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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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「私も死んでしまいたい、死んだら楽になれるんでしょ?」
ご訪問ありがとうございます。

帰宅したら、1週間、雨戸で締め切られた室内は、湿気でムシムシ。
今年初めて除湿クーラーを稼働しました。

たまった郵便物を仕分けして、麦茶を沸かし、
実家から持ち帰った荷ほどきをしたら、
いつの間にかたまっていた腕の疲れがどっと出て、
パソコンをつけてメール(大半が広告)の整理をし、
訪問の足跡から訪問返しをしたところで、力尽きてしまいました。

手紙を書こうと思ったけれど、
亡くなった従弟の妹が土曜には帰ってしまうと聞いていたので、
一人になった叔母のことが心配で、声が聞きたくなり、電話にしました。
叔母はすぐ電話に出てくれて、自分のことよりも先に、
私の母が亡くなったことの方を気遣って言葉をかけてくれ、恐縮しました。

従弟は53才だったそうです。
叔母が母の葬儀に戻って来れなかったのも、
具合が悪い従弟を連れて行くわけにいかず、
最後にお別れしたかったのにゴメンね、と。
従弟の話になると、まだ直後という事もあり、言葉少なでしたが、
母子二人の時に亡くなったので最期を看取れたこと、そんなに苦しまなかったこと、
を、伝えてくれました。

ナカリのことも気にかけてくださって、
ナカリが小学生の頃、
叔母の家に遊びに来ていた従妹の子ども二人(うち、一人は同級生)に会いに行き、
一緒にプリクラを撮ったり、叔母も一緒にゲームをしたりして皆で遊んだのを思いだして話しました。
今はもう、人混みを通って叔母のところまで遊びに行くことは難しいですが、
当時のナカリは、学校の友達ともプリクラが撮りたくて、積極アタックしていたのです。
その後いろいろありましたが、現在は留守番ができるまでに回復したと伝えると、叔母も喜んでくれました。
それでも、また遊びに来てね、という叔母の言葉には上手く応えられず、お茶を濁してしまいました。


悪かったのは、この会話を、ナカリが聞いてしまったこと。
イヤホンで音楽を聴いていたので、うっかり一緒にいる部屋で電話をかけてしまったのですが、
会話の概要を把握してしまっていて、電話を切った後…、自己否定の言葉が始まりました。

「なんで私、こんな風になったの?この先、未来はないよ」
「私も死んでしまいたい。死んだら楽になれるんでしょ?」
「心の障がいはしんどいよ、体の障がいの方が楽でいいやんか」
「こんなしんどいのは私だけや。安楽死したい」
「私も、お母さんより先に死にたい」
「お母さんは(私が死んでも)生きていけるでしょ」


・・・聞いているうちに、思わずキレてしまった私。
じゃあ、体の障がいの人と交代したら!?と、強く言ってしまいました。
心臓病で苦しんだ母の事、今現在も闘っているお友達のこと、亡くなった従弟のこと、
それらが頭に浮かんで、
本人に悪気はないと分かっていてもナカリの言葉に苛立ってしまったのです。

しばらく沈黙の後、この話題はお互いに封印。

私は気になっていたブログ記事にコメントするために再びパソコンに向かいました。
感情的になりながらコメントしてしまった背景には、この事情もあったのです。
その記事はこちら 
「発信 非公開拍手コメントへの返信記事」
k.s.さん、おことわりなく紹介させていただいてすみません。

お風呂から出てきたナカリは、萎れていて、「ごめんなさい」の繰り返し。
「ひどいこと言った」とも…。
以前なら、私がキレた時点で暴言の嵐になり、モノを壊し、泣き叫ぶところ、
今、お薬の調整が上手くいっているからか、基本的に落ち着いているからか、
今日は、静かに「考えて」くれたようです。
私も改めて考えました。

なんでこうなっちゃったんだろう・・・

でも、過去を振り返っても何も変わらない。
前を向いて行かなくちゃ。


帰省中の写真をまとめて、マスコットたちとの楽しい時間を報告したかったのに、
先に、この内容になってしまって、すみません。

いつものパターンなのですが、私自身も同調して、
楽に死ねるものならいっしょに死にたい、という気持ちになってしまうので、
服薬が必要なのです。

未来に希望を見出したい。
なのに、なかなか見つけられなくて、涙が出ます。

ちょうど、リンク先のブログに、涙の記事があったので、
そちらも紹介させていただきます。
「吉報配達ブログ 80年前の涙は・・・雨に」
亜紀さん、勝手に紹介、すみません。

