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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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保護入院の記憶が再出現
ご訪問ありがとうございます。

このところ、すっかり落ち着いて、いろいろ新しいチャレンジも出来ていたナカリですが、
今日の夕方、母から「怒りの電話」があって、こちらが対応に困っている様子を見て、
「私とおばあちゃんと似てる、気持ちわかる、悲しくなってきた、ドキドキしてきた」
と、不穏な空気が流れ始め、私はますます母に対して腹を立てています・・・

母の言い分は「ここは自分がいるところじゃない、こんなところに居たら自分もおかしくなってしまう、
今すぐここを出たい、鍵がかかっていて出られないから、開けるようにホームに電話してほしい
どんな契約でここに入れられてるのか分からないけれど、もう一時たりとも耐えられない」

なぜそんなに思い詰めているのか聞いても「嫌な職員がいる、嫌なことを言われる」の繰り返し、
叔父となかなか連絡がつかなくて余計にイライラしている様子で、口調は「ですます調」なのに、
冷たく厳しく、とにかく露骨に怒りをあらわにしてくるので、こちらまでイライラしてきてしまいました。

結局、その後、叔父と電話がつながって、叔父から母に連絡を取ってもらいましたが、
その際、叔父にも同じ内容を繰り返し訴え、
「タクシーで帰る、鍵開けてくれないなら消火器でガラスを割って出る」、と、まで言い出す始末。
叔父も対応に苦慮して、とりあえずホームの夜勤の職員さんに頼んで説明してもらい、
今日はもう遅いし責任者がいないから鍵は開けられない、
という形で何とか納得し、母の方から再度叔父にその旨電話してきたそうです。

明日にはホームを出られる、と思い込んでいる(かもしれない)母をどうするか、
叔父と相談した結果、明日午前中に叔父がホームの職員さんと会って話をし、
「環境を変える」という意味で、同じ系列の近所の病院に移るか、無理ならホームの階(部屋)を変わるか、
本人に、こちらが何らかの「対応」をしたことを納得させるしかないだろう、と。
明日どうなるかは明日になってから考えるしかありません。


問題は、このやりとりを横で聞いていたナカリが、
自分も保護入院の際の病院が嫌で嫌で、退院後もずっと悪口を言い続けていたのを思い出し、
一緒に落ち込んでしまっていることです。

私は、母に対する苛立ちの方が先に立って「もう、おばあちゃんはほっとくしかない」と言うと、
ナカリは「なんでそんなこと言うの?何で怒ってるの?私も一緒や。ごめんなさい」モード。
え~~~、矛先が違うやん、何でそうなる?
「ナカリは優しいねー」と言うと
「おばあちゃんと一緒やから気持ち分かる、入院嫌やったもん、すぐに出たかったもん」
・・・
そうかあ。
でも、本人が思い出したくないことを思い出させることになって、私の母に対するイライラは増すばかり。
とにかく一日一日、ごまかしごまかし、対応していくしかないだろう、と、気が重くなります。

昨日、感傷的になりながら書いた記事と全く矛盾する今の気持ち。
近いうちに母と二度と会えなくなるかもしれない、多分もうそんなに長くはないだろう母なのに、
今は優しく母を思いやる気持ちになれない、逆に思い切り毒を吐きたい気持ち、
ああ、このイライラをどこにぶつけたらいいんだろう!!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・・・と、書いていたら、上の息子から電話。
今日、生協のトイレでウォッシュレットが故障していて、
立ち上がって後ろを向いたときに、棒の部分が出たままなので、あれ?と思う間もなく、
シャワーが勢いよく顔面直撃!
マフラーとセーターも濡れて、えらい目にあった、と。
・・・聞きながら思わず笑ってしまいました。
「センサーが壊れてるなら、ほかにも被害者がいたかも。このウォッシュレット危険、の貼り紙が要るね」
笑ったら、少し気持ちが軽くなりました。
ナカリにも伝えたら、ナカリも笑顔になりました。
息子とは母の話は一切しなかったけど、いいタイミングで笑わせてもらえて助かった~。


