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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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相模原事件からホロコーストを想う・・・エリ・ヴィーゼル氏死去の記事とともに
ご訪問ありがとうございます。

今日、事件の被害者の19歳の女性の葬儀が行われたというニュースを見て、
娘とほぼ同じ年齢の一人の女性の人生に想いを致さずにはいられませんでした。

加害者の言い分について、新聞などでいろいろと取り上げられていますが、
その発想の危険さはナチスによるユダヤ人虐殺の論理に重なる気がしました。
当時、優生思想に基づいて、ユダヤ人だけでなく、
障がい者やロマの人々も、多く犠牲になったと聞いています。
異なるものに対する寛容さが失われた世界の恐ろしさを考えると、
人類が歴史から学ぶべきことは、もっともっとたくさんあるように思います。

少し前、7月初めの新聞で、
エリ・ヴィーゼル氏の死去に際して読者が投稿した記事を切り抜いたものを読み直して、
改めて、胸に迫るものがありました。
(「ヴィーゼル氏の遺志、伝われ」という、広島市の女性からの投稿)

V・E・フランクル氏の「夜と霧」や、プリーモ・レーヴィ氏の「溺れるものと救われるもの」も、忘れられない書物ですが、
エリ・ヴィーゼル氏を知ったのは、北海道の「べてるの家」関連の本がきっかけだっただけに、
今回の事件後、その切り抜きが思い出され、書類の山の中から探し出したのでした。

著作の1つ「夜」

エリヴィーゼル 夜 CmaC68CUMAAYd8p

死去の記事


今回、検索しなおして、初めて知ったのですが、
日本で、マザー・テレサの言葉とされている「愛の反対は憎しみではなく無関心だ」という文は、
ヴィーゼル氏の言葉、という記事を見つけました。 ↓

検証:なぜ「愛の反対は無関心」がマザー・テレサの言葉になってしまったのか?


事の真偽は、私自身にとって大事(おおごと)ではないのですが、
上記の記事の中で、胸に迫る文章に出会いました。

愛の反対は憎しみではない。無関心だ。
美の反対は醜さではない。無関心だ。
信仰の反対は異端ではない。無関心だ。
生の反対は死ではない。生と死への無関心だ。



今回の事件で、「福祉施設」の存在が、広く知られるようになったけれど、
施設(コロニー)の多くが、人里離れた場所にあるのはなぜなのか?
街中で重度障がいを持つ人が自立生活をしようとした時、
街中に障がい者施設を作ろうとした時、に立ちはだかる壁がどんなに高いものか、
多くの人にはまだ知られていないことなのではないかな、と思い、
「無関心」に対して声を上げることが必要ではないかと思って、今日の記事を書きました。

私自身もまだまだ知らないことだらけだし、「無関心」な分野もあるので、
自戒も込めて、の記事です。
長くなってしまいました。読んでくださってありがとうございました。




読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 22:42:36 | コメント(4)
音楽のバリアフリー ヘルマンハープの響き
ご訪問ありがとうございます。

悲しい事件の衝撃から、なかなか立ち直れずにいる親子ですが、
今朝のナカリの夢に中学時代の重度重複障がいの友達が出てきた話を聞いて、
ああ、彼女なりに、学校時代の特別支援学級での友達関係はきちんと根付いてるなあ、
と、なんだかホッとしたのでした。

目に見える障がいの子ばかり大切にされている、という被害的な意識が、
妬みになり、小学校時代からずっと仲の良かったダウン症の友達とも、
だんだんギクシャクして、一人、自分の世界にこもるようになていったナカリ。

イラストを描いてパラレルワールドでの想像を楽しむ以外に何か趣味をもてないかな、
「音楽」をやってみないかなあ~、と、夫がいろんな楽器を誘ってきました・・・が、
ギターもウクレレもオカリナもバイオリンもトランペットも、今一つ乗り切れなかったナカリ。
・・・それが、最近は、ピアノでゲーム音楽を弾けるようになって、
やっと「見つけた!」という感じで、自分からピアノに向かうようになっています。
(うれしい~)

一方、私自身も、今に至るまで、何か彼女ができる趣味はないかな、と、
ダウン症の人たちのために開発された「ヘルマンハープ」を何とか習えないか、と、
検索しまくった時期がありました。

「ヘルマンハープ」って聞いたことがある方もいらっしゃるかしら?

