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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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「友達のつくり方」が分からない!
こんばんは、または、こんにちは。
見に来てくださってありがとうございます。

先の記事をアップしてからの後日談、になるのですが・・・

ナカリは私のブログを読もうと思えば読めるものの、
読むのがこわい、という感じで、チラチラッと単語を追う程度の見方をしているので、
私が悲観的な内容をアップしたからと言って荒れるわけではありません。

が、「地雷」的な単語や表現は確かに有って、
それが絡んでくると、我を忘れるくらいにメルトダウン
全否定に向かう白黒思考で、いわゆる「橋を焼く」一歩手前まで突っ走ってしまう。
回復までの時間は短くなったものの、
「友達」を巡るあれこれは、やはりデンジャラスゾーンだな、と再認識しています


学校時代に、「いわゆる友達」が自分にはできなかった、ということが、
ナカリ本人のトラウマになっていて、
その理由の一つに、自分の「自閉症」という特性がある、と認識すると、
(自閉症は一生の問題なので)これから先の希望も否定される・・・。
確かにこれは、何とも辛い展開です。
「友達はいなくて構わない」と言う息子の境地に至れたら、少しは楽になるだろうけれど、
思春期の乙女心も含めて、揺れる気持ちがあるのは当然よね


小学校高学年、周りで何となく女子のグループが出来ていった頃、
入りたいけど入れてもらえない、どうやったらその「なかま」に入れるのか方法が分からない、
何とか他の子のやり方(交換ノートや手紙の内容)をお手本に「模倣」してみるも、
それが逆効果で、否定され距離をとられ、本人の弁によると露骨に「いじめられた」・・・
だから、その子たちのことを思い出すだけでも、怒りがこみあげて、「なんでよ!」と叫びたくなる。
この繰り返しループから、なかなか抜け出せない苦しさがあります。

親の立場で振り返っても、
学校以外=療育関係の場で、他市他府県の「友達」が出来た時期はありましたが、
年賀状やメールのやりとりも徐々に途絶え、
当時の「友達」で、今も連絡し合えているのは一人だけ。

そして、学校時代の繋がりとして続いているのは、
支援学級の親同士や、卒業後も親同士連絡をとり合えている家族、と先生方・・・で、
親の私抜きにナカリだけ(子ども同士)繋がり続けているという関係は、
残念ながら、皆無、というのが実情です。

(ただ、今、
年上だけれど自分と似た状況のメル友さんや、教会の牧師先生、
家事指導をしてくれた私の友人、絵の先生、相談機関のスタッフさん、など、
「大人の友達」が増えてきたのは救いだし、感謝しきりです。)


今日のナカリの結論。
他の人たちが、一体どうやって「友達」になっていくのか、不思議だし、謎だ。

このグルグル回り、自問自答、行ったり来たり、の繰り返しから自由になるためには、
「自己肯定感」をしっかり上げていくこと!なんだろうなあ。
遅ればせながらでも、気づいた時がスタート、と思って、
「今の自分を好きになる、がんばりを認める」を繰り返し伝えていくしかない、
そして、
私自身、自分の中にある否定的意識を振り解いて、心の底から希望を見いだし信じること!

2020年は自分のしたいことを見つけよう、と、「自分」に目を向けたスタートでしたが、
やっぱり、ナカリとの関係抜きには「1年の目標」にしきれない・・・と痛感した一日です。
共依存関係を脱するように気をつけながら、
未来に目を向けて、彼女に対して、正直に、肯定的な言葉を送り続けられますように。


まとまらないまま、今の心境を備忘録にした記事になってしまいました。

先週くじいた足首に貼ったシップにかぶれて、足を引きずりながらの移動が続いています。
(特に、階段の下りがキツイ!)
不自由なく歩けることのありがたさも改めて痛感中。
皆さんも、お体に気をつけてお過ごしください。
今日も最後までありがとうございました。

