2015-09-09 Wed
ひとつ前の記事へのコメントで ponchさんが当事者の立場から説明してくださった言葉が、ずっと残っています。
積み重ねてきた足場の確実さ、みたいなものが無くて不安定・・・
という「感じ」が、娘の様子を見ていて分かる気がしました。
週末の帰省から戻ってみると、娘と夫の間にすれ違いが。
↓
目の色を赤く加工した自分の写真を、父に「不気味(なくらい雰囲気が出てる)」と言われた、
というのが原因とのことで、娘はそれを「悪口」だと受け止め、「ショックやった」と言い、
夫が「表現が悪かっただけ」と、何度訂正しても、娘が話を蒸し返しては憤り、
「子どもの悪口を言う親なんて!」と、夫の肩を持つ私も含めて親二人に暴言が止まらず、
少し落ち着いたかと思うと、また同じことの繰り返し。
今までにも何度も同じ経験をしてきたけれど、この、「繰り返し」「一からやり直し」には
こちらの気持ちが萎えてしまいます

そんなとき、「過去と現在がごちゃまぜ=マーブルケーキ」という説明に、
ああ、そうか、「今じゃない」んだけど、彼女にとっては「今」再度ショックで傷ついているんだな、
と、だから繰り返しこちらを追及する、謝罪を求める、決して終わったことにはならない、んだな、
と、妙に納得・・・、それでも、悲しいし辛いです。
記憶のシステムの違いについて、違いの概要は分かるんだけど、
そのすり合わせ、という実践的な部分でのノウハウについて、まだまだ良い方法が見つかりません。
定型発達範疇に入る自分としては、娘から投げつけられた言葉や態度に傷ついた「過去」は、
消えない「過去」として刻まれるので、何度も上塗りされていくことで傷が深くなります。
異文化間の交流は難しいですね・・・。
他の当事者の方の書かれた内容などを見ながら学習中です。
あと、予定表(スケジュール表)はヒットでしたが、同時に「あそぶ切符」も復活して、
「今週は、遊ぶ切符、いつ使える?」という(ワクワクキラキラな目をした)追求

いつまでも親子で遊べることはありがたいような、
でも、これがいつまで続くんだろう的な気持ちで、親子巣篭り脱却計画を必要とする複雑な心境です。