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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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「ものたりない」気持ちとのつきあい方
こんにちは。
来てくださってありがとうございます。

台風が接近中ですが、今のところ、嵐の前の静けさ、です。
自然の力には勝てないので、可能な備えをして祈るだけしかないですね。

先週、
ナカリにとっては5カ月ぶり、私は3カ月ぶりのカウンセリングに行ってきました。
視線を合わせるのが苦手なナカリですが、
帰り際に玄関で少しだけ「先生と目が合った」ことを、
「緊張した、ドキドキした」と、
後から何度も話してくれました。
久しぶりに会った先生の優しい声や柔らかい雰囲気に、
思わずナカリの視線が先生に向かったのかと思うと嬉しかったです。

先生がいろいろお話してくださった中で、
私がとても心に残ったのは、
ナカリの「想像だけではものたりない」というつぶやきに、
「みんな、ものたりないのよ。だから、発見する喜びもある」
「いつかその気持ちがなくなるかもしれないけど、
ものたりない、と感じることはとてもいいことよ。」と、
さらりと答えてくださったことです。

そうよね、
今あるもの、現状に「感謝する」気持ちはとても大切だけれど、
何か満たされないなあ、足りないなあ、と思う気持ちが出てくることを
無理に否定することはないんだよね。
それが、前に進むエネルギーになることもあるし、
今ないモノを探し求める気持ちが、生きる気力になる気もするな。

昨日、ナカリと話していて、
もうすべて満足、ってなったら、達観?人生終わりの境地かも?
と、いのちの春夏秋冬、について考えてみました。
まだ若いナカリにとって、
心や体が喜ぶようなこと、を追い求める欲求は、とても自然で大事なことだなあ。
変に押さえつけて理想を語るんじゃなくて、
素直に認めて、一緒に悩んだりモヤモヤしたり苦しんだりしながら、
がんばって生きていけたらいいなあ。

晴れの日もあれば嵐の日もある!
その時その時巻き起こる感情や出来事を、
「・・・なのに」とか「・・・だから」とか、深く考え過ぎたり説明したりしないで、
「・・・(ただ、それだけ)」と、起こったこととして受け入れて、
まるまんま「それでいい」と認められたら、ずいぶん楽になる気がするね。

その時に「ニーバーの祈り」を思い出せたら勇気が出る!
「変えられないものと変えられるもの」を区別して対応しよう~~

ちょっとずつ、進んでる・・・かな?




先週のお散歩写真から。
紫の実 IMG_2108
紫のまるいつぶつぶがたくさん・・・
何の花か名前が分からないけれど、とてもかわいい。

紫の花 IMG_2109
これも名前が分からないけれど、
薄紫のレースのような花が、とても可憐。

ランタナ IMG_2120
ランタナ! オレンジ系のもあるけれど、これはピンクと黄色。
好きな花です、会えて嬉しい~



雲一つない真っ青な空も良かったけど、
あちこちにいろんな形の雲が流れている空もすてき。
青空と雲 IMG_2110

雲の高さや流れる方向も違って、
見ていると風を感じて不思議な気持ち。
青空と雲2 IMG_2115

太陽が差す方向は光っていて、
陰になる部分の灰色にもいろんな色があって神秘的。
青空と雲3 IMG_2116


ナカリが描く絵に癒される日々です。
カラオケの場面に、ぬいぐるみやマスコットたちがたくさん出てきて楽しいです。
カラオケイラスト IMG_2107
音楽は、日本語だと「歌詞」(愛や恋という言葉が多いこと!)が気になるので、
童謡や洋楽やジャズ系を聴いています。



今日で9月が終わりなので、ナカリの好きな「セプテンバー」



台風の被害が出ませんように・・・

今日もありがとうございました。

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ヘルプマーク 大阪メトロ IMG_1856








子どもの日常 | 11:13:04 | トラックバック(0) | コメント(16)
「お母さん、なんか怒ってる?」
こんにちは。
来てくださってありがとうございます。

今朝もナカリと長々お話していました。
一昨日、カウンセリングに行って相談したことを踏まえて
今のナカリが、過去と比べてずいぶん変わってきたことを
車の運転に例えて考えました。


