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Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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「好き」がコミュニケーションの源~不登校時代を振り返って
ご訪問ありがとうございます。

昨夜、息子から、6月の学会に参加する手配ができた、との近況報告がありました。
初めてネットでJRの切符を取ったので、片道を二つ買ってしまった(往復割引を使えなかった)、
と、残念がっていました(過去、みどりの窓口では、そのあたり丁寧に教えてくれたとのこと)。
まあ、それも勉強。
ホテルもちゃんと予約できたみたいだし、いろいろやれば出来るじゃん、と、
一人暮らしを始めた頃のハラハラドキドキに比べて、安心できるようになりました。
(考えてみれば、一人でイタリアまで行けたんですから!)

ただ、あいかわらず、集団行動は苦手なようで、
研究室で一緒に切符やホテルの手配をする、というのを断って一人で別行動するみたいです。
対人関係での苦労は続いています。
めんどくさい(社交的、儀礼的な)ことには関わりたくない、というスタンスです。
これを「自分勝手」ととられるか、「マイペース」と許容されるか。
・・・大きなトラブルにだけはならなければいいなあ、と見守っています。

この息子が中学生の頃、適応指導教室に通いながら、熱心に文通していたのが、
教室担任の先生の親族にあたる、ご高齢の数学者の方でした。
担任の先生自体、結構マイペースで変わった方だったので、
ひょんなことから、「数学が好きなら、知ってる人を紹介しようか」という話になり、
先生を仲介して、面識のない二人の間で手紙のやりとりだけが続く、
という不思議な関係ができあがりました。
文通が続くうちに、息子自身「いつかご本人に会いたい」という希望をもつようになりましたが、
ご高齢で、入院生活だったこともあり、その希望が叶えられないまま亡くなられてしまいました。
病室のベットの側には息子とのやり取りの手紙が残されていて、
常々、息子の行く末を案じてくださっていたそうで、感謝でした。
息子の方でも往復書簡を今も大事に取ってあります。

まだ中学生だった息子を、きちんと一人の数学マニア?と認めて応対してくださり、
話は哲学的な内容にも発展し(その方は理系でも哲学や文学にとても詳しい方でした)、
年齢差を超えたやりとりが、当時の息子の大きな楽しみになっていました。
また、亡くなられた後、遺品整理でいただいた沢山の哲学書、西洋古典文学全集、
・・・が、その後の彼を導いたとも言えます。

そんなやりとりを仲介してくださった、教室担任の先生は、
コミュニケーションの基本に「自分の好きなもの」を置いておられました。
「グレン・グールドというピアニストが好き」「タルコフスキー監督の映画が好き」という先生、
学生時代まだ飛行機がソ連の上空を飛べなかった頃、遠回りしてヨーロッパに行ったという先生、に、
息子も影響を受けて、バッハを弾くようになり、北ヨーロッパに憧れるようになりました。


発達障がいの人の「出来るところ」「好き、得意な部分」に目を向けてほしいという話を書きましたが、
寄り添う人自身が自分の「好き」を大事にする、ということも不可欠だと思います。
ほんとうに自分が好きなものについて語る時には、熱が入りますよね。
聞いている人も、そのエネルギーに引き付けられる。
無理してコミュニケーションを取ろうというよりも、好きなものについて話しているうちに何となく会話になる、
そんな感じで、息子も教室に打ち解けていきました。
先生からお借りしたタルコフスキーの遺作DVD「サクリファイス」は、親子で見て、
今も強烈な印象を残しています。

アンドレイ・タルコフスキー監督の父親の詩集、まで買った息子です。
タルコフスキー詩集
この詩集の最後は「遺言 アンドレイ・タルコフスキーに」です。

その中の一文に「愛が君の重荷にならないように」というのがあります。
我が子に対して「君へ」と呼びかける数々の言葉に込められた想いは、
父と息子、の関係に限らず、考えさせられます。

