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Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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20歳を目前に「共生保育」を振り返る
いよいよ「成人」まで数か月。


ひとつ前の記事で、
過去を振り返った時に、懐かしくて胸がいっぱいになるのが、
「母子通園施設」と「保育所」時代・・・と、書きました


保育所の頃って、どうしてこんなに暖かい思い出に満ちているんだろう・・・



そこでは「共生保育」という理念のもと「共に」が当たり前、かつ、「個々の個性」も認めてもらえた。

「支援学級」という分けられた「場」はなく、「支援の先生」がクラスに入って見守ってくれるだけ。
しかも「支援の先生」と言っても、「担任の先生」とほとんど変わらない、みんなの先生。
先生たちみんなで、子どもたちみんなを見てくれた。
20人から25人ほどのクラスの友だちとは、2年半、ずっと一緒だった。
親同士も、我が子のためだけでなく、子どもたちみんなのために、一緒にいろんなことに取り組んだ。



1人だけ違うことをしていても(=みんなと同じことができなくても)咎められない自由さ。

上手くできなくても叱られない安心感、そして上手くいった時、我がことの様に皆で喜んでもらえる安心感。


お昼寝の時間にパニックを起こして「お迎えに来てください~」と電話で呼び出しがあっても、
夕方迎えに行った時、帰りたくない~~と暴れて、担任の先生に家までおんぶで連れ帰ってもらっても、
運動会の練習や本番で、一人だけ上のクラスの応援席に入って座っていても、
クラスのみんながお遊戯しているのを無視して、一人だけずっと地面のラインを踏んで歩き続けていても、
遠足で一人だけ違う色の帽子をかぶって参加しても、
朝どうしても着替えるのが嫌だと、仕方なくパジャマのまま保育所に行って一日過ごしても、
「叱られた」ことはなかった・・・と思う。
だから、感謝の気持ちで頭が下がることはあっても、引け目に感じて苦しくなるようなことはなかった。

親にも子にも、居場所、があり、安心感があった。
そして、一緒に過ごせる、仲間、や先生がいた。





「学校」は?

「ランドセルの1年生」の娘の張り切り様はすごかった。
字の読み書きが少し可能になった年長さん時代から、一気にいろんなことが前進して、
保育所では友達を真似てできることが増えたとはいえ、マイペースを貫いていたのに、
入学後は、ひたすら周囲を見て「真似る」ことから、集団の中に溶け込もうとした。

その様子をみて、
先生からは「周りの子となにも変わりません(何の支援が必要なのか分かりません)」と言われ、
元教師の年配の知人からは「障がいなど意識しないで、ありのままの娘さんと接するべき」と言われた。
周りのママにも「しっかりしてるやん、うちの子の方が心配なくらいよー」と言われた。



でも、学校は、保育所とは違う。
集団の規模も。「生活」だけでなく「学習」がメインになってくることも。


子どもの成長は早い。
一気に大人びてくる子もいる。
多数派と「違う」存在に対する対応も厳しくなる。
「みんなと同じ」を求める同調圧力は学年が上がるにつれて強まる。


低学年の間はとにかく張り切って楽しく《イケイケ》だった娘は、5年生になった時、
大好きな先生2人が異動で一度に居なくなって、不安が押し寄せ、学校に行けなくなった。

その少し前から、
周囲の子どもたちが、自分のことを何か「変」と感じて「避けている」、と意識し始め、
何とか「輪」に入ろうと、果敢にアタックするけれど、それがまた違和感を助長してしまい、
上手くいかない自分、受け入れられない自分、先生から「甘えている」と否定される自分、
という評価に、すっかり人間不信になってしまった。

「友達大好き」だった彼女が、仲良しだったはずの支援学級の子に対しても、
「まわりから大事にされて無邪気で楽しそうで何も悩みがなさそう」にみえる、と、羨ましく思い、
少しずつ「支援学級」自体から、心が離れて行ってしまった。