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思い出 | 22:26:27 | トラックバック(0) | コメント(6)
夏の帰省記事の続き 瀬戸の海岸へ(復路)
こんばんは、または、こんにちは。
見つけて、心にとめて、来てくださってありがとうございます。

今年は8月の家族帰省の前後に、強烈なメルトダウンがあって、
そのあと、秋にかけて上がったり下がったり。
私の精神科入院が、良い形で、その後に繋がったので、
年末は落ち着いて過ごすことが出来そうです。
(溜まりまくっている仕事に関する心配をのぞけば・・・)


年の終わりを目の前に、今年のことは今年のうちに、と考えると、
8月の記事が途中で切れているのが引っかかったまま残っているので、
過去記事「帰省報告その2 瀬戸の海岸へ(往路)」の続きを、
(半分自己満足のために)書き上げてしまっておきます。


母の生地は、もともと愛媛県の南予(八幡浜)ですが、
私から見た母の「実家」は、松山市郊外の三津浜です。
過去記事では、伊予鉄高浜線に乗って、終点の高浜駅で降りた時の様子を書きました。

駅の目の前の港から、辺りを一巡りして駅に戻り、
今度は高浜駅始発の電車に乗りました。

レトロな高浜駅
2019年8月高浜線10 jpg
木造の駅の壁には、津波に備えて?駅構内の高さ、が表示されていました。
2019年8月高浜線11 

ガタンゴトンと元来た道を逆行して、三津駅で降りると、
再開発された商店街に、それなり、観光客の姿が。

そして、そこここに無料配布のパンフレット。
左下の赤丸は、三津浜港の夏の花火大会の様子です。

母が亡くなる前年の夏。
数カ月だけでしたが、病院を出て、実家に戻って叔父(弟)と一緒に暮らした時、
車椅子を押してもらって、三津の花火を見に行った、
という話を何度も聞いたのを思い出しました。
その花火を見た場所が右の小さな赤丸。
なつかしい実家で、少しでもゆっくり過ごせた時間があって良かったね、お母さん…。
2019年8月高浜線20 jpg
三津駅から商店街を抜けて北に上がった、大きめの赤丸の中の古民家に、
私の実家から運んだ雛人形(父の思い出の品)を飾ってもらっている、というので、
叔父に案内してもらって、みんなで見に行きました。
父が亡くなる前に、私とナカリのために飾っておいてくれた雛人形。
今は、観光地としての古民家で、いろんな人に見てもらえているんだなあ、
と、とても嬉しく思いました。

その古民家(土蔵の裏)のすぐ向かいにある鯛飯のお店、森家、の2階が資料館になっている、
というので、予約なしでしたが、そちらものぞいてみました。
2019年8月高浜線19 jpg
大阪から来た旨伝えて、2階を見せて欲しいとお願いすると、
代々資料を保存してきたご主人の森さんが、快く案内してくださり、
古いもの大好きな息子は大感激。

この森さん、NHKの番組「ブラタモリ」にも出演された方です。
2019年8月高浜線16 
右上の写真、赤い矢印で示しているのが、その方。
2019年8月高浜線17 

江戸時代の参勤交代の資料や、地図、
関所を通る時に見せた通行手形、などなど。
貴重な歴史資料をたくさん見せてくださいました。
三津浜の学校から松山中学(漱石が教鞭をとった「坊ちゃん」の舞台)に進学した生徒さんの通学定期は、
木の札に穴をあけて紐を通したもので、「これが定期券!?」と驚きました。

この森家を出ると、すぐ近くに「三津の渡し(船)」があるので、そこに向かいます。
(ブラタモリの本にも、渡しに乗船中のタモリさんの写真が載っています)
赤い丸の下から上に向かって歩いて数分。
2019年8月高浜線18 

向こう岸まで、ほんのわずかの距離ですが、
この渡し船があるおかげで、地元の人はとても助かっています。
運賃無料、時刻表無し、お客さんがボタンを押すと、行ったり来たり。
2019年8月高浜線15 jpg

