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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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1年を振り返って
今年の1月からブログを始めたのでほぼ1年になります。
いろんなご縁をいただいて、
ネット上ではありますが、親近感を感じるたくさんの方と出会うことができました。
感謝です。
昔の記事「にほんブログ村の村民として」を書いた時よりも、
さらに感慨深い思いがあります。
これも娘、ナカリのおかげです。


去年の大みそかに、次の1年がこんな形で展開するとは思ってもいなかったので、
次の1年もまた思いがけないことがいろいろと起こるかもしれません。
今年は、父との別れが一番大きな出来事だったな・・・。
ひとりの人の人生を考えることで、何か世界を見る目も変わったような気がします。
「生きてるだけで、まるもうけ」
そんな気持ちで、まずは一日一日を無事に過ごしていきたいです。


リンクのトップに置いているナカリのホームページの「プロフィール」で
「好きな言葉」として書かれている「ニーバーの祈り」が掘り込まれたブレスレットを、
夫がクリスマスプレゼントとして、私と娘二人に贈ってくれました。
二人お揃いだね、と日常、つけています。

また、観る視点によっていろいろと評価は分かれるようですが、
同じく娘がプロフィールのページに「好きな映画」として書いている
「ライフイズビューティフル」の予告編を載せて、今年の締めにしたいと思います。




1年間、訪問してくださったすべての皆さん、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。




未分類 | 12:28:46 | コメント(10)
帰省中の贅沢と心配
銀行や郵便局や税理士さんと必要な打ち合わせを終えて、
母を見舞って、久しぶりに背中をさすったり、ゆっくり話したりして、
夜は一人で父が寝ていたベットで休みました。
一人きりの実家はやはり寂しいもので、母も退院したいとは言わなくなったので、
今のまま、とにかく一日一日を無事に病院で過ごしてくれたらありがたいです。

途中、携帯でブログを見ると、
半分愚痴っただけの前回の記事にたくさん拍手をいただいていて
恥ずかしいような、励まされているような、…思いがけず勇気づけられて、
胃カメラもドンと来い!という気持ちになりました。
ありがとうございました


私の実家は愛媛県松山市なんですが、
誰も住んでいない家の冷蔵庫には何にもないので、朝のパン以外は外食しました。
一人で外でゆっくりおそばを食べたり、デニッシュとコーヒーをいただいたり…
何だかとても贅沢な気分でした
…といいつつ、心配なのは、田舎の商店街。
一応、松山で一番(ということは愛媛で一番)の繁華街のはずの大街道(おおかいどう)が、
こんな感じ ↓ 

大街道

人通りの少なさに、思わずパチリ。
大丈夫かな…
大阪でものすごい人の数を見慣れているせいか、
都会との落差に、改めて地方との「人の数の差」を実感して帰りました。
もちろん田舎は田舎で、味があっていいんですけどね。
国際観光都市(?たしか…そんな名前だったような)松山、がんばってほしいです


一方、自宅の方では、少し娘が不安定だったようで、
イラストに苛立って破ってしまった!と、電話がありましたが、
何とか無事に乗り越えてくれたようで、帰宅してみると笑顔で、ホッとしました。

さあ、いよいよの年末年始。
ゆく年くる年、みんな心穏やかに過ごせますように。



今回も雑談記事ですみません



未分類 | 20:10:05 | コメント(10)
少し気が重い年末
先日、健康診断の結果を聞きに行くと、胃にポリープがある疑い、とのことで、
胃カメラを飲むため、年明け早々、紹介状を持って市立病院に行くことになりました。
10年くらい前に大腸ポリープを内視鏡で切除してもらった時のことを思い出して、
今度は上からか~、嫌だなあ~、と気が重いです

田舎で入院したまま病院でお正月を迎える母の様子を見に、
この日曜月曜、私だけ大急ぎの一泊帰省も控えているし、
何となく気ぜわしく、落ち着いてブログも書けないままでいました。

