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Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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有名なエッセイ 「オランダへようこそ」
「子どもが親を選んで産まれてきてくれた」という気持ちについて、
先に書いた記事 「ダウン症と自閉症…」 の続きです。
引き続き長い記事になりますこと、最初にごめんなさい



タイトルは、
ダウン症の子どもさんがいるエミリー・パール・キングスレーさんが
1987年にパンフレットの形で書かれた「オランダへようこそ」

この文章に初めて出会ったのは、
前回の記事に載せた「天国の特別な子ども」の全文 を知ったのと同じ頃でした。


以来、母子通園施設の同窓会で他のママたちと一緒に読んだり、
初めて参加された若いママさんに出会う度に紹介したり…。


10年以上前にパソコンで検索して出てきたサイトは二つ三つほどでしたが、
今回検索してみてびっくり
実にたくさんのブログやホームページで紹介されていて、
「フォアミセス」という大人向けコミック雑誌にも掲載されていたことも知りました。


その中で、私が昔見つけたサイト(2002年~)が今でもきちんと運営されていて、
ほとんど当時見たままのレイアウトで残っていたので、懐かしく、ご紹介します。

「絵カードのおうち」

上記サイト左側の「オランダへようこそ」をクリックすると全文が読めます(オリジナルレイアウトで)。

翻訳は管理人の「だりママ」さんご自身(ニュージーランド在住の自閉っ子母さん)がされたもので、
自閉症の場合は…という内容が「追記」として書かれていて、共感したので、
他のママたちに詩を紹介するときには、この記事をプリントしていました。


ほんとは原文を載せて自分で訳せたら一番いいんですが
検索したら他にもたくさんの翻訳が出ているので、
ここでは上記「だりママ」さんの訳と追記を転載させていただきます。

ーーーーーーーーーーーーーーー

「オランダへようこそ!」

------障害のある子供を育てるのって、どんな感じなの?と聞かれる時があります。
このユニークな経験の無い方々にちょっと想像してもらおうと思って書きました。-----

赤ちゃんが生まれるのを待っている時って、
一生に一度の豪華イタリア旅行を計画してるような気分。
たくさんのガイドブックを買い込んで、どんな事をしようかと計画で頭がいっぱい。
楽しくて、楽しみで、とても幸せな気分。

ちょっとした会話の本まで買っちゃって、イタリア語での挨拶も覚えようとしたりして♪
豪華ホテルってどんなかしら?
美味しい食事も楽しめそう。
どんな服を着ていこうかしら?
夢は膨らむばかりです。
周りの友達も一人ずつイタリア旅行の計画を立ててるわ。
情報交換して思いっきり楽しまなくちゃ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

数ヶ月が経って、ついに私たちの順番が来た♪
カバンにいっぱい荷物を詰めて飛行機に乗り込む。
計画も完璧。あとは現地に着くのを待つだけ。
飛行機がとうとう着陸態勢に入って、ドキドキする。

スチュワーデスのアナウンスが流れてくる。

「オランダへようこそ♪」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・???

(オランダですって??)
(オランダって、いったいどういうことよ??)
(私はイタリアへの旅にサインしたのよ??)
(イタリア旅行をずっとずっと夢見てきたのに!!)


でも、何かの手違いで飛行機はオランダに着いてしまった。
変更も出来ないらしい。
こうなったらオランダで過ごすしかないみたい・・・・。

大事な事は・・・。
飛行機は無人島でも、気持ちの悪いバイキンだらけの環境の悪い所に着いたわけでもないってこと。
ただ、「ちょっぴり違う場所」ってだけ。

サァ大変だ。
私は慌ててオランダの観光案内を買い込む。
計画していた時とは違った言葉も覚えなおして。
今まで会った事の無い人達の中に入って・・・。

ここは違う場所。
イタリアよりペースはゆっくりとしているようだわ・・・。
イタリアほど豪華な所でもないみたい・・・。
あんなに一生懸命に計画を立てたのに。
「一生に一度の豪華旅行」のはずだったのに・・・。

でもある日、ゆっくりと胸に空気を吸い込んだら・・・・。
素敵な風車が目に付いた。
綺麗なチューリップが目に付いた。
あら、レンブラントっていう素敵な絵を描く画家も居たのね。
ちょっとずつ、オランダを楽しめるようになってきた。

周りの人たちはイタリア旅行の話で盛り上がってる。
「あそこは素敵だったわねぇ」とか「あら、こんな場所もあったわよ?」とか。
みんなとても楽しんできたみたい。
みんなの話を聞きながら私は思う。

「そうよ。私もそこに行くはずだったのよ・・・・。」


「イタリアに行く」という夢が破れたショックと痛みは永久に消えないでしょう。

でも、「イタリアに行けなかった事」をいつまでもウジウジと考えていたら
オランダの素晴らしい風景や文化を楽しめなかったでしょう。

みんなとは違う土地だけど、
私はオランダを思い切り楽しんで、そして大好きになりました。

オランダへようこそ!


---追記---

何度読み返しても、「私もその場所へ行くはずだった」の所で涙目になってしまいます。

ところで、これが自閉症の子供だった場合、
「イタリアだと信じてたのに、実はオランダだった。」(゜ロ゜;)
とか
「え?イタリア?オランダ?一体どっちなのよ?」
とか
「ここはイタリアよね?オランダだって何度か言われたけど、私は信じないわ。だってこんなにイタリアぽい風景だもの!」
とか…
実は自分はオランダに居るっていう事を認識するまでに時間がかかりますね。
そしてさらに
オランダである事を認めるにも時間がかかっちゃいますね。

どのような障害であれ、それが分かった時の親のショックは同じだと思います。
どっちが大きいとか、苦しいとか、という意味ではなくて、
「オランダへようこそ」と親達が言えるようになるまでの過程がちょっとだけ違うかな、と感じたので
追記させていただきました。

ーーーーー(転載以上)ーーーーーーーーーーーー


読み返してみて、同じ「ようこそ」でも、
前回の、赤ちゃんに対する「ようこそ、この世界へ」という呼びかけのニュアンスとは違うなと感じました。

この呼びかけは、子どもたちを迎え入れる親に対してのもの。
そしてその趣旨としては
「天国の特別な子ども」で語られている様な「親としての使命(覚悟)の認識」に近い・・・

(自分たちを選んでやって来てくれた)子どもをどんな風に迎え入れることが出来るか、
その子とどんな人生を共に歩んでいくのか。
人それぞれ、情況によって受け止め方が違う詩だろうなあ、と改めて感じました。


そして今回検索していたら、もうお一人、
「カイパパ」さんとして有名な自閉っ子父さんのブログにも

「オランダのチューリップ」という記事

を発見!

ここで紹介されている、いろんな人の言葉の中で、

>せめて先に住んでいる者は
オランダにもっとたくさんのチューリップを植え続けなきゃなって思います。
自分たちのためだけにでなく。(あき母さん)


や、

>半分はみんなの子どものために
半分は自分の子どものために(明石洋子さん)


や、

>複雑な思いを、抱えながら、僕たちは歩いていく。
それでも、チューリップ、植えましょう! 赤、白、黄色♪
飛行機からも見えるくらいたくさん。(カイパパさん)


に、心を動かされました。

ひとつの詩から、いろいろな人の想いがいろいろな形で表現され、分かち合われ、
我が子だけでなく、たくさんの「子どもたち」のために、少しでも生きやすい世界にしていかなくちゃ…
そんな親の切ないほどの愛が伝わってきて、なんか改めてじ~ん





・・・で、その著者のエミリー・パール・キングスレーさん。


オランダへようこそ著者 xt53vwcw

今回の検索で、彼女が、
アメリカの子ども向けTV番組「セサミ・ストリート」でエミー賞を受賞した作家でもある!
と、初めて知りました。

>自身がダウン症の母親でもあるエミリー・パール・キングスレーは、
障害者への否定的な固定概念を変えるために長年、尽力してきました。
障害をもつ子供を取り上げた本やTVドラマの脚本もいくつか手がけました。
「セサミ・ストリート」にも障害をもつ物を登場させました。
自分の息子のエピソードも多くの場面で登場しています。
(ニュースソース: Television Writer to Discuss Diversity in “Sesame Street” )



とのことです。
これにも感激。
まだまだ知らないことばかりでした。



この年になってまた改めていろんな発見をさせてくれる我が子の存在を、
愛おしいと思い続けていられますように。




この記事、続きとして、「ベイルートへようこそ」の翻訳にチャレンジ、と思っています。
(まだ続くの?
少し手間取っていて、次の更新まで時間がかかるかも・・・すみません。






読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 22:55:11 | コメント(4)
ジャミロクワイで英語学習・・・
前回の続きの記事を書く前に、娘が気に入って聞いている音楽を・・・


カップヌードルのCMに替え歌が使われて有名になったそうですが、
オリジナルのミュージックビデオを見ていると不思議な感覚で目が離せません。
まわりの壁の方を動かして撮っているそうですが、オドロキの画面構成です
どんな歌詞なのか気になって検索してみたら、硬派の(社会批判の)内容で、それもまたオドロキ。

和訳は英語からの翻訳なので、いろんなバージョンがありましたが、
「僕たちが生き方を変えようとしなくちゃ、だっていつも取り上げるばかりで与えないから」とか
「見ていられない、半分は僕たちが犯した罪だから、そろそろ僕たちが何とかしないと」とか
最後、小声で歌っている「でもその現実の狂気の中で暮らしている僕たちは、そもそも正気なのか?」
という訳がしっくりきたので、ユーチューブでの英語対訳の歌詞画面も一緒に載せておきます









で、このバンドは、他にも社会派の楽曲をたくさん出しているみたいで、
地球環境の問題をいろいろ取り上げたり、
湾岸戦争への反戦歌「Too Young To Die」で政治家を痛烈に批判したりしているそうです。
娘も最初は曲が気に入って聴いてただけだけど、歌詞にも興味を示してくれるようになりました。

ひとつ前の記事に関連するところで言うと、
同時多発テロをきっかけに生まれた、次の曲 「(Don't) Give me hate a Chance」が、
違うものを排除する→憎しみや差別が生まれる→戦争につながる、という構図を、
可愛いキャラクターで表現したプロモーションビデオで歌われていて、
親子で何度も一緒に見てみました。
ナカリ「いい曲やねぇ」




ジョン・レノンの「Give Peace A Chance」を意識した題名 「(Don't) Give me hate a Chance」は、
( )が付くか否かで正反対の意味になるあたりが意味深なタイトルと言われているそうです。
この歌詞の翻訳はなかなか見つけられませんでした
ちょうど訳あって、英語学習をがんばろう~! と思い立ったところなので、
リンク先のすみさんの翻訳に対する真摯な思いの記事を読むと、
半分躊躇してしまいつつ…ですが(汗)、原文の紹介と意訳にチャレンジしてみます
でもきっと、めちゃくちゃ間違ってると思います、すみません
正しく直していただけたら助かります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Why can't we be together
Can't you love me, don't hate me
I don't see why can't we live together
Baby we can get it on
Maybe we can get along
Assure me, oh destiny
There's a cold streak living inside us
There's no rainbows, just bullets and bones

なんで僕らは一緒にいられないのかな?
僕のこと好きじゃなくても、嫌わないでよ
なんで一緒に生きていけないのか分からないや
ねえ、今からだって始められるし、
多分上手くやっていけるよ
安心させて、運命よ
僕らのうちには冷たい傾向がある
虹じゃなくて銃弾と骨がある

And if you wanna rise up
We can make this hate stop
Now, don't you wanna rise up?

もし君が立ち上がろうとするなら
この憎しみを止めることができる
ねえ、立ち上がろうと思わないの?

※We've been giving hate a chance
We got all this love to give, you know
And my love will be running out for us
Can't you feel that there's a life
That hope that we can still survive
As the wind carries every different way

僕らは憎しみにチャンスを与えてきた
僕らの持ってる愛はすべて与えるための愛なんだよ、分かるでしょ
そして僕の愛は僕らのために使い果たすよ
命がそこにあるんだって感じない?
風が全てを違う風に運んでくれたら、
僕らにはまだ生きのびる望みがあるって

So why do we see these colours
It's only skin deep, don't mean a thing
So clear, I don't need this with or others

肌の色がそんなに問題?
ただ肌の色が濃いというだけで、特に意味はないだろ
はっきりしてるのは、僕にも他の人にとってもそれは必要ないってこと

Can't you see its killing us
Can't you see its killing us
Can't you see its killing me
Trigger happy fantasies
So stand up and be so strong now
Freedom is not so far away
If you know you wanna rise up
We can make this hate stop
Now, don't you wanna rise up?

僕らの命が奪われてるのが見えない?
僕らの命が奪われてるって分からない?
僕の命が奪われてるって気づかない?
空想上の平和を呼び起こしてよ
立ち上がって今こそ強くなろう
自由はそんな遠くにあるわけじゃない
君がもし立ち上がろうと思うなら
この憎しみを止めることができる
今、立ち上がろうと思わない?

※くりかえし

The wind carries every different way
The wind carries every different way
Every different way

風はなにもかも違う風に運んでくれる
風はなにもかも違う風に運んでくれる、
なにもかも違う風に

Now you've been taking
Our dignity for too long
I want to save this certainty that we hold
And who's right and who's wrong
We're not so different anyway
Words are in this song
Can't we stop the fighting? 'cause

ねえ、君らずっと奪い続けてきたよね、
僕らの尊厳をさ、そりゃ長すぎるくらい
僕は僕らが持ってるものをはっきり守りたいんだ
そして誰が正しくて誰が間違ってるかってこと
どっちにしたって僕らそんなに違わないよ
この歌の中に言葉があるだろ
だから僕ら戦うことを止められないかい?

※くりかえし

※※ Don't give this hate a chance
We got all this love to give, you know
And this tree of life will still survive
Until no more people have to cry

憎しみにチャンスを与えないで
僕らの持ってる愛はすべて与えるための愛なんだよ、分かるでしょ
そしてこの命の木は生き残るだろう
これ以上人々が泣かなくてすむようになるまで

※※ くりかえし

※※ くりかえし






読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 06:49:09 | コメント(6)
ダウン症と自閉症と…「いろんな ちがう」
リンク先の、「『和』の時代(とき)へ」の「あなたはどう思う?」という記事へのコメントに
「天国で会議が開かれました…」という詩 について書きました。

その後、いろいろと考えたことを、自分のブログで書いてみたい、と思います。
(真知子さん、きっかけをくださってありがとうございます。)



娘の保育所時代の幼なじみや、小中学校の支援学級で一緒に過ごしたお友達に、
何人もの「ダウン症」の子どもさん達がいます
また、21番以外の染色体に起因する障がいをもつ娘さんを出産した友人から、
「染色体異常」という表現ではなく「染色体起因障がい」という表現を教わり、
その親の会 Four-Leaf Clover(略称 FLC) についても教えてもらいました。
(FLCのHPを見ると、ダウン症以外にも様々な「希少」と言われる染色体起因障がいがあることが分かります。)
重度重複障がいを抱える娘さんがいながらも「(親の悩みや苦しみに)重い軽いはない」と、
私がまだトンネルの中にいた頃に伝えてくれ、想いを寄せてくれたのも、その友人でした。

