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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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人は必ず死ぬ
ご訪問ありがとうございます。

病室で、朝、ドキドキしながら、ひとつ前の記事を書いたその日に、母は召されました。
点滴を中止して一晩、でした。
荒い呼吸が徐々に弱まり、午後から指先や手が冷たくなり、心臓が限界に近づきつつある中、叔父に勧められてナカリと私は歩いて病院近くの喫茶店までお昼を食べに行ったのでした。
この間、ナカリの外食のハードルが下がり、驚いています。

看取りの瞬間の状況が読めないので、ドクターと相談して、ナカリは死亡宣告に立ち会うのみ、にしよう、と、控え室で休ませながら、私と叔父、叔母の三人で見守りました。
仕事がら何人も看取りを行ってきた叔母が、呼吸が浅くなってきたから、近いのではないか、と気づいて看護士さんを呼んでくれ、手首の脈がほとんど取れないから、まもなくだろう、と言われ、息子のピアノ演奏テープを枕元で流しながら見守り続けていると、顎と肩を使って必死で呼吸していた母の口が、ピタッと動きを止めました。

ペースメーカーのせいか、その後も3回深呼吸しましたが、そのあとは動かず、ナカリを呼んできて待っていると、当直医が来てくださり、死亡宣告となりました。その間枕元ではピアノが鳴り続けていました。

苦しげな表情もなく、静かに息を引き取ったのが救いです。
私自身が子どもの頃から、母の心臓のカチカチいう人工弁の音がいつ止まるか不安を抱え続けてきましたが(一番不安だったのは母本人ですが)、その音が止まった、というのは、なんとも言えない感情が込み上げる瞬間でした。
ほんとうにお疲れ様。よく頑張ったね。


病院も最期まで、ほんとによくしてくださり、叔母と私で母の体を拭いて、あとを病院に託して綺麗にお化粧をしてもらい、病室を出るときも、病院の正面玄関から出るときも(遺体は裏門から、という病院が多いそうですが)、ドクターはじめたくさんのスタッフの方々が見送ってくださいました。
年間500人を看取る病院だそうで、キリスト教の精神に基づいて、愛を持って看護にあたってもらい(院内にチャペルもあります)、おかげでナカリも穏やかに過ごすことができました。


昨日、教会で告別式を終え、ナカリは遺影を抱いて初めて斎場まで同行、骨上げまで参加して頑張りました。

昨夜一晩、母の遺骨と三人一緒に過ごして、今日はナカリの休養日。私と叔父叔母の三人で、納骨してきました。


人は必ず死ぬ、という、当たり前の事実を、改めて噛み締めながら、自分があとに遺せるものは何か考えると、やはり子どもたち二人の成長が一番だと感じています。


いろんな所に挨拶に回り、役所や金融機関を回り、少しメドがたったので、帰りの切符をとりました。まだ数日あるので、その間に、残る事務を片付けます。

私自身、夜になると、寂しさが募り、中学時代の友人に電話したり、ナカリとお話したりして、気持ちを落ち着けています。
昨夜は息子も電話してきてくれ、それでもまだ、夜、涙が止まらない私を心配して、ナカリが、お父さんに電話しようよ、助けてもらおうよ、と言い続けてくれたので、夫に電話することができました。

私にとったらナカリの存在が本当に心強くなりましたが、やはり本人には、かなりストレスもたまっているようで、幻聴が聞こえる、というので頓服も飲みながら、なんとか踏ん張っています。

ナカリ本人も、寂しさを乗り越えて支えあえる人との出会いを、今まで以上に強く強く切望しています…

お母さん、ナカリを見守ってやってね。
ごめんね。ありがとう、大好きよ。


引き続き携帯から書きっぱなしの記事ですみません。
読んで心配して直接メールをくれた友人たちにも感謝です。


皆さんにとって平安な毎日でありますように…



子どもの日常 | 22:09:10 | コメント(11)

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