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Author:ナカリ母
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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「いろんな ちがう」
今朝の朝日新聞「天声人語」に、
ホワイトハウスがレインボーカラーにライトアップされたことが書かれていました。
土曜、帰宅した夫が娘にその話をしていたところだったので、びっくり!

毎年、4月2日の世界自閉症啓発デーに、
各地でブルーライトアップが行われることは知っていましたが、
レインボーカラー(性的少数者の運動を象徴)のライトアップは、恥ずかしながら知りませんでした。

それで、
ちょうど1年半くらい前に、娘が描いた「いろんな ちがう」のイラストを思い出し、
この機会にブログで見ていただけたら、と、本人の了解を得てアップします。

このイラストは、当時、娘がお世話になっていたNPOが「ちがうってどういうこと?」
という講演会の企画を立てられた際に、その資料第1案としてナカリが描いた下絵です。
結局採用になったのは以前アップした「 Watashi 」シリーズの方でしたが、
これを没にしたままなのは残念だな~と常々思っていたイラストです。


ナカリ自身がパラレルワールドの中に創り出したキャラたちがたくさん登場しています。
「ちがう」ということについて、
当時の彼女がイメージした内容を、多彩な表情や動きで表現しているので、
親としては、これ、いいな~と思ったのですが、
講演会の資料として出す冊子はナカリ本人のことに絞った方がいいかな、とのことで、
その後も、お蔵入りになったままです。

結構、量がありますが、良かったら見てやってください


いろんなちがう1 CCI20150629_0000

いろんなちがう2 CCI20150629_0000

いろんなちがう3 CCI20150629_0001

いろんなちがう4 CCI20150629_0001

いろんなちがう5 CCI20150629_0002

いろんなちがう6 CCI20150629_0002

いろんなちがう7 CCI20150629_0003

いろんなちがう8 CCI20150629_0003


途中、
ダウン症の子・・・が2回出てきますが(仲良しの友達がいたからかな)、
一気に描いた最後の方に「性的少数者」が描かれていました。
当時、ナカリの友達にいたわけではありませんが(勿論実際のことは分かりませんが)、
私自身の知人に何人かいるし、夫からもいろいろ話をしてきたのもあって・・・と思います。
ということで、ナカリの頭の中での理解なので、こんな形の表現でいいのかどうか、
当事者の方のお気持ちになってみないと分からなくて申し訳ありませんが、
少なくとも彼女の気持ちの中には「いろんな ちがう」の中で、
表現したい大きな要素だったのは確かです。


「人生という名の手紙」の記事の中で、
「サムのこれから成長していく世界は
もっと違う人間同士がより理解し合える世界であってほしいと願うからだ。」
という一文を載せたし、
息子が昔から「(自分たちの存在を)異文化として理解してほしい」と言い続けてきているし、
本当に、「ちがう」人どうしが理解し、尊重し合える世界になってほしい、と願います。

レインボーカラーにライトアップされたホワイトハウスの画像は検索したらたくさん出てきました。
一例だけ貼り付けてみます・・・上手く見られるかな?

レインボーカラー ホワイトハウス




追伸) 「設定」で、ツイートやフェイスブックとの連動ボタンを追加してみました。
    私自身はどちらもやってないのですが、何だか、今回、
    ナカリのイラストを載せるにあたって、このボタンを設定してみたくなって・・・です








ナカリの作品 | 21:36:06 | コメント(8)
東田直樹さんの「自分らしさ」とは
昨夜久しぶりに帰宅した夫が「これいいと思う」と、
娘に手渡してくれたビッグイシュー最新号。
いつも読む東田直樹さんの文章が、今回もとても良くて、
ちょうど今の娘の不安や迷いに効く感じだったので、一部転記しておきます。

「自閉症の僕が生きていく風景(対話編) 第53回  東田直樹

(前略)
 自分らしさとは、自分にしかできないことを見つけ出すことではなく、
誰でもやっている日常を、自分なりの判断で乗り越えることだ
と思っています。
(中略)
 自分らしく生きるというと、何だか素晴らしいことのように聞こえますが、
僕は自分で自分を励ますことができれば、それでいいと思っています。
 自分らしさに条件や基準はいらないのです。
こんな自分ではだめだと思うのであれば、その人が追い求めいているものは、
自分らしさではなく目標ではないでしょうか。
 僕が考える自分らしさとは、
はるかかなたの山の頂上に咲いている珍しい花ではなく、
手を伸ばせばすぐ届く、心地いい芝生みたいなものだからです。」