「現実」に絶望して「空想」の世界に浸るようになったのは、それだけ現実が苦しかったから。



それでも、中学のスクールカウンセラーさんとの出会いが無ければ、今の彼女はいなかったと思う。
やっぱり、「運」と「縁」かな



振り返っても過去は変えられないけれど、
できれば同じような辛い思いを、後輩たちやママたちには、してほしくない。

願わくは、保育所での「共生保育」のような「共生教育」が可能になってほしい。

その為に力になれることなら、少しでも経験を活かすことができるなら・・・
そんな気持ちで、「良かったことを大切に」しながら、後輩ママたちにエールを送りたいと思って
親のおしゃべりの集まりを続けている。
今月は明日の午前中。
先月は大学生から保育所幼稚園の子まで、15人のママたちが集まった。
明日はどんな話ができるかなあ・・・





思い出 | 23:03:29 | コメント(6)
コメント
こんばんは

 そんなに違うものなのですね。
 
 もうこれは教育行政の問題ですね。運や縁もあるでしょうけど。
 十数年前に2回、時を違えてカナダのセカンダリースクールを訪問したことがあるのですが、日本とは全然違うのに驚きました。
 人種もたくさん混在して、ナカリ母さんがおっしゃる同調圧力とは無縁なのです。

 おかあさんたちの力がこどもたちのために草の根的に広がることを応援します。
2015-10-26 月 23:48:38 | URL | mikitaka08 [編集]
好きな作家というか教師でもあったんだけど
故灰谷健次郎さんを思い出します
子供の優しさと楽天性と残虐さ
柔軟な子供達は接するものに対して違和感なく優しさを持ち寄る
簡単に優しさで済ませられないようなことまでね
そういったこころを打ち消してしまうほどの学校と言う親と言う怪物
理解が広まって「普通」になるといいね
話だけじゃなく実践がとないますように。。。

2015-10-26 月 23:58:05 | URL | K's [編集]
mikitaka08さんへ
「学校」の持つ威圧感に、反発する子どもと、どう折り合いをつけるかは難しかったです。
海外帰国子女の方で、不登校になった子も多くて、親同士話しましたが、
日本の学校内での同調圧力はかなりなものみたいです。
弾かれた子は行き場を失って、皆苦労するんだなーと思ったのが忘れられません。

今日もたくさんのお母さんたちが集まってくれて、
そんな繋がりが元気の元です!^^
応援ありがとうございます。




2015-10-27 火 20:01:30 | URL | ナカリママ [編集]
K'sさんへ
灰谷さん・・・兎の眼、ですね。
「学校」って、「先生」って、無限の可能性を秘めていると同時に、
危うさもあって、弾圧の場にもなりかねない・・・
幼い子どもの真っ直ぐなまなざしを見ると、これがなぜ曇っていくのか、
悲しい気持ちにさせられます。
これは、大人の課題ですよね。
色んな違いを超越したところに子どもたちの「普通」が広まるといいなあ~






2015-10-27 火 20:05:42 | URL | ナカリママ [編集]
こんばんは
保育所とか幼稚園の頃は、みんなそれぞれ個性があったように思います。
小学校に入り、枠にはめられたような・・・みんなと同じようにっていうのかな?そんな風になって行ったように思います。
みんなちがってみんないい(金子 みすゞさんのわたしと小鳥と鈴と の
詩の一部分 コーラスで歌ってからこのフレーズが頭の中を駆け巡ります)はずなのに・・・
先生だけではなく、保護者の無神経な一言も関係してくるのでしょうね。

明日の集まりが有意義なものであり、ホッとできる集まりでありますように


2015-10-27 火 22:13:07 | URL | 花梨 [編集]
花梨さんへ
金子 みすゞさんのわたしと小鳥と鈴、いいですよね。
うちの学校でも習ったんですが(^-^;)
現実はなかなか厳しい、という感じで。

昨日の親の集まりは12人で、皆さんそれぞれに思いを出し合って、
良い時間を過ごすことができました。
まさに保育所真っ只中のママもいれば、きょうだいそれぞれに悩み尽きずのママも。
ひとりじゃないと思うと、立ち向かう勇気が出ます。
久しぶりに顔を見てホッとする関係、を大事にしたいなあと改めて思いました。
ありがとうございました。



2015-10-28 水 17:48:58 | URL | ナカリママ [編集]
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