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ナカリ母

Author:ナカリ母
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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子どもに「支え」られる ~絵の力
ご訪問ありがとうございます。

母の容態は一進一退で、気持ちも上がったり下がったりですが、
そんな中、友人たちがブログを読んで何人かメールをくれました。
自分が娘を頼りにしている、彼女に甘えている・・・と書いたことに対して、
家族なんだから、支えあってなんぼ、のもんよ、とか、
心の底から頼りにするのと、心ではあまりアテにせずに自立させようとするのと、を、子どもは見抜くんじゃないかな、とか、
お返事をもらいながら、家族関係について気持ちを伝えあいました。

わたしにとっての今のナカリ、は、ほんとに心身ともに「支え」。

この子を産んでよかった、ということは何度もあったけれど、
(生まれてよかったことは無い、と言われながらも、母は逆のことを言いたい)
今まさに、この子なしの自分は成り立っていかないように感じています。


そのナカリの作品。
アートの先生と一緒にパステルで描いたサンタさん
サンタさん

これは、型紙を使ったりしたのでとっても時間がかかりました。
今回はこの1枚を描き上げるので時間いっぱい使いきって、あとは先生とおしゃべり。

パステルに慣れてきたので、先に一人で描いた作品を何枚か先生に見ていただき、
「ナカリちゃんにはパステルという画材はあってる感じだね~
しっかり塗り込んでいく、というか、力強さを感じるわーいいわー」
とほめていただき、嬉しそう。
背景も塗ったらいいよ、とのアドバイスに、早速翌日仕上げました。

以前、コピックという画材で描いたNHK大河ドラマに出てくる二人、です。
(パラレルワールドでは、二人とも役者さんとは名前が違うんですが^^)

石狩さん

カゲウラさん

絵からエネルギーをもらうというか、なんか、がんばれーと言われてるみたいで、
見ていてちょっと元気になりました。
ナカリ、ありがとうね。
おばあちゃんにも見せてあげたいな(次の帰省の時持っていこう)。




ナカリの作品 | 21:29:15 | コメント(2)
当惑と疲労と安堵と入り混じった2日間
ご訪問ありがとうございます。

ひとつ前の記事が、「発達障がい児育児」と「自閉症スペクトラム」のジャンルで、
注目記事5以内にランクインさせていただいていていました。
びっくり!と、ともに、感謝です。
こうなると、引き続き娘のことを書きたい気持ちもありますが、
昨日今日と、ほぼまる2日間、母の病院に居続けた結果、
私の頭は自宅での娘との日常に、なかなか切り替えられない状態になってしまっています。
(明日はアートセラピーの日だというのに!)

先ほども、「若年性アルツハイマー病」のジャンルの記事(ランキングお隣さんからたどって訪問)を、
胸詰まりながら読んでしまいました。
「介護」関係の記事を読んだらきっともっと気持ちが揺れ動くと思います。


母が救急で入院した病院に行って、会ってきましたが・・・。
母が「母」ではなくなってしまった、そんな当惑と、排せつ介助の難しさに汗だくになった疲労感とで、
夜、病院から誰もいない実家に一人寝に帰った時には、
「もう母がこの家に戻ることは不可能だ、この場所に立つことは無いんだ」という確信もあって、
何とも言えない気持ちになって、なかなか眠れませんでした。

私のことを娘だということは分かるし、孫の声を電話で聞かせると笑顔が出てホッとしたけれど、

すべてに対して、「気力」をなくして、前夜は「もうどうでもいいんよ」と言っていたのが、
何とか「もうちょっと、もうちょっとだけ頑張る」と言うようにはなったけれど、

実際には、手も足も口も思うように動かず、無表情に近い状態で、ずっとウトウトしており、
とても叔父の家での在宅介護は考えられない、と、はっきり分かりました。

そこで、今入院中の病院を出た後、どうするか、ケアマネさんと叔父とで相談し、
いくつかの選択肢の中からベストと思われる施設に連絡し、そこに入れそうな見通しが立ったので、
それはそれで、急展開での安堵、そして感謝。

