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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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学校の試験で、ひとケタの点数をつけられる子どもの気持ち
ご訪問ありがとうございます。


他の方のブログを見ていて、学校の成績が悪いことを理由に、
「知能指数を測ってもらったらどうか」と学校から言われた話を読みました。
(その方のブログでは、素晴らしいお母さんの感動するお話、でしたが)
それを読んで、心の中にわき起こった感情があり、書かずにはいられなくなりました・・・
長くなったらすみません。


今の特別支援学級のことを昔は養護学級、更にその昔は特殊学級、と呼んでいて、
勉強が苦手な子どもは「特殊学級に入れられる」というような言い方をされていました。
私の父方の叔父の一人がその一例に当たり、
祖母(つまり、叔父の母)はその叔父の参観には一度も行かなかった、と聞きました。
叔父は、きちんと成人して仕事に就き、結婚して子どもも二人育てあげましたが、
兄弟同士の中でも「特殊学級出」だと、その叔父のことをバカにする雰囲気があって、
私はそれがとても嫌でした。
他にも、学校から「特殊学級に入れたらどうか」と提案されて親が激怒した、
という話を聞いたことがあります。

悲しいなあ。

ナカリは幼い頃に療育手帳を取得しましたが、
小学校中学年頃にぐっと伸びて境界線(IQ75)を超えて手帳の更新ができないかも!
という時期もありました。
その時には、療育を頑張って結果が出たから、と、支援を切られるのはおかしいし困る、と、
粘って不服申し立て&再検査してもらい、無事に更新OKとなり、
その後は問題なく?更新を続けて成人を迎え、今は障害年金もいただいています。

つまり、彼女の精神年齢は、実年齢から2~3割、割り引いて考えないといけない、
その状態が生涯にわたって続く、ということです。
でも、現実生活の中では小4くらいの知識があれば生きていける、と言われているようで、
実際、生活能力は別として、成人してから「知的能力で困る」ことは、そんなにありません。


でも、学校時代を振り返ったら、
「試験」で「評価」されることによって傷つく経験は避けられなくて・・・
小学校低学年で、泣きながら九九を覚えるがんばりを見せたナカリも、
学年が上がるにつれて、はっきりと「周りについて行けない」子になってしまいました。
それでも小学校までは、テストの重みも全然違って、点数だって、まあそれなりに、
というくらいの数字はつけてもらっていました。

問題は中学校。
入学して初めての定期テスト。
支援学級用の別課題と一緒に、みんなと同じ課題もやってみたら、
ひとケタや10点台の結果が返ってきて、本人も「私はバカだ」と落ち込みました。
他の支援学級の友達も、似たような点数で、家で弟にバカにされたとか、
クラスの他の子に点数を聞かれて正直に答えたらすごくバカにされたとか、
イヤーやめて-そんな話聞きたくない-、ということが多々ありました・・・

当時の主治医の先生にも相談し、本人が「点数の意味」を理解できる、事を考えたら、
「採点だけして、点数は用紙には書かない」という配慮を求めても良いのではないか、
と言われ、学校にもそうお願いしました。
それでも、やっぱり、「できない」自分を突きつけられる辛さは変わらなくて、
結局、別課題オンリーで行くことに・・・。

好きだった英語についてだけ、
何とか頑張って中2まではみんなと同じ問題でもそれなりに点数を取れたのですが、
3年生になると、それも厳しくなりました。
(だって、教室で授業を受けてない。
支援学級の先生が英語担当だったので頑張れた事が大きいです)

ナカリの診断名は「自閉症」ですが、ADHDやLDも併存障がいとして抱えており、
とりわけ数の理解や処理が困難です。
数学は大の苦手で、
通信制高校の問題に青くなりながら、親子で必死にパソコンに向かったのが忘れられません。


ああ


テストでひとケタ・・・。私自身の経験の中では(多分)なかったことです。
傷つくだろうなあ。

授業にはほとんど参加しなかった(教室には入れなかった)ナカリですが、
中学の一時期、教室で受けた授業で、音読が当たって、自分が読んだら笑われた、
だから私の声は変、自分の声が嫌い、という思い込みにつながってしまいました。
学校時代、いろんなことで傷ついてきたね・・・

自分自身振り返ってみると、
大学に入ってから、第2外国語や統計学の授業がちんぷんかんぷんで、
これは日本語で説明してるの?先生が何を言ってるのかさっぱり理解できない、
と、ぼんやり窓の外を眺める経験・・・をし、
「授業が分からない」ってこういうことか、辛いだろうなあ~、と実感したのですが。


今になって振り返ったら、
もう少し頑張らせたら良かったのかも=たとえ点数が低くても同じ課題を受ける練習を続ける、
と思わないわけではない・・・でも、
当時は、辛い思いを強要してまで「学校の勉強」を頑張らせる意味が感じられなかった。


学習面でハンディキャップを持つこと、って、成長過程でほんとに大きな壁になる、としみじみ。
「人間関係が苦手」なのは、上の息子も同じだけど、彼には「得意分野」があったので、
それを頼りに、あやういところを乗り切って今に至っている、と思います。


社会の中で生きている以上、傷つくことがあるのは仕方ないけれど、
一つの物差しで人に序列を付けてバカにする、というようなことだけはしたくないし、させたくない・・・
ひとケタの点数が書かれたテスト用紙を受け取る子どもの気持ち、を、忘れないでいたい。

ナカリ、自信を持ってね、あなたは頑張ってるよ、頑張ってきたよ。



長々長々と、言いたい事が不明瞭なまま、思い出話をすみませんでした。




思い出 | 18:23:14 | コメント(4)