FC2ブログ
 
■プロフィール

ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

■最新記事
■最新コメント
■月別アーカイブ
■カテゴリ
■FC2カウンター

■リンク

このブログをリンクに追加する

■検索フォーム

■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

家族って・・・ 和解できる安心感
ご訪問ありがとうございます。


時間薬が効いて、ナカリと和解、しました。
「一番安心できるから、一番きつく言ってしまう」
これはお互いに通じること。

それと、きょうだい間の不平等感?は、夫の場合にもあったという話がきいたのか、
一人っ子の私には分からない部分を、上手くフォローしてもらった感じです。

今日、相談支援の場で、ナカリはやっぱり「仕事」と「趣味」を切り分ける方向にNOを出しました。
「イラストレーターになりたい」夢が、作業所に通う=金銭を稼ぐ、という面と合致しない場合、
前者を優先したのです。
一緒に考えてくださった相談員さんも、「とにかく焦らなくてもいいから」と励ましてくださったので、
ナカリの作業所探しは少し中断。
まずは、ショートステイを2か月1回ペースで使って自立訓練をしながら、
求める場所を、なければ作る、くらいの気合で考えていくしかないな、と、私も腹をくくったところです。

この間、ほとんど英語学習が進んでいないので、翻訳チャレンジが後回しになって、
気に入った曲のアップが遅れていますが、
検索中に発見した、同じ歌い手さんによるホッとする曲を1曲先にアップしておきます。



ちょっと耳虫になります。
翻訳チャレンジ中の曲は、同じグレゴリ―&ザ・ホークの「Boats&Birds」です・・・
いつアップできるかなあ~







子どもの日常 | 21:11:50 | コメント(6)
病床で祈る母、と、ナカリのコラボ作品
ご訪問ありがとうございます。

母が入所するキリスト教系のホーム専属の病院(すぐ近く)に、
礼拝のため、お世話になった牧師さんが来られるとのことで、
外出許可を得て、叔父に車いすで連れていってもらったそうです。
ベットのままの方もおられたとのこと。
叔父から写真が送られてきて、様子がよく分かりました。

べてる礼拝20170115_182843

礼拝後に、牧師さんと叔父と3人で撮った写真では、いい笑顔を見せていました。
少し、落ち着いたかなと思いつつ、昨夜も夜中の0時45分ごろに携帯が鳴ってびっくり。
ほとんどろれつが回っていない状態で何やら昔のあれこれを話して電話を切りました。
今朝、そのことを伝えても、全く記憶にないとのこと。
まだまだ道険しです。


ナカリの方は、アートセラピーの先生と一緒に、久しぶりにコラージュづくり。
事前に準備していたので、一気に3作、仕上げました。

ナカリコラボ1 CAI_2715
ナカリコラボ2 CAI_2714
ナカリコラボ3 CAI_2712

アートの先生と、いろいろお話していたら、
息子がお世話になった市の適応指導教室を立ち上げられただけでなく、
ナカリがお世話になった中学の障がい児担当教員の横組織「中障研」も立ち上げられたと伺い、
不思議なご縁を感じた次第です。
ナカリの作品を一つの作品として考えるだけでなく、
何か「発信」材料にもつなげられないか、考えてくださっていて、感謝でした。

リンク先のSumiさんが通われる予定、との「美術系作業所」みたいなのが、
ナカリの周辺でもあればいいなあ、という話を聞いていただきました。
明日はナカリも一緒に、相談支援機関に行って、今後の「身の振り方」について、相談してきます。
ギクシャクしたままの母子関係が、時間薬で回復に向かいつつあるような気もしながら・・・

明日、上手く話が進みますように。




ナカリの作品 | 17:23:23 | コメント(6)
阪神大震災22年
ご訪問ありがとうございます。

ナカリとの関係は微妙なまま時間が過ぎています。
「仲良くしてよ」と迫ってくる彼女に、「別に普通だよ」と普通に答えて、
深入りしないようにしています。
なるべく距離を置いて…この機会に子離れ親離れが少しでも進むように。


今朝の新聞1面の見出しは、タイトルの通りでした。
ナカリが生まれる1年前。
彼女は震災を知りません。
神戸の療育施設に通っていた頃に、震災の後として残されている壁の亀裂を見たくらい。
それでも、今朝の訓練でサイレンが鳴るのが怖くて、その時間、布団にもぐっていました。