でも、まだ始まったばかり。
リハビリをどこまでするか、心臓自体がどこまで持つか、天秤にかけながらの毎日です。

食べる、排せつする、についての介助、身体衛生をどう保つかについての介助、
認知症の進行を食い止めるための関わり方・・・

母の一日一日を考え始めたら頭がぐるぐる。他の事が考えられない、手につかない。
途方に暮れすぎて涙も出ないというか、茫然状態です。

帰宅して、留守中の娘の頑張りを見聞きして、娘の前ではしゃきっとしなければ、と思いながら、
まだ膝ががくがく(おろおろ・・・)。


娘の短期入所については、施設の方から早くも「OK」の連絡が入ったので、
病院の書類を待たずに先に契約可能だそうです。
娘にしっかりしてもらうこと、私が娘に頼ること、も必要になってくるので、
今はそのチャンス、と考えて、突き進まなければ。


まとまらないまま、ぐちゃぐちゃの頭で書きなぐってしまいました。

「生活介護」の必要な障がい者の家族は、高齢になった親を抱えてオロオロする私の姿をどう思うかしら、
そんなの生まれてからずっとの事よ、何を今になってうろたえてるの、と叱咤激励されそうです・・・

しっかりしなくちゃ。
母をしっかり最期の最期まで看取らなくちゃ。
それと、自分も健康管理しなくちゃ。
ナカリの自立に向けて応援しなくちゃ。


くじけそうになる私を慰めてくれたのは、坊ちゃん列車の「ポッポ―」という汽笛。
のんびり、のどかに、あったかく、ゆるゆると・・・
伊予弁で語る故郷の人たちの顔を思い浮かべてほっこり。

なんとかなるなるなるなる。かみさまは乗り越えられない試練をお与えにはならない。

坊ちゃん列車 CIMG0384
坊ちゃん列車アップ CIMG0385







未分類 | 21:51:48 | コメント(2)
「私が生まれて失敗だった」
ご訪問ありがとうございます。

明日から一泊帰省、という夜。
いろいろと「先のことが心配」になったというナカリと、
何気なく(これが出来るようになった!)海外ドラマ「メジャークライム」を見ていたら、
自閉症の少女が被害者、という事件でした。(シーズン3、エピソード16)

以前にも何度か記事にした海外ドラマ「ボーンズ」でも、大好きな「ER」でもそうですが、
アメリカのドラマには、脇役の形でたくさんの障がい者が登場します。
今回、偶然出てきた自閉症の少女は、見た目はそうと分からないけれど、
深刻な行動障害を抱えており、徘徊の危険性からGPS機能付きバンドを手にしていた子でした。

「自閉症」という言葉に反応して、何気に見ていた様子で、
終わってから、しきりに私にあやまります・・・??
ドラマのネタバレですが、犯人は少女の母親が再婚した夫(義父)で、
パニックになった少女を強く押さえつけて毛布で顔をふさいだ結果の窒息、で、
「事故」を主張します(隣人に罪を擦り付けたところからも計画殺人なんだけど)。
「あの子は天使なんかじゃない、あの子のおかげで自分には自由がなかった!」
云々、いかに困難な子育てだったかを主張する場面があり、
そのセリフが胸に突き刺さったようです。
「私が居て、自由がなくてごめんなさい」
ドキッ!

「こんなこと言ったらお母さんが悲しむかもしれないけど、(←この一言が付け加えられるようになった!)
私が生まれてきてよかったって思ったこと一度もない。私が生まれたのは失敗だったよ」

・・・

いや、確かに、幼い頃から、子育ては大変だったよ。
パニックのたびに取っ組み合いになったよ。
でも・・・そんな。
あやまられると、こちらが苦しくなって、ごめんねと言って抱きしめました。
ごめんなさいね、辛かったよね。

思わぬところで子どもって、いろんなことを見聞きして考えるんだな、
と、なんだか改めて昔の自分を反省させられました。
(本人が居る前で本人の良くない行動や困っていることを専門家に相談してはいけない、
と、いろんなところから何度も助言を聞きながら、失敗を繰り返してきた過去があります・・・)

