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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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「シュレーディンガーの猫を追って」と、バッハ・のパルティ-タ
ご訪問ありがとうございます。

息子の風邪が長引いています。
予定外の長期帰省となり、月末締め切りの仕事や、原稿チェックのメールが入るたび、
少しずつ焦り始めている様子ですが、
考えてると余計に治らないから、今は頭を休ませて、と、言い聞かせています。

夕食後、久しぶりに一緒にバッハを聴くことも出来て、
母としては、ありがたい時間。
聴いたCDは、セルゲイ・シェプキンが弾くバッハ「パルティ-タ1~4番」

聴きながら、
風邪をひく前に息子に買ってきてもらった「シュレーディンガーの猫を追って」(河出書房新社)のページをめくりました。
新聞の書評で見て、読みたくなり、本屋に行くという息子に頼んだものです。
フランス文学の棚にあったそうですが、哲学的な文章で、難解です。
でも、不思議と魅力的。
これ、原語で読めたらどんなに素敵かなあ…。

著者のフィリップ・フォレスト氏は、4歳の愛娘を病で失くしてから作家になったとのこと。


>質問するのはいつも子どもたちだ。
 大人はみな、答えなどないと言い放って投げ出してしまう。
 例外は、哲学者、学者、詩人だ。
 赤子と同じくらい無防備な彼らは、赤子とほとんど同じ結論―あるいは結論の欠落―にたどり着く。
 
 「前はどこにいるの?」
 「生まれる前かい?」
 「うん」
 「ママのおなかのなかさ」
 「それは知ってるわ」
 「そうか」
 「みんなそうなの?」
 「ああ、みんなそうだ」
 「でも、前は?」
 「何の前だい?」
 「もっとずっと前」

 ・・・

 「じゃあ、人間よりも前は?」
 「人間より前の地球には動物たちがいた。
  それから、動物だけじゃなくて、いまぼくらが知っているものがぜんぶあった。
  海、山、森、河、それにお花。
  上を見上げれば、空と雲。
  もっと遠くには、太陽、月、たくさんの星々」
 「じゃあ、もっと前は?」
 「もっと前?」
 「うん、地球とか太陽とか月とか、空にあるほかの星より前は?」
 「その前はわからない。
  もし何かがあったとしても、それを見られるひとは誰もいなかった」
 
 ・・・

 「じゃあ、ほんとうの始まりには?」
 「なんにもなかった。真っ暗闇みたいに」
 「ずっと?」
 「すごく長いあいだね。
  太陽もなかったから、日も数えられなかった。
  まるで時間が動き出していなかったみたいだった」
 「どこで?」
 「どこでもあるし、どこでもない。
  大きな虚空。なかには何もない宇宙だ」

 ・・・

 「ずっと前に死んでしまったのに、いまも光が見えるの?」
 「誰のことだい?」
 「お星さまよ。そう言ったでしょ?」
 「そうだね」
 「死ぬって、暗闇のなかで眠るみたいなことだと思っていたわ」
 「ああ、そうだね、きっと」
 「でも悪夢は見ない?」
 「ああ、悪夢は見ない」
 「それでどうなるの?」
 「死んだひとは暗闇のなかで眠る。
  でも他のひとたちは、彼らが残す光を見つづけるんだ」
 「ずっと?」
 「光が虚空を旅しているあいだ、そして、その光が通ってゆく空をどこかで誰かが眺めているあいだはね」
 「じゃあ、けっして終わりはないのね」
 「ああ、ある意味では、けっして終わりはない」


まだ理解しやすかった部分を抜き書きしました。
今年母を看取ってから、何かにつけて「死」について考える著作を読みたくなり、
今回もその流れで手に取った本ですが、この文章に深く揺さぶられました。
「終わりはない」
そうだなあ。
そう思うことで、未来に繋がっていく。
希望をもち続けていられる。

バッハを聴きながら、胸いっぱいになった夜でした。
検索して出てきたのは、やっぱりグールドです。
1番、3番だけですが、貼っておきます。



本は、まだまだ読み終われそうにありません。
この夏のいろんな思い出と一緒に、心にしっかりしまい込めるように、丁寧に読みたいです。



読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 22:33:08 | トラックバック(0) | コメント(2)
図書館での当事者会
ご訪問ありがとうございます。

昨日の当事者会は、場所が市立図書館でした。
曇り空の下、ナカリとウォーキングで20分余り、
集合時間から少し遅れて到着したけれど、誰もいなくてどうしようか・・・
とりあえず中に入ってみると、久しぶりの中央図書館はリニューアルされていてビックリ。

隅っこの席を確保してナカリを座らせ、
私だけ入口周辺をウロウロ。
すると、入り口近くの席に見覚えのある方が一人。
「○○さんですか?」とお声をかけると、はい!と笑顔。
皆さんまだですね~、相談機関に集まってそこから車で来られる人たちもいるからまだまだですよー、
と、何回かこの場で集まったことがあるような先輩の言葉に安心して、
奥の方にいますからと声をかけ、ナカリを連れて本棚を見て回りました。