東日本大震災の時には愛媛県に帰省中で(中学の卒業式をパスして)、
こちらもまた、あまり情報に触れることなく、やり過ごせたのですが、
時間をおいて、テレビの報道番組などで状況を知ると「こわいよ」という気持ちになるようです。
以前記事にした、ナカリ作成パンフ「Watashi」より 「私ってこんな人①」 ↓
こんな人 1 CCI20150316_0000
確かに地震は怖い。
私も一時期、地下鉄やエレベーターに乗ると心臓がバクバクして冷や汗が出るということがありました。
でも今は、いつどこで何が起こってもいいや、という半分投げやりな気持ちになってしまっていて、
ひどい時には、いっそ地震ですべて壊れてしまったら・・・などと考えてしまうくらいで、
被災経験のある方、とりわけ近しい人を亡くされた方には申し訳が立たないような自分です。
なかなか自己嫌悪から立ち直れません。

せめて今日は「祈りの日」にしないと・・・
命あること、家族がみんな無事であること、そのことへの感謝を忘れないように。
(まだまだ内心複雑なので、素直に感謝の気持ちを綴れない自分が嫌です)

今日も、ナカリと離れるために、仕事に出かけます。
会話は最低限。
いつか時間薬が効いてくるかな・・・




思い出 | 11:26:21 | コメント(6)
私は私が大嫌い!
ご訪問ありがとうございます。

ナカリの楽しい昔話をアップしたばかりなのに、
今夜は久しぶりの大げんかになってしまいました。

テレビが嫌いなナカリは、「なんとなくついているテレビ」が許せません。
私がテレビから離れて台所に向かうと、「テレビは?(消していい)」と聞きます。
たいてい、そこでナカリがスイッチを切って終わり、なのですが、
今日は、他にちょっとイライラすることがあって、夜、何度目かの「テレビは?」に、キツイ応対をしてしまいました。
即、着火したナカリは「何で怒るん?!普通に言っただけなのに」と、興奮し始め、
「普通に言っただけなのに」「こうならないように努力してたのに」と、繰り返し叫び続けて、
ギャー!!!状態になってしまいました。

私はナカリの相手をしたくない。
その気持ちを見抜かれている。
「お兄ちゃんの方がいいんだ!お兄ちゃんは、私よりも問題を起こさない良い子だから!」
「お母さんは私よりお兄ちゃんが好きなんだ、私は嫌いなんだ」
兄の話、関係ないやんか!と、言い返しても聞く耳持たずです。

お互いに怒鳴りあっているところに、母からの電話で、さらに混線。

・・・疲れました。
こんな自分が大嫌い!人生早く終わらせてしまいたい気持ちでいっぱい。
ああ、思いっきり愚痴記事です。
楽しみが見つけられない。

ナカリは、頓服2回で落ち着いて、「ごめんなさい」を繰り返し、
「おかあさんダメじゃない、大好きだよ」と言いながら、寝に行きました。
私はとても眠れそうにないや。

夫が今日の昼から実家に戻って、ナカリと二人きりになった途端、これです。
ダメな母親です。何も学んでない。落ち込みMAX・・・の上に、外は雪景色。
寒々した気持ちで、つまらない記事を書いてしまって、さらに自己嫌悪です。
せっかく読んでいただいたのにごめんなさい。
素直にならなくては…。ダメな私、復活できますように。




子どもの日常 | 22:00:47 | コメント(12)
保育所お便り帳より 面白編
ご訪問ありがとうございます。

ひとつ前の記事が、発達障がい児育児のジャンルで13位になっていて、
若いママたちの目にも触れているかと思うとうれしかったです。
で、お便り帳を少しずつ読み直していたら、思わず笑ってしまう内容があったので、
引き続きご報告。


「私と上の子が話している横で、ナカリが一人で歌ったりしゃべったり、
その言葉の中に『わたしは らっきょ』というのが聞こえてきて『?!』
よーく聞いても、やっぱり『わたしは らっきょ』・・・爆笑でした。
いったい何のこと?謎です」

