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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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母の本棚と、手書きのメモ
ご訪問ありがとうございます。

実家の片づけで、衣服や書類をたくさん処分しました。
母の本棚には、東田直樹さんの本もありましたが、それは持ち帰りました。
今回手をつけずに残したままの本棚はこちら・・・

母の本棚

ナカリが母子通園施設に通い始めた頃から、
私が手紙と一緒に送った資料が一式まとめてファイリングされたものも見つけました。
「ナカリちゃん」と書かれたファイルの一番古いものは、
1999年10月12日発行の、私作成、手書きコピーの「ナカリちゃん通信」・・・
卒園した施設の先生方宛に、その後のナカリの様子を報告した新聞です。

保育所での運動会の様子と、療育手帳の審査の様子、
最近のお気に入り、最近のナカリ語録・・・

なつかしすぎて涙が出そうでした。

そして、母自身が、本や新聞記事を読んで抜き書きした手書きのメモ。

驚きました。
今更だけど、大事なことがいっぱい、箇条書きにまとめてある!
(ナカリは幼い頃、自閉症、かつ、ADHD、かつ、LD、というドクターの見立てでした)

今の私に対する、天国の母からのメッセージのように思いながら読み返しました。


母のメモ1
母のメモ2
コピー ~ 母のメモ2

人に頼る能力が弱い
子供自身に自分を守る力が弱い


だからこそ、ponchさんが言ってくださったように、
母親は子どもを救済するお地蔵さまにならなくちゃいけないのに、
メルトダウンに巻き込まれて声を荒げてしまうときには
このことを、忘れていました(反省)


お母さん、お母さん、ありがとう。
何度も読み返して、心に刻みます。



今日の猫バンバンはJAFの記事です。
猫バンバン




追記)ハロウィンは終わりましたが、PONCHさんにいただいたイラストを夕焼けバージョンにして、
   11月のプロフィール画像に使わせていただきます(^-^)




思い出 | 22:29:29 | トラックバック(0) | コメント(12)
ponchさんにお友達イラストを描いていただきました!
ご訪問ありがとうございます。

無事に自宅に帰ってきました。
早速ナカリにponchさんの作品を見せたら、
「あ~~~!(^0^) きゃ~~~!」状態で、大騒ぎです。
とってもとっても嬉しかったみたいで、ニコニコしながら興奮していました。
こちらがそのイラスト

ポンチさんお友達イラスト

ponchさんのブログでの紹介記事はこちら ↓

ポンちゃんのお友達を紹介する(つ=^ω^=)つニャン第七弾


ハローウィンバージョンで、今まさに旬なので嬉しいです!
おばけのポリー君と、オカメインコに変身したポーちゃんです。
プロフィール画像も変えてみました。

同じイラストでも、画用紙バージョンだと、文字や紙の凸凹感が違います。
ポンチさん 画用紙バージョン

いろんな技が使えて、すごいですね~
以前ナカリもパソコンで絵を描くことにチャレンジしましたが、
なかなか難しくて、今はすっかりアナログに戻っています。
でも、こんな感じの、デジタル世界の広がりも、やっぱり魅力的
ponchさん、
絵で交流できる楽しさ!を、ナカリに伝えてくださってありがとうございました(≧▽≦)



ところで・・・
実家の周辺でも、ハロウィーンで仮装した子どもや大人をたくさん見かけました。
いつのまにか、季節の行事として定着した感じですね。
せっかくなので、マイケルのスリラーを貼ってみようと検索したら、
亡くなる直前のステージ、This is it バージョンのものがあったので、
追悼の気持ちも含めてアップしてみます。
マイケルも、母も(並べるなんておこがましいけど、母もマイケルが好きだったので)、
もうこの世の人ではないんだなあ~~。
一番最初に出たビデオクリップと、サビの部分の踊りは同じでも、
最後の方の演出が、空から十字架の姿の人たちが降ってくる様子になっていて、
なんだか意味深な感じです。


私がマイケルのことを知ったのは、
母がNHKの特集番組を見て教えてくれたのが最初でした。
録画してくれた番組を見て、とにかく努力の人という印象に、私も魅せられました。
白い手袋とソックスがおまもりのような存在で、練習また練習・・・
スムーズに回れるまで何度も何度もターンを繰り返す姿が目に焼き付いています。
ムーンウォークが流行ったけれど、あれを思いついたひらめきに感嘆しました。
クラシック好きだった母が紹介してくれた洋楽なので、忘れられません。
人は肉体が無くなっても、心の中に生き続けるんだなあと、
実家の片づけをしながら感傷にふけった週末でした。
そのことはまた改めてどこかで書きたいです。


