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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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昨日から不調 「明るく笑顔で働ける人に、なんで成れなかったん?」
ご訪問ありがとうございます。

息子が下宿に戻っていき、私も用事で出かけて、一人で留守番していた昨日から、
ナカリの調子が激しく崩れてしまいました。
今日は午前中、私が親の集まりに出かけていたので、
午後から、久しぶりに散歩しよう、可能なら空いてる喫茶店で外食しよう、と誘って出ましたが、
5分ほど歩いたところで「やっぱり駄目、帰る」と、踵を返してスタスタ戻っていきます。
一刻も早く自宅に帰り着きたい、という感じでした。
・・・あとをついて歩きながら、これはヤバい、私の頭の中で警報が鳴り始めました。
帰宅して、まずは頓服を飲んで、それから、ゆっくりお話。


周りの人から責められているように感じる⇒でも、一番責めているのは心の中の自分。
昔の(小学校ごろの)自分が、今の自分を見たらきっとがっかりする、
こんな大人になるはずじゃなかった、自分が大嫌い。


うーん、こんな大人って?

働かないでダラダラしている、みんな忙しくしてるのに自分だけ暇してる。
もっと、明るく笑顔で働ける人に、なんで私は成れなかったん?
全然ダメダメじゃん。
年金とかダサい。働けない人はだめだ。自分が悲しい。
先にいいこと、なにもなさそう。きっとずっと一人だと思う。
体がだるい、なにもしたくない、力が出ない。
何で私なんかが生きてるの?もう死にたい。


うーん。ちょっと鬱傾向かも?お薬の調整がいるかなあ。

病院嫌い、また入院とか絶対いや!

入院なんかしないよ。
・・・


巻き込まれ不安で私も気分が下降気味。
「明るく笑顔で働けてる人」なんて、ごく少数なんだ、といくら話しても通じません。

amazarashi 『ナモナキヒト』


歌詞の中の

>傷つける為の言葉は 空しくなるだけ 
 それでも 心に穴が空いて そこに流れ込んだ泥水は 
 全部吐き出さなきゃ 苦しくても吐き出さなきゃ

>上手くいかないときは 何をやっても駄目で
  駄目だ駄目だって思ってりゃ 上手くいくもんもいかないよな

・・・

>誰かが君の事を 悪く言っていたとしても 大丈夫 
 人の生き方は 良い悪いではないのだ
 目の前の分かれ道の 選択に悩みこそすれど 
 それを不正解と言ってしまう選択こそ 最も不正解なのだ

>上手く行かない時は 人のせいにしそうなもんで
 それを自分のせいにしてる 君は優しすぎるから

・・・というところが、胸に沁みすぎて、今日は辛いです。
この不穏な空気がなんとかなりますように。


ナカリに歌詞を伝えたら、うんうん、と、頷いて、日記を書き始めました。
泥水を全部、吐き出しちゃえ!




子どもの日常 | 18:28:28 | トラックバック(0) | コメント(10)
3回目の母の月命日に
ご訪問ありがとうございます。

今日は、母の3回目の月命日でした。

昨日から2泊だけ帰省中の息子が、近々誕生日なので、
今日は、前祝いとしてケーキを買って家族で食べました。
母は、いろんな人の誕生日をよく覚えて、カレンダーにもメモしていて、
子どもや孫の誕生日には必ず電話をくれたし、
夫の両親の誕生日にも「電話してあげなさい」という電話がかかってきたものでした。

亡くなって3か月がたって、やっと「母が居ない生活」に慣れてきた気がします。
やはり時間薬ですね。
遺された大量のものの片づけや処分には、まだまだ時間がかかりそうで、
そのことを思うと気が重いのですが、
今日は、息子が沢山ピアノを弾いてくれたのが嬉しくて、
「お母さん聴こえるかなあ、良かったね」と、心の中で話しかけました。
携帯が通じている時には、携帯越しに息子のピアノを聴かせたことが何度も。
3か月前も、枕もとで息子のピアノの音色を聴きながら息を引き取りました。

今日は、久しぶりにフランクのコラール(部分)も弾いてくれたので、
記念に、リヒテルの演奏をアップしておきます。
20分近くあって、長いですが、
楽譜を追いながらゆっくり聴いて、この3か月を思い出しています。