「上の子の『知恵の輪』を『救急車』と言うのが、なぜだか不思議で、
何度教えても、あくまで『きゅーきゅーしゃ!』・・・ずいぶんたってから何かの拍子に
上の子が『これは上級者用や』と言っているのを聞いて『それや!』
兄曰く『ナカリ、多分中級者って言ってるんや』 なるほど~。
なので、『らっきょ』も、何か別のことなんでしょうけど・・・面白かったです」

(保育所からのお返事)「『らっきょ』何でしょう?海遊館で見た『ラッコ』のことかな?ちがうかな?」

「ここ数日の言葉に、家では大うけ。びっくりです。
  『いいねぇ~』
  『・・・しようか?』と誘ったら首を振って『いい、いい』
  『さぁ~、次は何かなー?』
  『ありゃ、もうなくなった』
  『はい、ジュース、はい、1000円です、はい、ありがとうございました』
  『おじいちゃん、これはおかしいな~』
  『ここがいいの、これはいやの、こっち』
 ・・・きっと保育所でこんなやりとりをしているのでしょうね、楽しいです。」

「最近の言葉では、何か普段と違うことがあると、何でも『面白いねー』
 冷蔵庫のドアにガツンと頭をぶつけたら『あたま、面白いねー』
 パズルのウサギの足のところが見つからないと『あんよちゃん、面白いねー』
 『?』という使い方も多いのですが、本人は喜んでいるので、まあいいか・・・」

「『これ、何?』に対して『あれ、誰?』という言葉を教えたら、
今度は物にでも何でも『誰?』になってしまうようです。
ひとつひとつ言い直させると、あとについて言うのですが、
まだ、人と物の区別がついていないのかな…」

「上の子の耳鼻科に一緒に行きました・・・(中略)
 先生の診察室に一緒に入ると『こんにちはー』
 薬局の方ものぞき込んで『こんにちはー』と、ごきげん。
 ちょっと恥ずかしいくらい愛想のよいナカリでした。
 (家の前で工事中のおじさんたちにも、自転車から『こんにちはー』)」

「誕生日プレゼントにキティちゃんのお弁当用品色々を渡してお祝いしました。
 『おべんとうだー!』と、大喜び。袋に詰めて水筒も下げて『いってきまーす』
 隣の部屋に行って『あ、かいゆうかんだ!』には、みんな大笑い。
遠足がとっても楽しかったのがよく分かります。お弁当日、がんばってつくらなきゃ」


すべて、ノート2冊目より。
面白内容じゃなくて、パニックの時の様子もあったので、ちょっとだけ追加すると・・・

「昼寝の後、大泣き。何か夢を見ていたのか、とにかくギャーと泣き止まず、
 私や祖母は受け付けず、おじいちゃんにだっこ(それも横抱き)してもらわないと嫌だと騒ぐ。
 『お母さんバイバイ!』 横抱きしてもエビぞりになって泣くばかりで
 おじいちゃんがフーフーいって、座ったりしゃがむと、また泣く。
 タオルで涙を拭こうとすると泣く、の繰り返しで30分・・・(後略)
 夢で怒られる場面が出てきたのかな、私に怒られたので拒否したのかも・・・ちょっと胸がチクチク。
 以前はこんな風にギャーと泣いて手が付けられなくなったり、何をしてほしいのかさっぱりわからない、
 ということが、よくあったのですが、最近はほとんどありませんでした。
 久しぶりだったのでつい書いてしまいました」


わあ・・・おじいちゃん頑張ってくれてたんだなあ。なつかしい・・

それにしても
何度読み直しても、『わたしは らっきょ』 には、吹き出しそうになります^^;






思い出 | 13:34:46 | コメント(2)
保育所3歳児クラスの頃 お便り帳より
ご訪問ありがとうございます。


谷山さんの記事で、産まれてこられなかった「ゆい」のことを書けたので、ホッとしている私です。
まだほとんど形にもならない命の姿のまま、胸に抱いて帰って庭に埋めたときのことを思い出しました。

全身麻酔から覚めて、(近所の婦人科だったので)歩いて帰ろうとして、
やっぱりあのまま(容器に入れられたまま)ほっとけない、と、引き返し、
「ください」と、血の塊状態の「ゆい」をもらって帰りました。
歩きながら涙がこぼれました。
絶対に忘れないよ。
ガーデングッズを買ってきて、日付と名前を書いて墓標にしました。
ウサギの置物も一緒に置きました。