美術の棚から何冊か選んで、椅子の方へ。
机も空いたので、座って模写を始めました。
特に気に入ったのが、ナカリが2歳の時に出版された古いイラスト集。
ポーズイラスト表紙

紙を載せて模写しながら、パラレルワールドのキャラクターに変身させて、
黙々と描きました。
その間に、お母さんが送って来られた方が一人、
相談機関から到着したスタッフさんと当事者さんたち、が集まり、
皆さんで「じゃあ、最後に集まる時間だけ決めましょうか」と、
40分後くらいに時間を決めて、各自、本棚へ。
私も1冊選んで、ナカリのもとへ。

静かな時間。

久しぶりの図書館でした。
ナカリは結局3冊借りることにして、
最後の集合時間にみんなと顔だけあわせて、
次回はVTRを観ましょう、何がいいですか?
手話とかいいかな、当事者さんの話も聞きたいな、という話だけして解散。

ただそれだけ、の集まりでしたが、
少しずつ顔見知りになれて、好きなイラストも描けて満足して帰宅できたナカリです。
ほんとに、ちょっとずつ。
話せるようになるまでの長い時間を、こうやって積み重ねていくんだな、と思いながら、
こうした「場」があることに感謝でした。

ナカリの模写を3枚アップしますね。
ポーズ模写1

ポーズ模写2

ポーズ模写3

ちょっとレトロな感じのイラスト集でした。
カゲウラさんファミリーに、ほのぼのした私です。
ナカリの頭の中で、こんな世界が広がってるんだなあ。


息子の方は風邪が長引いて、引き続き、寝て過ごしています。
芯が弱いので、いったん体調を崩すとなかなか回復しなくて本人も辛そう。
まあでも、諦めて、寝てるしかないですね。
世話をできるのもまた、母親の時間。大事にしたいです。
いのちの心配さえなければ、休んでいてくれることもありがたい気持ちです。

何でもない日常の話を読んでくださって、ありがとうございました。





子どもの日常 | 13:14:12 | トラックバック(0) | コメント(6)
EMDRでトラウマと向き合う
ご訪問ありがとうございます。

舌打ちの幻聴に苦しんできたナカリが、
自分から「EMDRでやっつけたい」とカウンセラーさんにお願いして、
嫌な記憶と対峙する決意で臨んだ今日のカウンセリング。

結論から言うと、ナカリがとてもよく頑張って、効果大!
取り組む前後で、記憶に振り回される状態が、かなり軽減されました。

使う刺激は、いつものように、私が両膝を交互に手でトントン叩くのに加えて、
音には音で対抗、ということで、ヘッドホンから左右交互に流れる音も併用しました。
はじめる前に、音の大きさやスピードを確認し、ナカリがちょうどいいという度合いに設定。
対峙するトラウマを
「高校1年生の時に、人混みですれ違った時にサラリーマンに舌打ちされた場面」
と絞り込み、
その時、どんな気持ちがしたか、から、一緒に振り返りました。

いくつかの選択肢の中から、ナカリが選んだのは

びっくりした
無視できなかった


でした。
これには私もびっくり。
そうか、まず、最初に感じたのは、びっくり、だったんだ!
そして、それを聞き流せなかった、引っかかって気になって、そこからずっと引きずっていたんだ。

で、先生が、次に提示したのは、どうなりたいか。
これもいくつかの選択肢の中から、自分の気持ちに一番近いものとして選んだのは、

私は大丈夫、嫌なことは無視できる

でした。
目標をここにおいて、いよいよ正面からトラウマに対峙します。

最初に、その場面を思い出した時の気持ちは、
とても困る⇔全く困らない、のゲージで測ると、かなり困る、という状態で、
やっつけがいのあるトラウマだと再認識してからのスタート。

左右の脳への刺激を受けながら、
先生と一緒に過去にさかのぼって、
その時、言いたくて言えなかった言葉、感じたこと、を探り出していくと、

こわい

が出てきました。
そうかー。びっくりしたあと、怖かったんだ。これもまたびっくり。
(他に、嫌だった、腹が立った、悲しかったなどがありましたが、
その他、を選んで、本人から出てきた言葉がこれだったのです)

引き続き、丁寧に気持ちを掘り下げていく中で、次に出てきたのは、
難しい表情とともに

怒り

でした。

先生が、
いいよ!そうだね、こわい、から、怒り、に変わるのはとってもいい、
と言ってくださり、
その怒りを外に出そう、と、
クッションを両手に抱えて、思い切り叩きました。
最初は「恥ずかしい」と言っていたナカリも、おずおずと叩いているうちに、
だんだん場面を思い出して怒りがこみあげてきて、
こぶしに力を込めて思い切りクッションを叩きました。

そして
一区切り一区切りするたびに、先生がいいよー、と肯定してくださり、
背伸びして少し力を抜いたり、
途中段階での気持ちの確認(ゲージを使って)をしたりしながら、
気持ちが吐き出されて、スッキリする方向に動いて行くのが、
指し示す数字でわかり、安心できました。

