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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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息子から見たナカリ
こんばんは。
見つけて、心にとめて、来てくださってありがとうございます。

今日は良い天気になりましたが、明日からまた下り坂?
貴重な晴れの日でも、ナカリと家であれこれして過ごしました。
今月、私だけまた無人の実家に戻って
「家仕舞い」に向けた大掃除と片づけが控えているので、
この間、自宅でも、モノの片づけ→処分、にいそしんでいます。
今日は、息子が幼稚園の頃の水彩絵具なんかを捨ててスッキリ。
リコーダーや習字の道具は・・・まだ使うかなあ。
ピアニカは?う~ん、微妙(笑)

その片付けの中で、息子が描いた絵や、文章が出てきて、
「ナカリちゃんはいいなあ~、みんなに優しくしてもらえて」
という言葉に、記憶が鮮やかに蘇りました。

ナカリは、支援学級の中で、
より重度の子どもさんや、目に見える障がいの友達の方が大事にされている、と、
辛い思いをしたことを何度も書いていますが、
息子は知的な遅れが無い発達障がいだったので、小学校時代は全くノーマーク、
親の私自身も、不登校になって初めて「親に心配かけない良く出来た子」
として視界から消えていた息子のことが全面展開になったという状態だったくらいで・・・
彼が、「支援学級にいる妹」のことをどんな風に見ていたのか、
思い出すと胸が締めつけられます。

5年生からほぼ完全不登校になって、中学時代は命の心配をし続けた息子。
今も昔も、彼から学ぶこともたくさんあります。
ナカリと私のバトルを見る度に胸痛めていた彼が、
逆にそのおかげで「家を出たい」という気持ちから一気に一人暮らしに移行して、
今や私よりも家事能力が高いように思われるくらいに独り立ちしました。

うんと幼い頃、「お母さん、良かったやん、ナカリちゃんみたいな珍しい子産んで(^-^)」
とか、
「こっちが言ってることはナカリちゃん分ってるみたいなのに、みんなはナカリちゃんの言ってることを分かってあげられない」
とか、
ドキッとすることを何度も言っていた息子も、もう20代折り返しました。

このところ、よく聞いているNHKラジオで、あるパーソナリティーさんが
「僕もある時期、学校行ってなくて、ラジオばっかり聞いてたんですよ。
で、
「みんな今頃、学校で勉強してるんだなあ~、でも俺は今ラジオ聞いてる、なんか大人だよなー」
みたいな気持ちになった、という話をされて、
「今、ラジオを聞いてる方の中にもいろんな人が居ると思いますが、大丈夫です!」
と言ってくれて、息子も不登校の間、ラジオ(やテレビ)と嫌というほど付き合ってたなー、
と、思い出しました。

彼がほんとにしんどかった時期、何度も夫婦で教育委員会との話し合いに出かけ、
(当然、夜なので)ナカリを友達の家で預かってもらって、息子は一人家で留守番、
という日が続きました。
そんな話をナカリにしていたら、
息子が幼い頃に描いたぬいぐるみ(いつも連れ歩いていた彼の心の友。
今もボロボロになったそのぬいぐるみを残してあります)の絵を見ながら、
ナカリがぽろぽろと涙を流して泣き始めてしまったので、こちらが驚かされました。

私は一人っ子なので、きょうだいの気持ちが分からないのですが、
なんか、いいなあと。親がいつか先に居なくなってもきょうだいが居るじゃん!と。

まあ、当事者からしたら、そんな簡単な話じゃないでしょうが、
いろいろと胸打たれた一日でした。


前の記事に貼ったシーアの力強い歌が耳虫になっているので、
連続ですが、彼女のベストメドレーをピアノで。


息子にとっては、中学の時に出会ったピアノも心の友です。
まったくの独学でしたが、市の適応指導教室に通っていた時に、
施設のホールでの活動の際に置いてあったグランドピアノに触れたのが最初の原体験。
発達障がいの凸凹の突出した部分が、息子の場合は、語学と数学と音楽、だったので、
一人で楽典を読みこなし、作曲をはじめ、いろんな楽譜を手に入れては、
独り暮らしの今も、近くの貸しスタジオでピアノを弾く、という状況に至っています。

音楽は心の支え。
出会えて、ほんとに良かったね。


「支援学級の子だから」「重度の障がいがあるから」
とかいう「理由」を必要としないで、目の前の子どもに心から寄り添おうとする大人の存在が、
「誰も助けてくれない」と意識している子どもにとって、どんなに支えになるか。
同じく胸痛んだ東京の5歳の女の子の事件についてハフポストが詳しく記事にしているので、
貼っておきます。
一般のニュースで流れてこない内容まで深く取材した記事だと思いました。
今後の検証をしっかりしてほしいと願うばかりです。

「パパ、ママいらん」でも「帰りたい」 亡くなった5歳児が、児相で語っていたこと

最後悲しい記事ですみません。
ヘルプマークは、障がいの有無というだけでなく、
この事件の母親のように、どこにも相談にいけない追い詰められたママにも届いてほしい。
そんな気持ちでいます。
読んでくださってありがとうございました。


追記
最後の事件についての記事があふれていますが、
アエラの記事に、子育て中に追い詰められる親に対する言及があったので、
それも貼っておきます。

結愛ちゃん虐待死「ひどい親」と批判しても事件は減らない 「評価」に追い詰められる親たち


猫バンバン

今日は、ヘルプマーク普及ネットワークさんが紹介してくださった大阪トライ君です。
花園ラグビー場で活躍中のゆるキャラ?です。
ヘルプマーク14 images





思い出 | 22:03:32 | トラックバック(0) | コメント(16)
地域子育て支援センターにて
こんばんは。
FC2の足あとで分かる以外の方たちも見に来てくださっていると思うと、
こちらから伺えないことが申し訳ないのですが、
改めまして、来てくださってありがとうございます。

昨日は、19年前から毎月続けている、
療育施設の非公式同窓会(言い出しっぺは私)に行ってきました。
場所は、最初からずっと、地域子育て支援センターです。
子どもたちが大きくなってからは、虫を飼うこともなくなりましたが、
「さなぎがいる!」という後輩ママの声に、
部屋の一角に置いてある虫かごを見て、
まさに「ポケモン」のキャラクターそのものの姿に、思わずパチリ。
(虫が苦手な方もいらっしゃるかも、なので、小さめの画像にしました)

芋虫 IMG_1709
さなぎ2 IMG_1708
さなぎ IMG_1711

きゃあ、キャタピーだ、トランセルだ、と、興奮してしまいました。
羽化予想までできるとはすごい!見に来たくなったくらいです。

別の虫かごには「でんでんムシムシかたつむり」
かたつむり IMG_1710

う~ん。
最近、ジャポニカ学習帳の表紙からも、虫の写真が無くなったらしいけれど、
やっぱり身近な生き物、って、なんだか幼心を刺激されますね。

とかなんとか言いながら、あとは大人同士、あれこれおしゃべりして過ごしました。

この「地域子育て支援センター」
今は各地にありますが、
市ではちょうど、ナカリが療育施設に通い始めた頃に1か所新設されたばかりで、
日中の居場所を探して親子で自転車に乗って放浪していた頃に、
すがるような気持ちで訪れたものの、
「初めての場所は苦手」なナカリが、どうしても自転車から降りてくれず、
当時2階にあったセンターにヘルプ電話をしたら、
支援員さんが外階段を下りて、1階入口まで見に来てくれたことがありました。

ですが、自転車のかごの中でギャーと暴れるナカリを見て、
うーん、これは無理に連れて入るのは出来なさそうね・・・と諦め、
ちょっとずつ慣れたらいいね、また来てね、と、泣く泣く「さようなら」。
そのまま近くの公園に行き、
せせらぎの中に浸かってビショビショになったナカリを再び自転車に乗せて
泣きべそかきながら帰宅した思い出があります。
当時のナカリは、
図書館でも市役所の児童福祉課でも、とにかく床に寝転んだり走り回ったりで、
療育施設のない日は(週3日しか通えなかったので)どうやって過ごしたらいいのか、
毎日がストレス限界いっぱいいっぱい、という日々でした。
保育所に通えるようになって、夢のように自由な時間が(わずかでも)戻ってくるまで、
24時間子どもに振り回され寄り添いながら、
クタクタのヘロヘロだったのを思い出します。
一般の他の人が見たら、
単なる「躾のできてない子ども」としか受け止められなかったでしょうが。
自閉症の子どもたち特有のパニック!こだわり!は、
母親からしたら理不尽極まりなく、
育児ノイローゼ、虐待、にまでつながるほど深刻なものでした。