そんなこんなのあと、ナカリは保育所に入所して、夢のような2年半を楽しく過ごしたのです。
保育所のお便り帳、全部取ってあるけれど、その1冊目を出してきてみました。
家からと先生からとの文章がびっしり書き込まれたノート。
当時、こだわりが強くて、服を着替えないのに困っていた様子がうかがえます^^;


入所して2週間たったころのノート

「着替えを嫌がって、この10日ほど同じ服ばかり着ています。園でもそうかと思いますがよろしくお願いします」

「服は相変わらず同じものしか着ようとせず、今一番これに困っています。
ナカリなりに環境が変わったことを自分で発散するというか、こだわりとして残しているのかなと思いつつ、でも対応には頭が痛いです。
お友達が着替えているのを見てその気になってくれたら…と、少し期待しています。今週もよろしくお願いします」

「服はまだピンクと黄色のワンピース2着以外うけつけません。寝た後に脱がせて洗って・・・の繰り返しです。
(同じクラスの)Nちゃんが、『ナカリちゃん、この服好きなの?』と聞いてくれて、
その感じが、何だかかわいいなあ、と、うれしかったです」

「服は、昨日、いつものと別のワンピースを久しぶりに着たのですが、今日はまたいつもの服以外ダメです。
夜中もほっとくとすぐ脱いで裸になってしまうので困りました。ずいぶん涼しくなってきたのに・・・」

「服は少しずつですが、家で別のワンピースも着るようになって(形の似てるもの、ノースリーブのものです)
着るものが『2着だけ』から4着まで増えました。ちょっとほっとしています」

「服の方は、寒くなったのにあいかわらず・・・。
何とか袖付きのワンピース1着が選択肢の中に入ったのですが、それでもやはり『ピンク』『黄色』にこだわっています。
金曜に、病院の先生に少し相談したところ、
『無理強いしなくていい、本人なりにストレスの解消方法になっているのでしょう』
とのことだったので、もう少しようすをみることにしています。
ただ、急に寒くなったので何とか重ね着でも・・・と思っているのですが。よろしくお願いします」

「服はお休みの間ワンピースをいろいろ着替えられるようになりました。
昔のアルバムを見て『ナカリちゃん赤ちゃん』と言ったり、自分がワンピースを着ているのを見て
『かわいいね』と言ったりしながら、お姫様気分になっているようです。
あいかわらず、ピンクと黄色のノースリーブが一番気に入っているようですが、ずいぶん涼しくなったので
上から半袖シャツを羽織るところまでは納得させました。
まだ、でも、『Tシャツとズボン』をうけつけないので、申し訳ありませんが、もう少し様子を見てやってください」

「いろんなことを自分から伝えたいという気持ちもどんどん出てきているのですが、上手く言葉にできず、
ながくあれこれしゃべっているのが何のことやらさっぱり分からない時もあって、そんな時は本人ももどかしいのか
『いききっき!』と泣き出してしまいます。また言語指導の時に相談してみます」

「やっと、服をいくつか新しく着替えることができるようになりました。
夜中に裸になってしまうこともなくなったし(やっぱり寒くなってきたからかな…)」


延々続いた服の話がここで途絶えます。
日にちを数えると2週間余りのこだわりだったことが分かりました。
記憶の中では、ものすごく長かったように感じていたのに・・・。


続いて、「言語療法に行ってきた後の課題」を保育所に伝えた内容は、

①2段階の理解(「・・・だから・・・」という、理由の理解)に向けて、
 何か伝えるときに理由をつけて説明するなど丁寧に話していくこと
②ステレオタイプ的理解(自分でこうと思い込んだらそれが絶対となってしまう)から、
 「考えての理解」ができるように、一般的抽象的概念を場面場面で教えていくこと
 →性別、大きさ、など。時間の概念も「昨日、・・・したね」
③独り言(誰に対して言っているのか明確でない言葉)から、やりとりの言葉へ。
 「コミュニケーションの手段としての言葉」を増やしていく。
 なるべく単語で答えられる質問をして(本人が嫌がらない程度で)「会話」の練習をする
追加)その時に「うれしいなー」など気持ちの面での共感を忘れずに会話を楽しむ
④発音が不明瞭な点については一定の法則性があるので(ラ行→ダ行、サ行→チャになる。タ行ハ行が言いにくい)
 あまり心配せず、発達の段階として、もう少し様子を見たので良い。
 ハ行は「おはよー」が「おかよー」になりがち→ハ行はこれからの時期(熱いものを食べるとき)「フーフーしよう」
 (寒い時)「ハーハーしてみよう」などで練習していったらいい