記事を読み返して、今また涙が出そうな気持ちがしています。
80年・・・ちょうど母が亡くなった年齢だからです。

今回の帰省で、チラ見した日記はもう一つ。
書籍の処分のために仕分けして紐でくくっては運び出していた途中、
茶色くなった箱入りの本の背表紙に「日記」という文字があり、気になって手に取ったら、
父の日記でした。
私が生まれる前の話。
お酒がやめられない、とか、お金のやりくりとかの内容でしたが、
パラパラとめくると間に2ページだけ母の字が。
そこには、「赤ちゃんに会えるまであと50日くらい」という言葉があり、
男の子ならこの名前、女の子ならこの名前(これが私の今の名前です)、と、
由来を添えて書かれていました。

初めて知った内容です。
この、男の子だったら、という名前の話も、生前の母とは一度もしていません。
母とはいろんな話をしたけれど、
振り返ると、まだまだ話したりなかったな。
認知症を発症する前に、もっと、ゆっくり話したかったことが、今になっていっぱい出てくる。

80年前、私を産んだときには、きっと嬉し涙を流してくれただろう母。
でも、そのあと苦労の連続で、山ほどの悲しい涙、悔しい涙、を流した母。
今日の雨にはその母の涙が含まれているのかな・・・


人が亡くなるということ、について、
ナカリは祖父母との別れを通じて、何か感じ取ったものがある気がします。
激しい言葉で「死にたい」と口にしてしまうけれど、
それが、どういうことなのか、ある程度イメージすることもできるようになったのは、
両親が身をもって孫に遺してくれた「実体験」のおかげです。
私も、まだまだ発作的に死にたくなってしまうことがあるけれど、
生きていくのは困難を伴うけれど、
生きているからこその喜びもあるのだから、
感謝して、また、日々の営みを始めよう。

パソコンに戻ると、ついつい長くなってしまいました。

昨夜、ナカリとの沈黙に耐えられなくて、
ベートーベンの大フーガ(交響曲第9番発表後の作品で、長すぎて不評だった)を繰り返し流しました。
苦悩を通じて歓喜に至ったのちも、苦悩は続いたのですね・・・
生きることは苦しいこと、でもあるのだなあ。
芸術家はその苦悩をも作品にして残してくれる。
同じく昨夜、所在なくてネットサーフィンしていた時に、
ロダンの「考える人」の原題は「詩人」だと知りました。
ロダン自身は「詩想を練るダンテ」と、当初呼んでいたそうです。
ベートーベンに、ダンテとくると、息子を想います。

昨夜、叔母にも「娘さんやお孫さんのためにも、元気で長生きしてね」と伝えましたが、
叔母の子どもは、亡くなった従弟だけではありません。
私の子どももナカリだけではありません。
親としての責任を全うするためにも、死んではいけない、と思い返します。
おこがましいけど、過去の偉大な芸術家に、感謝・・・

べートーベン 大フーガ


息子がイタリアで写真を撮ってきた、マントヴァのヴェルギリウス像(2016年9月19日の記事から再掲)
ヴェルギリウス像 IMG_0262





子どもの日常 | 10:45:39 | トラックバック(0) | コメント(18)
コメント
こんにちは。
先日はコメントをありがとうございました。記事の紹介もありがとうございます。

障害の種別などで、くるしみに差をつけて勝手に比較して
「自分がいちばんつらい、他のひとはそこまでじゃない」というのは
思ってしまうことがあったとしても、口にしてはよくない言葉ですよね。
ナカリママさんが、気分を害されるのも当然のことだと思います。
悪気がなければ、何を言ってもいい、というものではないですから。

そんなことを書いているわたしも
よく「生きていたくない」だの言ったり書いたりしてしまって
この記事を拝読して反省するばかりです……。
大切なひとが「生を拒否している」という事実は
「自分のことも拒絶している」と感じさせられる体験ですよね……。

ナカリママさんもおつらい時期に
やさしい言葉かけ等ありがとうございました。
わたしもナカリママさんのこころの平穏を祈っています。
2017-06-25 日 11:49:20 | URL | k.s. [編集]
k.s.さんへ
いえいえ、こちらこそ、すみません。
公開コメントでお返事をくださってありがとうございました。
私の方こそ、この間、「勇気」について考えさせられました。