昨日の和みイラストみたいに、なんだか肩の力が抜けてホッとできる文章でした。


昔、成人当事者の集まりを主宰しておられる方のお話を聞いた時にも、
等身大の自分を認める」大切さを感じました。

「自立」への階段は、
「自己信頼感、自分への安心感=安心安全な場の確保」という基礎の上に
「自己肯定、他者肯定=自尊心、自尊感情の回復」が乗り、その上に
適切な自己像=自己同一性の確立」が乗って、さらに最後のステップ
「自立=社会適応」に至る・・・という説明でした。

具体的には
否定されない安全な場所で過ごす
→受け容れられる体験と受け容れる体験=「私、これでいいよね」自分もOK,相手もOK
→それ以上でも以下でもない「自分」を知る=「できなくてもいい」自分の弱さを受け入れる
→自分の力で自分の人生を歩んでいく力を得る
 =自立は就職や結婚を意味するのじゃなく、自分の人生を自分で責任とって生きていけるかどうか。
  その人の自立が何かは一人ひとり違う、「みんなと一緒」から離れないと分からない、
  自分のやり方で自立することは出来るし、社会人として立派な地位にあっても自立してない人はいる。

・・・というようなお話を聞いて、とても感心し、
そうかあ「自立」って既存の言葉やイメージに縛られなくてもいいんだ、
と、目からウロコの気がしたのを思い出しました。
なんか東田さんの文章と重なりますね。

娘はゆっくり、第2ステップの自分OK&相手OK、から第3ステップの自己同一性確立
・・・に向けて模索中、という感じかな。

自分自身も、いい年になって、まだ自立できてないかも、と焦る時があるから、
何かと比べたりしないで、親子で一緒に「自分もOK、相手もOK」をめざしていこう。

この機会に東田直樹さんのオフィシャルブログをリンクに追加させていただきます!









読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 10:46:20 | コメント(4)
スクーリングが辛かった頃の気持ち、と、和みイラスト
いろいろ振り返っても、やっぱり「今あること」からスタートしなくちゃ、
と、昨夜、眠い目をこすってネットサーフィンしながら確認し、
ガーッっと寝て?今日は母娘でゆるゆる過ごしています


気分転換に片づけたり掃除したりしていると、昔のノートが出てきて、
それを見たら「不安になった→また幻聴が聞こえたらどうしよう」と言う娘。
幻聴に苦しんでいた頃、描いていたノートで、
自分は病気じゃないかなという不安と、
このままの自分でいいんだという気持ちと、
揺れ動く様子が、たくさんのイラストや文章から、改めて伝わってきました
この不安な状態から今までよく頑張ったね!
と褒めて、「今は不安になる必要ないよ」となぐさめました

高2の夏・・・3年前になりますね、その頃描いたイラストの一部です。
当時は通信制高校に転校して数か月、少し落ち着いてきた頃だったけれど、
それでも、スクーリングが大きな課題でした


高2の夏の気持ち1 CCI20150627_0002

セリフ 「人の目みて話すのキライなんだよー」
    「なんであの人達はふつうにしゃべれんの?」
    「えっ・・・と」

高2の夏の気持ち2 CCI20150627_0003

最後の文は 「現実の自分は疲れやすいのにゲームじょうの自分は強い。」

高2の夏の気持ち3 CCI20150627_0004


「勉強」「その後どうなるの?心配だらけ!」
こう書きながらも、無事に通信制高校を卒業して、
去年はしんどかったけど、今またこうして家事や留守番をがんばれている、
イラストレーターになりたいな、という夢も持てている・・・
立派だよ!と、褒めてやらなくちゃ



不安の波が襲った時にはイラストにも腹が立って破ってしまったりするけれど、
そんな中でも、気に入って何度も見ているものがいくつかあります。

好きなゲームキャラ(ファイナルファンタジー13の登場人物)を、
自分なりにアレンジし(名前も設定も自分仕様に変えて)、
リボンチームと名づけ、さらにそのキャラたちを、
ぽっちゃりポーちゃん(私のプロフィールイラスト)に似せたイラストがそのひとつ。
和むので、ご紹介・・・






