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ナカリ母

Author:ナカリ母
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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「私は自閉症?」
今日、海外ドラマを家族一緒に見てたら、
登場人物の中に自閉症の子どもが出てきて、
彼の言動が事件解決のカギになる、という展開でした。

で、今更ですが、ナカリからタイトルの質問!
「オーティズム、って言ってたでしょ(字幕で見てたので)、ナカリもそうだよ」
「そうか~」
と、彼女は自然に受け流してくれました。

決まったスケジュール。常同行動。言葉以外の絵によるコミュニケーション。
重なることがたくさんあるなあと思いながら、
改めて、海外ドラマにはごく自然にこういう子どもたちが登場するんだな、と感じました。
自閉症に限らず、ダウン症や身体障がいの子ども達も、海外ドラマではごく自然に登場する気がします。
身近なものになること。
身近に感じられること。
かつ、障がいの多様性も分かっていること(ひとりひとり同じでない)。
そんなことを、日本のドラマにも期待するヒトトキでした。


それにしても、こうやって、海外ドラマを一緒に見ることができる時が来るとは、
昔は思いもできなかったことです。
鍵コメントをいただいた方の「今」の辛さを思うと、
振り返って、自分の今に感謝しつつ、時間薬、や、いろんな要素で状況は変わる、
と信じて、辛い思いをなさっている方達の「今」に思いを馳せています。

明るい明日がみんなに訪れますように・・・






子どもの日常 | 22:32:43 | コメント(2)
「私も死んじゃうのかな?」
娘に尋ねられてドキッとしました。
あまりに急で、あまりに普通な感じだったので。

「あ~、人間はみんな、必ず、死ぬんだよ」
と答えながら、なんでそんなこと考えたの?と聞き返すと
「んー、なんか、私だけ生き残るのかな?って思って」

あ!そうか、彼女の精神年齢で、今、やっとそこに至っているんだ。
「私は死なないかも、って思うんだけど、変かな?」
いや、人って順番にそうやって考えていくんだよ。
自分が死んだあとにも世界は続くんだろうか、とか、
死んだらどうなるんだろうか、とか、
死ぬってどんな感じなんだろうか、とか。

身近に祖父の死を目にして、フッと、そういうことも考えるようになったんだね。
すごく深いことを考えてるね。
大昔からたくさんの人がそういうことを考えて考えて、そこから
いろんな宗教や思想が生まれてきたんだよ。


「私だけ死なないかも」
っていう考え。
笑えないです。
娘の中では真剣に、頭に浮かんできている考えだから。

デーケン先生の「デス・スタディー」を読み直そうかな。

「自分が死んだあとのことを考える」というのは、実はとても高度な考えなんでしょうね。
たしか「木を植える人」という童話で、
自身の生死を気にせず、黙々と山に木を植えるおじいさんの姿が描かれていましたが、
ナカリが、この先、どんな風に生死を受け止めていくのか、
「生きる意味」に辿り着くのか。
最初ドキッとしたけど、楽しみな質問でもありました。


最後はナカリの好きなFF13から「サンレス水郷」




子どもの日常 | 22:14:05 | コメント(12)
社会福祉協議会
子どもが学童保育でお世話になったので、
近所の方から交代を頼まれて、幹事を引き受けてから7年間。
今年は、自治会の役員が回ってきたので、近所の方にお願いして1年だけ交代してもらい、
次の春からまた復帰することになります。
最初の4年間は訳も分からず、地区福祉会の会計まで引き受けてしまったのですが、
これらの活動は基本的にすべてボランティアです。

昔、保育所の役員を決めるときにも、難航して気まずい雰囲気の中、
ある友人が「義を見てせざるは勇無きなり」と、引き受けた話を聞き、感心しました。
で、今まで、いろいろな「ボランティア役員」を引き受けてきましたが、
実はこういう活動が世の中を根っこのところで支えているのではないかと思うこの頃です。

大きな災害の時のボランティアが注目されるようになりましたが、
それ以外にも日常、ボランティアで活動されている方はたくさんおられます。

自分に何ができるか、まではなかなか自信をもって言い切れませんが、
どっかでお世話になったことを、別のところでお返ししていく、という気持ちは
忘れてはいけないなあと。

昔見た映画「ペイ・フォワード」

字幕がないので、字幕付きのはこちら(ニコニコ動画)

映画自体は悲しい結末ですが、
日野原先生もおすすめの内容です。
「良くしてもらったことを、その相手以外の誰かに返す」ことで、世の中全体を良くしよう、
という発想の連鎖が、こんな奇跡も起こすんだなあと思った映画でした。


現実問題として、社協について、
全体の大きな役割を頼まれたことに対しては、今回、娘が「断り」とハッキリ言ったので、
事情を説明してお断りしました。
このあたり、子どもの方がシビアです。

