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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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息子のメモ書き
前の記事が重たかったのに、
いろいろな方からコメントをいただけて感謝でした。
見に来て、読んでくださった方たちにも感謝です。
今日もありがとうございます。

慣れないノートからの入力は、スマホ入力以上にストレスフルなんですが、
普段使わない机で作業していて、
ふと見ると、
机のデスクマットに挟んであった息子のメモ書きに気づきました。
おそらく、小学校高学年か中学の頃に書かれたものです。


>「明日できる仕事を今日するな
 他人ができる仕事を自分がするな」

 古代ローマ人の言葉・格言
 本を読んでいて

 至極もっともで意味が分かりやすく目標になる。

 「話すことの二倍、人から聞くべきである」

 ギリシャの政治家デモステネスの言葉。

 似た言葉に、シェイクスピアの
 「誰の言葉にも耳をかせ。
 いろんな人に口を開くな。
 みんなの意見は聞いて自分の判断は控えなさい」
 というのがある。


そして、この紙には息子と話していて私が覚えておこうとメモしたであろう文字も。

>maybe, someday  かもしれない、いつか

生きるのに苦労していた頃の息子の文字。
彼と向き合って一緒に苦闘していた時の自分の文字。
・・・思いがけず再対面となりました。
ノートを使ったおかげです。

工事のために自宅に閉じこもっているこの間、
ナカリと日光浴したり、マスコットを作ったり、
合間に編み物をしたり、本を読んだり、の毎日ですが、
今日は、2年前に急逝した漫画家、吉野朔実さんの代表作
「少年は荒野をめざす」を電子図書で一気読みしました。
自殺を試みる主人公たちの姿に思春期の危うさを改めて実感。
ウィキでも見てみたら
「青年期のアイデンティティ・クライシスを描く」という言葉に突き当りました。 

学校、という集団生活に馴染めずに、はみ出してしまう子どもは必ずいる。
息子は、特別支援という枠に守られた娘と違って、
小学校低学年から過酷ないじめの目撃者でもあり、当事者でもありました。
「死にたいわけじゃないけど、生きているのがしんどい」
「こんな世の中に自分の子孫を残そうという気持ちが分からない」

と、過激な言葉を聞くたびにハラハラしながら眠れない夜を過ごしました。
よく生き延びてこられたものだと、今も振り返るだけでドキドキします。

西洋古典文学に救われて、今は研究の道に邁進する息子に、
ナカリが好きな曲を贈ろうと、中島美嘉(カラオケカバー)を貼ります。
いじめを題材にした漫画「ライフ」の映画主題曲だそうです。
(私もナカリも、漫画も映画も見てませんが、歌詞がいいです)


元気を出して、
生きていたら、今日とは違う明日が必ず来るんだから。

今日もありがとうございました。

猫バンバン



 

思い出 | 23:37:12 | トラックバック(0) | コメント(14)
予測できないことを乗り越えた経験
2月になってしまいました。
見つけて、心にとめて、
見に来てくださって、ありがとうございます。

去年の2月のブログを読み直していたら、
ちょうど今くらいから母の不穏な状態が悪化し、
ゆっくり対応しきれないままだったなあ、とやっぱり胸が痛みます。


家の改装工事が始まって2日目。
今朝は、大工さんと現場監督さんの到着が遅れて、
先に資材が到着、
どこにどの順で荷卸ししたらいいか、
工程表を見ただけでは分からなくて右往左往、でした。
「予定」「工程」、全体を見通して指示できるリーダーの必要性、
を感じました。

予定、といえば・・・
ナカリは、幼いころから変化が苦手な子でした。
保育所で学年が上がって部屋が移っても、
保育士さんたちが配慮して部屋のレイアウトをほぼそのままにしてくれ、
お便り帳入れの状差しの位置も、同じ場所をキープしてくれました。
当時はこだわりも強くて、いつも同じ椅子!を求めたので、
ナカリの椅子だけピンクのビニールテープを貼って区別してもらっていました。

そんな「同じ」が落ち着くナカリだけに、
1日目の工事で大きく変化した部屋の様子を見て、
昨夜は、悲しくなった、と涙が出てしまいました。

でも、去年の2月は、おばあちゃんの病状がわからなくて、
先の予定が立たなくて、もっといっぱい不安だったよね、
お母さんがおばあちゃんの病室で寝泊まりしていたから、
ナカリは家族控室で一人で頑張って寝てくれたし、
「(これから)どうなるの?」
と、気が気でなかったけど、
先のことは誰にも、お医者さんにもわからない、という説明に、
何とか納得してくれて、不安と闘いながら一緒に乗り越えてくれたよね。

おじいちゃんおばあちゃんの遠距離介護の日々には、
それこそ、いつ何があるか分からない不安が付きまとっていたけど、
今は、ある程度、「予定が立つ」ようになったからこそ、
こうやって工事ができているんだし、
一日一日、ひとつひとつ、工程を終えて、「予定通りに変化」しているんだよ。
全く予測がつかなくて、あんなにつらかった日々を乗り越えたんだから、
きっと大丈夫。

「新しいこと」を、ちょっと「楽しみに思う」気持ちを味わえたらいいね。
悲しい気持ちは吐き出していいから、涙は止めなくてもいいから。
涙が出てしまうけど、変化を受け入れることは、きっとできるよ。
だって、
自分自身も、実は毎日「変化」しているんだから。

いちにちだって、同じ日、はないんだよ。

だから、いちにちいちにち、大事にしようね。
おばあちゃん、ナカリを見守っていてね。

モーツアルトのレクイエムから 「涙の日」


今日もありがとうございました。

猫バンバン



思い出 | 18:51:54 | トラックバック(0) | コメント(14)
1年前の今日
見に来てくださってありがとうございます。

今日は阪神大震災から23年目。
市の防災訓練のサイレンが鳴りましたが、
ナカリには「訓練だから」と前もって話しておいたので、
大きく動揺することなく、やり過ごせました。

ちょうど1年前の記事が「阪神大震災22年」で、
その翌日にアップした、病院の礼拝堂で撮った写真が、
母の遺影になりました。

1年前もそうだったけれど、
新聞の特集記事を読むと、生きていることだけでまず感謝、
という気持ちでいっぱいになります。

あの朝、大阪河内地方で親子3人暮らしていたマンションでも大きな揺れ。
とっさに息子に覆いかぶさった私。
「電車が走ってるんだよ」と、半分寝ぼけながら言う息子。
東京で地震に慣れている夫は、いったん起きたけれど、
ベランダに出て周辺の火災の有無だけ確認して再び布団へ。
私はただ事でないと思って、そこから眠れず、
たまたま有休をとっていた日でしたが、朝一番で職場に向かうと、
途中、たくさんの人を乗せたままの電車が線路上に止まっていて、
ますます嫌な予感。
職場に入ると、部屋中の机の引き出しがみんな開いていて、
壁の一部が剥げ落ちており、電話がじゃんじゃん鳴り続け、
交通機関が乱れて動きが取れない人が多数いることを、知りました。
一通り対応してから自宅に戻ると、夫も起きてテレビを見ていて、
大変なことが起こったと・・・。
幸い、我が家では、土鍋が割れただけですみましたが、
マンションの上階では、揺れも大きく、食器がたくさん割れたと聞きました。

あれから23年。
近しい人を失った人たちの悲しみは、
何年たっても癒えることがないだろうと胸が痛みます。


ブログを書いていたおかげで、1年前を振り返ることが出来、
私は改めて母に申し訳なく、心の中で謝りました。
そして、1年前にもナカリと揉めていたのを振り返り、
今を落ち着いて過ごしていられることに感謝です。

ナカリは昨夜から、動悸や幻聴で、いまひとつの様子ですが、
音楽を聴いたり、小さな独り言を言いながら自分の世界に浸ったりして、
この嵐を乗り越えようと頑張っています。

彼女へのエールを込めて
日本語訳付きの Avril Lavigne 「Keep Holding On」


お母さん、優しく対応できなかった私を許してね。
ナカリにしっかり寄り添っていくから、お母さんも見守っていてね。

震災で失われた多くの命に思いを重ねた一日でした。


猫バンバン




思い出 | 20:26:19 | トラックバック(0) | コメント(10)
いよいよ確定申告・・・
今日も寒かったです。
見に来てくださってありがとうございます。

今日は、
親子3人で仕事に出て、
今も作業中。
ナカリはだいぶ眠たそうです。ごめんね。

兄が置いていったナモちゃんが、すっかり気に入って、
サンちゃんも含め、動物園&水族館ぬいぐるみグループに
癒されています。
2018ぬいぐるみ

左から、いちえちゃん、ただえちゃん、サンちゃん、あきえちゃん、ナモちゃんです。
今日も全員、連れてきています。

私は、昨夜のNHKFMで聴いた、ブルッフのバイオリン協奏曲が耳に残っていて、
第1楽章の後半、ちょっと悲壮な感じの盛り上がり部分を何度も再生しています。
6分40秒くらいからのところ ↓


ちょうど一年前も、今くらいから確定申告の準備をすすめ、
税理士さんに何とかタッチしたあと、
母の病院に向かい、途中1回戻って、再度帰省の際は片道切符。
翌日には逝ってしまったけれど、あとのあれこれで3月1週目までかかり、
戻ってから慌てて税務署へ、という状況だったなあ。
なんだか、いろいろ図ったように私の都合に合わせてくれたような。

少しナカリとぶつかってしまったけど、
「おばあちゃん」を話題に出すと、落ち着きを取り戻せるよ。
ありがとう。

ぬいぐるみ達も見せたかったな。
ナカリと、心でお話ししてあげてね。

今年も、頑張ろう。
もうすぐ日付が変わります。
明日も良い1日になりますように。


猫バンバン正月バージョン



思い出 | 23:59:51 | トラックバック(0) | コメント(4)
ほしをひろいに
寒い(冷たい)日が続いています。
お変わりありませんでしょうか。

一昨日、私の落ち込みを救ってくれたナカリでしたが、
昨日は、ちょっとした「良かれと思ってした出来事」が地雷になり、
(朝日新聞の天声人語※を読み聞かせてやったのが大失敗)
久しぶりに「例え話は嫌!意味わかんない!」と、大荒れ。
興奮がおさまらないナカリは頓服を2回服用。
親子で怒鳴って暴れて壊して、後から反省、となりました。
…ということで、ちょっと記事を書く元気がなく、すみませんでした。

続けて来ていただいた方、お久しぶりの方、みなさん、ありがとうございます。


ナカリとのぶつかりは、いつものように時間が解決してくれました。
過去何度となく同じやりとりを繰り返してきたけれど、
興奮しながら彼女の口から出た言葉に、改めて胸を突かれました。
「私だってお母さんになりたかったよ!お母さんは憧れだよ」
「私の将来はもう見えてる、ずっとひとりだ!」
「普通が良かったよ!私はバカだから理解が難しいんだよ」
「私なんか生まれなければよかったんだ、兄で止めとけばよかった、
兄なら母に悲しい思いさせたりしないのに!」
「また入院は嫌や!閉じ込められる、どうしよう、いやだいやだ!」


たしかに、このやりとりは悲しいけど…
ナカリがいない人生は考えられないよ。
生んでしまって、ごめんねえ。
でも、生まれてきてくれて嬉しかったよ、ありがとうなんだよ。
相手の話が「理解できない」苦しさは、どんなにか辛いだろうねえ。
難しい話をして、ごめんよ。
きょうだい、って、心強い存在だけど、気持ちは複雑なんだね。
入院のトラウマも消えないけど、今はお薬も減って、大丈夫だから…
だいじょうぶ、
ちゃんと立ち直れた!


