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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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帰省報告その2 瀬戸の海岸へ(往路)
こんにちは、または、こんばんは。
今日も来てくださってありがとうございます。

若いママさんの奮闘記事を読むと、
今年、家族全員で帰省できたことがしみじみありがたく、
こういうひとつひとつの積み重ねをチカラに、
この先も乗り越えていけたらいいなと、振り返っています。

時間的にはあと先になりますが、
今回の帰省で、突然?息子が「高浜線(伊予鉄道)に乗ってみたい」
という希望を出し、母の実家が沿線なので、私も嬉しくなって、
ナカリを説得し、急きょ全員で「高浜線」の終点まで乗ってみることにしました。

きっかけ、は、こちらの雑誌↓
2019年8月高浜線 
今年の4月発行「せとうちスタイル vol.9」(発行:株式会社 瀬戸内人)

表紙を見て、私も思わずなつかしさで胸いっぱいになりました。
高浜線の電車の向こうに見えるのは興居島。
うん、うん!乗りたい!
終点の高浜駅の様子のページを見て、もう何十年も前に乗り降りした頃、
のことを思い出しました。
2019年8月高浜線2 jpg

途中の梅津寺駅で降りて、私が小さい頃、何度も海水浴をしたんだよー
あなたたちが小さい頃にも連れて行って、一緒に泳いだことがあったんだよー
と、興奮しながら話したけれど、
残念ながら、子どもたちは二人とも記憶になく
・・・まあ、行ってみたら少しは思い出すかな?と期待しながら、
松山市駅で切符を買い、改札で駅員さんにパチン!としてもらって、
ワクワクしながら、発車~~

古町(こまち)駅には、市内電車も含めてたくさんの電車が停まっていたので、
車内から思わずパチリ。
同じオレンジ色の車体でも、少しずつ色が違うね~、と、息子も楽しそう。
2019年8月高浜線3 

窓にはりつきながらどんどん駅を過ぎていくうちに、
見えた!
梅津寺駅(今は海水浴場は閉鎖されていますが、何人か泳いでいました)
2019年8月高浜線4 jpg
すぐ横の遊園地(梅津寺パーク)も、随分前に閉園、サッカー場と公園になっていました。
昔は観覧車やジェットコースターもあったんだよ~~懐かし過ぎて、母一人、別世界(笑)
でも、息子もかろうじて記憶のすみっこに発見、
娘も写真を頼りに、ああ、ここかあ、と言ってくれて、嬉しかったです。


その後、さらに電車は進み、出発から20分ほどで、終点「高浜駅」に到着。
降りると目の前に、高浜港!
2019年8月高浜線5 
ここから、興居島や中島にフェリーが出ています。
私が子どもの頃、キャンプで何度も渡った船。
なつかしい島の形に、私は再度、タイムスリップ。
2019年8月高浜線6 jpg

夫が「あれ、夏目漱石のターナー島じゃない?」と指さした先には・・・
2019年8月高浜線7 
ああ、そうだ!
この島に松の木を復活させよう、と、がんばられた方の記事を新聞で読んだことを思い出しました。

松山市HP 四十島(ターナー島)


潮風が気持ちよくて、
日差しはギラギラだけど、都会の暑さよりも過ごしやすい。

そのまま海岸沿いを道路に沿ってしばらく北上。
連絡バスで繋がっている「松山観光港」が見えるところまできたら、
大型フェリーが停泊している様子も見えました。
2019年8月高浜線9 jpg
学生の頃は、大阪から帰る際、この観光港と連絡バスとをよく使ったなあ。
当時の大型フェリーは、2等席で、ごろ寝できればまだまし、
満員時にはゲーム機の横っちょにもたれて、座ったまま寝たことも。

さんふらわあの歴史

今は、大阪別府間航路から、松山港への寄港がなくなって残念です。
紙テープをたくさん持って「行ってきます~~」という風景も、見る機会は無いのでしょうね。

私が感慨にふけっている間、
子どもたちの方も、二人それぞれ、青い海や潮風に大満足の様子。
ここまで一緒に来れて良かったなあ~~
2019年8月高浜線12 

同時に、波打ち際の様子を見て、
海とともに過ごす人々の生活に思いを馳せました。
東日本大震災の際、日本各地の港町の多くの人たちの心が、被災地に飛んで行ったことだろう・・・と。


空を見上げると、「あ!虹!不思議~~」
夫が「彩雲、だねー」と教えてくれて、初めて知りました。
写真に撮ったのでは分かりにくいかもしれないけれど、
ほんとに、美しい、虹の雲、でした。
2019年8月高浜線8 

記事を書くにあたって「彩雲」、を検索してみて、
先の大戦で、この名の軍用機があったと、初めて知りました。
彩雲(ウィキペディア)


さらに、ちょうど記事を書いている途中に、全国戦没者追悼式の黙祷時間だったので、
手を止めて、ナカリと一緒にお祈りしました。

今が平和であることに、しみじみと感謝しつつ、
亡くなられた方たちの魂、ご遺族の方たちのお気持ちが、少しでも慰められますように・・・



高浜線の記事、後半は復路で母の実家周辺を歩いた報告です。
なつかしいことばかりが続きました。
両親もともに喜んでくれていただろうなあ・・・

では、続きはまた次回。
最後まで、おつきあい、ありがとうございました。

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子どもの日常 | 12:34:47 | トラックバック(0) | コメント(4)
コメント
こんにちは~(≧▽≦)