ある程度数字が下がってきたところで、
ここまでにしておく?もう少しやっつけてしまう?
と、先生が聞いてくださる度に、
もう少しやる、と本人が決めて、継続。
1時間半くらいかけて、最終的に、本人から出てきた言葉が

どうでもいい

でした!
そう、そうやねん、そんな相手はどうでもいいんや、無視したらいいんや!
私は大丈夫、やねん。傷つけられたりしないんだよ。

ひとつひとつの気持ちを、しっかりと味わおう、心に刻もう、と、
そのたびに左右の刺激を受けながら、目をつむって気持ちを自分自身でじっくり確認。

「どうでもいい」に辿り着いたあと、出てきた笑顔がすっきりしていて、
こちらまで肩の荷が下りた気がしました。

EMDRでは、
最後のまとめの時に、安心できるモノ、をいつも用意しておくのですが、
今回は、
先日の帰省の際に動物園で撮ったクロサイの写真を背景にした、
デート中のナカリ(写真)とカゲウラさん(イラスト)のコラボ!にしました。
この写真を撮ったあと、
サイが近づいてきてお尻を向けて、目の前でボタボタっと大きな糞をしたのですが、
それを思い出すだけで満面の笑顔になってくれたナカリ。
排便と似た感じで、トラウマをかみ砕いて脳から排出するのがEMDRなので、
ちょうどよいグッズになり、最後を笑顔で締めくくることができました。

トラウマ除去の取り組みで、すぐにゼロになるわけではないものの、
今回かなり成果を上げた様子なのは、
スタートの時点から、本人が克服しようとしていたこと、
この間、いろいろな活動を経験して、がんばってきたことで自信をつけていたということ、
が、大きかった、と、
先生が、とてもほめて力づけてくださいました。


母が亡くなってもうすぐ半年。
ちょうどカウンセリングに行くときにかかってきた電話で
「ナカリをほめてやるんよ」と言われたのが最後の会話になったので、
カウンセリングに行くたびに母のことを思い出すだろうと思います。
今日もナカリは、「おばあちゃーん」と、帰り道で空に向かって報告しました。

がんばったよ。
安心してね。いっぱいほめるからね。


帰宅したら、息子の方も少し熱が下がっていて一安心。
明日(ああ、もう今日だ)は、ナカリは当事者会。
連続ですが、無事に乗り越えられますように。
息子の回復も進みますように。

長い記事を読んでくださってありがとうございました。






子どもの日常 | 00:02:01 | トラックバック(0) | コメント(8)
息子の風邪…親はいくつになっても子どもの体が心配
ご訪問ありがとうございます。

いろいろなジャンルの、いろいろな方々の記事を読めることは、
私のメンタルを潤し、力づけてくれます。
コメント出来る時も出来ない時もありますが、
たくさんのブログ運営者の皆さんに、心から感謝しています。
この場を借りて、あらためて、ありがとうございます。
私自身、
身体の方は少しずつガタが来はじめていますが(^-^;)、
今のところなんとか無事に過ごせているので、
これからも、できるだけ気持ちは若く、
前向きに日々を過ごしたいと思っています。


…で、
お盆休みが終わって、昨日から仕事が始まったのですが、
休み中の疲れが出たのか、今朝方から息子が不調
ナカリと二人で留守番中に熱も出て、今日一日、寝っぱなしだったようです。

無理すれば動けなくもないという感じでしたが、
とりあえず明日下宿に戻る予定を先延ばしさせ、
近所の内科が開いていたら診てもらってくるよう、くぎを刺して休ませました。

ほんと
いくつになっても、親は子どもの体が心配。
小さなころ、子どもが熱を出すと、眠れない夜を何度過ごしたことか。
自分が痛かったり、しんどかったりする時以上に、
子どもが不調の時には、心配で身を割かれるような気持ちになります。

私自身も子どもの頃には、いっぱい親に心配かけたみたいたし、
母もまた、子どもの頃には祖母に一番心配かけた子どもだったと聞いています。
こんな風に、順送りなんだなあ。

ありがたいことに、ナカリは、体の方は丈夫なので(ちょっとした不整脈以外)、
そういう心配が少なくて感謝です。
むしろ息子の方が、耳鼻科系に問題を抱えていることもあり、
独り暮らしで一番心配なのは、そこ…。
今回も、ある程度回復してから帰るよう、無理にでも引き留めている状態です。
(まだ子離れできてないなあ~)


ちょうど、
新聞の書評に惹かれて読んだ「持たない幸福論」(pha著・幻冬舎文庫)で、
体力のあるなしによる違い、を述べている部分がありました。
phaさんの本
息子も「体力がない方のひと」なので、phaさんと同じく、年よりじみて?います。
それが、良い方向に出る時には安心なのですが、体を壊すと気が気でありません。

>疲れたときや不安なときはゆっくり休むのが大事だ。
 大抵の悩みごとは休息を十分に取れば半分くらい解決する。

そう、休める時には十分休んでほしい。
帰省中、ナカリもがんばったけど、息子もがんばったから、もう少し休憩してから帰ってね。

このphaさんの本の中に、
「男の子は、水に漬けて日に当てて寝かすべし」という西原理恵子さんの言葉がでてきて、
>体力があり余っていて目を離すと何をしでかすか分からないから、
 プールとかで泳がせて体力を消耗させると扱いやすくなる、という意味だ
との解説があります。

