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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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想像力、と、共感・感情移入すること、の関係(覚書)
こんばんは、または、こんにちは。
見つけて、心にとめて来てくださってありがとうございます。

先の記事に対して、感想を伝えてくださった方たちに、心から感謝です。
新しい発見や、振り返ってなるほどと思うことや、いろいろ考えさせられました。
なので、
連続になりますが、ナカリと一緒に、そうしたあれこれを話しながら気がついたこと、
を記録しておきます。


先の記事で紹介させていただいた、リンク先のあゆみさんも、記事を更新されました。
→ 発達障害の想像力

当事者の立場からの、この記事の「発信」に、私も深く考えさせられ、
ナカリに噛み砕いて伝えてみました。

>「相手の気持ちになって考える」と、
>「自分がその立場だったらと考える」のは、
>かなり違うことだと思う。


この内容に、ナカリの目が輝いて、「うん、それ、分かる!」 と。

昨年秋に入院、全身麻酔での手術を経験したこと、
その前に、目まいで通院のため屋外で車いすを利用したこと、
どちらも、自分が経験して初めて、
同じ経験をしている友達の気持ちが分かった気がした・・・
けれど、それはあくまでも、「そういう経験をしたら自分がどう思うか」
ということが分かった
、という意味であって、
友だちが日々、今も継続的に同じ経験の渦中にある気持ちは、
「その子じゃないから、自分には(人の気持ちは)分からない」と思う
と言い切るのです。

「共感」という言葉が出てきたところで、
同時に、「感情移入」という言葉も私の頭に浮かんできました。

ナカリは、外の世界のアニメやマンガやゲームや音楽・・・に対して、
「自分自身がその世界に没入して(自分と主人公を同期させて)楽しむことが出来ない」
か、
「すべてが自分に対して”自律的に”働きかけられているように受け止めて苦しくなる」
か、
その両極で揺れ動く気持ち、に翻弄されているように感じます。


実は
「共感」と「感情移入」という言葉を並行して思いついたのは、
時々訪問してくださる「らいかの日記」さんの最新記事で、
こんな文章を目にしたからでもあります。

>マンガを読む時に「感情移入」と「共感」の二種類の読み方があります。
感情移入は読者が主人公に成りきって読むスタイルで、
共感は読者が客観的に理解できるスタイルです。
>オトナは自分が主人公に同期しにくいので、大体が共感を求めてマンガを読んでいます。


ここを読んで、「ほぉ!」と思いました。

ナカリは、
聴こえてくる音楽の歌詞、や、ゲームキャラが画面の向こうから言い放つセリフ、が、
「自分(だけ)に対して」言われているように感じて苦しくなる、のに、
一方では、
癒し系声優さんの乙女系CDのセリフが、自分に言われているとウットリすることができない、
いわゆる「ハーレム物」のマンガやドラマは、主人公が「じゃま」で腹立たしいので見たくない、
主人公に感情移入して楽しめる人の気持ちが分からない、
と言います。

一見、逆の心理のようですが、
ナカリのお悩みは、この両方の心理状態から起こっていることが多い・・・のです。

何でかなあ・・・

で、自分なりに考えてみたのですが、
その共通点は「自分目線」ということではないだろうか、と。

振り返ると、
ナカリは、いろいろな評価・判断の基準が「自分目線」になっているな、と
ずいぶん小さい頃から感じていました。
(→ 先の記事のコメント返信で書いた過去記事「世界の見方の違い」

「客観的」な視点から見て、まず他者と自分を区別し、
その上で、「他者の感情」を推し量って自分自身もそこに「共感する」
という作業が苦手なようです。
同時に、
自分自身を「他者」に同期させて(作品の中に入り込んで)、「感情移入する」
というのも、実はとても苦手そうです。

「自他の境界が曖昧」という課題を抱えているにもかかわらず、
「自分の世界」「自分の感じ方」というのをしっかり持っていて(自覚していて)、
客観的な視点から見た、自己と他者の間にある関係性が実感できないので、
「自分以外の他の人はみんな同じに見える、違いが分からない」 と言い、
簡単に、
「みんな」とか「いっつも」とか、絶対的な尺度で決めつけてしまいがち、
なところがあります。

この点、
前の記事へのコメントでponchさんが「スロースターター」と表現してくださったことに、
ナカリ自身も強く同意していました。
パッと判断すると間違うことでも、じっくり考えたり話を聞いたりしたら「そうか」と理解できる、
「とっさの判断」が苦手で間違いやすいために、
誤解されやすい、真意が伝わりにくい・・・

ああ、これは「生きにくいだろう」なあ と、想像がつきます。

豊かな想像力を持っているにもかかわらず、
「忖度」や「推量」「配慮」という、他者目線が必要な作業は、「オート」では発動しにくい
でも、それはつまり、
きわめてピュアで、自分に正直で、まっすぐな感情表現ができる、
「個」として自立した特性でもあるなんだな、
と、なんだかいたく感心してしまっています。

この特性を、強みや良さとして上手くいかせるか、
逆に、傷つき体験として自己否定の材料に刷り込ませてしまうか、
そこでは、
むしろ、周囲の対応、の方が問われる問題のようにも思います。
(特に、年齢が低いほど)



長くなってしまいました。
この記事を書いたら、ナカリに内容をきちんと説明する約束なので、
ちょっとまとまらないままになりますが、
いったん終えますね。

(後日また続きを書くかもしれません。)

最後までお付き合いいただいたお礼に
今日の散歩写真「木のトンネル!」を貼っておきます。

2019年7月散歩 

2019年7月散歩2 
トトロが居るかな??


読んでくださって、ありがとうございました。

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子どもの日常 | 22:40:45 | トラックバック(0) | コメント(2)