パラレルリボンチーム CCI20150627_0002



成人まで、あと半年あまり…
相談支援センターや周囲の専門家の方々に力を借りながら、
娘が自信をもって社会と繋がれるように応援していきたい、
と決意新たにした休日です。









ナカリの作品 | 15:48:26 | コメント(2)
「放課後等デイサービス」と「児童発達支援」
今日は、久しぶりに若いママたちと会いました

娘と通った母子通園施設の非公式同窓会を初めたのが、ゾロ目で忘れられない
1999年(平成11年)11月11日。
それから、ほぼ毎月1回ペースで開催して今年が16年目ということになります。

同窓会と言っても、通園施設に通ったかどうか関係なく、発達に関心のある方は誰でも歓迎、
規約なし、会費なし、出欠確認も特になし、子連れもOK、
日程だけ決めて、とりあえず集まれる人だけで会って話そう、情報交換しよう、
という、ゆる~い集まりです

参加者も、この16年の間に入れ代わり立ち代わりながら、
最近また、始めた頃のメンバーが復帰してきたりで(子どもたちみんな成人前後)、
話題も「子ども」の話から「親の介護」や「自分たち自身の健康」まで広がっています。

ふりかえると、
当初は市の助成金を申請してリーフレットを作ったり、フリーマーケットに参加したり、
積極的に外への「発信」を試みた時期もありましたが、
子ども達が小学校に上がった頃からは、とりあえず集まってしゃべることに絞られ、
さらに学年が上がるにつれて、みなそれぞれ忙しくなって参加者が減り、
一時は二人でまったり2時間しゃべる…なんてこともあって、
そろそろ集まりを止めようかな、と思い始めた頃、
昔の通園施設(現在「児童発達支援」施設)に通っている最中のママさん達との接点ができ、
その後、新しく参加してくれる若い方達が増えてきて、今はずいぶん盛況です


昔はネット環境もあまり整っていなくて、保護者同士の口コミに頼る割合が高く、
市内のあちこちから集まる、いろんな年齢の保護者同士のつながりは、
発起人の私自身、癒しや支えの場として大事に思ってきました
私が都合がつかず参加できない時には、いろんな人が助けてくださり、
ここまで続けてこれたんだな~と感慨深いです

さて

今日の情報交換で回覧された中に、近々新しく増設される「デイ」のチラシがあり、
近隣地域では初!という「療育」内容が紹介されていたりで、
(いいなあ~こんなのが昔あったらな~)と、時の流れ(前進)をしみじみ感じました。

ふりかえれば、下の子どもが中学の頃、
学校以外の子ども達の居場所が少ない!(放課後や、特に長期休み中)という
ひとり親家庭の保護者をはじめとする切実な声があったにもかかわらず、
なかなか実情が変わらなかったので、親同士で別に集まりを立ち上げて、
アンケートで集めた保護者の声をまとめ、市長さんはじめ行政に届けて訴えました。

その後、全国的にもいろいろな制度改革が続いて、現在は
就学前は「児童発達支援」
就学後~18歳までは「放課後等デイサービス」
という形で、市内あちこちに事業所が増え、保護者の選択肢が増えました。
これもまた感慨深いです・・・

昔は、学校に上がってからは市内に「療育」を受ける場所がほとんど無かったので、
他市の事業所まで親子で通うなど、各自で開拓していくしかありませんでした

現時点で、なかなかリアルとの接点が持てない娘の様子を見ていると、
通園施設や保育所時代にはマイペースながらも集団生活に馴染んでいたのに、
小5から不登校傾向が強まって以来、
いろんな意味で「地域」や「同世代の集団」から離れてしまった気がして、
もし、当時「デイ」があれば、継続的な地域での活動の場に参加できていたら・・・と、
「たられば」話になってしまい、
アカンアカン!、前向きに行かねば、と思い返した一日でした。



ちょっと、内輪の思い出話になって、すみません。

前の記事で、「子ども達がこの先、生きる世界」を良くしたい、
という思いを書きましたが、
自分の子どもに間に合わなくても、という但し書きがついても尚、できることを・・・
という思いで動いてきたものの、
なかなか気持ちの整理が難しいのが「現実」ですね。
(そうまとうさん~、今日は自分で水を差してしまいました

でも、子育て真っ最中の後輩ママたちにエールを送りたい気持ちに変わりはありません

少しでも、一日一日、「世界」が良くなっていきますように!