また、この間、ナカリのために、マスコットを追加作成しています。
今日までに、金髪チームが3人出来上がりました。
両端の、ジーク(右、赤ネクタイ)とマーク(左、青シャツ)は兄弟です。
二人とも、一応、王国の王子です。ナカリが中学の頃から居るキャラです。
真ん中のベン君は少し小柄で、ハワイに住んでいる元気な男の子です。
ナカリが顔を描いてくれると、命が吹き込まれたようになります。
裁縫が得意だった母が見たら、なんて言ったかな。
母だったらもっときっと上手に洋服を着せてあげただろうと思うと、直接教えてもらえなくて残念。
若い頃には、私自身、編み物や縫物には全く関心がなかったけれど、
親になってから、子どものために、いろいろ編んだり縫ったりするようになりました。
これも、母から受け継いだ思い出のおかげかな・・・ありがとう、と心で伝えます。
金髪チーム CIMG0897


・・・さあ、明日からまた、がんばろう!




思い出 | 23:08:16 | トラックバック(0) | コメント(8)
障がいのある当事者からの発信をどう受け止めるか
ご訪問ありがとうございます。

今日はちょっと重くなりそうなので、前の記事で大好評?だった、
パンダの赤ちゃんシリーズを先に掲載します(^-^)
前回の赤ちゃんいっぱい画像は、ネットニュースの写真を保存したんですが、
この三つ子の赤ちゃんは、朝日新聞の記事を切り抜いてとってあったものです。

「保育室で昼寝をする、生後3か月の子パンダたち」
三つ子パンダ

ナカリがイライラした時に、見てホッとできる写真を集めています。
動物系が多いのですが、お相撲さんもいます(笑)
癒しの写真、が、救いになる時があるのです。
一緒に笑顔になってもらえたら嬉しいです。



…で、重い話というのは、
後輩の小学校支援学級保護者会の方から、
会として「当事者の話」を直接聞きたいのだけど、心当たりは?
という相談があったのが始まりです。

「当事者の話」というと、小学校でも急増している支援学級在籍者の多くが発達障がいのようだし、
今、NHKがキャンペーンしている、見えない障がい(発達障がい)当事者、を想定してしまいますが、
支援学級には、ほんとにいろんな子どもさんがおられるわけで、
そのママさんたちが、どんな話を聞きたいのかなあ、と、考えさせられています。

「障がいとの向き合い方や実体験に基づく個性との向き合い方や生活の工夫など」
・・・を聞きたい、というお願いでしたが、
保護者からではなく、当事者から、その内容を聞けるとなると、
人前で、ある程度、自分の体験や気持ちを、伝えることが可能な当事者、ということになります。

なので、思いつく、ナカリの友達のお母さんに連絡したところ、快諾してくれました。
ただ、出来れば複数の体験談を、と、他の方にもお願い中です。
すでにOKをもらっているダウン症のお友達も、そのママさんも、
ナカリのことを、とても気にしてくれていて、
ナカリ本人が構わなければ、作文を代読してもいいよ、
と言ってくれています。

最近のナカリの気持ち 「通信制大学の試験問題 当事者の回答」


・・・小学校の保護者会の側でもいろんなニーズがあるみたいだし、
ほんとうに、人それぞれいろんな体験があるだろうから、
当事者の体験談を聞いて、学べることもそれぞれ違うだろうな、
でも、なにかしら通じるもの、一緒に考えられることはあるだろうな、と、
以前、相模原事件の後に、あるブログで知った「支えの信条」という映像を思い出しました。

もともとは英語版です。たくさんの当事者の方が直接語られています。5分ほどあります。


日本語版では、文章だけが表示されています。こちらは4分くらいです。


この中に
「あなたの隣人として見てください。
人は皆、人に支えられて生きているという事を忘れずにいてください」

というメッセージがあり、
障がいが有る無し関わりなく、誰もが一人で生きている訳ではない、と、
考えさせられました・・・というか、ほんとにそれを実感します。
「隣人」というのは、あたたかい言葉ですね。
聖書の「良きサマリア人」のたとえ話を思い出しますが、
一方、この本も思いだしました。
やさしい隣人達