そうやって、
「染色体起因障がい」の子どもさんがいるご家族のあたたかさや、ふところの深さに支えられてきたので、
日本ダウン症協会が発行している「ようこそダウン症の赤ちゃん」という本
最後のページに記されていた下記の詩と、書籍冒頭の解説には、特別な思い入れがあるのです…。

この詩の一節を初めて知ったのは、
聴覚障がいを持つ子どもとその保護者の姿を描いた「どんぐりの家」という山本おさむさんのマンガ
を読んだときで、その際にも、こみ上げる思いがあって涙を流したのでしたが、
「ようこそ~」の本で、全文を読むことができました。

ようこそ 41Y7ERN0WDL




以下、長くなりますが、転記してみます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「天国の特別な子供」


会議が開かれました。

地球からはるか遠くで

“また次の赤ちゃんの時間ですよ”

天においでになる神様に向かって 天使たちは言いました。

“この子は特別な赤ちゃんで たくさんの愛情が必要でしょう。

この子の成長は とてもゆっくりに見えるかもしれません。

もしかして 一人前になれないかもしれません。

だから この子は下界で出会う人々に

とくに気をつけてもらわなければならないのです。

もしかして この子の思うことは

なかなか分かってもらえないかもしれません。

何をやっても うまくいかないかもしれません。

ですから私たちは この子がどこに生まれるか

注意深く選ばなければならないのです。

この子の生涯が しあわせなものとなるように

どうぞ神様 この子のためにすばらしい両親をさがしてあげてください。

神様のために特別な任務をひきうけてくれるような両親を。

その二人は すぐには気がつかないかもしれません。

彼ら二人が自分たちに求められている特別な役割を。

けれども 天から授けられたこの子によって

ますます強い信仰と豊かな愛をいだくようになることでしょう。

やがて二人は 自分たちに与えられた特別の

神の思召しをさとるようになるでしょう。

神からおくられたこの子によって。

柔和でおだやかなこの子という授かりものこそ

天から授かった特別な子供なのです”


Edna Massimilla  作
(大江 祐子 訳)
「ようこそダウン症の赤ちゃん」より



ようこそ、この世界へ



お誕生、おめでとう。 はじめて見る世界はまぶしいでしょう? 

今、お母さんのおなかの中から出てくるという大仕事をなしとげて、

安心して眠っているのでしょうか?

あなたには、「ダウン症」という形容詞が与えられることになるでしょう。

あなたには、まだわからないだろうけど、

世の中の人たちは「ダウン症」という言葉に「知的障害」とか

「かわいそうな子」とか、「不幸な子」なんていう言葉を重ねたりします。

だから、もしかすると、あなたのお母さんは今ごろ、

声を殺して泣いているかもしれません。

お父さんは、そんなお母さんにかける言葉もなく、

立ちすくんでいるかもしれません。

もしもあなたがたった今しゃべることができたとしたら、

こんなふうに言うかもしれません。

「やめてくれよ。どうしてぼくが生まれると、みんなが泣くのさ」 

その通り。私たちは、そんなあなたに心から

「ようこそ」と言いたくて、この本を作りました。

この本の中には、あなたの仲間が100人出てきます。

私たちは、かつてあなたと同じように、かわいい子どもを授かって、

その子が「ダウン症」であると言われた父親や母親であり、

あなたとともに育ったきょうだいたちです。

私たちは、あなたと同じ「ダウン症」の子どもとの出会いを通して、

人は必ず誰かに支えられて生きているのだということを学びました。

あなたと同じ「ダウン症」の子どもと暮らす毎日を通して、

誰にでも誰かを救う力があるのだということを

信じられるようになりました。

そして「ダウン症」の子どもなら生まれてこないほうがいい、

と思っているたくさんの人たちに、

私たちの暮らしが、どんなに「普通」の暮らしなのかを

知ってほしいと強く感じるようになりました。

あなたのお母さんは今も泣いていますか?

お父さんは、今も困り果てていますか? 

私たちは、自信をもって言うことができます。

あなたが「ダウン症」だと聞いて涙を流したり、

言葉をなくしたりするのは、

ただただ「ダウン症」のことを知らないからだけなのだ、と。

あなたの名前は何というのですか? 

何も知らない人たちは、あなたのことを「知的障害児」と呼ぶのでしょうね。

ちょっと理解している人は、「ダウン症児」と呼ぶでしょう。

でも、それはどちらも ちがいます。 あなたはあなた。


あなたは自身の名前をもった

ただ一人のかけがえのない人。

そのことを知っている人たちは、あなたのことを名前で呼びます。

この本の中に出てくる人たちは、そのことを知っています。

これから何人もの人たちに勇気を授けてくれることになるあなたへ。

私たちは、心から呼びかけます。

お誕生おめでとう。 ようこそ、この世界へ!


