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ナカリ母

Author:ナカリ母
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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母たちが「療育」に求めるものは?
先日の私設同窓会で、放課後デイに対する意見や希望を聞き取りしたところ、
若いママたちから、いろんな意見を聞くことができました。

聞きながら、それは特別なニーズのようでありながら、実は普遍的な事じゃないか、と思いました。
そして、一般の親が子どもに望むこと、の「原点」についても考えさせられました。

それは、親が「学校」に望む事とも重なるのだけれど、

まずは無事に安全に過ごしてほしい、
かつ、人との関わり方を学んでほしい→難しい言葉でソーシャルスキルトレーニング(SST)を。
ハンディのある子には更に「言語療法(OT)」や「作業療法(ST)」、場合によって「理学療法(PT)」を。

その先には、無事に社会生活を送れるように=社会人として生活できるように、という願いがある。
要は、自立・・・親亡き後にも生きていけるという希望を求めて、必死の想い。
子どもが幼いころには、遠い遠い未来のように思われる成人後・・・そこに向かって、
母たちは切ないくらいに、ずうう~っと思いを馳せ続けているんです。


我が家の娘は20歳の誕生日を越えて、もうティーンズではなくなりました。

私も、今の若いママさん達と同じ気持ちで子育てしてきたけれど、
社会資源、という意味では、今よりも昔の方が少なかった、そんな中で、
小3の1年間は学校を早退して隔週、電車やバスを乗り継いで療育に通った・・・
でも、小5から不登校になって、「(小)集団」での体験学習は不十分なまま、今に至る・・・
過去を振り返ると、幼いころから、療育に期待して、引き継ぎの度に多量の書類を書いて、
長い時間をかけて周囲に想いを訴えて、そんなこんなのすべてが、結局何に繋がったのかなあ、
と、今、少しマイナス思考に陥ってしまいます。

人との関わり方を学ぶには、まず、信頼関係を築くことができなければならないけれど、
我が家でははそこが難しかった・・・いったん不信感を持ってしまうと、マイナス思考のスパイラル。


だから、
SSTやSTやOTや・・・希望はたくさんあるけれど、
とにかく誰でもいい、子どもが安心・信頼して、心許せる大人との関係を作れる場所があって、
可能なら、それが同世代の他の子どもとの関係にも、途切れることなく生かせられたら。
今になってそう思います。

「学校」に行かなくなる、ということはそういう体験をするチャンスを失うことでもあり、
部分的にでも登校出来た際に、そこをどれだけ重視した対応をしてもらえるか、によって、
その後の方向が決まっていくような気がします。

学校に行かなかったこと自体に後悔はないけれど、
同世代の子どもとの関係づくりという貴重な体験から遠ざかったことのマイナスは
その後には補いえないダメージになったと思います。
(息子の方は、現在どうにか補いつつあるので、回復不可能ではないですが)


思うのは・・・
子どもにかかわる大人(親以外)に、
その子に対して「愛おしい」という愛のまなざしを持ってもらえるかどうか、がポイントで、
残念ながら、自閉圏の子どもたちの一部には、その点でのハンディを持っている子が多い、
と思わざるを得ません
→「生意気な子、可愛くない子、甘やかされてる子、上から目線」と誤解されがち。


ここまで一気に書いて、ため息ひとつ。
やっぱり、たられば話、はダメですね。
前向いていかなくちゃ。
成人しても、まだまだ先は長いんだから。
ポジティブに! めげるな、弱気になるな、明るくいこう!


