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Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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療育手帳についてのあれこれ
自治体によって呼び名が違うそうですが(東京は「愛の手帳」とか)、
「障害者手帳」のうちの「知的障害」に該当する人に交付される手帳のことです。


我が家では、下の娘が3歳半の頃に申請して交付されました。
当時通っていた母子通園施設の園長先生が
「取れるものなら取っておいた方がいい」と勧めてくださったので、
市の福祉課に申請し、子ども家庭センターで判定→交付、となりました。

といっても、
当時、本人はとにかくじっと出来ない状態だったので、座っての検査は無理で、
母親からの聞き取りを元に判定、となったのだろうと推察しますが、
そのとき 
「 ご家族は手帳を取得することについて納得されていますか? 」
という質問があり、
そりゃもちろん、来てるのは母親だけだけど、夫も了解してます、
と答えたあとから、???・・・もしかしてこの質問は、
手帳交付=障害認定、に対して家族親族からの「異論」がないかの確認?
と思って、何となく複雑な気持ちになったのを覚えています。


あと、「知的障害」の判定は検査の数字によるので(=行政上、どこかで線引きは必要)、
成長過程にある幼い頃は2~3年おきに、AかB1かB2か該当しないか、を判定されます。
ということで、その後、中3までの12年間に5回更新したのですが、
途中、キャッチアップが著しく、本人も集団に入ろうと「イケイケ」状態だった小3の頃、
いったん 「検査結果の数字から更新は不可です」 と言われて、
本人も直訴状?を書いたり、不服申立の方法を聞いたり、あれやこれや食い下がって
結局、再検査ののち無事更新・・・という出来事がありました。

当時、隔週の割合で、遠方の療育センターまで学校を早退して通う、など、
なんとか力をつけてやろうと必死に取り組んでいたさなかだったので、
「がんばって伸びたからといって手帳を取り上げられるなんて納得できない、
理解力が上がっても生活上の困難は変わってないし、
自閉症は一生の問題なのに

と思わず涙が出てしまったら
判定員さんも申し訳なさそうに「お気持ちは分かりますが、規定があるので」
と言われ、検査結果の数字を前に、そのときも複雑な気持ちになりました。

その後、
不登校の問題が出て、薬物治療も含めて医療に頼る度合いが高くなったのもあり、
毎回の更新は問題なく現在に至りますが、
「手帳の更新」ひとつとっても、人それぞれ考え方が違います。

同様の状況で福祉関係者に相談して、手帳が出なくなる=成長だと喜ばないと
と言われ、
日常を見ている立場ではとても喜べることではないのに、と悩んだ友人もいたし、
手帳不要になったあともキャッチアップが続いて、本当に周囲に適応した子もいます。

本人にとって何が一番良いかどうか、悩むところです・・・
我が家では、
本人も、「手帳」は、
助けてくださいという表明のツール
として大切に思っているようですが、
バスに乗るときには提示できなくて、通常料金を払っています。
(ほんのわずかの期間使っただけの通学定期の場合は手帳割引でOKでしたが。)



また、18歳で学資保険の満期受取ができたので、
本人名義のマル優定期にしようと、銀行の窓口で療育手帳を提示した時、
奥から呼ばれて出てきた担当?の女性に、
「 失礼ですが、これは障害者手帳ですか? 」と質問され、
え??そこから?と戸惑いながら、障害者手帳には3種類あって・・・と、ひととおり話し終えると、
「ご説明ありがとうございました」???とテキパキと言われ、無事に手続きを完了しました。

う~ん、こんな些細な対応でめげてはいけないよね、と思いながら、
手帳のこと一般に知られてるわけじゃないし、自分だって知らなかったんだもの、
と、思いながら、
ちょっとだけ寂しいような、
もっとあったかい対応や笑顔を期待してたんだけどな~とか、思いながら、
自分にとっては大切な(娘の思い出が詰まった)手帳を握りしめて帰宅しました。
(=手帳更新時に、写真のところだけ切り取って返却してくれるので、
手帳のカバーの後ろ側には、
幼い頃から順々に大きくなっていった5枚の写真が入っています)