2019年8月高浜線14 

そして、渡し舟を降りてから、歩いてすぐ、
今度は三津駅からひとつ高浜駅方面に戻った港山駅(無人)へ。
2019年8月高浜線13 
あとは、松山市駅を目指して、再びガタンゴトン。

あの夏の旅から、もう半年近くたったと思うと、夢のような気がします。

父の思い出、母の思い出。
孫たちにとっては、やはり距離感があって当たり前なんですが、
私にとっては振り返ると一番近いところに居た両親だったなあ、と、
こんな年になっても、まだ懐かしく、思い出は尽きません。

そして2019年は、いろんな意味で自分自身の節目になった年だった、
と、改めて感じています。

入院中の心理検査結果報告の際にも、
自分の性格に生い立ちが大きく影響していることを再認識して、
過去を踏まえた上で、今後を考えて行かなくちゃ、と思ったのでした。

ナカリとの距離をうまくとりながら、彼女がしっかり自立できるように、
残りわずかの今年、そして来年以降も(無理しない範囲で)頑張らなくっちゃ。


プライベート&ローカルな記事に最後までお付き合い、ありがとうございました。

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思い出 | 23:11:48 | トラックバック(0) | コメント(6)
実家の片づけで父親の描いた絵に胸詰まる
こんばんは、または、こんにちは。
見に来てくださってありがとうございます。

今年ももう、残すところ10日になりましたね。
何だか夢を見ているような、秋以降、時間が止まっているような感じです。

そんな中、私一人実家の片づけのために帰省してきました。
朝の飛行機は曇り空の大阪を飛び立ったあと、雲海の上!
生クリームケーキのような白い雲、雲のじゅうたん(昔の朝ドラを思い出します)。
2019年12月帰省 
小さい頃、飛行機に乗った感想を聞かれた従弟が「(雲上を)誰も歩いてなかった」と言ったのが思い出され、
ほんとよねえ、こんな雲の上なら歩いたり寝ころんだりできそうなのに・・・と、
こんな年になっても思ってしまうのでした。


実家に到着後は、とにかく黙々とモノの整理、仕分け、処分。
ウサギのアキちゃんのお世話も、安心してナカリに任せられるようになり、
日帰りでなくても1泊可能になったおかげで、
物置の中の古い衣装ケースの中身を、一気に全部片づけることが出来ました。

私は一人っ子なのと、昭和初めの両親世代は「捨てる」発想が無かったおかげで、
衣装ケースの中には、小さい頃に描いた落書き含めて、あらゆる「作品」が保存されていました。
かすかに記憶に残っている、ディズニーや手塚アニメの表紙の「お絵描き帳」。
クレヨンのなぐりがきから、みごとな(笑)頭足人間、
そして、
父が一緒に描いてくれたと思われるたくさんの絵、絵描き歌のコックさん・・・などなど
2019年12月帰省2 
パラパラとめくりながら、「こんなの処分してくれていて良かったのに」
と思いながら、自分も子どもたちの描いた絵を捨てられずに残しているので、
実家だけじゃなくて自宅のものの処分も必要だなと苦笑してしまいました。

でも、こうして残しておいてくれたおかげでタイムスリップ。
親子で一緒に絵を描いたということは、
忙しかった父が「遊んでくれた」ということだよなあー、と、親の愛を実感して胸詰まり、
父の絵が「浦島太郎」の場面らしいと発見した時には、思わず笑顔になったりもしました。
2019年12月帰省3 
(助けた亀に乗って竜宮城へ向かう?あたりはゴニョゴニョ・・・乙姫様はどこ?)

