■プロフィール

ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

■最新記事
■最新コメント
■月別アーカイブ
■カテゴリ
■FC2カウンター

■リンク

このブログをリンクに追加する

■フリーエリア
■フリーエリア
■フリーエリア
■フリーエリア
■検索フォーム

■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

母が遺してくれた(ている)もの
ご訪問ありがとうございます。

昨日、子ども二人を連れて帰省しました。
初めて横並び席がとれず、縦に3列、三人席の真ん中でした。
ナカリは両脇に知らない男の人が座ったけど、頑張って無事に過ごしました。

病院に着いてからは、少し母と会っただけで、家族用の控え室にこもって、横になったり、自分の作品を並べて見たり、音楽を聞いたり…。
上の息子も、しばらく母の側についていましたが、鼻炎で頭も痛くなり、頭痛薬を飲んで、ナカリのいる控え室で横になっていました。
ナカリは兄と話すのも緊張するので、二人に会話はなかったようです。

私と叔父、叔母、ドクターが話している間に、息子が一人で病室に戻って母についていてくれました。少しの時間、二人きりになれて、母にも息子にも大切な時間になったと思います。

息子が日帰りのため、夕方には病院を出て、叔父とも泊まりを交代して、そこからが、私とナカリと母の時間。
点滴を中止したので、変化がないか目が離せず、苦しげな様子も少し見られたので、息子のピアノ録音を聞かせながら手を握っていました。

病院の売店で、ナカリと何度か一緒に買い物したので、一人で好きな晩御飯を買ってくるように言うと、できるかな…と最初は不安げでしたが、頑張ってパンを3個買って来ました!!一人での買い物は、初めて!
飲物を忘れたので、あとでもう1回一人で買いに行けました。

息子が一人で飛行機に乗ったのは、昨年のイタリア研修以来、国内線では今回が初めてです。

孫たちに、初めて体験をさせてくれた母に、ありがとう、たくさんのものを遺してくれて、ありがとう。

昨夜は11時頃から、やっと目をつむり、眠れたようですが、息は荒く、今もドキドキしながら、ソファベットで携帯を打っています。

いろんな予定をキャンセルして、そばについていられることに感謝です。親の死に目に会えない、という方も多いでしょうに…

今、夜勤の看護士さんが来てくれました。感謝です。

書きっぱなしが続いて申し訳ありません。
引き続き、平安を祈りながら…



子どもの日常 | 07:00:58 | コメント(0)
道徳の問題ではなく、人の辛さが分からない でも「おばあちゃん」は・・・
ご訪問ありがとうございます。


ぽかぽかさん、たくさんのコメントをありがとうございます!
泉の歌の訳、とても素敵で感動しました。
ゆっくりお返事できなくて残念です、取り急ぎ、お礼だけ・・・


母の容態は「宙ぶらりん」な状況が続いています。
検査の数値はとても悪いし、本来なら大量の点滴が必要だけれど、
腎臓が追い付かないし、かといって人工透析も無理だし、体はもう限界に近いです。
人工弁とペースメーカーが逆に心臓に鞭打って動かしている状態で、かわいそうです。
それでも、意識が戻ってからは、何とか小康状態を維持しています。
点滴を減らして3日目。この後、さらに徐々に減らして打ち切り、様子を見る予定です。
できるだけ「老衰」という自然な形で、少しでも楽に、その時を迎えさせてあげたいです。

主治医が「一番心配なのはお孫さんです」と、気にかけてくださるように、
それまでの間、ナカリの心身の状態への配慮が不可欠です。
幸い、病院がよく分かってくださっていて、一人になれるスペースが必須、ということで、
家族控室をキープしてくれているので助かっています。

小康状態の間に、ということで、昨夜いったんナカリを連れて大阪に戻り、
今日これから私だけ仕事をしに行きます。
今日は、京都から上の息子にも自宅に帰ってきてもらい、
明朝、子ども二人を連れて愛媛に戻ります(上の子はその日の夜、とんぼ返り)。

