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Author:ナカリ母
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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ダウン症と自閉症と…「いろんな ちがう」
リンク先の、「『和』の時代(とき)へ」の「あなたはどう思う?」という記事へのコメントに
「天国で会議が開かれました…」という詩 について書きました。

その後、いろいろと考えたことを、自分のブログで書いてみたい、と思います。
(真知子さん、きっかけをくださってありがとうございます。)



娘の保育所時代の幼なじみや、小中学校の支援学級で一緒に過ごしたお友達に、
何人もの「ダウン症」の子どもさん達がいます
また、21番以外の染色体に起因する障がいをもつ娘さんを出産した友人から、
「染色体異常」という表現ではなく「染色体起因障がい」という表現を教わり、
その親の会 Four-Leaf Clover(略称 FLC) についても教えてもらいました。
(FLCのHPを見ると、ダウン症以外にも様々な「希少」と言われる染色体起因障がいがあることが分かります。)
重度重複障がいを抱える娘さんがいながらも「(親の悩みや苦しみに)重い軽いはない」と、
私がまだトンネルの中にいた頃に伝えてくれ、想いを寄せてくれたのも、その友人でした。

そうやって、
「染色体起因障がい」の子どもさんがいるご家族のあたたかさや、ふところの深さに支えられてきたので、
日本ダウン症協会が発行している「ようこそダウン症の赤ちゃん」という本
最後のページに記されていた下記の詩と、書籍冒頭の解説には、特別な思い入れがあるのです…。

この詩の一節を初めて知ったのは、
聴覚障がいを持つ子どもとその保護者の姿を描いた「どんぐりの家」という山本おさむさんのマンガ
を読んだときで、その際にも、こみ上げる思いがあって涙を流したのでしたが、
「ようこそ~」の本で、全文を読むことができました。

ようこそ 41Y7ERN0WDL




以下、長くなりますが、転記してみます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「天国の特別な子供」


会議が開かれました。

地球からはるか遠くで

“また次の赤ちゃんの時間ですよ”

天においでになる神様に向かって 天使たちは言いました。

“この子は特別な赤ちゃんで たくさんの愛情が必要でしょう。

この子の成長は とてもゆっくりに見えるかもしれません。

もしかして 一人前になれないかもしれません。

だから この子は下界で出会う人々に

とくに気をつけてもらわなければならないのです。

もしかして この子の思うことは

なかなか分かってもらえないかもしれません。

何をやっても うまくいかないかもしれません。

ですから私たちは この子がどこに生まれるか

注意深く選ばなければならないのです。

この子の生涯が しあわせなものとなるように

どうぞ神様 この子のためにすばらしい両親をさがしてあげてください。

神様のために特別な任務をひきうけてくれるような両親を。

その二人は すぐには気がつかないかもしれません。

彼ら二人が自分たちに求められている特別な役割を。

けれども 天から授けられたこの子によって

ますます強い信仰と豊かな愛をいだくようになることでしょう。

やがて二人は 自分たちに与えられた特別の

神の思召しをさとるようになるでしょう。

神からおくられたこの子によって。

柔和でおだやかなこの子という授かりものこそ

天から授かった特別な子供なのです”


Edna Massimilla  作
(大江 祐子 訳)
「ようこそダウン症の赤ちゃん」より



ようこそ、この世界へ



お誕生、おめでとう。 はじめて見る世界はまぶしいでしょう? 

今、お母さんのおなかの中から出てくるという大仕事をなしとげて、

安心して眠っているのでしょうか?

あなたには、「ダウン症」という形容詞が与えられることになるでしょう。

あなたには、まだわからないだろうけど、

世の中の人たちは「ダウン症」という言葉に「知的障害」とか

「かわいそうな子」とか、「不幸な子」なんていう言葉を重ねたりします。

だから、もしかすると、あなたのお母さんは今ごろ、

声を殺して泣いているかもしれません。

お父さんは、そんなお母さんにかける言葉もなく、

立ちすくんでいるかもしれません。

もしもあなたがたった今しゃべることができたとしたら、

こんなふうに言うかもしれません。

「やめてくれよ。どうしてぼくが生まれると、みんなが泣くのさ」 

その通り。私たちは、そんなあなたに心から

「ようこそ」と言いたくて、この本を作りました。

この本の中には、あなたの仲間が100人出てきます。

私たちは、かつてあなたと同じように、かわいい子どもを授かって、

その子が「ダウン症」であると言われた父親や母親であり、

あなたとともに育ったきょうだいたちです。

私たちは、あなたと同じ「ダウン症」の子どもとの出会いを通して、

人は必ず誰かに支えられて生きているのだということを学びました。

あなたと同じ「ダウン症」の子どもと暮らす毎日を通して、

誰にでも誰かを救う力があるのだということを

信じられるようになりました。

そして「ダウン症」の子どもなら生まれてこないほうがいい、

と思っているたくさんの人たちに、

私たちの暮らしが、どんなに「普通」の暮らしなのかを

知ってほしいと強く感じるようになりました。

あなたのお母さんは今も泣いていますか?

お父さんは、今も困り果てていますか? 

私たちは、自信をもって言うことができます。

あなたが「ダウン症」だと聞いて涙を流したり、

言葉をなくしたりするのは、

ただただ「ダウン症」のことを知らないからだけなのだ、と。

あなたの名前は何というのですか? 

何も知らない人たちは、あなたのことを「知的障害児」と呼ぶのでしょうね。

ちょっと理解している人は、「ダウン症児」と呼ぶでしょう。

でも、それはどちらも ちがいます。 あなたはあなた。


あなたは自身の名前をもった

ただ一人のかけがえのない人。

そのことを知っている人たちは、あなたのことを名前で呼びます。

この本の中に出てくる人たちは、そのことを知っています。

これから何人もの人たちに勇気を授けてくれることになるあなたへ。

私たちは、心から呼びかけます。

お誕生おめでとう。 ようこそ、この世界へ!


1999年6月
玉井邦夫(日本ダウン症協会理事長)

ーーーーーーーーーーーーーーー


私自身は自閉症協会(全国、地域)の会員でもあり、
自閉症協会でも、さまざまな冊子を発行したり、社会に働きかけをしたりしているのを知っていますが、
一般書店で販売されている書籍としての知名度で言えば、
この「ようこそ~」の本に比肩するものはないように思います(違ってたらごめんなさい)。

そして、この最後の呼びかけの内容は、
ダウン症と自閉症という異なる障がいであっても、親の思い、というところでは重なる
という気持ちが強いので、ずっと、大切に持っている本です。


ただ、「特別な子ども」という表現に少しひっかるところはあって、
どの子も、ひとりひとり「特別」であることは変わらない、と思うのですが・・・。
(でも、それじゃあ、特別、という表現自体が成り立たない?矛盾してるかな?
→詩を一緒に読んで、その話をしたら、ナカリ「特別って、その人その人によるんじゃない?」
うわぁ、まいりました!)

また
「見える障がい」か「見えない障がい」か、というところで、
残念なことに、ダウン症と自閉症の保護者同士の関係が良くない場合がある、のも知っています。

私自身も、ダウン症ではない別の重度の障がいを抱える子どもさんのお母さんから
「ナカリちゃんなんか障害児じゃない!と言われた時のこと」という記事を書いたこともあります。

逆に「嬉しかったこといっぱい」という記事で、他のお母さんたちに力づけられた経験も書きました。



そんなあれこれの体験を含めて、
ナカリが描いた「いろんな ちがう」のイラストを改めて見返すと、
違ってるけど一緒、同じだけど違う、という複雑な思いがしみじみ伝わって、
「ちがい」を大切に、お互い尊重しながら、かつ、「共に」を目指していけたらな、
と思うのです。
そして、素直に、ナカリの親で居ることができて良かったなあ、とも


・・・話が少しずれてきましたが、
書きたかったのは、「子ども達が、親を選んで産まれてきた」という「感じ」が、
私自身も実感したことがある気がする
我が子たちに会うために私は産まれてきた、と思ったことがある
ということで、
その時のことを思い出しながら、
「天国で会議が開かれました…」の詩について触れた、ということでした。


長くなってしまったので、今日はここまでにして、
また続きは改めることにします

読んでくださってありがとうございました。






読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 22:56:46 | コメント(6)
コメント
こんばんはー^^

素敵な詩と呼びかけを載せてくださってありがとうございます♪

私は生きとし生けるもの全ての存在は、『独特な存在である』という意味で、『それぞれが特別である』と言えると思いますが、

『障害と呼ばれるものをもってうまれる』人達を、(いい・悪いとかそういった価値判断は全く関係なく)それらを持たない人達と比べて、『チャレンジ要素がさらに高い』という意味で『特別』とこれも言えると思います(^-^)

ママさんは特に最近の記事で何度か『「ちがい」を大切に、お互い尊重しながら、かつ、「共に」を目指していけたらいいな』と書いていらっしゃいますよね^^

それがママさんの根底にある重要な伝えたい事の一つなんだなぁと思いました❤

私も、それはとても大切だなぁと思う事で、それが出来れば、身近な所だけでなく、世界中の色々な差別や戦争やさまざまな争いの種をなくすことが出来ると思っています(*^^)v。

『我が子たちに会う為に私は産まれてきたと思った事がある』というのは、本当に素晴らしいですね!!

私は、自分の子どもを持つのは、20代で自らの意思で放棄してしまったので(笑)そういった想いを感じる事ができるというのは、『素敵だな♪』と思います(^◇^)♪

2015-07-28 火 19:21:02 | URL | 真知子 [編集]
私が学生の頃、擁護学校でボランティアをさせてもらいましたが、大学で、このような内容の講義がありました。

以下検索上位にあったHPからですが、ダウン症の子の性格の特性です。

「陽気で人なつっこく,社交的である」
「強情な面はあるが,率直で従順で誰からも好かれる」
「音楽が好きで,模倣力に富んでいる」
「情愛深く,世話好きである」
「いたずら好きである」

私が通った施設の子たちも、緊張した私にあちらから声をかけてくれて、仲良くしてもらったり、オルガンを弾くと、体全体を動かして、それは楽しそうに踊ったり歌ったりしてくれた事を思い出します。触れ合ってみて、素敵な子たちだなぁーとしか、単純に思えませんでした。

どんな障害もそうかもしれませんが、偏見の目で見る前に、小さい頃からいろいろな障害を持った人たちと、実際に触れ合う機会が学校でもあるといいのにな、と思います。(私の小学校も特別学級がありました。)

いつも、素敵な記事をありがとうございます(^^)。
2015-07-28 火 20:05:54 | URL | すみ [編集]
俺はいつもひとと会うときにこう思います

自分とは違うということ
それを認め 受け入れる
まずはそこからとね
そして
そこに気持ちが込められればもう言うことはないですよね
2015-07-29 水 00:30:40 | URL | K's [編集]
真知子さんへ
英語では障がいをもつ人のことを、チャレンジドって言うんですよね。
「それぞれが特別である」で納得です。

『「ちがい」を大切に、お互い尊重しながら、かつ、「共に」を目指していけたらいいな』
というところに注目していただいてありがとうございます。
確かにそこが、私の根っこにあって伝えたい一番の気持ちなんだなと、自分でも確認できました。見抜かれちゃった!嬉しさを感じました。

『我が子たちに会う為に私は産まれてきた、と思った』体験は、不思議な感覚でした。
時間軸が逆ですものね。
なんか、いろんな気持ちを思い出させていただいて、こちらこそありがとうございました。


2015-07-29 水 03:18:05 | URL | ナカリママ [編集]
すみさんへ
ご自身の体験と、詳しいフォローをありがとうございます!

>偏見の目で見る前に、小さい頃からいろいろな障害を持った人たちと、実際に触れ合う機会が学校でもあるといいのにな

ほんとにその通りだと私も共感します~「いろんな ちがう」をたくさん体験していればいるほど豊かになれる気がします。
小さい子どもたちにはぜひそうやって多様性に馴染んでほしいですよね。

すみさんの記事もいつも素敵です、ありがとうございます。

2015-07-29 水 03:22:04 | URL | ナカリママ [編集]
K'sさんへ
>自分とは違うということ
 それを認め 受け入れる
 まずはそこから

さすが、一言が深いです!
K'sさんの文章には、いつも気持ちが込められているので、
ずーんと届いて、嬉しくなります。ありがとうございました。


2015-07-29 水 03:24:57 | URL | ナカリママ [編集]
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