今日の猫バンバンは神戸新聞記事です。
猫バンバン






未分類 | 19:31:20 | トラックバック(0) | コメント(14)
母、8回目の月命日
ご訪問ありがとうございます。

また台風が近づきつつありますが、
このあと私だけ、久しぶりに実家に帰ってきます。
飛行機は飛ぶようなので、とりあえずナカリに留守を任せて愛媛へ。
ナカリはこの数日、いつも以上に「無事にね!」をくり返してくれています。

ちょうど今日は、母の8回目の月命日。
喪中はがきの注文も終わりました。
クリスチャンだった母のために、十字架がデザインされたものを選びました。
↓ 部分です。
喪中はがき
永眠、ではなく、召天、という表現になっていました。

いつも、備えるのはユリの花ですが、
今回は、先日のバラ園の写真を持って行ってあげようかと・・・。
技術は全然ですが、アップで撮ったものをプリントして、
両親の写真の前に置いて帰るつもりです。

真紅バラ アップ

ピンクバラ アップ

黄色バラ アップ


パソコンを離れるので、今のうちにフォーレの「ピエイエス」を貼っておきます。

13才・・・すきとおるようなボーイソプラノだなあ~。


実家の片づけは本当に亀の歩みなので、
どこかで見切りをつけて、
一気に業者さんに頼まないと、とも思っています。
まだしばらくは踏ん切りがつきませんが。

日曜に天気が荒れなければ、
叔父と一緒に祖母(母の母)の墓参りに行こうと思っていたけれど、
今回はちょっと無理かな・・・
いずれにしても、少しの間、タイムスリップしてきます。

台風の被害がありませんように。



今日の猫バンバンは、ホットな実例です。
猫バンバン

では行ってきます(^-^)



未分類 | 16:13:46 | トラックバック(0) | コメント(8)
「ハイパーワールド 共感しあう自閉症アバターたち」
ご訪問ありがとうございます。

今日は、散歩の代わりに、
ナカリのお友達のお母さんに、親子で温水プールに連れていってもらいました。
30分くらい泳いだり水中ウォーキングしたりして、ジャグジーであったまり、
そのあとお昼ご飯を食べて、夕方にはバラ園にも連れていってもらいました。
ちょっとした旅行をした気分で、体も心もほかほかです。

バラ園

もう、お腹いっぱいで、晩御飯が入らないよー。

ということで、書きたかった記事、「ハイパーワールド」の紹介、に取り組んでみます!

バラのつぼみ



著者の池上英子氏の専攻は、歴史社会学、社会理論、文化社会学、ネットワーク論・・・
とのことで、自閉症や福祉分野の専門家ではありません。
でも、
「まったく予想もしていなかった偶然から」「思いもかけず」
「自閉症を研究するようになった」
こと、
そして、
「自閉症の人たちを理解しようとすることは自分自身を知ることにもつながり、
 人間の脳の不思議へと分け入る入口になると強く感じるようになった」
こと、
さらに
「仮想空間の自閉症アバターの語りは、私の常識を揺さぶるような新鮮な驚きに満ちていた」
ことを、
ご自身の具体的な体験を通して、分かりやすい文章で書かれています。


>自閉症の子供もやがて大人になる。
 そして人間の人生で考えると、子供の時代は短く、
 大人の時間の方がずっと長いのだ。



そう!
やっと成人したばかりのナカリにとって、
この先の人生は、ずっと、
大人の発達障がい(自閉症)者として生きていくことになるんだ!
脳の特性をそのまま維持しながら、
この先の人生における生活の質(QOL)をどう上げることができるのか、
何かヒントが得られるだろうか、と期待しながらページをめくりました。


>「アバターはみんな自閉症的だ」

>いまのセカンドライフのテクノロジーでは、
 アバターはまだ顔の表情を自然に表現することができない。
>・・・動きもぎこちなくて、適切なタイミングでのジェスチャー表現ができない。
>現在の仮想空間では、自閉症の人だけでなくアバターみんなが、
 言葉以外の情報が少ないなかで交流しているのだ。


>過剰な情報が引き算された世界

>つまり、セカンドライフの仮想空間としての技術的限界は、
 実は自閉症の人にとっては素晴らしい長所なのだ。

>普通の参加者にとっては、
 現実の社会ではできないことができる夢の足し算の仮想の世界、
 拡張現実だ。
 しかし自閉症の人たちにとっていちばんありがたいことは、
 ・・・実は過剰な情報をフィルターにかけて少なくできることだった。