昨夜は、帰宅してからすぐ、息子と電話で連絡を取りながら、その切符の手配のためにパソコンに向かい、
さらに自分の確定申告をパソコンで行い、何とかプリントまではしたけれど、印刷は変だし保存もできず、
頭が混乱して、くらくらしながら寝ました
(確定申告関係書類は、母がいつまで持つか分からないのでお守りに持ち帰っておきます。)
この1週間、ほとんど病院に寝泊まりしていたので、新聞も読まずニュースも聞かず、すっかり浦島状態。
別世界にいるみたいな感じです。

夜洗濯してお風呂を洗って朝また洗濯して、その隙間に書いているので、支離滅裂ですみません。


病院では、
私は母のそばについていて、ナカリは家族室で寝たり、一人で何かして過ごしたり、で
ちょっとした、近距離ショートステイの状態です。
用事があったり気持ちを聞いてほしくなると、家族室と病室の間でメールのやり取りをしました。

その中の1通
「おばあちゃんのつらさはなんとなく分かる気がするけど(分からないかもだけど)
他の人のつらさは分からないところある。
(過去いろいろ辛かったけど今は幸せ、というような)人のつらさとか分からないよ。
何でだろう」


そうね、人の気持ちが分かりにくいのが自閉症だから、と、話して、
それでも、おばあちゃんは「分かる気がする」というだけでも、すごい!と誉めました。
ナカリが「自閉症」と診断されたときに私が一番つらかったのが、この、
「人の気持ちが分からない子になる」という見通し、だったので、
感受性が強く、涙もろい、今のナカリを見ていて、本当に感謝です。
知らない人や、外から見たら、冷たいくらい無表情で、視線を合わせない、ナカリですが、
(病院の掃除の方にも、「娘さん、耳が聞こえないのかな?と思ってた、自閉症なんですか、そうなんですね」
と、あとで分かっていただきました。昔「上から目線」と誤解されたことを思い出しました)
心の中は嵐の状態、不安でいっぱい、世の中はこわいことだらけで、必死で自分を守っています。
なので、他人のことまで想像するキャパがない、空気を読んで合わせるなんて難しい、のだろうと思います。

といいながら、
夜はやはりなかなか離れられないので、病室で一緒に過ごしている際、
母のことは頭から消えているかのように一人遊びしている様子を見ると、
頭では分かっているつもりでも、複雑な気持ちになりました・・・

が、最初の夜に泣き疲れさせたので、そのあとはなるべく泣かせないよう、こちらも心がけ、
「ナカリとけんかしない、ナカリを誉める、大切にする」と、母と約束指切りの写真も撮ったし、
心の平安を保てるように必死で自分を律しながら、
「なんか悲しくなってきたから楽しい話して」というナカリと、小声でいろんなパラレルのお話をしました。
「お話楽しい」と笑顔になるナカリ。
でも次の夜の話は、「昨日のお話ほど楽しくないな」と言われると、気持ちに波が立ちそうになり、
それを必死でこらえつつ、右で母の手を取り、左でナカリの手を取り、
ナカリを笑顔にさせるように、「お話」を頑張りました。

母が、ナカリは貴女の十字架だと思いなさい、と言ってくれたのを思い出します。

パソコンだとつい長くなりますね。
まだまだ思いはあふれてきますが、
あと、すべきことが山積みなので、ここまでにします。


叔母に勧められて、母の枕もとで、母の聖書を音読してあげました。
叔母からもらった小冊子の中の「心に残った言葉~あるきょうだいのあかしより~」に、
「人生において本当に大切なものは、
死の直前の三十分前においてもなお重要な意味を持ち続けているものだけです」