ナカリの車(自閉脳)はマニュアル操作が必要で、
ハンドルを握っているのは自分、
ブレーキやアクセルを都度都度踏みかえながら進んできた。

今、
次々と不安や心配が湧き出てきてしまう、というのは
ブレーキを踏んでる状態・・・
ゆっくり走り、時に止まり、方向を考えながら恐る恐る進んでる感じ。

一方、
過去の人や外の世界の嫌なことに悩まされていること、
について考えてみると、
今のナカリは「怒り」のエネルギーが湧き出て爆発したりパニックになったりしない。
過去は、一気にアクセルを踏み込んで感情が爆発し、激しい行動に繋がっていた。
今はガソリンが少し足りないくらいに、怒りを抑え込んでる、蓋してる感じ。
嫌なことに対して怒ることはとても大事だから、
自分で自分にダメ出ししなくていいよ。

運転するには、ブレーキもアクセルも両方必要だけど、
今は少しバランスが崩れてる状態かもねえ。
(自律神経でいうと、交感神経と副交感神経のバランスが乱れてる感じ)



ナカリ 「上手に怒るのって難しい」

そうねえ、でもナカリは上手に怒ってきたんじゃないかなあ?
(家の外で他の人に直接ぶつけないで、家族との間で処理してきた)

ナカリ 「そうかなあ」
    「私の脳みそはややこしい、自閉症のせい?」
    「手術で取ってしまうとかできないの、ずっとこうなの?」


いちいちマニュアル操作しなくてもいいオートマチック車で、
手放し運転してる人もいるかもしれない。
でも、
車自体を乗り換えることはできないもんね。
人は人、自分は自分。
どんな車に乗っていても、
思春期みたいにホルモンの働きでアクセル踏み込む時期もあるし。


(・・・ここで)

ナカリ 「お母さん、なんか怒ってる?」


ハッとした私。

冷静に話していたつもりでも、
過去のナカリが「私ばっかり!」「他の人の苦労分からない!」
という怒りのパターンになった時の事を思い出し、
予防線をはって畳み込むように先取り説明したので、
ナカリの不安(自分に対して相手がイラついている?怒っている?)をかきたてたんだ!
と気づきました。
怒っていいと言う一方で、ナカリの怒りに蓋をして抑え込んできたのは私自身だった、と、
どきん!

そして、ぶつかっちゃったのはどちらも上手く怒れなかったからかな、
お互いに許し合おうね、と・・・。


ナカリ 「人って怖い。世の中こわいことがたくさんある」


うん。
難しいね。

散歩して、自然に癒されに行こうか。

ということで、二日続けてのお散歩に行ってきました。
なるべく人に出会わない畑の道を、短めにぐるり。

コスモス畑がずいぶん賑やかになっていました。
コスモス満開 IMG_2136

コスモス満開2 IMG_2137

連れて行ったマスコットたちもパチリ
コスモス満開3 IMG_2138

青空を見上げると、低空を飛ぶ飛行機。
青空と飛行機 IMG_2135


明日から雨模様で、台風が心配だけど、
今はとにかく気持ちをゆったり。

嬉しいことを一緒に共有しよう、と、マスコットのイラストを描いてもらって
「とても嬉しい」と伝えあいました。
マスコットイラスト IMG_2127
相手が嬉しいと自分も嬉しい、この関係を大事にしたいなあ。
不安に打ち勝てるように、しっかりしっかり安心感を築いていかないと。

振り返ると、
ナカリが幼い頃から何度も何度も
口癖のように、いろんな場面で
「お母さん、怒ってる?」
と聞いてきたことを思い出します。

ナカリにしたら理由がよく分からないまま突然怒り始めるお母さん、
なぜだかちょっと不機嫌そうで心配な気持ちにさせられるお母さん、
と、
しっかり決別しなくては。

今日の一言を肝に銘じて、またがんばろう。

ありがとうございました。


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子どもの日常 | 16:27:56 | トラックバック(0) | コメント(16)
「ケアする」ものとして再出発 & 「ナカリのブログ」更新しました
こんにちは。
見に来てくださってとても嬉しいです、ありがとうございます。

昨日は中秋の名月を見に、親子でナイトウォーキングに出かけましたが、
一瞬朧月が見えただけで、雲に隠れて残念でした。
でも、夫が晩御飯の買い物ついでに、お彼岸用の花束を買ってきてくれたので
亡くなった両親や義父を思いながら、花を眺めました。

お彼岸 IMG_2100

過去を振り返ると、やっぱりあれこれ後悔があって、
もう一度両親に会いたいなと思ってしまいます。
今のナカリの様子や、自分の心の内を伝えたい…

ナイトウォーキングの際に、ナカリが撮った、新しいマスコット。
イケおじのアンドレア(中央)と、その息子のアレンとアラン。
アンドレア親子 IMG_2103

この写真も含めて、この間の散歩の様子を、ナカリ自身のブログにアップしてくれました。
時系列に並べずに、ストーリーに仕立てて、マスコット同士をお話させた記事に、
親ながらとても感心して、癒されました。
どうか、ぜび、のぞいてやってください ↓