出版されたのが今から20年近く前で、
その時点で、アメリカでの過去20年ほどの間の「施設から地域生活へ」の流れを解説してあります。
相模原事件は「施設」で起こりました。
日本の実情は、欧米の何十年か前の状態、という気がします。

学校時代はずいぶん「共生」が進んできましたが、
社会に出てからどうなのか、
「見えない障がい」だけでなく、見えるはずなのに見えていない障がい者はいないのか、
考え出すと気持ちが重くなります。

そもそも、障がいって何なのか。

難しく考えないで、ひととして、当たり前に、接していくことが大事だろうけれど、
特別な支援や介護や医療措置が必要なことも事実で、
今は、自分と自分の家族のことだけ考えるのに精いっぱい・・・

後輩ママたちのために、力になれたらいいんだけど。
まだ、じっくり考えながら、になるので時間が必要です。
来週、後輩ママたちに直接会って相談してきます。



重くなっちゃったので、
以前紹介した、エストニアの作曲家、アルヴォ・ペルトの「鏡の中の鏡」
今回は、ピアノでなく、チェロとハープのバージョンです。
自分自身の心の癒しのために・・・



長い記事になって(といっても、紹介ばっかりで)すみません。




読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 11:49:13 | トラックバック(0) | コメント(10)
「きみのともだち」 ・・・想いが伝わればいいな
ご訪問ありがとうございます。

今日は、しばらく更新が止まっていたリンク先のブログが、
いくつか再開されていることに、気づきました。
ほんとに、重なる時には重なるものですね。
特に変わりなく元気に過ごされていた方もおられたし(良かった)、
それぞれ大変な時期を乗り越えてこられた方もおられましたが、
とりあえず、皆さんご無事であることが確認できて、
今日はそのことで頭いっぱいです。

(実はまだ、更新が止まったままで気になるブログは他にもあるのですが)
数カ月ぶり、という方々に、コメントを書きながら、頭の中で鳴っていたのが
「きみのともだち」 キャロル・キング


ネット上のあちこちに和訳が載っているので、今さら私が、ということで、訳は割愛しますが・・・
この歌詞、大好きです。安心できます。

しっとりした歌声と、ゆっくりなメロディーを聴くだけで、想いが溢れるので・・・
こんな「ともだち」が、我が子たちにもできたらいいなあ~、と、願いは尽きず。



まとまりませんが、今日はこんな内容で失礼します。

最後に、ネットニュースから保存していた癒しの写真です。
パンダの赤ちゃんがいっぱい。ナカリが喜びました。
パンダ


少しでも、笑顔になれますように!



読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 00:20:39 | トラックバック(0) | コメント(10)
「好き」がコミュニケーションの源~不登校時代を振り返って
ご訪問ありがとうございます。

昨夜、息子から、6月の学会に参加する手配ができた、との近況報告がありました。
初めてネットでJRの切符を取ったので、片道を二つ買ってしまった(往復割引を使えなかった)、
と、残念がっていました(過去、みどりの窓口では、そのあたり丁寧に教えてくれたとのこと)。
まあ、それも勉強。
ホテルもちゃんと予約できたみたいだし、いろいろやれば出来るじゃん、と、
一人暮らしを始めた頃のハラハラドキドキに比べて、安心できるようになりました。
(考えてみれば、一人でイタリアまで行けたんですから!)

ただ、あいかわらず、集団行動は苦手なようで、
研究室で一緒に切符やホテルの手配をする、というのを断って一人で別行動するみたいです。
対人関係での苦労は続いています。
めんどくさい(社交的、儀礼的な)ことには関わりたくない、というスタンスです。
これを「自分勝手」ととられるか、「マイペース」と許容されるか。
・・・大きなトラブルにだけはならなければいいなあ、と見守っています。

