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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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あと何回、桜を見ることができる?
亡父から引き継いだ事務手続きのまとめをしていて、
昨年父が緊急入院したのが4月19日だったと改めて思い返しています。
4月20日から21日までの往復切符、4月26日の日帰り切符、そして、
5月連休1泊の帰省切符。
その連休中に、緊急手術で小腸を全摘出、
その後、主治医も「奇跡」というしかない回復で、ICUから個室まで戻れて、
一時はこのまま転院?とまで準備したけれども、
急変し、娘の受診後5月20日に急きょ帰省、その翌日逝ってしまいました。


慌ただしかった去年の4月5月。
少しでも桜を愛でることができれば、と、写真を大きくプリントして父に見せに帰ったけれど、
今となってはどこまで見えていたかなあ・・・という感じで。


1年に一度のこの季節を、あと何回迎えることができるのかなあ?と、
満開の桜が散る頃には感傷的になります。

今、ちょっと、鬱の薬を止めているせいもあってか、
ぶり返さないように気をつけながらですが、
「死ぬことが怖くない」ので、ちょっと注意。
地下鉄のホームで不意に希死念慮にとりつかれると、
危ない危ない!と自分に言い聞かせて、ホームの真ん中を歩きます。


裏返して言うと、「絶対死にたくない、死んではダメだ!」と思うほど
娘や息子やこの世の中に対する「執着」が薄れている。

ムヒカ大統領とともに新年度を迎えたはずなのに・・・

父の「美しい」「潔い」逝き方を思い出すと、あんな風に早く自分も逝ってしまったら楽かも、
と、思ってしまうんですね。ダメですね。


「発達障がい児育児」のジャンルで、ずっと上位におられるシェリナナさんのブログで、
愛犬を看取った話で、お母様や妹さんを看取ったことも振り返りつつ、「幻」のように感じることがある、と。
だって、世の中は前と何も変わらず、日々動いている、居なくなった存在について誰も気づいていない、
じゃあ、居なくなったこと自体が幻なんじゃないか、今は夢を見ているんじゃないか・・・
そんな感じの文章が目に入って、不覚にも涙がこぼれてしまいました。


嫌いだった父、反発していた父、それでも愛してくれた父、
その存在がこの世の中にない、ということが、これまた自然で、何もめだたず、静かで、
私にとっても「幻」のような感じがしてしまう・・・
遺された母からの愚痴の電話が、遠いもののように感じながら、
いのちって儚い、
そればかり感じるこの頃です。

以前ご紹介した「平成元禄落語心中」のアニメを、友人がダビングして渡してくれるのですが、
今回、「親(師匠)の葬式を出せたら一人前」という場面があって、
息子が電話で「それ、まだ早いからな」と、何気に気遣ってくれたのに対しても、
気遣いは嬉しいし重荷や負担では無いけれど、
いいよいいよ、私はさっさと綺麗に逝きたいし、準備しておくから心配しなくていいからね・・・
なんて心で答えてしまっていたのでした。

ナカリは、その「気配」を感じ取って、しきりにまとわりついてきます。
「お母さんが居ないと困る、居なくならないで!」
和歌山沖の地震で緊急エリアメールが鳴った時にも「お母さん、お母さん!」と、大騒ぎでした。

遺していくにはあまりにも心配や課題が多い娘だけど、
今は何だか、もう、なるようになるさ、的な発想が強くて、
「歯止め」になるには「弱い」

何だろうな?この感じ。

来年の桜を楽しみに待つというよりか、そんなのどっちでも(見られても見れなくても)いいかな、
という
自分の人生手放したようなフワフワ感が、ムヒカ氏の記事の数日後とは思われません。
今日はこんな記事で、すみません。






思い出 | 02:11:05 | コメント(12)
コメント
早いものだね もう一年が過ぎようとしてる
あと何度。。。俺もたまに思いますよ
だからこそ今のを精一杯感じたいと思っています
桜のように命は儚いかも知れない
いろいろ背負い込んでるけど 心から笑える日はきっとある
今を感じて明日を信じましょうや^^
あとひと月したらまた桜いっぱい撮ります
楽しみにしていて下さい^^