明日明後日、留守番がんばってね、お父さんと仲良くね。





子どもの日常 | 00:46:13 | コメント(4)
息子のイタリアだより ~気分転換に
ご訪問ありがとうございます。

早いもので、
息子がボローニァに語学研修に行ってから、もう3か月がたとうとしています。
何枚かの写真を大きくプリントして、帰省時に持ち帰り、母に渡したら、
とても喜んで、母が孫息子宛に、携帯で電話したのが思い出されます。
たった一日で携帯を使えなくなってしまった母ですが、
明後日帰省したら、またイタリアの話を聞いてくれるかなあ・・・

イタリア11 IMG_0098
ボローニァに到着してすぐの写真。
石の彫刻に圧倒されます。

イタリア12 IMG_0099
歩道の上には屋根があり・・・
イタリア13 IMG_0101
中はこうなっています。
これはとても綺麗だったところ、だそうで、他には落書きや犬の糞などで汚れた道も多かったとか。


イタリア14 IMG_0128
横断歩道はあるけれど、左右よく気を付けて渡らないと、危険極まりないのがイタリアの道、とのこと。

ボローニァでは、
先にご紹介したように、斜塔にのぼったり、教会に行ったり、美術館に行ったりしましたが、
2週間の滞在期間のちょうど真ん中の休日に、彼が目指したのは「マントヴァ」という小さな町。
なぜそこを目指したかというと・・・それがヴェルギリウスの生誕地だと言われているからでした。
渡航前に、地図を眺めて、この距離なら行けそうだ、と、楽しみにしていました。

イタリア15 IMG_0193
さあ、出発。
イタリア16 IMG_0204
車内には自転車を持ち込んでも構いません。
車窓からの風景を動画におさめて、田舎の雰囲気を堪能した息子。

イタリア17 IMG_0212
マントヴァに到着です、小さな駅です。

イタリア18 IMG_0254
古本市も行われていて、心はウキウキ。
イタリア19 IMG_0257
公園でも何かイベントが行われていました。
そして、目指すヴェルギリウスの像が遠くに見えてきました。
イタリア20 IMG_0259

とても大きな大きな像。ぐるりと回って、いろんな角度から眺めて・・・。
ネットで確認すると、
他の場所にも像はあるみたいでしたが、ここにある大きな像が一番カッコいい感じ。
ダンテの地獄編にも出てきたヴェルギリウス・・・迫力の像でした。

マントヴァ、の看板を見ながら、帰りの電車に乗って、再びボローニァへ。
イタリア21 IMG_0274


先日、電話で話した時に、「そろそろまたイタリアに行きたくなったんじゃない?」と聞くと、
「うーん、やっぱりローマかなあ」と、頼もしい返事でした。
次は学術振興会の研究費を使っていけるかな、とも。

一時は英語やフランス語で脳のブラッシュアップを図った私ですが、
頓挫したまま、日常に追われています。
代わりに息子が各国語を操り、古典に親しみ、研究を重ねてくれているような・・・
自分にできなかったことを子どもがどんどん実現していくのを見ることが出来るのは幸せです。

母も、若い頃、茶道の試験に合格して、師範の看板をもらっていますが、
病気や家庭の状況のため、諦めざるを得ませんでした。
夢を追いかけられる条件があるときには、精一杯遠くまで行ってほしい、と、
母と私の願いを息子に託して、これからも見守りたいと思います。







思い出 | 22:31:27 | コメント(2)
久しぶりに触れた「施設」の雰囲気に引いてしまったナカリ
ご訪問ありがとうございます。

母は、昨日、再度救急で別の病院に入院しました。
おかげで、叔父も久しぶりに夜眠ることが出来たようです。
今日撮ったCTについて明日ドクターから説明がある予定とのこと。
日曜に帰省予定なので、病院の見舞いがてらの付き添いになるか、
退院していたら叔父の家で一緒に介護することになるか、明日次第、です。
どきどき・・・