弦の下に楽譜をはさんで、楽譜の通り指で弦をはじいていくと曲が奏でられる、
という、楽譜が読めない人にも優しいバリアフリーな楽器です。
詳しくはこちら ↓

ヘルマンハープのおいたち

そこに書かれているように、もともとは、ダウン症の息子さんのためのドイツ製ハンドメイド楽器なんですが、
少しずつ広まって、今は、ダウン症の人に限らず、幅広い層の方たちが楽しんでおられるようです。

以前、絵本を紹介した、発達障がいをもつ作曲家エリック・サティの「ジムノペティ」
ゆったりとした演奏で、心が安らぎます。



傷ついた人たちの心が少しでも癒されますように。






読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 21:20:43 | コメント(2)
相模原事件に「こわいよ」と言う娘へ~ 手をつなぐ親の会の緊急声明
ご訪問ありがとうございます。

昨日、浴衣を着て嬉しそうだった娘に、事件のことは知らせまいと、
新聞やテレビから遠ざけていましたが、ラジオがきっかけで分かってしまいました。

「こわいよ」を繰り返しています。
当然でしょう・・・私も怖いです。

そこに、
手をつなぐ親の会からの緊急声明
を知りました。

どんなに励まされたことでしょう。
この文章を書いてくださった方に感謝です。

リンク先で全文が読めますが、部分抜粋します。

容疑者は「障害者はいなくなればいい」と話していたそうです。
みなさんの中には、そのことで不安に感じる人もたくさんいると思います。
そんなときは、身近な人に不安な気持ちを話しましょう。
みなさんの家族や友達、仕事の仲間、支援者は、きっと話を聞いてくれます。
そして、いつもと同じように毎日を過ごしましょう。
不安だからといって、生活のしかたを変える必要はありません。

障害のある人もない人も、私たちは一人ひとりが大切な存在です。
障害があるからといって誰かに傷つけられたりすることは、あってはなりません。
もし誰かが「障害者はいなくなればいい」なんて言っても、私たち家族は全力でみなさんのことを守ります。
ですから、安心して、堂々と生きてください



障がい者の施設・・・ということで、私がどうしても忘れられない話は、
「施設から地域へ」という運動を長年されていた方のお話で、
その方が初めて「施設」を見学したときに、
子どもの生活棟の水道の蛇口がとても低かったことに驚き、
こんな小さな子どもたちが、親元から離れて施設で暮らしていたと思うと、
蛇口の前に膝まづいて「ごめんなさい」という言葉とともに涙が流れた

という話です。

ニュースでも、今は「施設から地域生活へ」という流れができていて、
「施設」に残されている人たちの中で重度重複障がい者の割合が増えている、
とのことでした。
複雑な気持ちです。

どんな障がいがあっても、地域で当たり前に生活できる、そんな社会になってほしい、
と改めて願わざるを得ません。

この事件で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、
傷ついた多くの方たちの回復と、全国で不安を抱えている人たちの心に平安が訪れることを、
心からお祈りしています。





子どもの日常 | 22:29:49 | コメント(2)
浴衣を買いに行けました!→母は感涙モノ
ご訪問ありがとうございます^^

前の記事の続きです。

ナカリは、何年かぶりに自転車に乗ったので、ゆっくりゆっくり、
とにかく目的に向かって、往復、頑張りました。
自分の目で見て、着物や帯や下駄や小物を選んで、楽しそうで、
行き帰りはいつも通り、直行直帰でしたが、そんなに疲れた風でもなく、
少しずつ、「外出」のハードルが下がってきた気もします(うれしい!)