西原さんは、ダイナミックな子育てで、私にはとてもまねできないけれど、
ちょうど愛媛から帰る飛行機に乗る前に、空港の書店で夫が買ってきて、
「はい、待ち時間に読むのに良さそうだと思って」と渡してくれ、一気読みした本。
「女の子が生きていくときに、おぼえていてほしいこと」(西原理恵子著・角川書店)
西原さんの本

偶然ですが(でもないか?)、
この本の最後でも、先のphaさんが書いていた内容に似た、
>女たちは、次の世代、また次の世代に希望を託してきた。
 ・・・ちょっとずつ、ちょっとずつ、糸をつむぐように、女から女へ橋渡しされてきた希望の種なんだ・・・
という言葉があり、
3歩進んで2歩下がる、的な形で、世の中が進んできていること、を実感させてくれました。

>せめて子どもには、今の自分より、少しでも幸せな人生をあげたい

そう、そのためなら親は何でもするよ。
いつも無事を願っているよ。
子どもの方も、その思いに応えてくれてることに感謝しているよ。

ナカリは明日、EMDRで、幻聴のもとになった体験と対峙する予定。
息子には、一人留守番の間に休息をとってもらわねば。

今日一日に感謝しながら、
明日もまた無事でありますように。

ありがとうございました。




子どもの日常 | 23:36:14 | トラックバック(0) | コメント(4)
「学校」時代は、過ぎていく
ご訪問ありがとうございます。

留守中に開かれていた、社協役員会の資料を、ブロック長さんが届けてくださいました。
今年度、断り切れずに副ブロック長を引き受けたものの、
毎月開催される役員会に出ないといけないとまでは思ってなくて、結構大変。
でも今月、来月は、帰省のため欠席、とお願いして休ませてもらっています。

資料を見ると、毎月届けられる、校区の小中学校の「学校だより」と「PTAだより」が入っていました。
後者は夏休み前の特集号で、小中どちらもカラー印刷。
今年度の教職員とPTA役員の紹介が、顔写真入りで載っていて、
社協の役員でもしていなければ目にすることもないだろう「今」の学校の様子を垣間見ることができました。

当然のことながら、小中学校とも、知っている先生はもうほとんどおられず、
学校の先生は旅人、という言葉を改めて思い出しました。

「期間限定のお付き合い」
年度年度入れ替わっていく子どもたち。
転勤で、いろんな学校を渡り歩いて行く先生たち。

ひとつひとつの出会いが、「ご縁」なんですよね。

自分の過去記事、別れの季節と絵本「ねずみとくじら」 でも、
「教師は旅人」という言葉を書いたことを見つけました。

忘れられない先生、というのは、良い場合も悪い場合もあります。
長い人生の中で、良い師、に出会えたら、さいわいなこと。
でも、そうでなくても、「学校」時代は長い人生のごく一時期で、いずれ過ぎ去っていくもの。

なんだか、今は、必死の思いで、親としてあれこれ学校に働きかけていた昔を、
夢のような気持ちで振り返ることができます。


届けられたPTAだよりを見て驚いたのは、
支援学級の担任と介助員の人数が、小学校も中学校も、昔と比べて倍以上になっていることでした。
親の集まりで、今の支援学級在籍人数が、私たちの頃の倍以上と聞いてびっくりしたのですが、
それはつまり、先生の数も同じく増えているということ。
なので、
学校の一般保護者の方たちにも、以前よりも「大きな存在」として、
「支援学級」を目にする機会が増えているのではないかなあ。

そして、これだけ規模が大きくなってくると、
先生とも、他の子どもや親とも、
きっと、いろんな出会いや別れがあるだろうな。

今まさに学校時代を過ごしている若いママさんや後輩当事者のために、
この冬、ナカリが自分の体験談を文章とイラストにして伝える予定だけど、
その時に、少しでも後輩たちの肩の力が抜けるような形で伝えられたらいいなあ・・・

あんまり先の心配をし過ぎないで、大丈夫、何とかなるよ。
その時その時ベストと思って必死に取り組んでも、結果につながるかはわからない、
でも、振り返ったら、それもやっぱり一つの過程として今に繋がっている、
だから、
自分の勘と、子どもへの愛、とを頼りに、嵐の思春期を抜けるまで、がんばって。
(かつ、がんばりすぎないで)

秋が来たら、腰を据えて、学校時代の体験談作成、に取り組まなきゃ。
後悔したり、再度苦しんだりすることなく、
ナカリと一緒に前に踏み出すための、振り返り作業、になりますように。



パソコンからなので、久しぶりにyoutubeを貼ってみます。
ナカリと同じく小学校高学年から「学校」と距離を置いていた息子が、
自宅に帰って弾いてくれているピアノ。
ギボンズのイタリアングラウンド(グールド演奏)