コミュニケーションが苦手な息子の心を、柔らかく開いてくれた先生への感謝を込めて、
映画「サクリファイス」のラストシーンに流れた、バッハの「マタイ受難曲」



なお、映画「サクリファイス」の詳しい解説は A・タルコフスキー「サクリファイス」




思い出 | 12:01:57 | トラックバック(0) | コメント(12)
コメント
中学時代の息子さんとご高齢の数学者の方との文通って最高に素敵ですね!
本当に年齢って関係ないんですよね。心が通い合う仲間になるために。
会えないまま亡くなられたってのも、それはそれで、なんだか逆に「永遠に繋がっている仲間」って感じがしてステキです。
いいお話をありがとうございました。
2017-05-24 水 14:45:50 | URL | 鶏ささみ [編集]
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2017-05-24 水 17:23:00 | | [編集]
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2017-05-24 水 17:48:00 | | [編集]
鶏ささみさんへ
わあ、最高に素敵、とまで言っていただいて、思い出が輝いてる気がします!
・・・ほんとに、「人と人の縁」ってあるんだなと感じる関係でした。
仲介して下さった先生も、きっと、最初はほんの気軽な気持ちから、手紙を書いてみる?と声をかけて下さったんでしょうが、
多感な時期に、人生の大先輩と直接交流できた(それも文通なんていうレトロな方法で)ということは、彼のパーソナリティを作り上げる大きな力になったと思います。
人間関係を取り結ぶにあたって、これほどの年齢差でも、師匠と弟子、みたいな関係になれるんだ、と、すごく感心したのを覚えています。

会えないままでしたが、たくさんの書物を受け継ぐことができ、その中に、書き込みや線が引いてあったりで、故人に会える気がする、というのは、私が母からもらった聖書と同じ感じがします。
いつも心にとどめている思い出でしたが、こうやって書いて、読んでいただけて嬉しいです。

こちらこそ、ありがとうございました。

2017-05-24 水 17:50:54 | URL | ナカリママ [編集]
鍵コメント1さんへ
学会、ご想像の通りです(当たり!)
不思議なご縁を感じます。

書いていただいたように、私も、
「研究者の世界は、変わった人が多いみたいだから、
マイペースもそれなりに通じるかな」
と楽観視するようにしています。
まずは、本人が消耗しなければ良いんですが。

ナカリがとてもお世話になったカウンセラーさんが、
上の息子のことを「本物志向」と言って下さり、
学校内での関係では認められないし評価されないかもしれないけど、
極めた人との出会いで磨かれていくと思う、と励まして下さいましたが、
実際そうなっていってくれたことがありがたいです。

バッハの受難曲はいくつかありますが、マタイが一番好きです。
で・・・聴く度に、「サクリファイス」を思い出してしまいます。
聴いて下さってありがとうございました。

2017-05-24 水 18:05:50 | URL | ナカリママ [編集]
鍵コメント2さんへ
母は心臓弁膜症だったので、私を産むのも命がけで、
二人目ができて医者に止められ、卵管結さくしました。
なので、私は一人っ子です。
姑さんから「あんたが死んだら孫の面倒は私が見てやるから安心し」
と、露骨に言われ、「こんな弱い嫁をもらうんじゃなかった」と言われ、
耐え続けて、きちんと自己管理し、医者との信頼関係も大事にし、
結果、脳梗塞で倒れた姑の介護までやり遂げました。
父方の親族の誰も、母が姑より長生きする、ましてや父を看取った後、80歳まで生きるなんて想像もしていなかったと思います。

「一病息災」と言いますが、
何事も慎重に、いのちの大切さを忘れることなく、自分自身を大事にし続けてくれた、子どもや孫のために生きようという気力を持ち続けてくれた、その事が、奇跡を生んだと思います。

ずっとずっと、ご無事でありますようにお祈りしています。
希望を持ち続けることが生きる気力につながるので、
何か少しでもお役に立てたとしたら、こんな嬉しいことはありません。
母も喜んでいると思います。
こちらこそ、ご丁寧にありがとうございました。
長くなってすみません。
お大事になさって下さいね。


2017-05-24 水 18:17:42 | URL | ナカリママ [編集]
本日はコメントをどうもありがとうございました(´∀`)
自分の「好き」を大事にする、
好きという気持ちを大事にするというのは大切な事ですよね。
好きが情熱に変わったり、
それだけで力になったりしますし大事にしていきたいですね~。
2017-05-24 水 21:14:37 | URL | ツバサ [編集]
ツバサさんへ
こんばんは。こちらこそ、コメントありがとうございました。

実は今日も、証券会社と外資系保険の外交員さん(友人)とお話したところで、
ちょうど、読んだばかりの本の表紙を見て、これは!と、反応した次第です~
こちらでは、外貨建て保険を検討していましたが、
なんと健康告知で引っかかってしまい、白紙状態に戻りました(泣)。
この先、自分たちの老後に備え、
かつ、親亡き後の子どもの生活をどう考えてやったらいいのか、
ちょうど年齢的に転換点なので、いろいろ勉強中です。
・・・が、これは「好き」という燃料が注入できない分野なので(笑)、
なかなか話が進みません。
必要に迫られながら、なんとかがんばりたいです。

今日は自分でアップした曲を、通勤中イヤホンで何度も聴いておりました。
「好き」のエネルギー補給作業です^^;

