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Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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長いつきあいの母同士の忘年会!
一昨日、長く一緒に活動?している母たちと忘年会に行ってきました。

母子通園施設時代、保育所時代、小中学校の親の会・・・
出会った時期は様々で、住む地域も違えば、子どもの状況も違う。
そんな母同士が9人集まって、わいわい話す内容って・・・。
興味ないかもしれませんが、少しご紹介


昔は子どもの事+ちょっとだけ自分の事、だったのが、
今は、
親の介護の事、体調含めて自分自身の事、夫婦関係の事+ちょっとだけ子どもの事。
う~~ん、年を感じるねえ~、と、みんなで笑いながら、
でも、話の内容は、それぞれシビアで、
「泣きたいなー」「最近、泣けないねん」という言葉が、重たく感じられ・・・

素直に泣けるって、ある意味、心の浄化に繋がるし、泣きたい!って思うこともある。
でも
「学校との話し合いの中で、私の境遇を思いやって?か、先に先生たちの方が泣いちゃってさ。、
こっちは、全然、涙、出ないよ」と、一人の母が苦笑い。
そうだなあ・・・自分自身も振り返って、自分の事で泣けるか?と問われたら、
鬱の時には勝手に涙がどんどん溢れてきたけど、今、冷静に考えたら涙は出てこない。
ちょっと・・・彼女の気持ちが分かる気がした。

日々が切羽詰まった中では、
あんまり先のこと考えてもしんどいだけだから、とにかく一日一日無事に過ごせますように、
って、お互い、声を掛け合って、エネルギーを分け合った
結局、5時間以上話して、それでも、話、尽きない感じだった。

母同士の年齢もかなりばらつきがあるので(笑)
トシの話になると、
「だから丙午やって何回も言ってるやん~!」「そんなん言われても分からへん~」、
「それ、昭和やで昭和、西暦と違うで」「それくらいは分かるわー」
「えー!うちら5つも離れてたっけ?」「え?ここ、同い年とちがうかった?」
「えーとえーと、そんなら順番は、こう、こう、こう、こう、こう?」と指差して回ったり・・・
いいトシしたおばさん達のはしゃぐこと!

きょうだいの年齢が離れている母たちは、
下の子の保護者の集まりで「いっつも、私が最年長やねん、そんで周りが気ぃつこうてんの分かるねん」
それに対して、「ここやったら安心、と思うてるやろー」と、年長の母からすかさずツッコミ(笑)


始まりは「母として」の繋がりだったけど、今はもう「女友達」になったんだよね、私たち


この集まりで、活動する時の財源として、
市の補助金を申請した時もあったけど、今は会費+「イオン」幸せの黄色いレシート、がメイン
(企業の社会貢献として、とっても大事な活動をされているなと、いつも感謝です、イオンさんありがとう)
で、先日、イオンの店頭での協力呼びかけに参加したメンバーが、
「忙しいけど、やっぱり、こうやって集めてもらった寄付金、きちんと使いたいよね」と。

今年は、高校生以上の当事者対象に性教育のワークショップを企画したけれど、
次は金銭教育に取り組めたらなあ、と、先にそういう内容の講演会に参加したメンバーから提案。
そんな話になると、ただのおしゃべり友だちから、一緒に「活動」する仲間になる。


この繋がり、ありがたいなあ。
外では飲まない、と決めて何年もたつけど、久しぶりにハイボールを1杯いただきました。
心も体もぽかぽかで真夜中に帰宅したら、父娘そろって「おかえり~」
留守番、ありがとうね

(母に言わせると、
自分たちの時代には、父親に子どもを任せて母が飲み会に行くなんて考えられない!
と、留守中、母から夫にお礼の電話があったとか・・・
も~お母さん、って感じでしたが、これも親ごころ、怒らない怒らない、と言い聞かせる私でした)




子どもの日常 | 14:32:28 | コメント(4)
映画「アイアムサム」再び
昨日の「Love]のコメントを寄せてくださったミキタカ08さんのブログに、
ビートルズが紹介されていて、そちらで元気をもらったので、
ビートルズナンバーに彩られた映画「アイアムサム」の予告編を載せたくて、
コメント欄では上手くいかなかったので、別途記事にしました。