帰宅後、早速着てみました!
髪飾りは、少し前に書いた社会福祉協議会の高齢者向けサロンで作った造花です。
すっぴんですが、若いから全然大丈夫(私も若くないけど、いつもすっぴん・・・)。

浴衣 CAI_2145



写真をもとに、これからまたイラストとのコラボを楽しむことになりそうです。


それにしても、日本の着物は、衣類として、とても優秀ですよね!
反物から切って縫って、無駄なく布を使って、
着る際には帯で調節、裾や肩を縫い上げたりほどいたり、で、どんな体形もOK、
たたむと綺麗に四角くなって、重ねて収納できるし・・・

実は昔、中学で教えていた頃に、文化祭で時代劇をやるということで、
白装束が多数必要な内容だったので、
学校の白いカーテン生地を使って10枚くらい着物を縫ったことがあります。
「和裁の基礎」という本を見ながら、ほんとに、いい加減な出来でしたが、
とりあえず子どもが着たら着物に見える、という感じで、
ひとり満足したのを思い出しました。

普段はなかなか着物を着る機会はないですが、
大事な「衣服」の文化として残していきたいなと、改めて思いました。


この浴衣を着て、ナカリが外に行ける日がいつか来たらなあ~
(焦らない焦らない)




子どもの日常 | 18:33:48 | コメント(12)
「興味のあること」が、踏み出す勇気を生む
ご訪問ありがとうございます(^-^)

今日は仕事の行き帰りに、たくさん浴衣姿の女性を見ました。
ちょうど昨日、夫の夏のパジャマを買いに、夫婦で近くのスーパーに出かけたら、
可愛い柄の浴衣がたくさん安売りになっていて、
帰宅してから娘に「浴衣がいっぱい売られてたよ、好きなのを選びにいかない?」
と誘ってみました。

買い物に出るのは、カウンセリングの帰り道にちょっとだけ、しかできない今。
昨日も買い物中は一人で家で留守番。
いくら誘っても「いい」と、首を縦に振らない彼女でしたが・・・

今回、ちょっとした訳ありで、和服(時代劇)に興味を持っていたので、
もうひと押し、と、「明日は仕事が休みだからお母さんと二人で行かない?」と
ダメもとで再度誘ったら、「行ってみようかな」!!!!

自転車に乗って買い物に出かけるなんて、いったい、いつ以来でしょう?
今からドキドキ。
明日、無事に買い物に行けますように。
可愛い浴衣が見つかりますように・・・





子どもの日常 | 22:50:29 | コメント(2)
楽しいことの最中に、終わりを心配してしまう・・・夏祭りの想い出
ご訪問ありがとうございます(^-^)


今週末、来週末、と・・・地域の夏祭りの時期になりました。
縁日が出て、浴衣を着た子ども達が楽しそうに歩いて行く。
そんな風景を想像して、
娘が保育所の時のことを思い出しました。

近くの商店街の夏祭り。
同じ保育所の友達と会って、楽しく見て回っている最中、
泣き出してしまったナカリ。
????
この楽しい時間が終わる、と思ったら悲しくなった、というのです。
また来年もあるよ、といっても1年先の話。
「今」楽しい、ということを満喫しきれない、
終わったあとのことが寂しくて仕方ない、
なんとも難しい心理だと思ったのを忘れられません。

「何かを楽しみに待つ」<「この先どうなるか分からなくて不安」
という感じだったのかな・・・
帰宅するまで涙は流れ続け、家に帰っても、
楽しかったことより終わってしまったことの方が辛くて、やっぱり泣いていました。

似たようなことは他にもいろいろあって、
友達の家で遊んだとき、お泊まりしたとき、どこかに出かけたとき、.
すべて、「終わり」があるのを思うと悲しくて、
パニックになっては、納得させるまで四苦八苦させられたものです。


自閉っ子は「終わり」が苦手。

保育所から帰りたくなくて、先生におんぶして家まで連れて帰ってもらった話は
以前の記事で書きましたが、
小3で療育に通っていたときにも、終わりをスムーズに受け入れてもらうために、
カウントダウンカードを作って、終わりの歌を歌って、パターン化し、
パニックにならずに「さようなら」が言えるように工夫してもらっていました。

当時のこと、本人に覚えてる?と聞くと、何となく、との答え。

今は、切替も上手くできるようになりましたが、
「楽しいことの最中に、終わりを心配してしまう」切ない気持ちが、
幼い頃からいっぱいいっぱい起こしたパ二ックの経験とともに、
きゅんと胸を締め付けられるように思い出された、夏休み始まりの週末でした。




思い出 | 23:24:47 | コメント(2)
想像力と創造力・・・広がりを求める気持ちは?
ご訪問ありがとうございます(^‐^)