よし! 母のことは、なるようになるさ。







子どもの日常 | 22:08:47 | コメント(8)
二度と会えないだろう人たちに、ごめんなさいを伝えたい
ご訪問ありがとうございます。

昨日の試験問題、我が子の子育てを通じて強く実感した思い、
「人の心」の繊細さ、壊れやすさに思い至っての支援が必要だということ、
について、熱を込めて答案用紙に書いたのでしたが、
一日経って、いろいろと振り返って、自分自身も、いかに「人の心」を知らなかったか、
ということに想いを致して、恥じ入っています…

死ぬまでに、可能ならもう一度会ってあやまりたい、そういう人が何人もいる。
とりわけ、子育てを始める前の自分。
まだ社会に出る前、学生だった頃の自分。
自分の抱える「家庭の不幸」にしか目が向いていなかった、
隣の子たちのことを「何の苦労もない学生」だと決めつけていた、
自分では大人びていたつもりだけれど、心は子どもで、狭い世界しか見えていなかった。

ああ恥ずかしい。

大学に入ってすぐのころに仲良くなった友達の一人は、多分、メンタルに課題を抱えた人だった。
当時にも、薄々そう感じながら、近い友達として、一緒に出かけたり、話したり、仲良かった・・・。
なのに、私の人間関係が広がるのと並行して、彼女との関係は徐々に離れていった。
卒業後もしばらくは年賀状のやり取りをしていたけど、いつの間にかそれも途絶えて、
今はいったいどこで何をしているのか分からない。
今になって、彼女にもう一度会いたい、会って何を話す、というわけでもないけれど、
なんだかとても申し訳ないことをしてしまった気持ちがいっぱいで…
ごめんなさい、昔の私を許してね、と、そう伝えたい気持ちが湧き出てくる。

加えて、
思春期真っ只中、恋する乙女(対象は現実の人間でないけれど)、健康的な恋煩いに悩むナカリを見ていると、
昔、自分に対して真面目に恋してくれた人たちが思い浮かび、
これもまた、申し訳ないことをしたという気持ちでいっぱい。
恋?!なんてユルイこと言ってる人は大嫌い、と、突っ張っていた、昔の自分。
相手の気持ちを思いやることも出来ず、全面拒絶した、ひどいことをした、傷つけた、
さらに悪いことに、相手を傷つけたという自覚すらなかった。
人として恥ずかしい。
「同窓会」の類には、ほぼ一度も出たことがないし、これからも多分出ないと思うけど、
自分が傷つけた人たちに、何らかの形で、謝罪の気持ちを伝えたい…
(とか、そんなこといって、相手はもう何とも思ってないかもしれないけれど、ね)。


あやまりたいと思ったときに、相手がもう居ない、とか、会えない、とかいう状況になって、
後悔が押し寄せて潰されそうになる。
でも、「過去と他人は変えられない」
それでも、自己満足だとしても、どうか、
この想い、風に乗って飛んで行け、なんとか届け!・・・「ごめんなさい」


昔、ナカリが描いたポスターを思い出す。
いじめについて、チャップリンの「愛されない人が憎むのだ」という言葉を添えて、
当時読んでいた漫画のセリフ「悪い事したらごめんなさい、でしょ!」と言う女の子の絵。
はい
そうよね、ごめんなさい。
ナカリを傷つけた昔の生徒たち、大人たち。
いつか、同じような気持ちで、ナカリのことを思い出してくれることがあるだろうか。
ナカリという子がいた記憶が、誰かのもとに残っているだろうか・・・
どこか遠い空の下で、ナカリに対して「ごめんなさい」と思っている子がいるだろうか。



ちょっと感傷的になりながら、
ナカリの好きなゲーム音楽FF(ファイナルファンタジー)13のなかの1曲
「君がいるから」






思い出 | 20:54:20 | コメント(10)
「義務教育後、社会に出るために必要な支援とは?」
ご訪問ありがとうございます。

今日は、ナカリと、通信制大学の科目試験に行ってきました。
その試験問題がタイトルです。
1時間半、私は時間ぎりぎりまでうんうん唸りながら書きましたが、
ナカリは1時間くらいで終了して提出。私が出来るまで待ってくれていました。
あとから、「上手く文章が書けなかったかもしれない」と言って心配していますが、
とにかく、人混みの中を移動しながら会場まで辿り着き、ちゃんと試験を受けられただけでOK。
1年間の女子大生生活も大詰めですが、よく頑張りました!