という文章があり、かみしめています。

読んでくださってありがとうございます、今読んでくださっている方々の心にも平安がありますように。

落ち着いたらまたゆっくり訪問して回りたいと思います、それまで書きっぱなしで失礼します。



子どもの日常 | 11:15:15 | コメント(2)
明日がある、幸せ
ご訪問ありがとうございます。

昨夜はナカリを休ませるため、付き添いを叔父に頼んで、実家に連れて帰りました。

先の予定が分からないと不安が増すナカリですが、頑張っています。

母も昨日覚醒してからは、まだ頑張っています。
もう楽にさせてあげたいのと、心残りなのと、せめぎあいです。

明日が必ず来ると思える幸せ、というのが、今はしみじみ感じられます。
今日は、また泊まりのつもりでナカリを連れて行きます。
ナカリを一番気にかけてくれていた母なので、意をくみたいです。

前の記事にコメントいただいた、鶏ささみさん、鍵コメントさん、ありがとうございました。
気をはりすぎないで、自然に任せて受け入れるよう心がけます。

病院が自閉症や知的障がいに理解があり、ナカリを気遣ってくださるのが助かります。

今日は、愛媛は雨。一日交代の天気が、揺れる気持ちの現れみたいです。
では、母に会いに行ってきます。



子どもの日常 | 08:44:23 | コメント(0)
お母さんお父さんが死んだら生きていけない、と泣く娘
ご訪問ありがとうございます。


帰省してすぐ病院に向かうと、個室を空けないといけないとのことで四人部屋に移動中。落ち着いてすぐ、母にごめんねを伝えることができました。が、母は頷くだけで声は出ず、心配で離れられないので、ドクターにナカリの事情も説明し、家族用の部屋を借りてナカリと二人で病院に泊まりました。

翌日は、朝から昏睡状態で、ドクターからも、検査結果がかなり悪いと説明があり、回復は期待できないから、看取りの方向でとなり、個室に戻りました。

おじやおばが来てくれている間に、ナカリの喪服を買いに行き(私は母のを借りる…けどスカートのファスナーは途中までしか上がりません…汗)、銀行や郵便局を回って病院に戻りました。
夕方には、牧師さんもまた来てくださいましたが、意識は戻らず、ナカリはおばあちゃんおばあちゃんと呼びかけて顔や手をさすりながら泣いて泣いて…
私、お母さんお父さんが死んだら生きていけない、と、先まで考えて涙が止まりません。
いろいろ話しながら母の個室で三人長い時間を過ごしました。

11時を過ぎて、ナカリはいったん家族用の部屋に、一人で寝に行ったけれど、携帯から電話で、おばあちゃんのこと考えたら眠れない、と連絡があったので、狭いけど個室のソファベットで二人一緒に寝ました。
3時頃、やはり一人でゆっくり寝るように部屋に戻して朝まで私ひとり母の側についていました。
母との最後の会話が、カウンセリングに行く途中の電話で、ナカリをほめてやるんよ、ということでした。私とナカリの口論を電話で聞きながら、私が興奮しているのを諌めてくれた母です。
もう少しゆっくり話しておけば良かった…

私も眠れず、7時ころ、ふと見ると、母の目が開いてる!昨日ずっと昏睡だったのが、呼びかけにも反応するので、上の息子にも電話して、母に声を聞かせ、ナカリにも伝えるとすぐに母に会いに病室に来て声かけしました。

このあとどうなるか、いつまで持つか、神のみぞ知るという気持ちです。
不安なナカリを支えつつ、母に苦痛がないように上手く看取ってあげたい。ドクターとの連携が不可欠ですが、今日は非番で主治医に会えないので、明日まで様子をみて、場合によっては点滴もやめてもらうか、思案中です。
どんな判断をしても悔いは残るだろうけど、できるだけ穏やかに、そしてナカリの気持ちも考えて、自分の都合(自分自身の確定申告がまだです、事務所のも税理士さんに委ねたあとまだ確認できてないし…)も考えながら、一日一日最善の選択をと思います。