未分類 | 18:05:09 | コメント(8)
祖父から自閉症の孫への言葉=「人生という名の手紙」
「面白いこと言って」の記事へのコメントで、
花梨さんが、「言いまつがい」という本を紹介してくださり、
入手して読んで大笑いでした
(花梨さん、ありがとうございました)


で、突然ながら
その本の元になった「ほぼ日刊イトイ新聞」の2008年の記事
「担当編集者は知っている」
をご紹介。


ずいぶん昔の記事を何でまた、という感じですが、
不意に父を想い、
昔読んだ「人生という名の手紙」(ダニエル・ゴットリーブ 講談社)
もう一度、手にとってみたくなって本棚から探しだし、
ネットでも検索してみたら、この記事がヒットした次第です
アマゾンの中古本では1円から出ており、刊行から7年もたっているので、
ここで書くのも今更、な感じもありますが、
読み返していたら、改めて父の気持ちと重なる気がしました
(原題は Letters to Sam サムへの手紙)


巻頭言
「わたしの大切な孫サムと、
世界中にいるすべてのサムのために。
彼らの弱さが人びとの心を開きますように。
そうすれば、彼らはいたわりを見つけ、
人びとは思いやりを見つけることができるのだから。」

この「世界中にいるすべてのサム」というまなざしにキュンときます


そして、最後の文章
「まだ書ききれていないこと、君に伝えきれていないことはたくさんある。
心の深いところにある感情の多くは、言葉で言い表せるものではないからね。
わたしが君に伝えたいのは、
ずっと愛してきた人の目をじっとのぞきこんだ時に、心に湧き上がってくる感情だ。
哀れさと悲しみと親密さが入り混じった、その感情のダンスを、なんとかして伝えたいと思う。
だけどね、サム。おじいちゃんは、それを言葉にすることができないんだ。
君がこの本を閉じる時には、
君とわたしが互いの目をじっと見つめ合っているように感じてほしい
それをわたしからの最後の贈り物として、君に残そう。
              愛を込めて―――おじいちゃんより 」

ここを読んで、この間何度も何度も母が見ては父を偲んでいる写真が重なりました

祖父との対面 CCI20150603_0000


じーっと孫を見つめる父のまなざしが優しくて、いい笑顔だったことを、
母は本当に、今の毎日の支えにしてくれているようで
写真の持つ力=思い出を形に残してくれる、を感じます。

そして、
本の目次=サムにあてた32通の手紙のタイトルとサブタイトルを読むだけで、
自分がこの先老いて、子どもたちに何を遺してやれるかを考えさせられます


私たち、「障がい児の親」は、「親亡き後の我が子」…を想って辛くなる、
というような感じで言われることが多いけれど、
この本の著者の、次の言葉に、深く共感する私です

「わたしがこの本を書いた理由は(中略)
現在わたしが生きている世界、これからサムが生きて成長していく世界に
深い懸念と関心を持っているからだ。
なぜなら、サムのこれから成長していく世界は
もっと違う人間同士がより理解し合える世界であってほしいと願うからだ。
もっと人々が互いの目をちゃんと見つめ合うことによって
ヒューマニティといたわりのある人間世界を作ってほしい
こうした世界にこそ孫に生きてもらいたいのだ。(後略)」


人生、順送りがのぞましい・・・
平和でない時にはその順番が逆転する場合が起こるけれど、
できるなら、私たち両親が去った後にも、子どもたちに穏やかな人生を歩んでほしい。
そんな世界であってほしいし、そんな世界を作る、残す、責任を感じる・・・


今日は昨日に続いて、何だかしみじみしてしまいました。
「面白いこと言って」という娘の笑顔が消えませんように






読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 23:45:24 | コメント(4)
プールでぷかぷか・・・沖縄を想う
今日は、友人が車で室内プールに連れて行ってくれました

1時間くらい、娘と二人で子ども用プールにぷかぷか浮かんだり、
大人用の水中ウォーキングコースを何度か往復し・・・ジャグジーにもつかって、
すっかり温泉気分でリラックス

