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Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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「杖の役割」 ダダ母さんことハルヤンネさんの講演録
ご訪問ありがとうございます。

先の記事へのコメントで、改めて自分はナカリの杖にならないと、と思った次第です。
で、思い出したのが、昔読んだ「杖の役割」という冊子(2005年初版)。

杖の役割


私が子育てしている当時は、ネットが少しずつ普及し始めた頃で、
自閉症に関する情報を集めようと思ったら、本か講演か、とにかく親同士の口コミ中心。
その中で、
「ダダ父通信」というHPがあること、ダダ母さんがあちこち講演して回っておられること、を知り、
さらにダダ母さんが「おめめどう」という会社を立ち上げて、自閉っ子のためのグッズを通信販売しておられる、と知り、
ダダ君の記録として「レイルマン」「レイルマン2」という本も出版されているのを知り、
すごいなー、こんな支援の形があるんだなー、と、とても勉強になった記憶が強烈です。

おめめどう、からは、パーソナルスペースグッズとして、ついたて、を買いました。
学校にも持って行ってました。

・・・で、「杖の役割」の内容を確認しようと探しましたが、
薄い本なので、どこかに紛れて出てきません(泣)。
でも、内容は「目からウロコ」だったので、よく覚えています。

2003年にハルヤンネさんが小学校で講演されたときの様子を記録した部分で、
自閉症という目に見えない障がいに対する支援を、「身体障がい者にとっての杖」にたとえて、
実際に子どもたちの片足を動きにくいように固定して、杖をもって歩いてもらうのです。

子どもは杖をどちらの手に持つか?

固定されて動かない足側の手か?
それとも
元気に動く足側の手か?


これ・・・びっくりでした。

頭で考えたら、痛んでいる足をかばうから、そちら側に杖を持つ、と発想してしまいましたが、
実際には、子どもたちはみんな、元気な足の側に杖を持つ!のです。

元気な方を、しっかりと支えるための杖、・・・それが杖の役割、なんです。

出来ないこと、弱い部分、を補うのが支援、だと思いがちだけれど、
出来るところ、強い部分、をしっかり支えて伸ばす、それによって自身でカバーできるようにするのが支援。


このことを、私はナカリからも学びました。

「出来ない所に注目しないで、出来ることを生かせるように支援してほしい」(ナカリ)

彼女は、「人と話せるようになりましょう(それができなければ、いくら絵が描けても意味がないよ)」、
と言われ続けて深く傷つき、自信を失った過去があります。

主治医の顔を見ることができるようになるまで1年以上かかった子です。
視線を上げて相手の顔を見るだけでも大変なエネルギーを要するのに、
言葉を交わすとなると、緊張MAX、
顔はこわばり、眉の間にシワが出来、不機嫌そうな表情になってしまいます。
これを「上から目線」と誤解されたのですから(かくいう私自身も誤解しそうになったことが何度も)、
本人の気持ちはどんなに傷ついたことでしょう・・・ごめんね。

最初の書名をクリックしたら「おめめどう」の通信販売のページに飛びますが、
そこに、この本を読んだ感想ものっていて、感心させられたのは、東北の復興に関わる意見。

>ハルさんから学んだ「杖の役割」は、『自閉症や障害者支援』だけの話ではなく『いろんな支援の基本』なんだと気づきました。
 被災されている方々に、がんばれ、がんばれではなく
 西日本の日常を送れている所が、通常の生活をし、(寄付をふくむ)消費をすることが、杖の役割なんだと気づきました。
 だから、罪悪感をもたず毎日を過ごそうと思います。


自身の強みを生かす、伸ばす、という発想だけにとどまらず、
社会全体でも、「強い」もの、「通常」の方こそが頑張る、それが支援になる。

何という発想の転換!