久しぶりの更新が、こんなんですみません

クリスマスの御堂筋です。
ライトアップされて綺麗なので、今日の仕事帰りに携帯でパチリ。

御堂筋


イブも今日も夫は仕事のため、帰省中の息子を含めて母子3人の食卓でしたが、
娘が落ち着いてくれているので感謝です。

今年もあと1週間切りました。
いろいろあったけど、笑顔で新年を迎えたいです




未分類 | 23:00:39 | コメント(8)
パラレルキャラで遊ぶ 5
今日は雨の中、カウンセリングに行ってきました。
振り返れば、今年1月最初のカウンセリングに行って帰った後、
ブログを始めたので、もうすぐ1年になります。
感慨深いなあ…

先日、NPOのサポーターさんとお話しした際に、
「自己表現」に関して、「本人のコアになっているもので外と繋がるのはリスクがある」
というような助言がありました。
外からの反応が本人の思いがけないようなものだと、しんどくなる場合がある、
・・・みたいな内容だったと思います。
ナカリのコアになっているものは・・・絵に関すること?
ただし、「イラストを描く」ことは確かに好きだけれど、単なるイラストではなく、
「コア」にあるのは「パラレルワールド」じゃないかな。

頭の中に広がる自分だけの世界、その登場人物たち、その中での「自分」(と他のキャラたちとの関係)。
それが、彼女の一番の柱、支えになっている気がします。

なので、パラレルの話題については慎重に・・・。
でも、カウンセラーさんはそのあたりをよく心得てくださっているので、安心して任せられます。
ありがたいことです。
今日も、パラレルキャラと自分の写真をコラボレーションした作品をいろいろ見ていただいてきました。

以下、作品にした時期が異なりますが、いくつかご紹介。
久しぶりの「パラレル」シリーズです。


シルクとナカリ CCI20151221_0003

帽子の似合うパリッ子、シルクと腕を組んで散歩中のナカリ。


パラレルウルフとナカリ CCI20151221_0004

白いスーツに身を固めたパラレルウルフ(ゲームのキャラ「ウルフ」とは別人)と青いドレスのナカリ。


パルテスとナカリ CCI20151221_0000

一輪の薔薇をくわえたパルテスと情熱のダンスを踊るナカリ。


人間ジッポ、人間シュネルとナカリ CCI20151221_0005

獣人のジッポとシュネルが人間化して、不思議の国のアリスのコスプレをしたナカリとテーマパークへ。


ジーク、マークとナカリ CCI20151221_0001

美男子兄弟ジークとマークにはさまれた浴衣姿のナカリ。背景は花火のイメージ。


ユリースとナカリを守るスタフォファルコ CCI20151221_0002

穏やかなユリースとナカリのデート中、ボディガードを務めるスタフォファルコ(ゲームの「スターフォックス」のファルコとは別人)

最後はゲームの画像も加えて賑やかになりました。
他にもいろんな場面を作って、お話にして、カウンセラーさんに聞いていただいています。
楽しく、心地よい、カウンセリングの時間を、本人は毎回、楽しみにしています。

イライラを鎮めるために薬が増えた効果はどうかな?との質問にも、効いてるみたいと答えられました。
次回は来年1月。病院の受診後、です。 どんな年の初めになっているかな・・・?


追伸)画像の処理が下手だったので、何枚か、右側がはみ出してしまいました。
   絵をクリックしていただくと全部が見えます。ごめんなさい。








ナカリの作品 | 17:25:34 | コメント(13)
生まれ故郷の思い出
テレビネタが続きますが・・・昨夜も偶然NHKで、
荒井(松任谷)由美さんの特集を見て、「瞳を閉じて」が、
島の子どものリクエストに応えて「校歌(愛唱歌)」として作られた歌だったと初めて知り、
島の様子や、港から出ていく船に紙テープが揺れる映像に、
昔を思い出して胸が熱くなりました。

私が生まれ育ったのは四国で、当時はまだ瀬戸大橋もなく、
学生時代は飛行機ではなく、瀬戸内フェリーでの移動が主でした。
2等船室で雑魚寝したこと、船のお風呂に入ったこと、甲板に出て夜風に吹かれたこと、
いろんな場面が思い出されました。

島々の映像が入った、ユーミンの歌声はこれ ↓


島を出ていく人たちを見送る時に、港でも流され続けている歌だそうです。
学校のHPはこちら ↓
長崎県立奈留高等学校

日本って広いですね。
夫が育った環境には「海」は無かったので、感覚が随分違います。
船酔いには苦しめられたけど、久しぶりに船に乗ってみたくなったのでした。
(今は寄港してくれなくなったので、船は使えませんが・・・)






