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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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通信制大学の試験問題 当事者の回答
ご訪問ありがとうございます。


まだ肌寒いですが、陽射しは春が近づいていることを感じさせてくれますね。
日曜の朝のコーヒー1杯の時間が戻ってきました(でも、おそっ)^^;

科目履修生として学生証が使えるのもあとわずか。
1月末に受けた試験結果が郵便で返ってきました。
ナカリの回答を読むのは私も初めて。
レポートを見ながら書いたので重なっている部分もありますが、本人一人の力で、
試験当日、1時間少しかけて書き上げたものです(制限時間より早く提出していました)。

当事者の思い、としてご紹介させてください。


問題  「成人後、社会に出るために必要な支援について述べなさい」
(回答内の下線部分は、添削された先生が引かれたもの)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私自身、自閉症です。私には、こだわりがあったり、パニックになりやすかったり、
耳で聞いて理解するのが苦手で、目で見て理解した方が分かりやすいと思います。
いつもとちがうことが苦手で、急な予定変更は心がゆらぎます。
その時は前もって予定を教えてあげたり安心させてあげればいいと思います。
私もそうですが、自閉症の人は、人とのやりとりが苦手な人が多いです。
私の場合は、人の顔を見て話すのが苦手です。
でも優しく見守ってあげたら安心するんだと思います。

自閉症の人が社会に出るためにどのような支援が必要なのかは、
やはり辛抱強く接してくれたらいいなと思います。
怒ったり、どなったり、暴力などはしないようにして下さい。
優しく対応すれば、きっとわかると思います。
自閉症の人は感受性が豊かな人が多いです。
いじめや仲間はずしされていないか注意を持って見守ることが大事だと思います。
私はまだまだ自立していません。
周りの人が支えてくれるので何とかやっていけるのかもしれません。
出来ない所を注目するのではなく、出来るところに注目して、
ほめてあげたりそこを伸ばすことで本人に自信や安心感を持たせると思います。

高校を卒業すると進路が別れてきます。
社会人になって仕事をする人もいるし、学生をつづける人もいるし、在宅で家事手伝いの人もいると思います。
私はこの3月で学生が終わり、また在宅になると思います。
何か作業所で働ける所があればいいなと思っていますが現在むずかしい所です。
美術系の作業所があればいいなと思っていますが、なかなかないそうです。
でも、絵の先生と、これからどうするかの相談も考えております。
それぞれの人がいろんな道へ歩いてます。
その人に合った対応がいいなと私は思います。

社会人になって外で仕事をするための準備をする人もいます。
自分のことは自分で出来るように、ある程度訓練する人もいます。
お金の管理も出来るようになれたらいいなと思います。
そのための訓練施設も何種類もあります。
そうした施設に通うことが難しい時には、障がい年金を受けるという方法もあります。
家族だけで抱えないで、
社会の力を借りて自立出来るように支援することがこの時期大切なことだと思います。

この先の将来を思うと不安でいっぱいです。
助けてくれる人がいるはずなのに、人が信用出来ない所があります。
「大丈夫だよ」「そばにいるからね」「見守ってるからね」などの
あたたかい見守りと言葉が、私を安心させてくれることがあります。

もう成人期になってしまったけれど、私の精神は幼くて自立出来ていません。
これから少しずつ自立に向けて頑張らなくてはと思いますが、まだまだその道はむずかしいようです。

自閉症の人といっても、いろいろな人がいます。
私の場合は、繊細で人づきあいが苦手なタイプですが、
たくさんおしゃべりをする、外へ出ていくタイプの人もいるようです。
でも、どの人にも生きづらさや悲しみ、つらさを抱えていると思います。
私はおしゃべりが苦手です。
人としゃべれるようになりましょう、と、出来ない所をめざすのではなく、
何が出来るかなと考えてあげることが大事かなと思ったりもします。