映画の内容については、前回も書きましたし、今更、という感じですが、
やっぱり、「頑張っても頑張っても出来ないんだ!」と泣いてしまうサムの姿に、
娘を重ねて、胸が痛くなります。

寄り添うこと、共感すること、を忘れたくないなあと思わせる映画でした。


今日はこれから、母たちの(ちょっと早い)忘年会
夫が帰宅するまでの間、一人留守番のナカリです。
ありがとう 無事に帰ってくるからね。






読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 18:34:27 | コメント(8)
悲しくなったので・・・ジョン・レノンを聴こう
昨日の記事で紹介した、81歳の父親が娘を殺害してしまった事件。

考えれば考えるほど悲しくなって。
「事件直前も、『これいいでしょ』とイヤホンを父親の耳にあて、クラシックの音楽を聴かせてくれた」
というところを読み返したら、思わず泣けてきました。

コメントをくださるponchさんが
「なるべく他人を励まさないようにしている」という記事を載せておられ、
ナカリも「励まし」は嫌いで「慰め」の方が好き、と言っていたのを思い出して、返信コメントに書きました。

悲しい時、元気の出る曲もいいですが、静かに悲しみに浸りながら、
「大丈夫よ」というメッセージを自分自身に伝えられたら・・・と。

ジョンの「Love」を聴きます。









読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 00:37:11 | コメント(4)
精神科リハビリテーション、という概念
中断しながらですが、京大での市民公開講座の報告の3回目=これでラスト、です!

講座での、シンポジウム提案の最後は、
京大病院のデイケア診療部(入院部門&外来部門)の作業療法士さんのお話でした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
医療だけではリハビリテーションはできない

「障害をもつ人たちが、住み慣れた地域で、そこに住む人々と、
生き生きと豊かに生活することを援助する、医療、保健、福祉の総合的な支援体系」のこと
   ↓
「人権の保障」 と 「権利の回復」
   ↓
リハビリテーション = 全人間的復権
   ↓
”日常生活の自立”を目指すリハビリテーションから
”主体性ある生活”を獲得するリハビリテーションへ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・・・というレジュメが印象的でした。

そして、なんと、最後のページには私自身の字で
失敗しない、ではなく、上手く失敗する」とメモってあり、
「次に失敗しないチャンスにする、自分の得意不得意を知る機会にする」と・・・!

期せずして、昨日の記事じゃん!と、びっくり
メモの続きには
「怒られる、叱られる = トラブル」とあり、
「こちらは理由の理解を優先するが、本人の辛さを聞く=共有することの方が大事」
とありました。

う~~ん。まさにその通り。

少し前にponchさんが、コメントで分析してくださったように、
娘の平和志向は「傷つきたくない」「傷つけたくない」という気持ちの表れ・・・
そう考えると、暴言の根っこは、傷つき体験(恐怖)にある、という気がします。

「できない」「上手くいかない」
→「責められる」「嫌われる」
→「そんな相手は消してしまえ!居なくなれ!」
0か100かの白黒思考ですね。

あぁ~、昨日は、そうならなくて本当に良かった・・・(改めて実感)

自分自身でコントロールできない感情の嵐に巻き込まれたら、
結果、一番傷つくのは本人だから・・・
出来る限り、心に波風を立てないで、穏やかに過ごさせてやりたい、と思います。


おりしも、昨日の朝日新聞夕刊に、
精神障がいのある41歳の娘の家庭内暴力に耐えかねて殺害した81歳の父親が、
執行猶予つきの有罪判決を受けた事件について、
「一番苦しんだのは」という見出しの記事があり、
一文字一文字、重みを感じながら読みました。
(思わず涙が出そうになりました)