で、私が書いた内容ですが・・・
ついつい、学童期から思春期にかけての支援に対する愚痴めいた内容になってしまい、
「社会に出る」こと自体で今、行き詰まっているナカリの状況について、追及口調になってしまいました^^;

乳幼児からそれぞれの時期時期に必要な支援の形、というのがあると思いますが、
難しいのが、この、児童期から思春期にかけて、だと思うのです。
今は早期発見早期療育、の仕組みも整い、就学前にかなり手厚い支援を受けることが可能になっていますが、
学校に入ってからは、学校の価値観にどう合わせながら、次の進路=競争、を切り開いていくのか、
という難しい問題に直面する時期になります。
先生たちの忙しさとストレスフルな環境も課題の一つだと思います。
大人の側から子どもに対する、ちょっとした声掛けや態度だけでも、
敏感な(傷つきやす)自閉っ子は、落ち込み、マイナス思考の泥沼に落ち込んでしまいます。
かといって、過度の褒め言葉は逆効果だし。

で、結論として、自閉っ子の側からの「信頼」をどうかちとるか=信頼関係を結ぶことが出来るか、
で、そのためには、苦手に注目せず得意を伸ばそうという姿勢、理屈抜きにその子を可愛いと思う気持ち、
の有無が問題になると思う
のです。
自閉っ子と一緒に居て、「楽しい」「この子面白い」と感じられるかどうか・・・
これ、親も問われるところだけれど。
少なくとも、仕事として子どもに向き合う専門家なら、要求度を上げてもいいですよね・・・

自閉っ子に対して、「さぼり」「手抜き」「甘え」などという見方をするなんていわんや(実際されましたが)、
自閉っ子自身がいじめだと自覚して訴えた際に、「被害妄想」「思い込み」と決めつけて、加害者側を弁護するのは、
自閉っ子を二重に苦しめることになる、と自覚してほしいと思います(このあたり、かなり興奮しながら書きました)。
その当時、本人に寄り添って共感してくれたのは、カウンセラーさんで、
学校の教師が他の生徒との関係を何とかつなごうとするのに対して、
「裁判で被害者に加害者と面と向き合えと要求するようなもので、理不尽な要求」と言い切ってくれたのが救いでした。
被害者が加害者と向き合いたくないのを、無理やり引っ張ってきて対面させようとするような無神経さを、
カウンセラーさん自身が学校に問題提起してくださったのです。

そうした、プラスの出会いを何とか足場にして、
成人後ではあるけれど、これから「社会に出る」練習をしていきたいな、と、改めて思いました。
そして、試験の方は、
「成人後も含めて、社会に出て人生を送っていくという長いスパンで考えて接する支援」
「社会に出ることを怖がらない力を身につけさせる支援」が一番求められる、というような内容で締めました。

さあ、4月からどうするか、ゆっくりじっくり考えていかなくちゃ。



今夜は、海外ドラマ「クリミナルマインド傑作選」を見ています(現在進行形)。
一見、無感情に見える自閉症の子どもが、事件のキーを握るという、哀しいお話です。
少し前にも再放送されていたので、見るのは3回目になりますが、
自閉症の男の子が弾くピアノのメロディーが頭に残って、検索してみました。
このドラマのために書き下ろされた曲だそうです。
"Brother" by Road Hawgs