・・・

このあとのノートも感慨いっぱい。
「先々のことまで考えると不安もありますが、本当に、
いろんな人のつながりや、新しい世界を私にもってきてくれたナカリに感謝です。
そして自分も何か返せることをしたい、という気持ちでいっぱいです」


わたし、書いてること、20年程前とあんまり変わってないわ・・・(^^;)

あんまり参考にならないかもだけど、今、子育て現役のママたちの役に立てばいいな。



以上、今日は愚痴になりませんでした^^
ショートステイで早起きの練習をしたナカリは、もう寝息。
生活リズムや健康的な食事、という意味でもショート体験はプラスだったみたいです。

ナカリが幼い頃、根気強く付き合った姿勢で、
今度は母とも根気強く向き合わなくては・・・(自分に喝!)

明日もがんばろう。





思い出 | 23:25:47 | コメント(8)
被害妄想が嫌い!
ご訪問ありがとうございます。

今日は(今日も)愚痴記事です・・・すみません。


哀しいかな、母の認知が進んでいて、
かかってくる電話は、支離滅裂、
施設の職員さんに対して、感謝の気持ちではなく、愚痴と文句と悪口ばかりで、
聞いていて、もういい加減にして!と電話を切りたくなる。
こちらがイライラしていたら、後から「ごめんね」という電話がかかってくる。

ナカリが荒れていた頃に、私に対して、思い切り殴って後からごめんねを繰り返す、
といったDVまがいの状態に陥っていたのと似ている。

親と孫が似てる。間に挟まれた私は、返す言葉もない・・・。



昔から母はプライドが高かった、その分、努力していたということなのだろう。
幼い頃に心臓病を患ってしまって、努力しても報われない、とか、努力とは関係なく判断されるとかで、
就職も結婚も妊娠もその後の結婚生活も、自己決定できたものはほとんどない。
今も、自分が置かれている状況を受け入れたくないのだろう、と想像がつく。

度重なるホームの悪口を聞いていると、
ナカリが入院した時の病院の悪口に重なってしまう。

どうしてそう、周囲の出来事を自分に結び付けて悪く(被害的に)受け止めるのか?
私は被害妄想が大嫌い!

思い切り言い返したくなるけど、今の母にそれをすると、
(ちょっと口調がきつくなっただけで)、「娘に言うと怒られる」と叔父に愚痴るぐらいなので、
信頼関係が崩れてしまいそう。
今のお母さんは嫌い。でも、仕方ないとも思う、嫌いと言うと可哀想だとも思う。
ああ複雑!!

ダブルケアの状況にある人達、苦しいよね! くっそ~。なんでやねん。
でも、人生、交代も肩代わりも出来ないから、自分のことは自分で背負わなくちゃ。

ナカリが大変だった幼い頃が、今となっては懐かしい・・・


ブログにいただくコメントを読んでいると、
本当に、どの方もどの方も、それぞれの人生に背負うものがあるんだな、と。
最初は似た障がいを持つ家族しか頭にないまま始めたブログでしたが、
音楽、映画、写真、書物、ほか様々なジャンルのブログに出会って、リンクにその歴史が現れてます。
訪問してくださる皆さんに、あらためて感謝です。
(私は「感謝」を伝えるのが好き。下手すると加害妄想になるくらい。逆パターンだなあ)



あまり良い思い出のなかった子ども時代ですが、家族で見に行った映画「人間の証明」のことは、
母も今でも覚えているようです。
何だか哀しい気分なので、今日はこの曲で締めます。






思い出 | 21:31:51 | コメント(10)
ブログの交流から~谷山浩子さんの歌
ご訪問ありがとうございます。

今日は、ナカリがほんとに何年かぶりにショートステイを使っています。
思いがけない事態に備えて、初回は私も自宅待機。
先ほど来たメールで「早速寂しくなったよ 一人で過ごして父や母が大事やなあっって思った」
とあって、こっちがホロリとさせられています。
自立に向けて、本人ももちろん、私もがんばらなくちゃ。