必要に応じておくすりも使ってもいいと思います。
パニックになった時は、おくすりなどを使って心を安定させましょう。

自閉症の人はファンタジーが好きな人が多いです。
その夢をこわすようなことは言わないであげてください。

周りの人もつらいと思いますが、本人が一番つらいと思います。
本人がいることで悲しんだり苦しんだりしている姿は見たくありません。

社会に出て、いじわるされてないか注意もって見守って、暴力やしたうちはしないで、
分かりやすく優しく接してくれたらいいなと思います。
でも支えている周りの人も人間なので失敗はあると思います。
優しくしようとしても、きつくあたってしまうこともあるかもしれません。
お互い助けあって生きれば、と思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ナカリの文章は以上です。
ここまでよく頑張ってきたなと、改めて胸いっぱいになりました。
在宅だっていいよ。
絵の先生との相談、来週、行ってくるね。
先生のアトリエにも誘っていただいているから、バスに乗って行ってみようね。
ショートステイもまたチャレンジしてみようね。
ゆっくり、優しく、夢をこわさないで、辛抱強く、だね。
いろいろ教えてくれてありがとう。
お母さんも一緒にがんばるから安心してね^^






ナカリの作品 | 10:27:43 | コメント(4)
ヒヤシンスの花が咲きました
ご訪問ありがとうございます。

母の告別式から2週間、まだぼんやりしている私です。
一昨日は初めての大相撲観戦という楽しい時間があったのに、まだ記事にできません‥

去年、母の病院にお見舞いに来てくださった方からいただいたヒヤシンス、花が終わったあと、球根だけもらって帰り、庭に植えていたら、ちゃんと芽を出し花が咲いてビックリ!
叔父に報告がてら、母に見せたかったな、と写メールしたら、叔父の家でも同じように植えかえたファンタジアが芽を出したよ、まだまだ寂しいね、と写メールが返って来ました。


今日は、郵便局や銀行や年金事務所を回ってから仕事へ。
役所から、ご遺族様宛、という郵便物が届く度に、胸がキュンとなります。

少し休憩が必要かな、と、心身の疲れを実感します。

母の携帯解約と同時にスマホにして、通勤電車から初めてスマホ投稿。
無事、出来てるかな。
ヒヤシンスの写真、アップにチャレンジ。




思い出 | 18:55:32 | コメント(6)
夕方になると寂しくなる
ご訪問ありがとうございます。


今日は、午前中、若いママさんたちとたくさん会って、
ナカリが小学校に入学した頃の事を思い出していました。
親の会の様子も、昔と今ではずいぶん変わって、子どもの居場所の選択肢も増えて、
その分、学校と、放課後デイや学童保育との情報伝達、連携といった問題が出ているようです。
時代が変わってきても、親の悩みは変わらないな、としみじみ・・・
古くからのママ友も二人参加され、もう成人したお互いの子どもの近況を話し合ったりもしました。
その中で、母の看取りの報告もし、ナカリにとっても大きな経験だったことを再認識。
一人は、おじいさまを肺水腫で亡くされたとのことで、苦しかったと思う、と。
母の主治医の説明にもあった「丘で溺れる」状態だったのか、と、胸が痛みました。
最期をどう迎えるか、延命処置の在り方についても改めて考えさせられました。

午後には、たまった仕事を片付けに出勤。
確定申告について最後の確認のため、税理士さんにもお会いしました。
税理士さんからも、母のことを尋ねられたので、少しお話して、
なんだか、図ったように、私の都合を考えて逝く「時」を選んでくれたような気持ちで、
改めて胸が詰まりました。