そして、若いママたちやその子どもさん達が、この先、あたたかい環境に恵まれますように。




思い出 | 22:59:36 | コメント(2)
赤ちゃん!
今日は、療育施設の私設同窓会の日でした。
1999年に始めてから、もう16年近くになりますが、
今日の参加人数は過去最高!~大人20人近く、子ども10人近く??でした。
(みんなが場所を入れ代わり立ち代わりして、数えてられない状態・・・)

その中に、生後1か月の赤ちゃん連れのママが!ふわぁああ~~ちっこい。
ベビーベットに寝かせて、お母さんがお喋りに行かれている間、
古株メンバーの2人で赤ちゃんの寝姿を堪能・・・。
と、赤ちゃん、ぐずり始めて、私はおたおた。
保育士をされているもう一人のママが、
「抱っこしていいかな?」と、ひょいと持ち上げて、背中をトントン。
赤ちゃん、目をパッチリあけてぐずるのを止めてくれました。

この「赤ちゃんの可愛さ」といったら・・・言葉になりません。
何もかもが小っちゃくて、触るのも恐る恐るだけど、
生きるエネルギーに満ちていて、「全身で生きてる!」って感じです。

あ~~~、みんな、こんな赤ちゃんだったんだよね、
と話しました。
これはとても一人じゃ生きていけない、人間の赤ちゃんって、そういう風に出来ている・・・
柔らかくて儚くて、ちょっとしたことで大事に至りそう・・・
そんな赤ちゃんに、安心して「ようこそ!」と言える世の中かなあ~と考えたら、
身が引き締まります。

「みんな赤ちゃんだった」というような内容の絵本で、
電車の車内の人たちを見て、いろんな年齢、性別、の人たちが
次のページではみんな赤ちゃんになっている、と表現したものがあって、
通勤電車に乗った時、その場面が現実に目に浮かぶ気がして一人クスッとなったのを思い出しました。

そして、ふとヒロシマの「生ましめんかな」の詩を思い出しました。

栗原貞子さんの有名な詩を吉永小百合さんが朗読されたのを記事にしたブログがありました。
「みんなが知るべき情報 今日の物語」

赤ちゃんだった子どもたち。
大きくなったね。
でも、おかあさん、はいつまでも、おかあさん、だよ。
すべての赤ちゃんがたいせつだよ。
そう思い出させてくれた・・・
今日来てくれた赤ちゃんとママ、ありがとう。




思い出 | 18:37:26 | コメント(4)
谷あり、山あり
少し更新が滞ってしまいました。

良かれと思ってやったことが地雷を踏む、といった経験は過去何度もしていたはずなのに、
またやってしまいました。
娘の内的世界は傷つきやすくて、少しの刺激に対しても大きく揺れ動くので、要注意なのに、
パラレルキャラのモデルにたくさん出てくるゲームについて、
新しい情報を、彼女に与えてしまい、最初は冷静だったのに、話しているうちにやっぱり切れてしまいました。

「だから言ったじゃない!知りたくない、聞きたくない、パラレルが壊れるかも、って!言った通りになった!」
「お母さんもお父さんも余計な事ばかりする!いらんもん買ってくる!なんでよ!」

怒り心頭のナカリ。
でも、以前のように私に暴力をふるったり、暴れたり、ということはなく、
一晩寝て、「ごめんなさい」モードに切り替わったのは大きな進歩でした。

ぶつかっている時には感情の渦に巻き込まれて
「また、私の愚痴をブログに書くんやろ!」と言われて
「もうブログなんか書かないわ!」と答えてしまい、
大人げないなと反省しきり。

ちょうど、毎日新聞に連載されているマンガ「毎日かあさん」の2月22日の内容が、胸にチクリ。

「子どもが小さい頃の思い出の夢を見た」・・・と、
お母さんお母さんとまとわりつく子どもたちの笑顔と、
「お母さんお家のことで忙しいんだから」という自分の姿とが描かれ、
そのあとに「家事なんかしなきゃよかった」
「家なんてもっと汚くてよかった、洗濯物もためちゃえばよかった、食事なんか手作りすることなかった」
と続き「あんなに抱っこしてほしがってたのに」「もったいないことしちゃったなあ」
と、大きくなった子どもたちのツンツン顔や自立した顔が描かれていました。


我が家の二十歳の娘・・・ナカリはまだ遊んでほしがります、抱っこしてほしがります。
ありがたいなあ。自立も大事だけど、こんな幸せな時間がまだ私には残されてるのに、
贅沢言ってちゃアカンなあ。
おかあさんもごめんなさい。