ナカリ不在の夜。
この間のブログ交流で、谷山浩子さんの話が出ているので、検索したらこんなのがありました↓
長いですが、よければ、聴き比べてください。


谷山さんは私たち夫婦が学生だった頃から、二人とも好きで聴いています。
「ねこの森には帰れない」も、よく聴きました。
さきほど検索で出てきた動画の解説に、ご本人のコメントが載っていて、
ピアノを弾いていると膝に乗ってきた猫の様子が可愛らしく・・・
その猫の名前が「ゆい」ときて、涙腺刺激です~

(私は皇太子妃雅子さんと同じ繋留流産で3人目を亡くしていますが、
その子につけようと決めていた名前が「ゆい」です。
ナカリが母子通園施設から保育所に変わる時、妊娠が分かっていたので、
「がんばってお姉ちゃんになるために」と背中を押されて一歩踏み出したのでした。
で、家族をつなぐ「結」か、他に代えがたい「唯」か、どっちにしようかなと、
早々に気負いこんでいたら、保育所に変わることが決まった後、
役割を終えたかのようにあっさりと、じゃあね、と逝ってしまいました。
実際に3人目が生まれていたら、以後の生活がどうなっていたことやら・・・
命ばかりは人間の営みを超えたものだなとしみじみ思います。)


息子もまた、「みんなのうた」で谷山浩子と出会い、好きで絵本まで買いました。
「まっくら森のうた」


その息子。4月から扶養家族を離れます(ただし2年間の期間限定、後はどうなるか未定)。
学生納付特例で待ってもらっていた年金を、少しずつ追納し始めていて、
今日は市役所にその手続きに行ってきました。
今の若者が安心して年金を受け取れる未来が来るかなあ。
子どもたちの未来が「まっくら森」では困ります。

さて、谷山さんを聴きながら、一人の夜に、いろいろ片づけなきゃいけない書類と向き合うかな。
ナカリは今頃食事中のはず。
食堂でみんなと、は無理なので、別の場所に用意してもらうような段取りになっています。
うまくいってるかな。

ホームの母は認知が進んで、電話してもこちらの話は耳に入ってない様子で、
「騙されて入れられた、いったん入ったら出られない、これ以上一日もここには居たくない」
と繰り返し、頭の痛い話です。
根気強く、説明して納得してもらうしかありません。
「孫たちの話」が出来なくなった、分からなくなった母は、哀しい老人という感じです。
うー、やっぱり今夜は谷山さんの夜かな・・・。

激しく偏った趣味の内容になってしまいました、すみません。





読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 18:11:20 | コメント(10)
自分自身の子ども時代を我が子に重ねてしまうと、×
ご訪問ありがとうございます。

母の新しい介護認定結果が出た、と、叔父から連絡があり、
要支援2から要介護4にいきなりアップしたとのことで、
本人も納得してない様子だそうです。
でも、明らかに認知症の症状は進んでいるし、
数日前からまた携帯電話が操作できなくなり、
被害妄想もひどくなり、話の脈絡がなく、愚痴が多くなり、
側にいる叔父ともども対応に苦慮しているので、
私としては、さもありなん、です。家庭で介護するのは困難です。

自分と母との確執は、私自身アダルトチルドレンだと自覚した頃から、
少しでも前向きにとらえよう、と努力してきたけれど、
振り返って、自分の子ども時代は、子どもであって子どもでなかったというか、
天真爛漫に、大人の嫌な世界など見ることも考えることもなく過ごせた時代は、
多分幼稚園頃までで終わりだったと思うので、周囲に対する恨みつらみは根深くて…。
嫌な記憶、腹立たしい記憶、の連続、人間不信、大人不信、早く家を出たい、そんな感じで、
精一杯背伸びしてツッパッている、イタイ子どもでした。