不特定多数の方々に対する発信、ということは、場合により、
今回k.s.さんが経験されたような「非公開拍手コメント」が舞い込むこともあるんだ、
と、考えさせられたし、
私自身、返信に苦慮するコメントに遭遇したことも思いだしました。

相手の立場も相応に尊重しながらこちらの気持ちを伝える、という作業は、
結構気を遣うし、疲れることだし、「勇気」も必要だと思います。
私も悩んでいた時、別の方が「味方」として応援してくださったことが支えになったので、
今回、少しでも、一緒に立ち向かえたら、という気持ちでいっぱいでした。

それなのに、逆に私の心中まで思いやってくださって、恐縮です。

ナカリは小学校の頃から、同じ支援学級で、
目に見える障がいのお友達が自分よりも大切にされている、自分は構ってもらえない、と言い続け、
「見えない障がいの方が損だ!」という言葉をよく口にするので、
何度となく親子バトルに発展した経緯があります。

「思っていても口にするのは良くない」と、心に秘めていられたらいいのですが、
そのあたりが「正直」な自閉っ子の辛い所で、心中ダダ漏れです。
自分を無視する嫌な子たちには「死んでしまえ!」と言い放つし、暴言の限りでした。
ドクターやカウンセラーさんから「言葉通り受け止めてはいけない、冷静に受け流して」
と、何度も言われながら、
でもだって、聞き流せないよ、と、いちいち反応して墓穴を掘る私でした。

そういう私自身も「生きていたくない」的なことを、この記事の中で何度か書いちゃってますし・・・

一緒に反省会ですね^^;

平穏を祈ってくださって、重ねてありがとうございます。
側に居る立場の辛さもあるけれど、やっぱり一番辛いのは本人だと思います。
だから一緒に乗り越えていくために、ナカリの側に居続けたいと思います。

私もk.s.さんの味方であり、少しでも良き脇役として側に居たいと願っています。
これからも「発信」し続けていってくださいね。
2017-06-25 日 12:34:55 | URL | ナカリママ [編集]
マクロの視点
あのぉ……信じるか否かは自由ですが……。

死んでも楽にはなりませんよ。

自殺は、人生にサジを投げること。
生まれ変わっても同じ位置からスタートする結果になります。
何者かによって強制的に、ではなく、
ナカリママさん自身の魂が選択して、です。

聞き上手は簡単ですが、
今日はちょっと厳しいこと言います。

ナカリママさん、ナカリちゃんと共鳴してどうするんです?
あなたは母ですよ。
大地の母……命の生みの親なんですよ。
ナカリちゃんと同じ次元で思考してはいけないと思います。

祖母や両親との死別、波乱万丈事情は、誰にでもあることです。
み~んなが、それらを乗り越えて歳を重ねるのですよ。
なのに、なかりママさんの場合、
それを、ものすごく大層に考えて(悲劇のヒロイン風)、
分析してしまう傾向が強いので、
今の結果を呼び込んでいるのではないでしょうか?
(思いは現実を創る)

判っているけど、々……。
連日のように反省の言葉が連なって、繰り返しですよね。
厳しいようですが、あなたは判っていらっしゃらない。
判るというのは、心や態度、行動を変えることです。

あなた自身が薬を卒業し、一段、高い視点で、
ナカリちゃんを観てください。
お互いを憐れむのではなく、母の視点です。

不思議なことがひとつ。
ご主人の存在が感じられないのですが、
ナカリちゃんの状態に協力は得られないのでしょうか?
仕事の都合で別居とか、読みましたが、
夫がいるなら、助け合えるのでは? と思うのです。

あなた自身が『肝っ玉母さん』にならない限り、
ナカリちゃんも良くならないと思います。

繰り返しますが、
死んでも楽にはなりませんよ。

精神世界系の本でも読んで、この世の成り立ちとか、命、
森羅万象、宇宙の法則なんかを、易しくナカリちゃんに説明
してあげるくらいの度量を持たないと。

まずは、あなたの波動を明るくするため、
根源的な思想から、学んでください。

歯に絹も着せず、言いたいこと、いいました。
コンチクショーと、憎んでいただいてOKです。

いい人ぶるのは簡単。
慰め合うのも簡単。
コメント返しの大半は、それ、ですよね。
ですが、それで前向きになれるなら、
とっくに、そうなってません?

