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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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いのちの不思議 自分とは異なる存在である「子ども」
こんばんは、または、こんにちは。
今日も来てくださって、ありがとうございます。

先の記事が、自分でも大変恥ずかしく、
かといって、消してしまうこともできず、
いろいろと反省材料を残すことにも意味がある、と、
自分で自分を納得させて、次に進みます。


ウサギのアキちゃんのペットホテル初体験、が迫ってきました。
どうか、無事に環境変化に対応できますように。
きちんとご飯を食べてお水も飲めて、ウンチも出て、無事に過ごせますように。

ナカリは今、落ち着いてくれています。
私も、お薬を倍増処方してもらって、今のところ落ち着いています。


そんな中なので、もう一人の子ども、息子の呟きに応えてみます。

大学時代の恩師?である、竹山先生が翻訳された新刊の紹介。

プリーモ・レーヴィ全詩集 岩波書店

私の大きな原点は、アウシュヴィッツ・アンネの日記、なのですが、
息子がそこに繋がる学びをいろいろと伝えてくれたことに、
心から驚き、また、感謝した50代でした。
(ちなみに、プリーモ・レーヴィは私自身、息子に教えてもらうまで知りませんでした。
今日7月31日は、レーヴィ生誕100周年だそうです。 ↓
100 anni dalla nascita di Primo Levi )

今回は、「詩集」ということ、さらに、「広島の少女のことを想い」という解説に、
それだけで胸いっぱいになって、
8月6日を迎える前にドキドキが止まりません。
ぜひ、手に取って読んでみたいです。


ところで、
月曜日に、お薬の追加をお願いしに行った精神科で、
ドクターが、「自閉症と想像力」について、参考になるお話をしてくださいました。
ナカリの目に、私は「鏡」のように映っているようなので、
オウム返しのように、彼女の思いを映し返すか、沈黙するか、
・・・でないと、
全ての反応が「反論」のように受け止められて、自分が否定された気持ちになってしまう、と。
難しいですねえ~と、一緒に悩んでくださるドクター。
これからは、「沈黙」や「スルー」というスキルを、今まで以上に身につける必要がありそうです。
どうか、ナカリと、うまく、向き合っていけますように。
アキちゃん、助けてね。

少し前にナカリと一緒に行けた本屋さんで、
ウサギさんの絵本、ということで手に取って、
読んでみてナカリが気に入ったので購入した「どうぞのいす」
読み聞かせ動画があったので、こちらも貼っておきます。


親も子も、心が荒れませんように。穏やかでいられますように。
親とは全く別の存在である「子ども」から、これからも学び続けられますように。

互いの無事を祈る気持ちとともに、
「今朝、おばあちゃんの夢を見たよ」と言ってくれたナカリに感謝しつつ。

今日もありがとうございました。

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子どもの日常 | 20:40:16 | トラックバック(0) | コメント(8)
人の生き死に…  無事で居て!という祈り
こんばんは、または、こんにちは。
毎回のご挨拶になりますが、
見つけて、心にとめて来ていただいたこと、心からありがとうございます。


実はこの週末、早朝からナカリと大もめになり、
親子とも頓服服用後、ナカリが再度寝てから、
何もかも投げ出したくなり、発作的に「いのちの電話」系を検索して、
いくつも話し中、の電話に半分諦めながら、
やっと繋がった土日専用フリーダイヤル「・・防止センター」で、
泣き崩れながら、話を聞いてもらいました。
その時点でも、まだ理性が働いていたので、
電話を切った後、少し心を落ち着けて、
夫へのラインが繋がらないという不安も含めて友人にラインしたら、
そのあとまもなく、雨の中を数人が家まで駆けつけて来てくれ、
玄関先で抱き合って泣きながら話を聞いてもらう形になりました。

周りの人を巻き込んでの大騒ぎになって、
もう本当に情けないというか申し訳ない限りでしたが、
みんなが「無事で居て!」と祈ってくれていたことがひしひしと伝わって、
どんなに苦しくても、自分から命を投げ出すことだけは踏みとどまらねば、
と、改めて強く心に刻んだ一日になりました。


思い返せば、リアルやブログの関わりで、
その人の「その後」が気になって仕方ない、という人たちがいます。
「もういいよ、よく頑張った、さよなら」とだけ書き残して閉鎖されてしまったブログ。
確かめようもないのですが、どうか無事で居て、と、私も祈る気持ちです。


人の心の病気は、本当に深刻で、
時に、いのちのギリギリラインを、わずかな光を頼りに歩いていくようなものなんだなあ、
と、そういう「光」を大事にしたいという気持ちも重ねて、考えさせられました。