ドラマのあらすじはこちら↓
クリミナルマインドが大好きでたまらない世莉のブログ 「哀しきメロディー」のあらすじと感想

母とは今日も、巻き戻しテープを聞くようなやりとりに終始しました。
良質の海外ドラマを見るのが、ストレス発散になっている私です。








子どもの日常 | 21:28:02 | コメント(4)
認知症は障がい?病気? どう対応する?
ご訪問ありがとうございます。

ナカリが少し落ち着いてきたなと思う一方で、
母の症状はあまり芳しくありません。
認知症に関する雑誌「クロワッサン」の特集号を買ってきて読みながら「うーん」。

>今、世間一般でいう認知症のイメージって、そうなるだけの理由があるはずなんですよ。
 まわりは、本人がつらいと思いたくないっていうか、
 それよりこちらのつらさをわかってほしい。
 なんとかイメージに助けてもらいたい、というのがあるからこそ根強いし、なくならないし、
 相手の立場になる余裕もないし、憎しみが先行しちゃう。
 その症状と感情が最後まで切り離せないのが、この病気のずごい特徴だと思うんですよね。
>許せないところを本質的に追求していくと、
 認知症の部分じゃないところが許せなかったりするんだよね。
>結局、認知症を発症することによって、
 もともとその人が持ってる素質が、よりあらわになってくるというか、
 その人間性がよりわかりやすいものになってきたときに、やっぱり許せない。
 認知症になる前から許せなかった部分が拡大されちゃうことによって、
 本人への憎しみが病気に対する憎しみになり… 

ズキーン…
今日は、帰宅して母と電話している間からずっと耳鳴りがおさまらなくて、
あ~私かなりストレス溜まってるや、と、自覚したのだけれど、
母に対する複雑な感情がこみ上げて、上手く言葉になりません。
「これ以上、母の話を聞いていたくない」自分がいて、そういう自分を親不孝と思ってしまう。

少し後に、叔父から電話があり、二人とも似た状況に置かれているので、
それを共有しあい、「聞き流そう!」と確認して、とりあえずの日々をやり過ごしていくことにしました。
電話のやり取りや、その後の私の愚痴(独り言)を聞いて、ナカリが心配しています。
「お母さんみたいな年寄りにはなりたくない」と私が言うと「私は?私は大丈夫?」とナカリ。
あー、そこまで想像することはできるんだ。
不安にさせちゃいけないね。ごめん、ナカリ。

とにかく母の言うことは、絶対否定しないように(怒らないように)、聞き流す!
がんばります。
父を上手く看取ることが出来て後悔が無いので、母に対しても、同じように出来るだけの誠意をもって見送りたい。


散歩の記事にいただいたコメントで「春」を感じたので、
確か2回目になりますが、ユーミンの「春よ来い」が聴きたくなって、
去年の3月にアップしたのと同じ動画ですが、歌詞付きのカバーバージョンで。
カラオケしてください(笑)






未分類 | 21:52:40 | コメント(10)
散歩が出来る幸せ
ご訪問ありがとうございます。

今日は仕事休みの日だったので、ナカリを誘って、久しぶりに散歩に出かけました。
昔(通信制高校時代)は1時間以上散歩するのが通例でしたが、
幻聴が激しくなり、パニックを起こして救急入院してからあとは、
ベランダでの日光浴を可能に戻すまでにも時間がかかりました。
日が暮れてからの、父娘のランニングは再開できているものの、
日中動くことは、必要があっての移動か、ごく近くのスーパーまでの買物同伴程度で、
1時間半近くの長い散歩は久しぶりでした。

実は狙いは、先日の相談事業で紹介された、B型作業所「ケーキ屋さん」の下見。
本人にも、「まずはお客さんとして行ってみようよ」と声をかけて、
一緒に行ってきました。

B型作業所 170126_131611

お店の表には「パート募集」の貼り紙も。
他のお客さんが誰も居ない中で、私はピラフとコーヒー、ナカリはシフォンケーキと紅茶を注文し、
途中で、外に売りに出ていて帰ってきた職員さんたちとも遭遇しながら、静かに美味しくいただきました。
お店を出てからのナカリの言葉は「私には無理」でした。
まあ、調理だけというお仕事もあるかもしれないから、と、言葉をにごしながら、
とりあえず3月いっぱいまでは「学生」だから、と話をそらして、パラレルワールドの話題で盛り上がり、
ナカリが「散歩、楽しい」と言うので、真っ直ぐ帰宅しないで、遠回りに散歩コースを延長しました。
途中の川の水がとても綺麗。太陽の光に水がキラキラと輝いて、思わずパチリ。

散歩帰りの川 170126_140143

少し歩くと、白いサギが魚をつついていました。
川のサギ 170126_140409

携帯(ガラケー)で撮った写真なので、写りが悪くてすみません。
ナカリが何度も「働けなくてごめん、働ける子じゃなくてごめん」と繰り返すので、
とにかくこうやって散歩が出来るまで回復したことだけでもお母さんは嬉しい、
ということを伝えて、しばしの幸せタイムでした。