この息子が中学生の頃、適応指導教室に通いながら、熱心に文通していたのが、
教室担任の先生の親族にあたる、ご高齢の数学者の方でした。
担任の先生自体、結構マイペースで変わった方だったので、
ひょんなことから、「数学が好きなら、知ってる人を紹介しようか」という話になり、
先生を仲介して、面識のない二人の間で手紙のやりとりだけが続く、
という不思議な関係ができあがりました。
文通が続くうちに、息子自身「いつかご本人に会いたい」という希望をもつようになりましたが、
ご高齢で、入院生活だったこともあり、その希望が叶えられないまま亡くなられてしまいました。
病室のベットの側には息子とのやり取りの手紙が残されていて、
常々、息子の行く末を案じてくださっていたそうで、感謝でした。
息子の方でも往復書簡を今も大事に取ってあります。

まだ中学生だった息子を、きちんと一人の数学マニア?と認めて応対してくださり、
話は哲学的な内容にも発展し(その方は理系でも哲学や文学にとても詳しい方でした)、
年齢差を超えたやりとりが、当時の息子の大きな楽しみになっていました。
また、亡くなられた後、遺品整理でいただいた沢山の哲学書、西洋古典文学全集、
・・・が、その後の彼を導いたとも言えます。

そんなやりとりを仲介してくださった、教室担任の先生は、
コミュニケーションの基本に「自分の好きなもの」を置いておられました。
「グレン・グールドというピアニストが好き」「タルコフスキー監督の映画が好き」という先生、
学生時代まだ飛行機がソ連の上空を飛べなかった頃、遠回りしてヨーロッパに行ったという先生、に、
息子も影響を受けて、バッハを弾くようになり、北ヨーロッパに憧れるようになりました。


発達障がいの人の「出来るところ」「好き、得意な部分」に目を向けてほしいという話を書きましたが、
寄り添う人自身が自分の「好き」を大事にする、ということも不可欠だと思います。
ほんとうに自分が好きなものについて語る時には、熱が入りますよね。
聞いている人も、そのエネルギーに引き付けられる。
無理してコミュニケーションを取ろうというよりも、好きなものについて話しているうちに何となく会話になる、
そんな感じで、息子も教室に打ち解けていきました。
先生からお借りしたタルコフスキーの遺作DVD「サクリファイス」は、親子で見て、
今も強烈な印象を残しています。

アンドレイ・タルコフスキー監督の父親の詩集、まで買った息子です。
タルコフスキー詩集
この詩集の最後は「遺言 アンドレイ・タルコフスキーに」です。

その中の一文に「愛が君の重荷にならないように」というのがあります。
我が子に対して「君へ」と呼びかける数々の言葉に込められた想いは、
父と息子、の関係に限らず、考えさせられます。

コミュニケーションが苦手な息子の心を、柔らかく開いてくれた先生への感謝を込めて、
映画「サクリファイス」のラストシーンに流れた、バッハの「マタイ受難曲」



なお、映画「サクリファイス」の詳しい解説は A・タルコフスキー「サクリファイス」




思い出 | 12:01:57 | トラックバック(0) | コメント(12)
「やっぱり、今の私が一番いいかな」
ご訪問ありがとうございます。

日中、暑い日が続いていますね。
ナカリも、まだ鼻声なので、散歩は中断して、
昨日は、夕方からベランダで一緒に夕涼みをしながらお話ししました。

今、落ち込んでる、と、最初のうち元気のないナカリ。
生まれて来たかったわけじゃない、やっぱり生まれてこなかったら良かった。
将来を考えたら、あまりいいことがなさそう、不安だし絶望してる。
自分は一生結婚出来ないだろうし、お仕事も出来ないかもしれない。
この家で一人で住むとか考えたら悲しくなる、と。

うーん、悪い方に考えても辛いだけだからねー。
たとえばだけと、支援学校に行ってたらどういう人生だったと思う?
昔の自分は嫌い、ってよく言うけど、昔のまんま、イケイケで、誰にでもアプローチ、
周りのことはあまり気にしないで、いじめられてても気がつかない(気にしない)でいたら、
明るく楽しく、もしかしたら、そのまま、作業所とかに行って「楽しく」働けてたかも? かも、しれないけど、
そんな人生が良かった?