この母子関係は、魂レベルのあなたが、自分で選んでいます。
しかも、かなり厄介なテーマを、です。
それだけでも、大したものです。
ですが魂は、乗り越えられない課題は選びません。
放棄したのでは意味がないからです。

あなた方母子は、互いの中にあるものを見て、吐き出し合ってる。
どちらかの中に消失すると、どちらかが変わります。
この場合、母でしょう? 

薬は、それによってコントローされてるようで、
実は副作用的な反動を呼びます。
呼吸法や、瞑想などの勉強をされて、実践ください。
娘の将来より、あなたの将来が不安です。
2017-06-25 日 13:43:22 | URL | 風子 [編集]
風子さんへ
説明不足でした。
「死んで楽になる」なんていう発想は、子どもの側からは出てきません。
私と叔母の会話の中で、
「生きている間は苦労ばかりの母だったけれど、
亡くなって(肉体が滅んで魂だけになって)やっと楽になれたね」
というようなやりとりがあったのを聞いて、
「楽になる」という言葉が出てきたのだと思います。

死んでも楽にはなりません、おっしゃる通りです。

意識的に子どもと同じ次元で思考している私の文章に苛立たれるのも当然、
と思いました。
ただ、「悲劇のヒロイン」は私も大嫌いなんですが、
第三者からはそう見えてしまうこともあるのだ、と分かりました。

なお、夫については、
ブログも読んでくれているので、あれこれ書きたくなくて触れていませんが、
子育てに関して良く協力してくれているし、支えてくれています。
ナカリのパラレル世界の理解は、私よりも夫の方がナカリに近いくらいです。

精神世界系の本は何冊か個人的に読みましたし、
エックハルトやアジャシャンティの読書会にも参加しています。
同じ立場のお母さんたちで、ヨガに通っている方々も多いので、
誘われて参加したこともあります。
それでもきっと、何も判っていない、とのご意見は変わらないでしょう。
(自分としては、昔を考えたらずいぶん変わった気がしていますが。)

また、
書いていただいたお言葉「魂は、乗り越えられない課題は選びません」
と、少し似ていますが、
「神は乗り越えられない試練はお与えにならない」という聖書の言葉を、
母から何度も聞かされました。
なので、弱音を吐きながらでも、投げ出すつもりはありません。


ダラダラと日々の思いを書き綴った内容のため、
私の将来を不安にお思いになられたとのこと、お心を騒がせて申し訳なく思います。
コメントありがとうございました。
2017-06-25 日 15:35:54 | URL | ナカリママ [編集]
こんにちは。

今回もまた難しいお話ですね…。
心の障害、身体の障害、共に生き辛い世の中であるのは確かです。
どちらにも何も問題が無い人手さえ自分で命を絶ってしまう事が多い世の中ですから…。
僕自身、過去の心の病気の後遺症や燃え尽き症候群的な所があったり色々で、
「もう死んでしまいたいな…」と思うことはままありますけど…
そんな時にふと思い出す事があるんです。

僕は飛行機などが大好きなので(子供の頃の夢はパイロットでした)所謂軍事関係の書籍を読むことがよくあるのですが、
その性能がどうとか配備運用がどうとかいう物以外に実際に使われた現場の証言を読むこともありまして…
多くは太平洋戦争で地獄から生き残られた方の回想録みたいなものですけど、もの凄く悲惨で…
ある本では軍艦の沈没に際して妻子の名を叫びながら亡くなった方、「おかーさーん!」と絶叫しながら船と共に沈んだ少年兵達などの事が描かれていて…
または命令もあったでしょうが家族を守るためと散った航空兵とか…
今の自分はそういう方々の犠牲の上に生かされている、簡単に死んだりするのは申し訳ない…そう思う事があるんです。
ショッキングなので今まで敢えて口外しなかったですが、海外放浪中には途上国の路地裏で餓死した子供達を見かけ、思わず涙した事も…。

使い古された陳腐な言い方ですが、生きたくても死ぬしか道が無かった方々を思うと簡単に「死にたい」なんて口に出来ないなと思うんです。
生きてるだけで丸儲け、とある方は仰ってましたがその通りかも知れないと…。
ナカリさんには是非、生きている事の大切さや独りじゃない事の有り難さを教えてあげて下さればいいなと、僕はそう思います。

