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Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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父の命日に「親の気持ち」を想う
ご訪問ありがとうございます。

昨日は父が亡くなって満2年の命日でした。
仏教だったら三回忌の法要が営まれる日ですが、
キリスト教なので、毎年1回、教会で行われる召天者合同祈念会に参加するだけで、
この先も、何回忌、といった準備をする必要はありません。
だけど、亡くなった両親のことは、折に触れて思いだし、感謝し、
次は自分が子どもに送られる番だと考えさせられています。

父は昭和ヒトケタ生まれで、自分のことをほとんどしゃべらない人でした。
戦争で空襲があった時、自宅にバケツで水をかけて逃げたけれど全焼してしまった、とか、
たくさんの焼死体を見たとか、戦争はだめだ、とかいう話はよく聞きましたが、
仕事のこと、親族のこと、自分自身のことは、結局ほとんど聞けないままでした。

子どもの立場で父親を見て、歯がゆく思ったり、腹が立ったりしたこともたくさんありましたが、
亡くなる数年前に聞いた、「しかたなかったんよ(そうするしかなかったんだよ)」という一言で、
それまでのわだかまりが溶けた・・・というか、
この年になって初めて、父の苦悩、悔しさ、諦念、のようなものを実感して、
やっと私自身が楽になれた気がします。

母との間でも同じです。
命ある間に、もっと話をしておけばよかったと思うし、やっぱり寂しい気持ちはあるけれど、
亡くなる少し前から、認知症の症状が強くなり、過去の愚痴が繰り返され、
母のことを嫌いになっていく自分も嫌で、そんな時間が長く続いたらもっと辛かったろうから、
母本人の言葉を借りると「賞味期限切れの身体」で、
自然の営みのままに、寿命を全うしてくれたことに、感謝です。
そして、母を亡くしてやっと、母を赦し、受け入れる気持ちの整理も出来た気がします。
(母が生きている間は、感謝の一方で、
「可哀想なお母さん」に支配され続けた「墓守娘」の自分が、「母みたいな人生は嫌だ!」と、
心の中で悲鳴を上げているようで、苦しい気持ちも引きずっていました。
その「母を嫌い、母から逃れたいと暴れる自分」が、母の死によって、やっと消えた気がします)


実は、父は、母と結婚する前に、心の病で強制入院させられたことがあったそうです。
母は結婚するまでそのことを知らなかったし、父も、娘にだけは知られたくないと思っていたようで、
私がその過去を知ったのは、ほんの数年前、母から聞いて、のことです。
(もちろん、父とはその話は一切しないまま看取りました)
母から初めてその過去を聞いた時、同時に、
祖母(父の母)が、そのことを他のお嫁さん(叔母)たちに言いまくっていたということも知り、
改めて、祖母に対する腹立たしい気持ちと、父の置かれた立場の苦しさを想いました。

10人きょうだいの長男で、誰よりも親族に尽くしたのに、祖母は弟(叔父)たちの方が可愛かった、
父は祖母のことを大事にしたのに、祖母からは愛されなかった、と思うと、哀しいです。
(明治生まれの祖母もまた苦労した人だったのは確かですが、いまだに祖母のことは赦せません)

父が心を病んだ理由は、弟たちや妹の身勝手な行動に振り回されたことだったようです。
弟のひとりが少年院に入れられたことで、自分は出世は出来ないと思う、とも言っていたそうです。
先日の帰省の際に、母方の叔父に「あれほど愛社精神の強い人はいなかったなあ」と言われるほど、
会社一筋、仕事一筋の人でした。
幸い、上司に恵まれ、退院後、復職もでき、その後も定年まで40年勤め続けました。
私はその上司の方を直接知らないままですが、
今よりもっと心の病に偏見が強かった時代に、父を守ってくれた人が職場に居たことが、
今になって本当にありがたいことだったと、強く思います。


兄弟の中で唯一の「会社員」になった父は、ほかの弟たちとはずいぶん年が離れていました。
一番仲良かった、すぐ下の弟を子どもの頃に心臓病で亡くした際に、
火葬場の煙が憎らしかった、という話は何度か聞きました。
子どもの頃に肉親を亡くす、という体験は、父の心に深く刻まれたことと思います。

しゃべらない人だっただけに、
一人で抱えて「墓まで持って行った」気持ち、が、いろいろあっただろうな・・・
(誰にも語れず「墓まで持って行く」話、というのは、誰だって一つや二つはあるでしょうが)