1999年6月
玉井邦夫(日本ダウン症協会理事長)

ーーーーーーーーーーーーーーー


私自身は自閉症協会(全国、地域)の会員でもあり、
自閉症協会でも、さまざまな冊子を発行したり、社会に働きかけをしたりしているのを知っていますが、
一般書店で販売されている書籍としての知名度で言えば、
この「ようこそ~」の本に比肩するものはないように思います(違ってたらごめんなさい)。

そして、この最後の呼びかけの内容は、
ダウン症と自閉症という異なる障がいであっても、親の思い、というところでは重なる
という気持ちが強いので、ずっと、大切に持っている本です。


ただ、「特別な子ども」という表現に少しひっかるところはあって、
どの子も、ひとりひとり「特別」であることは変わらない、と思うのですが・・・。
(でも、それじゃあ、特別、という表現自体が成り立たない?矛盾してるかな?
→詩を一緒に読んで、その話をしたら、ナカリ「特別って、その人その人によるんじゃない?」
うわぁ、まいりました!)

また
「見える障がい」か「見えない障がい」か、というところで、
残念なことに、ダウン症と自閉症の保護者同士の関係が良くない場合がある、のも知っています。

私自身も、ダウン症ではない別の重度の障がいを抱える子どもさんのお母さんから
「ナカリちゃんなんか障害児じゃない!と言われた時のこと」という記事を書いたこともあります。

逆に「嬉しかったこといっぱい」という記事で、他のお母さんたちに力づけられた経験も書きました。



そんなあれこれの体験を含めて、
ナカリが描いた「いろんな ちがう」のイラストを改めて見返すと、
違ってるけど一緒、同じだけど違う、という複雑な思いがしみじみ伝わって、
「ちがい」を大切に、お互い尊重しながら、かつ、「共に」を目指していけたらな、
と思うのです。
そして、素直に、ナカリの親で居ることができて良かったなあ、とも


・・・話が少しずれてきましたが、
書きたかったのは、「子ども達が、親を選んで産まれてきた」という「感じ」が、
私自身も実感したことがある気がする
我が子たちに会うために私は産まれてきた、と思ったことがある
ということで、
その時のことを思い出しながら、
「天国で会議が開かれました…」の詩について触れた、ということでした。


長くなってしまったので、今日はここまでにして、
また続きは改めることにします

読んでくださってありがとうございました。






読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 22:56:46 | コメント(6)
こんな日が来るなんて・・・
良い意味でも悪い意味でも、そう、思ったことは今までに何度もあります。

もういつ死んでも悔いはない~と感謝いっぱいになった時もあれば、
何でこんな目にあうの!と、悔しさや苛立ちや悲しみでいっぱいになった日も。


上がったり、下がったり、気持ちって勝手なもんだなあー、と自分でも思いますが


今日は、仕事帰りに駅で電車を降りて空を見たとたん、真っ赤なゆうやけに「うわぁ!」
思わず娘に電話して、「空!空、見てごらん」と言ってしまいました。
「外、出なくていい?」
「ベランダからでいいよ、どんどん日が沈むから、お母さんが家に着くころには暗くなっちゃう~
綺麗だから、今、見て!
携帯を持ったまま階段をトントン昇る音・・・ 「ほんとや、きれい! 写真撮ろうかな?」

そう言って、携帯で撮ってくれたのがこの写真です ↓

ゆうやけ2

ゆうやけ1



ほんの数分の間にどんどん変わっていく風景。
その一瞬一瞬を、一緒に見たい!と思えたこと、
その気持ちを娘が自然な形で受け止めてくれたこと、・・・に、一人ひそかに感動。


俵万智さんの、「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ、
を思い出しました。


期せずして?自分の鬱体験について明記してしまいましたが、

発作的にどこでもいいから電車に飛び乗ってどこか遠くへ居なくなってしまいたくなった時のことや、
地下鉄のホームから線路の方に吸い込まれるような気分になって必死でダメダメと留まったことや、
とにかく何も(飲むのも食べるのもトイレも)する気になれず延々と横たわって脱水寸前になったことや、
娘の一挙手一投足にピリピリと緊張が走って、ほとんど眠れず、こわいこわいと思い続けた日々や…

思い返すと、またこうして穏やかで平和な時が戻ってきていることに、希望を見出します。


今が辛くて苦しくて、しんどくて、「渦中」にいる人は、ブログを見ることも書くこともできないと思うけれど、
いつかきっと、・・・と、希望だけは握りしめて、生きていて欲しい。

「私なんか産まれなければ良かった!」「何で産んだのよ!」
と、泣き叫びながら暴れる娘を抱きしめて「ごめんね」しか言えなかった時もあったけど
今なら、
産まれてきてくれてありがとう、生きていてくれてありがとう、
という気持ちを穏やかに受け止めてくれると思う・・・


ありがとうでいっぱいな夕暮れでした。
明日も暑くなりそうだけど、みんなにいい日になりますように!







子どもの日常 | 22:11:56 | コメント(18)
主治医との信頼関係
一昨日の記事にたくさんの方がコメントをくださり、
応援していただける事に改めて感謝の気持ちがいっぱいです
ありがとうございました!