思い出 | 11:23:36 | トラックバック(0) | コメント(6)
土の器~追悼・日野原先生、本土空襲、日航機事故
ご訪問ありがとうございます。

今朝は昨日に増して過ごしやすくなりました。
夜、自然の風で寝ることができたのも久しぶりです。
外から、ジージーと、何か電球が切れる前のような音が聞こえて気になるので、
なんだろう?と家族にも聞いてみたところ、息子が耳をすませて「セミとちがうか?」というので、
外まで出て行って確認したら、隣との壁に茂っている蔦の中から、切れ切れに聞こえるその音は、まさにセミ。
日が暮れてずいぶん時間がたつのに、最期の最期の力を振り絞って、1匹だけ、なき続けていたようです。
それも寝る頃には聞こえなくなっていました。
セミの絶命した姿や、
弱ってひっくり返っているのをつかもうとするとまたバタバタと羽根を動かしてうつぶせに戻るけど、
しばらくしたらやはりひっくり返って絶命寸前、という姿・・・まさに虫の息、
そんなのを思い出しながら、命を考えていました。
息子によると、古代ギリシャでは「セミは詩人の生まれ変わり」と言われていたそうです。


昨日の朝日新聞夕刊の「惜別」コーナーに、日野原先生が掲載されていました。
母の誕生日に逝かれた先生。
>3月半ばに「脱水症状だと思う」と訴え、入院・・・人工呼吸器や胃ろうを拒み、自宅での療養を望んだ
とのくだりに、「死期を悟る」というのはこういうことなんだな、と、ただ、もう感心させられました。
母も、最期の救急入院の時点で、脱水、昏睡に近い状態から意識を取り戻し、
わずかの点滴だけで10日たらず踏みとどまって、点滴を外した日に逝きました。
母がまだ結婚する前、母方の父がガンを患い、
自宅の布団で、まわりのみんなに「ありがとう」と言ってから、カクッと亡くなった、という話を、
母から何度も聞いたことも思いだし、会ったこともない祖父のことを身近に感じました。
その人の存在を忘れない、誰かが覚えていて伝え続けることで、
心の中に生き続けることができるんだなあ、と、改めて思いました。

日野原先生は、
聖書を引用して人間の体を「土の器」にたとえ、
器は滅びるが、内なる魂は永遠である、と書かれていたそうです。
母も、常に、迫りくる死と向き合いながら、「国籍は天に在り」の言葉を支えにしていました。
お墓にもその言葉が刻んであります。
人の心は、信仰によってこんなにも強くなれるんだなと考えさせられます。
9月の合同慰霊祭には私一人で帰省の予定ですが、
その際に再度ゆっくりお墓の掃除をして来ようと思っています・・・


夜には、また、家族4人そろってNHKスペシャル「本土空襲・全記録」という番組を見ることができました。
両親から聞いた空襲や機銃掃射を、私も子どもたちに伝えてはきたけれど、
伝えきれない、私も知らない、たくさんの過去を、映像の力で目に焼き付けてくれました。
見ることができて良かったです。
戦争に対して不安がるナカリにも、
こうやって語り継いでいくことで、過去を学び、間違いを繰り返さないように、と、がんばっている人たちがいるんだよ、
と、番組を作ってくれた人、見ている人、がいることを考えて、安心させることもできました。

番組の最後で、
戦争中は日本人を殺すことだけを考えていた、という旧アメリカ軍人のご老人が語られていた言葉、
・・・戦後何十年もたってから日本に来て、子どもが手を振ってくれる姿を見て初めて、
自分が爆弾を落とした下には人間が居たのだと悟った、
ビルの谷間から青空を見上げると自分が自分の上に爆弾を投下してくるように感じた・・・
というような内容が、青空の映像とともに胸に焼き付けられました。


そして、
日航機事故から32年。仏教でいう三十三回忌だったことも、報道で改めて思いだし、
あの時、夜中もテレビの映像から目が離せず、夜が明けてから、伊丹空港発の帰省の飛行機に乗ったこと、
空港の待合室では、みんながテレビにクギづけで、生存者救出の場面にホッと胸をなでおろしたこと、
・・・いろいろと思いだされました。


理不尽に命が奪われる悲しみに、
怒りや憎しみの連鎖に、
息苦しくなりながら、
一方で
天命を全うできること、死後に備えること、
の重みも感じて、
やはり夏に考えさせられることは多いな、と、
自分も年を取ったということと併せて、
かみしめるような一日でした。

少しだけ秋の気配を感じながら、
朝の静かなひとりの時間にパソコンを打てるしあわせに感謝しながら。

読んでくださってありがとうございました。




未分類 | 08:51:26 | トラックバック(0) | コメント(2)
帰省中のナカリ。がんばりました。
ご訪問ありがとうございます。

久しぶりにパソコン入力です。
左手中指が使えませんが、右肩がましになってきたので、パソコンOKです。
外ではセミがミンミンワンワン、太陽も照りつけていますが、この時間(午前10時)でも、まだ扇風機で大丈夫です。
少しずつ夏が通り過ぎていく気がして、時間は止まらないんだなあ、と、当たり前のことだけど感傷的になります。