ナカリには、
このブログの内容やコメントや、リンク先の記事について、
実際に見てもらったり、読んで伝えたり、概要を説明したり、
外の世界からの刺激の1つとして、彼女の創作意欲につながるものもあったりします。

リンク先のponchさんが、
相互リンクされておられる方たちと、お互いのキャラクターを描きあいされているのを知って、
「面白いなあ~」と感心したナカリ。

で、向かう方向は、自分も一緒に参加する、んじゃなくて、
自分の世界の人たちに、その「お絵かき交換」をさせる、ということでした。
選んだキャラクターは、
ブログのプロフィール画面にも載っている緑色の帽子をかぶった「癒しの妖精 ポー」。

サラサラサラッと描いたイラストがこれです ↓

いろんなポー

パラレルのキャラクターを知っている私から見ると、
ふむふむ成程、こんな絵を描きそうね~、上手いこと表現するなあ~、
面白~い!、と、感心しきりの絵なのですが、
「いろんなポー」という題名のイラストとしてみただけでは、面白さが伝わりにくいかも・・・

ということで、
久しぶりにパラレルキャラをご紹介させていただきますね。
ナカリの世界を想像してやってください^^


シルク:帽子が似合う、フランスのお洒落なイケメン
ジェームス:絵を描くのが趣味の、カルモ国の優しい王子
リボン:かっこいい孤高の女性戦士
ジョン:元海賊で、今は各地を放浪している。髭あり、長髪をくくった大男
ジーク:ソーラ国の王子、どこから見ても非の打ち所がないイケメン
ルミナ:爆弾が大好きな危険な少女、見た目はかわいらしい
キルア:実は中年で変装が得意なスパイ。普段は高校生っぽい姿
デイビット:大柄で、孤高のライダー。角刈り金髪。イケメンかどうか微妙



・・・という感じのキャラたちが、ポーの絵を描くとこうなる、
というイラスト、なわけです。
いかがでしょうか?
で、ここから一歩踏み込んで、「他の人」ともお絵かき交換してみよう、
と広がっていくかどうか???

ナカリの想像力と創造力に感心しながら、
今は自分の中で完結している世界の、次の一歩に、ドキドキハラハラの母です。




ナカリの作品 | 18:06:11 | コメント(4)
社会福祉協議会・・・から「ご近所ぢから」を考える
ご訪問ありがとうございます^^

今日は、社会福祉協議会(社協)の体験談です。

ご近所の、地区福祉会の幹事さんが高齢になられ、
幹事を交代してくれないかと頼まれてから、はや9年・・・

右も左もわからないまま幹事会に出て、
会計がなかなか決まらない中、頼まれて嫌と言えずに4年間。
その後、会計は交代してもらったけれど、
幹事そのものは他の誰かに交代してもらおうにも当てがなく、
自治会の役員が回ってきた、昨年1年間だけ、
娘の同級生のお母さんに頭を下げて引き受けてもらいました。
そして、1年終えてこの春、復帰したら、
副ブロック長をやってほしいと、ブロック長さんに日参され、
これまた断り切れずに引き受けて、4か月たちました。

気がつくと「役員」の一員になっていて、
月1回の役員会プラスアルファ、あれこれ責任も伴ってきて、
1期2年の任期が終わったら何とか誰かに代わってもらいたい~と、
今から願っている状態です。
(ブロック長さんも同様のことをおっしゃってます・・・ってことは、うう~先の心配はやめよう)


今日は、地域の民生・児童委員さんと一緒に、ご近所福祉の学習、相談会でした。
民生委員さんの中には、学校時代に知り合ったお母さんたちもおられ、
役員さんたち皆さん、高齢の方ばかりではないのですが、
全体としたら、男性は退職後の方々がほとんどと思われます。
10年以上活動に携わっておられる方も半分くらいおられました。


社協、って言葉だけは聞いたことあるけど、
学童保育で子どもがお世話になったから、何かできることがあるなら、
という気持ちからスタートしましたが、
今日、紹介された、他市、他地域での一声運動、子ども食堂など、
様々な地域福祉を担っているということが、幹事になって初めて見えてきました。