昨日、友人のサポートのおかげで
無事に本人も一緒に病院に行って主治医と話すことができました

本人は、
「(意に反して)入院させられた、保護室(鍵の部屋)に入れられた」という印象が強く、
ドクターに対する気持ちも揺れ動きを繰り返し続けています(多分これからも…)が、
昨日は穏やかな笑顔も出て、この間の様子を相談の結果、
減薬にチャレンジしてみることになりました。




些細なことかもしれませんが、

診察室に入ってすぐ「あら!今日も素敵なコーディネート!」と服装をほめていただいたこと、

「無理して顔見なくても大丈夫、先生にはちゃんとナカリさんの様子が見えてるからね」
と声をかけていただいたこと
(視線を上げるのが苦手で、今も相手の顔を見ることが難しく、本人もそれを申し訳ないと気にしています)、

「すごく成長してるね~」と、ほめていただいている最中に、
(でも今一番気になっている、怒りや興奮=失敗のきっかけになる)「嫌な女子・・・(がいる)」とポツッと出た一言を聞き逃さず、
「相手に二度と会わないとか、会う、とか、関わり方を決めることができるのはナカリさん自身」
「嫌な人は知らな~い、関係な~い、と、ほっといて大丈夫」とキッパリ答えてくださったこと、

いろいろ話し終わった後で
「今日は何か見せてもらえるものはないかな?」と、本人の作品に関心を示してくださったこと
(待合室でもずっとイヤホンで音楽を聴きながら自分のノートや絵を見続けており、作品を持ち歩いているのをご存じなので)、

などなどが、本人にとって「ドクター」に対する安心感や親近感を増す材料・・・になった気がします。




その様子を横で見ていて、私も勉強になりました。

私自身、長く、軽~中程度の鬱状態で服薬中で、当事者半分?家族半分?な、感じなので、
精神(脳)の疾患に対しては「医療」ケア(特に薬物は、さじ加減)が大事!と痛感しており、
娘が主治医の先生と時間をかけて信頼関係を築いてこれたこと・・・
が、今回、しみじみ心強く感じられました。

現在かかっているのは思春期外来ですが、成人後も成人病棟で同じ主治医に診ていただける、
という安心感もあって、助かっています。
焦らず無理せず希望を持ち続けて前向きに



いちにち、いちにち。
今日も皆さん無事でありますように! 







子どもの日常 | 07:34:06 | コメント(6)
発達障がいと精神障がいの鑑別・・・
今日は、仕事に出る前に、娘と言い争いになってしまい、
久しぶりに手も出されました
このところ、スモールステップで、少しずつ回復し、
以前可能だった日常のあれこれも再開できるようになっていたのに
繰り返される「こだわり質問」に私の方がキレてしまい、
冷静でいられなくなったのがきっかけです(反省)。
それで、無自覚のうちに自分自身のメンタルリミットがMaxを越えていたのに気づかされ、
こんなんじゃダメだ、何の支援にもなってない、むしろ本人を苦しめる対応しかできてない、
と落ち込みながら半日過ごしました・・・


にもかかわらず、娘の方が頓服服薬の後、私よりもずっと先に回復
仕事から帰宅する足どりが重く、かなり待たせてしまったのに、
実にけなげに対応してくれています

そんな中、友人がフェイスブックの「いいね」で紹介してくれた記事が目に飛び込んできました。


1年前の「保護入院」が娘にとってはかなりのトラウマになっていますが、
入院先が、幼少期から通い続けているところで、全国的にみても自閉症への専門的対応が可能な病院だったので、
「2次障害としての精神疾患の発症」ではなく、あくまでも「発達障がいの特性が著しく現れているもの」、
と、鑑別してもらえたおかげで、薬物治療も含めて、かなりしっかりしたフォローが可能だった、
と(私は)思っています。

そう思って振り返ると、この間の娘の様子は、入院前の切迫感に比べるとずっとずっと穏やかで、
私自身の精神的な追いつめられ方も、昨年の比ではありません。
・・・ということは、発達障がいだけでなく、
精神障がいを患う日々に、今まさに苦しんでいる方たちやご家族の思いやいかに・・・


以下、友人の「いいね」記事から転記します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『統合失調症と家族 ─当事者を支える家族のニーズと援助法─』 
モナ・ワソー著(金剛出版)

「本書は、重い精神の病(統合失調症やうつ病)の人の家族が、
その病気からどんな影響を受け、どんな思いを抱き、何を必要としているか
ということに焦点を当てた画期的な本である」と紹介されていたので、読んでみました。

著者のモナ・ワソーさん自身、精神障害をもつ息子さんの母親だそうです。

かなり学問的で難しく、読み進めるのがしんどい本でしたが、
ただ、著者が家族の気持ちとして書いている下記のくだりは、
私も当事者の家族として「あぁ、同じだなぁ…」と共感しました。
「専門家」の人たちには、家族がこういう気持ちでいることを知ってほしいと思います。

(以下、本書より)

私たち全員に共通する苦しみは、
重い精神の病をもつ人の途方もないつらさを和らげることがほとんどできないという点にある。

確かに、薬を使えば、たいていは一部の症状を軽減できる。
質のいい地域ケアがあれば、大半の人は閉じ込められずに済むことが多い。
重い精神の病について啓発すれば、悪いイメージを弱めることもできる。