思い出 | 16:42:40 | コメント(9)
NHK BS1スペシャル「憎みとゆるし~マニラ市街戦 その後~」
昨夜偶然目にして、途中からでしたが最後まで目が離せませんでした。
調べてみたら、何度も再放送されている番組のようです。

昨夜の放送告知のHPには、番組詳細、としてこんな文章が掲載されていました。


1945年、廃虚と化したマニラの街で娘の遺体を抱きしめ立ち尽くす男がいた。
のちにフィリピン大統領となるキリノ。
日米両軍が戦ったマニラ市街戦で妻と3人の子を失い、日本軍を激しく憎む。
しかし8年後、キリノは大きな決断をする。憎しみからゆるしへ。
反対を押し切って、日本人BC級戦犯全員に恩赦を与える。なぜ大統領は決断したのか?
遺族やマニラ市街戦の生存者の貴重な証言を積み重ねて、その真相を描く。



恥ずかしながら、全く知らない歴史でした。
終戦後も、「捕虜」「戦犯」として、なかなか帰国できなかった日本兵がいたことは
ぼんやりとした知識ながら知っていましたが、「東京裁判」以外に、
各国で「戦犯」がどんな対応を受けていたのか、ほとんど考えたこともなく、
キリノ大統領、の名前も、昨夜初めて知りました。

検索してみると、番組そのものを見ることができるサイトがあると分かり、
再度、視聴しました ↓

日米マニラ市街戦 憎しみと赦し

そこで、キリノ大統領だけでなく、登場するフィリピンの人々の言葉に、改めて、
この歴史を知らなかったことが恥ずかしく、記事に書きとめておきたいと思いました。

「日本人もまた戦争の被害者なのだと  苦しんだのはマニラの我々だけではなかった
その時から私の中の憎しみが少しずつ変わっていきました」と語る男性。

家族を再び失うことが怖くて60歳まで結婚できなかった女性。
「苦しみの果てに、今ようやくゆるしに辿り着いた」というナレーション。

「私たちは憎むのではなく、ゆるすことを選んだのです。
しかし忘れない。“現実に起きたこと”は忘れてはならないのです。」という市民。

「もしゆるすことができなければ、穏やかな人生が訪れることはないんだ。
我々はゆるすことを学ばなければならない
と、娘に語ったキリノ大統領が、
今から半世紀以上前、1953年にフィリピンと日本の国民にあてて発表した声明です。 ↓

「私は日本人戦犯に対し特赦を与えた。
妻と3人のこども、さらに5人の親族を殺された者として。
自分の子孫や国民たちに、
我々の友となりわが国に長く恩恵をもたらすであろう日本人に対し、
憎悪の念を残さないために。
結局のところ、日本とフィリピンは隣国となる運命なのだ。」



「フィリピン」はキリスト教の国で、アメリカとの結びつきが強い国、
エコノミックアニマルとして日本人男性が恥ずかしい行動をしている国、
一方、日本にも、出稼ぎや日本人妻として多くの女性が来ている国、
そんなパターン化されたイメージしかなかったのが、
一気に身近に感じられ、
海を隔てた遠い国、ではなく「隣国」と意識されるようになりました。

戦争が引き起こす《憎悪》の念を、どう断ち切っていくのか、考えさせられる番組でした。





読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 18:34:22 | コメント(2)
優しい気持ちになるために
ふと思い出して「フルーツバスケット」を検索しました。
10年ほど前に、息子と一緒にマンガとアニメを見ていた作品です。
主題歌を歌っている岡崎律子さんは44歳で亡くなってしまい、残念でした。
彼女の柔らかい歌声を聴いていると、心が溶けていく感じがします。

中国語と併せて歌詞が載っている動画を見つけたので紹介します。



人の心に訴えかけるもの、って、いろいろあるけれど、
人の声(歌)って、歌詞の内容も含めて、すごく大きな力をもつなあ・・・と、改めて。

「 たとえ苦しい今日だとしても いつかあたたかな思い出になる 心ごとすべてなげだせたなら
ここに生きてる意味がわかるよ 生まれおちた歓びを知る 」

岡崎さんは亡くなっても、その歌声は残るんですよね。
優しい気持ちを持ち続けて、毎日過ごしたいなとしみじみ思うこの頃です。




読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 22:31:05 | コメント(4)
悲しみ方を教えてくれた人々
無感動の危機・・・について、昨日書いた後で、
気遣ってメールをくれた友人や、読みましたよと言ってくださるサポーターさんや、
身近な人たちの目にも触れていることを改めて認識して、
あぁ、これって最初の目的のひとつ=遺言として・・・を達成してるなあ~、
と思った私でした。
読んでくださる皆さん、改めてありがとうございます。


