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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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夕方になると寂しくなる
ご訪問ありがとうございます。


今日は、午前中、若いママさんたちとたくさん会って、
ナカリが小学校に入学した頃の事を思い出していました。
親の会の様子も、昔と今ではずいぶん変わって、子どもの居場所の選択肢も増えて、
その分、学校と、放課後デイや学童保育との情報伝達、連携といった問題が出ているようです。
時代が変わってきても、親の悩みは変わらないな、としみじみ・・・
古くからのママ友も二人参加され、もう成人したお互いの子どもの近況を話し合ったりもしました。
その中で、母の看取りの報告もし、ナカリにとっても大きな経験だったことを再認識。
一人は、おじいさまを肺水腫で亡くされたとのことで、苦しかったと思う、と。
母の主治医の説明にもあった「丘で溺れる」状態だったのか、と、胸が痛みました。
最期をどう迎えるか、延命処置の在り方についても改めて考えさせられました。

午後には、たまった仕事を片付けに出勤。
確定申告について最後の確認のため、税理士さんにもお会いしました。
税理士さんからも、母のことを尋ねられたので、少しお話して、
なんだか、図ったように、私の都合を考えて逝く「時」を選んでくれたような気持ちで、
改めて胸が詰まりました。


自宅への帰り道。
沈む大きな夕陽を見ると、母の言葉が思い出され、涙があふれて止まりません。

夕陽 04-img1

小さい頃から「泣き目の○○ちゃん」と呼ばれていた母。
寂しがり屋で、「日が暮れて暗くなってくると、寂しいねー」と電話がかかってきたものです。
おかあさん、おかあさん、自転車をこぎながら口に出して、夕陽を見て泣きながら帰宅、
その状態のまま、ナカリに抱きついて、おいおいと泣いてしまいました。
「大丈夫よ、ナカリが居るから大丈夫」と「ごめんね、役に立たなくて」と交互に言いながら、
ナカリは私を抱きながら、しばらく慰めてくれました。
ごめんね、は、お母さんの方だね、大人なのに情けないね。

これからも、こうやって、夕陽を見ると寂しくなるかもしれない、しばらくは胸が苦しいかもしれない。

父の時も、何かの拍子にふいに寂しさがこみ上げたりしたけれど、
母を失うということは、父の時以上の大きなダメージになっている・・・
数年前に、足がむくんでパンパンに腫れていた頃、もうあまり長くないだろうと母自身にも言われ、
自宅の台所で、「母の死」を覚悟したら涙が止まらなくなって、一人で泣き続け、
その時に、心のお別れは済んだ、という気持ちで、それ以降はあまり動揺しないようになっていたのに。



日が暮れると寂しいよね。
長い入院生活。一人で過ごす夜。
父が逝ってからの1年9カ月。
見舞いに訪れてくれる叔父(実弟)に甘え、頼り、大事にしてもらった。
認知症の傾向が出てからは、愚痴ばかり繰り返していたけれど・・・おかあさん、幸せだった?

孫たちの成長を気にかけつつ、
最近の電話では「子どもの頃、厳しくし過ぎたから、我慢ばかりさせたから」と、
私に対して申し訳ないと思う、とようなことを何度も口にしては、孫の話になっていた・・・
何かもっといっぱい伝えたかったのかな、もっとゆっくり聞いてあげたらよかった、ごめんね。

結婚生活の中では、辛い事ばっかり、いっぱいあったよね。
私が子どものころ、泣く母を慰めたり元気づけたり、が私の役目だった。
子どもの目から見た母は「可哀想なお母さん」だった。
体も大変だったよね。
大きな手術も、何度もよく乗り越えたね。

今はやっと楽になってるかな。
もう、寂しくないかな。


泣いて、書いて、少し落ち着きました。
こんな繰り言を読んでくださってありがとうございました。

子どもたちのためにも、笑っていよう、心配かけちゃダメじゃん、しっかりしよう、わたし!
明日は、相撲大好きな息子と一緒に春場所を見に行くんだ!
今度は子どもたちとの想い出を、大事にしよう。





思い出 | 19:14:21 | コメント(6)

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