少し前に、夏が来たなあと感じながら眺めた青空と入道雲
2019年7月入道雲 

いつもながらのアキちゃんの無防備な寝姿 (それでも、目を開けたまま寝てます)
アキちゃん153 

今日の夕方、遠くの都会の空に浮かぶ雲に夕陽が写る様子
2019年7月夕焼け 

さらに、西の空の茜雲
2019年7月夕焼け2 

ああ、生きていて良かった。
心配かけてごめんなさい。

ダイアナロスの「マホガニー」を聴いて元気を出そうと思ったら、
母が存命の頃の過去記事でも一度貼りつけたことがあって、
その時にいただいたコメントを読んで、再度涙してしまいました。
過去記事「寂しい気持ちはどこから」


和訳のついた「マホガニーのテーマ」を貼って終わります。


今日もありがとうございました。
がんばりすぎないようにしながら、がんばります。

追伸) ナカリが初めてスマホから自分のブログを更新しました。
     読んで、ちょっとびっくり&子どもに心配かけて反省・・・。
     ごめんね。一日一日を大事に生きなくちゃね。


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未分類 | 23:55:11 | トラックバック(0) | コメント(4)
私自身の想像力の源のひとつ~萩尾望都の世界
夜中に更新したのですが、朝方に猛烈に後悔して、
というか、恥ずかしくなって、
慌てて引っ込めた記事です。
迷いましたが、自分なりに一生懸命書いたので、
やっぱり、えいやっ!と公開することにしました。
いろいろと迷いながらなので、
また引っ込めたらすみません。
_____________


こんばんは、または、こんにちは。
たくさんたくさんあるブログの中から、見つけて、心にとめて、
今日も来てくださってありがとうございます。

ナカリとの日々を記録しておこう、という気持ちと同時に、
自分自身の遺言にしよう、と思って始めたこのブログも、
5年目になります。

ナカリの「モンダイ」な想像力に関する連続記事のあとで、
今日は、自分自身を振り返りたいと思いました。

最初に、リンク先のmikotoさんのお母様が天に帰られたことを悼んで、
息子が好きな エストニアの現代作曲家アルヴォ・ペルトのDa Pacemを貼っておきます。
私自身も自分の両親を悼む気持ちでBGMにしながら、です(1時間以上あります、すみません)

今日はこの曲を聴きながら、mikoto さんのお気持ちに思いを馳せていました。


ナカリの想像力(共感力)についての記事に、
当事者の方から、拍手コメントをいただき、感謝です。

記事を書いた後、ナカリに説明する、という約束を果たして、
ナカリも、なるほどと納得してくれました。

で、今日は、
相談支援機関のグループワーク(今のところ、相談員さんとナカリだけ)に参加するため、
公共交通機関=バス、に乗っていきました。
「いい感じだなあ」と思って、次の出勤にナカリを連れてバス電車の利用ができるかな?
と、提案したところ、
「バスの中で後ろの人が席を何度も蹴ってきた、少し前の外食の際にも舌打ちが聞こえた」
という言葉が返ってきて、
一気に気持ちがしぼんでしまった私です(まだまだ修行不足)。

自分の思うような展開でなかったから、と、しぼむなんて、大人気ない・・・けれど、
ナカリが抱える「対人不安」「不信」の根深さに、思わず膝が折れた状態です。


ふりかえって、自分自身の子ども時代、救いはマンガでした。
過去記事で何度か書いた「萩尾望都」先生。
コメディーも含めて、ほぼ著作を読み尽くして、
大きな影響を受けた、わたしにとったら「かみさま」みたいな人です。
(近い感じで手塚治虫先生も、ですが、こちらはまた別格)

少し前に特集記事が載っている雑誌を購入しました。
芸術新潮 

思春期の自分のバイブルだった「トーマの心臓」のラフスケッチ
芸術新潮2 

私は、天真爛漫なエーリクより、ユーリとオスカーに惹かれるタイプでした。
(「ポーの一族」:でいうなら、アランではなくエドガーに惹かれます)
あまり思い出したくない自分の過去の中で、
現実の人間や社会に対して悲観的な受け止め方、不信感、が根っこにあって、
希望はフィクション(マンガ)の世界だったので、
14歳の頃、このまま時が止まればいいのに、と真剣に願ったのを忘れられません。

その10代の頃に描いた鉛筆画が出てきました。
10代の下絵 
何かを見て描いたのか、自分で想像して描いたのか、
今となっては不明ですが、これを見て、思わず色を塗りたくなり、
40年近くを経て、色塗りをしてみました。
10代下絵の着色 

ナカリが絵を描いている間、自分の世界に没頭するみたいに、
久しぶりに、いろんなことを忘れて絵を楽しむことが出来ました。

自分にとっての、もう一人の「かみさま」である、「竹宮恵子」先生の影響がかなり出ています。
こんな風に、絵を描いていると時間を忘れて過ごしていたなあ、
それは「現実逃避」という感じでもあったし、
まさに作品世界の中に「没入」して、想像の翼を限りなく広げて、
「現実」ではない「別世界」を夢見続けていた気がします。

もうすぐ還暦、という年になって、今さらではありますが、
夢を追い続けることが、どんなに日常を救うか、を再認識中です。


私自身は「定型発達脳」だと自覚していますが、
ファンタジー系への親和度は高い方だと思うので、
それを足掛かりに、この先もナカリとの距離を縮めていきたいと思います。

続きのような続きでないような記事に、お付き合いありがとうございました。


アウレリウスの「自省録」を翻訳された
神谷恵美子氏の新装版;「ケアへのまなざし」を、今日読み始めたのですが、
第一部からいきなりガツン、でした。

>サン・テグジュペリは・・・(中略)人間は何かのしごとに打ち込んで、
>自分のすべてをそれに捧げることによって、自分の生命をそれと交換するのだという。
>(中略)ともかく我を忘れて努力をつみかさねるうちに、
>そこにその人間よりも永続的な価値のあるものが生まれ、
>その人間はやがて年老いて死ぬが、死ぬとき、
>「その両手は星で一杯なのだ」という詩的な言葉が記されている。

人は死ぬ。
必ず、いつかは土に還る。
でも、ひたすらに生きることで、あとに何がしかは遺すことが出来る。
それって、大きな希望だ、と感じました。

リンク先の「かたすみで」で、「人が死ぬ恐怖」、ということを記事にしておられたので、
ともに涙しそうになる自分を抑えながら、希望に向かって生きたい、と願います。

ナカリとの話の続きはまた別の機会に・・・

今日も最後までありがとうございました。

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未分類 | 00:56:27 | トラックバック(0) | コメント(13)
想像力、と、共感・感情移入すること、の関係(覚書)
こんばんは、または、こんにちは。
見つけて、心にとめて来てくださってありがとうございます。

先の記事に対して、感想を伝えてくださった方たちに、心から感謝です。
新しい発見や、振り返ってなるほどと思うことや、いろいろ考えさせられました。
なので、
連続になりますが、ナカリと一緒に、そうしたあれこれを話しながら気がついたこと、
を記録しておきます。


先の記事で紹介させていただいた、リンク先のあゆみさんも、記事を更新されました。
→ 発達障害の想像力

当事者の立場からの、この記事の「発信」に、私も深く考えさせられ、
ナカリに噛み砕いて伝えてみました。

>「相手の気持ちになって考える」と、
>「自分がその立場だったらと考える」のは、
>かなり違うことだと思う。


この内容に、ナカリの目が輝いて、「うん、それ、分かる!」 と。

昨年秋に入院、全身麻酔での手術を経験したこと、
その前に、目まいで通院のため屋外で車いすを利用したこと、
どちらも、自分が経験して初めて、
同じ経験をしている友達の気持ちが分かった気がした・・・
けれど、それはあくまでも、「そういう経験をしたら自分がどう思うか」
ということが分かった
、という意味であって、
友だちが日々、今も継続的に同じ経験の渦中にある気持ちは、
「その子じゃないから、自分には(人の気持ちは)分からない」と思う
と言い切るのです。

「共感」という言葉が出てきたところで、
同時に、「感情移入」という言葉も私の頭に浮かんできました。

ナカリは、外の世界のアニメやマンガやゲームや音楽・・・に対して、
「自分自身がその世界に没入して(自分と主人公を同期させて)楽しむことが出来ない」
か、
「すべてが自分に対して”自律的に”働きかけられているように受け止めて苦しくなる」
か、
その両極で揺れ動く気持ち、に翻弄されているように感じます。


実は
「共感」と「感情移入」という言葉を並行して思いついたのは、
時々訪問してくださる「らいかの日記」さんの最新記事で、
こんな文章を目にしたからでもあります。

>マンガを読む時に「感情移入」と「共感」の二種類の読み方があります。
感情移入は読者が主人公に成りきって読むスタイルで、
共感は読者が客観的に理解できるスタイルです。
>オトナは自分が主人公に同期しにくいので、大体が共感を求めてマンガを読んでいます。


ここを読んで、「ほぉ!」と思いました。

ナカリは、
聴こえてくる音楽の歌詞、や、ゲームキャラが画面の向こうから言い放つセリフ、が、
「自分(だけ)に対して」言われているように感じて苦しくなる、のに、
一方では、
癒し系声優さんの乙女系CDのセリフが、自分に言われているとウットリすることができない、
いわゆる「ハーレム物」のマンガやドラマは、主人公が「じゃま」で腹立たしいので見たくない、
主人公に感情移入して楽しめる人の気持ちが分からない、
と言います。

一見、逆の心理のようですが、
ナカリのお悩みは、この両方の心理状態から起こっていることが多い・・・のです。

何でかなあ・・・

で、自分なりに考えてみたのですが、
その共通点は「自分目線」ということではないだろうか、と。

振り返ると、
ナカリは、いろいろな評価・判断の基準が「自分目線」になっているな、と
ずいぶん小さい頃から感じていました。
(→ 先の記事のコメント返信で書いた過去記事「世界の見方の違い」

「客観的」な視点から見て、まず他者と自分を区別し、
その上で、「他者の感情」を推し量って自分自身もそこに「共感する」
という作業が苦手なようです。
同時に、
自分自身を「他者」に同期させて(作品の中に入り込んで)、「感情移入する」
というのも、実はとても苦手そうです。

「自他の境界が曖昧」という課題を抱えているにもかかわらず、
「自分の世界」「自分の感じ方」というのをしっかり持っていて(自覚していて)、
客観的な視点から見た、自己と他者の間にある関係性が実感できないので、
「自分以外の他の人はみんな同じに見える、違いが分からない」 と言い、
簡単に、
「みんな」とか「いっつも」とか、絶対的な尺度で決めつけてしまいがち、
なところがあります。

この点、
前の記事へのコメントでponchさんが「スロースターター」と表現してくださったことに、
ナカリ自身も強く同意していました。
パッと判断すると間違うことでも、じっくり考えたり話を聞いたりしたら「そうか」と理解できる、
「とっさの判断」が苦手で間違いやすいために、
誤解されやすい、真意が伝わりにくい・・・

ああ、これは「生きにくいだろう」なあ と、想像がつきます。

豊かな想像力を持っているにもかかわらず、
「忖度」や「推量」「配慮」という、他者目線が必要な作業は、「オート」では発動しにくい
でも、それはつまり、
きわめてピュアで、自分に正直で、まっすぐな感情表現ができる、
「個」として自立した特性でもあるなんだな、
と、なんだかいたく感心してしまっています。

この特性を、強みや良さとして上手くいかせるか、
逆に、傷つき体験として自己否定の材料に刷り込ませてしまうか、
そこでは、
むしろ、周囲の対応、の方が問われる問題のようにも思います。
(特に、年齢が低いほど)



長くなってしまいました。
この記事を書いたら、ナカリに内容をきちんと説明する約束なので、
ちょっとまとまらないままになりますが、
いったん終えますね。

(後日また続きを書くかもしれません。)

最後までお付き合いいただいたお礼に
今日の散歩写真「木のトンネル!」を貼っておきます。

2019年7月散歩 

2019年7月散歩2 
トトロが居るかな??


読んでくださって、ありがとうございました。

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子どもの日常 | 22:40:45 | トラックバック(0) | コメント(2)
自閉っ子の「想像力」のモンダイ
こんにちは、または、こんばんは。
見つけて、心にとめて来てくださってありがとうございます。

花風社の自閉っ子シリーズに、
ニキ・リンコさんの「自閉っ子におけるモンダイな想像力」という本がありますが、
ナカリの「想像力」に関して、改めて、う~~ん、となった出来事があったので記録しておきます。

今日が千秋楽の大相撲夏場所。
普段は全く電源を入れないテレビが、この数日は大相撲中継のためについています。
で、数日前の夕方、テレビの前に座っていた私が、おもわずあくびをして
「あくびって、うつるねえ~」と言った時、
ナカリは「どっちが?」とすぐに質問してきました。
!???

その時はもちろん、
テレビで見た観客席の男性があくびをしていたので、
それが私にうつった、という状況だったわけですが、
横に居たナカリは、
テレビの人のあくびが母にうつったのか、その逆か、
ということを尋ねたのでした。

えーと・・・

こちらはテレビの人を見てるから、あくびしてる様子が分かるけど、
テレビに映っている人にはこちら側の様子は見えないから、
逆はありえないでしょ?


と説明して、ナカリの様子をうかがうと、

しばし考えてから、そうか~、と納得してくれました。
・・・が、
そう、この発想! ありえないようなことも想像してしまう・・・
これが「モンダイな想像力」だ、と、本を思い出した次第です。

上述の本より
>「想像力の障害」というのは、「想像力の欠如」「想像力の貧困」とイコールではない。
(中略)
>・・・想像のせいで生活に支障が出るなら、「想像力が障害になっている」
> 1 想像が足りない
> 2 想像がまちがっている
> 3 想像が過剰
>どれも、障害(ハードル)になる。
>「障害」という響きがいやなら、「想像力のモンダイ」と言いかえてもいい。
>「想像力のモンダイ」の方が、「なんにも想像できない」意味に限定されにくいしね。


ナカリは、
ディズニーやピクサーのアニメを見て、
おもちゃが動く、ゲームキャラがテレビの「向こう」で生きている、と真面目に信じる人です。
生物と無生物の境界が曖昧で、
ゲームキャラや、心の中のキャラクターが、勝手に動き出してしまって困る、
ということも、たびたび起こってきます。
これ、まさに「想像が過剰」な状態ではないか、と。

ナカリが困ったり混乱したりする度に、
「脳みそがないモノは、勝手には動かない、考えない」という説明を繰り返しながら、
過剰な不安を取りのぞこう、と、根気強く話をする必要に迫られます。


その一方で、
先の記事のコメント返信に書かせていただいたような、
「想像が足りない」場面にも多々出くわします。

現実の事件や事故のニュースに接した時、
被害者やその家族の気持ちを想像するチカラが働かず、
加害者の心境に、自分の感情との共通点を見いだしてしまう場合もあり、
そういう時には、一般的な感覚から外れた
(あまり好きでない表現ですが「空気読めない」)感情表現をしてしまうナカリ。
そしてそれに対してこちらが冷静に対応できず悶絶する・・・
というパターンも多々あるのです。
 (この件に関して、リンク先のあゆみさんの記事に深く共感したところです。
→ 京都市長と私の似た発言 )

「あくび」の一件で、
ナカリ自身にも、自分の想像力が抱える「モンダイ」に気づいてもらって、
一緒に考えたいな、と、
改めて思ったのでした。
「良い悪い」「正しいか間違っているか」ではなく、
できるだけナカリ本人が「困らない」ように、誤解を生まないように、
忍耐強く関わっていかなければ。


煮詰まりそうなときには、アキちゃんに癒されながらがんばろう。
アキちゃん148 
撫でて~~と頭を伏せて、じっと待っている健気なアキちゃん。

外遊びの際に、抱っこでつかまえようとする私を避け、
ナカリの後ろに隠れて、こちらの様子をうかがっているアキちゃん。
アキちゃん149 

アキちゃん150 
かくれんぼしてるみたい。

ぬいぐるみのお嫁さんを、いっぱい舐めて遊んでいるアキちゃん。
アキちゃん151 jpg

アキちゃん152 

ほのぼのした気持ちを忘れないで(感情的にならないで)、
これからもナカリと向き合っていけますように。


今日も最後までありがとうございました。

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子どもの日常 | 16:10:39 | トラックバック(0) | コメント(4)
7月のアートセラピー 2回目
こんにちは、または、こんばんは。
見つけて、心にとめて来てくださってありがとうございます。

先週のアートセラピーの作品を、とても気に入ってくださった方がおられたので、
「ブルー、動物」をテーマに、「連作」の形で、もうひとつ描いてみました。
2019年7月アートセラピー3の2 
前回よりも、少し深みのある青を基調に、
謎の生物?よりも、ウサギを多めに。
クッキリハッキリ力強く線を引いて、白い泡は型抜きを使って描きました。

並べて見ると、こんな感じです。
2019年7月アート連作 比較 
絵のイメージに沿って、ナカリがつけたタイトルは、
左(1作目)が「光る海」、右(2作目)が「海の雪」です。

ナカリに聞くと、「どっちもそれぞれ、いい感じ」と、満足そうでした。
同じモチーフでも、描く時の心の状態や、描き方、色の選び方、など、
1枚1枚違って表現されるんだなあ、と、「連作」の面白さを実感しました。

時間的に、もうひとつ描くのは無理そうだったので、
気分を変えて、
先生が仕入れて来て下さった中古雑誌を好きに切り抜いて、
久しぶりに「コラージュ」を作成。
2019年7月アートセラピー4 
実写やイラストの人物と、ネコさんたち。
過去のコラージュでよく登場した、「花」や「時計」といったモチーフ無しに、
「生きもの」ばかりが散りばめられていることが、興味深いなと思いました。


ウサギさんとの暮らしが、ナカリの作品にも変化をもたらしているような気もします。

外遊びの時、お嫁さんに挟まれて、じ~~っとしていたアキちゃん。
アキちゃん145 

食べる量やウンチの量が少ないと、ドキドキハラハラ。
水をごくごく飲んでくれていると、ホッとするし、喉が鳴る音が可愛らしくて、
美味しそうに目を細めている様子に、こちらの目も細くなります。
アキちゃん146 

額の模様はすっかり消えて、ちょっと凛々しい?感じのハンサムボーイになりました!
アキちゃん147 


最後に、ナカリが聴いていた「ラヴィン・ユー」
ウサギさんは声帯が無いから声を出せないそうなのですが、
人の喉からは、こんな高い声が出るんですね・・・




今日も最後までありがとうございました。


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ナカリの作品 | 19:02:27 | トラックバック(0) | コメント(13)
髪を切った私が「おばあちゃんに似てる」と言うナカリ
こんばんは、または、こんにちは。
見つけて、心にとめて来てくださってありがとうございます。