冒頭の部分だけ朝日新聞デジタルで読めます。
「精神障害、暴力の末に・・・長女殺害 『お父さんが足らんかった』」


起訴後拘置所に移された父親が思い出すのは、
娘との良い思い出ばかり
・・・小学生の頃、就職してすぐの頃・・・
(穏やかで、仲良く、平和な家族の姿が目に浮かびます)
弁護士が父親に、娘が入院中につけていた日記を見せると、
そこには
「生きていることがとても苦しい」
「弱い顔を見せることができるのは家族だけです。今ね、とても心が疲れ切っています」
という文章。
それを読んで、
一番苦しんでいたのは娘だったと知った父親の言葉。
「お父さんが足らんかった。許してくれ。」

たまりません・・・
補足の記事では、「研究者 『公的支援が不足』」 という見出しで、
専門家による緊急訪問サービス、や、避難所、相談窓口の設置、の必要性が書かれていました。

京大で聞いてきた「精神科リハビリテーション」の概念と比べると、かけ離れた実態に、苦しくなります。
家族だけで抱え込むのではなく、何らかの社会的な支援があったら・・・と悲しくなり、
その一方、
日々必死に模索してくださっているデイケアのスタッフの方々の存在が、
きっと、たくさんの家族の支え、救いになっているだろう、と思って、希望を持てました。

良い話を聞くことが出来て、重ねて感謝&誰かに伝えたい、という思いから、長くなり、すみません。
最後まで読んでくださってありがとうございました。




未分類 | 21:14:34 | コメント(4)
「失敗」体験を次につなげる
今日は、仕事で留守番させていたのですが、夕方、携帯に娘から電話
仕事中はメールで、と言っているのに、何事?、と出てみると、
「ごめんなさい、インクこぼしちゃった、どうしよう~」と半べそです。
???
「ええと・・・ゆっくり順番に説明してみてくれる?何のインク?今、何がどうなってるの?」

聞くと、自分でパソコンを立ち上げて、いろいろプリントアウトしていたら、
シアンのインクが残りわずか」という表示が出ていたけれど、
あと少しあと少し、と、印刷を続けてしまい、
遂にインク残量ゼロ表示で動かなくなったので、
何とか自分でインクの交換をしよう、と、
(買い置きの場所は知っていたのでそこから出して)説明書を見ながらチャレンジしたけれど、
上手くいかず、交換の途中で、タンクの中からインクがこぼれ出してしまい、
プリンタや周辺のものや自分の手にもインクがついて、パニくってしまったようでした。


それでも!イライラしないで、冷静に私に電話してきたなんて、凄い

前回の受診で、久しぶりに再開することになった、リスパダール錠剤が効いているのかな?
「怒ったりしないから安心して。大丈夫よ。自分一人でやろうとしたなんてすごいじゃん!」
と、ほめて、
とりあえず、インク関係の後始末(拭き掃除)を電話で指示。
パソコンはそのままスリープさせて、
後は私に任せて、良く手を洗って他のことをして待っているように、
という言葉に素直に応じるナカリでした。

何て、進歩!

「失敗しちゃった」「パラレルの子、嫌わない?」「お母さん私のことキライにならない?」

心配で仕方ない様子に、何とか安心させるようにあれこれ言葉かけをして、
とにかく、イライラしなかったことはスゴイ!!」とほめちぎりました。


少し前にponchさんのコメントへのお返事でナカリが暴言や暴行に走ることがあると書きましたが、
暴れ始めた時、パニックになった時の彼女の言動には歯止めがきかなくて大変です。


風呂場のドアを蹴破った→これは業者さんに直してもらいました
食器棚のガラス戸を砕いた→今も片方の扉はガラスがないままなので、ドアを閉めたまま食器の出し入れができます(笑)
椅子や食卓の脚を壊した→自力で補修して使用中
リビングの壁に巨大な穴をあけた(蹴破った)→ベニヤ板と予備のクロスで自力修繕
パソコンにものをぶつけてを壊した→結論モニター交換だけで済み、ハードディスクが無事だったので恩の字でしたが、
                      壊れた!と即行友人に電話して、友人の車でパソコンを電気屋に運んだ時はこちらがパニック状態でした
自分の部屋の壁に穴をあけた(殴った)→穴が小さいので放置
缶のゴミ箱を踏みつぶした→廃棄
・・・などなど、武勇伝に事欠きません。

暴言の類はここに書くのも気がひける内容で・・・親として世の中全部に、ごめんなさいと謝らねばならないくらいです。


そんなナカリが!