昔、息子からも、「頼りにされる人」と「当てにされる人」は違う、と言われ、
あの人に丸投げしといたら大丈夫、と思われたらアカンで、と釘を刺されました。
聞かれ顔、かつ頼まれ顔、な私には、なかなかハードルが高いですが、
我が子のことも大切にしながら可能な範囲でできるボランティアにとどめねば、と思うのでした。




子どもの日常 | 18:40:05 | コメント(2)
誉めてやりたい!
昨日、障害者年金の申請を終えた記事を載せましたが、
その背景に驚くべきナカリの頑張りがあったことを書いていませんでした。

カウンセリングに親子で出かけた帰り道、
あわよくば、と提案してみた「お母さんが市役所前でバスを降りて、
残り2つのバス停を過ぎて、一人でバスを降りて家まで歩いて帰って鍵を開けて入る」
・・・というのができるかどうか、について、行き道で聞いた時は、う~ん・・・
状態だったのが、いざ帰り道その場にになったら、やれるかも・・・、というので
家の鍵を託して市役所前でナカリを残して私だけバスを降りたのでした!!

無事に一人で家まで辿り着けたナカリ、久しぶりの快挙に誉めまくりました。


それから、もうひとつ。
年金申請のために引っ張り出してきた過去の手帳から。
1999年12月28日の日記
「ナカリを怒鳴りつけて怒ってイライラしている私のところに
兄が寄ってきて『お手伝いしたい、お母さんしんどそうやから』と言うので
『お母さんいいからナカリちゃんと遊んであげて。お母さんはダメだから』
と言うと。兄が
ダメな方を応援しなくちゃ』と言った・・・」

ちょっとウルッときてしまいました。
兄の名言は他にも色々覚えているのですが、
「お母さん良かったね、ナカリみたいな珍しい子、産んで
「ナカリはこっちが言ってること分かってるみたいなのに、
僕らはナカリの言ってることを分かってあげられないなんて、ナカリが可哀そうだ」

など。


子どもの一言に救われたことも、たくさんあったなあと思いながらの、
今回の年金申請でした。

追伸:応援してくださっているsrpchaosさんが、前回の記事を紹介してくださいました。
アップした曲について・・・
ありがとうございました。







思い出 | 21:09:42 | コメント(6)
障害年金、申請しました!
ドキドキしながら窓口にむかいましたが、
若い職員さんが丁寧に接してくださり、
用意していなかった「住民票コード」というのも、指示通りすぐ近くの窓口で入手でき、
持っていくのを忘れていた子ども本人名義の通帳だけを自宅に取りに戻って、
再提出して完了!
あとは3か月ほど結果を待ってください、と。
その間の年金についても未払いで構わないと確認できて安心して帰ってきました。
ただ、「自閉症」は永久的な条件を満たさないので(障害は続くけど)、
もし認められたとしても、何年かおきに診断書の提出が必要となると思われる、
との説明は受けました。

でも、とりあえずほっとひといき。

ひとつ、懸案事項が終わったので、
今日は、ノリが良い音楽で〆ます。

Chris Brown - Don't Wake Me Up (Y-M-Z Remix)








子どもの日常 | 23:37:34 | コメント(6)
郷土愛?
帰省中に、NHKの地方ニュースを見ました。

それによると
伊予銀行が「サイクリング」をテーマに、興居島や松山城や道後温泉を映像化してユーチューブに掲載したとのこと。
帰宅してから、早速見てみて、「三津の渡し」や「梅津寺」など、懐かしい場面もあったので、
貼り付けておきます。



いろいろあって、実家を早く離れたかった私ですが、
瀬戸内の風景と、松山城や道後温泉はやはり心に刷り込まれています。
これって、郷土愛…かなあ。

同郷の方達へ、ご報告を兼ねて。






思い出 | 00:08:45 | コメント(4)
祈る母
4日間の帰省を終えて自宅に戻り、
大量のメールを見て、ひといき。
これから、仕事と年金書類の清書が待っているので、
今ひとつ落ち着かない気持ちのままですが、
帰る直前の母の様子を少し書いておきたいと思って・・・

母は昔から祈りに支えられてきた毎日でした。
今回様子をみて、ますます弱った、という印象で、
本人もそれを自覚しているからか、じゃあ帰るね、と行ったら、
突然娘を抱きしめて「来てくれてありがとう、また来てね」と。

祖母と孫 CIMG0206

ビックリしながらも受けとめるナカリ。
涙が止まらない母の様子に娘の方が戸惑いながら、
帰宅してからも「おばあちゃん大丈夫かな」と心配してくれました。

一日一日無事でありますように、
毎日祈る母。今までも祈りに支えられてきたし、これからもそうだろうなあ。
今までの、山ほどの人生経験に裏打ちされた母の祈りを思う時、
私も振り返って、祈る気持ちにさせられます。