おじいさんが絵をいっぱい一緒に描いてくれたおかげもあって、
孫たち二人とも絵が好きだよ、ありがとうお父さん。


仕事人間だった父の、仕事上の書類なども出てきて、
「自己評価表」の書き込みは思わず読み込んでしまいました。
(生前に見つけていたら、これをネタに話が聞けたのになあ)


そんなこんなで、1泊があっという間。
帰りの飛行機からは夕陽に照らされた瀬戸内海が見えました。
2019年12月帰省4 

大阪空港に近づくと、夕陽は飛行機の背後になり、雲と雲の間を飛んで、
また青空が復活。
2019年12月帰省5 
空、って不思議、雲、って不思議。
飛んでること自体、すごいなあ。
無事に帰り着けて良かったです。


アキちゃんは元気です。
ナカリは昨日、
リンク先のまやさんのブログで、大切な愛ウサギさんの看取りの思い出を読んで、
涙が止まらなくなり、自分もブログを書きました。

ナカリが撮ったアキちゃんのアップ。
アキちゃん187 

アキちゃん188 
モフモフしてる!
首周りから耳にかけて、毛が長くなってるのがよく分かります。
夏毛の頃のアキちゃん ↓
アキちゃん189 

すごーい、見比べるとよく分かりました。
ただ、この、ふわふわモフモフ大量の抜け毛が部屋中を舞っている?からか、
ナカリの鼻水が止まらない・・・アレルギー用の薬を飲んだらちょっとマシになったので、
アレルゲン検査でウサギはクリアしてたけど、もしかしてイネ科の牧草が原因かなあ?

ウサ飼いさんの友人も、何年もたってからアレルギーが出て、
今はお世話の際にはマスクに手袋に完全装備でお掃除してるそうです。

鼻水は辛いけど、アキちゃんは可愛い。
アキちゃん190 
ちょっとお口があいたところをパチリ。

アキちゃん191 JPG
外遊びの時の可愛いポーズをパチリ。

アキちゃん、元気でいてくれてありがとう。
一日一日、アキちゃんのお世話ができることに、私も元気をもらっている気がします。

ついこの間、1歳の誕生日を迎えたばかりのアキちゃん。
今年は、アキちゃんとの出会い、が、家族内年間ニュースの第一位になりました。
来年もよろしくね。
(おじいちゃん、天国でアキちゃんの絵を描いてくれてるかなあ~ ^-^)


今日も最後までありがとうございました。

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思い出 | 23:57:57 | トラックバック(0) | コメント(4)
3ヶ月お風呂を拒否した幼い頃のナカリと、家風呂に入れなかった亡き両親と
こんばんは、または、こんにちは。
見つけて、心にとめて来てくださってありがとうございます。

長かった帰省から戻ってきました。
無事にペットホテルで過ごしたアキちゃんを、夕方お迎えに行ってきて、
帰宅後もいつもの元気な様子で、よく食べよくウンチしてくれて一安心です。


ところで・・・
少し前の記事で、にほんブログ村のバナーの話を書きましたが、
今日「自閉症スペクトラム」ジャンルを見たら、別の方の、
「お風呂に入れなくなりました・・・」という記事が一番注目、になっていて、
思わず、ナカリの子どもの頃を思い出しました。

ナカリの場合、結局、確たる理由は不明のままでしたが、
保育所時代の冬場、どうしてもこうしても入浴を拒否し続けて3ヶ月
寝ている間に体を拭き、髪の毛を「水の要らないシャンプー」でとかし、
その間にも、色んな人に相談し、
最後は、当時気に入っていた「ぽぽちゃん人形」に水着を着せて浮き輪を持たせ、
それと同じスタイルで、自分もプール用の浮き輪を持って水着を着て、
「ぽぽちゃんと一緒に」なんとかお風呂に入れた時の感動!

