返しで、パジャマで過ごすことが多かったので辛かったよねえ、と今になって母に語りかけています。
心臓が弱かったので、茶道の師範の資格をとっても、看板はしまったまま、弱っていくにつれ和服を着る機会もありませんでしたが、この際、ナカリが試着できそうなものだけ選り分けて、残りはリサイクルのお店に託しました。

父が逝ったあと、母が実家に戻れる見通しはなかったのですが、それでも実家の片付け、というのはなかなか進まず、今回も、明日、残り少し片付けたらもう帰らねばなりません。

叔母も、次は自分たちの番だから、今から少しずつ身辺整理をしないと、と言っていました。

親の家の片付けは、自宅の片付け以上に、思い出深く、私の幼い頃の落書きまでとってあったり、父方の祖母の介護日記が出て来たりで、手が止まることばかりです。

自分自身もあとに遺される子どもたちの負担にならないように、今から準備していかねば…

母の結婚指輪は、亡くなる少し前に指から抜き取ってあげました。夫婦二人なら問題なかったかもしれませんが、長男の嫁として苦労の連続だった母に、最期は自由になって召されて欲しかったのです。

誰もいない実家ですが、時々帰って片付けを続けたいです。
人生にとって大切なものは何か、よく考えたいです。

引き続きナカリは頑張ってくれています。寂しい気持ちを来週カウンセリングで聞いてもらおうね、と話しています。


なんだかまだ夢を見ているような気持ちですが、両親並んだ遺影を前に、頑張らなくちゃと思うばかりです。

帰宅したらまず自分の確定申告、それから事務所のも…。バタバタしてたら気が紛れるかな。

皆さんのブログにもまたゆっくり伺います。いつもありがとうございます。皆さんご自愛ください。



未分類 | 18:43:47 | コメント(8)
母への屈折した感情(追加)
ご訪問ありがとうございます。

相変わらず毎日の母との電話のやり取りに疲れています。
「やりとり」が成立しない。
何を言っているか理解不能。
聞き返したり意見したりすると「もう電話しない」と突っ張る。
いい加減にしてほしい。
母のことがどんどん嫌いになっていく自分が、更に嫌いになる。
やめてほしい。もう解放してほしい。

横で電話を聞いている娘が「お母さん、誰かに聞いてもらったら?」
「お母さんは、お薬飲まないの?」と心配する始末。

こんな≪私≫に育てた母のことが許せなくなる。
母のことというよりも、母を取り巻く環境への憎しみがこみ上げてきて、
すべてのことが腹立たしく、世界が滅びたらいいとまで思う。
病んでるなあ・・・

こう思うと、孫たちの方がずっと真っ直ぐ素直に育ってるよなあ。

苦しい苦しい。こういう日もあるわ。

何か曲をアップと思って探したら、
息子が好きで見ていた「ハッチポッチステーション」にたどり着き、笑顔で締めるのに合うかな、と。

犬のおまわりさん with QUEEN


ハッチポッチステーション 『ふしぎなポケット』 グッチ祐三


いっしゅうかん by デーブ・パープル


Bee Gees - Stayin' Alive - ハッチポッチ ジョン・トラボタル クラリネットをこわしちゃった


あースッキリした!憎しみにとらわれた心には、笑いが必要、ですよね。
グッチさん、ありがとう。


追加


 









未分類 | 23:27:52 | コメント(6)
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