さて、
今日の午前中は健康診断だったので、バリウムを飲んで、うえ~となりつつ、
午後、サポーターさん達と、娘の今後について、お話ししてきました。

この間、内職なり何なり、「何か」させなくちゃ、と、
「焦らないで」と言いながら、内心、焦っていた自分、を自覚・・・。
内職含めて、「仕事」をなめちゃいけません。
まずは、順番に、自立支援、就労移行支援、といったところから、具体的にひとつずつ、
と、考えを改めて帰宅しました。


すると、
以前通っていた教会の牧師さんご夫婦からのクリスマスカードが届いていました。
喪中葉書に添え書きしてお送りしたので、それに応えて温かいお言葉を届けてくださいました。
前後して、相続関係でお世話になっている税理士さんからも電話をいただき、
年末帰省の予定をたてないと、と気がせいていたこともあって、
久しぶりに、父のことをたくさん思い出しました。


父が逝った後のいろんな手続きで市役所に行った帰り道、
全く偶然に通りがかったカトリック教会。
その一角に小さな書店があり、日曜と木曜だけ営業、との貼り紙に、
「今日、木曜だ!」と、思い切って足を踏み入れて買い求めたパンフレット。


「悲しみの祈り三十日セラピー」トム・マックグラース(発行:サンパウロ)


手にとって読み返してみました。

「かんしゃくをおこしたり、
かつて喜びを感じたことに無感動になったりするときに、
悲しみにおそわれます。
これが悲しみであり、これも過ぎ去るものだと思えば楽になります。

神さま、悲しみ方を教えてくれた人々との交流を感謝します
この人たちの心はとても広く、
人の悲しみにも思いを寄せてくれます。
この人たちは恵みです。」


今の自分の状況に当てはまる内容にドキリ。


父は若い頃、カトリック教会で洗礼を受けていたそうです。
(亡くなる直前に、ICUで洗礼を受けて葬儀を行っていただいたのはプロテスタント教会です)

私は若い頃、父親に対する反発から早く家を出たかったし、
結婚して姓が変わるのも、父の血族から離れられる!と、せいせいしたくらいなので、
父は私に「嫌われている」と気にしていたそうです。
それが、亡くなるまでの1ヶ月、「大好きだよ」と繰り返し伝えることができたのは、
娘のおかげです。

亡くなる前の数年は、母が入院中、帰省して父と2人で話す機会も多かったけれど、
若い頃の父のことは、ほとんど聞けないままで、
何故、父が洗礼を受けたのか、当時、どんな悩みや苦しみの中で過ごしていたのか、
今は、母から聞く話を通じて想像するしかありません。
でも、今になってやっと若い頃の父の「苦悩」を思いやる気持ちになれました。

これも、「悲しみ方を教えてくれた人々」のおかげです。

去年の暮れには孫たちにクリスマスプレゼントとお年玉を郵送してくれた父。
孫たちにとって「おじいちゃん」との思い出は今も生きています。
ありがとう、お父さん。
ありがとう、ナカリ。

良いクリスマスを迎えられますように・・・






思い出 | 23:09:09 | コメント(2)
子どもに対する感情が冷えたとき、をどう乗り越えるか
今日は、若いママたちとの集まりの日で、
いつものように10人を超える大人に、子どもも混ざってワイワイと賑やかに過ごしました。
就学前後の若いママがほとんどでしたが、
母子通園施設時代の娘の先輩ママさんも、久しぶりにお二人そろって参加!
幼児教育を学ぶ大学生、プロ棋士、になった息子さん達、それぞれの近況など伺いました。