それでも、そんな自分が、今につながる「友達」を作れている(頑張って作った)のに、
我が子たちが「孤高」の道を歩んでいる、のを歯がゆく、残念に思ってしまう。

・・・これ、アウトですね。
自分の思うような人生を子どもに押し付けてはだめ。
自分の価値観で子どもを測っちゃダメ。
なのに、つい。

それにしても、
母との関係では、遠距離介護のしんどさもあるけれど、
逆に身近に居て毎日のように顔を突き合わせてやりとりしていたら、
きっとパンクしてしまうだろうな、と、そればかり。


いやだなあ~こんな愚痴記事。すみません。
息子の方が、もっと素直に「おばあさん大丈夫かな」と気遣っています。


先日の帰省の報告を兼ねて・・・
ホーム玄関 お正月 CIMG0464
ホームの入り口は、クリスマスから一転、お正月へ。

ホームお正月献立 CIMG0468
1日のご飯の献立も、お節料理風にしてもらっていて、お正月らしい。

帰省2日目は、自宅からホームまで延々歩いたのですが、
途中で、「セキ美術館」という私設美術館を訪れました。

セキ美術館 CIMG0486
住宅街の真ん中にあって、目立たないけれど、
セキ美術館 正面 CIMG0487
立派な美術館でした。

100年以上前のドイツ製オルゴールを鳴らしていただき、美しい音色にうっとりしました。
母がくれた、息子との親子帰省の幸せなヒトトキ?でした。


とにもかくにも、難しいのは親子関係。
虐待のループから抜け出すのが難しいように、アダルトチルドレンもまたループに陥りやすいので、
負の歴史を引き継がないように、しっかり自己管理が必要だと痛感した帰省になりました。




思い出 | 22:12:53 | コメント(4)
通信制大学レポート2本目 「支援」に対する保護者の思い
ご訪問ありがとうございます。

ナカリのレポートを掲載したので、自分のものも並べて載せておきます。
過去についての愚痴記事のようになってしまいましたが、
今だからこそ、の「支援」に対する思いだと、しみじみ感じます。
現役?で若かった頃とは違って、
その場その場での支援というよりも、将来につながる長い目で見た支援の必要性、
を痛感するので。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1) 自閉症の障害特性
  最新のDSM-5によると、「社会性の異常」「常同行動」が核になり、
「コミュニケーションの障害」は「社会性の異常」の一部とみなされている。
  社会性の異常、とは、通常可能な言葉や言葉以外による意思や感情の交流が難しく、
 コミュニケーションが成立しにくい、つまり、会話が成立しにくく一方的なものになりやすい、
 相手の表情や言外の意味を読み取れないために、的外れな対応をしてしまう、などの特徴を指す。
  これに加えて、不安を持ちやすいことから、決まった行動パターンや気に入りのものに固執することが多く、
 いつもと違う突発的な出来事への対応が難しい、という特徴もある。

2) 自閉症児・者に対して必要な支援~我が子の場合
    <幼児期>
  私の娘は5歳で自閉症と診断される前から、地域の母子通園施設に通っていた。
 2歳頃から母親の勘のようなもので異常に気付いたことと、
 近所の幼稚園の入園前クラスに所属していた際、あまりに集団行動がとれない様子から、
 相談機関に行くよう勧められたことが理由で、3歳時から母子通園施設に通い始めたからである。
 早期療育の大切さが指摘されるが、自分自身の体験からも、そのことを痛感するので、当時を振り返ってみたい。
 
  幼少期には、本人に対する療育も大切だが、養育者、特に母親に対する支援が不可欠だと思う。
 なぜなら、子どもの状態の原因がはっきりしない場合、
 自分の子育ての仕方が悪いのではないかと自分を責めたり落ち込んだり、
 ひどい場合にはうつ状態に陥ることも考えられるからだ。
  私自身も、相談機関を訪れるまでは、自分が児童虐待している悪い母親なのではないかと密かに悩んでいた。
 第三者の専門家が我が子の状態を見て、「母親の育て方が原因ではない」とはっきり伝えてくれることは、
 精神的に大きな支えになる。
  また、この時期に限らず、同じ立場の母親同士の人間関係を作ることも、
 ピアカウンセリングの視点から意味深いことと考える。