私とナカリは1週間の帰省。
夫と息子が来てからは、外出も増えて、結構慌ただしい毎日でしたが、
途中1日だけ「頭が過活動して眠れない」と言って頓服を飲んだだけで、
あとは何とか無事にやり過ごすことができました。

私と二人だけの時には、何かしながらも、ふいに「おじいちゃーん」「おばあちゃーん」と、呼びかけ、
「やっぱり寂しいよー」「なんでー」と気持ちを外に出して、二人で共感しあっていました。

私が作ったマスコットを全員(11人)連れて行ってくれ、大きいのとは、一緒に寝ました。
マスコットたちは、裁縫が得意だった母が見たら、突っ込みどころ満載の出来ですが、
「母が子のために何か作る」という思いだけは受け継げたかな、と思いながら、
それを受け止めてくれているナカリに感謝でした。

片付けの方は・・・
前回、戸棚の中から大量の空き瓶を見つけて、鍋類とともに処分しましたが、
今回は、食器棚の引き出しなどから大量の割りばしとお弁当ケースを見つけて処分しました。
割りばしとお弁当ケース!
宅配で届くお弁当についていたものを使わず、マイ箸で食べてたところまでは想像つくけど、
それなら、業者さんに「お箸は要りません」と言えばいいのに、遠慮したのかな。
「もったいないから取っておく」親の世代の感覚に、ごめんねと言いながら結局私が処分しました。
おかずが入っていた小分けのケースをきれいに洗って、種類ごとに重ねて、不織布のお茶パックに入れてあるのには、
おやまあ!と驚くとともに、几帳面な母のやりそうなことだと苦笑(^-^;)
これ、取っておいても、お弁当作る予定なんてなかったでしょ、どうするつもりだったの?と、
母の手間暇かけた手仕事?に思いを馳せながら、全部処分しました。
こうした小物が捨てられなかったのは、いつか私が使うことを考えて?・・・まさかね。
ごめん、お母さん。
そう言いながら、つまようじだけ取り分けて小瓶に入れてあるのは、私もまだ捨てられずに残してきました(笑)

で、ナカリですが、
私が病院の間、夫と二人で夕方ジョギングもがんばりました。
もうだいぶ地理も分かって、夫に道を教えるくらいまでできたそうで、感心。
ジョギングのあとは、家族みんなで温泉に出かけましたが、
ここで、電車での移動段階から、観光客の多さにカチコチ。
帽子にサングラスでガードしても、緊張Maxで、
温泉の入口では「人がいっぱいで嫌だ、疲れた、もう帰りたい、帰る」と言うのを、
何とかなだめすかして中へ。
幸いなことに、洗い場の端っこを確保できたので、そこで壁を向いて体と髪を洗って、
湯船には少しだけ浸かって、早々に上がりました。
脱衣所でも端っこのロッカーを確保できたので、そこで着替えて外に出たら少し回復。
一時はどうなるかと心配しましたが、がんばれたことに拍手でした。
幼い頃なら、ここでパニックになって暴れてどうにもならなかった場面です。
行きたいところに行けない、入りたいお店に入れない、諦めるしかない、その繰り返しだった昔を思うと、
ちゃんと、成長してるなあ。
でも、無理させ過ぎちゃだめだよね。
ゆっくりゆっくり。

夜、ふいに「お母さんが死んじゃったら私一人でどうしよう」と言う日もありましたが、
そんな先のことは考えなくていいから、とお話しすることで、
なんとかその不安もやり過ごすことができたし、
パラレルキャラたちを心に思い浮かべながらスマホの写真を眺めたり音楽を聴いたりしながら、
基本、穏やかに過ごすことができた1週間でした。

ついでに言うと、私のメンタルのお薬を一部断薬して何とか過ごせているので、
ナカリのお薬についても、今度病院で、減薬に向けて相談してみようと思います。

おじいちゃん、おばあちゃん、これからも見守ってやってね。


最後に
実家で廃棄することにした、昔のダブルカセットの写真だけ貼っておきます。
息子のピアノをカセットに録音して送ったら、母がとても喜んで、
これでダビングして教会の先生にもお渡しした、と話していたのを思い出しました。
今またカセットが流行ってきているみたいなので、壊れてないカセットデッキを入手して、
母の手元に最後まであったカセットたち(教会関係と、私が若い頃聴いていたものがほとんどですが)を、処分する前に適宜仕分けしたいな、と思います。
一気に捨てられないのは、やっぱり私も年とったからかなあ~
ダブルカセット CIMG1059



子どもの日常 | 10:57:50 | トラックバック(0) | コメント(6)
ナガサキの日に、また整形外科…
こんにちは。
今日も暑い一日でしたね。
お墓まいりは無事終わりましたが、あれこれ、やることに追われて、落ち着きません。
なかなか更新出来ず心苦しいですが、ご訪問くださることに感謝です。ありがとうございます。