ナカリのブログ 新しいマスコット大冒険


この間のナカリとのやりとりを通じて、
彼女が尽きない「不安」を抱えていることのひとつの原因に、
私自身の彼女に対する関わり方の不十分さ、至らなさがあったと、
深く深く反省中です(涙)
母が亡くなる直前に、電話口で私とナカリが言い争う様子を聞いて、
「あんたの言い方も悪い、もっと優しく」とたしなめた時の声が、耳から離れません。


少し前に、リンク先のlittle lambさんが記事に載せておられた本「ケアの本質」 ↓

旅する子羊 休養日にしてみました。

紹介文を読んで、中身を読みたくなり、マーケットプレイスで購入した本が届いたので、
読み始めたところ、胸にグサグサと突き刺さる言葉が続いて、
さらに深く反省し、これからのナカリとの関係を考える指針にしようと思っています。

(この記事のカテゴリを「思い出」にしたのは、反省すべき関わりを自分で振り返っているからです)

ケアの本質 IMG_2104
ケアの本質 目次 IMG_2105

自分としては、それなりに忍耐深く、可能な限りの外からの支援も使いながら、
一生懸命ナカリと向き合ってきたし、その時々にベストと思える選択をしてきた、
という気持ちはあるのですが、
振り返ったら、
根本のところで、私自身が彼女の特性を受容しきれていなかったのでは、
自分とは異なるひとりの人格として十分尊重しきれていなかったのでは、
自分の満足(自己実現)のために動いていたことが多かったのでは、
と、見直し→仕切り直し、を迫られた気持ちがしています。

過去は変えられないので、ここで、どれだけ前向きになれるか、だと思いつつ、
ナカリにごめんなさい、と、伝え、
お互いに許し合おうね、と抱き合って慰め合っています。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「序」より  (太字はナカリママによる)

ひとりの人格をケアするとは、
最も深い意味で、
その人が成長すること、
自己実現することをたすけることである。

・・・その子を、
その子自身が本来持っている権利において存在するものと認め、
成長しようと努力している存在として尊重する

・・・ケアすることは、
自分の種々の欲求を満たすために、
他人を単に利用するのとは正反対のことである。

・・・ケアは、
ひとつの過程であり、
展開を内にはらみつつ人に関与するあり方であり、
それはちょうど、
相互信頼と、
深まり質的に変わっていく関係とをとおして、
時とともに友情が成熟していくのと同様に成長するもの
なのである。

・・・他の人々をケアすることをとおして、
他の人々に役立つことによって
その人は自身の生の真の意味を生きているのである。

この世界の中で私たちが心を安んじていられるという意味において、
この人は心を安んじて生きているのである。

それは支配したり、
説明したり、
評価したりしているからではなく、
ケアし、
かつケアされているから
なのである。

・・・”ケアすること”と、
”自分の落ち着き場所にいる”という二つの概念は、
人間であることについて実りある考え方を提示してくれる。
・・・この概念は、
私たち自身の生を自分たちがもっとよく理解するのに役立つ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ナカリも私も、まだまだこれから生きて行かないと!
がんばろう。
再出発、という気持ちで2018年の秋を迎えています。

今日もありがとうございました。

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思い出 | 11:50:02 | トラックバック(0) | コメント(12)
「嫌な人はどうしているの?」
こんにちは。
来てくださってありがとうございます。

お悩み中のナカリとのやり取りが続いています。
小学校時代の嫌だった経験を、10年以上たって初めて教えてくれる、
ということもありました。
まだまだ「嫌な経験」から自由になれなくて苦しんでいます。
自分にとって嫌なことをした人、嫌だった人、との距離の取り方、
について、一緒に考えています。


嫌な人はどうしているの?
良い人たちばかりだったらよかったのに。
(おばあちゃんがよく言っていた)神さま、は、どうして嫌な人も作ったの?