でも、現実を見つめてみよう。
幻覚に苦しめられ、人と心を通じ合わせることができず、
不安にさいなまれ、絶望的なまでに孤立し、孤独感に襲われるということは、
重い精神の病をもつ人にとって壮絶なダメージである。

ただ、私たちにできることがないわけではない。
そのひとつが、長年にわたって味方でいつづけることである。
私たちの心の中にある部屋の大きさは、これまでとまったく変わらない。
何を言い、何をすればいいか、わからなくなるときもたびたびあるが、
愛するあなたを見捨てたわけではないのである。
そして、これからも決して見捨てたりはしない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・・・読みながら涙が出そうになりました。
「決して見捨てない」「長年にわたって味方でいつづける」
ただそれだけのことが、どんなに大切なことか。
そして、どんなに困難で、忍耐と愛情を必要とすることか・・・。


明日は2ヶ月ぶりの受診日なので、減薬に向けて相談するつもりでしたが、
もう一度、ドクターによく聞いていただこうと思います。

重たい内容になってしまってすみません。
明日、無事に行ってこれますように。






子どもの日常 | 23:32:38 | コメント(12)
帰ってきたヤマバト!
昨日、夫が「ハトが来てるよ」と言うので見てみると、
空っぽになっていた鳥の巣のまわりにハトが2羽!

父が戻ってきたような気持ちになって、思わずパチリ
観察していたら、巣の補修をしているのか?
それぞれ飛び立ってどこかに行っては戻ってきて何やらしている様子・・・

2羽いるよ~と、嬉しくて嬉しくて、窓から何度も確認しました。
(巣に座っているのと、巣のそばに立ってるのと・・・)

やまばとCIMG0040


今朝もクルックル~と、鳴き声が聞こえるので、見ると、居ました!
やはり巣の補修中みたいで、以前のようにじっと座っている・・・のではなくて、
1羽だけになったり、2羽ともいなくなったり、忙しく飛び回っているようです。

前回2週間家を空けた間に何があったか分からないままだけど
今度は卵を産んでヒナがかえって巣立つまで…様子を見ることができたらなあ~
と、楽しみに待つことにします










未分類 | 09:58:17 | コメント(8)
納骨式・・・と、疑似痛風
長い1週間でした。
台風が去って、セミの大合唱!、すっかり夏ですね

携帯でブログを時々のぞいてみてはいましたが、帰宅してパソコンから履歴を見て、
更新もできずにいたのに訪問してくださる方がいらっしゃったことに驚き、感謝です、
ありがとうごさいました


実家では、台風の隙間に、無事に父の納骨式を終えました。
キリスト教式のお墓は一般的には、なじみがないかなと思うので、紹介します。

墓 CCI20150719_0000

ピリピ3:20は、新約聖書「ピリピ人への手紙 3章20節」の意味で、
「私たちの国籍は天にある」という文章からひいたものです。

「おみず」を求めながらも飲食禁止のまま、口腔内を洗ってもらうだけだった父に、
たっぷりお水を持っていき、
ユリの花束を供え、終了後、花束は教会にもらっていただきました。

墓地は高台にあるので、眺めは良いです

墓からの風景 CCI20150719_0000


この風景の中、無事にお骨をおさめ、周囲の掃除をして戻り、
お香典返しの段取りをしながら、入院中の母を毎日見舞う1週間でした。

娘は、教会から墓地までの間骨壺をしっかり抱っこしてくれ、
お墓でも、叔父の手伝いをしたり、母の体を支えたりで、頑張りました。
また、この1週間の間に、なんと、叔母が誘ってくれた「外食」にも迷った末にOKし、
車で郊外の空いたレストランまで3人で出かけて一緒に食事することができたので、
私の方が驚かされました

気持ちの波はあるけれど、人との接点は確実に広がっているなと感じた帰省でした。



で、戻る前日になって、朝、足の親指付け根に痛みを感じた私。
午後、だんだん痛みが増して、これは・・・もしかして「痛風」と不安になり、
帰省を待たずに母の入院先の近くの整形外科を受診すると、
「疑似痛風」とのことで、注射と血液検査をしていただき、飲み薬をもらいました。

ネット検索すると、
「痛風は尿酸塩の結晶が関節に炎症を起こして発症しますが、
偽痛風はピロリン酸カルシウムの結晶によって起こる関節炎です。」
とのことで、
「ほとんどが原因は不明ですが、
加齢によって軟骨が傷んだ部分に結晶が沈着しやすいことも関係がある」そうです。
今年の1月に肘に石灰沈着が起こって、痛い注射で治ったので、2回目です。
うー、加齢による・・・って
折角の週末ジョギングですが、私はしばらくパスです
でも、痛みがとれてきたので、このあとも頑張って薬を飲んで、湿布薬を塗ります。

後半、自分の近況ですみません。
ナカリは元気です







子どもの日常 | 08:08:36 | コメント(8)
スモールステップ
娘が退院してから1年と少し。
週末の親子3人ジョギング が再開できて今日で4週目!です。