2016-04-04 月 04:43:48 | URL | K's [編集]
何となくおっしゃりたいことがわかる気がします。
私も死ぬことは怖くないと感じます。
実際、その時がきたらわかりませんが。
息子のことも無責任なようですが「あとは生きている人で何とかして」と思います。
ただ私の場合、両親が健在なので親より先に逝く親不孝はできないと思っています。
まとまりのないコメントでごめんなさい。
2016-04-04 月 10:10:02 | URL | ひまわり [編集]
困ります!
ナカリママさん、そんな事を言われると、
私が悲しむし、困ります!
ナカリママさんがいないと困るんですー。
せっかくの出会いなのに、
生きてくださいね。いつまでも。
2016-04-04 月 12:08:13 | URL | すみ [編集]
>いいよいいよ、私はさっさと綺麗に逝きたいし、準備しておくから心配しなくていいからね・・・

こう思われる、こういう境地に到達してしまう事
ナカリ母さんの『気持ち』『苦しみ』を
まっすぐに受けとめ、包容できる人がいない

ご家族も皆それぞれに気は使ってくれるけど
家族自身もナカリ母さんに頼りたい気が半々で
まるまるナカリ母さんを包んでくれる受け皿ではない

『よく頑張ったね、もう頑張らなくていいからね』

ナカリ母さんに一番必要なのはこの言葉だと思うんです
もしかして、ナカリ母さんは小さい時から
ずっとずっと頑張ってきた人じゃないですか?
弱音やわがままが言えず、許されず
ずっと『しっかりしなきゃ』を背負ってきた人じゃないですか?

私にはこの日記から泣いてる小さな女の子を感じるんです
抱きしめて欲しい時にそうして貰えず
一人で泣くしかなかった女の子が見えるんです

私もよく似た気持ちになる事があります
家族は心配したり干渉してくるけど
誰も私の苦しみを理解しようとはしなかった
ずっと一人で痛みを抱えて生きてきた

そういう痛みに無縁な人は
『愛してくれる家族がいるのにけしからん!』
と上から目線で説教してくるでしょう

この気持ちは理屈じゃないんですよね
きっと人生で辛い事が多過ぎたんです
助けて欲しい時に誰にも助けて貰えず
一人で解決していくしかなかった孤独

『しょせん人はひとり』
この事実を否応なしに認識させられる現状
それらが人から『生きる希望』を奪っていくんだと思います

ナカリ母さんの今日の記事から
今までの想像を絶するような孤独な闘いが見えました

もう頑張らなくていいんですよ
何よりも自分の気持ちを大事にしていいんです
ナカリ母さんの中にいる小さな女の子
私が抱きしめてあげられたらいいのに
2016-04-04 月 13:36:39 | URL | まる [編集]
ナカリ母さんへ!!
こんにちは!
以前本道の気候は春には遠い季節です。
まもなくご主人様の一周忌となりますねー合掌)
しっかりして娘さんがいますので安心できますねー。!
私は満身創痍となってからは逆に仏教書を読んで「生きながらに死ぬこと」
を覚え、死に対する怖さがなくなりました。あくまで自死は別です。
「孤独を楽しむ」事も大切ですね~~!

2016-04-04 月 14:02:48 | URL | 荒野鷹虎 [編集]
K'sさんへ
お久しぶりです。
コメントありがとうございます。
実は、昨年、拡大プリントして、父に持っていった写真の中には
K’sさんの満開の桜の写真も1枚あったんです・・・
ブログの事や、写真の事や、伝えたいこと、いっぱいあったけれど、
雛飾りの横で娘が座っている写真を見せて、ニッコリしてもらっただけで、
精一杯でした。亡くなる前日の事です。
プリントした写真は、今も取ってありますよ・・・今年の桜も楽しみにお待ちしてます^^

2016-04-04 月 17:43:51 | URL | ナカリ母 [編集]
ひまわりさんへ
コメントありがとうございます。
何となくわかる、と言っていただけるだけでも救われます。
私も、母がまだ存命なので、逆縁は・・・という気持ちはありつつ、
その母自体が、もうそんなに長くないだろうという状態だから、
こんな投げやりな気持ちになってしまうんでしょうね。
なかなか元気になれないので、娘に心配をかけている自分が情けないです~

2016-04-04 月 17:48:51 | URL | ナカリ母 [編集]
すみさんへ
ごめんなさい!
すみさんが読んだら、きっと悲しくなると分かってて書いてしまった私の弱さを赦して下さい。
すみさんを困らせたいわけじゃないんです、こんな私でも頼りにしてくださるすみさんのこと、忘れてるわけでもないんです。
ただ、ちょっと弱音を吐いてしまって、なかなか気持ちが持ち上がらない自分自身を歯がゆく思っているのです(泣)
私も、すみさんとの出会いを大事に思っているし、別れたくないです~
重ねてごめんなさい!