ここで、はっきり、ナカリ「いや」。

悩んで悩んで、苦しい思いをしながらだったけど、通信制の高校の授業は面白かったよねー、
良い先生にも出会えたよね?懐かしいこともあるよね。
高卒の資格を取れたから、1年だけだったけど大学生にもなれたし、勉強もできた、
好きな英語も学べた、支援学校には英語の授業は無かったものね。
いろいろあったけど、いろいろあったから、今があるんだよなあ。
もしあの時こうしてたら、とか、こっちの道に行ってたら、って考え始めたら、いっぱいあり過ぎて困るよ。
お母さんだって、こんな人生にしようと思ってなったわけじゃないけど、まあ、満足してるよ。

ナカリ「やっぱり、今の自分がいい」

そうやん!今のナカリと一緒に居られて、お母さん幸せ。
今のナカリが一番いいと思う。これからのことは、ちょっとずつ、考えていったらいいやん。
先のことは先のこと、きっと、なるようになるよ。
明日のことを思い煩うな、明日のことは明日が心配します、って、おばあちゃんにも聖書の言葉を習ったやん。

「うん」

気持ちい夕方の外の風と、庭木の緑と、小鳥の鳴き声に、ナカリの不安な気持ちも少し溶けたかな。

今日は私も仕事なので、久しぶりに長時間留守番してもらいます。気を楽にね!



ナカリはアニメは見ない(うらやましくなるから)、といいながら、音楽はよく聞いています。
「時をかける少女」より、奥華子「変わらないもの」




子どもの日常 | 11:06:35 | トラックバック(0) | コメント(4)
父の命日に「親の気持ち」を想う
ご訪問ありがとうございます。

昨日は父が亡くなって満2年の命日でした。
仏教だったら三回忌の法要が営まれる日ですが、
キリスト教なので、毎年1回、教会で行われる召天者合同祈念会に参加するだけで、
この先も、何回忌、といった準備をする必要はありません。
だけど、亡くなった両親のことは、折に触れて思いだし、感謝し、
次は自分が子どもに送られる番だと考えさせられています。

父は昭和ヒトケタ生まれで、自分のことをほとんどしゃべらない人でした。
戦争で空襲があった時、自宅にバケツで水をかけて逃げたけれど全焼してしまった、とか、
たくさんの焼死体を見たとか、戦争はだめだ、とかいう話はよく聞きましたが、
仕事のこと、親族のこと、自分自身のことは、結局ほとんど聞けないままでした。

子どもの立場で父親を見て、歯がゆく思ったり、腹が立ったりしたこともたくさんありましたが、
亡くなる数年前に聞いた、「しかたなかったんよ(そうするしかなかったんだよ)」という一言で、
それまでのわだかまりが溶けた・・・というか、
この年になって初めて、父の苦悩、悔しさ、諦念、のようなものを実感して、
やっと私自身が楽になれた気がします。

母との間でも同じです。
命ある間に、もっと話をしておけばよかったと思うし、やっぱり寂しい気持ちはあるけれど、
亡くなる少し前から、認知症の症状が強くなり、過去の愚痴が繰り返され、
母のことを嫌いになっていく自分も嫌で、そんな時間が長く続いたらもっと辛かったろうから、
母本人の言葉を借りると「賞味期限切れの身体」で、
自然の営みのままに、寿命を全うしてくれたことに、感謝です。
そして、母を亡くしてやっと、母を赦し、受け入れる気持ちの整理も出来た気がします。
(母が生きている間は、感謝の一方で、
「可哀想なお母さん」に支配され続けた「墓守娘」の自分が、「母みたいな人生は嫌だ!」と、
心の中で悲鳴を上げているようで、苦しい気持ちも引きずっていました。
その「母を嫌い、母から逃れたいと暴れる自分」が、母の死によって、やっと消えた気がします)


実は、父は、母と結婚する前に、心の病で強制入院させられたことがあったそうです。
母は結婚するまでそのことを知らなかったし、父も、娘にだけは知られたくないと思っていたようで、
私がその過去を知ったのは、ほんの数年前、母から聞いて、のことです。
(もちろん、父とはその話は一切しないまま看取りました)
母から初めてその過去を聞いた時、同時に、
祖母(父の母)が、そのことを他のお嫁さん(叔母)たちに言いまくっていたということも知り、
改めて、祖母に対する腹立たしい気持ちと、父の置かれた立場の苦しさを想いました。