何だか例えがトンチンカンになっちゃいました。すみません…。

2017-06-25 日 16:20:53 | URL | いぬふりゃ☆ [編集]
いぬふりゃ☆さんへ
いつもコメントありがとうございます、難しい記事ばかりですみません^^;

うちの両親も空襲経験者で、父は黒焦げの死体を見た話をしてくれたし、
海のゼロ戦「回天」の実物展示会に連れて行ってもらったり、
戦没学徒の手記を読ませてもらったりしたので、
生きたくても生きられなかった若者の無念の上に今の世代がある、
ということは、常々考えさせられ、また、忘れてはならないと思います。

いぬふりゃさんは、海外で実際に餓死した子どもさんの姿を見られたのですね・・・
私は、まだ、遺体を直接見たのは両親以外には通夜や葬儀の場だけです。
たまに、道路わきに花が添えてあるのを見たりすると、
この場所で誰かの命が絶たれたのか、と、それだけでも胸が苦しくなります。
テレビのニュースでも、辛い気持ちになることがよくあります。
(なので、今はナカリと一緒にテレビ断ちしています)

そんなこんなを考えると、
「死にたい」という気持ちがどんなに甘えた感情であるか、
簡単に口にしてはいけないことだという事も分かる気がします・・・
一方で、
それでも死にたい、と思うくらいに生きていることが辛い、
という人の気持ちも分かる気がするし・・・

親として、
息子にも、ナカリにも、生きていることの大切さを話し続けてきたのですが、
本人がどう受け止め、どう自分の感情と折り合いをつけていくかは、
手出しできない部分で、歯がゆさも感じながら見守るしかありません。

トンチンカンどころか、急所を突いたコメントで、考えさせられます。
「生きてるだけでまるもうけ」 これも、私もよく思うことです。
いずれ必ず死は訪れるのですから、それまでの間、無駄にしてはいけませんね。
2017-06-25 日 18:25:03 | URL | ナカリママ [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-06-26 月 01:47:28 | | [編集]
鍵コメントさんへ
夜中に目覚めて、読ませていただき
たいそう励まされました。心からお礼申し上げます。

表現力のことで謙遜されてらっしゃいますが、私には、思いやりに溢れた文章で、とても真っ直ぐ心に届きました。嬉しく感じました。ありがとうございます。

ナカリのマスコットたちとの楽しいひと時を、また報告出来たらと思いました。
短いですが、感謝をこめて…
2017-06-26 月 03:04:16 | URL | ナカリママ [編集]
おはようございます
私にも、認知症の母がいます。
まだ初期・・・といいつつも、日増しに会話がちぐはぐになっていくのを感じています。炊事をするのも以前は30分くらいだったのが今では2時間くらいかけてます。
両親とは離れて暮らしているので、毎週金曜日に電話するのが決まりなのですが、父の負担が大きくなってきているようで、それもまた心配で。

そして娘である私は、グレーゾーンながら発達障害でまだ事業所を利用している段階で、金銭的補助もできないでいます。
何も親孝行のできない私。
何度も自分を消去したいと思いましたが、だからこそ、死ねませんでした。
今の私にできる親孝行は、親より一日でいいから長生きすること。

親の想い、この想い。
少しでも笑顔の日々を過ごせますように・・・
2017-06-26 月 06:19:22 | URL | かな [編集]
ありがとうございます
おはようございます。
拙ブログの紹介、本当にありがとうございます。ちょうどナカリママ様の心に沁みるタイミングで載せられたことに嬉しく思っています。
死にたくなるときもありますね。
死にたくはないけれど、生きていたくないときはもっとあります。それでもやっぱり生きていきます。
そんなときの芸術に触れる時間は、何よりも大切ですね。。。
すみません、時間なくて深く考察した文章にできません。また改めてコメントにきますね。
2017-06-26 月 07:07:18 | URL | 馬場亜紀 [編集]
「80年前の涙は・・・雨に」拝見しました。
考えた事がなかったのですが、そう考えると感慨深いですね。


私と主人は今大分落ち着いていますが、
出会ってから一緒に住み始めた最初の1〜2年が私の精神状態が最悪で主人にも大変で辛い思いもさせていました。

3年目に私が徐々に落ち着いてきましたが、その頃は、反対に主人の方がそれまで私から受け耐えてきていたストレスが限界に近づいてきていたのが、きっかけがあるごとに主人が爆発して大声をあげて怒鳴るようになってしまいました(キレる…という言葉が似合うようなものすごい剣幕の怒り方をするようになった。)。
私は、それまで主人が我慢していたから反動だろうと思ったので、今度は主人が落ち着くまで私が耐えようとその時は思いました。

