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Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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「悲しみ」の表現方法の違い
昨日は、帰宅してまだ頭もぼんやり、
実家にいるのか自宅に戻ったのか、
気持ちはあっちに置いてきたような感じもありながら、
娘が4日ぶりのほっこりお風呂タイムを過ごしている間に、
とにかく報告書きたい!と思ってパソコンに向かいました。

しばらく更新もできずにいたのに、訪問してくださった方々や、
拍手やコメントをくださった方々に改めて、ありがとうございます。



今日は親子でカウンセラーさんのところに行ってきました。

とにかく、娘がこの間よくがんばったことを、最大限ほめていただき、
娘にとっても、「悲しい気持ち」を切り替える機会になって助かりました。


私自身は・・・
今まで父の健康に依拠していた老々介護が、
「本格的な遠距離介護」に移行することへの気持ちの張り詰めがあり、
母の精神的不安定さを支えることと、いざという時への準備を維持し続けること、
そのピリピリ感が娘に伝わって、彼女のメルトダウンが抑えられている・・・
のを感じています。

一方で、いったん自宅に戻った!という安心感もあり、
娘が私に対して「母=支援者」としての対応を求めているのを改めて感じ始め、
この数日のように娘の頑張りに甘えていてはいけない、
再度、「発達障がい」の特性に寄り添った対応を心がけないと、と、
気持ちの切り替え、ギアチェンジを迫られています。

また、大学院の方で忙しくしている上の息子に対して、
この間の事情の説明が遅れたけれども、5月連休の最後に少し時間をかけて話をし、
好きなピアノを弾いてもらって録音し、それを病室で父に聴いてもらいました。
父は笑顔を見せて、かすれ声で「おにいちゃん」「えらい」と言ってくれました。
弾いた曲はバッハの平均律や、私がリクエストしたシベリウスの樅の木、などです。

ユーチューブ他の方の演奏より ↓





息子は連休後、そのまま下宿に戻り、日常生活を続けています。
それでも、彼は彼なりに出来ることを精いっぱいやってくれていることに感謝し、
「悲しみ」の表現方法の違いについて、周囲に理解を求めることも必要と感じました。
(何をおいても駆けつける、とか、会いたい、とか思わないの?という親族からの声に接して・・・)


で、こんな切迫した事態になる前に読んでいた本、
「自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える『生きづらさ』の正体」(本田秀夫 ソフトバンク新書)
の一部分が何度も思い出され、
定型発達者の「期待」と異なる感情表出や行動に対して、
決めつけたり誤解したりしないで接することができるよう、冷静さを持つことができたので、
少し書き抜いてみます。


>小学校4年生の子どもは、母親が怪我をしたため病院で手当てを受け、帰宅が遅くなったところ、
心配そうに出迎えて「夕ご飯まだ?」と訊ねたため、母親は悲しくなってしまいました。
(中略)
>怪我の手当てを受けて病院から帰ってきた母親の多くは、
出迎えた子どもから「大丈夫?」と声をかけてほしいのです。
この「大丈夫?」という言葉は、事実確認ではありません。
「怪我をしたお母さんのことを心配しているよ」というメッセージなのです。
その言葉を聞くことで、
自分の身を案じてくれている相手に対して感謝の気持ちを持ち、ホッとするのです。
>ところが、そんな母親の心情に、自閉症スペクトラムの人たちはなかなか気づきません。
大丈夫でなければ病院からは帰らないはず。
帰ってきたということは、大丈夫ということ。
自閉症スペクトラムの人は、
このような論理的に明白なことを、わざわざ相手に質問することの意味が分かりません。
それよりは、
母親が病院に行っていたため定刻に始まっていない夕飯が、いつ食べられるかのほうが心配なのです。




ここまで、ハッキリした表現ではありませんでしたが、
娘の場合も帰省前に「おじいちゃんおばあちゃん好きなのに、帰るのは気が重い。わがままかな」
と正直に言い、帰省中にも病院と実家との行き来で人がいるところを通るのが「嫌」と言い、
できれば行きたくないと思っている様子を隠そうとせず、
私が明らかに疲れた表情の時に「お母さん悲しいの?」と何度も聞いたり、
「何怒ってるの!けんか売ってるの!」とメルトダウン寸前で押しとどまったり・・・
「察する」ことを求めると、こちらが疲れてしまう(場合によっては苛立ってしまう)場面もありました。

優しい気持ちを持っていることは確かなのに、表現と理解の仕方が噛み合わなかった時に、
本田先生の解説を思い出しては、自分の受けとめ方の方を軌道修正して、踏みとどまれました。


父の病室でも、最初はなかなか視線を合わせることが難しく、
促されるまでソファに座って音楽を聴いたり本やノートを見たりしていた様子に、
私自身も、正直(なぜここでそういう行動を・・・)と悲しくなったのですが、
父と目が合って顔が歪んで泣きそうになった娘も、同じ娘。
彼女の「悲しみ」は十分伝わってきました。
同時に、最初、誤解しかけたことを詫びたい気持ちにもなりました。

今日も、カウンセラーさんのところに行く途中、
娘が「私、カッコつけてないかな(悲しいふりをしてるだけじゃないかな)」と聞いてきた際、
どこまでも正直な表現に、愛おしさを感じることもできました。



長々となってしまいましたが、
今回(今もまだ継続中の)、父から与えられたいろいろな「課題」を、
しっかり受け止めて、活かしていかないと、と思っているところです。

読んでくださってありがとうございました。








子どもの日常 | 20:34:31 | コメント(4)
コメント
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2015-05-14 木 01:02:26 | | [編集]
鍵コメントさま
ありがとうございます。
「表現の仕方はそれぞれで様々」「その内なる気持ちを汲み取ることが大切」…
とても心に響きました。ほんとうにそうですよね。
日々あらたに心がけることがたくさんあり、感謝です。
2015-05-14 木 09:40:44 | URL | ナカリママ [編集]
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2015-05-14 木 23:39:54 | | [編集]
鍵コメントさま
ありがとうございます。
シベリウスの小品では他にも好きな曲がたくさんあるんですが、
とりわけ「樅の木」は、聴くたびに胸が震える思いがします。
耳はしっかり聞こえていた父に、孫が想いを込めた旋律を届けることができて、
たとえ会えなくても心は通じて分かってるよ、
という「いい顔」を見せてくれたように感じました。
これも奇跡的に時間が与えられたおかげで、
応援していただいたお気持ちにも感謝です。

私の方も、素敵なイラストや文章に、いつも力をいただいています(*^-^*)
また訪問させていただきますね。
2015-05-15 金 00:14:10 | URL | ナカリママ [編集]
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