今日は、少し日も差したので、久しぶりにナカリと散歩が出来ました。
一緒に歩けたら、やっぱり、しあわせ。


帰宅後、片付け物をしていたら、
息子が中3の夏休みの宿題として、
家庭科(保育)の絵本作りの下書きを描いた紙が出てきました。

マグリットが好きな息子、テスト以外は登校しなかった息子。
この夏休みが開けて、秋以降は、制服も拒否、最後はテストもパス。
内申無しで進路が閉ざされて、
生死の崖っぷちを、綱渡りのように何とかのり切った息子。

彼ともいろいろあったのを思い出します。


ほしをひろいに 表紙
ほしをひろいに 表紙
つきがほしをかかえきれなくなったなら
ほしをひろいに 1-左
まちをとおって
ほしをひろいに 1-右
もりをとおって
ほしをひろいに 2-左
ほしふりのおかへ
ほしをひろいに 2-右
そうしたなら きれいなほしがひろえるだろう
ほしをひろいに 3-左
けれどもほしが かなしそうに よぞらへかえりたがるなら
ほしをひろいに 3-右
そっと てをはなして
ほしをひろいに 4-左
よぞらへ かえしてやろう
ほしをひろいに 4-右
そうしたなら
ほしをひろいに 5-左
きっと すばらしいよるになるだろう
ほしをひろいに 5-右
 裏表紙
ほしをひろいに 裏表紙


幻の絵本が、10年以上の時を超えて出てきたのも不思議な気持ち。
今夜の私を癒してくれました。

穏やかで優しい気持ちを持ち続けることの困難さを実感しつつ、
時折の嵐もまた、
前を向いていく中で不可避な日常、かもしれないな。
母が亡くなってから、ずいぶん長いこと、こんな嵐が来なかったから、
今日は親子で、おばあちゃんごめんね、と、
空に向かって話しました。



※ 2018年1月11日の天声人語 「塩1トンのつきあい」
(新聞はびりびりに破ってしまったので、検索して見つけた引用記事から転記しました)

イタリア人と結婚し、異国での暮らしを多くの随筆に残した須賀敦子さんが書いている。あるとき姑(しゅうとめ)から、こう言われたという。「ひとりの人を理解するまでには、一トンの塩をいっしょに舐(な)めなければだめなのよ」。
▼たくさんの塩を舐めるということは、数多くの食事をともにすること。伴侶であれ友人であれ、たくさんのうれしさや悲しさを一緒に経験することなのだろう。須賀さんの姑も昔、自分の姑から聞かされたというから、かの国で長く伝わる例え話なのか。
▼人間が生きる上でいかに塩が大切で、かけがえのないものか。それがにじむ言葉は少なくない。キリスト教で「地の塩」とは、不正や腐敗を見過ごすことのできない人物を指す。食べ物が腐るのを塩が防ぐからだ。変わることのない誓いは、「塩の契約」である。
▼きょうは塩の日。戦国時代、塩の供給を断たれて困っていた武田信玄に、ライバルだった上杉謙信が塩を送ったとの言い伝えにちなむ。もっとも最近は塩の語感にマイナスの印象がつきまとう。このところ耳にするようになった「塩対応」は、冷淡で愛想のない態度を指す。
▼塩はもはや貴重品ではなく、どちらかというと嫌われ者。そんな現代社会を映し出しているのだろうか。スーパーには減塩をうたう商品が並び、自治体が減塩の指導に乗り出す。一方で、熱中症対策には塩分が不可欠だとも言われる。
▼過ぎてもいけないし、足りないのもいけないのは、塩に限らない。いい塩梅(あんばい)、という言葉もある。

(人を理解する、人間関係を作るのは大変だ、ということを通じて、
結婚したって、イバラの道が待っていることが多い、と慰めたつもり…でしたが、
ナカリには、理解が難しい例え話で、逆に刺激になってしまいました。
反省を込めて、記録しておきます)




猫バンバン正月バージョン



思い出 | 19:54:52 | トラックバック(0) | コメント(16)
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