水の中でボーっとする時間に、「平和だなあ~」と感じていました。
プールは1年半ぶりくらいでしょうか・・・
昨年、娘の入院を経験して、
心の安定がどんなに貴重なことか、笑顔を見られるってどんなに嬉しいことか、
あたりまえのようの思える「衣食住」を「普通に」こなすことがどんなに大変か、
身をもって痛感しただけに、
今日のプールは本当にありがたい貴重なひとときでした


そして今日6月23日は沖縄慰霊の日・・・
大学時代に知り合った沖縄出身の後輩から、
この日は沖縄の学校は休みだし、いろんな施設も休みになる、と聞いて、
同じ日本に住んでいて全然知らなかったことにショックを受けたのが忘れられません。

沖縄戦では島民の4人に1人が亡くなっているということなので、
沖縄出身の方のほとんどが、どなたか親族を失っておられるだろうと思います・・・
昨日は、いちにち娘と無心で遊ぼう~とか思ってたけど、
平和という言葉から、沖縄に思いを馳せながら、プールで浮かんでおりました
(ちなみに、娘は中学3年での修学旅行=沖縄、はパスしましたが、
事前学習資料は親子で一緒にしっかり見ました)


調子が良いので、帰り道に、外食にもチャレンジ!
人があまりいない、広々した郊外のお店で、好きなメニューを頼んで
母同士がおしゃべりしている間、アイポッドと携帯を手につきあってくれました。

車の中でのおしゃべりで、「障害年金」の話に反応した娘。
「私、無職じゃないよ」と何度も確認。
(→「『無職はいや』という気持ち」
うん、そのとおり! 明日は母が仕事だから留守番たのんだよ!
とにかく毎日、元気で笑顔を見せてくれて、ありがとう










子どもの日常 | 19:13:56 | コメント(2)
「あそぶ切符」
昨日の父の日には「肩たたき券」(券はつくらなかったけど)を、
私が夫にプレゼント&実施しました。
ほんとに肩凝ってました。おつかれさま~

娘から夫へは、私が間違えたせいで、1週前に「イラスト」のプレゼント。
これも喜んでくれました


で、思い出したのは12年前の誕生日に私が娘にプレゼントした「あそぶ切符」
紙に当時好きだったゲームキャラを描いて、厚紙に貼って渡し、
「この券を見せたら、お母さんは他の用事を止めてナカリちゃんと遊ぶ」
という約束です。
3回、使ってますね(笑)
残り4回分は取っておいたのか、私が約束守れなかったのか・・・(ズキッ)


遊ぶ切符1 CCI20150622_0000

例によって「模倣作成」が大好きな娘なので、
この「あそぶ切符」も、別バージョンが残ってました。


遊ぶ切符2 CCI20150622_0001

「ぴいちひめ」の隣が「キノピオ」じゃなくて「キノジィ」になってるとこや、
「族」という漢字が(見本が無くて記憶頼り?)、謎の字になってるとこが、
いかにも、で、可愛らしいです

大きくなってからは「あそぶ切符」は渡してませんが、
気持ち的には「今使ってるな~」という感じで、一緒に時間を過ごしてます。

明日の室内プールでも、無心になって遊べるかな





思い出 | 10:09:14 | コメント(2)
つき命日
今日は父が逝って1ヶ月。
今日が父の日でした(昨日まで、先週と間違えていた私・・・)。

今日は、朝、久しぶりに親子3人でジョギング
夜には雨になりましたが、朝は、さわやかな風と気持ちのいい青空で、
「走る」ことができる幸せをかみしめた時間でした


母は病院でみてもらっているので、それが何より安心です。
今日は叔父がさくらんぼを持って見舞いに来てくれたそうです。
実の兄より義兄である父との方が、よく話をしていたという叔父・・・。
やっぱり寂しいねえ、と母と二人で思い出話をしたそうで、感謝です


今日の昼に花梨さんがたくさんのコメントをくださっていて、
その中で、「ふとしたことで思い出すんですよね」というお言葉があり、
ほんとにその通りだなあと感じています。
花梨さんの「いろはにこんぺいとう」も新しく模様替えされて、素敵です。)

今日は、朝がた目が覚める前に、父の声が聞こえたので、
あ~ひとの聴覚って不思議、とも思いました。
(娘が幻聴に苦しめられた気持ちが少し分かったり・・・)

