■プロフィール

ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

■最新記事
■最新コメント
■月別アーカイブ
■カテゴリ
■FC2カウンター

■リンク

このブログをリンクに追加する

■フリーエリア
■フリーエリア
■フリーエリア
■フリーエリア
■検索フォーム

■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

「自立」についてもう少し考えてみた
コメント以外に、直接メールで感想をいただけることがあり、
その中で、「自立」という話題について、共有できるのでは?と、
下記のブログ ↓ を紹介していただきました。

自立について 湯浅誠の公式サイト


「そろそろ落ち葉を掃かなきゃな」と思うことが自立・・・
何かを見て、心を動かして(動かされて)、自分から(自ら)何かをしようと動くこと。


落ち葉の写真 を見ながら、そうかぁ~と、感じ入りました。

湯浅さんは「美しい言葉だと思った」と書いておられるけれど、それって「自立」という言葉のことかしら?
(私の日本語の理解能力が問題かな)



そして、下の方に書かれている大島さんの文章を読んで、
病院で、ほぼ寝たきりの母のことを思いました。

母が「生かされているこの命、まだ何かこの世で御用があるからかな」と言った時に、
同じくクリスチャンの叔母は「御用はなくても、いいのよ。毎日手を合わせて誰かのために祈ることだけでも十分」
と言って、「祈る」大切さを説いてくれたのでしたが。
出来ない時に助けてもらうのは、ある意味、仕方ないし、当然のことでもある。
「自分に出来ることを考え」て、たとえそれが、祈ること、想うことだけだったとしても、
そのひとは「自立」している、と言えるかしら・・・うん、なんか、言える気がする。

助け合う、共同体の一番小さい単位が「家族」と教えられ、
「地域社会」でも、もっと大きな世界でも、<助け合い>や<支え合い>が、美しいこととして取り上げられる。
でも、所得の再配分も、福祉も、根っこのところで、それぞれ「自立」を前提にしている?

ううううーん

もっと小さな「自分の事は自分でやる」的なことなら、家庭内で取り組めることはあるんだけどなー

今日、久しぶりに会った友人が「たとえばだけど、自分が捨てたゴミを誰が拾うの?と考えるねん」
と言っていて、とてもしっくりきた。
ポイ捨てする人は、自立してない、よね!

娘の自立について、悶々とした気持ちでいたけれど、
なんとなく、少し元気が出てきた気がする。
湯浅さん、ありがとう。





未分類 | 23:47:53 | コメント(4)
コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015-10-05 月 02:02:02 | | [編集]
鍵コメントさんへ
「ただ生きてればいい!」
力強いお言葉に、なんか背筋が伸びる気がしました。
あれこれ考えすぎるのも、考えもの?ですね。

最近ブログが迷走気味なので、
基本に戻って、子どもと向き合わなきゃなあーと思いました。
ありがとうございます(^-^)

2015-10-05 月 09:12:48 | URL | ナカリママ [編集]
自立は発達障害者には難しい問題ですよね。
自分も福祉の助けでどうにか生きてるような状態です。

家にいた頃はご飯が勝手に出てきますが、ひとり暮らしは何でも自分でやらなければならないですからね。

障害者のグループホームもあるようですが、グループホームは期限があるからどうなのかなあ。

作業所も精神障害者の作業所は、おかしな人もいるので、あまりお薦めはできませんね。

やはり親元にいる間に、何か仕事を見つけるのが賢明かと思われます。
2015-10-08 木 22:10:56 | URL | ponch [編集]
ponchさんへ
そうですよね。就労の第一歩は家事労働だと思います。

実際、「家事手伝い」というお仕事?をしているんだよ、と本人とも話しているので、
最近は、留守番や洗濯、雨戸の開け閉めや食器洗いなどに応じて
(今更ですが)お小遣いを渡し、本人が財布にためておく、ということを始めています。

好きなイラストを何か仕事に結びつけるだけでなく、
自分に出来る形での内職を探す方向で、サポーターさんとも話をしているので、
少しずつ、かなと思っています。

いつも、親身になってのコメントをありがとうございます。

2015-10-08 木 22:44:56 | URL | ナカリママ [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad