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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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昭和一桁生まれの暮らし方
こんにちは、またはこんばんは。
来てくださってありがとうございます。

今年も今日で半分終わりですね。
大変焦っています…

先日の帰省での発見を、追加でもう一つ。

長く使っていた木製の状差しを、壁から取り外して持ち帰ったのですが、
裏返してみて初めて発見したのは、一部が壊れていた!ことです。
壊れたというか、割れてなくなった部分を、かまぼこ板で補修して、
表側の模様をマジックで書いて、見た目、不自然でないように工夫してありました。
言葉ではうまく説明できないのですが、
その「補修」の事実を、私は今回持ち帰るまで気づきませんでした。
そのくらい上手に直してあったので!
父の仕業だということはすぐに分かりました。
生前に気づいていたら、すごい~と伝えたかったのに、それはもう叶いません。
せめても、このまま自宅で引き続き使うことにしました。
補修跡を見るたびに父を思い出すことができます。


昭和一桁生まれの父は、一般的な会社員でしたが、大工仕事が上手でした。
家じゅうのあちこちに手作りの棚を取り付け、
狭いスペースにもピッタリのサイズに板を切って戸棚を作り、
そうした補修用に、かまぼこ板を何枚も取りためてありました。
父の遺した大工道具をどうするかも思案中です。

壊れたら捨てる、という発想がなく、壊れたら直して使う、人でした。
無いものを欲しがったり手軽に買ったり、というより、
あるもので工夫して新しく作り出す、ということを考える人でした。
生き方そのものも、
質素で倹約家で、自分は目立たず、人のためにばかり行動する人生だったと思います。

告別式で喪主として父を送った挨拶の中に
集めたものは、死とともになくなるが、与えたものはずっと残る。
父は、与える人だった」
というような言葉を入れ、今もそう思っています。

母はナカリの自閉症のこと、息子や私が取り組んでいること、を知りたくて、
いろいろ本を読んだり新聞記事を切り抜いたり、目に見える形で応援してくれましたが、
父は父なりのやり方で、娘や孫の応援団で居続けてくれたのだなあと感謝しています。

残りの期間で、悔いのない後片付け、ができますように。


先日、飛行機のWi-Fiで、クラシック分野の「ラモー」小品集が良かったので
改めてネット検索していたら、
偶然、ヴィヴァルディ「ラ・ストラヴァガンツァ」に出会って、いいなあ~と聴き惚れました。
2つ並べて貼っておきます。





個人的な思い出話に、最後までお付き合いありがとうございました。


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思い出 | 12:16:43 | トラックバック(0) | コメント(20)
帰省する度の発見…過去の整理&今とこれからが大切
こんばんは、または、こんにちは。
来てくださってありがとうございます。

今週前半は、一人帰省して、ひたすら実家の片づけをしてきました。
両親の衣類は、もうほとんどを処分しましたが、
あと数着と、和装小物いくつか、子ども(孫)たちが幼い頃の衣服・・・は、
迷い迷い、まだ手をつけられずにいます。

書籍もずいぶん処分しましたが、
父が買い揃えた美術全集と、世界文学全集の何冊かは残したまま。
世界文学全集 

私の知らない著作もあり・・・箱入り本なので、まだ中はきれいで、
字体は古いけれども読めなくはないし、
少しずつでも手に取れたらいいかと思って処分できずでした。

母の手編みの服や小物、縫物関係も、捨てられないままです。
今回発見した、型紙を待ち針で止めたチェックの布地。
子どもズボン型紙 

よく見ると、鉛筆書きで、従兄の男の子の名前と「6、7才用ズボン」という母の字が。
その従兄一家とは長く同じ市営アパートに住んでいたし、いろいろ因縁もあったので、
作りかけて時が止まったままのその布地を発見したことで、
待ち針を1本ずつ抜いて型紙と布をそれぞれ処分しながら、
タイムスリップしたような、様々な思い出があふれ出る時間を過ごしました。

最終リミットが設定されてから、焦りながらの片づけですが、
汗だくになりながら、ああ、これ、生前に見つけていたら話ができたのに、
というものや、
すっかり諦めていた昔の手紙、などが見つかって、
今回もまた、新しい発見があった帰省でした。

帰りの飛行機は、いつも指定するのと反対側の座席だったので、
四国山地や瀬戸内海ではなく、初めて?高知平野と太平洋を目にしました。
高知平野と太平洋 

太平洋、ひろーい! そして、島がない~~
同じ四国でも、こんなに違うんだなあと、今さらながら土地柄について考えさせられ・・・

今回、飛行機の中のWi-Fiで見つけたのは、
ギャランティス、というグループのアルバム「チャーチ」からの1曲
「ボンファイヤ」・・・どうやら「花火」という意味らしいですが、
歌詞の和訳は見つけられませんでした。
英語の歌詞が載っているバージョンを貼っておきます。


動画の画面に、蛍のような光が漂っているのが幻想的です。
ナカリも気に入って、スマホでリピートしてくれています♪

ナカリは、私の留守中、アキちゃんのお世話もよく頑張りました。
ピンク色の肌が露出していたお腹も、少しずつ白っぽい毛が生え始め
縫い糸の跡も小さくなってきました。
手術前に、面白い座り方してる!とナカリが撮った写真と同じポーズで、
ハウスの中にもたれて座っている様子も見せてくれるようになりました。
アキちゃん260 

寝るときのポーズもいろいろ。
ぺターンと地面に顔をつけて寝ていると、
大きな頭が、ぬいぐるみのサンちゃんみたい?
アキちゃん261 

横から近づいて写真を撮っても目をつむったままです。
アキちゃん262 

すやすやお休み。
起きているときには、木のおもちゃをかじったり、足ダン!としたり、
外遊びの時には、軽くジャンプしたり、すっかり元気になりました。
ヘルニアの手術の際、麻酔をするので、この機会に一緒に去勢手術もお願いしたところ、
本当に、不思議なくらい、マウンティングやスプレー行動を全くしなくなって、
ああ、生き物なんだなあ、ホルモンの働きってすごいなあ、
と、小さなウサギさんの姿から「命や体の仕組」を教えられる気がしました。


ということで、
自宅に戻ってきてからも、頭の中はまだ飽和状態。
残りをあと数か月で整理しきらないと、
と、来月の帰省の段取りを考えているところです。

ネットから離れた数日間、ゆっくり訪問することもできず、
いろいろ気になりながらですが、無理せず、ぼちぼちペースで過ごしますね。

拍手ボタンやブログ村バナーを押してくださった皆様、
コメントをくださった皆様、もちろん、訪問して読んでくださった皆様、
本当にありがとうございました。

こんな調子で、更新ペースは落ちていくかもしれませんが、
また覗きに来ていただけたら嬉しいです。
お料理も頑張ります!
今回は、ナカリが自分のブログで「巣ごもりポテサラトースト」を紹介しています。
食べること、食べるものを作ること、を、楽しめる毎日でありますように。

実家の断捨離を続けながら、「いま」と「これから」に目を向けていられますように。


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思い出 | 19:45:23 | トラックバック(0) | コメント(10)
6月のアートセラピー
こんばんは、または、こんにちは。
来てくださってありがとうございます。

コロナ渦の中、この2か月はアートセラピーもリモート形式?で、
絵手紙のやり取りや、写真添付でスマホ越しにアドバイス、などで、
対面のセラピーはお預けでしたが、
今週やっと先生に訪問していただけました。

何を描くか、というときに、絵手紙で「見て描く」を何回かやり取りして、
こういうのは苦手だなあとナカリが言っていましたが、
先生の方からは、高く評価していただき、
苦手、と思うことにチャレンジしてみようと背中を押して、
ちょうど咲き始めたユリの花を描いてみることにしました。

白い花なので、白い紙に描くより黒い紙に描いたらどうかな?との先生のご提案で、
黒い画用紙を引っ張り出して、色鉛筆で格闘。
ガラスの花瓶は難しかったので、ピンクに変えてこんな風に仕上がりました。
(一足先に「ナカリのブログ」でも公開されています)
2020年6月アートセラピー 

ユリの花のくるんとした花びらの様子がうまく描けているなー!
花の部分だけアップすると・・・
2020年6月アートセラピー4 
実物を見て描いた迫力が伝わってきます。
今は花が五つ咲いて、つぼみが一つだけ残っていますが、
絵の中ではつぼみが三つ。
時間が止まって、瞬間を切り取った、というのがよくわかります。
先生は、「そっくりに描く、のでは、個性が出にくいけれど、
ナカリちゃんなりにうまく表現できている」と褒めてくださいました。

少し前に図書館で借りてきた色鉛筆の技法の本を見ながら、
色の塗り方、について、ちょっと「勉強」もしました。
2020年6月アートセラピー2 

亡き母が編んだレースの敷物を紙にはさんでこすりだしたフロッタージュ。
2020年6月アートセラピー3 jpg

なんとなく、アジサイみたいねー、とも。
先生からは、またまた色遣いをほめていただき、うれしそうなナカリでした。


一緒に図書館に連れて行ってくれた友人は、
引き続き、お料理の先生もしてくれています。
私が仕事に出ている間に、「梅ダレ豚冷しゃぶ」を作ってくれたナカリ。
2020年6月豚冷しゃぶ 

この日は夫が泊りがけの出張で不在だったので、私と二人で味わって食べました。
美味しかった~~♪
2020年6月豚冷しゃぶ2 
梅ダレは友人が自分なりに考えて作ってくれたそうで、
図書館の帰りには、パン屋さんでパンを買うという場面にも付き添ってくれ、
ナカリの社会性アップのために力を貸してくれて感謝です。

そんなこんなで頑張っているナカリの癒しのアキちゃん。
アキちゃん259 

手術後は、まだ怖くて、抱っこしてひっくり返す、ができていないんですが、
外遊びでは元気に走り回っています。

社会人生活をスタートした息子から、「ウサギの動画を送ってほしい」と、
思いがけないリクエスト。
彼もまた、アキちゃんに癒されたいのかなあ。
複数の大学や学校法人を掛け持ちで非常勤講師として教える立場にいる息子、
遠くから応援するしかないですが、帰宅した折には、たっぷりアキちゃんに触れて、
もふもふ癒されてほしいです・・・

このところ、私も夫も入れ替わりで帰省続き。
それぞれ、遠方に実家があるので、なかなか思うに任せないところもありますが、
子どもたちの未来のために、できるだけいろいろ整理しておきたいなと思うこの頃です。


帰省のお供に、と購入したSF?「リプレイ」・・・出勤のお供にして読み終わってしまいました!
吉報配達ブログ「この人生は2度目かもしれない」

もともとは、リンク先のエリアンダーさんからのご紹介とか。
(この間、「画力対決」で元気づけていただいたばかりです)

人生たそがれて・・・の時期に入って、今日は仕事に出たついでに
「クロワッサン 身内に迷惑をかけない生前の手続き」というムック本を買ってしまいました。

秋までに実家を片付けてしまう必要に迫られているので、
この本を参考に、思い切っていろいろ断捨離せねば、です。

「リプレイ」を読んで、人生一度きりだもんなーと感慨にふける間もなく、
目の前の「片付け」に追われるのもなんだかな、ですが、
いい小説を読んだ後は、なんだかスカッとした気分で片付けにも着手できそうです。

皆さんも、よい週末をお過ごしくださいね。
今日も最後までありがとうございました。

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ナカリの作品 | 22:30:51 | トラックバック(0) | コメント(12)
「自閉女の冒険‐モンスター支援者たちとの遭遇と別れ」 を読んで (追記あり)
こんにちは、または、こんばんは。
来てくださってありがとうございます。

今回の記事、迷いに迷って書き始めました。
本の表紙を写真に撮るにあたって、
もやもや気分を少しでも吹き飛ばそうと、
雨上がりの庭のアジサイをパチリ。
2020年6月アジサイ2 jpg
色づき始めた頃のアジサイは、
満開のものよりいろんな可能性を秘めた色合いで好きです。
2020年6月アジサイ 
まだ白っぽいまま開きかけている途中のものもありました。
同じ株から咲いた花でも、それぞれ微妙に色が違うのは、
土壌が酸性かアルカリ性か、や、時間による色素の濃さ具合、によるそうです。
自然のマジックですね。


で、気を取り直して、
読んだ本の感想を書いていこうと思います。

自閉女の冒険 
裏表紙の記述より
>自閉症の当事者文学として斯界に衝撃を与えた「変光星」「平行線」の森口さんの自伝の最新作です。
>「変光星」はのちの高機能自閉症へのケアにも影響を与えた森口さんの幼少期から中学卒業までの物語で、
>「平行線」はそれから10年ほどの物語(どちらも遠見書房で復刊)。
>今回の「自閉女の冒険」は20代半ばから現在までの30年にわたる物語です。


この本は、今年の2月に出版されてすぐに注文したのでしたが、
表紙の暗さ?怪しさ?と、パラパラめくった印象にちょっと引いてしまったの、とで、
なかなか読み始められずにいました。

「変光星」「平行線」に続く、「手記」第3作、ということで、
描かれている年代が、今まさにナカリが置かれている年代以降、親亡き後まで、
ということも、読むにあたって「おじけづいた」一因でもありました。

本の最後に紹介されている森口さんのプロフィール
自閉女の冒険2 
最後に「現在は高齢引きこもりの当事者でもある」と書かれています。

先に出されたエッセイ集「金平糖」の感想記事は、思い立った後は一気に書けたんですが。
その本を読んだ際に、
現在は、森口さんがご両親を亡くされて独り身で生活されていることを知りました。
詳しい経緯はわからなくても、どんなに苦労されただろうか、と、
その時の印象もあったので、実際の「手記」を読むのには勇気が必要でした。
そして実際に、「その場面(ご両親が亡くなられた時の様子)」を読んで、
お母様もお父様も、亡くなる際にどんな思いだったろうか、
残された森口さんが嵐の後に振り返ってどんな思いでおられるだろうか、
と、胸が締め付けられて、「感想記事」を書いてもいいものやら、迷い迷い・・・。

初版発行が2020年2月20日、というところにも、
何かしら数字へのこだわりを感じつつ。

ネットでレビューを探してみましたが、
アマゾンに1件あっただけで、他の方の感想はなかなか見当たらず、
これはもう自分なりの思いをまとめてみるしかないなと覚悟を決めました。

目次
【1】 モンスター支援者
【2】 ディスコミュニケーション
【3】 転機、そして試練
【4】 独りで生きる
おわりに


目次の横のページには
>不登校支援者たちが発達障害にまだ無理解だったころ、
>自閉症のひきこもりの若者が支援者や居場所や相談の場を探す、
>平成時代のお話。


とあり、その下に聖書の言葉が引用されていました。
>「彼らの最もよい者もいばらのごとく、
>最も正しい者もいばらのいけがきのようだ。」
>(旧約聖書ミカ書7章4節前半)



うーん・・・
しんどそうだ。
我が家の子どもたち二人とも、発達障がいを抱え、かつ、不登校経験者、なので、
出会った「支援者」の方々の数は相当数に上ります。
今でも忘れられないその人たち。
助けられた!救われた!という感謝でいっぱいの方たちがいる一方、
傷つけられた、理解されなかった、決めつけられた、という悔しさが残る方たちも、
残念ながら数名おられます。
でも、
森口さんが遭遇された「モンスター支援者」ほどの強烈な人には、幸い巡り合わずに済みました。
もしかしたら、それは、「時代」の違いによるものだったのかもしれません・・・。
そう思うと、時代が進むことで、
確実に「発達障がい」や「不登校」に対する理解全般は深まってきている、
と、希望を持つこともできます。

それにしても、
支援者に傷つけられた場合は、一般の人間関係で傷つく以上に傷が深くなりがちだ、
ということは、他の支援者の方からも指摘されたことがあり、私自身もそう実感します。

「一人で抱え込まないで、どこかに相談して」
という言葉は、悩み苦しむ人に対してかけられる王道?の言葉でしょうが、
それに従って、相談窓口を探す過程で、
森口さんは、さらに傷つき、悩まされ、心を病む状態にまでこじらせてしまわれたこと、
それに対して、どこからも救いの手が差し伸べられなかった期間がなんと長かったことか・・・
時代の制約があったとはいえ、どうしてこんなに当事者が苦しまなければならなかったのか、
読みながら、やりきれない思いでたまらなくなって、
ここまで酷くなかったとはいえ、自身やナカリの傷つき体験までフラッシュバックして、
胸が苦しい思いをしながら読み進みました(特に1章2章)。

3章以降は半分現在進行形のような感じで、
今、20代半ばのナカリが、今後の30年間、どんな風に過ごしていくだろうか、と、
そこに思いを重ねてしまう「親目線」の読み方だったからか、
ぐいぐいとひきこまれ、
先輩としての私的体験を書き綴り、こうして読ませてもらえたことへの感謝の気持ち、
で、いっぱいになりました。

この先30年といっても、「いざというとき」はいつ訪れるか、わからない。
何か起こったときに、誰に何を頼ればよいのか?
自分で自分を守るすべを、きちんと伝えておかなければ。
そして、当事者のそうした思いにこたえる社会を作る必要性を訴えるために、
身を切る思いで自身の体験を可能な限り公表してくださった、と、思うと、
故ドナ・ウィリアムズさんが手記を出された際、直接お手紙を書かれた若き日の森口さんのように、
本来ならば森口さんに直接お礼を申し伝えなければ、という気持ちになったくらいです。

あとがきより
>「願わくは、すでに親を亡くしたり、
>そうなることを不安に思っている発達障害・ひきこもり当事者やその家族が、
>足を引っ張られたり悪者にされることなく、安心して相談できる≪心の駆け込み寺≫のような場所、
>肩の荷を降ろせるところ、ニーズを支援者や研究者や行政に知ってもらえる機会が必要だと思う。」


そう、そう、そう。
ナカリは、今、遠い目標、中くらいの目標、当面の目標、を可視化して、
毎日の生活に関する計画表を立てて頑張って実行しつつある!
一方で、息子の方は一応社会人として独立したものの、
支援と呼べるべきものは、ほとんど何も身の回りに持っていない。
(大学時代までは、事務局に支援の必要性を伝えて、しっかりサポートしてもらえたけれど、
院に進んでからは本人が、もう支援はいらない、とカミングアウトせずに過ごし、
人間関係で大変苦労し、卒業間際になってカウンセリングを検討し始め、結局とん挫したまま)

親に何かあったときに、彼や彼女はちゃんと対応できるだろうか。
おそらく、当面、ナカリの後見人は息子になるわけだけれど、
その息子の社会性は、となると、森口さんに近い困難を抱えているのではという気がしてならない。
幸い、ナカリの相談機関はしっかりした組織なので、
機会を見て、その内容を息子にも伝えておかなくては(・・・てか、書き残しておかねば)。

あ、気が付くと、本の内容から離れて「先取り心配」になってしまっていました(汗)。
(でも、森口さん自身の本文も、最後に 「もう、あまり時間がない」 という叫びが記されていました。
その思いたるや、いかばかりのものだろうか・・・と、察して余りあります)


それと、「理不尽な思い」「残酷な仕打ち」という点では、
世の中一般にも、いわゆるハラスメントが満ちている状態の社会で、
発達障がいや不登校に限らず、悔し涙をこらえ、歯を食いしばって生きている人たちが、
いったいどれだけいることだろう、と、そういうことも考えさせられました。
理不尽に負けないタフネス、リカバリできる柔軟性、そういうものがないと、
心が壊れてしまう・・・

唐突にですが、亡くなった母の最期の姿を思い出すと、
母もまた、人の世の理不尽さに翻弄されて、最期は張り詰めた糸が切れるように、
この世に見切りをつけて去っていったような気がして、胸がきゅん・・・

ああ、そう思うと、人のやさしさやあたたかさ、という、潤いや癒しが欲しくなってきた・・・

人を傷つけるのも人、癒すのも人(生き物)、だから。

アキちゃんに癒されたい!
アキちゃん258 
お腹の毛を剃って糸で縫い合わせた跡がかすかに見えますが、
こうやって安心しきってお腹を出してゴロンとできるアキちゃんの無防備な寝姿に、
なんともいえない愛おしさを感じます。

アキちゃん、元気でいてくれてありがとう。
森口さんの周りにも、癒しを与えてくれるものがありますように。

今を悩みながら生きているナカリへ。
小学校時代とても親しくしていた親戚のお姉さんに対する何年来ものこだわりを、
思い切ってお手紙の形で伝えてみて、本当にやっと、やっとわだかまりを溶かすことができた、
いざというときに頼れる人を取り戻すことができた、その記念に・・・
keiさんの訳付きで、イーグルスの「デスペラード」 ジル・ジョンソン

>愛してくれる人を素直に受け入れるんだ
>まだ間に合う内に


そう、愛してくれる人は居るから!
この世を信じて、一日一日、生きていこう。
世の中の理不尽が少しずつでも減って、今が生きにくい人の辛さが軽減されていきますように。

今日も長々最後までお付き合いありがとうございました。

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ーーーーーーーーーーーーーーー
追記(6/17)

こんな長い記事に追記だなんて・・・すみません。
ナカリは今、本当によく頑張っていて、
彼女のアート作品についても記事にしたいなと思いながら、
森口さんの本の読後に抱いた感情が、
なかなか整理しきれず、自身や子どもたちの今後に思いをめぐらせて、
立ったり座ったりで、なかなか次の一歩が踏み出せない、そんな数日間でした。

こういう時には、「気分転換」が大事。
気持ちを切り替えて、笑ってみる、笑顔になってみる、ということがとてもありがたい、
ということも、コメントのやり取りで再認識しています。

独り言のような記事にも、しっかり目を通してくださる方がいて、
誰かはわからなくても、応援ボタンを押してくださる方がいるので、
ブログ村の「自閉症スペクトラム」ジャンルでよく読んでいただけているということが伝わり、
今日はなんだか胸いっぱいになって、思わず追記してしまいました。

森口さんが、若いころから、何度も何度もあちらこちらに投稿という手段で、
思いを伝えようと挑戦し続けてこられたこと、
その気持ちが報われた時もあり、また、裏切られた時もあり、
後者の方が圧倒的に多くて、心も体も疲れ切ってしまいながらも、
生きて生きて声を上げ続けてきてくださっていること、に
何等か、応えなければならない気持ちがして、
ほんの少しでも、その思いを引き継げるなら、
これからも、自分もめげないで発信していこう、と、
しみじみ思っています。

タイトルにした森口さんの著書名(サブタイトル含む)で検索したら、
「無事にね!」が最初のページの中にあって、ビックリしました。

どんな形であれ、誰かが、それこそ命懸けで訴えようとした思い、
というのは、きっと誰かがまた引き継いでいく、思いは繋がっていく、
…おこがましくも、そんな希望まで感じられて、
迷いながらも記事にできたことを、よかった、と、振り返ることができました。

読んでくださった方々への心からの感謝を込めて。
これからもどうぞよろしくお願いします。




読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 17:11:52 | トラックバック(0) | コメント(20)
実家の片づけと、アキちゃんの様子
こんにちは、または、こんばんは。
見つけて、心にとめて来てくださってありがとうございます。

実家については、売却の話が具体的に進行中なので、
今まで帰省の度にぼちぼちと断捨離していたのが、
片付け期間のリミットが設定されたことにより、
本格的に「捨てる」「残す」を決断しないといけなくなり、
今回は思い切って、かなりの量の書籍を廃棄しました。

その作業の途中で見つけ出すことが出来た 「博士の愛した数式」
息子が10代中頃、適応指導教室の先生から映画のチラシをもらった作品です。
結局見る機会はなかったけれど、
息子の「数学愛」の思いに寄り添っていただいたことが嬉しくて、
原作を読んで感動し、マンガ化されたものと併せて実家に持って行って、
母にも一緒に読んでもらいました。

少し前にリンク先の吉報配達ブログで取り上げられているのを読んで、
ナカリにも読んでもらいたくなって、今回の帰省で探して持ち帰りました。
(ナカリとは、マンガ化された方を、一緒に声に出して読みました)

ナカリは自閉症に加えて、ADHDとLDも抱えています。
数の理解や操作はとても苦手で、算数も数学も一番苦労しました。
なので、兄が数学大好きな様子を見て、
自分は苦手だからと遠慮している部分もありましたが、
「この本、おばあちゃんも読んだんだよ、一緒に読もうか」と誘ったら乗ってくれて、
私も、ナカリも、
「記憶」に問題を抱える博士が、「数字」「数学」を頼りに一生懸命生きている姿、や
たくさんの人や突然の出来事が苦手で、静かで平穏な状態が安心できることに共感し、
優しく思いやりに満ちた言葉や行動の数々・・・に、じんわり胸を温められ、
読み終わって「いい本だったね~」と、ほんわかした気持ちになれました。
(「数式」というだけでナカリは拒否反応か、と、おそるおそるだったので)
おばあちゃんにも、心で報告。
「愛」の対象は、人や生き物だけに限らない。
自閉症の人で、数がとても好き、という人だっているんだよ。
兄の数学好きも、「愛」と言えるレベルみたいだよ。
などなど、穏やかに話せました。

母がちゃんと残しておいてくれた本を持ち帰れて良かったです。

今回は、ずっと壁に貼ってあった、小学校時代のナカリの作品も持ち帰りました。
大根の絵。
うまく描けたねーと、祖父母がとてもほめてくれたので、
ナカリから祖父母にプレゼントしたものです。
大根の絵 

実家には、他にもナカリや息子の作品がたくさん貼ってありますが、
全部剥がしてしまうと寂しいだろうと、最後まで残しておくことにしています。


今回も帰りの飛行機のWi-Fiで素敵な一曲に出会えたのでご紹介。
The Bones / Maren Morris(マレン・モリス)

ボーンズ、というと、昔記事にした海外ドラマを思い出してしまいます。
この曲では、屋台骨?芯、みたいな意味でつかわれていますね。
なんだかとても励まされました。


で、こちらは、手術前のアキちゃんの様子です。
面白い格好で座ってる!と、ナカリがスマホで撮ったもの。
アキちゃん254 
アキちゃん255 
すっかり、お兄さんウサギ、という感じです。

そのアキちゃんが、手術の後、ほとんど動かずに丸まっていた様子。
これもナカリがスマホで撮りました。
アキちゃん256 
痛かったね、辛かったね、ビックリしたよね。
ご飯を全然食べようとしないので、本当に心配しました。
今はいつものアキちゃんに戻って、ご飯が出てくると「ちょうだいちょうだい」と反応してくれます。
この、日常、がありがたいです。

今日は昼間暑くて冷房を入れましたが、それでもバテ気味のアキちゃん。
保冷剤を外にくっつけたら、体を寄せて寝ころんでいました。
アキちゃん257 
もふもふだもの、暑いよね~
これからの季節、体調管理に気をつけてあげなくては!



長々報告になりました。
最後までおつきあい、ありがとうございました。
いよいよ梅雨間近、マスクが苦しくなってきましたが、皆さんもご無事でありますように。

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子どもの日常 | 17:15:50 | トラックバック(0) | コメント(20)
ウサギのアキちゃんの手術(追記あり)
こんばんは、または、こんにちは。
来てくださってありがとうございます。

昨日まで一泊帰省して、無人の実家の片付けをしてきました。
戻ってすぐに今日は一日、アキちゃんの手術絡みでバタバタ。

それにしても動物病院がこんなに混んでるとは‼️
お迎えに行って順番待ちで1時間半立ちっぱなし、
いろんなワンちゃんネコちゃんや飼い主さんたちを見ました。
家族のように大切にされている動物たちは幸せだなあと。
動物の命もみな平等なはずだけど、悲しい運命の生き物もいるんですね。

今朝早くに外遊びした時は、跳ね回って元気いっぱいだったアキちゃんが、
今は手術を終えて、ケージでじっとうずくまっています。
点滴しているから、ご飯は半分で、と言われてフード入れに半分用意したけど、
ひと口かじって、あとは丸まって食べません。
牧草もほんのひと口だけ。
心配なので、今夜は寄り添って寝ようと思います。
ナカリも心配しています。

生き物を飼うということは、こういう経験をする、ということなんですね。
スマホからの報告だけで、今日は失礼します。

何とか無事に回復しますように!

追記
今日6月5日も動物病院に連れて行って、
エコーをとってもらいました。
少しお腹にガスが溜まっているけれど、
そのうち出るでしょう、と。

初めてシリンジでご飯をもらって、
また点滴と注射をしてもらってから帰宅しました。
獣医さんの手が引っ掻き傷だらけで、大変なお仕事だなあ、と頭が下がりました。

何でも好きなものを食べさせてみて、
とお聞きしたので、ペレットに、小さくちぎったフルーツミックスを混ぜたら、食べてくれて一安心。
あとは無事に排泄リズムが戻ればいいなあ。

コテンと横になって寝るのも久しぶりの姿で、
毛を剃って剥き出しのお腹に縫い傷が見えると痛々しいけれど、
時間薬で良くなっていきそうです。

応援メッセージありがとうございました。
私もさすがに疲れてギブ状態なので、また後ほど、ゆっくりお返事させていただきますね。

またまたスマホから追記だけで失礼します。





未分類 | 21:26:22 | トラックバック(0) | コメント(12)