自宅への帰り道。
沈む大きな夕陽を見ると、母の言葉が思い出され、涙があふれて止まりません。

夕陽 04-img1

小さい頃から「泣き目の○○ちゃん」と呼ばれていた母。
寂しがり屋で、「日が暮れて暗くなってくると、寂しいねー」と電話がかかってきたものです。
おかあさん、おかあさん、自転車をこぎながら口に出して、夕陽を見て泣きながら帰宅、
その状態のまま、ナカリに抱きついて、おいおいと泣いてしまいました。
「大丈夫よ、ナカリが居るから大丈夫」と「ごめんね、役に立たなくて」と交互に言いながら、
ナカリは私を抱きながら、しばらく慰めてくれました。
ごめんね、は、お母さんの方だね、大人なのに情けないね。

これからも、こうやって、夕陽を見ると寂しくなるかもしれない、しばらくは胸が苦しいかもしれない。

父の時も、何かの拍子にふいに寂しさがこみ上げたりしたけれど、
母を失うということは、父の時以上の大きなダメージになっている・・・
数年前に、足がむくんでパンパンに腫れていた頃、もうあまり長くないだろうと母自身にも言われ、
自宅の台所で、「母の死」を覚悟したら涙が止まらなくなって、一人で泣き続け、
その時に、心のお別れは済んだ、という気持ちで、それ以降はあまり動揺しないようになっていたのに。



日が暮れると寂しいよね。
長い入院生活。一人で過ごす夜。
父が逝ってからの1年9カ月。
見舞いに訪れてくれる叔父(実弟)に甘え、頼り、大事にしてもらった。
認知症の傾向が出てからは、愚痴ばかり繰り返していたけれど・・・おかあさん、幸せだった?

孫たちの成長を気にかけつつ、
最近の電話では「子どもの頃、厳しくし過ぎたから、我慢ばかりさせたから」と、
私に対して申し訳ないと思う、とようなことを何度も口にしては、孫の話になっていた・・・
何かもっといっぱい伝えたかったのかな、もっとゆっくり聞いてあげたらよかった、ごめんね。

結婚生活の中では、辛い事ばっかり、いっぱいあったよね。
私が子どものころ、泣く母を慰めたり元気づけたり、が私の役目だった。
子どもの目から見た母は「可哀想なお母さん」だった。
体も大変だったよね。
大きな手術も、何度もよく乗り越えたね。

今はやっと楽になってるかな。
もう、寂しくないかな。


泣いて、書いて、少し落ち着きました。
こんな繰り言を読んでくださってありがとうございました。

子どもたちのためにも、笑っていよう、心配かけちゃダメじゃん、しっかりしよう、わたし!
明日は、相撲大好きな息子と一緒に春場所を見に行くんだ!
今度は子どもたちとの想い出を、大事にしよう。





思い出 | 19:14:21 | コメント(6)
カウンセリングにて 「悲嘆のプロセス」
ご訪問ありがとうございます。

今日は、ナカリと1カ月ぶりにカウンセリングに行ってきました。
先月のカウンセリングがちょうど同じ日付で、
バスや地下鉄に乗ったのも、ほぼ同じ時間くらい。
その途中で母から電話があって、
それが、しっかりハッキリ普通に交わした最後の会話になってしまった、と思うと、
その時の「ナカリを誉めてやるんよ」が母の遺言だなあ~と、ナカリと改めて話。
先生に会う前から胸いっぱいで、どう報告しよう、お母さん泣いちゃったらゴメン、
と、ナカリに言いながら、カウンセリングルームのドアを、ピンポーン。


最初に、ナカリが引っかかっていた件
=前回のカウンセリングで、先生が、コラボ写真を見て
「実際にはここに行ってないのに、行ってるみたい」とか
「キスしてるみたいに見えるね」とか言われたことに対して、
本人は「本当に行ってるし、してるのに」
という不満を感じたこと、をお伝えすると、
「そうだね、確か、そんな風に言ったよね、覚えてる!
ごめんごめん、それは嫌だったよね。気持ちを言ってくれてありがとう
とお返事してもらって、スッキリ、笑顔に戻ったナカリ。


そのあと、私の方から、この間の出来事と、ナカリの頑張りをお話ししました。
(やっぱり途中涙が出そうになって詰まってしまいましたが・・・)