自分一人でインクを交換しようとして、それに失敗しても苛立たないで冷静に対処できた!
これは「失敗」ではなくて踏み台体験だよ~~!、と感激した母でした。
(帰宅後、インクの始末で、今も私の指も青いままですが^^;)

最初電話を受けたとき、
「責めたらダメ、怒っちゃダメ」と自制しながら優しい口調を心がけた私もえらかった(自画自賛)

とにかく、いろいろ無事で良かったと、帰宅してから後片付けをしてホッと一息。
「失敗」は成長の一里塚、と、素直に感じたできごとでした^^;







子どもの日常 | 00:46:47 | コメント(6)
脳の不思議 社会脳って・・・
間に挟んだ記事「おみおくりの作法」にたくさん、コメント&拍手をありがとうございました。

市民公開講座の報告の続きです。
今回はいまいち、おもしろくないかもしれません。すみません。



当日配布された資料の中には、たくさんの画像=MRIで撮影された脳の断面図 ↓たとえばこんなん

社会脳

・・・が、紹介されていて、
定型発達者とASD(自閉スペクトラム症)の比較をすると、体積の違いや血流の違いが分かるそうで、
結論的に、ASD群において「社会脳」療域の体積低下がみられる、とか、
定型発達群においては、動的表情に対して広く「社会脳」領域が活動する、とか、
難しい説明が続きました。
ただ、それらの説明に際して、実験の内容、たとえば、「動的表情」云々というのは、
被験者に「動く表情~笑う、怒る、泣くなどの動画」を見せた場合と「静止した表情、つまり写真」を見せた場合の違い、
ということで、
実際にこんな表情を見せました、と、スクリーンに示してくれて、分かりやすかったです。
私自身は、一応、定型発達の方に分類される?からか、
確かに、動画を見る方が自分の脳が反応してるなーという実感(これは関係ないかもだけど)があったりで、
同じものを見ている時にも人によって感じ方が違うんだ! と、改めて考えさせられました。


「表情の知覚」というときに、
動きのあるものに定型の人が強く反応する、というのは、次を予測する機能と関わっていて、
ASDの人たちは「変化の先が予測されないともいえる」という説明のあとに、
(そのため)「他者の行動や感情への準備が遅れる、円滑なコミュニケーションが阻害される」
とありました。
まあ、これは実験結果であり、
日常経験的に、まずは相手の「表情」を見ない(見れない)って方が問題な気もするんですが。
これも、説明に納得、でした。


おもしろかったのは、「パラノイア尺度」という概念。
メモによると「なんとなく、他の人や物に対して”感情”を感じやすい程度」のことだそうです。
「これが高いほど強い表情を見た、と思ってしまう」、
また「先読みしすぎる人は強く反応する」 とも、メモってありました。
逆説的ですが、さっきの「先が読めない」特性とともに、「先を(間違って)読み過ぎる」傾向が
実体験上、娘にはあるような気がするので、
その分、「強い」感情の記憶に結びついてしまうんじゃないかなぁ・・・
それと、無生物に対しても人格(感情)があるように思ってしまう傾向が強いのは、
この尺度が高いってこと?・・・という疑問は未解決のままですが。
娘と話していて、いつもすれ違ってしまうのは、このあたり=無生物と生物をごちゃまぜに認識している、
なので、興味のある内容でした。


あと、「表情認識」の実験の選択肢として《基本6情動》が書かれていて、
それが「怒り」「嫌悪」「恐怖」「幸福」「悲しみ」「驚き」の6つでした。
(え?え?「基本」、この6つなの?
「幸福」以外、どれも不快な感情に近いじゃん!人間の情動ってそんなにネガティブなの~~?)
とか、思ってしまいましたが。
資料のグラフを見ると、
初めの3つ(怒り、嫌悪、恐怖)の正答率が定型でもASDでも特に低めで、
全体に、「幸福」以外は区別しにくい、という結果になっていました。