バタバタ状態で連休に突入しています。

期日前投票のために息子が帰宅したので、
今日は家族4人そろって投票所まで行ってきました。
無事に投票完了して、ホッとした様子のナカリ。
「気になってたことが一つ終わった」と。
おつかれさま。

ところで、数日前、白髪染めに行った際、
思い切って髪型をショートカットに変えました。
老眼がかなり進んできたので、
少し前から、母が生前使っていたメガネチェーンをつけているのですが、
髪を切ったら、それがとても目立つようになり、
ナカリが「お母さん、おばあちゃんに似てる~~!」と、複雑な表情。
おばあちゃんが懐かしくなって、悲しくなって、
さらに私がその「おばあちゃん」に似ているということに、
少し不安にもなったようです。
自分自身でも、鏡を見ると、年とった母にずいぶん似て来たなあ、と、
複雑な気持ちになりました。


そして、少し前の帰省の際、
大腿骨の手術後、リハビリを続けている叔母の病院=父を看取った病院、
に、叔父と一緒に見舞いに行ったのですが、
母の末の妹である叔母がベットに横たわっている様子が、あまりにも母に似ていて、
きょうだいって、こんなに似てるんだ・・・!と、
私自身も複雑な気持ちになったのを思い出しました。

その叔母の病室から見た市内電車の様子。
日赤8階から市内電車線路 
ずいぶん昔の帰省の報告記事で、
リンク先のunagiさんが注目してくださった電停が見えます(赤丸)
そこに停まっている電車が通り過ぎた踏切が二つ(黄丸)、
電車が行ったり来たりする度に踏切の音がするので、
「朝も晩も、うるさくて」と、叔母。

父の病室に泊まり込んでいた時にも、踏切の音が聞こえていたなあ。
父が逝ってからまだ5年経たない、もう4年も過ぎた…
感じ方はその時その時違うけれど、
時の流れは確実に前に進んでいる、と意識させられた出来事でした。


帰省中の息子が、楽譜を取り寄せて練習中の、
フランク「前奏曲、フーガと変奏曲」(オルガン曲をピアノ用に編曲したもの)


心が不安定になった時には、絵や音楽に癒されるよう、心がけます。
今日も最後までありがとうございました。

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子どもの日常 | 01:11:58 | トラックバック(0) | コメント(11)
7月のアートセラピー
こんにちは、または、こんばんは。
見つけて、心にとめて来てくださってありがとうございます。

今週は、
アートセラピーや相談支援機関のモニタリング&グループワーク、が続いて、
あっという間に1週間を折り返しました。

私の歯茎の方は随分軽快して助かっています!
アートの先生が、帰りがけに、
「ナカリちゃん、今日は随分積極的に頑張ってましたね。
色んな事(画材の準備など)を、今まではお母さんに任せていたのに、
こちらが言わなくても自分からスッと動いていたからビックリしました」
と、ほめてくださり、私も一緒に嬉しくなりました。

久しぶりにパステルで自由に描いた作品。
2019年7月アートセラピー 
わりと大きめの紙に、ぐんぐん描きました。
謎の生物?がたくさん居ますが、みんな、海?で楽しそう。

休憩をはさんで、2枚目は、半分の大きさに切って、同じくパステルで。
2019年7月アートセラピー2 
こちらは、結構厚めに塗り込んで描いたので、
透明感のある1枚目とはまたガラッと雰囲気が違うね~、と、先生。

うさぎのアキちゃん、サンちゃんなもちゃんに、
オリジナルキャラのオバケのポリー君と、最近注目のイケメンあかね君、です。

先生が帰られた後も、引き続き、画材屋さんのイラストコンテスト用に、
コピックを使って、小さなカードにかわいいイラストを描いたナカリです。
2019イラコン jpg

この日、アートの先生から、
「いろんなポーズを本や他の作品から取り込んで描く際にも、
ナカリちゃんは、自分のオリジナルキャラに変えて描いているから、
オリジナリティーがあって良いね~」
と、描き方についても誉めていただき、
とても嬉しそうでした。


このところ、モデルとして何度も登場するアキちゃん。
いつ見ても寝姿にはとろけます。
アキちゃん141 
それにしても大きくなったなあ~~

額の模様も、日に日に変わっていって、
アキちゃん142 
ハート模様が消えて、ダイヤ型が残ったと思っていたら、

今は、なんとなく十字架模様になりました。
アキちゃん143 

体の毛もどんどん生え変わって、何だかモフモフ?
後ろ姿を見ると、しっぽが意外に大きい!。
アキちゃん144 


日めくりっぷ、も、2巡目を描き続けていて、
夏仕様のいろんなイラストがどんどん増えているので、
またご紹介させてくださいね。

ほのぼのした気持ちになっていただける絵をお届け出来たら嬉しいです。

この穏やかな日々が続きますように。
今日もありがとうございました。

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ナカリの作品 | 12:46:39 | トラックバック(0) | コメント(8)
今(の自分)で良かった、と思える幸せ
こんばんは、または、こんにちは。
見つけて、心にとめて来てくださってありがとうございます。