>知覚過敏と情報の絞り込み

>自閉症的脳を持つ人々は、
 多数派の神経回路の人々によってつくられた価値観や他人を判断する基準
 のなかで生きることを余儀なくされているので、
 定型発達者には想像しにくい大きな困難さに立ち向かっているのだろう。

>一般に同じものを見たり聞いたりしても、
 他人も同じように感じている、あるいは同じように意味をとらえているとはかぎらない。
 同じ言葉の流れを聴いていても、同じように理解しているとはかぎらない。
 そして、同じような感覚をシェアしている人々も、
 その感覚を同じように他者に表現するとはかぎらない。
 自閉症の人々の声に耳を傾けていると、
 この当たり前だけれど、つい忘れてしまいがちな事実に気づかされる。
 そしてそのことは、人としての付き合いのなかで、
 なにかとても大切なことを示しているのではないだろうか。



ここまでが、著者と自閉症との出会いについて語られた部分です。
このあと、自閉症の社会史、がまとめられ、
過剰なる脳内世界、というタイトルで、
仮想空間の自閉症アバターたちの語りが分析されます。

後半部分で心に残ったいくつかの文章を書きぬいてみます。

>「不気味の谷」か「特別視」か―現実社会で苦しむ当事者たち

>「子供の自閉症の程度がノーマルに近づいていくほど、
 イジメられる率が、どんどん上がっていくんだって!」
 「これってさ、ロボット工学で言う『不気味の谷』現象ってやつじゃないの?
 自閉症スペクトラムのなかでもその症状がとても重いと、
 同情されたり共感されたりする。
 でも、一見普通の人と変わらなくて、
 一応普通に行動することを期待されている人間がそれをできないと、
 連中はひどくあたってくることがあるんだ」

>・・・そのあとのチャットの会話は、
 学校でいじめられたときにどう切り抜けたか、
 どう対応したかという体験談で大いに盛り上がった。


ナカリが、学校時代を思い出すのも辛い、と言い切るのは、
嫌だった体験=外された、仲間に入れてもらえなかった、無視された
それによって、心が深く傷ついた、という訴えに外ならない、
彼女もまた、この「谷」に落ち込んだ存在だったんだ、と、
改めて胸が痛みます。
理解してくれる支援者(カウンセラーさんなど)が、少数でも居たことは救いだけれど、
同年代の生徒集団のなかでは厳しい現実に晒され続けていた、
それを、
ほとんどの場合、学校側は「被害妄想」と片づけてきた、
今更に、悔しくもあり、残念なことだけれど、
後に続く後輩たちのためにも、
なんらか、声を上げ続けないといけない気がします。
この視点、親の集まりで後輩たちに、ナカリの作文を代読する際に、
ぜひ伝えておきたいです。


>過剰負荷で自己をコントロールできなくなるメルトダウン

>「僕はメルトダウンした時の自分が好きじゃない。」
 「私だって、メルトダウンした時の自分は、正直嫌いだわ。
 でもそのときに大切なことは、
 メルトダウンしたときの私たちって、
 (本当の自分ではなく)苦痛に対して純粋に本能的な存在でしかない
 (感情に覆われて心と体のコントロールが利かない)のだと、
 知ることだと思う。
 だから、私はどうすればこのメルトダウンを防げるか、
 あるいはそれをできるだけ減らせるかについて、
 考えるようにしているの」

>別のアバターは同じことを「シャットダウン」と言っていた。
 まず、ビジュアルな部分とか一部の感覚が、
 メモリ不足に陥ったときのようにざらついた感じになる。
 ・・・それがひどくなると、
 コンピューターのシャットダウンのように、
 エネルギーがすべて切れたような感じになるのだという。


これも、この間のナカリに重なります。
自分で自分が嫌いになる、でも、それは、本当の自分の姿じゃなくて、
シャットダウンしてしまった状態の自分・・・だから、
全否定しないで、そういう自分の「部分」も含めて、全体としての自分自身を愛そうよ、
そう、今なら話せる気がします。


>ハイパーワールドを生きる強烈な人々

>「思うんだけど、自閉症的な人間はNTよりももっともっと多く
 (『MORE』と彼女は大文字でチャットに書き込んだ)
 世界を経験していると言えないかしら」

>・・・自閉症の人はこれもできないあれもできないという見方になりがちだが、
 仮想空間で遭遇した自閉症の人々が語っていた内面世界は、
 情報を過剰なままに取り込んでいる強烈な脳内景色、ハイパーワールドだった。
 つまり自閉症の人は過剰なまでに強烈に見、聞き、
 そして世界を感じているのかもしれない。