4年目、5年目と、さらに私は年々精神状態が落ち着いてきて、主人も段々キレる事が減ってきました。

その後私が薬を飲むようになってさらに安定してきたし、年々主人への対応の仕方も上手くなってきたと思うのですが、主人の方も大分落ち着いて、喧嘩自体することがほとんどなくなりました(小さい喧嘩や喧嘩しかけることはあるけれど、大きくならなくなったり、喧嘩を回避できるようになりました。)。

私たちの場合、私の最初の状態が酷かったとはいえ主人とは2年間ぐらいで私の状態がマシになってきて、なのでその後の主人の回復も早目だったと思います。

ナカリママさんとナカリさんの場合は大変な時期が長かったのですから、ナカリママさんが精神的に回復されるまで、ナカリさんの言動に反応して怒りが出なくなるまで、とても長くかかるのではないでしょうか。

ナカリさんは成長がゆっくりなのだと思いますが、成長しないわけじゃないのはブログを拝見してても分かります。
私も成長が遅い方です。
その時に簡単に文章にならなくてコメント出来ませんでしたが、
『「嫌い」という感情に振り回される・・・今日の日は再び嵐の日』
のブログを拝見した時にやっぱりナカリさんと私って似てるところがあるな…と思いました。
私は、自閉症スペクトラムではないっぽいなと思うようになりましたが、それでもナカリさんと部分部分で同じようなところがあるんですよね(特に昔の私が)。
私は37歳で全く年相応ではないです(部分的に能力かけてますし、精神年齢低いし、主人とのやり取りは子供っぽいです)。
それでも昔よりは成長してきましたし、今もマイペースに一緒にいる主人のおかげで成長はしていると思います。

親とはいえ人間ですから、障害があるナカリさんの側にずっといてどんな事にも耐えて見放さないで愛情をそそごうとされてきたナカリママさんはとても大変だったろうと思います。
(私は子育ての苦労も知らない人間ですが。)
どんな人でも沢山の強いストレスに長くさらされていたら自分をコントロールし難くなります。

でも、ナカリさんもナカリママさんたちの存在のおかげで成長できますし、ナカリママさんも直ぐには無理でも私の主人が段々落ち着いてきたようにいつかは落ち着ける時がくるのではないでしょうか。

希望がないわけではないと思います。

とても長くなりました。
とてもお疲れの事と思います。
ご無理されませんように。

私のコメントを読むのは、また返信も、気分に合わせていつでも適当で大丈夫です
╰(*´︶`*)╯♡
2017-06-26 月 11:14:18 | URL | ぽかぽか [編集]
馬場亜紀さんへ
こんにちは、紹介したことを快く受け止めてくださって嬉しいです。
沢山の方にお伝えしたい内容でした。
ぽかぽかさんも読んでくださったとのことで、余計に腕しいです。
今日の亜紀さんの記事でも、
学校に行くために遠路がんばる子どもたちの姿とともに、
学校に行けない、いかない子どもたちのことも思いやってくださる眼差しに、
とても慰められました。
毎日、吉報をありがとうございます。

実は、おねげえされたにもかかわらず^^; こっそり過去記事読んでいるんです。
ばれちゃうから拍手はしてなかったのですが・・・自白します、すみません。
その中で、昨夜は「釈迦VS悪口男」のお話に、なるほど~と感心していました。
言い返さないでほおっておく・・・その通りですね。
心の傷薬にもなりました、重ねてありがとうございました(^-^)
2017-06-26 月 12:49:59 | URL | ナカリママ [編集]
ぽかぽかさんへ
リンク先まで見てくださり、また
過去記事もコメントも丁寧に読んでくださり、ありがとうございます。

ナカリは、最近またぐっすり眠れなくなってきた、と、怪しげな気配です・・・
私は今朝、自分のお薬をもらってきました。
私自身は今の内容でちょうどいい感じです。
でも、いい感じだなあと思ってたら、おっとっと、とこけそうになることもあり、
毎日いろいろです。