夕方、少し走ると山が近づいてきて、今年初めてセミが鳴くのを聞きました。
遠くにはモクモクと白い入道雲。
帰り道に田んぼをのぞくと、おたまじゃくしたちがサササーッと散っていく様子に、
あ~夏だなあ!と、(暑いけど)嬉しくなりました

白崎やよいさんのブログ 「他者と私と自閉症スペクトラム障害」の「生きることがつらい人向け・日々の生活スモールステップ集」
を読んで、とても考えさせられて思わずコメントしたのが5月のこと・・・

「外出の困難」を乗り越えて、サングラスをして人気のないところを…ではあるけれど、
親子で外を走れるようにまで回復して、本当に良かったと、
気持ち良い汗をかいた日曜日でした。

明日から、父の納骨のために帰省します
また、母の支えとしてのナカリの出番!です。
いっぽいっぽ、日常を大事にして前に進んでいきたいです。








子どもの日常 | 18:47:18 | コメント(6)
田中康雄先生監修の昔の本から・・・
以前書いた「大学での支援」の記事の中で、
北海道大学子ども臨床発達研究センターが翻訳した
「障害をもつ大学生を理解するためのハンドブック(冊子)」に感激して
北大にメールを送ったらお返事をいただいた・・・というお相手が田中康雄先生でした。

あんまり嬉しかったので、田中先生がうちの市に講演に来られると知った時には、
お忙しいところご迷惑も顧みず長々とお手紙を郵送してしまったくらいで・・・
(これはちょっと行き過ぎたと後から反省したのですが)
今でも心寄せる先生のお一人です。


その田中先生監修の、少し古い本(2004年刊行)
「わかってほしい!気になる子」を、
今日の親の集まりで、若いママさん達にご紹介。


ちょうど、我が子の事を、周りの人にどう説明するか?というような話が出ていたので…。
この問題は、年月を経ても、同じ悩みとして「分かる」なあ~と、しみじみ感じました。

若いママさん達に見ていただいたのは、本の中の
「クラスの子どもたちの理解を得るには」という部分。
ほかに、「クラスの保護者の理解を得るには」という記事もあり、
どちらも、
まずは「世の中にはいろんな人が生きている、みんなひとりひとり違う」と伝えることから!
という内容が書かれています。
「なぜあの子だけ?」という不満や不信を生まないためにも、
「ひとりひとり違っていて、どの子もみんな大切」ということが根っこになる、と。
また、大人の場合は、共感できる保護者同士のかかわりを大切に!
と締めくくられています。
そして、次の、「これからの保育のカタチ」という章では、
わかくさ保育園の実践、が紹介されています。

わかくさ保育園「個別支援教育」

娘が受けた「共生保育」は、これに近かった気がします。
娘のおかげで、私自身もいろんなことを教えてもらってきたんだなあ…



振り返ると、このブログを始めて半年過ぎました。

最初、
自分の遺言?として、似た体験をした人たちに何か残せたらなあ、というのと、
娘の作品の発表の場を作りたい、という気持ちで記事を書きはじめましたが、
私自身の好きなもの→自然や動物の写真、音楽や文学、語学、メンタル・福祉関係、郷土の話・・・
を探して、他の方のブログ訪問を重ねるうちに、
「発達障がい」というジャンルとは直接関係ない繋がりの中でも、
癒されたり支えられたりすることが多いのを、しみじみ感じています。

この本の中の高山恵子さん(当事者)のコラム
「バリアフリーの精神を伝えるために」
を読んで、その気持ちにピッタリくる気がしたので、少し書き写してみます。


>「バリアフリー」とは何も障がいについてのみに使われる言葉ではありません。
>…(中略)…性別や年齢間のバリア、国や民族間のバリアなどを取り除くという広い意味をも持ちます。「協力しあう」「相手のことを思う」というやさしい気持ちを育てることがバリアフリーの基本ではないでしょうか。
>…(中略)…日本で良く見られるバービー人形も、アメリカだと車椅子に乗った人形が見られます。また、日本ではまだ少ない、障がいをテーマにした絵本がアメリカではたくさん出版されていて、家庭や園でよく読まれています。このように、アメリカでは、国際理解、バリアフリーの感覚などを、あそびをとおして、小さい時から教えているのです。
>…(中略)…障がいに対する理解は、ゆっくり、じっくり求めていきましょう。すると、何かトラブルがあったときや、悩んだときに、共感を示した保護者が力になってくれるようになります。



もちろん、
障がい当事者の方や、ご家族からのメッセージはとても身近に感じられ、力づけられますが、
世の中には、いろいろな価値観がある!得意なジャンルがある!と感じられるたくさんのブログから、
世界を柔らかく受け止められる気持ちをいただいてきている気がします。
これは、最初予想していなかった展開で、自分の「力」になっているなあ、と思いました。

訪問してくださる皆さん、コメントをくださる皆さん、改めてありがとうございます


幼稚園や保育所、学校、という集団生活真っ只中!の、若いママさん達へのエールも含めて、
バリアフリー社会の実現に向けて、「できること」を少しずつがんばろう、と再決意した一日でした。
(田中康雄先生にも、ひそかに感謝







読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 19:38:47 | コメント(2)
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