本当に良く頑張ったことを先生も誉めてくださり、
ナカリ自身も「今も幻聴が聞こえる」と、ストレスがあることを伝えました。

先生は「悲嘆のプロセス 12段階」というプリントをくださいました。
「死の教育」で知られるデーケン氏の本から、先生なりの解釈で加筆したもの、です。

・精神的打撃とマヒ状態
・否認
・パニック
・怒りと不当感
・敵意と恨み
・罪意識
・空想形成、幻想
・孤独感と抑うつ
・精神的混乱と無関心
・あきらめ-受容
・新しい希望-ユーモアと笑いの再発見
・立ち直りの段階-新しいアイデンティティの誕生


この各段階について、ひとつひとつ説明が書かれていました。
大事なものを失った際には、こうした感情が次々と沸き起こり、何年もかけて経験される、
というお話に、ナカリも頷きながら、自分だけじゃない、と、納得。


まずは、今、本当に良く頑張っている自分を誉めよう。
そして、ストレスを感じたり、辛かったら、遠慮せずに頓服薬を使おう。
自分を責めないで、良い看取りができたことを感謝して、穏やかな毎日を過ごそう。


帰省した最初の夜、たくさん泣いて泣いて翌日頭痛がして困ったこと、
そのあとも、夜になって寂しくなると
「○○せんせい~」と、カウンセラーさんの名前を呼んで泣いていたこと、をお伝えし、
「先生のこと、呼んでくれてありがとう・・・」と、一緒に悲しみを分かち合っていただき、
笑顔で終了することができました。


ナカリの笑顔を見ることが出来て良かった。
お母さん、ありがとう。
ちょっと元気が出たよ。
これからも見守っていてね。


今日は、一時期練習していたウクレレ・・・好きで聴いていたジェイク・シマブクロさんと、
Def Tech のコラボ映像で〆ますね。
明るい太陽の光と、南の島の爽やかな風を感じられる音楽に癒されながら・・・






子どもの日常 | 20:29:59 | コメント(0)
日曜日の午後
ご訪問ありがとうございます。

今日は、母の携帯の解約に行く予定です。
死去に伴う解約の場合は証明書があれば違約金が発生しない、とかで、
書類をそろえたあと、長く使い続けた母の携帯を改めて眺めています。

母の携帯 170312_132726

この携帯・・・ほんとによく使いました。
待ち受けはナカリがまだ中学1年だった頃のUSJでの1枚。
ストラップはナカリが小学生の頃にハマっていたゲーム「ラブ&ベリー」の人形です。
片手が取れてしまっているけれど、ずっとこのストラップをつけたままでした。
母はメールが打てず、読むのも心もとなかったのですが、
7年前、ペースメーカー手術を受ける日の朝に聖書の言葉を送ったのが忘れられません。

去年の秋に一時期具合が悪くなりながら、持ち直してホームに入居することになったので、
今回も、半分くらいはまだ大丈夫かなと思いながら帰省して、初めて母を見て、
ああ、これは今までと違う、と、ショックを受けたのですが・・・
その時にはまだ頷いたり首を振ったりで意思表示してくれていました。
一日だけ移った大部屋で眠る母。

眠る母 170221_093839

意識障害を起こしかけていた時に、叔父に「おかあさんおかあさん虹が見える、虹がきれい」
と言ったというのが、この写真を見てのことだった、この写真に助けられて意識が戻ったんよ、と、
ずっと付き添ってくれた叔父が、見える場所にテープで貼ってくれました。
クリスチャンの叔母から送られた聖書の詩編カードも一緒に貼り、
私が持って行った、息子とのツーショットを入れたクリアファイルをその横に貼り・・・
母の目が開くと、見える?と、ファイルから出した息子の写真を近づけて何度も話しかけました。