確かに、親子は生まれてからずっとの関係なので、長いですよね。
傷つきやストレス体験も多い分、回復に時間がかかるのも納得です。
でも、一方で、他人の関係から結婚を通じて夫婦になるという営みは、
特に、ナカリのような特性を持つ人にとってみたら、すごいことだなあと思うのです。
ぽかぽかさんご夫婦のお姿は、
荒波の海を二人で船に帆を張って乗り越えて行かれているようで、
私たち親子にとったら、希望、です。
苦しいことも多いでしょうが、穏やかな日々に癒される幸せは何にも代えがたいだろうと思います。
ほんとに、毎日よく頑張られておられるなあ、と、励まされます。

今日はこれから仕事に出てしまうので、尻切れトンボで申し訳ないですが、
重ねてお礼を言わせてください、ありがとうございました(^-^)
これからもよろしくお願いします。
2017-06-26 月 13:01:31 | URL | ナカリママ [編集]
ナカリママさんへ
夫はよく弱音を吐きます。
極力私は受け止めようと努力しています。

でも、1から7.まではどうにか頑張れても
8辺りで一緒に弱音を吐いてしまいます。

持たないときは持ちません。
時に夫より弱音を吐き続けます(^^;;
良く言えば、私は素直だし
正直だからだと思っています。

時に息継ぎ‥
弱音も私の息継ぎです。

ナカリママさんも
息継ぎ必要ですよね。

弱音は吐かなきゃ
体の中で黒く固まり
それが増えてくる気がします。

現実に負けなくても
疲れ過ぎた心に
負けてしまいそうな気もします。

ちゃんと説明は出来ていませんが
駄目で元々‥そんな気持ちが
私を支えてくれた気もします。
だから今、こうして
時に笑うことも、夫を支えることも
出来ている気がするのです。

私はそんなに強くなくて
休み休み前に進んでいる感じです。


2017-06-26 月 18:28:34 | URL | iomama [編集]
iomamaさんへ
思いやりに満ちたコメントをありがとうございます。
ちょっとウルッときてしまいました。
私は性格的に「肝っ玉母さん」にはなれないし、なりたいとも思わないし、
弱音を吐きながら、息継ぎしながら、でないと、やっていけないのが現実です。
それを、他の人がどう評価するかは気にしなくていいですね。
自分自身が自分を守ってあげなくては。
少し弱気になっていたので、支えていただいた気持ちです。
ご夫婦でご旅行出来てよかったですね(^-^)
iomamaさんの歩みに習って、私も、休み休み、前に進んでいきたいです。
想いはいっぱいあるのですが、うまく書けなくて短くてすみません。
これからもよろしくお願いします。
2017-06-26 月 19:44:37 | URL | ナカリママ [編集]
やっぱり、違う家で育った人と一緒に生活するって、習慣とかの違いに驚く事多いです。
親や兄弟とかだと違いがあっても、生まれた時から一緒に生活していたのでその違いがあるのは当たり前になります。
けれど人生の途中から関わり始めてこうも違うと、相手を受け入れるには自分を変えないといけない部分があって、直ぐに受け入れにくい部分あります。

けれど私は、「完璧な人間はいない」と教会で習ってからは、それの応用で結構生きれてます。
主人との関係でもそれが大きいです。
そもそも主人が私の事を受け入れてくれるし、だから主人の完璧じゃない部分も含めて不公平にならないように私も主人を受け入れる努力します。
よくなる努力もするけど、どう頑張っても人間は不完全なのが前提にあると思うので、お互いの不完全な部分も受け入れ合いが必要です。

特性が邪魔する事もあるけど、主人だけに合わせてもらうのは無理が出てくるので、時間はかかるかもしれないけど私も歩み寄ります。
やっぱ、私が軽度だから出来るのでしょうか?
私も20代までの若かった時だったら相手が主人でも無理でしたよ。
主人が気が長いから年月がかけれるというのはあります。
他の多くの男性相手だったら、私は結婚できないか、とっくに離婚されてると思います。

私は、実家で親や兄弟に障害を受け入れてもらい育ったわけではありません。
人間不信も強いと思うし、私の事をこんなに受け入れてくれるのは主人が初めてです。
私は1人で生活できる言語能力などがないので、誰かに依存は必要になります。
そういう背景もあるから主人の事は受け入れれるのだと思います。

