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Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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「晒される」こと、と「カミングアウト」
つづき、です。

まず、お礼から・・・
リンク先のsrpchaosさんのブログ「srpの路地裏」で、すみさんのブログが紹介されました!
輪が広がって、嬉しいです、srpchaosさん、ありがとうございました




昨日考えていて、書くべきかどうか悩んだのですが、
このブログを自分の「遺言」と位置付けて始めた以上、
書きたいことは書いておこう、と思って、記事にすることにしました。



自分自身について、昔、公務員をやっていた云々、曖昧な書き方をしていましたが、
実は娘が生まれるまで、10年以上、公立中学校の教員をしていました。

自分一人の力で何にでもぶつかっていけるような熱意に燃えていた頃
在日韓国朝鮮人の子どもたちのクラブの指導を任されました。
学年で一人だけの当事者(実はその後、他にもいると分かったんですが…)を担任し、
警戒して頑なな彼女の心を少しでもほぐしたい、「一人じゃないよ」と伝えたい、と思って、
学年に在日の先生がいること(当時は日本名で、その後、本名にされました)、
先生も彼女を陰から応援してくださっていること、を、職員室で、彼女に伝えてしまいました。
(その先生は教師同士の間では立場表明して、堂々とされている方だったので、
彼女にそのことを伝える前に了解を得ないといけない、という発想が私の中に無かったのです

ちょうどその時、その先生は、私が彼女と話している様子に気づいて、
自分のことが話されているのではないかとドキドキしながら様子をうかがっていたそうです。
そして私が、「悪意なく」先生のことを話した途端、彼女の顔がパッと明るくなり、
すぐに職員室を見渡してその先生を探した様子で、先生にも「話したんだな」と分かったとのこと。


今振り返ると、何ということをしてしまったのでしょう・・・
当然ながら、その先生は、
私がどんなに頑張って子どもたちと活動しても、私から直接声をかけても、
なかなか心を開いてくれませんでした。


退職してから出した手紙に対するお返事で、私に対して「怒っているわけではない」けれども、
「あの時の自分がどんなに緊張していたか」を精いっぱいの思いを込めて書いてくださいました。
お返事をいただけたことで、心のつっかえがとれたと同時に、
そうだったのか、と、無神経だった自分、分かっていなかった自分を責めました。
改めて・・・ごめんなさい。


そして、「取り返しのつかない失敗」が、もうひとつ。
その、担任していた生徒の保護者の方との打ち合わせもないままに、
彼女に「本名」を伝えてしまった、ということです。
これについても、のちに、彼女自身、「先生からではなく、親から聞きたかった、それが中学で一番残念だったこと」
という作文を書いていて、退職後に読む機会があり、ショックと後悔で打ちのめされました。
彼女にも、二度と会うことはないだろうけど、改めて・・・ごめんなさい。


「良かれ」と思ってやることが、大きな誤解に基づいていることがある。

「地獄への道は善意で敷き詰められている」

という言葉が、身に沁みました。

そして、すみさんが感じた不安、が当時の先生が感じた不安に重なり、
自分の事は自分が語る、人のことを断りなく勝手に言わない=晒さない、「知られない」ことの大切さを感じました。


その一方で、自分自身が自分の事を「カミングアウト」する、ということもあります。
自分から言わなければ相手には分からないことを、敢えて伝える。

なぜそんなことができるんだろうか、
自分自身の立場に誇りを持っているから、相手に知ってほしいから、
一人じゃないよ、と、伝えて、繋がるため、想いや体験を共有するため、
ひとりひとり理由はちがうだろうけど、当事者の思いが中心になっている行動だからこそ、
大きな重みのある活動なんだと思います・・・


それでも、対応はその場その場、ひとりひとり違う。
正解なんてない。

別の学年で、当事者の男の子が友人に立場を話した時、
「そんなん、俺は気にせえへんで」と答えたら、その子が怒って
「おまえは気にせえへんでええかもしれんけど、俺は気にせんと生きて行かれへんのや」
と答えたという話も聞いた。

同じじゃないけど、一緒に考えたい、分かりたい。
そんな気持ちで繋がるためにはどうしたらいいんだろう。


またグルグル回りになってきました

いったん終わって、またもう少し考えます。
長々とすみません、読んでくださってありがとうございました。





思い出 | 18:06:47 | コメント(12)
コメント
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2015-11-06 金 02:04:51 | | [編集]
俺はね ありのままの自分でいたい
だからいつもの姿を開いています
扉を開くのも勇気 閉じてあげるのも勇気
そうして繋がっていけたらと思ってますよ^^
2015-11-06 金 02:11:54 | URL | K's [編集]
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2015-11-06 金 12:29:14 | | [編集]
「試みてみよ」なのか「試みてはならない」のか
こんにちは。宗教的な話になりますが、
わたし、学生時代からこの聖句がずっと気になっていました。
「神を試みてはならない。」「試みてみよ。」
http://www.igmtokyo.com/sermon/1997/07/sermon970727.html
私は、意地悪なのか、人を試してみたくなって、
わざとカミングアウトをしたことがあります。
それで音信不通になってしまう人もいれば、
理解を試みようとしてくれる人もいる。
今まで仲良くしていた友人に対してカミングアウトをした時に、
その友人の本質がわかるという事もあるかもしれません。
本当の友情だったのか、上辺だけだったのか。
でも幸いなことに、私が学生時代から仲良くしていた友人で、
カミングアウトをしたことで音信不通になった人はいませんでした。
私の今までの経緯を知らない人にカミングアウトした時には、
どうなるのか。
それも試みてみたくなることがあるけれど、そこまでの勇気がまだないことが、
不甲斐ないと思うこともあります。
世の中のすべての人に理解を得てもらうなんて事は、
どんな事でも到底不可能な事だと思います。
だから、すべての人達には晒さない。
この人だったら...と直感になるけれど、
そう感じた一部の人にだけ晒してみるというのも、
障害を理解してもらう事を切り開く一歩となる事もあると思います。
誰も晒さないでいたままでいたら、誰も知ることはない。
それでいいのかどうなのか。
障害で苦しむ同士がいたとしたら、自分の為にだけではなく、
私も晒さないといけない場面が出てくるかもしれない。
それを試みるか試みないのか。
世の中は、試みなければ変わっていかない。
自分がそれをできるかどうか。
そこが自分を試されるところなのではないのか。