今日は、私自身のトラブルで、かかりつけの歯科に行ってきました。

この数年、食いしばりがキツクて、
ナイトガード(マウスピース)が手放せないのですが、
さらにこの数日、奥歯の歯茎の周りが腫れている感触があり、
あまりに辛くて電話し、即日飛び込み予約の形で診てもらった次第です。

歯茎は確かに腫れているのに、レントゲンを撮っても特に問題なく、
精神的な要因もあるかもなあ~~と、
腕組みしながら一緒に思案してくださる先生に感謝。
少しだけ、尖った部分を削っていただき、あとは歯のお掃除をして、
ブラッシング指導を受けたのち、
とにかく口腔内の清潔を保つことを心がける(むやみに触らない)、
というアドバイスと新しい歯ブラシをいただいて帰宅しました。
「また、いつでも連絡ください」という笑顔の歯医者さん。
いつもすみません、そして、ありがとうございました。



・・・と、
とりあえず歯医者さんにも特定できないけれども緊急の症状でもない、
となると、
自分でもおそらくは「ストレス」が歯に来たんだろうな、
と想像がつきました。
数年前まではそれが目に出て、原因不明の「ぶどう膜炎」を繰り返したこと、
ある朝突然片目の視界が真っ白になって慌て、
かかりつけの眼科では処置できないからと、紹介状を持って大学病院に行ったこと、
など、あれこれ思い出します。
目の症状は、父が亡くなる直前まで何度も繰り返し出ましたが、
不思議なことに、母が亡くなる前後からは、
目が落ち着いた代わりに歯に症状が出るようになりました。


どちらも、専門医の先生に家庭の事情も理解していただいているので、
精神科プラスαの医療サポートを受けることが出来て、これも感謝です。


今回の症状のきっかけは、土曜夜のナカリとの一触即発事件。

私が会員になっている障がい者団体からのニュースレターで、
「グループホーム」についての記事があり、
そこに、ナカリと年齢が近い知人の写真やインタビュー記事を見つけて、
思わず紹介した私のミス?
こちらの思いとは全く違って、
ナカリが注目したのは
「つらいことは?」に対する答えが、全員「ない」だったこと
・・・でした。
ナカリはそこに強く反応して「着火」、メルトダウン寸前の状態になりました。

よくあるパターン「みんな・・・」「私ばっかり」「いっつも」の言葉が出始めたので、
親子とも頓服を飲みながら、
5月末のバトルのような失敗を重ねないよう、必死で自制しつつ、
言葉段階の応酬に止めながら何とかやり過ごすことが出来た・・・ものの、
ナカリが寝たあとも、私の中には種火がくすぶり続けるようなモヤモヤが残り、
いつも以上にキツク歯を食いしばり続けていたようです。
(アキちゃんのお嫁さん、の記事を書いたのも、
眠れなくてモヤモヤしながらの、この時間帯でした。)


本当に、怒りのスイッチが入ったナカリとのやり取りは大変で (ノД`)・゜・。
自分も一緒にメルトダウンして自傷、というパターンに陥りがちなところ、
今回は、それを繰り返さずに(歯の症状だけで)すんで本当に良かった・・・


今日、
いつもお世話になっているママ友と話す時間がとれて、
子どものいのちの不安を抱えながらの毎日の暮らし、や、
子どもの心が壊れていく過程に寄り添う親の思い、に、
自分の想像力をフル回転させることができ、
帰宅後、冷静な気持ちで、ナカリと話が出来ました。


「なんで嫌な人がいるの?」
「なんで私は人運が悪いの?」
と、マイナス思考に落ちていくナカリに、
人数の問題ではなく、
一人でも二人でも、100人リキ、1000人リキの人と出会えたことに感謝しよう、
と、一生懸命伝える言葉に、しっかり耳を傾けてくれたナカリ。
「今の自分」に至る過程全てを受け入れる=「タラレバ」思考から離れる、
ことが出来、
嫌な経験も含めて、過去のすべてのおかげで「今」がある、
他の自分ではなく、今の自分で良かった、
という発想が、ナカリ自身の中からも出て来たことに、
親子で涙した夜です。


実は、土曜のメルトダウン直前、
NHKのテキスト、100分で名著「マルクス・アウレリウス 自省録」を読んで、
勝手に感動して盛り上がっていた自分を、あとからまさに反省したのでした。

