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Author:ナカリ母
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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コンビニで衝動買いした本
昨日、午前中自分の通院で出かけた帰り道に立ち寄ったコンビニで、
思わず買ってしまいました。

「あした死ぬかもよ?」(ひすいこたろう著、ディスカバー21出版)
本の画像を載せようとしたけれども、
コンビニ本だからか?アマゾンの検索では出てこなくて残念。
副題が「人生最後の日に笑って死ねる27の質問」となっていて、
目を閉じて手を合わせて祈るおぼうさん?の頭の上に金色の天使の輪っか、というカバーでした。

1ページ目に載っていたのは、ネイティブアメリカンの言葉

「 あなたが生まれたとき、
  あなたは泣いていて周りの人たちは笑っていたでしょう。
  だから、いつかあなたが死ぬとき、
  あなたが笑っていて周りの人たちが泣いている、
  そんな人生を送りなさい。 」


これを読んでドッキリ。
自分自身、うつ状態がひどかった時に衝動的に死んでしまいたくなったことがあるけれど、
「笑って死ぬ」のって、やっぱり生き抜いた感が無ければ難しいな、と。

そして、本の中の1ページ。
人が死んだあとに残るものは、集めたものではなく、与えたものである。
(byジェラール・シャンデリ 出典『22世紀への伝言』小林正観(弘園社)」

これにもドッキリ。
死ぬときに、本当に残るのは、持っているモノではなく、他の誰かの記憶なんだな、と。
友人が自分の父の死について話してくれた時に
「人は二度死ぬ、二回目はその人を知っている人がすべて死んだとき」
という言葉を聞いて涙が出た、と言っていたのを思い出しました。



前夜に、娘と言葉のすれ違い(キャッチボールにならなかった)から始まって、
いつもの言い合いの間に二人とも情緒不安定になり、
頓服を飲んで先に回復したのは娘の方で、私は翌日まで引きずっていたので、
この本を手にとって、どうしても娘と一緒に読みたくなったのでした。
(難しいことは分からないからシンプルに、という主治医の言葉は忘れてなかったけど)



帰宅後、娘に謝って、1ページ目の「言葉」を読んでやりました。
「あなたが生まれたとき、産むのは苦しかったけど、
お母さんも周りのみんなも笑顔で迎え入れたんだよ。
生まれてきてくれて本当にありがとうと思ってるよ」と。
その先は難しいから、スルーして、とにかく、今日いちにちいちにちを大事にしようね、
と話をして、なかなおり・・・しました。


そして、同じ本の中の一文
「淡々と過ぎていく普通の毎日が幸せの本質です」
を噛みしめて、一人反省会をしました。




追伸 今日は久しぶりに親の集まりに参加。
    ブログ読んでるよ、と何人も声をかけてくれて、嬉しいのと気恥ずかしいのと。
    他のみんなの毎日も、ほんとうにそれぞれいっぱいいろんなことあるねんな、
    と、改めて思い、感謝と、さらなる反省と、ポジティブな子ども達への感動と、で、
    いろいろリセットしてがんばろう、と思いました。
    みんな、いつも、ありがとう








読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 21:54:46 | コメント(5)
コメント
あまりにもタイムリーな内容の記事だったので、
連投させて頂きます(汗

この1,2年、短かで「死」を目の当たりにして...
やはり先立って行った人達が与えてくれたものの大きさを
改めて感じる事が多いですし、
残った者は、それを引き継ぎ、また次へ...
それが出来ると良いなと。

そして、何か大きなもの(人)を失った時に、
自分に残されているもの(人)の存在が
よく見えて来ると思います。
その存在って...本当に大切なんですよね。

そういう事を言葉として交わしながら共有は出来ないかも
知れないけど...
それでも例え"第六感的"にでも感じ合える事って
あるのかも知れないなと...今回つくづく思いました。

自分が死ぬ時の事...
あまり考えたくはないかなとも思いますが(汗
それでも最後の瞬間、"一緒に過ごせて良かったよ..."と
そう思える人が1人でもいてくれたら...幸せかな。
そんな風に思いました。
夜中にこういう重い話をすると
あまり良くないかな!?

余計な話で大変失礼しました。
2015-04-17 金 00:17:22 | URL | ムゥ [編集]
いえいえ
私も記事をアップした後にムゥさんのブログを見て、
あまりのタイムリーさに不思議な気持ちがしました。

自分自身は年齢が年齢なので、そろそろエンディングノートを
と思いはじめて、はや何年・・・という感じなんですが、
(少し前にも夫に樹木葬にしてとかも話したし)
出来るだけ、残された人(特に子ども)の気持ちに、
苦しさよりも穏やかさがあるような去り方をしたい、と願っています。
(もちろん自分自身もできるだけ穏やかな去り方がいいなあ)

ほんと、夜中にこういう話はあんまり・・・ですかね。
ただ、生死の話が自分の中では「重い」話ではなくなってきたなあ~
という感じがあります。
(でも、いざとなるとジタバタするかも)
このブログも半分遺言替わりのつもりで、
とりあえずここまで書いてこれてホッとしてます。
日々の満足感があるときには心が落ち着いてるのかもしれないですね。
いずれにしても、やっぱり笑って死にたいな(〆がこれ?)

こちらこそ、失礼しました。
2015-04-17 金 00:36:20 | URL | ナカリママ [編集]
高校時代の友人の言葉を思い出しました
「明日死ぬかも知れないのに それを知らない健康なひとの余裕ってなんなんだろうな・・・」
明日が確実ではないことはわかっているつもりでも 今をこの「瞬」を大切にしていないことのなんと多いことかと思います
日々の積み重ね ひとときの積み重ねが幸せなことなんですよね
生きるということは苦しいこと なんと多いことか・・・
それでも生きてこそと思います

趣味の写真を撮る時に そんな思いを込めて 
いつも「瞬」を一番に考えて撮っています^^

リンク・・・よりも ブロ友申請置いていきます
よろしくお願いします^^
2015-04-17 金 02:46:44 | URL | K's [編集]
ありがとうございます
生きてこそ、本当にそうですね。
いのちの使い方、というのを考えさせられます。

写真、好きなので、これからも楽しみにしています。
ブロとも承認、ヘルプの手順に沿ってやってみました。
こちらこそ、よろしくお願いします。
2015-04-17 金 10:56:33 | URL | ナカリママ [編集]
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2015-04-18 土 12:05:43 | | [編集]
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