・・・なので、もし、当時「ヘルプマーク」があったら、
きっと自分のカバンにつけてただろうな
(笑)
そういう気持ちもあって、
支援センターの職員さんたちに「ヘルプマークご存知ですか?」
とお尋ねしたけれど、皆さん知らない、とのことで、
妊娠初期の方も使えるので、是非ここでも広報して~と、
こちらから、チラシや現物をお見せしたのでした。
(このあと、市長に状況報告ツイートして「認知度UP」をお願いしたら、
初めてリアクションをいただけてホッとしています)

自分たちの頃よりも、
少しでも子育てしやすい環境が整ってきていることを喜びつつ、
それでもまだまだ奮闘中のママたちがいること思うと、応援しなくちゃ、と実感中です。


最後、話が飛びますが
この春退職した友人が「一緒に歌おう」と誘ってくれた「ピアノマン」♪
弾き語りは難しいので、歌と伴奏を分担して練習中です。
「歌詞、良いね~」と友人。
なので、歌詞付きバージョンを、練習用に貼っておきます。
自分の時間も大事。楽器を演奏したり歌ったり、を、何かの励みに出来たらいいな。


今日もありがとうございました。
猫バンバン

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思い出 | 02:58:38 | トラックバック(0) | コメント(8)
支援者(母親)のメンタルヘルス ねぎらわれることで癒される
こんばんは。
見に来てくださってありがとうございます。


今日はナカリのカウンセリングの日でしたが、ナカリ本人はお休み。
私一人で行って、「母親カウンセリング」、をしてもらいました。
先日のメルトダウンの一件は、
ブログやメールでいろんな人に話を聞いてもらって、
その後も落ち着いているし、うまく吹っ切れたつもりでしたが、
あまりの大爆発が、どこかで尾を引き続けているためか、
夜、なかなか眠れなかったり、突然不安に襲われたり、奥歯を噛み締めたり、
なんとなく心の中に澱がたまっているような感じだったので、
しゃべることで今の感情を整理し直そう、と思ったからです。
ナカリ抜きに、私がカウンセラーさんと1対1でお話しするのは、ほんとに久しぶり。

昨年母を看取った後から、この1年あまりのあれこれを、たくさん聞いていただきました。

直近のナカリ爆発のきっかけを作ったのが自分だった、という自覚から、
この間、1歩前進、2歩後退、のような気持ちでいた私に、
いやいやこれまでの頑張りは大変なものだったから、3歩前進、2歩後退ですよ、
と、カウンセラーさん。
なるほど・・・確かに、そう考えたら、1歩ずつ前進してるよね!
成長、の実感は確かにあるので、霧が晴れて光が差した気がしました。

さらに、
こういう爆発は、今後もきっと定期的に繰り返されるだろうこと、
油断は禁物!
ただ、引き金は分かってきているから、なるべく回避することはできるし、
繰り返しの度合いを下げることはできるだろうこと、
大切なのは、支援者自身が自己コントロールを失わないこと、
そのためにも支援者側のストレスマネジメントを怠らないこと

…と伝えてくださった上で、
ナカリちゃんも頑張ってるけど、お母さんも本当に良く頑張ってます!と、
心からねぎらってくださったので、
思わず涙がこぼれそうになりました。

今から20年くらい前、
ナカリに発達上の問題があるのではないかという不安が抑えられなくなり、
何度も何度も躊躇しながら、やっとの思いで市の窓口に電話して予約を取り、
ナカリを連れて初めて施設を訪れた際、
子どもの様子を見た相談員さんが、
「お母さん、よく頑張ったねえー」と、
なにはともあれ開口一番、まず、ねぎらってくださったので、
堰を切ったように涙があふれてしまったことを思い出しました。


この状況の中で、あなたはよくがんばっている、と、
思いやりやねぎらいの言葉をかけてもらうことで、
こんなに癒されるなんて…

この間、ナカリに対して良く頑張ってる、と誉め続けてきたけれど(というか、だからこそ)、
ナカリが「大嫌い」と言ってすねた態度をとった時に、思わず腹を立ててしまったのは、
私自身の頑張りゲージがキャパオーバー状態だった、ということなのかも…
そうなる前に(後でもいいけど)、
自分で自分をほめる、誰かにほめてもらう、というメンテナンスが大事だったんだ!