あー、携帯ひとつ整理するのに、やっぱりいろいろ思いだしてしまう。

ナカリの携帯も、長く使っているので、この際スマホに替えようか、と相談中。
ならば、この際、私もガラケーをやめてスマホデビューしたら?と夫に勧められ、
それも検討中。
とりあえず、ショップに行ってみてから考えよう。


今日は、午前中、一人でゆっくりできた間に、ある方のブログを見ていたら、
私と同じころにブログを開始していたことを初認識!
思わず最初から読み始めて、2年前の3月の記事まで読みふけりました。
その中に「苺」の話が出てきて、
つい先日、夫がもらってきた白い苺の写真を載せたくなり・・・

白イチゴ 170311_103040

白いのもピンクのも食べたのはナカリだけですが、「白いの、甘かった」そうです。
今は年中出回ってるけど、やっぱり苺の季節は春、かな?
ピンクが可愛い。母にも見せてあげたかったな。


おかあさーん、空から見てくれてる?
行ってくるね~









思い出 | 14:04:16 | コメント(6)
平穏に過ごすことで、恩返しする
ご訪問ありがとうございます。


今日は震災の被災者の方々に対する鎮魂の日ですが、
私は、中学高校時代の友人に会いに、神戸三宮まで出かけていました。
阪神淡路大震災から立ち直った街・・・。
震災はナカリが生まれる前の年でした。

そのナカリは、今日は自宅で留守番。
洗濯物を取り込む、という課題を無事にやってくれていました。


友人の一人は、昨年、突然の病で、パートナーを亡くしています。
京都で学んでいた娘さんが無事に薬学部を卒業し、実家のある松山で薬局に勤めることになったとか。
今までしばらくシングルで過ごしていた彼女も、春から母娘二人の生活になるようです。
娘は就活の次は婚活と言ってるけど、とりあえず今後、私は娘の扶養家族になるんよ、と、笑顔の友。
友人の生活が今後も穏やかなものであるよう、祈りました。


ちょうど、三宮では古代ギリシャ展が開催中。
古代ギリシャ展 チラシ

息子が行きたがるだろうなあ~、と、チラシをもらって帰りました。
(終了まであとちょっと!急がなくちゃ)

友人たちと一緒に入ったレストランでは、この展覧会に合わせた特別メニューを提供中。
ギリシャの風を感じよう、と、みんなでその特別メニューを注文しました。


最初に運ばれてきたサラダは、
鮮やかな赤色のフランボワーズのドレッシングがかかっていて、ビオラ?の花が飾りについていました。
(ああ!なのに、紫色の可愛いビオラが写ってない!)
三ノ宮料理 サラダ 170311_132722

甘酸っぱいサラダと、バターが練り込んであるパン。
う~ん、美味しい。

次のメインディッシュがギリシャ風、とのこと。
カジキマグロのパン粉まぶしと鶏肉のソテー。
三ノ宮料理 メイン 170311_134224

小さなニンジンが飾ってあって、一口でパクリ。
緑の野菜は、菜の花かなあ~と言いながら食べました。

こんな風に、ゆったりと時間を過ごすことが出来るなんて・・・。

母も、ホームに入るまでの1カ月ほど、叔父の家(母の実家)でゆっくり過ごし、
その間は、よく食べ、よく話し、一緒に車いすで花火を見に連れていってもらったりした、とか。
何年も入院続きだった母に、少しでも幸せな時間があった、ということは、何よりの救いです。

そして、私自身が幸せであること。
娘とともに、平穏に過ごすこと、それが、親に対する何よりの恩返しになる、という気がしました。
(だって、私も、自分の子どもたちにそうやって平穏に、幸せを感じながら過ごしてほしいもの・・・)


友人の娘さんが京都で学び始め、最初に大阪で友人と会ったのは、まだナカリが不安定だった頃で、
留守番させるのもハラハラしながら、途中でメールが入っては対応しながら、だったので、
今、落ち着いているのよ、と話をして、一緒に安心してもらいました。

