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Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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後藤さんが伝えたかったこと
少し前の朝日新聞夕刊の記事で、「考えなきゃ、後藤さんが伝えたかったこと」として、
法政大学の水島教授の解説とともに、
暴力や憎悪を鎮める後藤さん自身のツイートが紹介されていて、
その文章を、親子で読むことができたのが大きいなあ、と感じる数日間…。

子ども自身がリンク先のホームページ内ブログで、
自分は短気なので、怒りそうになった時、この(後藤さんの)言葉を思い出したらいいなぁ
と書いていますが、それは私も同じ。

「目を閉じて、じっと我慢。怒ったり、怒鳴ったら、終わり」

怒りのコントロールについては、子どもが小さい頃からいろいろ試してきました。
壁に貼り紙をして、まずは深呼吸、目を閉じて数を数えて…、などを心がけたし、
最近ではカウンセラーさんから、
安全な発散の仕方(不要な紙を破る、ぬいぐるみを床に投げる、熱いシャワーを浴びるなど)も習い、
年末年始に投げつけ用のぬいぐるみ(出張セラピスト)もお借りしました。

それでも、怒りに翻弄されることは多々ある…母子二人になると、お互いブレーキが利かなくなる。

嵐が去った後の後悔やむなしさも何度体験したことか。

「穏やかな」ときはいいね、という夫の言葉に、理性が働くときは、自分もそうだとしみじみ感じる。
当たり前の何でもない日常のこと、それが当たり前じゃなくてありがたいことだと感謝しなくちゃ、とも思う。
でも忘れる。
もっと、もっと、と願ってしまう。
憤るときには、なんで!と責めてしまう。
イライラするとあかん、焦るとだめ。

しないといけないことに追われている時に、
「こっち向いて」「一緒にお話しして」とアピールする子どもに優しくなれない、と、反省。

後藤さんは、
「戦争や紛争が起きると、弱い立場の人がそこに巻き込まれて辛い思いをする、ということを
一生懸命伝えてくれた」ということ、
感情を揺さぶられる事件が起きると、ぎすぎすした言葉が出てくる
後藤さんはそういう危うさを感じ取り、静かな問いを投げかけた」ということ、を
新聞記事から教えられた。

悲しい結末をニュースで聞いたとき、
その場でみるみる涙があふれて
「なんでよ!後藤さん悪くないやんか、イスラム国悪いやんか」
と泣いてしまった子どもに、何とか事情を説明しようとした自分が今になって改めて恥ずかしい。
まずは一緒に、そうだね、悲しいね、なんでなんやろうね、と一緒に抱き合って泣けたらよかった。

現実は怖い、不安だ、といつも子どもは言う。
その通りだな。
現実は思うようにならない、理不尽なことも起こる、腹立たしいこともある。
何でも思うようになる平和なパラレル世界とは違う。

そのことを何とか分からせよう、現実と折り合いをつけさせよう、と頭で考える私には、
「その時その場で」悲しみを共有する涙を流すことができなかった。
もちろん、私も悲しかったし腹立たしかったけれど、
子どもの涙と言葉は
あれこれの「考え」を伴わない、直観的で純粋な反応だったし、問いかけだった。
「ほんとに感受性の強い子だな、傷つきやすい子だな」と頭で感じたけれど、
自分が失っていた心の働きについてまで深く感じ取ることはできなかった。
本当に学ぶべきは目の前の子どもの姿だった。

時間をおいて、じわじわと胸にしみてきたので、書き留めておこうと思いました。

朝日新聞の記事は2月5日木曜夕刊8面です。
あわせて、後藤さんの人柄やイスラムに対する知識がよく分かるラジオ番組の文字起こし記事
「後藤健二さんが4か月前に語っていた中東のこと…」アドレスも貼り付けておきます。

後藤さん、湯川さん、ヨルダンのパイロット、その他多くの方たちのご冥福をお祈りします。


子どもの日常 | 11:51:58 | コメント(0)
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