■プロフィール

ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

■最新記事
■最新コメント
■月別アーカイブ
■カテゴリ
■FC2カウンター

■リンク

このブログをリンクに追加する

■フリーエリア
■フリーエリア
■フリーエリア
■フリーエリア
■検索フォーム

■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

母の未支給年金振込通知が届きました
ご訪問ありがとうございます。

母が逝ってから3か月半、相続関係はだいたい終わったと思っていたら、
昨日、年金機構から未支給年金振込通知のハガキが3通届きました。
母が受け取っていた年金が3種類(老齢、遺族厚生、障害基礎)なので3通です。
時間がたつにつれて、母が居ないことを意識する場面が減ってきていたのに、
何か急に現実を突きつけられた気がして、ちょっと感傷的になった週末でした。

父が亡くなったあと、年金機構から来る通知を見ながら、
何度も何度も紙に数字を書いて計算し、年金額を確かめていた母でした。
叔父と二人で、何度計算しても金額は変わらないよ、と笑っていたのが、
ついこの間のことのように思えます。

きちんと最期を看取って、火葬場でお骨も拾ってお墓におさめたのに、
それでもまだ、なんとなくどこかに居るような、曖昧で不思議な感覚のまま、
娘との日常に追われていた・・・そこへ、
「もう居ないんですよ」と再確認するかのように「通知」がやって来た、
そんな感じがしています。

1週間後には、娘と二人、一緒に帰省して、
実家の片づけ、に、本格的に着手しようと思っていたところなので、
タイミング的には良かったかもしれません。

気持ちの切り替えをして、未来に向かっていかなくては、と思います。
大量の、いろんなモノを、処分しないといけません。

今日は、母からもらった≪3年日記≫をパラパラとめくってみました。
2008年の12月22日から2011年の10月31日まで、私の字で書きこまれた日記。
初日には「あと3年は無理、という事で双方了解して母から譲り受ける」と書かれていました。

そうだったなあ。
ペースメーカーを入れる手術をしたおかげで、その後持ち直したけれど、
当時、利尿剤が効かず足の浮腫みがひどくて、一度は別れの覚悟を固めたんだった・・・
そんな風に、事前に時間をかけて、少しずつ、「心の準備」を整えていたから、
また、実際、十分頑張って生き抜いたと確認できる看取りができたから、
激しく動揺することなく、その後を過ごすことができたんだろうなあ(もちろん、後悔は残るし、寂しいけど)。

4か月前からの慌ただしかった数週間が、今はまるで夢のようで、
離れているから余計に「実感」が薄くて、まだどこかに居るような気がしてしまいます。

前回は一泊だけ、私だけの短時間の帰省だったから、感傷に浸る間もなかったけれど、
次は数日間あるので、あまり心を揺らすことなく、気合を入れて片付けに取りかからねば!


大切に思う人がいると、その分、別れが辛くなる、でも順番だから。
みんないつかは通る道だから。
ここを上手く乗り越えて、「これから先」のことを考えて行こう。
元気を出そう!


母が携帯電話の着信音に使っていた曲
「エンターテイナー」 スコット・ジョプリン









思い出 | 23:12:33 | トラックバック(0) | コメント(10)
コメント
おはようございます
仲直りできて良かったですね。
ナカリさん素直なお嬢さんなんだなって思います。
お母さんであるママさんも素直な方なんだなって思うのです。
ぶつかりあいながらもこうして仲直りしてまた前を向いていけるっていいですね。

夫の父が亡くなって以降も同様にいろいろと通知が郵送されてきました。
亡くなっているのに父の名義になったまま・・・(なんでも1月の時点で記載されるとのことで・・・)
固定資産税を口座引き落としにする手続きもとても面倒でした。
つい先日は 税金の支払い通知が届きました。
前年度の年金にかかる税金でしたが・・・
亡くなったということは寂しいんですけど もういないんだなぁって
改めて感じさせられるのは本当に寂しいですね。
ただ思い出とともに生きてるって言う感覚がどこかにあるって言うんでしょうかね。
そんな思いがあります。
ママさんもきっとそんな感じじゃないのかなって・・・
気をつけて行ってらしてくださいね。
2017-06-12 月 07:15:03 | URL | 花梨 [編集]
今までは毎年1年ごとに日記帳を変えていましたが、私も今年から5年日記に変えました。
親子で引き継ぐ日記帳はとても素晴らしいですね。
私の場合、親の日記を見るのはちょっと怖い気もしますが・・・
でも5年日記に変えた理由としては、私自身が何かあったときのために少しだけでも読みやすいようにという理由も大きかったです。
祖父の遺品を整理した時に思いましたが、処理するのはかなり大変な作業でした。残すべきものと、ちゃんと読んでから処分すべき書類、衣服のようなものだけではなく、故人の思いが垣間見えるモノは中々処分するのはためらわれます。少しずつ無理をせずやってくださいね。感傷的な気持ちになると思いますので、少しずつ慎重にでいいと思います。
2017-06-12 月 12:50:24 | URL | 節約ドットコム [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-06-12 月 12:55:32 | | [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-06-12 月 18:26:19 | | [編集]
花梨さんへ
こんにちは。
毎回お騒がせしてすみません(^^;)
ぶつかったり、仲直りしたり、何度も繰り返しながら、
親も子も少しずつ成長できてきているかなあ・・・
>前を向いていけるっていいですね
と言っていただいて嬉しいです。

花梨さんのところでもお義父さまが亡くなられたんでしたよね。
確かに、私も、寂しいのは寂しいんですが、時間とともに、
事実をきちんと受け入れられるようになってきた感じもします。
そして、次は自分たちの世代だから、と、
親世代の教訓を生かさねばと思っています。
遺される側の立場に立って、可能な限り負担を減らしてあげたい、
こじんまりしたシンプルな生活にしなければと改めて感じるこの頃です。
今度の帰省は長めなので、腰を落ち着けて、いろんなモノに向き合ってきますね。
いつもお気遣いありがとうございます。
2017-06-12 月 18:46:23 | URL | ナカリママ [編集]
節約ドットコムさんへ
コメントありがとうございます。

母の日記は、3年日記以外にも大学ノートに何冊も残っているので、
開くのが怖い気がして、亡くなったあとは触っていません。
昔、少し見た際には、その日の献立や服薬の記録、などが大半でしたが、
私や孫との電話の内容に触れている部分もあったりして、
読むと泣けてくる気がするので・・・。
逆の立場で、自分自身の日記をどうする?という問題もありますね。
私も子どもの頃から学生時代にかけて書いた日記の処分に困っています。
自分自身で読み返す分にはいいんですが、これを子どもが読んだらどう思うかな。
恥ずかしい~
子どもが生まれてからのスケジュール帳や、保育所や学童のお便り帳は、
なおさら子どもたち自身のあれこれに触れているので本人が読むと複雑かも。
こちらの意向も伝えておかないと、当事者は判断に困るでしょうね。
ブログは、一応公共の目を意識して書いているので、
遺言として残しておいてほしい気がします(亡くなった時点で終了、の告知は、代わりにしてほしいので、」ログイン方法など引き継いどかないといけないなあ、あれ、かなり終活じみてきました・・・笑)

モノの処分でも感傷的になってしまうのは予想できるので、焦らず、と思います。

母方の上の叔父が亡くなった時には、子どもがいなかったので、下の叔父が整理や処分を手伝い、山ほどの本と陶芸品を一気に業者さんに引き取ってもらいました。
また、ご近所さんは、亡くなってもう13回忌だけど、いろいろ手つかずで、まだタンスに服が残ったままよ、と笑っておられます。

それぞれのご家庭の事情に応じて、いろんな場合がありますね。
うちは、実家が遠方で空き家の状態となり、今後私が戻ることは無いので、処分、を前提にして、できれば早目に片づけなければなりません。
そのあたりを頭に入れて、計画的に少しずつやっていきます。
>少しずつ慎重に
はい、貴重なアドバイス、しっかり受け止めました!重ねてありがとうございました。
2017-06-12 月 19:04:45 | URL | ナカリママ [編集]
鍵コメント1さんへ
こんにちは。
日常的に、亡くなった人の思い出が残るものを目にするのは、お辛いでしょうね。
私は遠方の実家、という状態だから、のんびり構えているところもありますが、
帰省するたびに、感傷的になりつつも、これ(実家の大量のモノ)を何とかしないといけない、という圧力を感じて、ちょっと焦ってしまいます。
でも、慎重に、ですね。
少しずつ、片づけていきます。

親族でなくても、やはり、人の死は辛くて悲しいものですよね。
後悔・・・も分かります。
私も、友人が死に至るまでの状況を「全く知らなかった」自分を悔いた経験を忘れられません。

母に対する後悔はそれとは違いますが、亡くなる半年くらいの間、認知症が進み始めてからの自分の対応を悔いる気持ちがあり、でも、それはもうどうしようもないので、それまでの元気だった頃に十分繋がりあえていた、という歴史を根拠に、この先は、心の中におさまっていってもらうように願っています。
あたたかいお言葉、ありがとうございました。
2017-06-12 月 19:13:38 | URL | ナカリママ [編集]
鍵コメント2さんへ
ご丁寧な返信コメントをありがとうございます。
たくさんの方々がコメントされているので、鍵コメ2さんのブログはすごいなあ、と気が引けながら、今回思わず、自分も書かずにはいられなかったのでした。

そうですよね!余命宣告は外れる場合も多いです!
母はいつも、最初の主治医の先生が(まだ母が存命だと)聞かれたら、さぞ驚かれるだろう、と笑っていました。
ほんとに良く頑張ったなあ~と、我が親ながら感心します。
何か少しでも希望になれば幸いです。

これからお忙しくなられるとのこと、どうぞご自愛なさって、少しでも穏やかに過ごされますように・・・。心から応援しています。
2017-06-12 月 19:24:27 | URL | ナカリママ [編集]
親父がなくなった時に 区役所で 一日までとは 言わないけど
 それくらいいましたね あっちこっちと たらいまわしみたく
  一か所で すべてできるように してもらいたいなと 思ったけどね
   でも 何とか 一日で 終わったけどね
2017-06-12 月 19:37:30 | URL | 北海道のくま [編集]
北海道のくまさんへ
こんばんは。 コメントありがとうございます。
役所の手続きは、あっちこっち、いろいろあって大変ですよね。
私も、本館に行ったり別館に行ったり、また戻ったり、ウロウロしたのを思い出しました。
市役所以外に、金融関係や、年金関係、各種の料金引き落としの変更などなど、
一通り終わって、やれやれと落ち着いたのは数か月後でした^^;
くまさん、一日で終ったの、すごいです!おつかれさまでした。
2017-06-12 月 19:46:34 | URL | ナカリママ [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad