■プロフィール

ナカリ母

Author:ナカリ母
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

■最新記事
■最新コメント
■月別アーカイブ
■カテゴリ
■FC2カウンター

■リンク

このブログをリンクに追加する

■フリーエリア
■フリーエリア
■フリーエリア
■フリーエリア
■検索フォーム

■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

続「いいのよー!アナタはそれで」
父は小康状態とはいえ、徐々に弱っている様子を聞き、
ある程度の覚悟を固めました・・・。
この先いつどう動くか分からないので、出来る時に更新しておきます。

前回たくさん拍手をいただいて嬉しく励まされる思いだったので、
とりあえず、省略していた部分も、続きとして載せておくことにしました。

今回は「えがお」がテーマではなく、「あんしん」かな?
誰かと比べなくてもそのままで大丈夫、とか、困った事態に対応する方法、とか。
絵本のタイトルは、ここからきているんでしょうね・・・

それでいい 6CCI20150428_0005

「『母も父 妹ばっかりさあ みて・・・かなしいよ』
っていう人いますね。
そんなことありません。
あなたの母や父は 妹もあなたも
大好きなのよ。」

それでいい 7 CCI20150428_0004

「ずっといっしょにいられるのは
かぞく です。友達とは
いつか、わかれますね。」
セリフ「さよなら」「さよなら」

それでいい 8 CCI20150428_0004

「ひととは、くらべなくてもいいのです。」
ゆうとうせい
アコガレー
わすれもの一番 うんどう べんきょう ダメ
「いくらダメなこでも、バカにしてはいけません」

それでいい 9 CCI20150428_0001

「いやなことはいっては、いけません。
『しね』はぜったい、いわない。
いやなことは、先生にいったらいいよ。」

それでいい 10 CCI20150428_0005

「AさんがBさんになにかをいって
Bさんは とってもかなしくて
おこってます。
Aさんはケロッとしています。
Bさんはおこっています。」
セリフ「あのこムカツク!」

「BさんはAさん
に ちかずかないようにしているのです。
それもいいほうほうです。」


転載、以上。

当時、家族よりも友達に惹きつけられて、
「この家族嫌だ、この苗字、この名前嫌だ!」と怒ったりしていたので、
家族を大事にしてほしい、と、あれこれ言い聞かせたことを思い出します。
嫌な友達には直接ぶつからないで距離をとる、とか、
困ったことがあったら大人に相談する、とか、
これだけは言ってはダメとか・・・当時話していたことや
読み聞かせた本の内容を、
子どもなりに自分の言葉にかみくだいて表現したのかな。


連続になりましたが、子どもの絵と字を見てホッとできればと、
自分自身の気持ちを落ち着かせるためにアップしました、すみません。

ありがとうございました。








ナカリの作品 | 00:46:34 | コメント(4)
「いいのよー!アナタはそれで」
昨日、私が仕事のため連続留守番で少しストレス気味の娘。
私も、ネット検索で主治医の説明にあった「多臓器不全」「DIC」を見て
落ち込みがちになったので、
引き続き、昔の娘の絵に親子で癒されよう!励まされよう!と、
11年前の今頃(なので8歳ですね)描いた絵本
(→といっても、完全オリジナルではなく、
当時いろいろ見せた本やパンフを「お手本」に描いたものですが)
を一部分、アップすることにしました。

絵のタッチが自由かつダイナミックで、表情も豊か、
助詞は上手く使えてないけれど、文章も気持ちいっぱいなので、
当時の娘の雰囲気満載で、親子で懐かしく見て、心を落ち着けました。
良かったら見てやってください。

それでいい 表紙 CCI20150428_0000

「いいのよー!!アナタはそれで    ナカリ作・絵」
(当時はまだ「ナカリ」のペンネームはできてませんでしたが、
本名ではなく、なりたかった別の名前で書いていたのを、上書きしました)

それでいい 1 CCI20150428_0003

「あなたは、しんぱいしょうですねー。
そんなにしんぱいしなくて、いいですよ。
そんなにしんぱいなら、次たのしみなことをかんがえよう。
たのしみなことをかんがえるのよ。
そしたらいいよー!!
すぐわすれれない人は、
もっとたのしいことをかんがえよー!!」

それでいい 2 CCI20150428_0003

「あなたはちょっとわすれっぽい人です。
もうすこしきおくりょくをがんばって下さい。
でもたのしいことは、ずっとかんがえるように、してね。」
セリフ「たのしいこと(料理?)をかんがえるようにする!!」

それでいい 3 CCI20150428_0002

「『えがお』でしあわせに、
あなたは『心のコップ』がちいさいですね
よくなくことです。
いっぱいあふれて・・・たいへんですね。

『えがお』でしあわせに、
あなたは『心のコップ』が『おおきい』
だから、あまりなかないのねぇー」

それでいい 4 CCI20150428_0002

「『えがお』はいいことです。
たのしいこともいいことです。
しぜんをまもりましょう。
『えがお』をまもろう」

それでいい 5 CCI20150428_0000

「きみは自分をせめるのがよくありますね。
そんなにせめるの自分はいいけど、
心の自分がないてます
だから自分をほめようねー!!
うれしいよー」

それでいい 11 CCI20150428_0001

セリフ「『えがお』しぜんをまもろうね♥」
「『えがお』というのは、かおを ^-^ わらうということ・・・
『えくぼ』はほっぺにわらうと えくぼがでます。
『えがお』を相手にみせると、相手もえがおになります」
セリフ「ニコニコかあ」


・・・抜粋、以上です。

娘に教えてもらったジャニーズNEWSの歌「スマイルメーカー」に
「笑え、苦しい時こそ」「自分のためじゃなくても誰かのために笑おう」
という歌詞があって、2年前の今頃、しょっちゅう聴いてました。
それと併せて、えがおえがお、と改めて思います。

いつもありがとうございます。











ナカリの作品 | 16:38:11 | コメント(6)
視覚支援
日帰り帰省で面会してきた父の容態はあまり思わしくなく、
自分の心が折れないように、平常心、笑顔、を心がけて帰宅しました。
娘の風邪は順調に回復、一日留守番の間、たっぷり夫に遊んでもらって、
こちらとしては大助かり、ありがとうね~と繰り返しほめました。

でも、私の複雑な気持ちを鋭く察して「おかあさん、悲しい?」
なんか面白いこと言って」と繰り返しているので、
今朝は、小さい頃に描いた絵を出してきて、一緒に見ました。
(小さい頃の絵を見ると思わず笑顔になれるので)

聞く力が弱い分、視覚に強いので、小さい頃から、
色んなことを目に見える形で説明するのに、母もたくさん絵を描いてきました。
保育所の時も小学校に入学したときも、
朝起きてから家を出て帰ってくるまでのスケジュールをイラスト付きで説明、
家にも貼り紙をして、同じものを持ち歩ける形のカードにもして、
時間の切り替えをスムーズにできるように取り組みました。

小学校1年の時から習い事として近所の教室に通わせた際、
私が作成したスケジュール↓

視覚支援① CCI20150427_0000

これを見て、本人が描いたスケジュール ↓

視覚支援② CCI20150427_0001

・・・なんか、「ぬりえ」になってます(笑)。
セリフが可愛くて、見るとやっぱりクスッと笑えます。

同じように、小学校でもらってきたプリントも、自分バージョンに写して、
自分が先生になって私たちに問題を出して○付けする、とか、
児童会のプリント「○○まつり」なども、写して楽しむ・・・
ということがたくさんありました。

この「模倣」のくりかえし、でいろいろ世界が広がった気がします。
(ただ、小学校高学年になると、
女子同士での模倣は「パクリ」として受け入れられず、傷ついたのですが)

嫌な記憶ではなく、微笑ましい記憶、楽しかったこと、面白かったこと、
そういう思い出を大事にしたいです。

こんないい天気!笑顔でいなくちゃ

この間の状況を心配して、差し入れに来てくれた友達が、
祖父と孫の関係、というのを自分のところにも重ねてお話ししてくれました。
じーん。やっぱり、愛だな~!










思い出 | 12:28:31 | コメント(4)
謎のこだわり行動
留守番の気疲れが出たのか?娘が発熱。
朝一番に近所のかかりつけ内科で診てもらったところ、
インフルエンザではなく(今また少し流行っているそうです)、普通の風邪でしたが、
帰省はドクターストップ!→再度私ひとりで動くことになりました。
娘は、薬を飲んで、動きたいのを我慢して横になっています。

でも昨夜は、「おじいちゃんの思い出」として、一緒にアルバムをめくって、
母子通園施設に通っていた頃の写真を「これ、わたし~」と、喜んで見ました。

通園施設の部屋で、みんながしている遊びに加わらず、一人で何かしている写真や、
集合写真を撮る時、のけぞって脱走しようとするのを私が捕まえている写真、
・・・などの中に見つけた、
「謎のこだわり行動」につきあってくれているおじいちゃんとの一コマ ↓

祖父と孫 CCI20150424_0000

コマ付自転車を、犬を散歩させるように、横で押しながら、
うつむいたまま近所の同じ道を何回もぐるぐるぐるぐる歩いて回るのです。
それに一緒につきあってくれたのが父でした。
乗ってこぐのを教えようとする私との写真もありましたが、
「乗る」のには、なかなか抵抗があったみたいで・・・。
アルバムの添え書きには
「自転車にまたがって少し乗る、でも横で持って一緒に散歩する方がお気に入り」
とあります。

母子通園施設を出て保育所に入ってからも、お気に入りのルートがあって、
帰り道、自転車で必ず、近所の道路のくぼみと、マンホールを踏む、
というのが約束で、うっかり踏まないで通り過ぎるとやり直し!と怒っていました。
本人も、それは何となく「覚えてる」
でも、なぜだったかは自分でも「わからない」
自転車の件も、今となっては、何でだったのかなあ~としか思い出せません。
まあでも、とにかく、何か理由はあったんでしょうね。

当時は他にも、
プレ幼稚園で皆が一斉に階段を駆け下りて園庭に向かう時に、
ひとり、四つん這いで「わに、わに」と言いながらゆっくり降りる、とか、
「なにしてるの??」という不思議行動がいろいろありましたが、
危ないことや、周りの迷惑になることでなければ認めてあげて
と、母子通園施設の園長先生に言われていたので、
(どこでも床に寝っころがる子どもの行動に一緒につきあって寝転がり、
「うわー見える風景が違うね~面白い、床が冷たくて気持ちいい」とおっしゃった先生です)
「自転車の散歩」くらいは何の問題もないこだわり行動です(笑)

小さいころ、微笑ましい、と受けとめることができた「こだわり」もあったのに、
(もちろんそればかりではなく、困った困ったと対応したのも多数あったけれど)
大きくなった今、そういう「気持ちのゆとり」が減って、
とにかく理屈で説明をつけよう、としている自分を振り返らされました。

娘の今のこだわりは
「パラレル世界のキャラクターと自分の関係」について、考えをめぐらせることです。
「その話題は苦手」という気持ちが態度に出てしまうと、娘も不服だろうし、
まずはこっちから説明しようとしないで、うんうんと、認めて話を聞く、
本人が安心して何でも話せるような姿勢で聴くことが大事なんやなあ・・・

この写真、改めて見て、「千と千尋」の釜ジイじゃないけど、
愛だな、愛」と思った私でした。

父の容態は依然厳しいままですが、
親にしてもらったことを、自分も(我が子だけでなく)次の世代に返せるように。
愛を持って生きなくちゃ・・・と、ブログを書く、落ち着きはあるので、大丈夫です。

ありがとうございました。







思い出 | 17:53:18 | コメント(6)
海外ドラマ「ボーンズ」みたび
ご心配いただいた父ですが、今も挿管せず自力呼吸で踏ん張っています。
今朝から透析も始まって、これで何とか持ち直してくれるよう祈っています。

一方、
父が具合が悪いとき、よく、示し合わせたように一緒に具合が悪くなる孫で、
数日前からの喉の痛みに加えて咳と鼻水が出てきた様子に、あわわ・・・
明日、内科に連れて行ってから、帰省準備しなくちゃ



・・・で、気分転換に昨夜も「ボーンズ」を見てしまいました。
シーズン6の16話「吹雪の日の出来事」→再放送なので見るのは2回目でしたが、
事件解決後のラスト数分、2組の男女の会話に、それぞれ胸がジーンとなりました。

こちらは見逃し配信をしていないので、記憶を頼りに文章化してみます。
ネタバレで、すみません。


出産を控えて、遺伝子検査の結果、夫婦ともキャリアだと判明、
生まれてくる子が25%の確率で失明する、と分かったあとの会話です。
(遺伝子検査自体が議論されるべき内容ですが、ここでは割愛)

夫「・・・ってことは、75%の確率で大丈夫ってことだろ、
 俺はこれはいい数字だと思うな」
それでも曇った表情のままの妻(→芸術家)を見て、さらに
夫「俺はピアノを習おう」
けげんな表情の妻
夫「息子と一緒に顕微鏡をのぞくのが夢だったけど、
  ピアノを習って一緒に弾く、というのもいい。

  君は彫刻を教えろよ。
  絵を描くのもいいけど、彫刻もいいぞ
次第に顔を上げる妻
夫「俺達二人でこの問題を乗り越えられる確率は・・・100%だ
妻に笑顔


失ったものを数えるな、残っているものを考えろ
というのは、
話題のマンガ「ワンピース」でも出てきたセリフですが、
前向き、というのはこういうことだな~と、勇気づけられました。

(ついでに言うと、「ワンピース」・・・好きで読んでたんですが、
娘がつまづいた学校生活で、目指す「理想」としてその「仲間」観が取り上げられ、
そこに入りきれなかった娘にとっては、「仲間」が辛い言葉になってしまいました。
でも、感動する内容は変わらないです・・・久しぶりに思い出して熱くなりました)



もう一組・・・主人公のアスぺさん=ボーンズが、相棒=ブースに語るセリフ
ボーンズ「私は強くなった」
けげんな表情のブース
ボーンズ「堅固、と、強さ、とが違う、のは分かるわよね?
     傷つかないモノが強いわけじゃない。」
それでもまだけげんな表情のブース
ボーンズ「あなたと出会った頃の私は傷つかないモノ、だった。
      今は違う」
言いたいことがやっと伝わった雰囲気の二人。


なんだか考えさせられました。
傷つくことは弱いことではない。
傷ついて、なお強い、ということはある

・・・そんな風に聞こえました。

字幕での表現を追っかけるのが精いっぱいだったけど、
こういうセリフを聞くと、原文の表現が知りたくなります。

異文化理解、という意味でも、語学を学ぶことって大きいですよね。
話が脱線してきました。

良いなあと思ったことや、力をもらったことを、自分の中にしっかりためておいて、
いざという時に、それをエネルギー源にすることも大事だな、と改めて感じました。

心の中にどれだけのエネルギーをためられるか・・・
人のつながりやあたたかい想いに対する信頼感をしっかりと握りしめていられたら、
不安に打ち勝つ事が出来る!様な気がして、
自分自身でも確認したくて記事に書きました。

読んでくださってありがとうございました。











読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 19:34:22 | コメント(5)
ICUでの父との面会、ナカリ(孫)のがんばり
仕事等の合間をぬって、急きょの一泊帰省から帰宅しました。

ICU

父はICUで、しっかり看護してもらっていました。
挿管するか、透析を始めるか、主治医の先生も迷っておられるところで、
詳しい説明を聞きながら、かなりシビアな状況ということは理解できました。
酸素吸入マスクで、一生懸命呼吸している父の様子に、
とにかく、まだ「生きよう」とする想いが伝わってきて、
「ナカリ(孫)も頑張って留守番してるからね、大丈夫だからね」
と伝えてきました。
何か言おうとするけれども呼吸で精いっぱいで言葉が出ません。
「何もしゃべらなくてもいいよ、息するのがんばってね」
手を握って額をさすって声だけかけてきました。


母が重い心臓疾患なので私は一人娘で、
孫も女の子は一人。
可愛い孫の将来を気にかけ続けた父です。

小2が終わるころに私が盲腸をこじらせて腹膜炎で1ヶ月入院したとき、
小3から通う療育施設の見学に、私の代りに父が行ってくれました。
当時の療育施設はプレハブの2階で、1階は作業所でした。
父はその時、私には言わなかったけど、
ショックを受けて辛そうに話していた、と、あとから母に聞きました。
昭和ひとケタ生まれで、10人兄弟の長男で、仕事一筋、
親族の問題も全部一人で背負ってきた父の目に、
当時、孫の将来がどんな風にみえただろうと思うと、
この件についてはその後も話題にできずにいました。

今は大丈夫だよ、と話せる気がする。
その気持ちを心から伝えて、安心して笑ってもらえるために、
私たちも自立に向けてもう一踏ん張り!
だから、おじいちゃんも、もうちょっと頑張って、もう少し先まで孫のこと見てやって、と、
孫から直接伝えるために、今週末には一緒に連れて帰省・・・のつもりです。
今回の留守番中、「一人で寂しい」と電話してきましたが、
あれこれ話して、ほんとうによくがんばりました。
次の移動の際はGW初めで人出が予想されますが、
今度はそこをクリアできるようがんばろうと、親子で話しています。

なかなか落ち着きませんが、
ご心配いただいた皆さんに感謝の気持ちを伝えたいのと、
「生きる!」ってほんとにすごいことだ、と改めて考えさせられて、
生き様を見せる、見せられるような生き方をしなくちゃ、としみじみ思ったので、
まとまらないままですが、取り急ぎ書きました。
慌てててすみません。

大変な手術を何回も乗り越えてきた、娘の友達のお母さんが
いつも気にかけてくださることを思いだしながら、
再度、
乗り越えられない試練は無いよ!!
と自分に言いたいです。

励まし、ありがとうございました。






子どもの日常 | 17:39:27 | コメント(7)
留守番!!
以前書いたダブルケアの問題から、
一人留守番(泊まり)が出来るかどうか、無理ならショートステイを、
さらに無理なら病院でみてもらう=入院、という形で話を進めた時期がありました。
(結果、入院はもう二度と嫌、となってしまいましたが)

その後いろいろありつつも、今はとにかく一人留守番OKなのが何より。

今朝からちょっとばたばたで、明日もどうなるか分からない状態です。
私の方があれこれ手につかない様子に、本人も「大丈夫?」連発になってはいますが、
もうここまできたらなんとかなるだろうと、成り行き任せで明日を乗り切れるよう念じています。

ブログ書いてる場合?と自分で突っ込みながら、
とりあえず書いてると気がまぎれるので、一言でも更新!
このあと少しパソコン離れますが、すみません。

人生、乗り越えられない試練は無いよ、と友達が言ってくれたのを思い出します。
こんな時こそ、深呼吸、ユーモア、笑顔で、無事にね!!






子どもの日常 | 18:25:16 | コメント(7)
ファンタジーのキャラクター
自閉っ子は会話が苦手(やりとりになりにくい)と分かっていても
すれ違った感情をあとに引きずってしまうことがあります。

よく「自分の声が嫌い~」「そんなの私だけ」と言っていたので、
数日前、関連する新聞記事を見つけて、ちょっとでも安心させてやれるかな
「 ほら!自分の声が嫌いな人、ってすごくたくさんいるんだって 」
と話しかけたら、
「 声優さんって、キャラになってるの? 」
「 ・・・ 」

今、投げたボールはどこへ??
声→声優と連想したのは分かるし、
キャラに「なる」という話題が彼女の大きな関心事だと分かっているけど、
完全スルーされて、難しい話題が大きなボールとして投げ返されるとは・・・
一瞬
(また同じ説明=2次元のキャラには誰もなれません云々が必要なのかぁ
と、私の顔が曇ったのを見逃さなかった娘は
「なに怒ってるのよ

そのあとは不安と怒りがおさまるまで、トゲトゲ言葉の応酬となり、
「あした死ぬかもよ?」の本と出会って「ごめん」が言えるまで時間が必要だった母です。


まじめな顔をして
「どうして神様は、イラストを描いたらイラストになれる、ってことにしてくれないのよ!」
と怒る娘
「なる」の使い方(理解)が違うんだと分かっていても、説明に苦慮し、
も~いっそ、ぜんぶファンタジーってことで話を合わせたらいいか、と思いながらも、
「なる」=ペーパーマリオ状態、のイメージを抜け出せなくて違和感があり、
どうしても眉間にシワ・・・が出てしまいます
それがまた娘としては気に入らない。


こんな時、思いがけず「癒しの妖精ポー(オリジナルキャラ)」が役立つ、と発見。
ブログのプロフィールに載せている、
ポーとポリーのイラストを見ると笑顔が出る、のです。

娘のもう一つの口癖 「面白いこと言って(私を笑わせて)」 に、
その時々のツボネタを用意してはいるけれど、ここにも強い味方がいた~

怒ってるときこそ、ホッとしたりクスッとしたり、が大事ですね。

ポーには仲間がたくさんいて「ポー族」としてファンタジーで活躍しているので、
この機会に娘のホームページから1枚紹介します。

ポー族

上段  ポポロ ボボ ババ ポポル ポポラ
中段  ポーポ ポポポ ペポ ポー ポリー
下段  トラねこポー  バニーポー

この子達の出番が、いい形でありますように
笑顔の元になれたらいいなと思います。














ナカリの作品 | 16:27:32 | コメント(2)
療育手帳についてのあれこれ
自治体によって呼び名が違うそうですが(東京は「愛の手帳」とか)、
「障害者手帳」のうちの「知的障害」に該当する人に交付される手帳のことです。


我が家では、下の娘が3歳半の頃に申請して交付されました。
当時通っていた母子通園施設の園長先生が
「取れるものなら取っておいた方がいい」と勧めてくださったので、
市の福祉課に申請し、子ども家庭センターで判定→交付、となりました。

といっても、
当時、本人はとにかくじっと出来ない状態だったので、座っての検査は無理で、
母親からの聞き取りを元に判定、となったのだろうと推察しますが、
そのとき 
「 ご家族は手帳を取得することについて納得されていますか? 」
という質問があり、
そりゃもちろん、来てるのは母親だけだけど、夫も了解してます、
と答えたあとから、???・・・もしかしてこの質問は、
手帳交付=障害認定、に対して家族親族からの「異論」がないかの確認?
と思って、何となく複雑な気持ちになったのを覚えています。


あと、「知的障害」の判定は検査の数字によるので(=行政上、どこかで線引きは必要)、
成長過程にある幼い頃は2~3年おきに、AかB1かB2か該当しないか、を判定されます。
ということで、その後、中3までの12年間に5回更新したのですが、
途中、キャッチアップが著しく、本人も集団に入ろうと「イケイケ」状態だった小3の頃、
いったん 「検査結果の数字から更新は不可です」 と言われて、
本人も直訴状?を書いたり、不服申立の方法を聞いたり、あれやこれや食い下がって
結局、再検査ののち無事更新・・・という出来事がありました。

当時、隔週の割合で、遠方の療育センターまで学校を早退して通う、など、
なんとか力をつけてやろうと必死に取り組んでいたさなかだったので、
「がんばって伸びたからといって手帳を取り上げられるなんて納得できない、
理解力が上がっても生活上の困難は変わってないし、
自閉症は一生の問題なのに

と思わず涙が出てしまったら
判定員さんも申し訳なさそうに「お気持ちは分かりますが、規定があるので」
と言われ、検査結果の数字を前に、そのときも複雑な気持ちになりました。

その後、
不登校の問題が出て、薬物治療も含めて医療に頼る度合いが高くなったのもあり、
毎回の更新は問題なく現在に至りますが、
「手帳の更新」ひとつとっても、人それぞれ考え方が違います。

同様の状況で福祉関係者に相談して、手帳が出なくなる=成長だと喜ばないと
と言われ、
日常を見ている立場ではとても喜べることではないのに、と悩んだ友人もいたし、
手帳不要になったあともキャッチアップが続いて、本当に周囲に適応した子もいます。

本人にとって何が一番良いかどうか、悩むところです・・・
我が家では、
本人も、「手帳」は、
助けてくださいという表明のツール
として大切に思っているようですが、
バスに乗るときには提示できなくて、通常料金を払っています。
(ほんのわずかの期間使っただけの通学定期の場合は手帳割引でOKでしたが。)



また、18歳で学資保険の満期受取ができたので、
本人名義のマル優定期にしようと、銀行の窓口で療育手帳を提示した時、
奥から呼ばれて出てきた担当?の女性に、
「 失礼ですが、これは障害者手帳ですか? 」と質問され、
え??そこから?と戸惑いながら、障害者手帳には3種類あって・・・と、ひととおり話し終えると、
「ご説明ありがとうございました」???とテキパキと言われ、無事に手続きを完了しました。

う~ん、こんな些細な対応でめげてはいけないよね、と思いながら、
手帳のこと一般に知られてるわけじゃないし、自分だって知らなかったんだもの、
と、思いながら、
ちょっとだけ寂しいような、
もっとあったかい対応や笑顔を期待してたんだけどな~とか、思いながら、
自分にとっては大切な(娘の思い出が詰まった)手帳を握りしめて帰宅しました。
(=手帳更新時に、写真のところだけ切り取って返却してくれるので、
手帳のカバーの後ろ側には、
幼い頃から順々に大きくなっていった5枚の写真が入っています)


次回の更新は20歳を過ぎるので、「子ども家庭センター」ではなく、
初めて大人対象の判定機関に行くことになります。どきどき。

生活保護に対するバッシングが問題になったりするときにも、どきどきします。

年金だって、まだまだどうなるか分かりません。

以前「無職はいやという気持ち」の記事を載せたときに、
今のまま無理しなくてもいい、と思ったのに、やっぱり、出来ることは少しでも、と
昔ながらのイメージで「内職」を探してみました・・・が、
今どきの内職はパソコンを使うものがほとんどで、しかもハードルが高く、
一人、家でゆっくりチマチマできそうなものは、なかなか見つけられません


でも、とにかく
出来ないことは恥ずかしいことではない
出来ないときは、正直に出来ないと言って構わない(無理しなくていい)。
出来ないことは助けてもらって構わない(助けてもらって出来る場合もある)。


バスを降りるときに、手帳を提示して料金を払っている人に出会う度に、
いつか娘もそんな風に自分で手帳を使えるときが来るかなあ、
と思う母でした。

長々、読んでくださってありがとうございました。












思い出 | 19:12:16 | コメント(4)
コンビニで衝動買いした本
昨日、午前中自分の通院で出かけた帰り道に立ち寄ったコンビニで、
思わず買ってしまいました。

「あした死ぬかもよ?」(ひすいこたろう著、ディスカバー21出版)
本の画像を載せようとしたけれども、
コンビニ本だからか?アマゾンの検索では出てこなくて残念。
副題が「人生最後の日に笑って死ねる27の質問」となっていて、
目を閉じて手を合わせて祈るおぼうさん?の頭の上に金色の天使の輪っか、というカバーでした。

1ページ目に載っていたのは、ネイティブアメリカンの言葉

「 あなたが生まれたとき、
  あなたは泣いていて周りの人たちは笑っていたでしょう。
  だから、いつかあなたが死ぬとき、
  あなたが笑っていて周りの人たちが泣いている、
  そんな人生を送りなさい。 」


これを読んでドッキリ。
自分自身、うつ状態がひどかった時に衝動的に死んでしまいたくなったことがあるけれど、
「笑って死ぬ」のって、やっぱり生き抜いた感が無ければ難しいな、と。

そして、本の中の1ページ。
人が死んだあとに残るものは、集めたものではなく、与えたものである。
(byジェラール・シャンデリ 出典『22世紀への伝言』小林正観(弘園社)」

これにもドッキリ。
死ぬときに、本当に残るのは、持っているモノではなく、他の誰かの記憶なんだな、と。
友人が自分の父の死について話してくれた時に
「人は二度死ぬ、二回目はその人を知っている人がすべて死んだとき」
という言葉を聞いて涙が出た、と言っていたのを思い出しました。



前夜に、娘と言葉のすれ違い(キャッチボールにならなかった)から始まって、
いつもの言い合いの間に二人とも情緒不安定になり、
頓服を飲んで先に回復したのは娘の方で、私は翌日まで引きずっていたので、
この本を手にとって、どうしても娘と一緒に読みたくなったのでした。
(難しいことは分からないからシンプルに、という主治医の言葉は忘れてなかったけど)



帰宅後、娘に謝って、1ページ目の「言葉」を読んでやりました。
「あなたが生まれたとき、産むのは苦しかったけど、
お母さんも周りのみんなも笑顔で迎え入れたんだよ。
生まれてきてくれて本当にありがとうと思ってるよ」と。
その先は難しいから、スルーして、とにかく、今日いちにちいちにちを大事にしようね、
と話をして、なかなおり・・・しました。


そして、同じ本の中の一文
「淡々と過ぎていく普通の毎日が幸せの本質です」
を噛みしめて、一人反省会をしました。




追伸 今日は久しぶりに親の集まりに参加。
    ブログ読んでるよ、と何人も声をかけてくれて、嬉しいのと気恥ずかしいのと。
    他のみんなの毎日も、ほんとうにそれぞれいっぱいいろんなことあるねんな、
    と、改めて思い、感謝と、さらなる反省と、ポジティブな子ども達への感動と、で、
    いろいろリセットしてがんばろう、と思いました。
    みんな、いつも、ありがとう








読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 21:54:46 | コメント(5)
次のページ

FC2Ad