>ハイパーという言葉は一般に「超」とか「過剰」とかいう意味があるが、
 それ自体は価値中立的な言葉だ。

>一般的に、自閉症の人々は脳内の嵐が鎮まり、
 予測が可能な世界のなかで落ち着いた状態にあるときにこそ、
 能力をフルに発揮できる。
 ・・・そうした状態を「箱のなかに入る」と表現するアバターもいた。
 たしかに安全だが、豊かな生活とは言えない。
 予測不安を引き起こすような感覚への過剰負荷を防ぎ、
 自分で感覚の取り入れ方をコントロールできる慣れ親しんだ環境、
 しかも豊かな経験のチョイスがある環境でこそ気持ちが落ち着き、
 本来の能力を育て発揮することができるのかもしれない。
 こうした自閉症フレンドリーな環境を「予測可能で豊かな環境」と表現することもあるが、
 どうすれば予想不安を抑え、落ち着いた環境にできるかは、
 人によってかなり違うことは言うまでもない。


ああ!これ!
この「自閉症フレンドリーな環境」を用意すること、
これを心がけて、一日一日意識的に過ごすことが、
ナカリとの生活の基本原則なんだなあーと、しみじみしました。
そしてさらに、「今のままでいいのか??」という、彼女と私自身との心の揺れ、迷い。
それに対しても、一定の答えを与えてくれたのが、この文章です。


>「普通」の人たちの期待や社会の要求に応えて、
 いかにも自閉症にみえないようにするというような無理なことをしないのがいいのか、
 それとも社会が求めていることを意識して時には自分の枠を超えてみるほうがよい戦略なのか、
 自助グループの人たちが話し合っていたことを思い起こしてほしい。
 「無理」は体に響く。
 だが、豊かな体験がなければ人間は成長しにくい。
 これは一見正反対の生き方に見える。
 しかし実際の生活のなかでは二者択一ではないはずだ。
 いちばん大事な前提は、
 大人になった自閉症スペクトラムの人々自身が
 どのように社会に立ち向かうかの自己決定権を持つこと、
 自分の生き方をコントロールすることだ。
 これは自閉症の人々自身の問題でもあるが、
 それを可能とする条件は、
 自閉症の人々の自己決定権を社会が尊重し、
 彼らの特性が生きる選択をできるような環境を整えることだろう。
 それは結局自閉症の人々への「リスペクト」の問題だ。
 そのうえで、
 個々の自閉症スペクトラムの人々が社会にどう立ち向かうかは
 本人の感覚や心身の条件、環境、そして戦略によるし、
 時と場合で違ってくることもある。


戦略、という言葉が面白いのですが、
とにかく、実践的に、日々生きていく中で、一つ一つ方策を練っていくしかない、
生き抜いていくしかない、というところが、戦い抜く感じで、この表現に納得でした。
「迷い」が一つ吹っ切れて、
がんばろう!と思える文章に出会えたことが、嬉しかったです。

そして、最後に嬉しいまとめ。


>自閉症の人々の感じ方、神経回路の違いからくるモノの見方は、
 社会の大多数の定型発達者にとっては究極の他者かもしれないが、
 だからこそ、
 自分を知るための究極の鏡となりうる。

>自閉症の人々の感じ方やモノの見方は私自身のモノの感じ方と本当に違う。
 それなのに、
 自分のなかにも一部にそれに似た感じ方があることに気づかされたり、
 自分の周りの人を見る目が違ってきたりすることもあった。
 自閉症は障害か個性かという議論があるが、
 私は第一義的には個性だと捉えたい。
 そして、個性というなら、すべての神経回路のスタイルが個性的なのだ。


・・・ですね。
どの人もみんな個性的なのだと、人間に対する見方が深まったことが、
私自身にとっても、我が子との生活のなかでの一番大きな学び、でした。

じっくり読んで、じっくり味わって、現実の生活に生かすことができる本に出会えたこと、
そのきっかけになるNHKの番組を教えてくださったエリアンダーさんに、改めて感謝です。

さあ、明日からも、ナカリとの毎日を楽しく穏やかに過ごしていこう!

今日のNHKFM、ベストオブクラシックのアンコール曲です。
ラフマニノフのヴォカリーズ
今日は、これを聴きながら眠れるかな?