で、昨日今日、仕事を休んでコラボやコスプレで、たっぷり?一緒に遊びました。
「遊んでくれてありがとう」「ごめんね」というナカリ。
こちらこそ。


巻き込まれて一緒に不安定になっていた母も、
「もういつ死んでもいい、とか言わないで、出来るだけ元気でいないとね」と、
朝のラジオ体操をがんばっている話を聞かせてくれたりで、
落ち着いて前向きになってくれたことに、こちらも感謝。

何度も何度も同じ昔話が出てくる・・・。嬉しかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと。
だって80年もの人生だもの、いっぱいいっぱいあるよね。
きちんと聞いてあげられなくてごめんなさい。

息子との電話で、周りの人間関係がしんどいなあ~ということを聞いた後、
「話したら、何か気が楽になったわ、ありがとう」という言葉が返ってきた。
愚痴くらい喜んで聞くよ!言ってくれてこちらこそありがとう。

誰かに話したいと思えること。話せる相手がいること。
感謝だなあ。

可愛かった小さい子どもの頃の思い出話(私、孫、そして自分自身も)をすると、
母も元気が出る様子。それが何よりの薬だなあ。


今日の日めくりカレンダー
「雨の日には雨の中を。風の日には風の中を」(相田みつを)
はい。そのとおりです。

2月もあとわずか。
去年の今頃、父が孫のためにと飾った雛人形は、誰もいない実家に飾ったままです。
お父さん、今年も雛祭りの季節がやってきたよ。
また、そのうち、見に帰るからね。

思い出話に心あたためられることに改めて感謝しながら、ブログ再開します。
(ナカリ、これは愚痴ではありません^-^;)




思い出 | 17:21:24 | コメント(2)
ビッグイシュー 特集「異なる色世界」
街頭で販売されている雑誌「ビッグイシュー日本版」

ビッグイシュー

その280号(2月1日)の特集が「異なる色世界」でした。

ダウン症などの染色体による障がいをもつ子の親の集まりを主宰している友人から
それまでよく耳にしていた「染色体異常」という言葉でなく
「染色体起因障がい」と表現する意味を教えてもらってから、もう何年もたち、
そういえば今は昔のような「色覚異常」という言葉もあまり聞かなくなった気がして、
学校での検査も無くなったし、その方面でも改善されてるのかな、と思ってました。

夫は学校時代色覚検査で引っかかったそうで、微妙な色が分かりづらいとのこと、
今でも、この色とこの色は同じに見える、違いが分からない、とか、直接聞きます。
確か遺伝子の関係で、色覚の問題は男性にしか現れなかったような記憶が・・・
で、我が家も漏れず、息子から、色の区別で難儀することがある、と聞きます。
でも彼は、自分が困っている問題、というより、
どちらかというと「文化」の側面から色の問題を捕えて面白がっていて、
色を表す言葉が国によって違う、とか、この色を表す言葉はこの言語にはない、とか、
そういう感じで、興味深い話をいろいろとしてくれます。

・・・話を戻して。
日本眼科医会のHPを見たら、詳しい説明が載ってましたが、
40人の男女半々のクラスだと、色覚に問題がある男の子が1人、その保因者の女の子が2人
という割合だそうで、ゴッホのような有名な画家もそうだったと言われているそうです。


今回のビッグイシューの特集では、
眼科医の高柳先生が「色覚異常ではなく色覚特性を提唱」という記事で、
「全員スクリーニングは人権侵害」だとして
「カラーメイトテストを共同開発」された経緯が書かれていました。

また、NPO法人「カラーユニバーサルデザイン機構の方たちは、
色の見え方が一般の人と異なる色弱の当事者としての発信をされていました。
私も初めて知ったのですが、色の認識のタイプには5つあって、
一般的な見え方の人をC型、
赤・緑・青が見えにくい色弱の人をギリシャ語由来でP型、D型、T型、
1種類の視細胞しかない(すべてモノクロっぽく見える)人をA型、
と呼ぶよう提唱しているそうです。

実際に、C型の人の見え方とP型の人の見え方を、
同じ夕焼けの風景で示したカラー写真を見て驚きました!
こんな風に見えてるんだ!というのは、ある種、感動ものでした。