今、母が落ち着いていて、叔父がみてくれている間に一気に携帯から投稿しました。何か書いてないと私の方が落ち着かなくて…
昨夜たくさん話してナカリの気持ちもよく分かったので、この経験を生かしたいです。
心臓ばくばく、ブログを見て心配してメールをくれた友人にも感謝しつつ、とりあえず今の報告を書きちらかしてすみません。

ありがとう、と、ごめんね、大好きよを繰り返し母に伝えています。
涙が止まらないナカリがいとおしいです。
がんばります。



子どもの日常 | 10:13:55 | コメント(2)
「リアルで恋人(友達)がいない、って寂しいかな?」
ご訪問ありがとうございます。

母の病状が気になりながら、とにかくも、帰省の前夜になりました。
今日は牧師さんもお見舞いに来てくださり、少し意識が戻ったそうで、ホッとしています。
片道切符で帰省するのは、父を看取った時以来です。
今回、何とか落ち着く方向でめどが立って、1週間ほどで帰れるといいのだけれど・・・


で、しばらく父娘が会えなくなるのが寂しくて、今日は「お父さんデー」。

朝から気持ちいい青空だったので、
いつもの夕方ランニングを散歩に切り替えて、午後、親子3人で歩きに出かけました。
歩きながらも、父娘でパラレルキャラたちについての楽しい会話。

前夜、「私、ファザコンかなあ~」と言うので、そうだねーと答えていた私。
実際、現実世界で、彼女の夢世界の一番の理解者は夫かもしれません。
ナカリの心の中では、「お父さんみたいな人」が恋人だったらいいのに、となっている様子。
そして、
「リアルで恋人がいないのって寂しいかな。そんな人、他に居る?」
いやー、いっぱい居ると思うわ、と答えたら、
「世の中、結婚してる人の方が多いみたいな気がする。結婚したら幸せ?」
うーん、幸せって、人が決めることじゃないでしょ、
結婚云々関係なく、自分が幸せ、って思ったらそれでいいんじゃない?
それでも納得がいかない表情。
「お母さんにはお父さんがいて、いいじゃん、私には誰も居ない」
・・・そうねえ、お父さんと結婚することはできないもんね。
年頃の娘にこれだけ慕われて、夫も幸せと言ってるけど、
ナカリ本人が現実世界で自分は幸せだなあ、って実感できたらいいのに。
やっぱり、寂しい(と思われている)と思うだけで悲しくなるのかな。

ふりかえって、
「高校生活は楽しく送れますように」ってお祈りしてたのに叶わなかった、と言うナカリ。
入学してすぐ憧れの人ができて、あーこれは「恋」かな?と思っていたけれど、
その子もあまり登校しない子で、いつの間にか退学してしまって、
声をかけてくれる女の子もいたけど、特に仲良くなったわけでもなく、
結局、恋人も友達も出来ないまま、1年で通信制に転校、
そのあとは、他の生徒との接点がないまま2年間。
通信制は、先生たちがみんな良かったので、転校して正解だったけど、
本人が思い描いていた「高校生活」とは大きく違う展開になった・・・んだと思います。

でも、まだ、20歳過ぎたばかり。人生これから、だよ。
焦らない焦らない。
熱しやすく冷めやすいナカリが、リアルでどんな恋に落ちるか、
今からドキドキだけど、
とにかく、寂しくなりすぎて希望を失わないよう、励まし続けてやりたいです。


そんな寂しがり屋のナカリを連れて、母のもとに帰ります。
しばらくパソコンから離れるので、更新も訪問も途絶えると思います、すみません。
では、行ってきます~





子どもの日常 | 19:30:48 | コメント(4)
「いのちの理由」
ご訪問ありがとうございます。

母の様子はあまり芳しくないようです。
昨日今日、叔父が泊まり込みで側についてくれているので助かっていますが、
感染症による高熱のため、また意識がない状態にもどってしまい、
本人の体力がどこまで持つか、心配です。
私とナカリは、とりあえず片道分、月曜朝出発の切符を買ったので、
来週、出来る限りゆっくり側に居てあげたいです。
少しでも回復してくれることを願いつつ・・・。