引き続き長い記事を読んでくださってありがとうございました。

今日の猫バンバンは動物病院のブログです。
猫バンバン






読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 22:00:50 | トラックバック(0) | コメント(6)
メルトダウンは「怒り」が原因だったかも・・・
ご訪問ありがとうございます。

今日は、午前中の予定を済ませて、
昼からナカリと1時間半散歩しました。

あのメルトダウンの原因は何だったんだろう??、と、
歩きながらお話して一緒に振り返ってみましたが、
「イラストの表情が変わって、イラっと来た」という感じだけで、
具体的に「これ」というものに突き当たりません

帰宅してから、
リンク先のころこさんに教えていただいた
「ちいさなことにイライラしなくなる本」(大島信頼・著 マガジンハウス・出版)を、
電子版で入手して、ナカリと一緒に読んでみると・・・
ナカリは、「ああ、私って怒りっぽいんだ!」 と納得。

そう、メルトダウンしたら、暴言の嵐、
普段寡黙でおとなしいナカリが暴君に豹変します。
そして、あとから出てくるのは、ひたすら、「ごめんなさい」

本では「怒り」について、こんな風に説明されていました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
>もっとも原始的な怒りの形は”防衛本能としての怒り”です。
 つまり、自分の身が「危険に晒されている!」と感じたときに湧き上がる感情です。

>ところが、実際には、怒りがこれ以外の形をとることもたくさんあります。
>・・・”自分がないがしろにされたことへの怒り”
 相手が思い通りに動かないときに、人は怒りを感じます。
 ・・・言うなれば”未来の危機”に対して怒っているのです。
>怒りの範囲はこれだけにとどまりません。
>・・・”正義の怒り”
 ルールを守らない人間がいると、いずれ社会全体に危機が及ぶかもしれない、と不安になります。

>このように、本来は「自分が危機にさらされている!」という、
 両手を広げた範囲内にとどまっているはずだった怒りが、
 実際には”未来”や”社会全体”にまで、どんどん範囲を広げています。
>なぜ、そうなってしまうのでしょう?

怒りの原因① 「不必要な情報も拾ってしまう」
>人が怒りを感じるシチュエーションのひとつに
 「情報にフィルターがかけられないとき」というものがあります。
>本来、人の脳には「自分に関係ない情報にはフィルターをかけてスルーする」という機能が付いています。
 「自分に関係のない情報は目に入ってこないし、頭に残らない」という便利なシステムがあるのです。
 ところが、その機能に問題がある場合、
 フィルタリングができないのでどんどん不快な情報が頭に入ってきてしまい、
 しかもなかなか頭から消えません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここで、ナカリはすごくビックリして、
「なんで!他の人、そんなこと(スルー)ができるの??」
もともと、
自他境界が曖昧で、情報のフィルタリングが弱い、という特性については、
本人とも何度も話をしてきていたのですが、
この特性が、「怒り」を溜め込むことにもつながっている、という発見になりました。

次の、怒りの原因② 「人間関係の計算ができない」 で指摘された、
人づきあいの距離感や、やりとりのバランスが読めない=計算できない、とイライラに繋がりやすい、
というところも、ナカリの特性に当てはまりました。

さらに、怒りの原因③ 「脳の電気発作が起きる」 という指摘でも、
空腹や音、なにかのことば、視線、などが引き金になって、
脳内で電気がスパークする感じがよく分かりました。

最後の、怒りの原因④ 「人の気持ちを受け取ってしまう」 は、
相手に共感し、自分のことのように怒りを感じる、という指摘で、
むしろナカリよりも私自身に当てはまるものでした。


溜め込まれた(ちいさな)怒りが何かのきっかけで発作的なメルトダウンを引き起こす
・・・改めてそんな気がしました。

なかなか怒りが収まらない仕組みについては、

①怒るタイミングが遅い
 →怒りによって緊張のホルモンが分泌される場面で、瞬間的に体も頭も固まってしまい、
  危機が去った後、普通の人なら一安心、という場面で遅れて怒りが湧いてきて、
  そこで初めて緊張のホルモンが分泌される・・・でもその段階では怒りをぶつける相手がいない、
  結果、適切な瞬間に怒ることができなかった後悔が残り、いつまでも怒りが収まらない。
②世の矛盾が受け入れられない
 →状況に納得できないから怒りが収まらない、その怒りから解放されるには、
  「生きていれば理不尽なことがたくさんある」という世界の矛盾を受け入れるしかない。
  自分に直接関係ない情報にフィルターをかけて、上手くスル―出来るようになれば、
  消えない怒りから自由になれる。

という説明。
これも、ナカリと、なるほど~~。
その場ですぐに反応できなくて固まってしまう、というところ、
ナカリの過去のいろんな場面を再現して見る思いでした。
以前も話題になった、
「世の中と折り合いをつける」というのは、こういうことなんだよー、とも。
「スル―する」っていうのも、
EMDRでナカリ自身が「発見した」ことば=「どうでもいい」、と考えるのと一緒だよ。
サイのうんち!を思い出して、どばどばどばーっと自分の外に出しちゃえ!