そして、当事者の方の学校時代のエピソードとして、
色チョークの文字が見づらかった時に母親から
「色弱の人の方がカモフラージュを見破るのが得意なのよ」と聞いて
色弱を特殊能力と捉えていた、という話や、
美術部で描いた絵に対しても「シュールでいいね」と、むしろ評価された、という話には
なんだかホッとさせられました。

記事の中の
ヒトにはいろんな特性の少数派がいる。
その少数派と多数派の境目にいる人が、よき媒介者となり違いを伝え、
多様性への理解がひろがる。
多様性への理解がヒトの社会の粘り強さをつくり上げていく

という当事者の方の言葉に、深く共感しました。


「ビッグイシュー」
東田直樹さんの連載は終わってしまったけど、読み応えたっぷりです!




読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 19:13:55 | コメント(6)
アートセラピー 「コラージュ」
少し前から美術の先生に家庭教師に来ていただいています。
写真とイラストのコラボを自己流でやっていたので、
カッターを使ってはめ込むなどのテクニックも教えていただきながら、
風景や動物の写真もいろいろ組み込んで、1枚の作品に仕上げる、
ということに取り組んでいます。
前回仕上げた作品の中から2枚、ご紹介 ↓

コラージュ②

コラージュ①

先生ご自身も、別の場所で学んでらっしゃるとのこと。
「表現」することで、自分の内面が現れたり、自分を見つめ直したり。
ただ、コラージュ自体については細かく「これは何?」といった質問をしないように、
全体として自分で気に入ったらそれで〇、そっとしておくように、と伺いました。

今のところ、どのコラージュも本人が気に入っているので、
額に入れて壁に飾っています。

いろいろな形で、心が自由に羽ばたけたらいいなあ。

とにもかくにも。
母抜きで、一人で先生と2時間向き合っての作業ができるようになった!のに感謝です。

近所のパン屋さんにパンを買いに一緒に行こうよ、とか
スーパーに好きなお菓子を買い物に行こうよ、とかいう誘いにも、
少しずつOKが出始めて、あたたかな日差しが嬉しく感じられ、
行きつ戻りつではあるけど、
「外出」の壁が低くなってきているのを感じます。

無理せず、様子を見ながら、一歩ずつ、外へ。


「とびら開けて」♪



ナカリも、心の中は、こんな感じなのかなあ~





ナカリの作品 | 22:22:14 | コメント(10)
「青春」世代への憧れ
娘は自分の想像世界の中に恋人がたくさんいて、
息子は2次元世界にしか興味が無いようでもあり、
我が家ではなかなかリアルな恋バナが出来ないのですが、
自分自身が人生半ばを大きく超えて、改めて、若いっていいなあ~と思います。

恋と愛は違う、から、出来る世代に「恋」しておいてほしいなー
振り返ると、もしかしたらあれが息子の初恋だった?という時期はあるけれど、
実ることなく現在に至るので、親子といえど、踏み込めない一線、です。
まあ、2次元彼女でもいい、かな。


One Direction の 「What Makes You Beautiful」は、
歌詞もメロディーもいいなあ~と、好きな曲ですが、
ピアノガイズがそれをアレンジしたのも、すごくいい!
「共同作業」での音楽、って魅力満載です。
娘にも息子にも、何か、他の人と一緒に「共同作業」する楽しさを感じて欲しい。

有名な動画だから、みられた方も多いかもですが、
ピアノガイズ ↓






実家の母からの連日の電話にストレス気味なので、今日は明るい記事を書きたくて。
Na~nanana~nana・・・と歌いたい気分です。





読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 21:48:36 | コメント(4)
ありがとう
誰にどういう内容で伝えるべき言葉なのか。
確定できないままだけれど、
ブログを始めて1年2か月、周りのひとにありがとうを伝えたい。

子どもたちを授かった(預かった)からこそ、こんな経験も出来るんだなあと思っている。
上手く表現できないけれども、自分は産まれてきて良かったんだと、今になって言える。
亡くなった父に、心からありがとうが言える。