昔通っていた教会で、「祈る」というのは「神様たすけてください、どうにかしてください」
というような意味ではなくて、「神様私はここにいます、私を御手に委ねます」というような意味だ、
と聞いてハッとした覚えがあります。


母の背中にのしかかる山ほどの経験や想いを考えた時、
静かに祈ることができる今の状況に感謝。
母から預かった「ごめんなさいといえる(三浦綾子 小学館)」を少しずつ読み始めたところ、
その中の一節…「石にかじりついてもひねくれまい」にドキッとする。
ああ、その想い。自分を支える気持ち。母から学ぶこと。
父が逝った後、母にはもう少し私に、その背中を見せていてほしい。
私も、祈ろう。




思い出 | 15:49:36 | コメント(6)
終末期医療の番組を見て・・・
娘と一緒にニュースを見た後、
不意打ちのように始まった「クローズアップ現代」
「”最期のとき”をどう決める~”終末期鎮静”めぐる葛藤~」

父の最期は、この「終末期鎮静」だったんだ、と改めてフラッシュバックしました。
娘も思い出しながら、悲しいよ~と言っていたので、途中で見るのを止めようかと思いながら
気になって最後まで見てしまいました。

私達が会いに戻るのを待っていたかのように、「奇跡」だと言われる状態で頑張った父。
娘の通院を終えた翌日帰省し、付き添っている間、午前中、本当にいい笑顔を見せてくれた、
それが、午後になって、苦しげに顔をゆがめてお腹が痛いと訴える父の姿を見ていられなくなり、
夜に主治医との話し合いをした際には、叔父叔母も同意見で、
「鎮静」によって痛みをとることを優先し、延命治療はしない、ということを確認したのです。
そうしたら、翌日の午前中には、血圧が下がり始めたので急いできてください、との電話があり、
駆けつけると、20~30だった血圧が50を超えるまで回復・・・
看護士さんが「家族の力はすごいですね」と言ってくださったけれど、
その後、私が病室を離れている間に、母と娘と牧師さんに看取られて逝ってしまった・・・
急いで戻ってきたときには間に合わず、
「目を閉じてあげて」との言葉に、私がまぶたを閉じさせてもらったのでした。

回復の見込みがない中、痛みだけを長引かせるのは辛い、と、
迷いなく延命措置を断ったのでしたが、
今日の番組を見ていて、それが本当に故人の遺志に沿うものだったのかどうか、
父本人とそこまで詰めた話し合いをしていなかっただけに、
あと数日、あともう少し、共に居る時間を過ごしたかったのではないか?とも考えられ、
でも、本当にその「時」があったんだ、と打ち消し、迷いを振り切るようにしました。
これが「葛藤」なのかも。


母も自宅には帰れないのが分かっているし、
もうそんなに時間が残されていないのも覚悟しているけれど、
今回の帰省で、母と、どこまで話ができるかな…
勇気を出して、少し、聞いておこう。

帰省中に20歳の誕生日を迎える娘も、まだ「おばあちゃんっ子」を卒業していません。
「おばあちゃん、死んだらいやだよ」「お母さん、死んだらいやだよ」
今日は私が仕事に出る前、昨夜の番組の影響もあったのか、
「いってらっしゃい」と「無事にね」の言葉の前に、少し長めに話をしていて、
「お母さんが死んじゃったら、私一人では生きていけないよ。
お母さんは、私が死んでも生きていけるでしょ?
だから、お母さんより私の方が先に死にたいよ」と言われて、ドキッとしました。

ええええ・・・
そんなことを考えてるの?

んんんん・・・
親の事を考えようと思ってたけれど、
子どもの事もやっぱり考えなくちゃなあ。

とにかく、今回も無事に行って帰ってこなくては!
ちょっと重くなってしまってすみません。

最近私も娘も気に入っているテンション高めの曲で、締めます・・・

TheFatRat - Unity








思い出 | 00:49:08 | コメント(6)
「語りかける」歌
自分を鼓舞しながら書類に取り組んでいる間、
テンションの上がるBGMを流していましたが、
少し前に帰省した息子から「これ、良かったで」と託された本
「原始仏典」(中村元・ちくま学芸文庫)を読み終えて、
<自分自身と向き合うこと>をいろいろと考えさせられて、
個人に対して語りかける歌、が、聴きたくなりました♪


バート・バカラックの「アルフィー」



「生きるってどういうこと?」という問いかけから始まる有名な曲 ↑


あと、
まだ「愛」の何たるかも知らなかった高校生の時に何度も聴いて、
「友情」を自分の周りの人間関係に重ねてイラストを描いたりもした
ビリー・ジョエルの「ジェイムズ」
こちらは歌詞が表示されないので、昔買ったLPから転載。



