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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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小学生の娘に、自分の障がいと向き合うよう求めて、良かったのか…
ご訪問ありがとうございます。

ご縁があって、
娘に、自分の小学校(中学校)時代のことを書いてもらう話が進んでいます。

<自分の障がいについてどう向き合ってきたか、どんな体験をしたか、どう思った(乗り越えた)か>

後輩小学生の保護者の方々が、
「当事者の話を聞きたい、思いを知りたい」と、
自分の体験や思いを話せる先輩を探しておられる、と知ったからです。

事情を伺うと、
ある療育施設の勉強会で、子どもの当事者さんから、
自分自身がパニックになる時の様子を、
「お湯が沸騰してお鍋の蓋が飛ぶ感じ」といった表現で聞く機会があったそうで、
そんな風に、子ども本人の気持ちを具体的に知りたい、学びたい、
・・・と、出てきた話だそうです。

その話を聞いた私は、
先輩保護者として、協力できるなら力になりたい、と、
自分から進んで娘に働きかけてみました。
私が引っ張ったら、娘は嫌と言えない、と、分かりながら・・・です。

くれぐれも無理はしないでくださいね、と後輩ママも言ってくださったし、
「無理強い」したつもりはないし、
昔「Watashi」という冊子を作った際にも、
似た立場の人の力になりたい、理解を広げるために発信したい、
という思いが、本人にもあったので、
これもいい機会かな、と思ってのことでした…

が、
結局、
過去と向き合う作業は、簡単ではないと分かりつつ、
私自身も娘の気持ちを再度確認したい、その作業を一緒にしたい、という気持ちで、
まず先に引き受けてから、娘を「説得」した形、になりました。

ただ、
ナカリの場合、直接話すのは難しいので、
文章だけ届ける形にして、
自分の言葉で話せるよ、という友達にナカリの分も代読してもらうよう、お願いしています。

まだまだ先の話なんですが・・・

そのとき、に向けて、
少しずつ、私からナカリに昔の思い出を尋ねながら、
準備を始めました。




振り返ると、
ナカリに、
「あなたは自閉症なんだよ」
ということを伝えたのは小学4年生ごろなのですが、
彼女の中で、それがどんな風に「消化」されていったのか、
今になって、
「本人告知」を焦った自分の失敗だったんじゃないか、とか、
いや、
過去を変えることは出来ないんだから、あれはあれで良かったんだ、とか、
ナカリに尋ねながら、
自分自身の心が揺れ動いています。


当時、私は、親として、
我が子に対して、
いわゆる「障がい受容」というものを、
かなり意識的、積極的に求めようとしていました。

大人の発達障がいが注目され、
当事者からの発信も増えはじめ、
「本人告知」がプラスになる、という事例も聞こえ始めた頃でした。
告知関連の書籍も出版され、
子どもの本人向け書籍、も見かけるようになっていました。

ナカリが通う小学校でも、自閉症児のお母さんから、
「じへいしょう」って、どんな障がいか、を学校全体で(低学年、高学年に分けて)聞いて、
家で親子で話し合う、という企画があり、
NHKの番組でも、
佐賀や東京での取り組み(クラスの子へのカミングアウト)が紹介されたりしていたので、
それを親子で一緒に見ながら、本人に「あなたもそうだよ」と説明したのです。

※ こう書いたら、
  ADHDだと告白したモデルの栗原類さんが、
  子どもの頃、アニメを見た時に、お母さんから
  「あなたはあのキャラクター(忘れん坊)と一緒なんだよ」と説明された、
  という話と重なる気もしてきました。


そうやって、障がいについて話をした時点では、
ナカリは「自閉症」を、悪いこと、とはとらえていませんでした。
教室を抜けて、支援学級で勉強することも、
「がんばるから応援してね」と、イラストを描いて、
クラスの保護者向けに配ろうとしたこともありました。
(この時のことは過去記事に書きました)