などなどなどなど...。

いろんな事をこの記事を読んで思いました。


2015-11-06 金 14:04:52 | URL | すみ [編集]
鍵コメント①さんへ
「ナースログ」初めて聞きました。
自然の中では無駄というものが無い・・・とても励まされました。
失敗体験を引きずって、相手に二度と会って謝ることの叶わない故に、
心のつっかえになっていました。
今回、書いて、良かった。
ありがとうございます。
たくさん想いを伝えていただいて心から感謝です。

こうして記事にして、次へ・・・ですね。
前へ、進みます!


2015-11-06 金 20:37:43 | URL | ナカリママ [編集]
K'sさんへ
「いつもの姿を開く」って勇気あることと思います。
すてきです。
短いコメントの中にギュッと詰まった思いが私に勇気を与えてくれました。
ありがとうございました!


2015-11-06 金 20:39:38 | URL | ナカリママ [編集]
鍵コメント②さんへ
私も鍵コメさんのブログの緩やかな雰囲気が好きです。
なので、コメントをいただけて、とてもとても嬉しいです。

正直、こんなややこしいことを書いてしまって、
読んでいただく方に申し訳ないような気がしていましたが、
考えるきっかけにしていただけて、ホッとしました。

>「だいだいをわかってくれる」(すべてではなく)ひとが、まわりにいくらかいれば、生きていけるかな

励まされます。実際にそうやって生き抜いてこられている方の言葉の重みは違います。
あんまりややこしく考えすぎないで、自分を責めないで、前向きに、
出来る限り傷つけあうことのないように心しながら、
丁寧に日々を過ごしていけたらと思います・・・

こちらこそ、ありがとうございました。

2015-11-06 金 20:44:25 | URL | ナカリママ [編集]
すみさんへ
たくさん書いてくださってありがとうございました。

難しい問題だけれど、一人で考えるよりも、ずっと深まって感謝です。
「試す」意味での「カミングアウト」も確かに有り、ですね。
同時に、自分の為でない、誰かのための「カミングアウト」も有り。
「晒す」って言葉はきついけれど、
ありのままの自分を見せる、と言う意味では、実は自然なことであるのかも・・・
「カミングアウト」って、かくれんぼとかで、
タンスの中からバァ~ッて出てくるときにも使うんでしたっけ?
「私はここに居るよ」って。

なるべく、前向きに、明るい方向を向いて、生きて行けるように。
私も、まだまだだから、頑張って考えて、生きていきます~


2015-11-06 金 20:49:23 | URL | ナカリママ [編集]
そうそう、カミングアウトって日本語だとなんだか一つの意味に
括られて、ネガティブなイメージしかでてきません。
一方、英語ではComing Out♪(かみんぐあぁーぅ)って感じで、
出てらっしゃーい、ってかわいい表現にもなったりしてイイですね。
ばぁ~!(^^)って気軽にカミングアウト出来たらいいなぁ。
2015-11-07 土 07:11:05 | URL | すみ [編集]
すみさんへ
良かった~合ってた~
自然体の自分、という意味で、私はこうよ、私はこんなところに居るよ、
って、気軽に伝えられる環境が整えばいいですね。
受けとめる側も、もちろん^^




2015-11-07 土 17:30:42 | URL | ナカリママ [編集]
ナカリママさんのやったことは、決してまちがってないですよ。

むしろ本名のどこが悪いのか聞きたいです。国民の9割が反日の中国人も台湾人も堂々と本名名乗ってますよね。
最近日本でも、尖閣諸島問題と一連の反日暴動と毒餃子事件で嫌われてる中国人ですら、堂々と本名名乗ってるのに、何で在日韓国朝鮮人だけ、日本人のふりしてこそこそしてるのか疑問です。よほど後ろめたいことでもあるんでしょうかね。

あと政治経済のブログでもない限り、在日韓国朝鮮人には触れない方がいいと思います。例外なしに荒れるので。
2015-11-13 金 05:09:30 | URL | ponch [編集]
ponchさんへ
たくさんコメントありがとうございます。

本名に関しては、多分ご両親自身もどこかで伝えるつもりがあったのではないかなーと、
娘さんもそのことを後から感じたのでしょう、だからこそ、先走って伝えた私の失敗を残念に思ったんだろう、と考えるようにしています。

この記事を書いてから結構時間が経ちますが、「荒れる」ことなく過ごせていることに、
改めて読んでくださる皆さんの良識に感謝だなあと感じました。


2015-11-13 金 19:59:56 | URL | ナカリ母 [編集]
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