落ち着かない中、
ナカリの数少ないリアルのお友達(母と同じく心臓病の娘さん)が、
昔、発表会で歌ってくれた歌を思い出し、もう一度聴いて、ジーンとしました。

誰かを傷つけたり傷つけられたり、救ったり救われたり、
歌詞の通りだなあ、人生って・・・。

「いのちの理由」さだまさし







読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 20:03:21 | コメント(6)
感情的になるのは仕方ないけれど、悔いを残さないようにしたい
ご訪問ありがとうございます。


ホームに入所中の母の様子が、あまり良くない感じ、というのは、
今週ずっと気になっていたことでした。

月曜のカウンセリングに向かう途中、バスと電車の隙間に電話がつながって、
少しだけ話をしたっきり、
その後はいつ電話してもつながらない、向こうからもかかってこない、
叔父の電話で様子を聞くと、ぐったりして元気がない、
叔父が受話器を母の耳に当てて私との電話を介添えしてくれても反応がない、
声が出ない・・・

うーん、これは顔を見に帰らないと、と思っていたら、
昨夕、ホーム側からも様子が気になる、と、叔父に連絡があり、
ペースメーカーを入れた病院に救急車で搬送してもらって状況を確認、
心臓機能の方は大丈夫そうだということで、ホームに帰されたものの、
今朝まだ気になるので、ホーム系列の病院で診てもらったところ、
危篤ではないけれど重篤な状態、ということで、そのまま個室への入院となりました。

一番心配だったのは「意識がない」こと。
叔父の呼びかけにも反応せず、
一時はどうなることかと叔父も気をもんで連絡をくれたので、
万一、も考えて、とりあえず片道切符を買って来週ナカリと一緒に帰るから、と話しました。


こうなると、後悔しきり。

どうしてもっと優しく話を聞いてあげることが出来なかったんだろう、
どうして、あんなに腹立たしく、イライラした感情をぶつけてしまったんだろう。
相手はもう老人なのに・・・

今日は仕事をしながらも、気になり続けていましたが、
帰宅して叔父に連絡すると、少し意識が戻ったとのこと。
私の電話の呼びかけに「うん、うん、ありがとう」との小さな声の返事が聞こえました!
まずはよかった、一安心。


でも

もしもあのまま会話をかわせない状態が続いていたら、きっともっと後悔したはず。



母は高齢で、いつ何があってもおかしくないから、と、心では分かってたはずなのに。
苛立ちを抑えられなかったし、口にしてしまった。

同じことを、ナカリとの間でも過去、何度も繰り返してきた。

私の携帯の「未送信メール」ボックスには、
ナカリとぶつかった時のやりきれない思いや罵りの言葉が、何通分もたまっています。
悔しくて情けなくて腹が立って、どこにもぶつけようのない思い、を、
宛先なしのメールに綴って保存しているのです。
時間を経てあとで読み返すと、
当時の辛い思い出がクッキリハッキリよみがえり・・・ああ、こんなこともあったなと。


実際、
我慢の限界を超え、言葉にしてぶつけ合い、傷つけあったことも何度となく。
家の中での怒鳴りあいや、モノのぶつけ合い、壊しあい。
外でも、
学校まで付き添っていく途中、押していた自転車をその場に放り投げて怒鳴りあったことも。


感情的になるのは仕方ない・・・

自分でも自分はかなり我慢強い方だと思うけど、
我慢がキレたら、頭が真っ白になって、相当ぶっ飛ぶ。
泣き叫ぶナカリが包丁を出した時には冷静さも取り戻せたけれど、
私の方がナカリ以上に興奮して暴れることも何度となく・・・