ナカリの「短期入所施設」見学、も無事に終わりました。
自宅から歩いてすぐ近くの新しい施設なので、気に入ってくれたらいいなと願いつつ・・・
ナカリの印象は、
独立した個室でずっと籠っていられる(トイレも室内)という環境には満足した様子。
食事は、食堂では無理、別の会の一角に設けられたスペースで一人でとる形を希望。
あとは、「iPodは使えますか?携帯の充電をしてもいいですか?」
「お風呂は入らなくてもいいですか?」なども確認でき、
第1歩の、見学、としては○!
所定の「診療情報提供書」をドクターに書いてもらってから契約、の形になるので、
年内に契約までできるかどうか?という感じで、
実際の利用はまだ先の話になりそうですが、一安心した私です。


で・・・
小中学校の支援学級在籍当時以来、重度障がい者の方たちと複数出会ったので、
それが「久しぶりでちょっとショックだった」というナカリ。

「私も重度なのかな?」 →いやいや、手帳や年金の区分で言えばあなたは軽度です。
「ふーん」・・・「私も、いつか施設に入るのかな」 →ん~、先のことはまだ考えなくていいよ。

玄関から各部屋まで、すべて職員さんのカードキー無しでは開かないし、
食堂に集まった、たくさんの車いすの人たちの視線が向けられたときには固まってしまい、
保護入院の時のトラウマがよみがえったか?と、横で焦った瞬間もあったけど、
面談後、笑顔の職員さんたちに見送られて施設を出た後の帰り道では、
落ち着いて話すことも出来ました。

「私一人で家で過ごせるようにならなくちゃ。うん、できるかも」 →そこで壁になるのは「食事」

一人で買い物行くことはできないので、まずは、お湯を沸かしてインスタント系のものを作る、
レンジを操作して食べられるようになる、という練習から。
いずれにしても、短期入所施設を使わないで自宅で過ごせるようになりたいと、という、
ナカリの強い思いを感じました。
それは「施設」がナカリにとって、プラスのイメージになっていない、ということでもあるんだろうな・・・


そこで、思い出させられたのは相模原事件。
重度の人たちばかりが一つの場所に集まって生活していた日常を思うと、
私もなんだか胸が苦しいような、上手く言葉にできないような、複雑な思いにとらわれました。
みんなが「自宅で」「地域で」、自立して過ごせるようになれたら言うこと無いのだけど・・・
実際には、介護者の負担や、本人の生活の質等、考えると、個々の事情によるとしか言えなくて。
母も、認知症がこの調子で進んでいくと、在宅は無理になるに違いありません。
その準備期間として、今、叔父も一緒に「生活の場所」を探しているところなので、
「施設」「ホーム」といった言葉に、ナカリが敏感になるのも仕方ないことです。

親亡き後、の自分のことまで、自分自身で心配するナカリ。
この心配、を減らしていくのが、自立への道、ということかな。

「まだ別れたくないよ」 →うん、まだ別れないから大丈夫、ゆっくり考えようね。




子どもの日常 | 20:18:51 | コメント(4)
脳の機能障害=コミュニケーションの困難性・・・認知症が進む母との相違点
ご訪問ありがとうございます。

今日は休み前ということもあって、ナカリを泊まりがけで仕事に連れてきました。

喪中はがきの印刷もあるし、年末調整は迫ってくるし、賞与の計算や届出も必要だし、
焦る気持ちの一方で、
母の症状が急速に悪化している旨の連絡電話を受ける度、
何とか近々に一人で帰省する算段をつけなくては、と、気持ちが固まりました。

来客中にも、ナカリは静かに黙々と何かして過ごしていました。
やればできるなあ、と、改めて頑張れるようになったナカリに感謝。

一方、ショックなのは、母が携帯電話の操作をできなくなってしまったこと。
電話が鳴っているのは分かるので、手に取るけれど、上手くボタンが押せません。
電話をもったまま、ぼーっとベットに座っているのを叔父が見つけて、
着信記録を見て、かけ直してくれたので話ができましたが、
叔父によると「電話がかかってきた、ちゃんと電話で話した」と言っていたそうで、
昨日のことと、今のこととがゴチャゴチャになっているようです。