記憶の中に「幸福」が残りにくくて、他のマイナス感情が知覚されやすいと、
生きていくのは辛いだろうな~。


話が長くなって、ますます面白くなくなってきたかも(汗)。

市民公開講座では他にもたくさんお話があったので(デイケアや作業療法に関すること)
もう1回くらい続けて書くかもしれませんが、これで終わりにするかもしれません、
曖昧なことですみません。


ふー。
でも、話を聞いたことを振り返ってまとめ直すと、改めて勉強した気になるから
記事にして、個人的には満足です。(間違ったこと書いてたら責任重大!どきどき)
最後までお付き合いくださってありがとうございました。





未分類 | 11:29:45 | コメント(8)
映画「おみおくりの作法」
京大での市民公開講座の続きを書くつもりでしたが、
喪中葉書を準備していて、どうしても見たくなってツタヤで借りた映画を見てしまい、
強く心動かされたので、その話を先に・・・

「おみおくりの作法」予告編



ストーリー説明(ネタバレ)がありますが、一番感動したラストシーンには触れられていないので、
朝日新聞のレビュー(沢木耕太郎さん)も紹介します。

「おみおくりの作法」 孤独な死を送る男 最後の旅


上記で、残念なのは邦題、と述べられているように、
原題「Still Life」(もの静かな人生) の方がいいなぁ~、と、私も思いました。


22年間黙々と仕事(身寄り不明のまま死亡した人への対応)をし続けた主人公がリストラされることになり、
最後の一人の「おみおくり」を、「仕事」の枠を越え、私財をなげうってまでやり遂げようとする、
その想いが実現した・・・さらにその先に、過去彼が弔ってきた全ての『孤独』な人たちの姿が重なる、
ラストシーンに胸が詰まって、静かな音楽とともに、主人公の静かな人生を思って涙がこぼれそうになりました。

「葬儀は生きている人のためにするものだ、死者に想いなど存在しない(=さっさと火葬でOK)」と言い切る上司に
「そう考えたことは一度も(ない)」と静かに答える主人公。

天童荒太さんの著作、「悼む人」も思い出しました。


さらにネタバレになりますが、監督さんへのインタビュー記事を読むと、
英語には「孤独死」にあたる言葉がないんだそうで(孤立死、と言う?)、考えさせられました ↓

インタビュー「ウベルト・パゾリーニさん」(「おみおくりの作法」監督・脚本・製作)


父が亡くなって半年余り。
同居していたわけではないので、
実家の親族の日常的な「喪失感」と比べると、時折思い出して寂しいねーと娘と話す状態ですが、
何故だか?しょっちゅう、夢に出てきてくれます。

この映画の主人公と、少し似たところがあるような気がして・・・
(仕事に対する姿勢、人に対する姿勢、静かな人生、というところで)
その分、この映画に対する思い入れが強くなったのかもしれません。

もし、機会があれば、ぜひお勧めしたい映画でした。
今日はこれで。




読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 17:18:41 | コメント(14)
医学的アプローチ~京大・市民公開講座に参加して
所属している自閉症協会から案内が送られてきたので、
申し込みをして参加してきました ↓

京大講演会 CCI20151122_0000

午後からだったので、昼前に息子と待ち合わせて、アンスティチュ・フランセ関西へ。
パトカーとお巡りさんが見守る中、館内のレストランに向かいました。
扉にはオランド大統領のメッセージと共に「入館者の持ち物チェックに協力を」との貼り紙も。
入口入ってすぐ、左右の机の上には花束がいっぱい
私も一言、記帳させていただき、美味しいサラダとパンとコーヒーを堪能してから、
息子と別れて会場へ向かいました。


今回の市民講座は、人間健康科学系専攻主催で毎年行われている講座だそうですが、
申し込みは例年の倍以上。満席のため当日参加不可、という状態で、
それだけこの分野への関心の高さが伺われる、との説明でした。