あと、水を飲む、ゆっくり寝る、食べる、
怒りの連鎖を止める、怒りの感染から防衛する、その場から逃げる、など、
今までに心がけてきたことも書いてありました。

だから
メルトダウンが起こったら、危険のない限り、一人になろう(=母と離れよう)。
↑ これ、大事。 二人で怒鳴り合いになるのは大惨事・・・と反省中の母です。

なるべく気分を変えよう、食べる、飲む、お風呂に入る、とか。
しんどかったら頓服も飲んでいい。
で、
落ち着いて、「何に対して」「なぜ」怒ってるか考えてみて、
自分には関係ないことや、どうしようもないことに対しては「諦める」、
適切なタイミングで怒れなかった気持ちが原因と分かったら、これも「諦める」。
こっちが諦めてばかり、なんて、理不尽かもしれないけど、
何より大事なのは自分自身だから、周りに振り回されないで、自分を抱きしめてあげよう。


まだまだこの先も同じ繰り返しになるかもしれないだろうけど、
ちょっとずつ。
自分の心と向き合いながら、対策を練っていけたらいいね。
メルトダウン、おそれるなかれ!

↓ 本を紹介してくださった、ころこさんの記事です。
FAP療法で実験してみた
ころこさん、ありがとうございました(^-^)


やっとちょっと落ち着いたので、
次は、すごく心動かされたこの本 ↓ について、ゆっくり記事を書けたらなー、と思っています。
ハイパーワールド 本
先月末のメルトダウンのきっかけになったNHKの番組
「自閉症アバターの世界 第2夜」に出てきた先生が書かれた本です。


今日の猫バンバン(面白画像)です。
猫バンバン


長くなってしまいましたが、
気持ちの整理のための記事を読んでくださって、ありがとうございました。





読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 20:39:08 | トラックバック(0) | コメント(8)
メルトダウンはなぜ起こる・・・
ご訪問ありがとうございます。

今朝、台風の跡片付けで外回りの掃除中に、
側溝の蓋に中指を挟んで爪が内出血。
時間とともにどんどん腫れて、指先全体と爪の根元半分が真っ青になり、
アイスを巻いて冷やしているので、
タイピングがもたもたしています・・・


今日は午前中、久しぶりに1時間半ほど親子散歩ができて、
機嫌も良く、いい感じと思って、留守を任せて私の病院(精神科)に行ってきたら、
夜ご飯の後から突然崩れ始めて、親子とも久しぶりに頓服の出番となりました。


「イラストの表情が変わる、自分はよく思われていない、
どうして自分ばかり意地悪されるの、世の中にはどうして嫌な人が居るの」
ここからどんどんエスカレート、暴言をまき散らすまで、さほど時間はかからず、
「どうして私こうなっちゃうの!自分大嫌い大嫌い!誰か助けてください」と泣き叫びます。

ほんとうは、書きたい記事が別にあったけど、今日は力尽きました。
怒鳴り合っている後ろで、NHKFMが鳴り続けていて
後半、ソフトバンクのCMで聞き馴染んだ「ロメオとジュリエット」の「騎士たちの踊り」が流れて、
気が紛れたのも束の間。
「こんな私は居ない方がいい、なんで生んだんよ!」と、
これも何度となく投げつけられたナイフのような言葉。
心が折れました。


妙にドラマチックに盛り上がった娘のテンションは、この音楽のせい?
どうしてこう、突然のメルトダウンが起こるのか。
私の対応の失敗が原因???

少し時間を置くと、ごめんなさいの連呼なんだけど。
突然ギャー――!っと叫び出し、両腕で自分を掻きむしるしぐさに、
こちらは半分動揺、半分投げやり。

詰めた中指がじんじん痛くて、頭はガンガンするし、頼むからもう勘弁して状態。

少し前にunagiさんに教えていただいた、バーバーのアダージョ合唱版を検索して、
一人で4声を録音されたものを見つけたので、この間、寝る前に何度も聴いています。
今夜もお世話になるかな。


せっかく見に来ていただいているのに、
こちらからゆっくり訪問ができていなくてすみません。
今日はがっくりきたので、ちょっと休憩してエネルギー補給します・・・
またのちほど伺いますね。
いまいちの記事をアップしてしまって申し訳ないです。


猫バンバンお願いします。リンク記事は毎回変えています。
猫バンバン





子どもの日常 | 23:24:09 | トラックバック(0) | コメント(8)
雨の日はアナログゲーム 「カタローグ」で楽しい時間
ご訪問ありがとうございます。

