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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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やっぱり、親亡き後を考えて苦しくなる
ご訪問ありがとうございます。

今日の大阪は良い天気で暖かく、散歩日和でした。
ナカリと一緒に洗濯物を干してから
私は仕事のため「散歩行けなくて残念、ごめんね」と言って出ようとすると、
ナカリ「散歩・・・行こうかな」!!!
すごーい! 突然、<一人で散歩>に初チャレンジ。
これもショートステイで自信がついたからかな?

玄関の鍵の開け閉めを何度も確認して、
私は駅へ、ナカリは山の方へ、お互い「無事にね」と声をかけあって別れました。
駅の桜と青空。
駅の桜 IMG_0096

大阪市営地下鉄の駅で降りてから電話したら、もう自宅に戻っていて、
「すごく緊張したから、(いつものマラソンコースの)途中までで帰ってきちゃった」
うんうん、そりゃそうだろう、緊張したよね、よく頑張って一人で外に出たね。
「ごめんね」を繰り返すナカリに、がんばった自分をいっぱい誉めてあげて、と私も繰り返しました。
その後の留守番も大丈夫、洗濯物もちゃんと取り入れてくれていました。
ほんとに、成長したなあ~。「ナカリの後からついて行く」って、こんな感じなんだなあ。
これからも見守っていこう・・・後ろに控えていて、安心させてあげることに徹そう。


私はと言うと・・・事務所から銀行や郵便局を歩いて回る途中、
こういうタイミングで、時々母に電話していたのを思い出し、
やっぱり、まだまだ夢の中みたい・・・もうこの世には居ない、話も出来ない、ということが、
突然胸を圧迫して、息苦しくなったりしていました。

私の今の年齢くらいの時、母も自分の母を亡くしています。
その時私は上の息子を妊娠中で、祖母の葬儀には行けず、
祖母が亡くなったということも、いまだに夢のようで現実味が薄いです。
でも、母を亡くす、のと、祖母を亡くす、のと、全然違う・・・
母が居なくなって改めて、その存在の大きさを実感するばかり。

祖母が亡くなった時のことを思い出しながら、生前の母と話したことがありますが、
「若い時からずっと、母が死んだら生きていけない、と思っていたけど、
その時は孫が生まれることの方に気持ちが行っていたから乗り越えられた」
と言っていました。


・・・うん、でも、我が家で孫は期待できないよ、お母さん。
まずは子ども自身の自立がまだだし、私が死んだらどうなるか心配でたまらない。
経済的自立、精神的自立。 ああ、心配なことだらけ!

何より、遺される側の切ない思いを実体験中なので、
我が子たちも、いつかこういう思いをするのかと考えるだけで辛くなる・・・
その時、誰か側に居る人や、慰められる存在が見つかっていますように。
ただただ、祈るような気持ちです。
(もちろん、一人でも大丈夫な状態になっていてくれれば、一番安心だけれど)

今現在、まだナカリは「母が死んだら生きていけない」と言っているので、
とにかく、少しでも元気で長く生きて側に居てやること、
その間に、少しでも他に頼れる人や場所を探しておくこと、
頭の中は先走って、「最悪のシナリオ」に備えるべく準備しておかねば、と思うばかり。
(今月は、我が家の生命保険見直し月間です)

この不安定感は、
ナカリが落ち着いてきたので大丈夫かなと、私自身の抗不安薬を減らした影響もあるかも。
明るい陽射しの中を歩きながら、自分が死んだ後の世界のことを考え、
ナカリや息子がどんな人生を歩んでいくのか、そればかり心配していました。


こんな時は、出来るだけ楽しいことを考えよう。
美しいものを見て、美しい音楽を聴いて、心を潤そう。
ナカリと一緒で、あんまり先走って考えないで、今、の幸せをしっかり味わおう。
元気出そう、がんばれ、わたし。






子どもの日常 | 23:29:24 | コメント(12)
コメント
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2017-04-15 土 00:59:17 | | [編集]
私の娘も1人散歩はニガテです。私と一緒に散歩すると、すれ違う人の事が一切気にならないそうなんですが、1人で散歩すると「対人恐怖」みたいなものが出てしまい、すれ違う人の視線などを意識して疲れてしまうとのこと。改めて微妙なところで差が出るんだなと思いました。
自分の死後に関しては・・・もうどうしようもない部分がありますね。私が90才で亡くなるとして、娘は60才になっている。今よりは経験値が増えているだろうとは思うのですが。ま、できるだけ情報を集めていろんな方法を模索しておくしかないですね。
2017-04-15 土 05:34:56 | URL | 鶏ささみ [編集]
鍵コメントさんへ
ほんとに、こればかりは・・・なので、
「考えない」練習も必要ですね。
とにかく1日1日。
書いていただいたように、半歩ずつでも前へ。
ゆっくりじっくり進んでいきたいです。
いつもありがとうございます。