でも、結果的に、
「私は自閉症だから、云々(マイナスのことが起こる、等)」
といった発想パターンを作り上げてしまったのではないか、
…という後悔もあります。


「たら、れば、話」は建設的でないですが、
もしも、
こうしたことを一切しないで、
「障がい」という話題を極力避けて、
本人から何か聞かれても、すっとぼけて、
知らん顔して「普通に」過ごすように誘導していたら…。


うーん。

それでも、
「自分だけ周りと何か違う」という気づきの時は、きっと訪れたろうから、
やっぱり、何らかの説明は、どこかの時点で必須だっただろうなあ。

なんにしても、「正解」はない。

そのときそのとき、
できるだけ、子どもにとって良いと思えることをやってきた。
それだけ、なんだけど。

正しかったのか?良かったのか?
と、自分に問いかけてしまう自分がいて、
しばらくは、気持ちの揺れが続きそうです。


保護者が「我が子の障がいを受容する」のと、
子ども自身が「自分のこととして受容する」のとは違うんだ、
ということについて、
まだ若かった自分は、あまり深く考えられていなかった気がします。
不必要なくらいに、深く踏み込み過ぎていたかも…。

障がいと向き合う・・・なんて、
とても一言では語りきれないよね。
おっきな問題を、小さな頃から突きつけてしまって、ごめん、ナカリ。



ちょっと、まとまらないままダラダラと書き綴ってしまいました。
すみません。
これ、しばらく継続課題です。

後輩のためにも、自分たち親子のこれからもためにも、
ゆっくり、じっくり、考えてみたいと思っています。

今日のところは、とりあえずの途中経過報告、です。
長々と読んでくださって、ありがとうございました。




思い出 | 00:18:30 | トラックバック(0) | コメント(11)
コメント
こんばんは。

障害あるなし関係なく、人それぞれ性格が違うので、どうなるかは後になってからじゃないと分からないと思います。
性格だけじゃなく、周りの環境によっても変わると思いますし。
親がどちらを選ぶかで変わる結果もあるかもしれないけど、どちらを選んでもメリットとデメリットがあった…となるんじゃないでしょうか。

それよりも、親が子どものことを真剣に考えてそうする事を選んだ…という事実がある事が大切に思います。

私は、障害の事を言われなくても、じゅうぶん物心つく頃から自分に困っていたと思うし、成長してから考えると親に障害に合わせていろんな事を教えてもらえその他療育を受け育った方たちが羨ましいです。
早くに障害があると知っている事で良い風に影響する事もあると思います。
どういう性格の子でもマイナスな結果しか生まないという事はないと思います。



今日、ある成人の当事者の方のブログを訪問した時に、その方が最新(?)の知能検査の結果を載せていました。
それを読んで印象に残ったのが、
『全体として、良質な初期教育を受けていることが、現在の知的レベル(境界線)を保っていると言える。』
という内容です。

その方は、確か私と同じぐらいの年齢の方で、希死念慮が酷い方です。
ブログの文章からは私より知能が高そうに見えたのですが、言語IQは私より上だけど、動作性が低いので全体的に私よりも低い方でした。
凸凹の内容が私とは全く違ったので、初めてその結果を見る事で私の知らない生きにくさがあるんだろうな…と思いました。

ナカリさんも、ナカリママさんに環境を整えてもらった事で良い結果に繋がっている部分があると思います。
2017-07-28 金 01:27:50 | URL | ぽかぽか [編集]
追記:

私は私で色々あったので、親の影響で悪い結果に繋がった問題もあるけど、親が私のためを思い一生懸命育ててくれた事も知っているし、恵まれた環境も与えてもらった部分が大きいと思っています。
だから、この人生はこの人生で良かったと思う部分があるのは嘘じゃないですよ。