とにかく、先のことは、春になってから考えよう。
下見がてら、と言いつつ、
作業所の紹介パンフレットも入手したので、なんとなくホッとした母でした。

イラストは趣味、お仕事は別、という選択になるかどうか、
あるいは「美術系作業所」にむけて、アートの先生と模索を続けるか、
とにもかくにも、当面は「通信制大学の科目履修生」という立場で頑張ってもらいます。


吹雪いて、道が凍ってヒヤヒヤだった、先週末から今週初めが嘘のように、今日は穏やかで、
散歩してたら少し汗ばむくらいでした。
感謝。




子どもの日常 | 21:28:25 | コメント(6)
電車で泣いている子どもを見ると思い出す
ご訪問ありがとうございます。

昨夜は母もぐっすり寝たそうです。
「絶対来るはずのない親族」の件も、別の来客と記憶が入り混じっていた、と本人も勘違いを納得していました。
ただ、今度は、度を越した「儀礼的」な言葉づかい(ですます調、ちょっと突き放したような冷たい感じ)になり、
それはそれで、こちらの空しさがアップするばかり。
「こんな年まで生き過ぎた、もう迷惑はかけないから、ほっておいて。いつの間にか死んでた、で構わないから」
と、挑発的な発言も。
ホームも、近いうちに退所して自宅に戻る、誰の世話にもならずに一人で大丈夫だと言い張っています。
とりあえず、今後は叔父と一緒に対応を考えていきますが、「子どもの駄々こね」のような感じもあって、
ナカリの小さい頃に重なるような気さえします。
どうなるかなあ。

で、
今日の仕事帰り。 もう夜だけど、ベビーカーの乗客も居て、
少し離れたところから、ずっと泣いている子どもの声が聞こえ続けていました。

乗り物の中で子どもの泣き声を聞くと、ナカリが小さかった頃がフラッシュバックします。

若いママさんのブログを訪問すると、子どもが泣いて暴れて手におえなくて
子どもを押さえつけている自分の両手はふさがっているので、「代わりに警察に電話して!」と道行く人に頼んだ、
なんていう話が載っていたりもします(みなさん119番ならするけど、110番は…とひるまれたみたい)。
逆に、あまりの叫び声に「児童虐待では?」と近所からの通報があって警察に踏み込まれたご家庭もあります。
私の周辺の友達も、何人かは、行方不明になって警察に助けてもらったとか、パトカーに乗ったとかいう人が居ますが、
我が家はさすがに警察との関わりまでは及びませんでした・・・

が、まあ、近い状況?周囲の人が見たら「児童虐待」を疑われる場面は何度も。
小さくても力があって、暴れる子どもを押さえつけるのには大人も全力、叫び声は止めることが出来ないし、
交差点の端っこで娘と格闘中に、通りすがりの人たちの視線が突き刺さった思い出は忘れられません。

イベントの行列に並ぶのが耐えられなくて暴れたり、
見知らぬ子どもたちの遊びに乱入しようとするのを、夫婦二人がかりで取り押さえ、
暴れるナカリを、おみこしのように抱えて運んでいるのを保育所の先生に目撃されて、
「大変ですね」と、お便り帳で気遣っていただいたのが、ついこの間のことのよう・・・ 

また、絵本の読み聞かせをしたかったので、子ども二人とも「親子劇場」に所属しました(無謀!)が、
大きな会場での人形劇などは、ナカリにしたら「苦行」でしかなく、会場からの脱走を試みて、
ホールの出口のところで親子で取っ組み合いになり、指を思い切り噛まれて(嚙み切られるかと思った)、
場内に戻る気力も果ててギブアップ、諦めて途中で帰宅、という経験もあります。

振り返ると、ほんと、いろいろあったなあ。
よくまあ、今くらいの状態にまで落ち着いたものだ、と。
過去と比べて「感謝」していたら、問題は解決していくような気持ちさえしてきます。