神さま、は、信じるかどうかの問題だから、別に置いとくとして、
嫌な人もいる、ということは事実だから、それは認めるしかない。
世界は自分だけのために存在しているんじゃない。
嫌な人だけでなく、自分が直接知らなくても自分を助けてくれている人もたくさんいる。

嫌な人を無理に好きにならなくてもいい。
ただ、嫌な人にも、その人を大事に思う人がいる、ということは認めよう。
自分がその人を嫌なこと、と、誰かがその人を好きなこと、は両方あっていい。
(あれかこれか、ではなく、あれもこれも、を認めよう)
他の人も一緒にその人を嫌になってほしいと思ったら、陰口悪口仲間外しになるし、
その人なんか消えてしまえ、と思うこと、を突き詰めたら、戦争やナチスと一緒になる。
自分が嫌だったこと(仲間外し)を自分もするようになるのはいやだよね。

嫌な人とは関わらない、名前を忘れられなくても思い出すたびに捨てて手放そう。


・・・
繰り返し、いろいろな形で話をしています。

頭が過活動になると疲れやすくなりますが、
以前のような興奮状態にはならないので、
少しずつ「大人」になってきているなあと実感しながら。
気分転換、を心がけて、心をユルユルさせてやれるように。

先週、新しいマスコットを連れて、近所の公園まで散歩に行きました。
2018年9月散歩 IMG_2050
ちびっこのヴィオレ(右)と、メガネがクールなネオ(左)

2018年9月散歩2 IMG_2051
ナカリもいろいろ写真を撮りましたが、まだ力が出なくてブログを書けていません。
そのうち、秋のお散歩記事をアップしてくれるかな?

2018年9月散歩3 IMG_2052
畑の柑橘類が大きくなってきました。
ケイトウのビロードのような赤い色!が綺麗。

公園に行った日は曇りでしたが、
晴れた日には、もう少し遠回りして散歩することもできました。
2018年9月散歩4 IMG_2064
リンク先のデコさんが「雲の写真を撮ったらいいよ」とすすめてくださったので、
ナカリと二人で、空を見上げて、秋の雲の動きを眺めました。

2018年9月散歩5IMG_2065
平日の昼間は人が少なくて、散歩には最適。

2018年9月散歩6 IMG_2066
コスモスがパラパラ咲き始めていました。

2018年9月散歩7 IMG_2067
コスモスって、可憐な感じがすてきです。
去年はこの時期、私だけ親つながりの集まりでダリア園に行ってきたのを思い出します。
秋の花々を見に、また植物園まで散歩できたらいいなあ・・・

気持ちを追い詰めないように。
楽しいことを見つけながら、一日一日、です。

優しい気持ちになりたいときには、プリシラ・アーン


歌詞の訳はこちら Dream - Priscilla Ahn(プリシラ・アーン) 和訳

すっかり秋になってきました。
台風が気になります、これ以上の自然災害が起きませんように。

今日もありがとうございました。
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子どもの日常 | 12:26:27 | トラックバック(0) | コメント(27)
クリミナルマインド1-14 「死刑へのカウントダウン」
こんばんは。
来てくださってありがとうございます。

今日は一日雨で家の中に閉じこもって、ナカリとあれこれして過ごしました。

「ヒマな時間」をどう過ごすか、、
できるだけお金をかけないで、可能なら体も動かせて、という方向で、
外の世界の「お楽しみ」を捜しながら試行錯誤の毎日です。

私自身も、
夜中に海外ドラマの見逃し配信をスマホで視聴することができるくらいに
ナカリが落ち着いてくれていることに感謝です。
今週、見て、ラストで思わず涙が流れるドラマに出会えました。
クリミナルマインド index
見終わった後の感慨が、1日経っても消えないので、
検索してみたところ、山ほどのレビューが出てきました。

テーマは「母の愛」だと思うのですが、そこに、「死刑制度」の現実が重なり、
緊張感の末の、主人公である捜査官の大きな決断に触れて、
人が何のために自身の命を懸けるのか、
その人の「最期の願い」を叶えることを第一に考えられるほどの深いつながり、
・・・について考えさせられた44分間でした。
(なお、この回は、Dlifeの見逃し配信で、
9月25日火曜夜10時まで無料試聴出来ます)

以下、自分自身の備忘録のために記録しておきます。

ドラマの概要を記したレビュー2本(ネタバレなし)