台風が迫って雨風が強くなってきました。
投票を済ませて自宅にこもり、親子3人で過ごしているので、
以前送っていただいて母娘で楽しく遊んだアナログゲームを
父娘でも遊んでもらいました。

カタローグ チラシ

ゲーム作成者の方のホームページです。
ちゃがちゃがゲームズ

リタリコ発達ナビで紹介されているページです。
お家で療育 ゲームで「他者への関心」を育もう

届いたゲームのセットはこちら。
カタローグ 内容

全部まとめて一つのポーチに入ってしまうので、持ち運びも楽です。
我が家では、自宅以外では遊びませんが、
小さな子どもさんなら出先でも遊べるので便利だと思いました。

遊び方はいろいろですが、
ナカリが一番喜んだのは「シンクろーぐ」という遊び方。

付録についていたカタログの中の「おしごと」を選んで、
7個のマーカーを適当にのせます。
カタローグ1

写真だと少し分かりにくいですが、
絵の上に7種類の違うマークがついたマーカーがのっています。

ここからが、我が家独自の遊び方。
ナカリが生み出したパラレルキャラの誰かになりきって、
そのキャラが「やりたいお仕事」のランキングを、それぞれで考えます。
そして
マーカーと同じマークのカードを裏返して、自分の前に順番に並べます。
カタローグ2

いっせーのーで、1番目から一緒に裏返していって、
シンクロしたら、ハート型のトークンをゲット。
カタローグ3

結構シンクロしていて、ニコニコのナカリです。
ゲットしたハートの数だけ、ハイタッチ!
母娘の時にはここで盛り上がりましたが、
相手がお父さんだと、ちょっと照れながらのハイタッチでした。



もう一つの遊び方は、二人でまったり遊ぶ基本的なルール「かたろーぐ」
マーカーを並べるところまでは一緒。
で、
相手の予想した順番を「当てる」遊びです。

7枚のカードの真ん中を1枚だけめくって、ヒントにします。
パラレルキャラの考えそうなことを相手がどう予想するか・・・
二重に予想を働かせて、1番目を決めて、自分のカードを見せます。
相手はそのカードと同じカードをめくります。1番目じゃなかったら残念~~
だけど、今回、1番2番と的中!
カタローグ4

これも同じく、当たったらハートのトークンゲットで、
その数だけハイタッチ。
カタローグ5

「楽しい」と笑顔のナカリ。
父娘で遊んだ後、母娘に交代して、
選ぶパラレルキャラや、
選ぶカタログ(「行きたいところ」「したい遊び」「好きな食べ物」)を変えて、
ひとしきり遊びました。

好みがハッキリわかりにくいキャラ(ぬいぐるみなど)では、
予想が難しいので避けて、
「キャラが立った」キャラを選ぶとシンクロ率も高くなり、楽しさも倍増。
ナカリのキャラ造形力をほめて、本人も満足そうでした。

アナログゲームは、昔、
ファミリーサポートで学童保育の下級生の預かり保育を自宅でしていた際、
よく遊びました。なつかしい~~。

記事にするのがすっかり遅くなりましたが、
拙ブログを見て送ってくださった川口さん、改めてありがとうございました(^-^)



引き続き、猫バンバン、よろしくお願いします。
猫バンバン



子どもの日常 | 16:43:40 | トラックバック(0) | コメント(6)
「この先、ず~っと、いっしょかな・・・。やっぱり自分、好きになれないよ」
ご訪問ありがとうございます。

永遠の子ども・・・ということについて、親が心配するだけじゃなくて、
本人自身も気にしている、と分かりました。

今、落ち着いている、という安心感が、
一方で、
この先もずっと今のまま変わらない生活が続くんだろうか
という、「先取り不安」にもつながるみたい、だと。

昨夜ナカリが、ふと、つぶやいた一言で、ハッとさせられた私です。

自分自身でも、「変化(生活の広がり)」を求める気持ちはあるんだ・・・
不安と闘いながら、変わりたい自分、でも変わるのが怖い自分、
そんな自分を自分自身好きになれない、という葛藤
・・・
ツライよね。

今のままでいいんだけど、今のままだと不安、という気持ちもあるんだね。
複雑だなあ。

「障がいがある、って、恥ずかしい?不便?かわいそう?」
畳みかけるように質問してくるナカリです。
一つひとつ否定しながら、
自分を好きになろうよー、と、
抱きしめながら「大好きよ~~」を繰り返しています。

絵を描いていると気がまぎれて、いつの間にか楽しくなってくる。
そういう体験を、とにかく、一日一日積み重ねて、今を楽しく。


ちょうど、いろんなモノの断捨離をしていたら、
1980年に私が描いた落書きが出てきました。
そのうちの1枚。
1980年 らくがき

まだハタチに届かない年頃の自分が描いた落書き・・・
私も、マンガを描くのが大好きだったんです。
描いていたら時間を忘れて、空想の世界を漂っていたなあ。
ナカリにも何枚か見せて、
絵を描いてる時っていろんな想像ができて楽しいよねー、
と話したら、共感してくれました。
当時の自分に、大人になってからの人生なんて、全然見えてなかったんだから。
ナカリも、まだまだ、これからだよ!