2016-04-04 月 17:52:41 | URL | ナカリ母 [編集]
まるさんへ
ありがとうございます。心の底まで届く言葉に、涙が出そうです。

娘が心配してくれるのですが、「貴方のせいじゃないから」と答えるのが精いっぱい・・・
「お母さん、頑張るの疲れちゃった、もう頑張れないよ」と弱音を吐きたかったのです。

私の中にいる小さな泣いている女の子・・・
>私が抱きしめてあげられたらいいのに
その、まるさんのお気持ちが伝わってきて、涙が止まったようにも思います。
確かに、
今の問題だけに限らず、子どもの頃からずっとずっと一人で背負ってきたものに、
負けそうになっているのが、今・・・という気がします。
根っこはずっと昔にあるんだと・・・

泣いてる場合じゃないぞ、私。
今が踏ん張りどころかも。

こんなに、力をくれる人たちがいて、見守ってくれていて、
愚痴や泣き言を受け止めてくれる・・・
ありがたいことだと心から感じてます。
「もう少し」「もう少し」「いちにち」「いちにち」命をかみしめていきます。

感謝の気持ちが届きますように


2016-04-04 月 18:01:51 | URL | ナカリ母 [編集]
荒野鷹虎さんへ
コメント、並びに拍手コメントもありがとうございました。

>仏教書を読んで「生きながらに死ぬこと」を覚え、死に対する怖さがなくなりました

深いですね。すごいな、と感じました。

私も、「死への恐怖」がなくなったのは、父を看取った経験からだけでなく、
宗教、心理学、哲学、など、過去の人々が遺してくれた、たくさんの言葉に出会えたから、でもあります。
荒野鷹虎さんが、満身創痍の中で掴み取ったものに近いものを、自分も感じることができているかな・・・自死は別として、死に対してしっかり向き合う覚悟が出来たら、その上でなお、腹をくくって「生きる」しかないですね。
ありがとうございました。

2016-04-04 月 18:12:28 | URL | ナカリ母 [編集]
こんばんは
いのちって儚い・・・私もそう思います。
儚いからこそ大事にしなければいけないんだとも思うのです。
命が軽いと言うのではありませんが。

そして ママさんならお分かりになると思うのです。
あとに残された人の気持ち・・・
なので お迎えが来るまで 儚い命を大事にしましょ
歳を重ねてくると 頭が痛いと あ~このままどうにかなるのかな なんて
思うようになりました。
もう少し生きなければね・・・

お父さまに直接は見ていただけなかったかもしれない桜のお写真のプリント きっと遠い空から見て下さっていると思いますよ。
私も、今年も桜がきれいに咲いてるよ~ って心で叫んでいます。
父や母が聞いてくれていると信じて^^

ママさん いいんですよ~
愚痴ってくださいな。 ここでは、いつでも受け止めてくれる人がたくさんいらっしゃいますよ~。

さぁ 散りゆく桜を見て また来年もきれいな桜を楽しみにしましょう♪
2016-04-04 月 21:55:27 | URL | 花梨 [編集]
花梨さんへ
そうですね、焦らずとも、待っていれば必ずお迎えは来てくれるのですから^^

桜の写真・・・そうですね、きっとどこかで父も見てくれていたのだろうと願います。
花梨さんのブログでの桜やスミレもとても素敵で、
コメントも出来ないまま、いつも読み逃げですみません。

愚痴ってもいい場所があるのはありがたいです。
来年の桜も楽しみにしよう、と言う気持ちまでアガッテきました。
みなさまに感謝です。
ありがとうございました。

2016-04-04 月 23:06:08 | URL | ナカリ母 [編集]
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