10人きょうだいの長男で、誰よりも親族に尽くしたのに、祖母は弟(叔父)たちの方が可愛かった、
父は祖母のことを大事にしたのに、祖母からは愛されなかった、と思うと、哀しいです。
(明治生まれの祖母もまた苦労した人だったのは確かですが、いまだに祖母のことは赦せません)

父が心を病んだ理由は、弟たちや妹の身勝手な行動に振り回されたことだったようです。
弟のひとりが少年院に入れられたことで、自分は出世は出来ないと思う、とも言っていたそうです。
先日の帰省の際に、母方の叔父に「あれほど愛社精神の強い人はいなかったなあ」と言われるほど、
会社一筋、仕事一筋の人でした。
幸い、上司に恵まれ、退院後、復職もでき、その後も定年まで40年勤め続けました。
私はその上司の方を直接知らないままですが、
今よりもっと心の病に偏見が強かった時代に、父を守ってくれた人が職場に居たことが、
今になって本当にありがたいことだったと、強く思います。


兄弟の中で唯一の「会社員」になった父は、ほかの弟たちとはずいぶん年が離れていました。
一番仲良かった、すぐ下の弟を子どもの頃に心臓病で亡くした際に、
火葬場の煙が憎らしかった、という話は何度か聞きました。
子どもの頃に肉親を亡くす、という体験は、父の心に深く刻まれたことと思います。

しゃべらない人だっただけに、
一人で抱えて「墓まで持って行った」気持ち、が、いろいろあっただろうな・・・
(誰にも語れず「墓まで持って行く」話、というのは、誰だって一つや二つはあるでしょうが)

父も母も、一人っ子の私が、「家を出たい」と言っても止めることなく、送り出してくれました。

親の立場になって、「親の気持ち」を想い、感謝と、そして順送り、という言葉が浮かびます。

我が家の子どもたちは二人とも、マイノリティではあるけれど、
何とかこの世を上手く生き抜いて行ってほしい。
そのために、出来る限りの準備をしておいてやりたい。

親の人生は親の人生、子どもはまた別の人生を生きていくんだ、と、感慨深いです。
父への追悼文のつもりで書き始めましたが、
最後は、次の世代へのバトンタッチ、という内容になってしまいました。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

昨夜のNHKスペシャルは、ナカリが「見たくない」というので録画したのですが、
我が家の古い録画機は視聴時同時録画、しかできない配線になってたみたいで、
砂嵐の画像が1時間・・・でした(^-^;)
でも、ネットで感想を調べてみたら、当事者の方たちから好意的なツイートが沢山あって、
よかった~と、ホッとしています。
再放送があれば、見てみたいと思います。
紹介しておいて、感想が書けなくてすみません。




思い出 | 13:19:54 | トラックバック(0) | コメント(8)
「杖の役割」 ダダ母さんことハルヤンネさんの講演録
ご訪問ありがとうございます。

先の記事へのコメントで、改めて自分はナカリの杖にならないと、と思った次第です。
で、思い出したのが、昔読んだ「杖の役割」という冊子(2005年初版)。

杖の役割


私が子育てしている当時は、ネットが少しずつ普及し始めた頃で、
自閉症に関する情報を集めようと思ったら、本か講演か、とにかく親同士の口コミ中心。
その中で、
「ダダ父通信」というHPがあること、ダダ母さんがあちこち講演して回っておられること、を知り、
さらにダダ母さんが「おめめどう」という会社を立ち上げて、自閉っ子のためのグッズを通信販売しておられる、と知り、
ダダ君の記録として「レイルマン」「レイルマン2」という本も出版されているのを知り、
すごいなー、こんな支援の形があるんだなー、と、とても勉強になった記憶が強烈です。

おめめどう、からは、パーソナルスペースグッズとして、ついたて、を買いました。
学校にも持って行ってました。

・・・で、「杖の役割」の内容を確認しようと探しましたが、
薄い本なので、どこかに紛れて出てきません(泣)。
でも、内容は「目からウロコ」だったので、よく覚えています。

2003年にハルヤンネさんが小学校で講演されたときの様子を記録した部分で、
自閉症という目に見えない障がいに対する支援を、「身体障がい者にとっての杖」にたとえて、
実際に子どもたちの片足を動きにくいように固定して、杖をもって歩いてもらうのです。

子どもは杖をどちらの手に持つか?