ナカリ、お母さんに楽しい時間を過ごさせてくれてありがとう。

ナカリの毎日も、楽しいものでありますように。
この平穏が続きますように。











子どもの日常 | 20:59:03 | コメント(4)
親が子どもの世界を理解しようとすること
ご訪問ありがとうございます。


今日2回目の更新です。
夜になると、(というか昼間でも)、ふとした瞬間に寂しさがこみ上げます。
二度と通じることが無い携帯電話。
日曜日には解約のためにショップに行きます。
ほんとに・・・油断してた、慢心してた、あれほどずっと気にかけ続けていたはずなのに。
ごめんなさいお母さん。
こんな私を赦してね、見守っていてね。


親というものは、幾つになっても子どもを理解しようと努めるものだということを、
私は親から学びました。
私が足を突っ込んだ世界を、親なりに、理解しようと努力してくれた、
そのことへの感謝が今さらですが、あふれてきます。


その一つは音楽。
クラシック専門だった母が、私が聴いているビリー・ジョエルを一緒に聴いてくれた。
そして、年を重ねた後も、懐かしがって、「今日はFMで特集をやっていたよ」と携帯で伝えてくれたりもしました。

ビリーも年を取ってすっかりおじさんになったけれど、
日本の片隅で私が好きだったビリーの曲をラジオで聞いているおばあさんがいたこと、伝わるかなあ…。


特に母が好きだったのは「オネスティ」
私は、おじさんになってからのビリーの方が好きなので、そちらを先にアップ。



一応、若い時のビリーも。




で、私が好きになったきっかけは、やっぱり「ストレンジャー」

高校生の頃でした。

お小遣いを手にレコード屋に走って、新譜が出る度に楽しみに買っていた・・・
古いレコードの曲で、自分でもピアノで弾けたのは「ピアノマン」



お母さん、聴こえてる?あの、ビリーだよ。
一緒に聴いてくれてありがとうね。

明日はお母さんもよく知っていた高校時代の友人と、神戸で会ってくるね。






読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 23:05:46 | コメント(2)
支えられている
ご訪問ありがとうございます。


以前にも書いたかと思いますが、
6年前の3.11はナカリの中学の卒業式で、
それを避けるように、愛媛に帰省していました。
夫は出張で山形。
息子は京都で一人暮らし。
家族が各地に散らばった中での震災。

まだ元気だった父親(母は入院中)と、テレビの映像に言葉を失ったのを覚えています。
夫との電話もすぐに繋がらなくなり、その夜は山形のホテルも停電で大変だったとのこと。
電車で移動中だった息子は、揺れに気づかず、こちらからの電話で初めて知ったそうです。


当事者の方の恐怖や無念や、様々な思いを考えると、今もまだ言葉になりません。
避難場所で、様々な障がいを持つ人たちが、困難に直面したことも。
重要な情報が長い間隠されて、多くの人の安全が脅かされたことも。
現場で仕事として必死に務めを果たし続けた多くの人たちがいたことも。