うらやましいと思う…と書きましたが、嫉妬とかしてるわけじゃないです。
親に愛されてるとか自分が親のことを好きと思えたら、それだけでも幸せだと思うんです。

2017-07-28 金 01:41:29 | URL | ぽかぽか [編集]
ぽかぽかさんへ
コメントありがとうございます。
親の立場で、
こうして成人後の子どもの側からの気持ちを読ませていただけて、
とても助かり、救われた思いになりました。

誰だって、どんな状況にあっても、未来のことなんてわからないですよね。
そのときそのときに、精一杯、愛をもって接していくことの積み重ねが、
たとえどんな結果になっても、それはそれでよかった、
という気持ちに繋がるんだ...
そう感じることができました。

ナカリから
「生まれて失敗だった」「なんで生んだんよ」「こんな風になるはずじゃなかった」
といった言葉を聞くたびに、
過去を責め、自分を責めて、投げやりになってしまいますが、
きっといつかは、と希望をもって、信じて、
投げ出さないでい続けようと思いました。

過去の振り返りも、愛をもって・・・
親子で一緒に、今につながるものを発見しながら、
なるべく冷静に、やっていきたいです。
勇気をもらえました。

ほんとに、ありがとうございました。
また、経過報告しますね。
2017-07-28 金 10:07:55 | URL | ナカリママ [編集]
どうしても「たら、れば」の話になってしまう感じ分かります。
小学4年生時のナカリさんがどうだったかは分かりませんが、私の場合、小学4年生のころすでに自分が何者なのかということを考えていたような記憶があります。なので、ナカリママさんから、「自閉症」だと伝えられた時ナカリさんは自閉症という言葉は知らずとも、もうすでに漠然と何か考えているところはあったのかなとも思います。

母から子へ伝える、自閉症という告知。
確かによくよく考えると、いつかその瞬間があるのでしょうけれども、考えたことがなかったのでショックでした。
タイミングが難しいのは間違いないと思います。でも本人から尋ねられるのを待つよりも良いような気がします。その辺の心理状況を学んだことはありませんので身勝手なことは言えませんが、「なんでもっと早く行ってくれなかったの」といわれると、母としてもっとつらい思いをするような気がしてなりません。

私は一般的に健康体ですが、それでも親に言わずとも、深刻に「なんで生まれてきたのか」、とか、「生まれてこなければ・・・」、とかよく思って生きてきました。もしかしたら、直接、言ったこともあるかもしれません。親不孝ですね。しかも、未だにそう思うこともしょっちゅうありますから。

幸か不幸かは、健常なのか障がいなのか、という、目に見えるものだけではなくて、目に見えない要因、家庭環境だったり、充実度、やりがい、本人の性格なども大きく作用するのかなと思ったりもします。

もちろん、障がいを持たれていると、圧倒的にこうした目に見えない社会的要因に不満を持たれるはずですし、当然、「なんで私だけ」という疎外感のようなものも強く持たれるはずで、生きるのがつらいと思うのは当然だと思います。

何も知らない他人だから書けるようなコメントですが、人の心情という目に見えないものに対して、ナカリさんもナカリママさんも、かなり深く深く相手のことをおもんぱかってあげられているような感じの印象をいつも受けています。

無責任な言葉かもしれませんし、当然人には言えないこともまだまだたくさんあるのでしょうけれども、ナカリさんに対して少しでもいい環境づくりをと、不断の努力で行ってきたのは、また、これからも行い続けないといけないナカリママさんのその姿勢は尊敬しています。

続けないといけない・・・
というワードは本当につらいですね。
私でさえ想像しただけで恐ろしいですから。絶望という言葉が浮かびます。(想像力だけは豊かでしょ?(笑)ここでジョークをぶっこみます)

なので、障がいに向き合い続けないといけない・・・
と考えてはいけませんよ。
素人の下手なアドバイスですみません。

プラスのことだけを考えないと、です。
希望とか信じることとか、根拠のないことかもしれませんが、これを失っては人は前を向いて正常に歩くことはできません。
希望とか夢ってとてもいい言葉です。あとはどういった希望を抱くのか、お二人の共通の希望がかなえられることを祈っています。