固定されて動かない足側の手か?
それとも
元気に動く足側の手か?


これ・・・びっくりでした。

頭で考えたら、痛んでいる足をかばうから、そちら側に杖を持つ、と発想してしまいましたが、
実際には、子どもたちはみんな、元気な足の側に杖を持つ!のです。

元気な方を、しっかりと支えるための杖、・・・それが杖の役割、なんです。

出来ないこと、弱い部分、を補うのが支援、だと思いがちだけれど、
出来るところ、強い部分、をしっかり支えて伸ばす、それによって自身でカバーできるようにするのが支援。


このことを、私はナカリからも学びました。

「出来ない所に注目しないで、出来ることを生かせるように支援してほしい」(ナカリ)

彼女は、「人と話せるようになりましょう(それができなければ、いくら絵が描けても意味がないよ)」、
と言われ続けて深く傷つき、自信を失った過去があります。

主治医の顔を見ることができるようになるまで1年以上かかった子です。
視線を上げて相手の顔を見るだけでも大変なエネルギーを要するのに、
言葉を交わすとなると、緊張MAX、
顔はこわばり、眉の間にシワが出来、不機嫌そうな表情になってしまいます。
これを「上から目線」と誤解されたのですから(かくいう私自身も誤解しそうになったことが何度も)、
本人の気持ちはどんなに傷ついたことでしょう・・・ごめんね。

最初の書名をクリックしたら「おめめどう」の通信販売のページに飛びますが、
そこに、この本を読んだ感想ものっていて、感心させられたのは、東北の復興に関わる意見。

>ハルさんから学んだ「杖の役割」は、『自閉症や障害者支援』だけの話ではなく『いろんな支援の基本』なんだと気づきました。
 被災されている方々に、がんばれ、がんばれではなく
 西日本の日常を送れている所が、通常の生活をし、(寄付をふくむ)消費をすることが、杖の役割なんだと気づきました。
 だから、罪悪感をもたず毎日を過ごそうと思います。


自身の強みを生かす、伸ばす、という発想だけにとどまらず、
社会全体でも、「強い」もの、「通常」の方こそが頑張る、それが支援になる。

何という発想の転換!

昔、「弱いロボット」という本を記事にしたなあ、とブログ内検索をしたら、
読んだ本のカテゴリではなく、思い出カテゴリの「大学での支援(2)」という内容でした。
息子はまさに、大学で、強みを伸ばす支援、を受けていたのです。

弱いロボット、については、先の記事にコメントをくださった馬場亜紀さんの記事にも関係するので、
ここに馬場さんの記事も貼りつけておきますね。

吉報配達ブログ「不便だからこそ得られる益」

皆さんのコメントのやりとりも興味深いです。
馬場さん、いつも素敵な記事をありがとうございます。


以上、長くなってしまいましたが、
自分がナカリの杖になる、という気持ちを改めて確認する、いい機会になりました。
読んでくださってありがとうございました。





読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 19:13:55 | トラックバック(0) | コメント(8)
「ただ寝ているのもしんどいもんやな」
ご訪問ありがとうございます。

ナカリは熱は落ち着いたものの、鼻水がまだおさまらず、
つらいよー、しんどいよー、と、パジャマで過ごしています。
横に居て、東田直樹さんの本を読んでやったら、分かる~と言いながら聞いてくれました。
寝たり起きたり、外はとてもいい天気で陽射しがさんさん・・・なのに、出られません。
こうなるとやっぱり、健康が一番、と、病気の人のつらさを想います。

母は昔から入退院の繰り返しでしたが、
父は元気な高齢者だったのが、
胆のうを取る内視鏡手術の際、総胆管を切られてしまうというミスのため高熱をくり返すようになり、
結果、母より先に逝ってしまいました。

基本、元気に過ごしていた父が、
病室で「ただ寝ているだけというのもしんどいもんやな」と、
母の辛さを思いやったような言葉を口にしたのが忘れられません。
(父は多分ADHD傾向があったと思われるくらい「じっとしていない」人だったので、余計に)