昔、「弱いロボット」という本を記事にしたなあ、とブログ内検索をしたら、
読んだ本のカテゴリではなく、思い出カテゴリの「大学での支援(2)」という内容でした。
息子はまさに、大学で、強みを伸ばす支援、を受けていたのです。

弱いロボット、については、先の記事にコメントをくださった馬場亜紀さんの記事にも関係するので、
ここに馬場さんの記事も貼りつけておきますね。

吉報配達ブログ「不便だからこそ得られる益」

皆さんのコメントのやりとりも興味深いです。
馬場さん、いつも素敵な記事をありがとうございます。


以上、長くなってしまいましたが、
自分がナカリの杖になる、という気持ちを改めて確認する、いい機会になりました。
読んでくださってありがとうございました。





読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 19:13:55 | トラックバック(0) | コメント(8)
コメント
こんばんは。

確かに出来るところを伸ばすのを助けてもらえる支援があったらいいな…と思いました。

私も欠けている部分は能力がかなり低いです。
それでも生きてこれたのは、自分にある能力の部分で補う努力をしていたからだと思います。
ある能力の部分…といっても、あるのは平均程度で、特別ズバ抜けたものは持っていません。

思い浮かんだのが、教会にいた頃、よくお菓子を作って持って行ったりしていたこと。
当時はまだ場面緘黙の症状も顕著にあったし、他の対人恐怖やコミュニケーション能力の問題などで、私から特別人に話しかけたり出来なかったし仲良くなりたい気持ちがあっても行動に移すのが難しかったです。
お菓子を作って持って行くのは、私が他の人と仲良くなりたいという意思表示でもありました。
存在のアピールだったり、好きだという気持ちを伝える方法。
私にはお菓子を作れる能力があったので。

また、手紙を書いて渡すとかもしてました。
緘動…になるのかと思いますが、体も思おうように動かなくて教会などではジッとしていたり、人の少ない所へ行って人を避けてる事が多かったです。
気持ちがあっても、動作とか会話ではなかなか伝えたり存在を表せないんですよね。

ただ、作ったお菓子や書いた手紙を渡すという “渡す” 勇気や行動は取れました。

出来る事が少ない事もあるかも知れないけど、そこを伸ばしたり、また出来ること増やせる可能性のある部分を育てれたら、自分らしく生きれるのかなと思います。


最後に…
ある能力の部分でない部分を補う努力をしてたりすると、中途半端に部分的に能力がると、よく「障害があるように見えない」とか「困ってるように見えない」と言われたりします。
実際に困ってる事の方が多いから、全くないよりは少しでも出来る事があるのはありがたいけれど、障害者に見えないのは困ります。
2017-05-20 土 20:54:53 | URL | ぽかぽか [編集]
ちょっと心配になったので、ナカリママさんにご質問してよろしいでしょうか。

ナカリママさんの中に「ナカリさんが無理だったら、一生、社会に出ないでも構わない」という選択肢もしっかりと存在していますか。

私は自分自身がアスペルガーの自閉傾向があるので、娘が社会に出ない選択肢は楽に選ぶことができたのですが、ナカリママさんは定型だし、社会で活躍してきた方なので、願望としてはなんらかの形でいつかはナカリさんに社会参加して欲しいというお気持ちがかなり強いように伝わってくるものですから。

ストレートな質問でごめんなさいね。
2017-05-20 土 23:44:18 | URL | 鶏ささみ [編集]
健康な足側に杖を使う、ですか!それは知りませんでした。骨折したこともないので・・・。分からないことはいっぱいありますね。
でも実際、少しですが重度の自閉症児と関わって痛感したのは、無理にはさせることはできないってことでした。イヤイヤやってるのも分かるし、それは本当に辛い思いをさせてるな~って。
反対に好きなことに関してなら、喜んでやってくれるんですよね、分かりやすいほどに。
自分がさせたいことが、その子にとって苦痛ではあっても必要だと思うならば、やりたくなるように工夫するのがこちらの役目ですよね。障がいに関わらず、人間関係って、シンプルにそうあるといいですね。
復興支援に関しても同感です。そのことをいずれ記事にしようかなと考え中です。
私の稚拙なブログを紹介してくださって・・・感謝しています!!でもあの記事・・・お役に立てるかな?私が面白がってるだけのようにも思えます(笑)。
2017-05-21 日 07:30:12 | URL | 馬場亜紀 [編集]
ぽかぽかさんへ
こんにちは。
ご自身の経験を丁寧に書いていただき、読ませていただけて、嬉しかったです。