そう思って振り返ると、
このブログでも、弱音を吐いた時に、たくさんの方々が、
あたたかい言葉でねぎらい、力づけてくださったことに、
改めて感謝の気持ちでいっぱいです
助けられ、癒されてきたこと…、重ねてありがとうございました。

これからも、自分自身のメンタルヘルスをおろそかにせず、
行きつ戻りつを繰り返しながら、ゆっくり前進したいと思います。
同じ言葉を繰り返している感じですが、引き続きよろしくお願いします。


今日のNHKFMは歌曲でした。
アイルランド民謡「ダニーボーイ」が耳に残ったので、
検索で見つけたアカペラを貼ってみます。
親が子を思う気持ち、を、重ねながら・・・♪


猫バンバン

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思い出 | 23:25:04 | トラックバック(0) | コメント(10)
それぞれの生い立ちの中にあるもの
こんばんは。
見に来てくださってありがとうございます。

今日は、久しぶりにナカリの後輩のお母さんと、家でゆっくりお話をしました。
昔は、親同士集まって話すことと言ったら、子どもの療育や学校の話ばかりだったのに、
いつの間にか、子どもも親も年をとって、今は、親の親の世代の介護や看取りの話、
子どもについては、就労と自立、親亡き後の話、になってきました。
そして、話しながら思ったのは、
子どもたちの成長と共に、
自分たち自身も、もう一度自分の子ども時代を振り返らされてきたな、ということ。
「思春期」只中の我が子たちを見ながら、自分がくぐってきた思春期を振り返り、
スル―してきたことや、重なること、を、追体験しているような気持ちです。

実は昨夜、編み物をしていたら、
突然、猛烈に母の事が懐かしくなって(母は編み物の達人でした)、
「寂しいよ~」とナカリに甘えてしまった私です。
母娘二人で「おばあちゃ~ん」と、ウルウルしてしまいました。

今日友人と話していても、今の自分を形作ってきたのは、
幼い頃からの「家庭」の空気や故郷の自然、だったんじゃないかな、と。
生い立ちを語りだすと、それこそ、どの人にも「ものがたり」があるのだなあ、
と、友人の話を聞きながら、しみじみしてしまいました。


いろんな気持ちが交錯して、文章にしようとするとまとまらないので、
洋画が大好きだった母のことを思いながら、
映画「ニューシネマパラダイス」の音楽を貼ります。
息子にも観てもらった映画です。
確か以前にも一度、記事を書いたと思いますが、
息子が西洋古典を研究するようになってから、イタリアの風景がとても身近に感じられ、
長い映画ですが、繰り返し観たくなるし、音楽も聴きたくなります。
母とはたくさんの映画の話をしましたが、その母の映画好きは、
私が生まれる前に亡くなった祖父ゆずりだったそうです。
まさに、祖父たちの世代の異国の風景が、なぜだかとても懐かしい感じです。
子どもたちとはほとんど関係ない記事ですが、これも思い出、ということで。



今日もありがとうございました。

猫バンバン



思い出 | 23:18:35 | トラックバック(0) | コメント(10)
不登校という経験
こんばんは。
来てくださってありがとうございます。

今日、ナカリは、ホルター心電図を装着したままカウンセリングに行ってきました。
お話の途中でしんどくなって、
帰り道は、とても公共交通機関を使えそうになかったので、
タクシーをひろって帰宅しました。
そのあと、ひとしきり泣いて、親子でお話して、
少し落ち着いたので、自分のブログを書きました。
文章や絵で心のうちを表現することって、大きな経験だなあと思いながら見ています。

私自身は、朝から半日で、今年の本屋大賞「かがみの孤城」を一気読み。
ネットの書評で後半からラストにかけての展開が絶賛されていますが、
個人的には、前半はじまってすぐ数ページの、不登校の場面が深く深く心に突き刺さりました。