ママさん、がんば!と、声をかけていただきながら、
自分もまた、若いママさんたちに、がんば!と声をかけてあげたい。


よし、元気出して乗り越えよう!
帰り道の電車で泣いていたあの子は、今頃もう寝てるかなあ・・・



追記)ヘルメティック・サークルをリンクに加えさせていただきました。
   記事の最後に一曲・・・って、いいなあ、と思ったので、私も1曲。
   先に紹介した「Boats&Birds」に対するコメントで、この曲、もしかして海外ドラマ「ボーンズ」に出てた?
   というのが気になって、調べたけれども分からなくて、似た感じの「ボーンズ」BGMをアップ。
   歌詞が出ているので、こちらもいつか翻訳チャレンジできたらな。

Sara Lov - Fountain




思い出 | 22:01:12 | コメント(2)
「なってみないと分からない!」と言われる側の気持ち
ご訪問ありがとうございます。

今朝がた4時半ごろに母からの電話で飛び起きました。
思うように自由にトイレに行けない、とか、絶対来るはずがないと思われる親族が来た、とか、
ここは一度入ったら出られない所だ、ここは自分がいる(べき)所じゃない、
こんなんやったら、首吊って死んだ方がいい、とか、
聞き取りにくい小声でいろいろ話し続けて30分近く・・・
イライラが声の調子に出ていたのか、私の対応に対しても気に入らなかったようで、
「こんなになってみないと私の気持ちは絶対分からん!」と、ここばかりはという感じで強くはっきり言いました。


これ、ナカリからぶつけられた言葉に通じます。
(以前、「アイアムサム」の映画の記事に書きました。)

そう、
私は自閉症ではないから、自閉症になってみないと分からないことっていっぱいあるだろうな。
でも、そう言われても、何て答えたらいい?
分からない、その通り、としか言いようがない、だから何?
じゃあ、こっちからも言うけど、健常者とか定型発達者とか言われる立場も、絶対分からないでしょ。

この言い合いじゃ、どこまでも平行線、だね。
とにかく、相手を分かろうとしている時に、「なってみないと分からない!」と言われるのはキツイ。
少なくとも、私は親として、我が子の置かれている状況を少しでも理解したいと努力した。
だから、傷ついたし、言い返したし、一緒に泣いた。

でも、

今、
母の「認知症」というはっきりした事実を前にして、どれだけ理解しようと思っているかというと、
もう勝手に言ってれば、と、投げ出してしまいたい気持ちの方が強い。
「絶対来るはずのない親族」の「用事」を確かめてくれと頼まれたので、朝起きて連絡したら、
思った通り、それは母の思い込み(混乱)で、その親族は母がホームにいることすら知らなかった。
これはいわゆる「せん妄」状態?そこまで認知症が進んできたの?

「なってみないと分からない!」と母は愚痴る(毒づく)けれど、
将来なるかならないか、なんて、私にだってわからない。

私はどんな高齢者になるんだろう。

介護疲れで、親族が高齢者に手をかけてしまった、という事件が後を絶たないけれど、
これ、遠距離介護だからまだ持ってるんだよね、きっと・・・。ずっとそばに居たら耐えられない。
母が母でなくなっていく、良かったことが遠ざかり、辛いこと腹立たしいことばかりがつのっていく・・・

少なくとも私は、年老いて、いろんなことが分からなくなった時に、
相手に対して「私の気持ちなんか(なってみないと)分からないでしょ!」と毒づく状態にだけはなりたくない。
・・・って言ってても、分からないか。
今までできていたことが出来なくなって、歯がゆくて仕方ないんだろうなあ。
この先のことを考えたら不安でどうにかなりそうなんだろうなあ。
誰も自分のことなんて気にかけてくれないという寂しさでいっぱいなんだろうなあ。

でも、受容出来ないよ。
ごめん、お母さん。

母とナカリは似ている。
いろいろなことを溜め込んでストレスやトラウマに苦しめられて、被害妄想が激しくなるんだよね。
それこそ、ナカリが高齢者になった時、どんな風になるだろう、
その時私はもうこの世にいないだろうから、側で支えることはできない、
支えてくれる人に対して、最低限の礼節は失わないでほしい・・・

何だか、悲しくて空しくて、自分が嫌で、逃げ出したい気持ち。
「なってみないと分からない!」 この言葉の破壊力はすごいな。
ガラガラと崩れていく、いろんな良かった想い出までもが・・・
哀しいな。