「自閉症」の主な症状のひとつ、「コミュニケーション不全」について、
今の母の状況と似た部分=話がかみ合わない、一方的な会話しか成立しない、やりとりにならない、 
との共通点がありつつ、
一方では、認知症に伴う身体機能の低下によって会話が難しい、という状況もあり、
<ナカリと母>の似た部分と異なる部分を、今まで以上に実感しているところです。


ナカリは小さい頃、ほんとに話がかみ合わなくて、なかなかやりとりにならず、
難しい子育てを、母にたくさん手伝ってもらいました。
その際、母は、自閉症への知識の有無とは別に、自分なりに精一杯、孫の相手をしてくれ、
何より、愛情を持って辛抱強く接してくれたので、
それがナカリがまっすぐ育ってくれた大きな支えになったと感じます。
(私とはバトルの連続だったので、
他者との穏やかな関わりは彼女にとってプラスになっていたと思います。)

実際、
小学校頃には「おばあちゃんが死んじゃったらどうしよう」と、
涙しながら心配する毎日を過ごしたナカリです。

思春期を超えて、徐々に「祖母離れ」ができてからは、
パラレルワールドの話が通じないのをはじめ、
母の愚痴話(嫌だったことが忘れられないのはナカリと同じ)が気に入らない、うっとうしい、
という気持ちも出てきたけれど、
それでも、その気持ちを直接母にぶつけることはせず、私に不満を言う、
という気の遣いようでした。
(私には直球で返すので、結局私とのバトルはやっぱりまだ続いているわけですが・・・)


話は戻りますが、
記憶が混乱して、事実でないことを事実のように話す母に対して、
頭から否定しない、ゆっくり優しく聞く、短い言葉で喋る、肯定的に話す、など、
こちらの心構えを考えたとき、
ナカリと一緒にすったもんだしてきた日々が、
この先、母とのコミュニケーションに役立つ日が来るかも、という気がしています。

母に対しては、これからが、本当の意味での恩返しの日々になりそうです。





子どもの日常 | 21:13:52 | コメント(2)
ピンチをチャンスにする
ご訪問ありがとうございます。


母の状態は、夜中が特に不安定で、付き添いの叔父の寝不足に、
申し訳ない思いです。
何とかこちらも都合をつけて帰省できるように、
近所に新しくできた、短期入所施設に電話して、親子で見学を申し込みました。
たった一本の電話ながら、ついに!思いきれた、という感じです。
「受給者証」を更新し続けてきてはいますが、幼い頃の利用以降、
学校時代から今までずっと使っていなかった「短期入所」。
入院生活のトラウマから、自宅を離れることへの不安が大きいナカリですが、
「おばあちゃんの様子」を伝えたら、見学に行ってみることは納得してくれました。

今日明日は予約がいっぱいとのことなので、木曜の午前中に見に行きます。
ナカリが「ここなら大丈夫」と思えたらいいなあ・・・ドキドキです。
HPの説明文によると、短期入所は家族のレスパイト(休憩)も含めての利用、
を前提とされているようで、ちょっとホッとしました。


母の方も、
今朝、ケアマネさんと訪問看護ステーションの方が来て打ち合わせしてくださり、
そのあと、再度病院に行ってCTを撮ってもらいました。
結論、脳の血腫の状態は退院時よりも良くなっているを分かって一安心。
あとは、日常生活をどう組み立てるか、家族が介護するのか施設を選ぶか、
そういう話を真剣に詰めていかないといけなくなりました。
叔父や叔母に助けてもらいながらのダブルケアになりますが、
母が自分らしく、納得して少しでも穏やかに日々を暮らせるように、
これから段取りを進めていきたいと思います。

この「ピンチ」が、ナカリにとっての成長の「チャンス」にもなりますように!