寝ているだけなんて、楽でいいじゃないか、
と思われるかもしれないけれど、
なにも出来なくてじっと寝ているだけ、の辛さ、は、
実際そうなってみないと分からないかもしれません。

私自身も15年ほど前に、盲腸から腹膜炎をおこして1カ月入院したことがありますが、
当時はスマホも携帯もなく、ただ寝ているだけ、じっとベットに横たわって
天井のボードに空いた穴の数を端から順番に数えて過ごしたのを覚えています。

元気な人がじっとしている、って、より、辛いでしょうね。

ナカリも、少しずつだけれどエネルギーを回復しつつあるので、
働けない=何もしないでいる、というプレッシャーを日々感じている気がします。

このプレッシャーを「ストレス」として感じさせないでいるのは非常に難しいのですが、
(自閉っ子は、生真面目なので、「働けない=ダメな人」という構図に流されやすいのです)
ナカリのペースで大丈夫、と安心させながら、無理せず社会に出る練習をしていけたらな・・・。

まずは、散歩に行けるくらいに体調を戻してから、ね。



だいぶ前になりますが、リンク先の「なきむしでいいじゃん」のむーにさんが、
リツイートしていた記事
モン・アカさんのツイート 
>今日聞いた話。 ダウン症の子を持つ親の会で、近年多くの親の子育ての目標像とされるのは「納税者になること」だと。 社会に貢献できる大人になってほしいのはどの親にも共通した願いだろうが、彼ら彼女らに「納税者」という言葉を選ばせているのは明らかに今の世間の圧力だろうと感じる。

を、思い出してしまいました。

社会からの無言の圧力、が減って、
障がい年金をもらっていることを恥ずかしいと感じなくて済むようになってほしい、です。

内科の薬が明日の朝で切れるので、明日もう一度ナカリを病院に連れていきます。
早く治りますように!





子どもの日常 | 18:28:48 | トラックバック(0) | コメント(10)
「お母さんの思うような子じゃなくてごめんなさい」
ご訪問ありがとうございます。

今週は、バスに乗ってアートの先生のアトリエに行く、のと、
相談事業所の当事者グループの活動(今回は散歩)に初参加する、という
ふたつの「初」が待っている、と、どこかに書きましたが、
そのストレスもあってか、先週末からの私の鼻風邪がナカリにうつってしまい、
のどの痛みと鼻水から始まって高熱が出、近所の内科へ
若い分、熱は、がっと出てさっと下がったので、今は大丈夫ですが、
ここはぐっと我慢して、無理せず予定を全部キャンセルして寝かせています。

ナカリは「ごめんなさい」の繰り返しです。
「自分で自分を責めないで」「わざと風邪ひいたわけじゃないんだからね」と、慰めていますが、
「お母さんの思うような子じゃなくてごめんなさい」と言われて、ショック~

「もっと人づきあいが良くて、明るくて、何でもできて、どこへでも行ける子が良かったよね?」
えーえーえー、そんなプレッシャー与えてたの??わたし・・・
子どもって、親の期待に応えたいって思うんだなあ、親に喜んでほしいって思うんだなあ、
ごめんよー、今のままのナカリでいいのよ、怒ってなんかないよー。
(ちょっと残念、って思っただけだよ ←これを察知しちゃったんだな、ごめんよー)

昔、ナカリ本人も描いたじゃん!
それでいい 表紙 CCI20150428_0000

「ナカリを引っ張るんじゃなくて、後からついて行く」 …これ、聞いといてよかった。
あまりの散歩日和に、
熱は下がったし、初回の内容としてはミーティングより散歩の方が…、
と、未練がましく、つい、「行ってみる?」と提案したけれど、
危ない危ない、無理させてしまうところでした。


今は今のことだけ考えよう。

とりあえず、安静に。
元気になってから、また次を考えようね。
焦らない焦らない。自分はダメなんて思わない!

子どもが病気で寝ていると、横で本を読んであげる、ということも可能。
すごく頑張ったから、体が休息を求めてたんだね。
久しぶりに、一緒に何を読もうかなー。

プラス思考で行きましょう。


・・・と、いうことで、いつものピアノガイズ。
It's Gonna Be OKAY(字幕付)





子どもの日常 | 11:42:52 | トラックバック(0) | コメント(4)
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