娘からも息子からも「何で産んだんや、生まれなければ良かった」と
言われたけれど、産んだ側からは、ありがとう、しかない。

命は続いていく。

私にやり切れないことも。子どもたちはどんどん背中を越えていく。
血のつながりが無くても、「人類」という大きなくくりで、次の世代は確実に育っている。
年をとって、現役を退いて、若い世代に譲って、後ろから応援する、
そんな時が来たんだなあ。

生れてきてくれてありがとうね、命を与えてくれてありがとうね。

バレンタインデーは過ぎたけれど、ありがとうを書き残しておきたくて。



未分類 | 00:16:38 | コメント(4)
「浦河べてるの家」の向谷地さんのお話
息子と二人で聞きに行ってきました。
雨の予報でしたが、朝からお天気で、春一番かと思うような暖かくて強い風が吹く中、
行きはバス、帰りは1時間以上歩きながら、親子で久しぶりにあれこれ話せたのも良かったです。


「べてるの家」についての本は何冊か読んだことがありましたが、
直接お話を伺うのは初めてなので、楽しみにしていました。


浦河べてるの家の情報サイト べてるねっと

「弱さ、鬱、孤独」そういったものを、「共同性」に向かうスイッチにする。
オープンダイアローグ(対話)を中心に、「弱さの情報公開」を行って、お互いの違いを分かりあう。
「生きづらさ」は、宝の山。生きづらさの中に宝がある

お話の中では、そんな明快な言葉が次々と語られ、
一緒に前に座っている「当事者」の方たちを、「生きづらさの専門家」と紹介されて、
それぞれの方に「苦労の専門分野は何ですか?」と質問することから討論を始められたのにはびっくり。
それに答えてお話しされる方たちの「生きづらさ」や生い立ちを聞いていると、
ものすごく大変な苦労なんだけど、思わずクスッとしてしまう場面もあったりで、
不思議な「語り」がたくさんありました。

中でも、「カメの散歩」に行く話を聞いて、なるほど~!と思ったのも大収穫。
カメと一緒に歩いていると、時々カメは手足や頭を引っ込めて、こもってしまうそうです。
それをじーっと待って、また出てきたら一緒に歩く。
うわー、気の長い散歩だなあ。
でも、昔、娘と一緒に散歩することができていた頃のことを思い出して、
今度散歩に行くときにはそのくらいの気持ちで、気長に行かなきゃ、と思いました。


30年以上前の写真には、鉄格子の窓の病棟が映っていたけれど、
今は病床は無くなった=入院患者さんはゼロ(皆さん地域で生活)、と聞いて、それにも驚き・・・。

イタリアが大好きな息子から
「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」(大熊一夫・岩波書店)

「罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦」(浜井浩一・現代人文社)

教えてもらって読んだのを思い出し、
北海道が日本の中のイタリアのように思えたり・・・(飛躍しすぎ!)

とにかく、いろんな意味で「希望」をいただいた時間でした。

追伸) 当日の資料作りに、今回もナカリが参加させてもらっていたのもあって、
     ナカリも家でドキドキ待っていましたが、帰宅して資料を見せたら、にこにこ。
     良かったです。
     サポーターさん、ありがとうございました!





読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 17:06:13 | コメント(2)
息子もおすすめ 「昭和元禄落語心中」
いつも娘の事を気遣ってくれる友人が、時々気晴らし用にマンガを貸してくれます。
(マンガネタが続きますね)

その中の「昭和元禄落語心中」
今年になってアニメ放送も始まったのですが、
アニメオタク?の息子が絶賛しています。
友人がDVDに焼いて貸してくれたので、アニメキライの娘の目を盗んでみたところ、
・・・良かったです。

「話芸」・・・って、スゴイ!