もう今から9月の敬老の集いの準備にかかっている中、
各地域の年齢別人口比の表をいただいて、
高齢化がかなり進んでいるところと、新興住宅地とで、大きな違いがあることもわかりました。

「地域包括支援センター」は、実家の母が今もお世話になっているので、
場所が違って、私はこちらで何かできることを、という気持ちもあります。
遠くにいて何もできないもどかしさを思うと、毎日すぐそばで生活している人間関係は、
いざというときに大きな力になる、と、しみじみ思います。

社協の「ファミリーサポートセンター」事業には我が家も参加し、
ナカリが小学校時代、支援する側で同じ学童の下級生をお預かりして、
学童保育後の時間を自宅でお友達と楽しく過ごす貴重な経験ができました。
母親同士の関係もできて、今でも年賀状のやり取りをしています。
仕事帰りに駐輪場で偶然会ったり・・・ご近所、というには少し離れた距離だけど、
ナカリのことを理解してくれている大切なファミリーです。


ご近所福祉・・・そう、「ご近所」って大切
幸いなことに、我が家のお向かいさんは、保育士をされてたお母さんで、
娘の障がいが分かったころから、あれこれと声をかけ続けてくださってきました。
今思い返すと、当時の自分は、「障がい」ということで肩に力が入りすぎていて、
素直に心を開くことが難しい状態だったな、と反省しています。
「うちに遊びに連れておいでよ」というお誘いに、喜んで応じるべきだったなあ~
今になって、小さいころから、お向さんとナカリ本人との関係が作れていたら、
また少し違ったナカリになっていたかも、
と思ったりするのです・・・
もったいないことしたなあ~
もっと相手を信じて、気楽に、ご近所づきあいすればよかった・・・


その方は、今日も玄関前での立ち話で「ナカリちゃん、最近どう?」と気にして聞いてくださいました。
(救急車で保護入院になった日も、疲れ切って帰宅したときに、玄関前で声をかけてくださって、
「最近朝がものすごく早いなあって気になってたのよ」と、見守ってもらっていたことに感謝でした)


とはいっても、カミングアウト?しているのはそのおうちだけで、
他のお隣さん、斜め向かいさん、お向かいさんとは、
道路掃除のときに挨拶したりおしゃべりしたりする程度、
自治会の回覧板を回す程度、
踏み込みきれない「ご近所」関係です。
ナカリがパニックを起こして親子でギャー状態のことも多々あったので、
隣近所の目・・・というのは気になってましたが、直接話題になることはなく・・・

子どもが2人とも学校に行っていない、あるいは、変則的な登校状態、
という我が家の学校時代は、もしかしたら周囲から不思議に思われていたかも、です。

かといって、今、「引きこもり支援」を社協に求める段階?ではないし。
社協の側も、高齢者向け、乳幼児向け、のプログラムは多くても、
障がい者向けの取り組みにはあまり積極的ではないように思われます。
仕方なく引き受けた役員、せっかくやるなら、もう少し社協のことを理解していかなくちゃね。
自分の経験、反省、もどこかに生かしていけたらな。

とにもかくにも前向きに前向きに。


ちょっと愚痴が入って長くなってしまいました。
すみません~




未分類 | 22:40:18 | コメント(2)
アートセラピーでパステル画 ②
ご訪問ありがとうございます。
(ブログをはじめてから今まで、この一言を最初に書くのを忘れて1年半・・・
いまさらですが、前回、そうまとうさんからコメントを頂いて、
これって大事な気持ちだとしみじみ思ったので、まず最初はこの言葉から!)


このところ、弱音の記事が多くて、
振り返って反省してます。
「読んで笑顔になる記事を」と思って書いたこともあったのに・・・
すみません。


・・・で。
今日は、ナカリと一緒に取り組んだアートセラピーの報告、です(^‐^)

オイルパステル&水彩7/19

これ、ナカリの作品です。テーマはなんでしょう?
緑のハートとかあって、新鮮!