海外ドラマ 一話で映画並の濃厚さ『クリミナル・マインド シーズン1・第14話:死刑へのカウントダウン』

クリミナル・マインド1 第14話「死刑へのカウントダウン」のあらすじと感想

上記2本のレビュー両方で引用されている、ラストの言葉。

アルバート・パイン「自らのための行いは死と共に消えるが、人や世界のための行いは永遠に生き続ける。」

これを聞いて、3年前、父の告別式で、私自身が喪主挨拶として、
父方の親族に向かって伝えた言葉を思い出しました。
詳細は覚えていませんが、こんな内容・・・

<人から得たものは死とともに無くなるが、人に与えたものは無くならない>


父は生涯、長男として自分のきょうだいたちに「与える人」であり続けたので、
そのことが、私にとっては不満であり、叔父や叔母に対する不信感の基でした。
父が亡くなった時に、その「無念」を父の代わりに叔父叔母にぶつけたつもりでした。

でも、今回、このドラマを見て、「母の子に対する愛」がテーマではあったけれど、
人が何かを守ろうとするときの無私の愛、ということについて改めて考えさせられました。
父は、自分が逝った後のことまで考えて、
私に不都合が起こらないことを第一に願いつつ、
我が身を後回しにして
きょうだいの生活の安定を図らずにはいられなかったのだろう、と。
(お父さん、今更だけど、ごめんね、ありがとう)


ラストのネタバレ込みのレビューも2本貼っておきます。

悲しすぎる!母の愛![クリミナル・マインド 1] 第14話 死刑へのカウントダウン Riding the Lightning

「クリミナル・マインド(14)死刑へのカウントダウン」

この記事を書いている時、NHK FMで、過去の放送のセレクションが流れていて、
ラトビア放送合唱団による、ヴァスクス作曲「低地の風景」を再度聴くことができました。
最初に聴いて心に残ったと記事にした際、
リンク先のエリアンダーさんが検索して見つけてコメントで教えてくださったので、
その後も何度か聴くことができて耳に残っていた曲です。
この機会に、記事の中にも貼っておきます。

なんだか、このところの不安定な自分の心を潤してくれるために、
再度プレゼントしてもらったような気さえしました。



自分のための記事になってしまって、すみません。

人間として生きること、は、なかなか苦しいことだけれど、
純粋な魂に触れることができた時の喜びに、生きる勇気をもらえた気がします。
また、がんばれそうです。

お付き合いくださってありがとうございました。

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読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 22:09:18 | トラックバック(0) | コメント(8)
九州大続報と「健康で文化的な最低限度の生活」
こんばんは。
見に来てくださって嬉しいです。ありがとうございます。

引っ張って申し訳ないですが、九州大の件で、新しい記事を読みました。

九大箱崎キャンパス放火・自殺事件~「貧困」という切り口から見えてくるもの

この記事で、「貧困」という視点からの分析がされていること、
生活保護という選択肢が機能しなかったことの意味、について、考えさせられました。

さらに、「人生の夢」という視点からのこの記事にも、考えさせられました。

九大「オーバードクター」の死にみる「夢のソフトランディング」の重要性

夢を追いかけること、と、現実に生きて行くこと、のすり合わせ、は、
ナカリにとっても、息子にとっても、大切な課題だなと思います。
とにもかくにも日々の生活の糧を得て、「健康で文化的な最低限度の生活」を維持しながら、
可能ならば、夢を少しでも現実に近づけて、後悔の少ない人生を送れますように・・・

そこで、ナカリが体調を崩す前に一緒に読んだマンガ
「健康で文化的な最低限度の生活」について記しておきます。

健康で文化的な最低限度の生活 index

ナカリは、自閉っ子の特性そのままに、目に見えない側面の理解に困難があるのですが、
このマンガを一緒に読んだことで、
人には、表で見えない「生活上の困難」という問題があるかもしれない、
という視点を学ぶことができました。

過去の傷がフラッシュバックするたびに「他の人には苦労がない!」「自分ばかり!」
という思考に陥ってしまうナカリですが、
このマンガのおかげで、「ちょっと待って!即断しないで」がストッパーとして働くようになりました。

日々の生活でいっぱいいっぱいな感じになる時には、
外からの情報、を上手く使って、視点を変えること、が大事だな、と思います。

子どもから学ぶことに加えて、世の中から学ぶこと、も、まだまだあり過ぎて、
自分の視野だけに閉じこもらないように、と、思ったので、
慌ただしくて申し訳ないのですが、取り急ぎ更新してみました。

いろいろな人の「夢」ということで、
ミュージカル「コーラスライン」から、One


なかなかゆっくり訪問できていなくて残念ですが、
いろいろな視点を与えてくださる皆さんへの感謝も込めて・・・

今日もありがとうございました。

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読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 19:26:10 | トラックバック(0) | コメント(8)
否定文は苦手 & 九州大火災
おはようございます。
来てくださってありがとうございます。