最初に、専攻長の方が挨拶されてから、十一元三先生からの概要説明!
うーん、来た甲斐があった~~

続いて、講演2本とシンポジウムの提案5本のあと、会場からの質問も含めて討議をして、
予定時間を30分オーバーして終了しました。


医学的アプローチの話だったので、難しくてうまくまとめられませんが、
この講座に先立って、昨年秋に発足した「発達障害支援医学講座」の概要について、
十一先生は「研究、臨床、社会貢献、が3つの柱です」と言い切られておられました。
そして、「脳科学から」「認知心理学から」「児童精神医学から」それぞれ発表がなされました。

MRI画像やグラフが多々紹介され、実験の様子や結果の説明から、
「社会脳」と言われる分野に機能的問題があることが指摘され、
改めて、へえ~え~ふ~ん~そうなの~、と、ビックリ、感心、という感じの報告がありました。


発達障害、の概念はかなり広いので、
「自閉症」ではないけれど、「発達性協調運動障害」というものがあり、
ハリーポッター役で有名なダニエル・ラドクリフさんが自己表明しているとのこと。
ハリーポッター harry-potter

彼は、靴紐が結べないとか字が下手とかいうことで厳しい体験をしたそうです。
協調運動障害=不器用、ということで、これは「隠せない」障がいなので、
とりわけ幼児期年少期にそうである=「他者から見られる」ということは、
いじめの原因になったり、自己肯定感の低さに繋がったりする、と。
うちの息子も、体育が極端に苦手で、苦しんだ小学校時代を思い出しました。
「運動会」という行事に対する評価も話に出て、私は内心拍手してしまいました。

また、両手を同時に操作することの困難さについて、
色の違うカップを右左逆に重ねておいて、両手で交互に元に戻す、
という実験では、定型発達の子どもが両手を同時に使って操作するのに対して、
発達障がいの子どもは、右左ひとつずつ交互に移動していく様子が分かり、
日常何気なく行っている動作の中にも困難性が潜んでいることに気づかされました。


まだまだ深い内容があるので書き尽くせませんが、
この講座に参加できたのも、留守番を任せられた夫とナカリの頑張り有ればこそ、
と、感謝です

また、少しずつ、発見したことや感心したことを、改めて書き足していきますね。
とりあえず、いったん今日はこれで・・・





未分類 | 00:50:48 | コメント(2)
12月の障害者週間を前に・・・
しばらく、ナカリの作品を載せてなかったなあ~と思って過去記事を見直していると、
横からナカリが「何載せるの?」

イラストの新作が、まだまとまってないので、
中3の時に書いた「障害者週間」のポスターを載せることにしました。

プロフィール画像にポーちゃん(緑の帽子)と一緒に載っているポリー君(白)が、
この時から活躍していますね。
「笑顔を大切に」 そのとーりだね^^


障害者週間 110117_221029




ナカリの作品 | 23:21:06 | コメント(14)
雨の日にバスと電車に乗るということ
今日は娘のカウンセリングの日でした。
あいにくの雨のため、親子それぞれ傘をさしてバス停へ。
電車に乗りかえて、降りてから少し歩いて先生の所へ。

たったこれだけのことですが、
人混みの中を、
イヤホンをしてうつむいて歩く娘と腕を組んで盲導犬のように歩く私にしたら、
雨の日のカサほど邪魔なものはない・・・!
でも、無事に行って来れました。

対人恐怖が強かった時にはタクシー以外考えられず、
雨の日はそのタクシーもなかなかつかまらず、
友人にSOSの電話をして、途中まで急きょ車で迎えに来てもらったのを思い出しました。
その時のことを振り返ると、落ち着いたなあ…


「普通」の人が当たり前に出来ること、人込みの中を難なく歩くこと、
それって実はすごいんことなんです。

電車のホームを歩ける。
バス停で並んで待てる。
ほんとに落ち着いている。
感慨深かったです。

帰宅してから、絵を描いていた娘が、ふいに、
以前海外ドラマで聞いたカーペンターズの「遥かなる影」をリクエスト。
探し出してCDをかけてやると、携帯で録音して何度も聴いています。
きょうもまた、「何でもない一日の積み重ね」だったかな
感謝~。




子どもの日常 | 18:30:11 | コメント(4)
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