我が家の子どもたち二人とも小5から不登校で、
上の息子は市の「適応指導教室」に通い、地元中学とはかなり揉めた末、
「高卒認定試験」資格で大学・大学院に進んで、現在職業研究者を目指す途上、
ナカリは他市の「適応指導教室」と校区の小中学校を並行利用しながら、
通信制高校を経て、現在在宅&年金生活。
二人とも、集団生活には全く馴染まない個性の子どもたちです。

成人して、もう「同調圧力」を感じることはほとんどなくなりましたが、
「学校時代」は、ほんとに何度も修羅場がありました。

「かがみの孤城」から
>「おかあさん、おなか痛い」
この言葉に、お母さんが「露骨に表情をなくし」「うんざりしたような声」で
>「痛いってどういう風に?」
と尋ねる場面。
>「…どうするの、行かないの」
矢継ぎ早に責めるように言ってしまうお母さんの気持ち、分かるよ、おんなじだったよ。
ギスギス、ピリピリ、ドキドキ
>「…今日だけ行かないの?それともずっと行かないの?」
答えられない主人公。そうだよね、答えられないよね。
>本当に、痛いからただ行けないだけなのに、こんな理不尽なことを聞かれるなんてと悲しくなってくる。
そうだよね、理不尽だろうし悲しいだろう、
でもお母さんだって悲しいだろう、苦しいだろう、イライラするだろう。

ナカリも私も似た場面をいっぱい経験したよ。
制服に着替えたけど布団から動けなかった、
学校に電話するのが嫌で仕方なかった、
通学路の途中で足が止まって、どうするのと怒鳴りあって、
前かごに入れたカバンごと自転車を放り投げたこともあった。

なんでよ、なんでよ、って、本人を責める前に、
「学校」での、過酷な子ども同士の具体的やりとりがある、ということに、
気づいている、客観的に目を向ける大人が、いったいどれくらいいるだろう?


「集団」のもつ威圧感、こわさ、無神経さ
>「無視してんじゃねぇ、ブース!」
>「ばっかじゃないの、マジ死ね」

文字で見たらひどいよね、
でも、こういう言葉、ナカリの学校でも現実に飛び交ってた。
障がいをもつ子に対する、からかいや嘲笑、意地悪、を目撃して、
ナカリがどんなにショックだったか。
でも先生たちは、加害者の子の側に立つことの方が多いだろうし、実際そうだった。
だって、その子たちは「かしこい」から。
大人の前では決してぼろを出さない、本音を見せない、
勉強だって部活だってがんばる、期待される生徒像まんまだ、
そりゃあ大人も「良い子」たちだと信じるし、親の私だってそう思ってしまっていた、
我が子の「被害妄想」だ、と。

でも、ほんとにそうだったの?
じゃあ、なんで、被害者側の子どもは心を開かないの?

孤立無援に追い込まれたら、子どもは暴れるか引きこもるしかないよね。
ナカリ、今更だけど、ごめんねえ・・・。
今日は、母娘で過去を思い出し、
一緒になって、「あの子たちキライ!」と怒鳴っちゃいました。

今、ニュースになっているセクハラや文書改ざんの当事者たち、
この人たちみんな、きっと学校では「良い子」だったんだろうな。
悔しいけど、今は、加害者に目を向けるより、目の前のナカリを大事にしなくちゃ。

今日はちょっと後ろ向きな記事で、心が荒れていてごめんなさい。

あまざらし、の「フィロソフィー」

言葉が胸に突き刺さります。

せめてホッとするために…
今日、地区福祉会の独居のおじいさんが「こかぶの間引きをしたから、おひたしにでも」
と、ピンポンして持ってきてくれた菜っ葉。
「無農薬だからね~。家族がいるところはたくさん食べてくれるでしょ?」という笑顔に、
ご近所づきあいもありがたいことがあるな、と思いました。
菜っ葉 IMG_1574

感情的になった文章を読んでいただく形になり、申し訳ありません。
最後までありがとうございました。

猫バンバン



思い出 | 19:43:55 | トラックバック(0) | コメント(16)
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