今日はナガサキの祈念式典を中継で見ました。
両親とも、キリスト教で葬儀、埋葬をしたこともあり、ナガサキの教会からの映像に、心動かされました。
また、被爆者の方のお話で、2歳上のお姉さまを亡くされたこと、あの日に山の向こうには行けないと言われて途中で引き返したけれど、その時無理してでも自宅に戻っていれば最期に声をかけられたかもと後悔されたこと、家族で荼毘に付されたということ、をお聞きして、胸いっぱいになりました。

肉親を失う辛さを自分も体験して、若い頃とはまた違う感じ方になっている気がします。

若い、というと、高校生の女の子が、キリッとした表情で、自分達が被爆者の方のお話を直接聞ける最後の世代だと思うから、しっかり語り継ぎたい、というようなことを話している姿に、とても感心させられました。

暑い一日、改めて平和を願う日になりました。

そして、今、また整形外科に来ています。無理したつもりはないのですが、やはり肩の調子がいまひとつで、力が入らず、痺れもあるので、以前足の指を診てもらった病院に来てみました。併せて、手の指の爪に炎症も起こしてしまったので、消毒してもらいました。
レントゲンで確認してもらったところ、なで肩、ということも不調の一因らしく、ビタミン剤を出してくださいました。

お盆前で混んでいる待合室から、スマホ入力で更新です。明日も病院なので、待つかなあ。
病院に来ると、いろいろ思い出してしまいます。

皆さんも、暑さの中、ご自愛くださいね。
読んでくださり、ありがとうございました。



未分類 | 17:30:18 | トラックバック(0) | コメント(8)
愛媛からヒロシマを想う
こんにちは。
帰省中で、スマホ投稿のため、飛び飛びですみません。ご訪問ありがとうございます。

今日はヒロシマ被爆の朝でしたね。
朝、スマホでラジオ放送を聞いていたら、ナカリが「今日どっちだった?15日は何だっけ。忘れてごめんなさい」と言うので、いやいや被爆のこと覚えてて嬉しいよ、と、ヒロシマ、ナガサキの話をしました。

今年は両親とも居ない夏なので、戦争の話を直接聞くことが出来ず、これがこの先もずっと続くのかと思うと、やはり、語り継ぐことの大切さを感じます。

空襲の話は両親からよく聞きましたが、大学時代の友人で被爆二世の子から原爆の話を聞いたり、沖縄出身の後輩から話を聞いたりした時には、同世代の身近な問題として心に刻まれました。

両親の話に戻ると…
父は生前、一枚の罹災証明書を額に入れて、これさえあれば他の財産は何も要らん、と、酔うたびに言っていました。今でも実家の床の間に額がかけてあります。戦後の混乱の中、この証明書を頼りに配給を受けた記憶が、当時中学生だった父にとって、大きなものだったからだろう、と子どもの頃から額を見るたび思ってきました。

あの戦争は、私たちにとっては親の世代の出来事。でも孫たちには、もう一つ前、祖父母の時代の話。私たちが語り継げるうちに、きちんと伝えておかないと。

ナカリは、すぐに不安になるので、平和登校日の映画やビデオは苦手でした。
でも、おじいちゃんおばあちゃんの話、ということでは、自然な形で記憶が蘇るようです。過去記事にした、NHK番組「きのこ雲の下で何か起きていたのか」のことも、すぐ思い出してくれました。

日常の中で、今に感謝しながら、未来に繋げていきたいです。


愛媛はまだ雲間から時々青空が見えています。
台風の被害が、これ以上ありませんように。
今夜は、母の実家近くで花火大会が予定されています。天候により微妙な様子ですが、実施されたら、かなりの人出になると思われます。
去年の母は、入院先から外泊で実家に戻り、叔父に車イスを押してもらって、港近くから姉弟二人で花火を眺めることが出来たのが、今になって本当にありがたかったなあと振り返っています。平和に花火を楽しめる世の中を守らないと…。

私の実家近くでも、昨夜は土曜夜市の出店がたくさんで賑やかでした。ナカリと夕食を買いに出たら、すっかり人酔い、「疲れた」と、早々に帰宅しました。ナカリ「みんな楽しそうやなあ」と、少し気になりつつ、まだリアルより想像の世界の方が安心なようです。
周りと適度に距離をとりながら、一人の楽しみを大事にしつつ、社会のことも無関心にならないでいて欲しい、と、あれこれ望んでしまう私でした。

今夜には、夫と息子も合流します。
無人の家の匂いは吹き飛ばしたので、先に着いてて良かった…今夜は久しぶりに四人揃って両親を偲び、またヒロシマに想いを寄せたいです。

とりとめない文章を読んでくださってありがとうございました。








未分類 | 15:02:45 | トラックバック(0) | コメント(8)
相談機関のモニタリングで、うつむきながらも笑顔
ご心配おかけしました。
拍手コメントでお気遣いいただいた方々、
ほとんど訪問出来ず、また大した更新も出来ずにいたのに、
来ていただいた方々、拍手いただいた方々、
重ねてありがとうございます。