ローカル鉄道の旅、良いですよね~。
四国の鉄道かあ~うーん、自分はほとんど四国の土を踏んだ事が無くて。
しかし同じ瀬戸内沿岸なので風景が何となく自分の生まれ故郷と似ています。
(私が生まれたのは岡山県備前市です)
故郷の鉄道(赤穂線)は単線で、かつ車両編成が少なくてかなりローカルな雰囲気です。
ひょっとしたらそういう所も同じなのかな~。
ただし車両の色は黄色ですけども。
なにより御子息とお嬢さんも一緒に楽しまれた御様子で良かったですね。

来年は郷里の隣の町(瀬戸内市)に引っ越しと云うかUターンしますので、
また瀬戸内海の風景を眺めながら暮らす事になります。母方の郷里です。
子供時代を過ごした土地にまた帰るというのも…やっぱり縁が深いのでしょうかね。
貝塚に住んでいる鉄道ファンの従兄は赤穂線に乗りに来る気満々みたいです(笑)
従兄は父方の親戚なので岡山に縁が無いのですよね。

2019-08-15 木 14:28:42 | URL | いぬふりゃ☆ [編集]
いぬふりゃ☆さんへ
こんにちは。
いぬふりゃさんは岡山なんですね。
同じ瀬戸内どうし、とっても親近感です^^
広島と愛媛は向かい合わせということもあって、
言葉もずいぶん似てますが、岡山弁はどうなんでしょう?
愛媛の鉄道も、JRは多分、今も単線なんじゃないかなあ~
学生時代に、宇高連絡経路で各駅停車で帰ると、
愛媛県内に入ったあたりから、急行、特急に追い越されるために、
かなりの時間、駅で停車していたのを思い出します。
今回、ナカリが電車に一緒に乗ってゆっくりゆったり景色を楽しめたのも、
車内、ほとんど貸し切り?みたいな状態だったおかげでもあります。
紙の切符を駅員さんに渡してパッチンして返してもらえる楽しさも格別でした!
(ただ、叔父に聞くと、高浜線は赤字路線らしくて、今後がちょっと心配です)

いぬふりゃさん、来年には近畿を離れてしまうんですね。
ちょっと寂しいですが、
ブログはそういう「距離」「空間」を超えて繋がれる!
という強みがあるので嬉しいです。
>子ども時代を過ごした土地にまた帰るというのも…
そうですね、きっとご縁が深かったのでしょうね!
私も今回、何十年かぶりに子ども時代を思い出したようななつかしさで、
こういうのは、やっぱり体の記憶に沁みついているんだなーと感じました。
赤穂線、という響きも魅力的!
来年以降、岡山からの発信もまた楽しみにしています。
(瀬戸内釣り三昧レポート?とかもあるでしょうか?^^)

早速のコメントをありがとうございました(=^・^=)
2019-08-15 木 16:34:44 | URL | ナカリママ [編集]
ナカリママさんへ!!♪
拍手コメントを見て私も再び怒りで胸が詰まりました。泣き)大叔父様は特攻隊で家の周りを旋回したり家族に知らせていたのですねー。故鶴田浩二さんは遺族会で「私は海軍予備航空隊の飛行兵ではなかった。映画上で作られて苦悩しました」実は飛行修理工だったのです。戦争はこのように人まで破壊してしまいます。私の持論は「軍人はみな特攻隊です、何故なら食料もなく帰還するだけの油もなく、不時着するのが精一杯の生き残りの術だったのです。故意ではなくても彼らは非国民扱いで戦後に自殺した人もいます。苦しかったのでしょう。涙)

千田7段は3連勝をして将棋界待望のAクラスに昇級する最高の実力者です大いに期待しましょう。!

健康保険が適用されない多焦点レンズを入れれば1番良いのですがね~私の場合はやむなく単焦点で遠くが見えるようににするか、近くにするか迷ています。入院しての手術はありがたいと思います。独り身は大変です。術後の感染は温泉のだめ、顔を洗うのも注意してと難解ですねー。目薬も多くなるようですね^^。
2019-08-17 土 11:59:51 | URL | 荒野鷹虎 [編集]
荒野鷹虎さんへ
こんばんは。
ヘタレの状態で寝込んでいますが、
戦時中の若いひとたちの言動には背筋が伸びます。
大叔父も、
極秘任務なので家族にさえ話せない、という中で、
せめても、最期の別れを伝えたかったのだろうと、
その心中を思うだけでも胸いっぱいになります。

戦いの最前線で、無念の声が満ちていたと思うと、
もえ、たまりません。
自分の悩みなど小さいものではありますが、
逃げずに向き合うことで、せめて応えたいと。
でも、休むということも大事だと言っていただき、
少しアタマを冷やそうと思います。

目の手術はうちの両親も受けました。
どうかご無事でありますように。
いつもありがとうございます。

2019-08-17 土 19:58:31 | URL | ナカリママ [編集]
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