昨日、ナカリとの会話で、なるほど、と気づいたこと。
自閉っ子に話しかける時は、否定文より肯定文の方がいい、
ということは意識していましたが、
ナカリ本人から「否定文は苦手」と聞いた内容が、
私が思っていたのと少し違ったので、備忘録に。

ナカリ「言わない、と、言うはずない、と、言うわけない、って同じ?
    なんか同じと思えない

母 「ああ、そうだねえ。微妙に違うかもだけど、だいたい一緒と思っていいかな。
  言わない、は、単に言わない。
  言うはずない、は、言う可能性がない、だから、絶対言わないって感じ。
  言うわけない、は、言う理由がない、だから、理屈で考えてあり得ないって感じ」
ナカリ「・・・。否定文は苦手」
母 「そうねえ、否定文より肯定文の方が聞きやすいよね」
ナカリ「・・・。好きじゃない、とかも苦手」
母 「?」
ナカリ「好きじゃない、っていうと、好き、って方が強く残る。
    言うはずない、は、言う、の方が強く残る
母「あっ!そうか!先に耳に入った言葉が強く残っちゃうのね」

なので、
否定の形にも気をつけながら、
なるべく否定文オンリーで返さないで、
別の肯定的な言い方を加えて考えるように意識することにしました。

< 誰も嫌なことは言いません、嬉しいことを言います、安心しましょう >

貼り紙しておかないと。

まだまだ学ぶべきことがたくさんあります。
こちらの思い込みで満足しないで、
ナカリの気持ちにしっかり耳を傾けていかなくちゃ。


あと、息子が、
九州大箱崎キャンパスで起きた火災についての記事を取り上げていました。
九州大火災 201809160008_000_m
卒業生の46歳男性が火災で亡くなった福岡市東区の九州大学箱崎キャンパス=7日午前

「男性と長年交流のあった元九大教授の木佐茂男弁護士は,男性の心中をこう推し量る.『彼は純粋に研究する場が欲しかったはず.労働と研究の両立が困難で,思いあまったのかもしれない.(学舎と)一緒に灰になってもいいと思っていたのではないか』」

九大箱崎キャンパス火災 元院生の男性 放火し自殺か 身元判明、福岡東署|【西日本新聞】


2018/09/16付 西日本新聞朝刊の記事(↑クリック)を読んで胸が詰まりました。
放火という形をとった社会的な責任は問われなければならないけれど、
亡くなった元院生さんの冥福を祈らないではいられません。

来年も大学院に残って、博士論文に取り組む息子の心中を思いながら、

>「院生はみな厳しい現実を共有していた。私が彼だったかもしれない」。男性をよく知る研究者は声を落とす。

という一文に、
ナカリのことも気になるけれど、どこかで彼の話も聞きたい、と思っています。
いつまでたっても、子どものことが気がかりでならない母です。

今日もがんばろう。
ありがとうございました。

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子どもの日常 | 10:09:15 | トラックバック(0) | コメント(16)
「ありえない」不安でも、感じているのは事実だから、ひとつずつ消していく
おはようございます。
今日も来てくださってありがとうございます。


自分の備忘録のような記事が続いていますが、
社会と繋がる窓として、ナカリを傷つけない形で発信していきたいと思います。

この間、何度も繰り返し「大丈夫よ、安心してね」を伝えていますが、
本人も
「きりがないくらい不安がある、ありえない不安でごめんなさい」
と言っている状態なので、
もぐらたたきのように、出てくるたびにやっつけていく、という形を重ねて、
出てくる不安の総量を、少しずつ軽くしていくしかない、と実感中です。

今は不思議なくらいに、自分の心が落ち着いていて、
よほどの時でないと頓服なしでもイライラしません。
20年以上のナカリの自閉脳とのつきあいの中で、
こんな風に長い期間、苛立たないでいられるのは初めてのような気がします。
ひと月前にナカリがめまいで倒れた後のあれこれを通じて、
彼女が長い長い間に溜め込んだ不安や苦痛の大きさに圧倒され、
あの保護入院の後でさえ、母の死の後でさえ、些細なことでぶつかっていた過去を、
今更だけれども、本当に申し訳なかったな、と、心から悔いているからです。