父も母も、一人っ子の私が、「家を出たい」と言っても止めることなく、送り出してくれました。

親の立場になって、「親の気持ち」を想い、感謝と、そして順送り、という言葉が浮かびます。

我が家の子どもたちは二人とも、マイノリティではあるけれど、
何とかこの世を上手く生き抜いて行ってほしい。
そのために、出来る限りの準備をしておいてやりたい。

親の人生は親の人生、子どもはまた別の人生を生きていくんだ、と、感慨深いです。
父への追悼文のつもりで書き始めましたが、
最後は、次の世代へのバトンタッチ、という内容になってしまいました。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

昨夜のNHKスペシャルは、ナカリが「見たくない」というので録画したのですが、
我が家の古い録画機は視聴時同時録画、しかできない配線になってたみたいで、
砂嵐の画像が1時間・・・でした(^-^;)
でも、ネットで感想を調べてみたら、当事者の方たちから好意的なツイートが沢山あって、
よかった~と、ホッとしています。
再放送があれば、見てみたいと思います。
紹介しておいて、感想が書けなくてすみません。




思い出 | 13:19:54 | トラックバック(0) | コメント(8)
コメント
NHKスペシャル見ました。生放送ですごくたくさんのメールが来ているとのことで、人々の関心の高さがわかりました。
発達障害の当事者の話がたくさん聞けてとても勉強になりました。
私はほとんど人付き合いをしないし、発達障害者の会合に出たりもしたことがないので、当事者の人のリアルで具体的な話は初めて聞いた感じがします。栗原類さんをはじめ、スタジオにゲストで来ていた当事者の方たちの話は「なるほど~!」と思わされました。
シンプルに「見て良かった」と思いました。
2017-05-22 月 14:01:18 | URL | 鶏ささみ [編集]
鶏ささみさんへ
早速感想を教えてくださって、ありがとうございます!

いくら早送りしても砂嵐が延々と続く画面を見て、しばしボーゼン・・・。
どうだったんだろう、と、気を取り直して検索したら、
当事者の方からも、理解が広がってよかったという声が多く、
他の皆さんからは、当事者の生の声が聞けて良かったという意見があり、
良い番組だった、ということが伝わってきました。
これから1年かけて、いろいろな番組で特集を組んでいく予定、とのことなので、
NHKさんに、引き続き頑張ってほしいのと同時に、
他の局や、マスコミにも波及していったらいいなあ、と期待します。
2017-05-22 月 20:15:29 | URL | ナカリママ [編集]
私の両親はまだ健在です。そして私はおばあちゃんっ子であり、おじいちゃんっ子だったので、深イイ話を好き好んで聞いていました。
なぜだか孫にはいろいろ話してくれるものです。
私に話してるのだから当然親も知っている話かと思っていると、結構知らないことが多いのですよね。子供には言わずに胸にしまっておいたことを、年を取って孫にはいい思い出も悪い思い出も、昔の記憶をたどりながら楽しく話すことができるのかもしれません。私はその点だけはいい子だったので、よく話を聞いていたのを思い出します。そして今思うとかなり人生勉強になっているのです。百聞は一見に如かずなんて言いますが、戦争の話や、本当につらい時代のことは語り継がないと意味をなしませんよね。なので一を聞いて十を知るのほうが、私は好きです。
え~っと、話がそれておりますねだいぶ・・・(笑)
昔の人の苦労話には今の人がどうしたって勝てませんが、
現代社会の生きづらさはまた昔にはないモノです。
いつの時代も現状以外がよく見えるもので、たぶん今までの歴史上いい時代なんてなかったのかななんて思います。
要は、これからの社会をどうすることができるのか!という未来に目を向ける必要がありそうです。一人で気張っても途方もないテーマです。
テーマは明るくても、考え出すときりがなく、暗い人間になってしまうという矛盾をはらんだところでもありそうなので、自分を苦しめない程度に、何事も「明るく」、昔から学びながら、自分の周りだけでも幸せに包まれて・・・というイメージでやっております。
やはりナカリママさんの記事とかみ合っていないですかね??(笑)
2017-05-22 月 22:54:38 | URL | 節約ドットコム [編集]
節約ドットコムさんへ
半分以上独り言のような記事にコメントいただき、感謝です。