まあ、かなりの修羅場がありました。


それでも
ナカリはちゃんと生きているし、私もまだ生かされている。

たしか、大江健三郎の本の中に、「命以外、取り返しのつかないことは無い」
というような文章があって、深く共感したことを覚えているけれど、
ほんとうに
命以外のことは、いつからでも、どんな状況からでも、やり直しはきく。

だから、生きているということは、それだけで感謝。


ナカリは幼い頃、多動がひどかったので、車に轢かれかけたことが2度あり、
今でもその場面を思い出すだけで冷や汗が出る。
上の息子も保育所のおやつの団子をのどに詰めて救急車、
後で、実はかなり危ない状況だったと聞いて、怖い思いをしたことがあります。
小さい頃、子どもたち二人とも高熱による熱性けいれんで救急車に乗ったし、
看病で一晩中寝られなかったことも、何度あったか分からない。
母親ってそんなもの・・・親子ってそんなもの・・・

どんなに喧嘩しても、どんなに罵り合っても、あとから「ごめん」が言えたから、
赦しあいながら、今までやって来れた。


ばかだなあ、わたし。
来週、母に会えたら、まず、ごめんなさいを言おう。

ナカリが、家を出る家族に対して、必ずのように「無事にね」を口にする気持ち、
そのありがたさ、を、改めてしみじみ感じます。
どんなに元気な人だって、いつ、どんな形で永遠の別れが来るかなんてわからない。
そのとき、悔いが残らないように過ごせているか、だよね。



前に帰省した際、「きれいな虹を見たよ」と、写真↓を印刷して置いて行ったので、
それを見て、母が「おかあさん、おかあさん、虹が見える」とうわごとを言っていた、
という叔父の言葉に、胸がキュンと締め付けられました。
母にとってのお母さん、私にとっての祖母、の思い出がよみがえる・・・
思い出がある限り、人は心の中に生きてるんだな。
おばあちゃん、もう少し、お母さんを守ってあげて。
蔦屋駐車場からの虹 IMG_0917




思い出 | 21:11:58 | コメント(4)
再度、体重管理と服薬
ご訪問ありがとうございます。

今日は、ナカリと二人で遠路、バスと電車で片道2時間かけて通院してきました。
いつもは、帰りはスタミナ切れで、タクシー使っていますが、
今回、前もって本人の方から「帰りも電車にしようか?」と言うので、
ずいぶんエネルギーがたまってきたな、と感心していました。

本人がドクターと会うのも久しぶり。
このところ調子よく過ごせていることや、
ショートステイを経験したこと、
B型作業所を少し見に行ってみたこと、
通信制大学の科目試験を受けたこと、
などなどの報告に加えて、
昨年秋ごろから気になっている体重の件を相談しました。

毎朝起きたら体重計に乗る、ということを続けて、
この数か月の変化をグラフにしたら・・・
薬を一種類減らしたにもかかわらず・・・減るどころか、逆に増えてる!

食欲がある、食べる量が増えてる、ということが原因みたいです(泣)。

ドクター曰く、
「薬のせいで食欲が増すのは確か。でも、食べてて太るのはある意味当たり前。
食べてないのに太っていってる、というわけではないから、問題は食事内容。
低カロリーのものを増やすなどの工夫をして、
あとは、運動しましょう、体を動かしてカロリー消費をして、様子を見ましょう。
今飲んでいるリスパダールを、太りにくいエビリファイに変えるとか、
リスパダールの分量を少し減らす(2ミリ→1.5ミリ)とか、
体重減少に効果がありそうな漢方薬(粉または錠剤)を追加するとか、
いくつか選択肢はあるけれど・・・(本人に聞くと、いずれも不安があるとのことで)
今、調子が悪いわけでないから、私も出来れば薬は触りたくないな。」
と、いうことで、薬はそのままに。
食事内容の見直しと、体を動かす工夫を考えることにしました。

