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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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落合恵子さんの介護体験小説 「泣きかたをわすれていた」
こんばんは。
見に来てくださってありがとうございます。

今日(日付変わってしまった・・・)も、昼間はものすごく暑かったですが、
仕事帰りに電車を降りたら、少しだけ夜風を気持ちよく感じて、
ああこんな夕べは何カ月ぶり?と、さすが「立秋」だと実感しました。
ご飯の後、ナカリとベランダに出て天体観測したら、
火星土星木星金星のそろいぶみ!
加えて、遠くに飛行機が着陸態勢で降りてくる様子も見ることが出来て、
「わ~~、夜景だね」「涼しいね」と、しばしの涼を楽しみました。
ここからなら、淀川の花火も見ることが出来たかも。

その淀川花火と同じ日に、愛媛の母の実家近くであった花火大会。
2年前には叔父が母の車いすを押して一緒に観に行った、と聞いていた、
愛媛の花火大会の写真が、叔父からナカリのスマホに送られてきました。

「今夜はおばあちゃんと見た花火大会です。
天国に届いているかな。写真送ります。
お母さんの風邪は?よろしく!またね」

2018年8月花火

そうだった、
2年前の夏、母は長期入院していた病院の看護師さんと折り合いが悪くなり、
無理やり退院して自分の実家(現在は叔父=実弟が住む家)に転がり込んで、
叔父の介護のもと、2カ月弱だったけれど、「家での生活」を堪能したんだった。

叔父は老々介護をほんとうに良く引き受けてくれて、
自宅の改装(手すり設置や段差解消)から、クリクラ(浄水器)のレンタルまで、
母主体の生活を組み立ててくれ、
その間、外食も含めて、母は好きなものを存分に食べさせてもらえたし、
昼間は、ベットに横になりながら懐かしい洋画のDVDを何本も続けて見ていた、と。
夏の花火を見に行けたのも、叔父のおかげ。
我慢ばかりだった母の、最期の楽しい思い出になったのだろうなあ・・・

秋に具合が悪くなって緊急入院してから、家での生活はやはり無理、と、
老人ホームにお願いする形になり、そのままホームで年を越し、
年明けから急速に認知症が進んで、
2月に緊急入院したあとは会話もままならないまま、月末に旅立って行った。

私がナカリを連れて、最期を看取ることが出来たことと、
母が亡くなる前日に日帰り帰省した息子(孫)と会うことが出来、
その息子のピアノ録音を聴きながら息を引き取ったことが、せめてもの慰め。

そんな風に、花火の写真に触発されて、次々と母の想い出が蘇り、
たまらなくなって、落合恵子さんの5月の新聞記事を引っ張り出してきました。
落合恵子 新聞記事 IMG_1947

落合さん21年ぶりの小説 「泣きかたをわすれていた」
新聞記事を読み返して、どうしても読みたくなって、電子図書で購入。
夜中かけて一気読みしました。

言葉って、どうしてこんなに人の心を揺り動かすのだろうか。
本当に私と落合さんは何の関係もないのだけれど、
私も落合さんと同じく、子ども時代から母が亡くなるまで、
「自分が先に死んではならない!」という強い気持ちに縛られていたんだった。
母の命も一緒に背負っているような気持ちで、密着して生きてきた母子関係だったのだなあ。
その母を失って、自分自身の行く先も少しずつ見えてきて、
久しぶりに、私も、「泣きかた」を思い出しました。

私は、落合さんのように、十分な介護が出来なかった。
母がどんな風にお姑さんの介護を取り仕切ったかは、少し前の記事に書いたけれど、
本当に何年にもわたって義母の介護をやり切った母なのに、
その母自身の介護を、
一人っ子の私は、
遠距離だったこと、と、ナカリが居ること=ダブル介護、を理由に
ほんとうに不十分な形でしかやりきれなかった。
ごめんなさい、おかあさん。
(母自身も、自分の実の母に介護が必要な時期は、
孫=私の息子、の出産を控えて、そちらのケアに尽くしてくれたので、
本当はもっと母の最期に寄り添いたかった、と、後から聞きました。
我が子と親の間に挟まれて、子どもをとらざるを得なかった気持ちが母と重なります)

落合さんのように、母一人子一人の強いつながりのもと、
在宅介護で7年もやり切った経験を読むと、
むしろ私は羨ましくて、「おかあさん」という言葉が出てくるたびに
涙がこみあげてくるのを堪えるのに必死でした。

そして私がやったことと言ったら、ナカリの名を呼んで抱きしめること。

いつか、私自身が介護の必要な状態になった時に、
ナカリや息子に「迷惑をかけたくない」という気持ちが一番。
でも、可能なら、人生の最期、
落合さんのお母さんのように、愛する娘に介護されながら、自宅で旅立てたなら・・・

電子図書の便利さは、この1年程で何度も実感しているのですが、
紙の本が大好きな私は、今日、我慢しきれずに出勤途中、本屋に駆け込んで
落合さんのエッセイを買ってしまいました。
落合恵子 文庫本 IMG_1948

「介護する側」「介護される側」の関係性を問い続けた落合さん。

私の父も母も病院で最期を迎え、安全のための「拘束」も経験し、
自分では寝返りも打てない状態で、日に何度も「体位」を変えてもらい、
紙おむつをして、会話もできず、口からの食事もとれず、
人としての尊厳のギリギリのところで、
それでも周りの介護者に支えられ、
命が尽きる時の姿をしっかりと私に見せてくれた・・・。
私は我が子にどんな姿を見せられるだろうか?

私より少し遅れて
今まさにダブル介護に苦労している友人たちの話を聞きながら、
また
早期退職して遠距離介護にいそしんでいる友人の話を聞きながら、
過去を振り返り、
この先を考える・・・

ブログを書いていて良かったなあ。
ほんとに偶然だけれど、
父を看取り、母を看取ったこの3年間余りが、
こうやって形に残っている。
読んでくださっている方たちにも、心から感謝です。

ヒロシマとナガサキの間のこの期間。
母の話でも、瀬戸内をはさんだ愛媛まで灰が降ったという・・・。
この酷暑の中で、あの日の被爆者の方たちの苦痛をどこまで受けとめられるだろうか?

落合恵子さんの存在と重なる、
森山良子さん(母と同じ名前)の「さとうきび畑」を聴きながらオキナワの人たちを想います。



もうすぐ、仏教でいう「お盆」。
キリスト教徒だった母が、毎年、迎え火と送り火を焚いていたことを思い出しつつ、
このお盆にちょっとだけでも一人帰省が出来たらな、叔父に会えたらなと、
そのためにも早くこの咳を治めないと、と思いながらの記事・・・で、
すっかり長くなりました。
読んでくださってありがとうございました。

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