どうやってできたかというと…
まずは、先生とナカリと私と3人で、一人1枚ずつ丸い紙を持ち、
好きな線や模様を好きな色で描きます。
それを隣の人に渡して、もらった紙に、また好きなように描きます。

先生は「くるくるアート」と命名されていましたが、
描いては隣に回し、また描いては隣に回し、
という意味みたいです。
加えて、今回は丸い紙なので、上下左右自由に決めて、自由に描きます。
(正方形で描いたこともあるとのことでした。)

ということで、自分の手元に戻ってきたときには、思いがけない形が描き足されています。
これを2巡繰り返してから、自分で自分の作品を仕上げます。
気に入らない線は消して、好きな色や形を足して。

オイルパステルを塗り終えたら、最後は水彩絵の具で上から塗ります。
すると、パステルを塗ったところは絵の具がはじかれて色がつかないけれど、
塗り残された画用紙の白い部分に絵の具が浸透して、
なんだか不思議な形が浮き上がってきました。

先生は、この、ナカリの作品をとても気に入ってくださって、
「夏の洋服のデザインに使えそう~」と、ニコニコ。
「今まで見た中で一番お気に入りかなー」とまでほめてくださいました。
私も楽しくて夢中になって描きました(ちなみに私のはこれ↓)

母オイルパステル&水彩

オイルパステルがなかったら、クレパスでもいいそうです。
一人で描くのとまた違う楽しみ方。
人数が増えると思いがけない展開も増えるそうですが、1対1でもできるとのこと。
またナカリとやりたくなっちゃいました。

そのあとは私は失礼して先生とナカリの二人で、黙々と1時間。
出来上がりを見て、すてき!と声が出てしまいました。
何かの絵本の一場面みたい~

パステル作品7/19

前回少しやった、型抜きを使ってのパステル画。
手前の樹は綿棒で描きました。根元の影の方向に気を付けながら・・・

なんだか、見ているだけで、気分も晴れてリフレッシュできた感じです。
先生、素敵な時間をありがとうございます!!
ナカリも少しずつ慣れたのか、先生と二人だけの時に、
先生のスマホで見せていただいた絵について「それはパステルですか?」
と、聞こうと頑張ったそうです(1回目は聞くタイミングを逃して言葉が出ず、2回目は何とか聞けた、と)。
すごいすごい、ナカリ、がんばった!

今日は気持ちよく記事が書けました。
読んでくださってありがとうございました。




ナカリの作品 | 17:09:20 | コメント(4)
(あたりまえだけど)自閉症者もいつか老いる
今日は、大学通信教育の別の科目、
「自閉症児、者への支援」について、テキストを読みながら勉強しました。
「行動上の特性」については、先日レポートを出したばかりなので、
ささっと読み流して、ライフステージに沿った支援、ということで、
幼児期→児童期→移行期(思春期)→成人期→老年期
という感じで、一つ一つ段階を追って、必要な支援について学びました。

学齢期に「学校」という場にいることで、管轄が文部科学省となり、
その他の時期に福祉の管轄で厚生労働省が担当しているので、
縦割り行政の弊害もあって、生涯を見越した支援が難しいと、
痛いところをついてるなあと共感しながら読みました。


その中で、いまさらながらですが、
「親亡き後」、成人期以降、老年期に至る自閉症者の実態について、
考えさせられました。

ナカリは「入院は二度と嫌」といいながらも、ショートステイの見学に前向きになってくれていますが、
あくまでもそれは短期入所。
危急の場合に、一人で家で留守番するよりも、ビジネスホテルに近い形で利用できる、と聞いて
一度見学してみようか、と話している程度です。
「入院」だけでなく、「施設は嫌」、というのもナカリがよく口にすることです。 
一方、
テキストによると、高等部卒業後の進路で、児童福祉・医療機関への入所者が65%近くいると知り、
そのうち3割くらいが自閉症者であると思われる、とのことで、
改めて「地域生活」の壁を感じました。

支援の在り方について本人の希望を聞くと、
どの年代でもとにかく「優しくしてほしい」の繰り返しでした。
彼女は、老いたのちも、周りからやさしくしてもらえるだろうか・・・


母は、お昼の電話では声もちゃんと出ていて、
昨夜とは別人のようでしたが、
心細そうなところは変わらず、
娘としては、とにかく少しでも元気でいてねと声をかけることしかできません。
「祖母の老後」をひとつのモデルにして、
周りの人からやさしくしてもらえるような老い方、について、
親子で一緒に考えられたらいいなあと改めて思いました。




子どもの日常 | 14:57:32 | コメント(2)
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