その後は夢のように無事に入浴オッケーになったわけでしたが、
今振り返って本人に聞いても、なにが嫌だったのか分かりません。

相談員さん達とも、
浴室の温度の問題なのか、服を脱ぐという仕草なのか、あれこれの可能性を考え、
いずれにしても、なんらかの「ハードル」が、
通常私たちが考えられないような形でナカリの前に立ちはだかっていて、
それを超えることが、どうしてもできなかったのだろう
、と。
(当時はまだ、感覚過敏、という発想が出始めた頃で、何もかも手探り状態でした)

そんな中、
「ぽぽちゃん人形といっしょにお風呂に入ってみたら?」という提案は、
ナカリの幼なじみでダウン症を持つ友達のお姉ちゃんが、してくれたのでした。
・・・なつかしいなあ。
4977489016050.jpg
(当時のぽぽちゃんは、オレンジ色のセパレート水着に真っ赤の浮き輪でした。
時代が変わって、随分カラフルになったな~~)


あの当時の悪戦苦闘の毎日を思うと、
今回、アキちゃんをペットホテルに預けて、家族4人で長期帰省が出来たこと自体、
本当に感謝です。
今、日々が苦難の中にある後輩ママたちにも、いつか穏やかな日が訪れますように。

ナカリ自身も、いまだ、外食や外出、公共交通機関の利用、にはハードルがありますが、
それも、ひとつひとつ、1回1回、乗り越えながら今に至っていることの重みをかみしめます。

ついでにいうと、
帰省中、過ごした、実家のお風呂は水(それも、若干濁り水)しか出ません。
子どもたちには、湯船に少しの水をためて、
鍋で沸かしたお湯を何度か継ぎ足して行水してもらいました。
この「お湯が出ない」、という状態は両親が存命だった頃からのことです。
「お風呂」という言葉で、改めて、「好きな時に家のお風呂に入れる幸せ」
について、ナカリに話をしたのでした(両親はそれが出来なかったので)。
ナカリと話す中で、「おじいちゃん~、おばあちゃん~」と涙目になりながら、、
世の中にはいろんな不自由があって、感謝すべきことに気づかないこともあるよね、と。


人に対する不信感や、「悪意の人」の存在を感じてしまう腹立たしさや苦しさを、
過去を振り返る度に、私自身も感じてしまうので、
母が好きだったマイケル・ジャクソンのあったかい歌を貼っておくことにします。



帰省中のあれこれはまた改めて。
今日はお風呂の思い出だけですみません。

最後までありがとうございました。

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思い出 | 02:13:11 | トラックバック(0) | コメント(0)
振り返れば、明けない夜はない
こんばんは、または、こんにちは。
来てくださってありがとうございます。

波乱の生活介護所見学から、今週は、体験の段取りまで整いました。
ナカリが自分から興味を示してくれたので、ドキドキを乗り越えて、
良い経験になりますように・・・

この間、私が書いたブログに対して、
たくさんの方があたたかいメッセージを伝えてくださり、
身近な友人たちが気にかけて連絡してくれて、
申し訳ないとともに、ありがたさで胸いっぱいの数日間でした。

また、先週末には、
今まさに子育て真っ最中の後輩ママさんたちとお話しする機会もあり、
一緒に連れてこられていた3才の娘さんの様子が、昔のナカリに重なって、
どんなにか毎日大変だろうと思いながら、
自分自身に対しても、
よくまあここまで辿り着いてきたものだと、
長かった過去を改めて振り返らされる思いでした。

ちょうど、夫が買ってきて渡してくれていたマンガ
(↓ 下記をクリックすれば、試し読みページが開きます)
「ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~1巻」(秋田書店)
も、手元にあったので、
読み返してみて、重なる想いに涙涙・・・
2巻が7月に出る予定と知らなかったので、次もぜひ読んでみたいと思います。

ナカリの自閉症との付き合いは、この先もずっと続くのだけれど、
年月を重ねる中で、確実に成長しているのだから、
ゆっくり、しっかり、一歩一歩踏みしめながら、前に向かって進んでいこう。

まだ、少し、疲れ気味ではありますが、
前に光は差していると、思えていることに、感謝を込めて。



がんばりすぎないように、でも、がんばります。
見てくださった皆さんに、心から、ありがとうございました。

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思い出 | 23:19:01 | トラックバック(0) | コメント(13)
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