「ずっと笑って過ごしていたい」私の希望はただただこれだけなんですが、それさえ叶えるのは不可能だと思えるような世の中です。そうは分かっていても、そうした精神状態になりたいという気持ちが無くなった時、私の心はすたれたものとなるでしょう。


2017-07-28 金 20:04:20 | URL | 節約ドットコム [編集]
金スマに発達障害のピアニスト「野田あすかさん」が出ていらっしゃいましたが見られましたか?
彼女が、初めてのオーケストラとの共演後に言った、音楽を通してみんなと会話が出来た。
一気にみんなが友達になってくれたって言葉を聞きながら、
ナカリちゃんも、まだまだこれから!!!って思いました。
大好きな絵でお話が出来るかもしれないし~
全然違うところかもしれないし~
楽しみ楽しみ♪
2017-07-28 金 22:27:46 | URL | せいあ☆けろ [編集]
節約ドットコムさんへ
一緒に考えてくださってありがとうございます。

>プラスのことだけを考えないと、
ほんとにその通りですね。

馬場亜紀さんのところで、幽霊のお話を読んで、
過去に引っ張られないで、未来に心揺らされないで、きちんと地に足つけて、今を生きる、
ということを考えさせられました。

>笑って過ごしていたい
というお気持ちも、共感します。
今があるのは過去の選択の上に立ってのことで、
今、少なくとも、笑っていられることに感謝して、
その気持ちの上で、過去を振り返ってみようと、少し前向きになれました。

時代は変わっても、親から子への告知という問題は、
若いママさんたちも考えることだろうと思うので、
少しでも、後輩につながる、何か力になれるような振り返りができたらいいなあ。

ずーっと先のことまで考えるのではなくて、
そのとき、そのとき、を大事にしましょう、と。

コメント、ありがとうございました!
2017-07-28 金 23:22:55 | URL | ナカリママ [編集]
せいあ☆けろさんへ
番組は見ることができなかったけど、野田あすかさんのCDブックは持っています。
なので、
>音楽を通してみんなと会話できた
というお話はとてもよく分かります。

ナカリもまだまだこれから。
そうですよね、絵でお話しする、という力を持っているので、
今回の「障がいとの向き合い方」の体験談も、文章とイラストの両方で説明したら?
と、提案中です。
心の内を描く力を生かして、気持ちを伝えられたらと思います。
力づけてくださって、ありがとうございました。
2017-07-28 金 23:27:55 | URL | ナカリママ [編集]
重度自閉症児には出てこない問題ですよね。この問題が出るほどの知性があるってことも、いい面・そうでもない面があって・・・。
昔、知り合いの子が多動症の診断を受け、その話を聞いた別の人が、「今はなんでも病名つければいいと思ってんじゃない?個性のうちのひとつじゃん」って言ってたんです。でも言われたお母さんは、
「私は障がいだと言ってもらえて楽になった。学校の先生もイライラしなくなったし、クラスの子も怒ってたのが、理解してくれるようになった。それに甘えてばかりじゃいられないから、ウチの子にも、少しずつ障がいのこと話してる。それでうまくやっていけたら、それでいい」と。
その子は怒りやすく、怒ったら石をぶつけたりしていて、嫌われていたそうですので、障がいを知ることで理解が深まったケースです。
なんでもうまくいくとは限らないけれど、そのときベストだと思うことをしていくだけですよね。
自分たちには分からないところで、「自閉症だと分かっていてよかった」面が、きっとあるんだと思いますよ。
2017-07-29 土 06:55:19 | URL | 馬場亜紀 [編集]
私はグレーゾーンなのでナカリさんが背負ってらっしゃるものとは重さが違いますが・・・
私は健常者として生きてきて、自分の障害が判明したのは45歳のときでした。
その時はとにかくいろんなことのつじつまが合って、目から鱗でホッとしました。
敵の正体がわからないままボロボロになっていくのは、本当に辛いから。