それから・・・
時々コメントを下さる、そうまとうさんのブログを過去記事に遡ってゆっくり読ませていただいたら、
21歳とのこと改めてびっくりです。
若い方が、夜勤も含めて大変なお仕事の現場で、日々頑張ってらっしゃることに、
今更ですが、頭が下がりました。
長生きできそうにない、とかおっしゃらないで、
しっかり長生きしていっぱい楽しいことがありますように、と心から思いました。


今日は、いろいろな方の、写真や文章に力をいただいたり、慰められたりして、
いちにち、ゆっくりさせてもらったよ、お父さん。安心してね。


これも、娘にとってのお父さん=夫の活躍あればこそ。
いつもありがとう







未分類 | 21:35:33 | コメント(2)
こころの不思議2 ファンタジーとチューリングの人工知能
一昨日、テンプルさんのスピーチを見たこともあって、
「自閉脳」についていろいろ考えさせられています。

今朝も
娘は「私とパラレルのキャラは同一人物?」と問い、
「パラレルのキャラになりたい~!、同じがいい」と言い、
そういう「同じ」の言葉の使い方は私の感覚ではズレる部分があるので、
「お姫様やウルトラマンになりたい、という、子どもの気持ちに近いと思う」と答えると、
「私、赤ちゃんみたいやんか」となり、
「だから知的障がいの手帳をもらってるんやろ?」と答えると
「他の人はそういうことないの? 他の人、得やんか!」となって、
「損得云々」の話が苦手な私が、疲れた表情になると、
「また、お母さん怒ってる、私にあきれてる!」・・・
う~ん、失敗した。

たしかに、まだまだ「幼さ」は残っているけれど、
この間の祖父や祖母との対応を見ていると本当にしっかりして、頼りになったので、
決して「赤ちゃん」ではないはずなのに、売り言葉に買い言葉で傷つけてしまったなあ。

また、
その筋では有名な「サリー・アン課題」も、
小さい頃は自信をもって見事に間違えたけれど
10歳をこえてからは理解できるようになったし、本人もそこはクリアしたと自覚している。
だから、
決して「人の気持ちが分からない」わけではないのに、声の調子や表情への配慮が足りなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
※ < サリーとアンの課題
「特別支援教育のためのアスペルガー症候群の医学」榊原洋一・学研より>

サリーアン課題 CCI20150619_0000

→大人や定型発達児は「引き出しを探す」
(なぜならサリーはアンが隠したことを知らない、と分かるから)
→4歳以下の子どもや自閉症の人は「かごの中を探す」
(自分の知識=人形はかごの中にある、にひきずられるから)

→ここから、「心の理論」の理解、と言われる壁を乗り越えるには、
自分以外の他の人の心のうちを想像する力が必要で、
そこが「読めない」のが生きにくさにつながる、という説明。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

ふだんは特に気にならないくらいに落ち着いているのに、
パラレルの存在がらみになると、どうしてこう、やりとりが噛み合わなくなるのかな。
私が疲れてるからかな、気持ちに余裕がないからかな。
「話が噛み合わない」のって、ほんとうに、しんどい・・・


・・・と、考えていたら、
少し前に友人が勧めてくれた映画「イミテーションゲーム」の主人公
アラン・チュ-リングが浮かんできました。
私は映画は見ていないけれど、
数学大好き!な息子から、ずいぶん前に
「チューリングテスト」の話を聞いて、「人工知能って面白い」と感じたことがあります。

ーーーーーーーーーーーーーーー

チューリングテスト CCI20150619_0000

※ <「チューリング 情報時代のパイオニア」(B・ジャック・コープランド、NTT出版)より>

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

要するに、見えない部屋の中にいる相手が「人間」か「コンピューター」かを、
いくつかの質問と答えを通じて、審査員の人間が判定する、というテストですが、
その質疑応答のやりとりが面白い。
判定者は、微妙な違和感=会話の噛み合わなさ、から、
相手が生身の人間か機械かを感じ取ります。

このテストをクリアできたコンピューターは今まで無かったみたいだけど、
これも少し前に、
ウクライナで13歳の少年に成りすましたプログラムが3分の1の審査員から合格を得た!
というニュースが駆け巡りました。
33%の審査員をだませただけでもすごいんだから、
SF世界みたいに人間に匹敵する頭脳を持ったコンピューターは、まだ夢ですね。
だから、娘が「パラレルキャラ」や「ゲームキャラ」に命を吹き込みたい気持ちはわかるけど、
「それ、人間じゃないんだよ~」と、夢のない対応をしてしまう母です。
「チューリングテスト」の絵を見せて、
「だからアニメのシュガーラッシュは嘘だよ」と説明しています。
相手を「子ども」と思って、話を合わせることも必要なんだろうけど・・・。