6年たって、ナカリは成人し、両親ともに肉体を離れ、息子は立派に「研究=仕事」の道を歩みつつある。

私は。
私は何が変わっただろう。

何でもない朝の光がまぶしくて。
何だか、ただそれだけのことなのに、胸がいっぱいで。


・・・今日は、たまった仕事を少しでも片付けに行かなければ。
仕事をしていると、いろんなことを忘れてしまう、忘れられる。

でも、忘れないで、いつも心に留め置いておきたいこと。

自分が生きているということ、生かされているということ、支えられているということ。

何の関わりもなさそうなことが、実はどこかで繋がっていて、
一人だと思っていたけれど、一人じゃないということ。

親を失って寂しいけれど、それは自分だけじゃないということ。

パソコンの画面の向こうのあなたにも支えられている。
ありがとうという気持ち。
有り難いこと、奇跡のような出来事。出会い、別れ、触れ合い、交差する思い。


私は支えられている。大丈夫。
ナカリもきっと大丈夫。安心しよう。落ち着いていよう。生きていこう。


松山城 CIMG0675
納骨を済ませた後、ナカリを誘って散歩に出かけた松山城。
寒桜が咲いている。4月、桜が満開の頃はどんなに綺麗だろう。
父が子どもの頃、石垣を昇って遊んだと言っていた場所。
人の寿命に比べたら、建造物や樹木のいのちは長い。
季節は巡り、時は刻まれ続ける。
夜が来て、朝が来て、自然の営みは止まらない。
そんなことにも感動する。

そんな事実にも支えられている。














未分類 | 10:00:31 | コメント(6)
「なってみないと分からない!」と言われる側の気持ち その2
ご訪問ありがとうございます。

日常が少しずつ戻ってきました^^
週の中日に帰宅した夫と、昨夜、久しぶりに再会。
今朝早く彼を仕事に送り出して、ごみを出し、洗濯機を回して、コーヒーを一杯。
パソコンをつけてコメント返信をして、記事を書きたくなりました。
(ナカリはいったん起きたけど、体重だけ測って「減ってない」と嘆いてまた二度寝中。)

先週の今日は、雨の中、告別式を終えて斎場に向かったんだなあ。
よく言われる、「涙雨」でした。


母の声を最後に聴いたのは、カウンセリングに向かう途中にかかってきた電話ではなく、
その後に叔父の携帯を耳に当てて細々した声で「うんうん、ありがとう」と言ってくれたのだったと、
自分で自分のブログを見直して改めて分かりました。

なんでもっと優しく対応できなかったのか、自分を責めたけれど、
最期は母らしく、「ありがとう」と言ってくれたし、
看取りの病床で、亡くなる前日、少し声が出たときに私には「ナカリちゃん」と言ったように聞こえたので、
ナカリにそう伝えると「感動・・・」と言っていました。
いろいろあったけど、遺される私たちに救いを与えてくれてありがとう。


ふりかえれば、
元気に喧嘩していた頃に、私がカチンと来たのが、母から感謝の言葉が消えて愚痴だらけだったことなのですが、
併せて
「あんたも、こんな立場(老人ホームに入れられて出入り口に鍵をかけられる)になってみないと分からない!」
と言われたのもショックでした。
そのことは以前の記事に書いたのですが、
今回、納骨を終えた後、叔父と一緒に、ホームや病人にあいさつ回りに行った際、
母が入所していたホームの3階をみて、「ここが指定席だったんだよ」と、食事の場所を教えてもらい、
ああ、3階に移ってからはわずかの間だったけれど、少しでも落ち着いて過ごせたのかな、と感じました。
(長い間1階に居て、その間に2回ほど見舞っているのですが、確かに閉塞感があり、カギがかけられて辛かったろう、
と、やっと、当時の母の気持ちを思いやることが出来ました。
興奮して電話がかかった時には、
もう一時もここには居たくない、入り口のガラスを消火器で割って、タクシーに乗って帰る!
と、無茶なことを言って困らせたこともありました)

3階には鍵もなく、開放的で、窓から外の景色も見えて、1階の雰囲気とはずいぶん違いました。

ホームからの風景170306_111115

この席に座って、この風景を見ながら食事して、一人で毎日どんな気持ちで過ごしていたのだろうな。
やっぱり、「その立場になってみないと分からない」気持ち、だったんだ。

寂しくて、電話して、話すことは繰り返しになっても、それでもやっぱり話したくて・・・
もう二度と電話がかかってくることは無いと思うと、
あの時に一緒に共感してあげればよかった、
そんな後悔が胸を締め付けます。


しばらくは、こんなことの繰り返しだろうけれど、
前を向いて、乗り越える。それが一番の恩返しになるはず。

寒いけど、いい天気! よし、洗濯物干しにGO!