リンク先のponchさんが、当事者の目線から、
「ナカリさんのお地蔵さんになってあげて」と言ってくださった言葉が改めて身にしみています。


ナカリの「ありえない」不安は

現在から未来にかけての不安
 ・ 現実の人やパラレルのキャラが、自分やパラレルのキャラに対して嫌な言葉を言わないかどうか
 ・ 母のささいな動作や言葉が、自分を嫌がったり避けたりしているからではないか
 ・ 自分の選択(何かを選ぶ時、好きと感じる時)が間違っていないかどうか
たとえば、現実の家族の方が(想像の家族より)いい?と聞いたり、私嘘ついてないかな?と気になったり。
 ・ 自分の中に自分ではない何かが居るのではないか
 ・ 相手が使う言葉の意味や、話の内容がよく分からない
   (けれど上手く聞けない、自分の気持ちを上手く言えない)

過去についての不安
 ・ あの時の(具体的な過去の場面をはっきり覚えていて)、
   あの人(家族や親戚も含めて)の動作や行動が自分を嫌がったものではないか


・・・という感じです。

過去については、場面場面、驚くほど明確に覚えていて、驚きます。
こちらはすっかり記憶にない、というものが多いけれど、
一生懸命、本人から話を聞いて、
(昔は、その時点で私の方が「ありえない」を強調し、苛立つことが多かったけれど)
できるだけその時の本人の不安な気持ちをなぞり(認め)ながら、
「大丈夫」「多分、それはあり得ないこと、誤解、だろうから」と伝え、
仮にもしそれが事実だとしても「どうでもいい」と切り替えるように
話しています。
変えられない過去は、切り捨てていかないと、本当に苦しいものだ、
と、彼女の辛さを思いながら、一緒に頭の大掃除中です。

現在や未来についてのものについても「大丈夫」を何度も繰り返すことで、
少しでも不安の量を減らせるように、
声のトーンや表情や動作に気をつけながら、
ゆっくり穏やかにを意識して、刺激にならないような言葉を選びながらお話しています。
知的な遅れや経験不足のために、理解できないことがあるのは仕方ないことなのだから、
不安なこと、分からないことを伝えられた時には、たくさんほめて、
言っていい、尋ねて構わない、を繰り返しています。

自分の選択に自信がなかったり、落ち着かないのは、
自閉脳のデジタル思考(白黒はっきり、一対一対応)に関係するから、
あれかこれか、ではなくて、あれもこれも、でも構わない、
良いものと悪いものを対にして決めてしまう、ではなく、ひとつのものの中にも良い面悪い面がある
という風に、グレーな感じをみとめて、「決定」してしまわないで棚上げするやり方、を覚えよう

という話をしています。

リンク先のデコさんがコメントしてくださったように、
もつれた糸を一本ずつほどいてほぐしていくような作業だと感じています。

こんな風な心の状態なら、「人間が怖い」と思うのも当たり前だろうな、
その分、自然や無機物(無生物)に癒されるのもよく分かるな、と思います。
適度に散歩やゲームを取り入れ、ぬいぐるみやマスコットに触れながら、
環境調整を第一に、お薬の力も借りて、少しでも生きやすくなりますように。


ナカリ自身が言っているように、
「ヒマな時間、何をしたらいいか分からなくなった時」に、脳が暴走しやすい、
ということも意識されてきているので、
生活リズムを整え、すること、したいこと、をリストアップして、
今は、可能な限り「一緒に」何かを楽しむ、という活動を心がけています。
もう少し元気回復して来たら、家事も含めて「すること」を増やしていきたいです。
余暇については、この間、夕方、一緒に大相撲を見たのがヒットなので、
しばらくの間、視聴を続けてみて、外の世界の楽しみ方の練習になれば、と思います。



そうこうしていたら、息子の方が、こんな新聞記事をチェックしていて、
彼も彼で、将来について不安を感じ、悩んでいるのかなと気になります。
新聞記事 IMG_2055

将来のことで、「確かなこと」なんて何もない、と言っていいくらい、
不安な世の中だから、
あまり先のことまで考えると心が持たないだろうと思います。
とりあえず、一日一日、を無事に過ごしていくこと、感謝すること。
息子が帰宅したら、美味しいものを一緒に食べて、
好きなものを見たり聴いたりピアノを弾いたりしてもらって、
少しでも心を軽くしてやれますように。


長々書いているうちに、ナカリがうたた寝から目覚めました。
すき間時間に書きっぱなしですが、頭の整理になりました。
今日も頑張ろう~
皆さんにとっても平穏な一日でありますように。
ありがとうございました。

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子どもの日常 | 09:22:41 | トラックバック(0) | コメント(12)
再び、不安と不穏の違い
こんにちは。
来てくださってありがとうございます。