それが刺激になったのか?
今日は、留守番の間に、何枚もマンガを描いていました!
ストーリー性があって、見ていて楽しい絵ばかり。
2017・10・20イラスト

2017・10・20マンガ


ナカリのオリジナリティあふれるキャラクターたちに、
私も笑顔になれました。

自分を好きになろうよ!ナカリには笑顔が似合うよ(^-^)
この数日、モヤモヤとまとまらなかった気持ちが、
「リボンになったジェームス(王子)を見て、いや~~っ!と叫ぶリボン」
を見て、スカッとしました(笑)

まだ「この先も、今のままかなあ~」と言っているナカリだけど、
とりあえず笑顔は戻っています。スマイルスマイル!


今日も猫バンバン貼っておきます(=^・^=)
猫バンバン
よろしくお願いします。











子どもの日常 | 22:17:41 | トラックバック(0) | コメント(12)
ARKカレンダーのねこ
なかなか更新できなくてすみません。
コメントをいただいて、お返事できるのが嬉しいのですが、
記事を書こうとして、いろいろ思い悩んでしまい、書いては消し・・・の数日です。


ナカリが描いたネコさんの絵をほめてもらったあとで、
ふと、うちの壁にかけてあるカレンダーの猫の写真を見たら、
親子でもないだろうけれど、ネコ同士かばい合っているような感じで、
見慣れた写真のはずなのに、キュンとしたので、アップしてみます。

ARK カレンダー

ARK(アニマルレフュージ関西)という動物愛護団体のカレンダーです。
会員の方が毎年郵送でプレゼントしてくださるので、使わせてもらっていたのですが、
改めてじっくり眺めてみると、
どの写真の動物も、何か言いたげな表情でこちらを見ていて、
ひととして、ほかの生き物ときちんと共生できるような世の中にしないと・・・
と、しみじみしてしまいました。
ちょうど、リンク先のponchさんが紹介しておられる
「のるまえに#猫バンバン」プロジェクトに共感したので、
私もロゴを貼ってみます。
猫バンバン

我が家に車はありませんが、散歩で猫に出会えると嬉しいので、
実際に、この取り組みのおかげでネコが命拾いしたというニュースを読んで、
ホッとしています。
ponchさん、教えてくださってありがとうございました。







未分類 | 00:51:58 | トラックバック(0) | コメント(12)
やっぱり絵を描いてると元気♪
ご訪問ありがとうございます。

今日は、先生のアトリエにバスで行く予定でしたが、
朝からの雨と寒さに、先生の方からメールがあり、
アトリエは来月にして、訪問に変更してくださるとのこと、
お言葉に甘えて来ていただきました。

なので、大きなサイズに挑戦、は、次回に持ち越し。
引き続き、消しゴムアートにチャレンジ。

再び、花の写真を見ながら、今回はちょっと和風に。
コスモス パステル

そして、性別不明のキャラ達(名前もまだありません)。
まんなかの、ころんとしたのだけ、「まる」と名付けました。
性別不明キャラ

2枚描き上げた後も時間が少しあったので、
背景だけ作っておこうか、ということで、3枚作成しました。
消しゴムアート背景

なんだか和紙のイメージです。
家に一人でいる時に、この背景に絵を描いてみてもいいよ、
次にアトリエに持ってきて描いてもいいし、
このやり方で、一人で新しく背景をいろいろ作ってもいいよ、
と、
先生から「提案」をいただきました。
この先の展開が楽しみです。


今日は、お天気に負けないで「スマイル」を・・・


永遠の子どもだって、いいじゃないか。
一緒に遊んで、相手をしていられる幸せを忘れちゃいけない、と。
もちろん自分の時間も欲しいけど、キラキラ輝く瞳で、
「お母さんと遊ぶの楽しい」と言ってくれる間は、しっかり向き合っていこう。
マイケルとチャップリンに教えられた気持ちです。

一緒に見てくださって、ありがとうございました。




ナカリの作品 | 23:53:21 | トラックバック(0) | コメント(14)
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