ジェイムズ…
ぼくらはいつも仲がよかった
幼い頃から
そして将来のことを話し合った
それぞれ違う方向に進むことになって
ぼくは旅の生活に入った――
きみはずっと勉強を続けた

ジェイムズ…自分の人生が
気に入ってるかい
開放感があるかい
生き方を変えてみないのか――
そのうち小説を書くのかい
まだ勉強を続けてるの――
みんなの期待をになって・・・ジェイムズ

きみはとても信頼されていた、どんなに
きみががんばったか誰もが知ってる――
さあ、きみのしてきたことを考えてごらんよ
家族の誇りを一身に背負って

ジェイムズ…きみは実によくやった
一生懸命はげんできた
でもいつも、きみに対する他人の夢
の通りにするのかい
きみ自身のために良いことをしろよ
でなけりゃきみは誰にとっても意味がない

ぼくは旅の暮らしに入った
きみは勉強を続けた…ジェイムズ
どうして確かだと思うのかい・・・何事も
うまくまとめられていると
たしかにすべての事が安定している
ほかの者はみんな満足してる

ジェイムズ…自分の人生が
気に入ってるかい
解放感があるかい
生き方を変えてみないのか
いつ傑作をものにするのかい
きみ自身のために良いことをしろよ
でないときみは誰にとっても
意味がないんだよ…ジェイムズ



ビリー。若いなあ~
「自分のために良いこと」をしないとね。

「原始仏典」の中で、コーサラ国王が甘い答えを期待して王妃に言った言葉
「そなたは自分よりももっと愛しい人が誰かいるかね?」
妃は「大王さま、わたくしには、自分よりももっと愛しい人はおりません。
あなたにとっても、ご自分よりももっと愛しい人がおられますか?」
王はこう答えざるを得なかった「わたしにとっても、自分よりもさらに愛しい他の人は存在しない」
そして、はっと気がついた・・・誰だって生きている限りは自分の事を本能的に考えるのは避けがたい
そこから、他人の立場に立って考えてみると他の人だって同じではないか、と、
そうやって他人との関係の中で自分をととのえていく、というような方向が語られていました。

こんな文章が、古代に残されているんだなあ、と、
西洋古典から東洋古典にも傾いている息子から教えられたのでした・・・







読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 17:26:57 | コメント(2)
障害年金申請の申立書を書くにあたって・・・
自閉症は先天性障がいなので、
産まれてから今までの20年間の病歴を途切れなく書かなくてはなりません。
覚悟を固めて下書きをするにあたって、
1999年から毎年書き付けてきたスケジュール手帳を引っ張り出してきました。

記録ノート CIMG0196

娘がもっと小さい間は、もっと小さなメモ帳でしたが(笑)、
1999年に、記録をとる!と意識してから、大きめサイズのスケジュール帳に
予定とともに子どもの様子を書きとめることにしました。
2年目からは高橋のA5サイズの手帳、と決めて続けてきました。

「年表」の形に一通り、ざっとまとめてから、
期間を区切って具体的な状況や通院の様子を文章にしました。

最初のノートは娘が3歳当時なので、あれやこれやびっしりと書き込んであります。
表紙の裏には「大切な記録です、もし拾ってくださったら下記まで連絡お願いします」
と、わざわざ住所と電話番号まで書き込んでありました(//>ω<)
1ページ目
「1998年12月16日
何度も書こうと思いつつ先延ばしにしてあった、ナカリの育児記録、を、今度こそ書こうと思い、日記を購入」
からスタート。
「TVを見ながら『ごちまがで(ごちそうさま)』と言ってお辞儀する」
といった、可愛い様子も書かれています。
「この気持ち、忘れないように、記事を貼っておこう」
と、朝日新聞の「ひととき」の記事も貼ってありました ↓


<四人で迎えたお正月>(1999年1月掲載 兵庫県在住 37歳の女性)
「行って来るなあ」12月2日の朝、あなたはいつものように二人の息子に手を振って玄関を出て行った。
警察から突然の電話があったのはその日の深夜。
遺体安置所の冷たいベッドの上で、あなたはシートに包まれていた。
交通事故なんてうそ。夢に違いない。
(中略)
あなたの面影宿るこの子たちを悲しみで押しつぶしてはいけないね。
手を取り合って立ち上がらないといけないね。
でも、私、きっと何度もへこたれるよ。くじけるよ。
その度に見えない手を差し伸べてね。お願い。
大みそかは親類の誘いを断って、「四人」だけで新年を迎えました。


ありがたいことに今も我が家は4人のお正月を迎えることができました。
感謝して、記録を書き始めたんだなあと思い返して、申立書に向かうと、
これもまたありがたい作業だな、と。

来週には娘を連れての帰省の予定です。
お世話になった「おばあちゃん」に、20歳の孫を見せに帰ります。
戻って来てから、年金申請。がんばろう~




思い出 | 18:05:18 | コメント(4)
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