この間、ナカリとたくさん話をする中で、
「不安」の正体は「恐怖→悪口を言われるのでは?嫌がられているのでは?」
という感じなのが、よくよく分かってきました。
それと、「意味がよく分からない」ことに出くわしても「尋ねられない」ので、
宙ぶらりんな気持ちが残って、長い間にそれが山ほど積み重なって、
周囲の状況が理解できない、という、
異国に居るような落ち着かなさ、になっている、という感じもよく分かりました。

この不安が過度に高まって、周りの刺激に過敏に反応してしまう状態が、
不穏な感じ・・・で、
本人も「入院前の時みたいに、お母さんの言葉や動作が気になる」
と言うくらいまで緊張度を増すと、
こちらの神経も張り詰めてきてしまいます。

数日前にその状態に陥った後、
散歩を経て、
過去の出来事(気になっていた一言、態度)について話をしたあたりから、
少しずつ、気持ちが緩んできたかな・・・。

不穏な空気が流れ始めると、こわいこわいで、何も手につかなくなってしまうけれど、
幸い、少し落ち着く方向なので、
この調子で頭の中を大掃除、要らない情報を外に出してスッキリさせたい、
引き出しに何か挟まって閉まりきっていない状態の「気になっていること」を
一つずつ具体的に解決していって、本人が納得できるように。
がんばろう。

振り返って、
母が亡くなる少し前の記事
不安と不穏の違い(薬の話)
を読み返し、
薬の力も大きいなあと、改めて思います。

昨日は、マスコットをひとつ追加作成しました(右側)。
ヴィオレ IMG_2047
レッドチームで一番のちびっこヴィオレ

特大カゲウラさん以外のマスコット勢ぞろい
マスコット勢ぞろい IMG_2048
一番前列のナカリ(青と水色の服)も、数日前に作ったばかりです。
ナカリがマスコットをとても喜んでくれるので、ホッとしています。

平穏な日常生活・・・がどんなにありがたいことか、しみじみしつつ、
不安が少しでも安心に変わるように、引き続き寄り添っていきます。

読んでくださってありがとうございました。
皆さんもご無事でありますように。

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子どもの日常 | 14:23:42 | トラックバック(0) | コメント(12)
散歩だけで疲れてしまうけれど、回復に感謝
こんばんは。
なかなか更新できない中、来てくださって嬉しいです、ありがとうございます。


今日は貴重な晴れの日でした。
朝ごはんの後に、散歩行ってみる?と提案したら、オッケーだったので、
ほんのすぐ近くのコンビニまでの往復、という形で、出かけてみました。

病院以外の外出(外歩き)は、1ヶ月ぶり!
平日の昼間だったので、ほとんど人に会いませんでしたが、
コンビニに到着して、ちょっと一休みして帰ろうか、と、
イートインコーナーでお茶を飲んで、
帰り道に少し写真を撮って帰宅すると、「疲れた~~」とダウンしてしまいました。
外に行く、というだけでも、かなりの刺激があるみたいで、
何でもなく散歩出来ていた頃が、決して「あたりまえ」の状態ではなかったんだなあ、
と、ナカリの感覚過敏を想い、今さらだけれど少し申し訳ない気持ちにもなりました。

様子を見ながら、外に出る練習もしていこうと思いますが、
焦って無理してはいけないな、と用心することにします。
でもまたいつか、遠出もできるようになるよ!
「大丈夫」「誰も悪く言いません」「安心してね」を繰り返し伝えていきます。


秋の実りの季節だねえ、と、散歩の途中に撮った写真を2枚。
みかんと栗 IMG_2043
まだ青い、大きめの柑橘類(なんだか特定できないですが)の向こうに、栗の実が!

栗の実 IMG_2044
栗は、もう茶色くなって地面に落ちているものもたくさんありました。


家の庭のヤマボウシにも赤い実が。
ヤマボウシの実 IMG_2041
1週間前の台風で、たくさん実が落ちてしまったけれど、
それでもまだまだ、あとからあとから次々と、赤く大きく実ってきています。

1年前の秋を思い出しながら、過ごしやすい季節の到来に、
少しだけ気持ちも上向きな感じなので、久しぶりに音楽を。

ポール・マッカトニー ブラックバード


歌詞にナカリを重ねながら。

引き続きドキドキハラハラの毎日ですが、できるだけ心を落ち着けて過ごします。

今日もありがとうございました。

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子どもの日常 | 20:58:23 | トラックバック(0) | コメント(10)
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