ひとりで散歩、とかができるようになれば一番なんだけどなー。
それは提案しても、まだ少し自信がないそうで…。
引き続き、
私が休みの時に一緒に歩くのと、週末、父娘で走るのとを頑張ろう、
となりました。

で、今日の帰り道も「歩きたい」となったので、
病院から駅までてくてく。
そのあとは電車とバスを乗り継いで、
うちから少し離れたところでバスを降りて、またてくてく。
歩いていると、少し汗ばむくらいの天気だったので助かりました。

途中、よそのおうちの庭木に、かわいらしい花が・・・
思わずパチリ。
病院帰り 花 170216_145032

病院帰り 花2 170216_145512

少しずつ、春が近づいてきているのを感じます。

よし、「運動!」親子で頑張って体を動かそう~~~
(私の、ぽっちゃりお腹にも効きますように)




子どもの日常 | 19:01:34 | コメント(4)
バレンタインデーはこわい ~いじめを通報した日
ご訪問ありがとうございます。

娘と、今日はバレンタインデーやね、と話していて、
「友達のMちゃんがいじめられてるから助けて―」って走って帰ってきたの、覚えてる?
と聞くと、ハッと思いだした表情をして、覚えてる、との返事。

小中学校のバレンタインデーは、女子にとって「友チョコ」の日であるとともに、
男子をめぐる争い?が表面化し、殺気立った雰囲気が流れる日でした・・・。

その日、同じ支援学級のMちゃんと一緒に帰宅していたナカリ。
そこへ、これまた同じ支援学級のHちゃんをリーダーとする数人の女子が現れてとり囲み、
Mちゃんに対して、暴言、暴力。「犬になれ」「わんわんって言え」など。
どうやら、お昼休憩の際にチョコを渡す相談をしていた時にMちゃんが無視したのが原因とか。
ナカリはこわくなって、その場から走って逃げ、家までずっと走って、
玄関を入るなり「おかあさん!Mちゃんを助けて~」と泣き出したので、びっくりしました。

結局そのあと現場に行ってももう誰も居なかったけど、
Mちゃんのお母さんに電話したら、制服が泥だらけで何があったのか心配していたとのことで、
ザクッと状況を伝えたあと、直接、MちゃんとHちゃんのお母さん同士話をされたようです。

以来、バレンタインデーはこわい、というイメージが定着してしまったナカリ。

女子同士の関係って、こわい・・・
なので、バレンタインデーが土日だとホッとし、平日だと恐れながら登校・・・したりしなかったり。
今日は3年ぶりに平日なんだとか。
似たような思いをしている子が他に居なければいいけどな。

笑えない思い出です。
でも、「通報」したナカリは偉かった、と。
当時はその場で「助けられなかった(こわかったから)」と、自分を責めたナカリでしたが、
「正義の味方やん」と、今日は、自分で自分を誉めていました^^





思い出 | 19:40:18 | コメント(2)
追悼アル・ジャロウ氏 ウイーアーザワールドの衝撃
ご訪問ありがとうございます。

今日の夕刊で、アル・ジャロウ氏逝去の記事を見て、
頭の中で「We are the world」が鳴り続けています。

マイケルジャクソンも亡くなり、何だか今さらという感じもありますが、
私にとっては、とても意味深い一曲で・・・。
まだボランティアとかチャリティーとかいう言葉になじみが薄かった時代です。
アフリカを救えという呼びかけに多くの白人シンガーが集ったのに感動しました。
シンディ・ローパーやキム・カーンズ、ダリル&オーツやビリー・ジョエルや・・・きりがありません。


私自身にとっても英語学習の原点になっているような曲です。
感動して、VTRを実家にまで送りつけて「見て!」と言ったのが先日のことのよう・・・。


ご冥福をお祈りしながら、この曲をアップして寝ますね。








読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 00:20:30 | コメント(8)
次のページ

FC2Ad