おばちゃんっ子、って、良い子に育つと言われますよね^^
私は、母方のおばあちゃんっ子でした。
今でも、亡くなった祖母のことを想い出すと、あたたかい気持ちになります。
先日の帰省で、恋愛結婚だったと聞いてびっくりで、
私の結婚式にも出席してくれた祖母から、そんな話も直接聞きたかったと残念です。

父方の祖母には、母の入院中、生活上でお世話になったけれど、
幼い頃から口汚い人だったので、私はなつかず、感謝もしませんでした。

戦争の話は、両親から、ほんとによく聞かされました。
これを、孫の世代に語り継いでいかないと、という責任も感じます。

未来に目を向ける!その気持ちで、明るくやっていきたいです。
記事と噛みあっているかどうか、私にもよく分かりませんが(笑)
何か分かち合いたい、一緒に考えたいというお気持ちが伝わってきて嬉しかったです。
節約ドットコムさんのお人柄ですね(^-^)
ありがとうございました。
2017-05-23 火 10:37:41 | URL | ナカリママ [編集]
ナカリママさんへ
こんにちは!
NHKドキュメンタリー見ました。
生放送だったようでメールがたくさん届いていました。
動画で見られると思います。

ココに↓貼ってみましたが
反映されなかったらごめんなさい。

https://m.youtube.com/watch?v=0mEcMiehmaU

また後でコメントに伺います。
2017-05-23 火 12:40:40 | URL | iomama [編集]
iomamaさんへ
動画アドレス、ありがとうございました!
通勤電車でイヤホンで聞きながら見ることができました。

外(専門家や保護者の目)からこういう障がい、と説明するのではなく、
当事者自身が、こういう障がい、と説明できるようになったことが大きい、
という言葉の意味が、良く伝わりました。

それにしても、すごいですねー。
録画に失敗した人(私みたいに)や、見損ねてしまった人にとって、
ユーチューブに生番組を即アップしてくれる人がいることに感謝!
それをまた見つけて、紹介してくださったiomamaさんに感謝!です。

番組終了後のネット上でのやり取りも知りたいなー、と思いました。
機会があれば調べてみよう・・・

2017-05-23 火 20:19:11 | URL | ナカリママ [編集]
ナカリママさんへ
こんばんは。

見ることができて良かったです。

私も録画したつもりで
されていないことがあるので
こうして動画を探したりしています。

世の中には親切な方が
いらっしゃるものですね!

お父様のことを読ませて頂きましたが
口数が少なくても
ナカリママさんのお父様は
とてもお優しい方だと感じました。

伝えるのは
言葉だけではありませんから‥
包み込む優しさは
相手のことを受け入れる器ですものね。

心の病は
自分のことより他の人を守り続けた
結果のような気がします。

今、ナカリママさんが
お父様を心に思い浮かべ
笑顔で頷いてあげるだけで
きっとお気持ちは届くと思います。

声に出さなくても
親子は何処までも親子‥
心は通じているのだと思います。

私も父に時々心の中で
話しかけています(﹡ˆoˆ﹡)

2017-05-23 火 22:50:59 | URL | iomama [編集]
iomamaさんへ
重ねてありがとうございます。

番組終了後のネットストリーミング?は、NHKのHPで公開されていました。

http://www1.nhk.or.jp/asaichi/hattatsu/special_video.html

番組に対する反響がいろいろ紹介されていて、
ネット上では「アスペ」という言葉が差別的に使われていることも知りました。
認知度が上がるだけでは解決しない難しい問題ですね。
(大嫌いな言葉ですが、子どもたちの間で「ガイジ(障がい児)」という言葉が、
差別的に使われているのは、かなり昔からのことのようです。
実際に我が家の子どもたちの周辺でも頻繁に聞いた、嫌な言葉です。

話が、ご紹介いただいた番組の方に偏ってしまいましたが、
父に対する思いについても丁寧にコメントいただいて嬉しかったです。

心の病に理解のある上司がいたことに感謝、と書いたところで、
iomamaさんの過去記事を思い出していました。

書いていただいたように、私も、
自分のことより人のことを考えてしまう人ほど、心を病む可能性が高いと思います。
その繊細さを誤解せず、共感し受容できるような寛容な社会になってほしいです。

iomamaさんも、お父様と心でお話しされるのですね。
お母さまとの時間も楽しみですね。お二人でゆっくりたっぷりお話しされますように^^
2017-05-23 火 23:31:09 | URL | ナカリママ [編集]
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