思い出 | 09:31:19 | コメント(4)
自閉症の娘とともに、肉親を失った経験を乗り越える
ご訪問ありがとうございます。

昨夜は、母が亡くなって1週間という節目で、
その「時刻」が近づくにつれて落ち着かなくなり、
告別式で追悼の言葉を述べて涙してくださったクリスチャンの方に電話してしまいました。
私自身は、洗礼を受けていないので、
母の教会での兄弟姉妹の方々との交わりについては、そう多くを知らないのですが、
同じクリスチャン同士、家族親族の悩みまでいろいろ語り合っていた様子です。
何かあったらまたいつでも連絡して、とのことで携帯の連絡先を伝えて電話を切りました。

一晩あけて、今日は気になり続けていた確定申告を片づけなければ。
ここ数年は、いつも自宅のパソコンで入力してプリントしたものを提出するだけでしたが、
今年はどうしても分かりかねる部分があったので、諦めて税務署まで出向きました。
会場はものすごい混雑。
ほんとに様々な年齢の方々が税務署に押しかけている感じでした。
2時間ほどかかって、やっと申告書を提出、その足で納付、となり、やっと一息つきました。
こうやって税金が集められているのだと思うと、改めてその使い道が気になるものです!


帰宅してから、ナカリを散歩に連れ出しました。
魂になって、風になって、母が一緒に散策してくれているかなあ~、とも言いながら、
娘の頭の中のパラレルワールドの世界の出来事について、あれこれ話しながら歩きました。
「もう電話してもおばあちゃんにはつながらないんだなあ」と、ふいに寂しくなったりしているナカリですが、
日常が戻ってきて、空想の世界の中は、いつも通りのパラダイスが展開されています。
おばあちゃんも、パラレルワールドにやってきたかもね、と話すとにっこり。


自閉症の人にとって、人との信頼関係を結ぶのはとてもハードルが高いので、
いったん強く結びついた関係が切れると、
不安定になり、不自然になり、感情がかき乱されるのではないか心配でした。
何冊も本が出ている「レッサーパンダ帽」の彼が起こした哀しい事件についても、
変化の始まりは、実母を失ったときからだったように記憶しています。

「私のせいでおばあちゃんが死んじゃった」と、一時は、自分の関わり方を責めかけたナカリですが、
自分を責めたい気持ちは私も一緒よ、と話をして、なんとか落ち込みから回復してくれています。
ナカリの後輩の男の子たちも、何人か同じ経験(祖父母を亡くす)をして、
不安定になったり、混乱したりした、ということを、前もって聞いていました。
今回、今までのところ、ナカリは良く踏ん張っています。
おかげで私も支えられています。
親子で一緒に、この経験を乗り越える、という目標があって、なんとか頑張れそうです。


自宅に戻ってきてからは、パソコンでいろいろな方のブログにお邪魔して、
写真に癒されたり、文章に癒されたり・・・

ぽかぽかさんが、2回にわたって私のブログを取り上げてくださっていることにも感謝でした。

癒された
感謝と活性プラシーボ効果

ぽかぽかさん、いつもありがとうございます(*^^*)

拍手やコメントをくださった皆さんにも、感謝です。
久しぶりに訪れてくださった、むーにさんもありがとう。
コメントしたいことは山ほどあるのに、今はなかなか言葉になりません。

今日は、ぽかぽかさんを通じて知ったのとほぼ同時に、夫が書店で見つけて買って帰った、
発達障がいのピアニスト、野田あすかさんのCDブックから
「手紙~小さいころの私へ~」で、〆ます。

年齢の順で行くと、私たち両親の後、兄が先に逝ったら、ナカリは一人で遺される…
でも、それまでに、きっと新しい出会いがある、周りにはあたたかい人がいる、と信じたい。
その希望の曲、になりました。






子どもの日常 | 19:27:30 | コメント(4)
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