次回の更新は20歳を過ぎるので、「子ども家庭センター」ではなく、
初めて大人対象の判定機関に行くことになります。どきどき。

生活保護に対するバッシングが問題になったりするときにも、どきどきします。

年金だって、まだまだどうなるか分かりません。

以前「無職はいやという気持ち」の記事を載せたときに、
今のまま無理しなくてもいい、と思ったのに、やっぱり、出来ることは少しでも、と
昔ながらのイメージで「内職」を探してみました・・・が、
今どきの内職はパソコンを使うものがほとんどで、しかもハードルが高く、
一人、家でゆっくりチマチマできそうなものは、なかなか見つけられません


でも、とにかく
出来ないことは恥ずかしいことではない
出来ないときは、正直に出来ないと言って構わない(無理しなくていい)。
出来ないことは助けてもらって構わない(助けてもらって出来る場合もある)。


バスを降りるときに、手帳を提示して料金を払っている人に出会う度に、
いつか娘もそんな風に自分で手帳を使えるときが来るかなあ、
と思う母でした。

長々、読んでくださってありがとうございました。












思い出 | 19:12:16 | コメント(4)
コメント
とかくお役所仕事ってのは線引きだけで決めてしまったり
不躾な質問浴びせたり・・・
公務員の仕事というものを理解していないものが多すぎます
調子のいい時悪い時あなただってあるでしょ?と聞きたいくらいにね

昔NHKのドラマ「男たちの旅路」~車輪の一歩~で見た言葉を思います
出来ない事はどうしようもないんだ
そんなときは誰かに手を貸してもえばいい
それを迷惑と思うことも無い 
むしろ必要なことなんだ 迷惑と思うのが間違いなんだ

そんなことを思いだしたりしました
2015-04-19 日 02:15:20 | URL | K's [編集]
こんにちは
>がんばって伸びたからといって手帳を取り上げられるなんて納得できない
本当にその通りだと思います。
お役所って、「前例がない」とか「規則」だとかそういうのに縛られて
何かが起こってからじゃないと見直してくれないんですよね。
異動があり前任者がいないとわからないとか・・・
(中には親切に対応して下さる方もいらっしゃいますが)
役所に勤務している方から見れば それが仕事なのでしょうけど
心ある対応だとうれしいですよね。

自閉症・障害者手帳など これから少しずつお勉強させてくださいね。




2015-04-19 日 11:21:37 | URL | 花梨 [編集]
K'sさんへ
コメントありがとうございます。

「男たちの旅路」!めちゃめちゃ懐かしいです。
中学生頃でしたが、鶴田浩二の渋さに引きつけられて毎回見てました。
そんな憧れの作品を思い出していただけて光栄です!

あと山田太一監督作品では「学校」シリーズも好きです。
ひとを見るまなざしの暖かさや優しさや、その中に厳しさもあって、
観るものの心を打ちますよね・・・

なんか脱線してしまいましたが、これからもよろしくお願いします~
2015-04-19 日 14:02:34 | URL | ナカリママ [編集]
花梨さんへ
コメントありがとうございます。

本当に、役所と行っても、対応は人それぞれで、
療育関係でお世話になった方達のことは今でも忘れられないし、
心を込めて接してくださる方がいると、本当に嬉しいです。

「行政上の線引き」という問題は、
以前紹介した大野更紗さんの言葉「制度のマリアナ海溝(狭間)」
に通じる問題で、
「画一的な対応(規定)」が必要なのも十分分かるけど、
谷間に位置する人達への対応を考えること抜きに「適用」するだけじゃ、
こころのない行政・・・になってしまうなあ、と。

あ、つい熱くなってしまいましたね、すみません。

手帳や自閉症のこと、個人的体験の話だけなので恐縮ですが、
知りたい、と思っていただけるだけでも本当に嬉しいです。

私も知らないこといっぱいあるので、
周りから学びたいという気持ち、を大事にしていきたいです。
これからもよろしくお願いします(^-^)
2015-04-19 日 14:16:39 | URL | ナカリママ [編集]
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