子どもの日常 | 18:02:01 | コメント(0)
「認知症」の不安に震える母
ご訪問ありがとうございます。

昨日、ブログリンク先からリンク先へ渡り歩いたり、訪問履歴を見たりして、
自分のブログがリンクされているのを見つけて、
嬉しくていくつかリンクを追加させていただきました。
見た中には、イタリア・ボローニヤで暮らしている方のブログもあったりで、
へえ~!と、今さらながら、この世界の広さに感心します。

また、ランキングは「にほんブログ村」だけ参加していましたが、
他のバナーもいくつか見つけたのでクリックしてみて、
私の理解力でついていけそうなところだけ追加してみました(汗)。
世界が広がると、また出会いも広がって、暖かい気持ちになれたらいいなあ、と。


・・・とかなんとか、のんびりやっていたら、
今朝、叔父からの電話で、母の認知が昨夜から急速に進んでいる様子とのこと!

排せつや着替えもままならない状況で、ずいぶんと叔父のお世話になっています。
そのあと、気になって、こちらから電話したけれども留守電。
しばらくして、叔父が「電話くれた?」と母の携帯からかけ直してくれました。
聞くと、携帯を握りしめてベットに座ってじっとしており、
「(姪の)○○から電話があった」と言うだけで、話がうまくつながらないので、
叔父が携帯を取り、開けて着信記録を見て折り返してくれた次第です。
こんなことは初めてなので、ショック・・・

叔父と代わってもらって、母が電話口に出て話をすることはできましたが、
「朝、口からいっぱい血が出るんよ」を繰り返し、「自分が何しとるかわかんのよ」、
「頭が変になってしもた」と、心細そうな声で話すばかり。
「今、私と話してるん分かる?」と聞くと、それは「分かる」
「とりあえず、今してることが分かったらそれでいいからね、あれこれ悩まんと。
食べて、寝て、トイレが出来たらそれでいいからね」と話しましたが、
力のない声に元気が戻ることは無く、苦しい気持ちになりました。
私でさえそうなのだから、きっと、本人が一番不安になってパニック状態なんだと思います。

母の不安はナカリの「不安」と通じるものがあるかも。
母も、一人にしないで、と叔父に傍にいて欲しがるそうです。
遠くにいる自分が歯がゆくて、
いよいよまた、ダブルケアが本格的に再開したなという気持ちも・・・

しゃきっとしよう。
考えても仕方ないことは考えないで、とにかく、一日一日。

ちょっと様子を見に帰るためにも、ナカリのショートステイ見学を再度検討せねば。

「年を取る」ということは、人生の深みを増す事ではあるけれど、
やっぱり、赤ちゃんに帰っていくことでもあるし、辛いことだなあ。
自分がもしこんな風になって娘や息子の世話になると思うだけで身が震える・・・
いや、そんなことは考えまい。

今日はせっかくの日曜日なんだから。
どうか一日、無事でありますように。

下降気味の記事ですみません。
読んでくださってありがとうございました。





未分類 | 13:57:05 | コメント(4)
忘れられる力、と、覚えておける力
ご訪問ありがとうございます。

ナカリの記憶力は、特に人の名前に関する記憶は感心するものがあります。
(乗ったタクシーの運転手さんの名前まで覚えていたりする!)
それが災いして?、嫌だったことが忘れられない
いったん刷り込まれたらトラウマのように刻み込まれて、忘れることが出来ない。
これを、上手くスル―する、とか、適度に色褪せさせる(セピア色にする)、とか、
一般的に言われるような形で「忘れていく」ことが出来たら楽になるのになあ・・・

一方で、何とか命取り留めた母。
これ以上は病院でいても処置はできないということで、
症状も落ち着いたので退院して、叔父の家にレンタル介護ベットを入れて2日目。
夜眠るための薬を飲んだ後、夜中の行動の記憶がないそうで、
トイレに行った、ということを忘れている自分にショックな様子・・・
「忘れてしまう」「覚えていられない」恐怖、から、さめざめと涙しています。