今日は朝まで寝てくれるだろうか。
携帯電話は鳴らないだろうか・・・
落ち着かない夜です。
暗い記事ですみません。

どんな風に年をとるか、ということは、とてもとても大事なことだ、と、
まだ21歳になったばかりのナカリの将来を想うのでした・・・




未分類 | 00:04:02 | コメント(8)
東大・異才発掘プロジェクト  アウシュビッツ訪問の話から考えたこと
ご訪問ありがとうございます。

先週金曜に会った友人が、テレビで見た、ということで、
「東大・異才発掘プロジェクト」のメンバーがアウシュビッツを訪れた話をしてくれました。
話の内容としては、
ユダヤ人だけでなく、精神障がい者も虐殺されたことに対して、
「一般の枠からはみ出している」子どもたちが、自分に重ねて恐怖を感じたことや、
何か一つの基準で人の優劣をつけること、とりわけその基準が「役に立つかどうか」であることの危うさ、
相模原事件に重ねて、我が子の未来にも重ねて、彼女自身いろいろ考えた、というようなことでした。

話してくれた友人は、私とナカリのピンチを何度も救ってくれた人なので、
聞いた話が忘れられず、頭の中でモヤモヤと形にならない考えが湧いては消えて、
検索して再度自分でも考えてみよう、と、パソコンに向かいました。

検索から出てきた中で、心に残ったのは、湯浅誠さんの記事(長いです) ↓
「異才発掘プロジェクト」が目指す「ふつう」の世の中

この中に、「評価軸が一つしかない社会」は凸凹を認めない、という文章があり、そうだなと納得。

で、「不登校はチャンスだ=なんといっても時間がある」ということで、
アウシュビッツとサイバスロンに行ってきたそうです・・・
そこで、「能力が高いことが素晴らしい、という発想」が、自分たちをも苦しめている、と知った、
というような内容に、ハッとさせられました。
また、
「世間の間尺に合わなくても、
徹底的に排除されたり、追い込まれたりして自信喪失させられることなく、
こだわりを生かし、好きを伸ばして生きていけるようにすること、
そういうスペースを提供する試行実験をやっている」

という一文に、胸が熱くなりました。


検索では、話のもとになったテレビ番組に対する賛否両論(ツイートのまとめ)も出てきて、
視聴者一人一人、いろんな意見・感想を持ったのだなと思い、少し複雑・・・。
ただ、何が正解かは決められないけれど、
取り組みが目指すところ → はみ出したものを排除しない、(かつ)良さを伸ばす、
には共感し、友人とまた話がしたくなりました。


私の文章ではうまく伝わり切らないと思うので、
参加した子どもの中の一人が作成した(と思われる)動画をアップしておきます(これも長いです)。




「考えたこと」というタイトルなのに、
記事自体に、自分で考えたことがあまり書けなくて心苦しいですが、
「目下、考え中」ということで、中途半端な記事をお許しください。




読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 19:35:15 | コメント(5)
ショートステイのひとつの形 ビジネスホテル形式・・・「選べる」ことの意味=希望
ご訪問ありがとうございます。

金曜土曜と、続けて他のママさんや福祉担当者さんとお話しする機会があり、
先日ナカリが利用したショートステイが、今までのショートとかなり違う形式だと改めて知りました。
「独りで過ごしたい」という利用者さんはナカリ以外にも結構おられるそうですが、
今までのショートでは、「集団生活」に慣れるという課題もあって、なかなかニーズに合う場所がなかったそうです。
今回利用したのは、ナカリの「集団は苦手」をかなり理解していただいた上で担当者さんから紹介してもらったところだったので、
本人もそれほど拒否感なく、今後も使っていけそうな感じで利用でき、ホッとしています。
「いろいろな選択肢」があるということは、こういう時にありがたいです。