  一人ではない、という気持ちが、困難に立ち向かう姿勢を後押しする。
 私と娘が通った通園施設でも、週に1回は母親だけの「お茶の時間」を確保してくださり、
 どんなに救われたかわからない。
  私たちの場合、卒園後も自主的な非公式同窓会として集まり続け、
 15年以上たった現在も月1回のペースで、入れ代わり立ち代わり、毎回10人以上の母親たちが参加している。
 そして、参加するたびに「母親への支援の場」の必要性を実感する。

  本人に対する療育としては、「危険なこと」「あまりにも反社会的な行動」以外は、
 基本的に、子どもの視線で何でも受け止めながら、まずとにかく「安心感」「信頼感」を育てること が大切だと思う。
  私が通った施設の園長先生は、外出時にどこにでも寝転んでしまう娘の話をすると、
 「寝転ぶとね、視界が変わるの、面白いよ。
 床が冷たくて気持ち良かったり、窓から陽が入る場所が気に入ってたり、何か理由があるのよね」と、
 ご自身も子どもと一緒になって寝転んでみた話をしてくださり、子どもに対する愛情の深さと理解力に感心させられた。
  施設卒園後の保育所時代にも、
 基本的に、先に書いたような「危険」「迷惑」にかかわること以外は、
 特別扱いと思われるようなことでも、丁寧に個別対応していただいた。
  学年が上がる時、教室の場所は変わっても室内のレイアウトはほとんどそのままにしてもらったり、
 お便り帳入れの場所は3年間同じだったり、
 椅子にはピンクのテープを貼って他の子のものと区別して固定利用させてもらった。
  着替えが嫌でパジャマのまま保育所に行ったり、
 遠足に一人だけ違う色の帽子をかぶって行ったりしても、認めてもらえた。
 「頭ごなしに怒られない」安心感から、娘の保育所までの記憶の中には「トラウマ」は存在しない。

    <児童期>
   一方、学校という場になってからは、集団行動が強く求められるようになり、
 中に入れない子どもは、はじき出されてしまう。
  娘も、小学校中学年くらいまでは何とか周りに付いて行っていたが、
 5年生で、好きだった先生方が一気に異動になられたのがきっかけで教室に入れなくなり、
 以降、不登校になってしまった。
   学習面でも、高学年になると、はっきりついていけなくなり、
 授業を受けないことがさらに拍車をかけて、中学ではテストも別課題となり、
 結果的に普通高校進学の道が閉ざされることになった。
   学校という「守られた」環境下ではあっても、対応の仕方次第で、
 社会に出た時以上に辛い体験として子どもの記憶に残る場合もあることを、
 現場の指導者の方々に理解していただきたい。
    
    <成人期>
   現在、成人を迎えた娘が、まさにこれから直面する時期である。
 障害年金申請は無事に済ませたので、社会的支援の1つとして安心できるワク組に入ることが出来た。
 他には、短期入所や移動支援、相談支援も利用申請を更新し続けている。
 いざという時に家族以外に頼れる場を確保しておくことも大切だと思う。
 この先には、成年後見制度やグループホームなどの知識も必要になってくるので、しっかり準備していきたい。

3) まとめ
   今回も、娘本人が自分自身のことを学ぶ苦しさを実感させられた。
 彼女にとっての「トラウマ」は、小学校高学年以降に点在する。
 「嫌なことを忘れられない」特性が、長い期間にわたって本人を苦しめている。
 なので、レポート内容が「幼児期」に偏ってしまった。
 振り返って、当事者とその家族が「良かった」と思える支援が必要だ、としみじみ感じている。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以上です。
現在、現場で指導に当たっておられる方々や、子育て真っ最中の保護者の方々にとっては、
明るい内容、希望を持てる内容になっていませんが、正直な今の気持ちです。
先生は、いたわりと慰めの言葉をかけてくださり、私の評価もAをいただきました。

残る、科目修了試験、親子で頑張りたいと思います。

ちなみに、二つの科目に加えて、実習をクリアして、自閉症学会に加入すれば、
「ASサポーター」という資格を取れるそうですが(当初はそれを目指していましたが)、
資格を取っても、娘以外の療育に生かせる目途もないし、
何年かに一度、更新し続けないといけない、ということで、
それならもういいや、と、資格取得はあっさり諦めてしまいました。
4月以降の過ごし方について、しっかり考えないとと思っています。




未分類 | 12:50:21 | コメント(2)
前のページ 次のページ