でも、希望と言ってもらえて嬉しいです。

私はナカリさんのお兄さんみたいに1人で生活できるなら結婚はしなくてもいいと考えます。
もともと私は対人不安が強くさっぱりコミュニケーション能力ないタイプですから。
でも、やっぱ、ナカリさんみたいに願望があってさらに助けが必要なタイプなら、いつか相手に出会って欲しいです。
今は焦らないで、家事とか何でもいいので出来る事が増えるといいですね。

私は、ナカリママさんのブログを拝見していると、人間不信も軽減する感じですよ。
ナカリママさんのような方もこの世界にいるとわかって嬉しいです。
前にも書いたように思いますが、ナカリママさんのブログを拝見する事で親や主人の気持ちとかを考える機会がつくれます。
とても勉強になります。

長文連投してすみません。
障害やいろいろを話せる人って側に主人や主治医ぐらいしかいないし、ナカリママさんだと安心してやり取り出来ます。

ナカリママさんのお薬がちょうどよくて良かったです。

私は、午前中何もしてないので、これから運動と洗濯とかします。
コメントの返事もありがとうございます。
読んでもらってるだけでも嬉しいです。
お仕事のお疲れもとれますように。

長文失礼しました。

2017-06-27 火 15:53:39 | URL | ぽかぽか [編集]
ぽかぽかさんへ
心のこもった連投コメント、嬉しいです。

今回、思いがけず、私が生まれる前の日記をチラ見したのと、
タンスの中から見つけたラブレターの束をザッと見したのとで、
うちの親にも、「恋」の時代があったんだと、不思議な気持ちがしました。
個人と個人としては良い関係でも、
結婚後は親族が様々な問題を持ち込んできて、母の人生は大きく崩れ、
何度となく離婚の危機が訪れ、信仰なしには続けてこれなかった関係だったし、
最後は「卒婚」状隊だったので、
親にも若い時代があった、ということが感慨深かったです。

自分自身も、離婚を考えたことも、子どもを連れて実家に帰ったこともあるし、
周囲のお母さんたちも、だいたい皆さん一度はそういう経験をしてるみたいです。
「結婚生活」を維持する、って、恋心だけでは難しいですね。
お互いに、かなりの忍耐と思いやりがなければ家族関係は成り立ちませんよね。

そんなことを考えると、
ぽかぽかさんご夫婦のご様子は、ブログから垣間見るだけですけど、
私や娘からしたら、本当に「希望」です。
ぽかぽかさんたちのような出会い、が、娘にもあればいいなあ、と願ってやみません。
息子の方は一人が楽みたいなので、多分このまま独身を貫く気がしますが、
ナカリは実年齢より幼いところがあり、一人で生きていくだけの強さがないので、
誰か支えになってくれる人、受け止めてくれる人、が居たらなあと思ってしまいます。
まあこればかりは、ほんとに、縁、ですから、どうにもなりませんけど。

私のブログを読んで、人間不信が軽減する、安心してやりとりできる、と言っていただいて、こんな嬉しいことはありません。
不完全な自分だけれど、過去の経験や今の心の内を書き留めていくことで、
何か少しでも誰かの心に届いて、役に立つことがあれば嬉しい・・・
自分が居なくなった後にも、遺言として残るものがあれば嬉しい・・・
そう願いながら始めたブログだったので、続けてきて良かった、と、心から思えました。
こちらこそ、読んでくださってありがとうございます。
取り留めないお返事になってすみません。
これからもよろしくお願いします。
2017-06-27 火 22:07:38 | URL | ナカリママ [編集]
かなさんへ
コメントいただいていたのに、
別枠に仕分けされてしまっていて、
今まで気づきませんでした。
他の鍵コメさんからのコメントが表示されない、
というところから、初めて発見した次第です。
せっかく書いていただいたのに、お返事が遅くなってしまってごめんなさい。

6/26のコメント(最初の方)を承認したので、無事、掲載されています。

お母さま、認知症の症状が出始めたとのことで、
うちの場合もその気配が出始めてからの親子関係にかなり苦労したので、
かなさんの複雑な心境をお察しします。

かなさんがおっしゃる、
「できる親孝行は、親より1日でいいから長生きすること」
というお言葉が胸にしみます。
ほんとうに、皆が笑顔で過ごせる毎日でありますように!

あたたかいコメント、ありがとうございました。
2017-07-06 木 00:37:03 | URL | ナカリママ [編集]
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