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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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亡き父への思い 
こんばんは、または、こんにちは。
来てくださってありがとうございます。

今週は、あまりにもメンタル不調で、常備薬の残りも少なくなっていたので、
すがるような思いで精神科を受診してきました。
優しい先生のお顔とお声に接して、「いつでもおいで」に慰められて帰宅。
少しずつ、持ち直してきています。


私が他市の精神科病棟に1か月任意入院したのは去年の11月。
「秋の思い出」として、心に残る穏やかな時間でした。
その病院でも、
退院の際、主治医の先生は「またいつでも、ゆっくりしにおいで」
と、笑顔で言ってくださり、
散歩で知り合った別の患者さんも「出戻り組なんですよ」と笑顔で話されていたので、
今回、無性に入院したくなり、その気持ちを思わず口に出して、
ナカリを慌てさせてしまいました(反省)。

過去記事でも何度か書きましたが、
ナカリも思春期病棟に保護入院した経験があり、
彼女にとってはそれはトラウマで、もう二度と入院したくない、と繰り返しています。
なので、私の場合とは状況が大きく違うので、
「入院のイメージ」を一緒に語ることはできません。
プチパニックに陥っていたとはいえ、ナカリに負担をかけたことを深く反省しています。


そこで思い出されたのが、親の遺品整理をしながら、胸につかえてきた父の秘め事。
(ネットという場でこんな記事を書くことが故人の意に沿うかどうか、
父への懺悔の思いを込めながらですが)
父もまた、独身の若い頃に精神科入院の経験があったのだそうです。
そのことを母から初めて聞いたのは、ナカリが入院した頃でしたが、
同時に、父が私に知られることを大変気にしていた、ということも聞いたので、
結局、私と父との間では、生前、その話題に触れることはできませんでした。
私自身は、母から事情を聞いて、あれこれ想像するしかなかったものの、
当時の父を取り巻く家庭の事情を考えたら、
今で言う「心を病む」状態に陥ってもおかしくなかった、と思っています。
なので、
「お父さん、気にすることないよ、私も気持ちすごくよく分かる、大変だったよね、良く乗り越えたね」 と、
直接、父に声をかけたかった。
その気持ちが、行き場を失ったまま、ずっと心の底に沈殿している気がします。


父、私、娘、の親子三代にわたって、同じような経験をしたこと。
状況はそれぞれ違うし、「精神疾患は遺伝する」という誤解を生みたくないのですが、
メンタル面で課題になる思考パターンが似ている(べき思考、生真面目など)、
という、性格的傾向の近さは(良い悪いではなく)、
何等か受け継ぐものがあったかも、と思ったりします。


振り返れば、仕事人間だった父は、一人娘の私を、ことのほか可愛がり、
亡くなる前の最後のうわごとでも、幼い頃の私を思い出しているような言葉を口にし、
常々「子どもは宝物だ」と言い続けていました。
そして、特に「家族写真(子どものアルバム)」を大切にしていました。
(ちびまる子ちゃんの、タマチャンのお父さんに似た感じです)
ですが、昔の私には、そのことが負担で、うっとうしい気持ちでもあり、
父が酔う度にアルバムを出して見たがるのが嫌で仕方ありませんでした。

今回の片づけで、写真のネガフィルムはほぼ全部処分しましたが、
父が大事にしていたカメラ機材や、写真アルバムは引っ越し荷物に入れました。
昔のネガは、白黒で、1枚ずつハトロン紙に包まれ、折りたたまれてカバーがかけられ、
そのカバーのイラストも時代を感じさせられるデザインばかりで、
捨てる前に写真だけでも、と撮ってきました。
ネガフィルム 

昔のもの、というのは、思い出と結びついているので、
ただの「モノ」ではなく、記憶の引き出しを開ける鍵のようなものだと思います。
私にとって、ネガフィルムの束を見たことが、
父と話せなかった後悔を思い出させるきっかけになり、
そのあとに自分自身が不調に陥ったことで、さらに深みにハマった感じです。