そんな中、
話し込んでいるママさん達の横で、遊具の取りあいから子ども同士がもめてしまい、
仲裁に入ったママの腕の中で「ママきらーい!ママきらーい!」と暴れる子どもさんを見て、
(分かる~、辛いよね~)と心の中でママさんを応援しながら、
娘が小さかった頃からの数々の親子バトルを思い出していました。

2歳3歳の頃から、何度親子で取っ組み合いや言い合いを重ねてきたことでしょう。
お互い、言葉の刀で切りあうような傷つけあい方をして、モノの投げ合いもあったし、怪我もした・・・
それでも、時間をおいたらやっぱり愛おしくて一緒に泣いて・・・の繰り返し。

この間の派手な一件のあと、娘は夢のように落ち着いた、というか、
むしろ落ち込んで、私に随分遠慮している感じで、
おとなしく、一人で過ごすことが増えました(「あそぶ切符」を全然使ってません)。
そんな娘を見て、相手してやっていないなあ…と、少し心が痛みながらも、
私自分の感情の動きが平坦になっていること→無感情?になってる、のに気づいて、
若干危機感を感じ、「どうでもいいや」はダメ、<投げやりな前向き>は余計ダメ、
と、自分に言い聞かせながら数日を過ごしていました。
(こういう、無感情の危機・・・は夫婦の間でも感じたことがあるけど、
これって、やっぱりピンチ!
愛の反対は無関心、という言葉があるみたいに、
腹立つ~とか、このやろーとか感じている時の方が、まだまし、という気がする)

そんなこんなで
記事を更新する気にもなかなかなれなくて、いろんな方たちのブログを訪れて、
写真に癒されたり、音楽に元気をもらったり、文章を読んで考えさせられたり・・・してました。

で・・・
「子どもに対する感情が冷えた」という私の中の一大危機を救ってくれたのは、
リンク先の [心と身体、人と私、癒しと石]鬱・更年期障害モロモロ、ズッコケ記録
「愛ちゃん!忘れない」 の記事


ある日突然、永遠の別れが来るかもしれない。


娘が、いつも「無事に(うちにかえってきて)ね」と言うときの、不安な気持ち。
私が家出して一晩帰らなかった時にも「お母さん、もう会えないの?」と何度もメールが来ていた。
(何の荷物も持たずに仕事に出たままだから、帰ってくるのは当たり前…という風には思えないんだなあ。)
入院した時にも「お母さんに二度と会えないの?」と何度も何度も繰り返し尋ねていた、という娘。
(「二度と会えない」と思い詰めてしまうんだなあ。面会に行った後でも、やっぱり毎回不安になっていた…)
そのことを想うと、彼女の感受性に心が動く。


父を送った時、体からぬくもりがなくなって、冷たくなっていくのを「体感」した。
「生きている」ってことは、あたたかい、ってことだね、と、娘とも話した。

くそったれー!と、叫びながら流す涙もあたたかい。
暴れて羽交い絞めにする体もあたたかい。

そのことに気づかせてくれた、おこちゃんさん、愛さん・・・ありがとう

母親を止めたくなって、もうどうでもいい、と思った私、も、私。
だけど、やっぱり、10ヵ月も一緒に過ごしたんだよ、20年も側に居たんだよ。
取り返せないくらいに、心が冷えてしまう、ってことはないよ、ね。
ちょっとずつ、ぬくもりが戻ってきたよ。大事だよ。お母さんも、お母さん、をがんばるよ。
ごめんね。一緒に乗り越えていこうね。



子どもの日常 | 17:41:48 | コメント(6)
プラスエネルギーに転換!「ココロオドル」♪
大暴れ事件から1週間。
夢のように過ぎた感じもありますが、
カレンダーを見たら今年があと残り半月、というので、
夢見てるわけにはいかない!と改めてネジリ鉢巻きです。

気合を入れるのに、カフカのネガティブパワーじゃ足りなくて、
nobodyknows+の「ココロオドル」 をガンガンかけてテンションアップ。

「今日は今日 振り切る昨日」 という歌詞に、そうだー!と、叫んでがんばります。




追記:
「明日からまた新しい日が始まる」という歌詞で終わる、Def Tech の 「My Way」 もアップ
英語部分は訳せないけど
「手をつなげば怖くないから そこまでお前は弱くないから でもいつまでも そばにいないから」
という歌詞が身に沁みます。







読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 18:21:49 | コメント(10)
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