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Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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「生きているのがしんどい」と言われた時のこと
今年の春は、子ども達二人とも落ち着いてくれているので、
(花粉症以外)、穏やかな気持ちで新しい季節を迎えられそうかな~


「生きづらさ」という言葉を、「発達障がい」という言葉とセットで聞くことが多くなったけれど、
当事者にとってみたら、ほんとうに、一日一日が「いのちがけ」という場合もあると思います。
もちろん、心身の深刻な病気や障害と共に日々過ごしている方やその家族の場合も・・・。

最近、
ぽっちーさんの「こころのたんす」の「生きていてくれさえすればいいと願ったのだから」という記事や、
白崎やよいさんの「他者と私と自閉症スペクトラム障害」の「誰もが一度は悩み考える『生まれてきた意味』」
「『死にたい』という人への理想的な接し方」という記事や、
実際にお子さんの自死によってお別れされた方たちのブログを読んで、思い出され考えさせられています。

上の子が中学3年の頃、
「死にたいんじゃないけど、生きているのがしんどい(から死にたい)」と面と向かって言われ、
毎晩のように親子二人で話し込んだときのこと(ほぼ毎回、母による必死の「説得と納得」で終了)、
リスカ未遂っぽい傷跡を見せられて、無事を確認しに夜中にこっそり部屋を見に行ったこと・・・。
(当時は下の子は何とか学校に通っていたので、記憶が上の子に偏っていてごめんなさい)

最初は、涙ながらの話し合いで、とにかく「死んだらアカン」という思いを伝え続けたけれども、
本人がこんなに辛がっているのに、ただただ(母のために)生きていてと言うのは酷(自分勝手)ではと考え、
「しんどさ」の軽減のため、両親一緒に無我夢中で周りに立ち向かいました。
下の子を友人に預けて、教育委員会や学校と何度も話し合ったり、文書のやりとりを繰り返したり・・・
心療内科での診断と本人告知はそんな中での選択のひとつでした。

息子が「(椅子の背の上の部分を指さしながら)両側が切り立った崖の上を歩いているような気がする」と言い、
「一歩踏み外したら奈落の底、という気持ちで、よくここまで生き抜いてこられたもんだ」と言った場面が忘れられず、
彼に対して、実は今でも状況次第でどうなるか、という怖さは捨てきれていません。
(最近でも、新聞投書欄で、大学院生の息子さんを失った方の抑制のきいた文章が心に残った、
と伝えてきた時にはドキリとしました・・・

生きていく「しんどさ」よりも「喜び」を見つけて、「生まれてきて良かった」と心から思える体験を積み重ねて欲しい、
たとえ辛い事があっても、まわりに助けを求めて乗り越えようと思って欲しい、そう願うばかりです。
(以前書いた、大学での支援や理解ある方たちとの出会いのおかげで、
今はその「喜び」「生きがい」「他者への信頼」的なものを見つけてきている様子なのが何よりの支えです)

下の子は「何で生んだんよ!私なんか生まれなきゃよかったのに!」と何度も私に思いをぶつけてきたけれど、
「死にたいけど、死ぬのは怖い、どうしよう~」とも正直に相談してくれるので、
何も言わずに自分から命を絶つなんてことはないだろう、と思えるのが救いです。
去年の春は、私の方が不安定になり、一日一日がまさにサバイバルという感じでしたが、
入院を契機に持ち直し、今に至ってやっと少し「安心」を手に入れた気がします。
とにもかくにも今は「無事にね」と、毎日私に言ってくれるし

娘に似た感じの子どもさんと今もサバイバルな毎日を送っている友人たちは、パソコンを見る余裕もないだろうけど、
彼女ら一家も何とか乗り越えて春を迎えて・・・と祈る気持ちです。

私は我が子二人に出会うために生まれてきたような気さえするから。

お母さんは、お父さんと出会えて二人が「生まれてきてくれたこと」に心から感謝してるから。
あなたたち二人とも、「生まれてこなければ良かった」なんて言わないで、「人生、楽しんでね」。
命ある限り、そして魂だけになってもきっとずっといつまでも見守っているし、幸せを祈っているから。

これからもみんなが無事でありますように



思い出 | 19:57:32 | コメント(0)
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