私たちの子どもが小中学生時代には、放課後の居場所が限られ、
働いている親、特にシングルの親にとっては危急の課題だったので、
このままではいけないと感じた親同士集まって、啓発チラシを作ったり、市長に会いに行ったりして、
「家」と「学校」以外の「第3の居場所」の必要性を訴えてきました。
ちょうど、国の制度自体が動いている時期と重なり、
それまで市内に一つもなかった児童デイサービスに代わる「放課後デイサービス」が次々と立ち上がり、
現在は、市内だけで20か所以上、近隣の自治体も含めるとそれ以上の「選択肢」ができています。
子どもたちの個性が一人一人違って、親のニーズもそれぞれ違うことを考えると、
いろいろなサービスがあって、その中から最適なものを選択できる、という形が望ましいです。
今、そういう形に近づいてきたんだと実感して、時代の変化に感慨深い思いをしました。

「事業」として立ち上げるには、まとまった資金が必要で、
いつか自分で事業所を作りたいから、毎年宝くじを買うねん、と言っている人がいて、
ちょっと笑ってしまいましたが、心強くも思いました。

ナカリが望んでいるような「美術系作業所」・・・無いなら自分で作る、くらいの気合が必要かなあ。
アートの先生が、そのあたり、一緒に考えてくださるのが心強くて、将来に希望は見えている気がするのですが・・・

ショートステイを使えたこと、それがナカリの個性に合っていたこと、選択できたこと。
これは「希望」です。
希望はもともとあるものじゃなくて、地上の道のように、歩く人が多くなればそれが道になる、そんなものだ、
というようなことを書いたのは、魯迅でしたよね。
「自立は依存先を増やすこと、希望は絶望を分かち合うこと」と言ったのは、東大の熊谷晋一郎医師でした。
それが改めて心に沁みた週末でした。






子どもの日常 | 10:09:22 | コメント(4)
不思議と心に残るメロディー 「Boats And Birds」
ご訪問ありがとうございます。

先にアップした曲に、拍手コメントを頂いて嬉しくなって、引き続きアップします。
翻訳(意訳?)にチャレンジしてみました。
これは、恋人同士の歌なのかもしれないけれど、
ちょうど、今の自分には、親子関係→自立の歌みたいに聞こえます。
優しい歌声に、魅力的なアニメーションがついているので、良かったら聴いて、観てみてください。



歌詞と、訳、です。


If you be my star
I'll be your sky
You can hide underneath me and come out at night
When i turn jet black and you show off your light
I live to let you shine
I live to let you shine

あなたが私の星なら
私はあなたの空になろう
あなたは私の下に隠れることができ、夜になると現れる
私が真っ黒になったら、あなたはあなたの光を輝き放つ
私はあなたを輝かせるために生きる
私はあなたを輝かせるために生きる

※※
But you can skyrocket away from me
And never come back if you find another galaxy
Far from here with more room to fly
Just leave me your stardust to remember you by

でも、あなたは私のもとから花火のように打ちあがることが出来る
そして、あなたが別の銀河をみつけたら二度と戻ってこない
ここから遠く離れた、もっとたくさんの飛び回れる空間
私があなたを覚えておくために、私にあなたの星屑だけを残して


If you be my boat
I'll be your sea
A depth of pure blue just to probe curiosity
Ebbing and flowing and pushed by a breeze
I live to make you free
I live to make you free

あなたが私の船なら
私はあなたの海になろう
透き通った青の深さは、好奇心をもって調べるのにぴったり
潮は満ちたり引いたりし、風に押されて進む
私はあなたを自由にするために生きる
私はあなたを自由にするために生きる


But you can set sail to the west if you want to
And past the horizon till i can't even see you
Far from here where the beaches are wide
Just leave me your wake to remember you by

でも、あなたは、そう望めば、西に向けて帆を張ることができる
そして地平線を過ぎ去って、私があなたを見ることさえできないところまで
広々とした浜辺のあるここから遠く離れて
わたしがあなたを覚えておくために、私にあなたの航跡だけを残して

※繰り返し

※※繰り返し
Stardust to remember you by

あなたを覚えておくための星屑




・・・って感じで訳してみましたが、合ってるかなあ~
いろんな歌い手さんがカバーしている有名な曲?みたいですが、
親離れ、子離れという感じで考えたら、何だか切なくなってきました。
なんだか不思議に心に残るメロディーだったので、ご紹介まで。




読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 18:50:17 | コメント(8)
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