もし小学生の頃に分かっていたら、私の人生は大きく変わっていたのかもしれません。
「つじつまが合う」ではなくて、体験しながら実感していくことになったのでしょう。
そして、その実感を積み重ねて職業選択もできたのかもしれません。
でも私は、自分の凸凹人生が案外好きなのです。
今でも「しゃぼん玉のように消えてしまいたい」という思いが沸き上がってきますが、それでも生きています。
それは、大切な人たちがいるから。

何が正解なのか、正解なんてないのかもしれません。
確かにその時の選択は、その時点で最良だと思ったのですから。
ふりかえる作業は、ナカリさんだけでなくナカリママさんにとってもつらいものなのですね・・・
それでも、そこから新たな発見や気づきがあるかもしれません。
否定的でなかった頃の想いとか・・・プラスの感情も出てくるかもしれません。

ナカリさんにとってナカリママさんはとっても大切な人です。
そんな人がいる・・・それだけでもとても幸せなことですよ(*^^*)
いろんな楽しい記憶も一緒に思い出してくださいね。
2017-07-29 土 07:27:34 | URL | かな [編集]
馬場亜紀さんへ
おはようございます。
そうなんです・・・。
同じ自閉症でも、子どもの知的理解力、メタ認知の度合いによって、
「告知」で悩む場合と、そこは問題にならない場合とがあって、
親同士でも、「それぞれに」悩みが違うねー、といった話をします。

障がいが無くても、思春期になれば、みんな、「自分は何者だろう?」
といった、アイデンティティの問題に突き当たりますし。
それこそ、知的には理解が難しいのではないか?と思われる子どもさんでも、
周囲の対応について、思いがけないくらいいろんなことを感じ取っていたり・・・。
(ナカリの後輩の自閉っ子さんがいじめられている様子をナカリから聞いたので、
本人の子どもさんに、「辛いこと、ない?お母さんに言わないの?」と聞いたら、
「あるよ。でも言わない」という返事で、
ああ、この子はよく分かってるんだ、と感じたのが忘れられません)

障がいを知ることで理解が進む、だから可能なら必要な範囲ではカミングアウトする、
その一方、当事者自身も、自分をどううけとめたらいいか、
障がいを自分の一部分として受け入れつつ、周囲と折り合いをつけていく、
そういった作業は、実は、どの子にも必要なのかもしれません。

>そのときベストだと思うことをしていくだけ
ほんと、そうだと思います。
今もまだその途中、です。あんまり考え込み過ぎないで、前向きに、ですね。

コメントありがとうございました。

2017-07-29 土 09:42:23 | URL | ナカリママ [編集]
かなさんへ
ご自身の経験に重ねて考えてくださってありがとうございます。
成人してから診断された方たちの「発信」を通じて、
子ども時代(成人前後も含めて)の我が子にどう接していったらいいのか、
たくさんヒントをいただける気がします。

過去の振り返り作業は、確かに、辛い部分もありますが、
かなさんが書いてくださったように、
>プラスの感情

>楽しい思い出
を、出来るだけ拾い上げていきたいなと思いました。

障がいの問題にかかわらず、人生に正解なんてないだろうと思うので、
そのときそのときの自分の判断をきちんと背負って、
一歩一歩、次を模索しながら進んでいくしかないですね。
かなさんがご自身の凸凹人生を、好き、という思いでとらえてらっしゃること、
お話を聞かせてもらえるだけでも希望になります。
ナカリにも、そんな風に話せる時が来たらいいな、と、
まずは、今の幸せを噛み締めながら、前向きにいきたいです。

小学生ママたちは、まだまだこれから先が長いので、悩みも尽きないだろうと思い、
親子して、少しでも力になりたいし、そうすることで自分たちも力をもらえる、と信じて、
「発信」に向けて、準備していきますね。
ありがとうございました。
2017-07-29 土 09:56:33 | URL | ナカリママ [編集]
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