ナカリが理解できる形で、ナカリが納得できる形で、
一緒に「生きる意味、生きる幸せ」を追求していけたら、と、
願いながら、これからも、自身を問い続けたいと思いました。

上記テキストより
>・・・対人関係上の困難があるからこそ、
>その困難を克服した時、
>私たちはそこに幸福を見いだしていくということがある・・・

>アウレリウスは、過去も未来も善悪無記と考えます。
>過去を振り返って悔やんだり、未来を案じたりするのではなく、
>今できることをする。
>今を「どう生かすか」の答えを見つけていくところに、
>私たちが哲学を学ぶ理由があるのだと思います。


2000年の時空を超えて現在に受け継がれた人類の知恵を、
しっかり受け止めて日々を過ごしたい、という思いを新たにした一日でした。

今日も最後までありがとうございました。

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子どもの日常 | 00:18:11 | トラックバック(0) | コメント(4)
思春期ウサギのアキちゃんに、ぬいぐるみのお嫁さん
こんばんは、または、こんにちは。
見つけて、心にとめて、来てくださってありがとうございます。

日常の中に無理やりはめ込まれたような日帰り帰省から戻って来て、
まだ何となく夢のような感覚がありながら、です。

リンク先のまやさんから、「アキちゃんにお嫁さんをプレゼントしてみては?」
と、アドバイスいただいて、
ナカリが気にいっているウサギさん(ピンクのただえちゃん、白のいちえちゃん)を、
アキちゃんとお見合い?させてみました。
アキちゃん136 jpg

最初は戸惑っていたアキちゃんですが、
ピンクのただえちゃんに興味をひかれたようでした。
アキちゃん138 

寄り添ってみたり・・・
アキちゃん137 

なにか、自分に近いもの、という認識があったかな?
ちなみに、一緒に見せたシロクマのあきえちゃんにはあまり興味を示しませんでした。

外遊びの際には、いちえちゃんの方が気になったみたい。
アキちゃん139 

アキちゃん140 

ナカリは、心の恋人たちのマスコットやドールと一緒に過ごしているので、
アキちゃんが、ぬいぐるみたちに興味を示して寄り添っている姿が、
自分の気持ちにも重なるみたいで、アキちゃん、どう思っているのかなあ~~、
と、気になっている様子でした。

その後、何度もぬいぐるみたちを見せているうちに、
明らかに、白のいちえちゃんに接近してきたアキちゃん。
鼻でつついたり、あちこちなめてみたり、ひっくり返してみたり…。
自分から積極的にアプローチしてくるようになりました。
ハウスの中に入れてやると、一緒にくっついてじっとしています。
アキちゃん144 

アキちゃん145 

何だか見ていて微笑ましいというか、胸がキュンとなる感じ。
アキちゃん146 

寝ているアキちゃんに、「ねえねえ」と、2羽をくっつけていくと、じっとしています。
アキちゃん143 

先月は、外遊びの際にマーキングしまくっていたアキちゃんですが、
ここしばらくは、それも落ち着き、お嫁さん効果があったかなあ?と、様子を見ています。

メスウサギさんの場合は「想像妊娠」もあるんだとか。
ナカリも人ごと(ウサギごと?)ではなく、気持ち分かるなあ、と、
1羽ずつケージの中に居るウサギさん(たち)に、自分を重ねて真剣です。

思春期、の時期を上手くやり過ごすことが出来たら、
大人ウサギとして、このあとは、年を重ねていくだけ?なのかな。
人間だけ?が他の動物たちと違って、性欲と生殖欲を切り離して行動するようになっている・・・
みたいですが、「いのち」の繋がり方について、何だかいろいろ考えてしまう数週間でした。


この間、ナカリと一緒に婦人科にも行ってみたのですが、
その際、「臍帯血バンク」についてのポスターの中に「自閉症」:という言葉を見つけて、
思わず写真を撮ってきました。
臍帯血ポスター 

日本ではまだですが、海外では「移植実験」に使われているとの記載がありました。
自閉症の「治療」にむけた「実験」?・・・気になります。

婦人科では、サングラスとイヤホンで刺激を遮断していましたが、
たくさんの妊婦さん、や、生まれたてほやほやの赤ちゃん、小さな子ども連れのご夫婦、
が行きかう病院の中は、かなり、きつかったかと思います。

そんなこんなも含めて、
ナカリのこころは、日々、上がったり下がったり。
過去の嫌な記憶に苛まれることも、まだまだ多くて(突然のフラッシュバック)、
こちらが上手く対応できなくて、あわやメルトダウン寸前、ということもありながらですが、
アキちゃんの存在に支えられながら、引き続きがんばって行こうと思っています。

今日も最後までありがとうございました。

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子どもの日常 | 02:33:11 | トラックバック(0) | コメント(2)
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