2017-04-15 土 15:05:13 | URL | ナカリママ [編集]
鶏ささみさんへ
娘さんのご様子、うちと重なるので、とってもよく分かります。
ナカリも「対人恐怖」なので、一人散歩のコースとして、最初、
私と一緒に駅まで行って、帰り道を一人で、という方法も提案したけれど、
ほとんど人通りのない山方向への道を往復、という方を選びました。
散歩しながらも「緊張」していたみたいで、まだ、ゆっくり楽しむ、という感じまでは至りませんでした・・・が、いつか、一人でも散歩しながら自然を楽しめるようになったらなあ~。

そうですね、死後のことはどうしようもありませんよね。
できる限り備えておくしかない・・・、
考えるだけでは仕方ないので、「考えない」事も必要だろうなあ。

近い年齢のお友達がグループホームの体験談を発信してくれていますが、我が家は「一人暮らし」の道を追求する方が現実的かな。
シングルのママさんで、同じように「一人暮らし」に向けて情報収集中の方がおられ、市の「ホームヘルパー」制度を上手く使って、平日の日中は作業所、週末はショートステイ、で、何とか生活を組み立てていきたい、というようなお話を伺いました。
皆さん、それぞれ自分の子どもに一番合ったライフプランに向けて一生懸命模索しておられるので、私もじっくり備えていくしかないだろうと。

この直近の、自分の心の揺れは、まだ母との別れという悲嘆のプロセスの途上だからだろうと思います。徐々に落ち着いていきますように。

鶏ささみさんとは親子とも年齢が近いので(多分)、コメントいただけるといつも励まされます。ありがとうございます。

2017-04-15 土 15:24:55 | URL | ナカリママ [編集]
追記です。
鶏ささみ:60才・息子:33才・娘:30才です。
ナカリママさんとこより少し上ですよね。でもお話が合います。有難いことです。
2017-04-15 土 15:52:12 | URL | 鶏ささみ [編集]
鶏ささみさんへ
ご丁寧にありがとうございます、やっぱり少し先輩です!
私55才:息子25才:娘21才です。兄妹なのも一緒ですね。
結婚も出産も遅かったので、私が90まで生きたら娘は56=今の自分と同じくらい(母が80で逝ったので、自分もそんなに長生きできる気がしないんですが)。
どんな経験値を積んでるかなあ~。
これからも、いろいろ教えて下さい、よろしくお願いします。
2017-04-15 土 17:01:12 | URL | ナカリママ [編集]
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2017-04-16 日 00:02:16 | | [編集]
鍵コメント2さんへ
こんばんは。
公開コメントですが、お返事かねてお知らせまで^^
4月14日の毎日新聞社会面に、「14歳・藤井四段12連勝」の見出しで、藤井さんの写真付の記事がありました。
「次戦は今月17日の第67回NHK杯1回戦(5月14日放送予定)の千田翔太六段(23)戦」とのことです。
どきどきです。
2017-04-16 日 00:15:55 | URL | ナカリママ [編集]
当たり前の日常の中で、ふとそうした考えがよぎるような感覚なんとなくわかります。
「最悪のシナリオ」は考えたくなくても心配が先に立ったりでどうしても考えてしまいますよね。不安で心がかき乱されてしまうと、なかなか元に戻すのは大変だったりしますが、最悪のシナリオを常に想定しておくことは大切なことかもしれません。
それでも、本当に万が一の事態が起きたときは、いくら準備していても足りないくらいでしょうから不安感は拭えないのが人生のツラいところです。
ナカリママさんのご苦労を理解することはできませんが、普通の家庭であっても生きづらいような世の中だと感じています。もはや普通の家庭という定義が分からないですよね。なんだか、論点のずれたコメントですみません(笑)
2017-04-16 日 00:24:25 | URL | 節約ドットコム [編集]
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2017-04-16 日 10:21:44 | | [編集]
節約ドットコムさんへ
>普通の家庭であっても生きづらいような世の中
そうですよね、おっしゃる通りだと思います。
また
>もはや普通の家庭という定義が分からない
というのも、同感です。
子どもたちが生きる未来の世の中は、
今よりも少しでも皆が生きやすくなっていますように。
「普通」の概念をこわすように、多様な家庭の在り方が広がり、
「おひとりさま」のイメージも変わり、それに応じて公的サービスの形も変わり、
・・・と、希望的見方で、あまり先までは「考えない」、これかなという結論です。
一方で「最悪のシナリオ」に備えておくこともやはり必要で。
思いつめないで、ゆったりした気持ちで日々を過ごしたいです。

コメントありがとうございました^^
2017-04-16 日 12:14:00 | URL | ナカリママ [編集]
鍵コメント3さんへ
重ねてありがとうございます。
福島の将棋会館には、子どもの頃、彼と息子と親子二組で一緒に逝ったことがあるのですが、今、振り返っても懐かしいです。
子どもの成長って早いですね。
あまり心配し過ぎないで、楽観的方向に気持ちを向けるように意識します。

2017-04-16 日 12:17:12 | URL | ナカリママ [編集]
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