義父は認知症が進んで、亡くなる前に義弟の事も分からなくなっていたと聞きました。
自分の子どものことが分からなくなるのは辛いだろうなあ(双方とも)と・・・

母には、とりあえず、私や孫のことが「覚えていられる」ことを大事にして、
嫌だったことは「忘れ」て、一日一日を大事に、ゆっくり楽に生きてね、
と、声をかける以外、出来ませんでした。
先のことを考え出したら不安で仕方なくなるのは誰もがそうだろう、と思います。

ナカリは「不安だよ」「怖いよ」と、いつか来る親離れ=自立、のことを心配し続けていますが、
とりあえず、人のつながりの中で、何があっても大丈夫、という安心感を持たせてあげたい・・・
大好きだった中学の時のカウンセラーさんが、
「ナカリちゃんはいい人だから、きっとどこに行ってもそれぞれの場所でナカリちゃんを支えてくれる人と出会えるよ」
と、別れる時に言ってくださいました。
実際には、辛いこともあったけど、確かに、それぞれの場所で支援してくれる人との出会いもありました。
だから、良いように考えよう。

「記憶」は曖昧なものだし、無意識に改ざんされるものでもある・・・
「いま、ここ」に集中することで、記憶に振り回されないようになれたらいいな。

認知症についても、改めて勉強しなおしてみなくちゃ、という気がしてきました。
「介護」の分野で働く人たちに感謝と同時に、家族としての心構えも必要だと痛感しています。


昨夜は、ナカリや息子が小さかった頃の姿で夢に出てきました。
むぎゅー、出来るくらい小さかった頃。
なつかしいなあ~。
忘れないで、ずっと覚えておきたいなあ。
懐かしすぎて、思い出すだけで涙ぐみそうです。



父の深刻な闘病生活は実質1か月ほどで、その間に交わせた言葉はごくわずかだったけれど、
亡くなるその時まで、意識はしっかりしていたように見えたのが、いま改めて感謝です。
危篤の連絡を受けて、みんなで病室に駆けつけ、
「来たよ」と顔を覗き込んだら笑顔が出て、20から30まで落ちていた心拍が、いったん持ち直したくらい、
看護婦さんが、「ご家族の力はすごいですね」と驚かれた、そんな奇跡的な状況の中で、
最期は、母とナカリと牧師さんの手を握って讃美歌を聞きながら逝きました。
あんな風な、人生の締めくくりができたらいいなあ~

大切な家族のこと、お世話になった人たちの事、いつまでも忘れたくないなあ。

母の涙声を電話口で聞きながら、ちょっと感傷的になった夜でした。




子どもの日常 | 23:09:45 | コメント(4)
子どもが幼い頃のママ友は宝、大きくなって出会ったママ友も・・・
ご訪問ありがとうございます。


この数日、親子で落ち込んでいたのですが、
今日、母子通園施設時代からの同窓会を開いて、20人近いママたちが集まってくれ、
赤ちゃん連れの若いママさんともお話しできて、なんだか、心ほかほかして、
昔、一緒に通った女の子の成人式の前撮り写真も見せてもらって、
なんて大きくなったんだろうと、我が子に重ねつつ思わず鼻水が・・・、
おまけに、お仕事で数年間参加できなかった同窓生ママが出先から和服で来てくれて、
懐かしいやら嬉しいやら・・・

苦労を共にした、そしてまた今もしている、ママ友たちの存在は、
「ひとりぼっち」じゃないことをハッキリ認識させてくれて、
少し前に見た、夢の友達を思い出させてくれました。

別の親の集まりでは、来月、グループホームの学習会が予定されているので、
何とかナカリも一緒に参加出来たらな・・・
ナカリも、同年代の子は苦手でも、そのママたちはなぜか大丈夫なのです。

ちょっと元気が出たところで、好きな高橋幸宏のサラヴァに収録されてる曲「ボラーレ」♪
「ボラーレ、カンターレ(飛べ、歌え)」 気持ちアップしていこう~









子どもの日常 | 17:16:37 | コメント(2)
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