難しい、あ~また「考えて」しまってる。

なお
チュ-リングは、人工知能が人間のように「考える」ことは可能、と信じて、
コンピューターの開発発展に寄与した人です。
さらに先に触れた映画では、第2次大戦中のドイツ軍の暗号エニグマの解読や、
同性愛者であるが故になされたひどい対応、謎めいた死、など、
が描かれているようです。

チューリングその人自身が、発達障がいを抱えてる感満載ですが、
「コンピューターも夢を見るの?」「ファンタジーはどういう脳の働きで生まれるの?」
って聞いてみたい気がします。

チュ-リングを検索していて、知能とは?を掘り下げた記事があったので、紹介しておきます。
「チューリングテスト 哲学的な、あと科学とか」→リンク先の「中国語の部屋」も面白いです。

なんか今日はよく分からない内容になってしまいました。


来週には、
ほんとに久しぶりに友人と一緒に娘を室内プール!に連れ出せそうなので、
今から楽しみです。娘とリアル世界の接点になってくれる友人に感謝。






子どもの日常 | 12:44:13 | コメント(4)
テンプル・グランディンさんのスピーチ
ついさきほど、本当に偶然、親子で見ることができました。
NHKの番組「スーパープレゼンテーション」。
番組表で、我が家にも著書がある自閉症のテンプルさん!が出演する、と知って、
大慌てでテレビの前に座って見た次第です。

番組に関する記事は こちら


20分ほどの番組の内容そのものを見ることができるページもありました。

読むTED 「テンプル・グランディン 世界はあらゆる頭脳を必要としている」


テンプルさんのスピーチの中で、
「絵で考えるという事は脳内で映画を観るようなものです。
私の脳はGoogle画像検索に近い。」

という言葉に続いて、具体的にこんな感じ、と、画像が次々現れる場面がありました。

娘がそれを見て、「そう、これ、こんな感じ!」と強く共感していたので、
私にも明確にイメージすることができました。
いろいろな「画像」がくっきりはっきり、しかも次々と脳内に映し出される・・・
それは、テンプルさんが言うように長所として使うこともできるだろうけれど、
結構エネルギーの要る「才能」だろうなとも感じ、
彼女たちの「疲れやすさ」にも繋がっている気がしました。


テンプルさん曰く、
「舞台俳優にも向いているんですよ。
なぜなら 自閉症の人は芝居を演じるように 社会性を身につけるからです。
学ぶほかないんですね。」
という言葉にも納得。
「模倣」や「演技」が得意な娘に当てはまるなあ・・・
(以前の記事で、娘の様子をみて、
カウンセラーさんと「ガラスの仮面」の「北島マヤ」みたい!と話した、
のを書いたなあ、と思い出しました)


スピーチの最後は「指導者」=メンター、について。

「私の科学の先生は非公認でした。NASAの科学者だったんです。
アメリカのいくつかの州では生物学や化学の学位があれば学校に来て 教壇に立てるんです。
これをもっとやるべきです。
この子らに相応しい先生達がコミュニティー・カレッジにはたくさんいると感じています。
彼らを高校に招くべきです。

別の可能性としてはソフトウェア産業からリタイアした人たちに教えてもらう事です。
教える内容が古くても構いません。
引き金となることが大切です。子供達のスイッチを入れるんです。
新しい事は自ら学ぶでしょう。指導者は必要不可欠です。」

この発言にも納得。
上の息子がそうでしたが、学ぶ場は「学校」に限らないし、
学ぶ相手は「教員免許を持った学校の先生」に限るものではなく、
本人の長所を見抜いて伸ばしてくれる指導者との出会いが必須!
そして特定分野のホンモノの専門家が、道を開いてくれる、ということも実感しています。


何だか興奮して、ほとんど番組紹介になってしまいました。
すみません。

見逃した方に、なんらか参考になる内容があれば幸いです。






読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 00:37:49 | コメント(8)
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