また伺いますね。これからもよろしくお願いします。
2017-05-24 水 21:46:41 | URL | ナカリママ [編集]
試行錯誤の日々の中、ヒントを見つけ、ありがとうございますと、呟いています。

この3週間は、今まで以上に私の役割を意識する毎日でした。種の話、杖の話、好きの話。今の私の迷いに大きなヒントを与えて頂いて、感謝でいっぱいです。

また、文字にすることが気持ちを落ち着かせることに、こんなに役に立つとは思いませんでした。私が私に宣言する!そんな気持ちでしょうか。ネットの世界にこんなに励まされるとは、思ってもいませんでした。

息子の得意を伸ばすことは、尻を叩くではなくて、彼の好きに寄り添えるよう、私のワクワクを育てることかなと思っています。同級生では難しいことが多いようなので。
いつか、私ではない寄り添ってくれる人が現れるまで、彼の中のワクワクを育てて行きたいなと思えました。上手く出来るか不安ですが。

年齢もこえて繋がれることってすごいですよね。素敵です。
きっと、2人のお子さんと人として真摯に向き合ってきたからなんでしょうね。

私達も頑張ります!



2017-05-25 木 01:01:34 | URL | samy [編集]
samyさんへ
ご訪問&コメントありがとうございます。

久しぶりに早朝覚醒してしまい、ふとスマホを見たら新着コメント・・・
読んで、うるうるきて、お返事を書いています。

>文字にすることが気持ちを落ち着かせることに、こんなに役に立つとは
>ネットの世界にこんなに励まされるとは

これ、同感です!私もどんなに力づけられたか分かりません。

>彼の好きに寄り添えるよう、私のワクワク育てることかな

すごい!私の感じたことを上手く表現してくださって、こちらこそ感謝です。
そうなんですよ、寄り添う側自身も、自分の「好き」、を大事にして、
ワクワクイキイキ過ごせていると、自然と会話が弾むというか、
巻き込まれて一緒に楽しくなることができるみたいで、
そのことを過去の経験から学び直し、という気がしたので、記事にしました。
誰かの心に届くことができて、一緒に嬉しくなりました。

>人として真摯に向き合って

これは、常に意識しておかねばと思っている部分です。
そう言っていただいて、助かります。
「大人」目線になったり、力づくになったりすること・・・今は減りましたが、
自戒していないといけません・・・その力になる、ありがたいお言葉です。

はい、私もがんばります!一緒に前向いていきましょうね。
2017-05-25 木 05:57:32 | URL | ナカリママ [編集]
社会適応が良好なのは……
ズバリ、
腹黒くてずるがしこい人。

要領だけは良くて、
悪賢く、
専門的な学習能力もないのに、
人間を操り騙すのだけは上手い。
舌先三寸の真っ赤な嘘で他人を煙に巻いて、
お追従だけはうまくて、
平気で弱い者いじめをする。

こういう連中は、
一生涯「お幸せ」で、
人づきあいもうまく、
出世するのです。

もし選べるとしたら、
どちらを選ばれますか?

要領は悪いけれども、
純粋にある学問が好きで、
他人を妬むでもなく、
自分の好きな道を追求するのが幸せ。
でも人間関係は下手で、
金儲けも下手だし、
出世する見込みもない子と、

意地悪で残酷で、
腹黒くて計算高く、
世渡り上手で弱い者いじめをしながら、
笑って楽しく出世する子。

私は前者のお子さんの方が、
後者よりはるかに好きです。
2017-05-25 木 21:53:08 | URL | motomasaong [編集]
motomasaongさんへ
ズバリ表現してくださって、うわあ~という感じです。

ほんとに、世の中にはいろんな人がいますよね。
いわゆる「世渡り上手」になれる人と、なれない人とが居て、
私も、どちらを選ぶか?と聞かれたら、
計算高く、なにごとも損得で考える人よりも、
人間関係は下手でも自分の信念を貫く人の方が好きです。

自分の子どもたちにも、
他の人を嘲ったり陥れたりようなことや、
無関心を装って加害者に加担するようなことは、
決してしないように、
と、出来る限り伝えてきたつもりです。
中学時代の担任の先生から、
荒れる学年の状況について、
「自分の(人権)感覚をマヒさせないと、学校では生き延びていけない」
という言葉を聞いたとき、
そんなことしないといけないなら学校には行かなくていい、
と、強く思いました。

不登校によって、逆に、得たもの、は大きかったです。
「社会適応」という部分だけを見て判断してはいけない、と、
力づけられる気がしました。
コメントありがとうございました。
2017-05-25 木 22:34:08 | URL | ナカリママ [編集]
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