石灰沈着の原因は特定されていないそうですが、
カルシウムの摂取不足も原因のひとつとか・・・
人間の体はすごいシステムになっていて、
血液の中のカルシウムが不足すると自分の歯や骨を溶かして代替手段にするそうで、
その濃度が高くなりすぎると、今度は放出して関節あたりでだんだん固まっていき、
それが神経を刺激すると突然激痛・・・
そんなことになっていたとは、食生活の見直しも必要、と反省でした。

とにかく
まさに涙が出そうな激痛で、とてもパソコンは打てないと思っていましたが、
昨日から軽快し、ましになってきたので、
「無理はしないで」とドクターに釘を刺されながらですが、
予定通り、今日から1週間、ナカリを連れて帰省します。
パソコン環境を離れるので、引き続き更新が鈍ると思いますが、
もし書けるようなら、スマホから投稿します。

こんな状態なので、
来て、読んで、コメントしていただけることに、改めて感謝しています。
すみません、そしてありがとうございました。



大阪は猛暑日が続いていますが、
台風の影響か、この数日、朝は自然の風が心地よいくらいです。

思い立って、自分の断薬(減薬)に再チャレンジ中・・・様子を見ていますが、
今朝がたの悪夢には冷や汗をかき、早くに目が覚めました。
何か一方的に責められて一人で必死で反論する、というパターン
→夢というのは無意識の表れだから、
ちょっと精神的緊張状態にあるのかもしれません。
(今回は、夫と息子も数日後、あとから追いかけて帰省してくれるので、
家族4人全員が私の実家でそろうのは何年振りかになるし、
今は無人の実家=墓参りと家仕舞いに向けての帰省、
ということで、気が張っているのも事実です。
その影響かなあ・・・)

最近はナカリは睡眠の質が安定してきているようですが(お薬のおかげ?)
一時期悪夢が続いて眠れなくて、夜中に叫んだりしていたので、
辛かっただろうな、と、
自分も経験して改めて思いました。
肩の痛みで片手が使えなかった間、
マヒで片手が動かないナカリのお友達のことを思ったり。
・・・「なってみないと分からない」ことも多く、
私の想像力もまだまだだなあと振り返っています。


で、
昨日は、相談機関の当事者会で、
無事、かき氷づくりに参加してきました。
最初は人数がそろうまでしばらくいつもの部屋でお話しした後、
調理室で、みんなでかき氷を作って、シロップをかけて食べ、後片付けして解散、
それだけのことなのですが、
今回、私もずっと一緒に過ごし、
なんとなく、名前も覚えて親近感が増し、嬉しかったです(^-^)
(名前を覚えるのはナカリの得意技。私が忘れていたスタッフさんの名前もきちんと教えてくれました)

そして、
皆さんが帰られた後、うちだけ、そのまま親子でモニタリング。
前回のモニタリングで、
一気に就労に向かうのでなく、まず当事者会への参加からはじめては?と提案され、
その後、ある程度慣れてきてくれたのが、何より嬉しい、とスタッフさん。

「どうですか?」と聞かれて、
本人は、「(私だけ)馴染んでない」と答えたのですが、
スタッフさんから
「でもナカリさんがお休みの時には、他の方からどうしたのかな、という声がきっと出ると思いますよ」
「今はおしゃべりしている方も、最初はほとんどしゃべらなかったし、お母さんが付き添いされてましたよ」
などと、メールでいただいた感じのお話を直接聞いて、
ナカリもうつむきながら少し笑顔。
ああよかった。
本人も、
まずは「スタッフさんには慣れてきた」と言ってくれて、それだけでも花丸!
少しずつ、少しずつ。
ゆっくり、焦らず、馴染んでいこう。

一人が好き(安心)だけど、一人だけでは寂しいのも事実・・・
気持ちをうまくコントロールしながら、いつか訪れる一人暮らし?に向けて準備を積んでいこう。

一人暮らし、といえば、
今回、私が手を使えない間、口で支持して動いてもらったのですが、
調理(卵を割ってベーコンと一緒に炒める、レンジの扱い、など)は予想通り大丈夫だったけれど、
ゴミ出しの段階で、ごみ袋の口をうまく結べなくて手間取っているのを見て軽いショック。
手先が不器用で、子どもの頃、ちょうちょ結びの練習に時間がかかったのを思い出し、
ごみ袋の口を十字に閉めるのを初めてさせてみて、
ビニールで手が滑るのも含めて、
これは、慣れさせていく必要がある、と思ったのでした。
出来る家事の分野を少しずつ広げることも大事だな。


最後に、パソコンで打てるうちにご紹介。

ハフポストの特集「#だからひとりが好き」

夫が見つけてきて、時々、気になる記事をチェックして、
ナカリとも一緒に見ています。
こういう特集はありがたいです。
タイトルに関心を持たれた方がおられたら、ぜひ覗いてみてください。
様々な記事が集まっています。


では、台風の動きが気になりつつ、飛行機で愛媛に行ってきます。
暑い日が続きますので、どうぞご自愛くださいね。
ありがとうございました。



子どもの日常 | 08:17:09 | トラックバック(0) | コメント(10)
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