むかし、NHKで「ちりとてちん」を見た頃に、落語って面白いなあ~
と思った程度で、全然詳しくないのですが、
息子の方は「語学オタク」でもあるので、ラジオで落語を聞いたりすることもあるみたい。

小さい頃から、ダジャレ系が好きな自閉っ子は多いと聞きますが、
我が家も漏れず、ダジャレで大笑いのクチでした。
ことば一つで、人の心をとらえる、笑わせる、すごい職人芸ですよね。

アニメの公式HP

原作漫画の公式サイト


息子は純粋、芸術としての「アニメ」に入れ込んでます。
監督が誰か、美術は?音楽担当は?声優は?
たいていが深夜枠の放送なので、録画して見ているようですが、
彼の「趣味」の大事な領域です。
彼から教えてもらった音楽もたくさんあります(鉄血のオルフェンスなど)。
その彼が嘆くのは、アニメーターの処遇の悪さ。
日本の大事な文化を下支えしている人たちの存在。
若くて、夢を持って、意欲に燃えて、だから何とかなっている…
なんだか介護の現場に近い気も・・・

高卒認定試験合格資格でAO入試に望んだ時の彼の論文は、「書生言葉」の分析でした。
同じ内容を伝える場合にも、日本語では様々な言い方がある。
私、僕、ワタクシ、手前、俺、自分・・・
ホームズの和訳を例にとったりして、素人の私が読んでもとても面白かったです。
そうやって言語学から入った学問の世界でしたが、今は西洋古典にかじ取りして、
周囲から、なんでメジャーな言語学からわざわざ西洋古典なんかに…と言われたそうですが。

相変わらず、大学院内での人間関係には苦労しながら、
最近は「嫁姑」の関係がちょっと分かってきた、なんて言ったりして、
どう処すべきか、いろいろ考えているようです。

作曲家のエリック・サティが好きな彼。
彼の、規則的な日常生活を参考に、毎曜日ほぼ同じ動きをしている中で、
大相撲が放送される時期には、早めに帰宅して観戦するのが楽しみだそうです。
落語に大相撲に・・・日本文化どっぷりなのに専攻は西洋古典。
そのあたりが面白いなあ。

この週末は久しぶりに帰省してくれるので、
またどんな話を聞かせてくれるか楽しみにしています。
とりあえず、明日は二人で、北海道「べてるの家」向谷地さんの講演を聞きに行く予定!
雨でも負けずに行ってきます~






子どもの日常 | 16:33:07 | コメント(2)
「光とともに」完結 月刊誌特集を読んで
以前の記事で、卒園式の様子をアップした漫画「光とともに」 ↓

光とともに gjc1cs77

作者の戸部けいこさんが亡くなられたため、
最後の2話は病床で描いたネームだけの状態で単行本に収められていました。
それが、今回、ペン入れしてカラー原稿になり、完結の形で掲載、
とのことで、大人向けの漫画雑誌「フォアミセス」を初めて買いました。


ああ、懐かしい。


小学校のとき、娘が大好きだった介助員さんが、
「お母さん、漫画持ってたら貸して下さい」と言ってくださり、「喜んで!」
とお渡ししたら、介助員さんの中で回し読みまでしてくださった本です。
(その介助員さんの異動がショックのひとつで、不登校になったのでした)


最終話は、中学生編で終わってしまいましたが、
この漫画の中には、地域のデイケアやグループホームや、
学校以外のいろいろな場面が描かれていたし、
家族の関係も、夫婦、嫁姑、義理のきょうだいなど、
ミセスを対象としているのがよく分かる感じで、
学校の様子も細かい取材がもとになっているのがよく分かり、
連載当時から、あるある話満載で、親同士の話題にもなり、
こうした大人向け雑誌で「自閉症」が取り上げられる意義を強く感じていたものでした。
テレビドラマにもなり、録画して見たのも思い出されます。
エンディングソングが「万華鏡キラキラ」という曲だったなあ・・・良い曲でした。




我が家は今はもう、ここで描かれている世界はくぐり抜けてきたけど、
主人公の光君ほど、地域の社会資源を使いきれていない私は反省しきり。
まだまだこれから、の世界を垣間見ることができて、
ああ・・・やっと完結まで読めた、ということに感謝です。

詳しい記事は 「光とともに」完結 コミックナタリー






読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 20:23:06 | コメント(0)
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