実はナカリも、小学校時代はお手紙作戦で、たくさんの子に手紙を渡していました。
ただ、ちょっと、他の子からしたら?な部分もあって、
さほど親しくない子(でも、ナカリからしたら友達になりたいと思う子)に、
「年賀状出したいから住所教えて」と、いきなりアプローチして、引かれてしまったことも・・・
また、交換ノートや一緒にプリクラ、ということに、すごく憧れて、
友達証明的な「モノ」に、こだわった時期がありました。
その気持ちがなかなかうまく伝わらず、受け入れてもらえなかった辺りから、
「積極奇異」型の行動が「受動」型、ひきこもり型へと変化していきました。

どうやったら、当時、彼女の良さや強さを引き出せたのか、
今、振り返っても、よくわからない所があります。

最後の方に書いてくださったように、
>中途半端に部分的に能力があると「障がいがあるように見えない」「困っているように見えない」と言われる
ということがとてもよく分かります。
ナカリもそうだったので・・・。
それで、いつも「見える障がい」の友達ばかりが大事にされたり、周りから構われてもらったりして、「自分のことはなかなか分かってもらえない」と嘆いていました。
出来る部分で補う、ことが、「困っていない」ように見えてしまうと、逆に支援を受けにくくなる、誤解される、という問題も起こってきて、むずかしいですね。

あまりうまく応えられなくてすみません。
困っている、ということを、きちんと分かってもらった上で、良さに注目してもらえるといいのになあ、と改めて思いました。
コメントありがとうございました。

ナカリのこれから先のことも、いろいろ考えさせられました。
2017-05-21 日 11:10:24 | URL | ナカリママ [編集]
鶏ささみさんへ
ほんとだ!そうです!
わたしのなかに、「ずっと在宅」という選択肢が無いこと、に初めて気づきました。
「いつか」少しでも働けるように、というゴール設定をしてしまっていました。

「ずっと働けなくて家に居ても構わない」という選択肢を加えるだけで、
ずいぶん気持ちが違います。
これから先、ナカリと一緒に考える際の姿勢も変わる気がします。

とても大事なことをご指摘いただいて感謝です。
鶏ささみさんがストレートに言って下さらなければ、
多分、自分では気づかなかったと思います。
ありがとうございました!
2017-05-21 日 11:15:10 | URL | ナカリママ [編集]
馬場亜紀さんへ
そうなんですよ、私も読んで、ええ??そうなのか、とびっくりしました。
(骨折したことあるのに・・・)

>必要だと思うならば、やりたくなるように工夫するのがこちらの役目ですよね。
よく言われる言葉で、馬を水飲み場まで連れていくことは出来ても、水を飲ませることは出来ない、っていうのがありますよね・・・
「無理やり強制的に」やらせるのは、NGだし、そもそも不可能な場合が多いです。
なんとかして、本人をその気にさせる、自分からやってみようと思うように、うまく寄り添っていく、そんな形の支援ができたらいいですね。

亜紀さんのところのコメントはみなさん、ハートフルでユーモアもあって楽しいです。
もちろん、それは記事が面白くて心に届くからだと思います。
東北復興に関する記事も楽しみに待っていますね。
ありがとうございました。
2017-05-21 日 11:22:49 | URL | ナカリママ [編集]
こんにちは
>出来ないこと、弱い部分、を補うのが支援、だと思いがちだけれど、
 出来るところ、強い部分、をしっかり支えて伸ばす、それによって自身で カ バーできるようにするのが支援。

できるところを認めて伸ばしていく・・・・
子育てにおいても同じことがいえると思います。
できないことができるようになってほしいと思いがちですが
もっと大きな心で接していかないといけませんね。
学校の先生もそれができている先生だと安心できますよね。

ナカリさん 体調いかがですか?
気温の差が大きいので体調を崩しやすい時期ですね。
身体もこころも元気になれますように♪
2017-05-21 日 12:06:42 | URL | 花梨 [編集]
花梨さんへ
お気遣いありがとうございます。
ナカリはまだ鼻声で、病みあがりのトロ〜ンとした目をしていますが、パジャマから着替えて、ご飯もしっかり食べているので、もう少しで復活できるのではと思います。

支援の役割は、やっぱり、基本、本人が自立できるように導くことだから、自己肯定感や自信を持たせることは不可欠ですよね。それは、どの子に対しても言えることだと思います。
否定文でなく肯定文で話すように心がける、というのも、ひとつの工夫ですね。

寒暖差が大きいので、花梨さんもご自愛くださいね。
2017-05-21 日 14:35:53 | URL | ナカリママ [編集]
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