心を病むことは、「悪いこと」「恥ずかしいこと」ではない。

今は、亡き父にも、ナカリにも、そして、自分自身にもそう言い聞かせてやりたい。

「ナカリのブログ」で紹介されていた、アキちゃんの寝姿の別角度・・・
アキちゃん283 
アキちゃん284 

可愛いねえ、アキちゃん。
両親ともに送ってから我が家にやってきたアキちゃん。
愛される経験だけでなく愛する経験をナカリに教えてくれたアキちゃん。
ありがとう。

私の避難先ワンルームを確保するきっかけになった、友人宅への家出中、
面白いよ、と勧められて見た映画「日々是好日」が、今夜テレビ放映されています。
母が茶道をやっていたので、ナカリに声をかけて、チラ見中。
出演者の一人、多部未華子さんが主演した「あやしい彼女」も、
同じく家出中に、友人宅で見ました。
その中の「悲しくてたまらない」という歌のシーンが、ずっと心に残っていたので、
検索してみたら出てきました。
両親の世代。食べていくことに必死で、子育てに必死で、
一生懸命生きてきた、その生活の中で何度「悲しくてたまらない」気持ちになっただろうか。
給料日前には食べるものがなくて、お腹がすいて倒れそうだったという母の言葉が忘れられません。

私事ばかり書き連ねた記事なってしまって、申し訳ない気持ちです。
映画自体は、韓国映画のリメイクで、ラブコメの要素もあって、
気軽な気持ちで見ることができます、よろしければぜひ。


今日も最後まで、おつきあいありがとうございました。

「弱い自分」「責められている自分」と思わないで、
夫からのアドバイスのように、「ケセラセラ」で日々乗り越えていきたいと思います。
がんばりすぎないで、がんばろう。

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思い出 | 19:58:08 | トラックバック(0) | コメント(5)
「やり取り」に疲れています・・・どうしてすれ違うのか?
こんばんは、または、こんにちは。
来てくださってありがとうございます。

連休最終日。
久しぶりに?ナカリとやりあって、家出していました。

実家の処分と並行して、私の避難先(一人用の居住スペース)としてキープした部屋、
実家から引き取る荷物も少しずつそちらへ移動する予定で、
(任意入院先と思えば、ほどほどの家賃)として、活用している場所が行先です。

夕方家出してから、「晩御飯はいらない、深夜か早朝に帰宅するから」
と、夫に丸投げしていましたが、
夜にかけて雨模様なので、少し早めて先ほど帰宅しました。
ナカリはもう布団の中。
先日持ち帰った両親の遺影をそちらへ移動して、しみじみと眺めてから自宅に戻った私です。


なぜナカリとやりあったのか??
やりあう、というよりも、そもそも「やり取り」がすれ違って噛み合わなかった。
こういうことは今までにも何度となく経験しているのですが、
相手の言いたいことが全く伝わらない、こちらの言いたいことも伝わらない、
感情ばかりがヒートアップして、気がつくと罵り合いになっている、
これはもう、時間と距離を置くしかないパターンです。

ナカリはこのところ「幻聴」が復活し、
「サトラレ」不安も含めて、すこしナーバスになっていることもあり、
私の口調の微妙な変化にも反応し、こちらも過敏になっています。

助かるのは、少し気温が下がって、過ごしやすくなってきたこと。

夜風に吹かれながら、一人凹んでいたら、
学生時代の友人が、「今日の夕焼け見た~!?」と写真を送ってきてくれました。
2020年9月夕焼け JPG

きれい。
美しいものを見たら心が落ち着く。
ありがとう。


「何か、宇宙人の声みたいなものが聞こえた」
「壁に、字が見えた」
そういう、ナカリの言葉に振り回されながら、
自分のメンタル維持に努めているこの頃。
手の痛みがとれていないのもあり、少々疲れ気味です。

癒しはアキちゃん。

両手(前足)をそろえて立ったり動いたり、ということの多いウサギさんが、
最近、「片手だけ別行動」という場面を目にして、あれ?と思うことが何度か。

アキちゃん281 jpg
ロフトの上から片手だけ、だらーん。

アキちゃん280 
片手で押さえた「かまくら」。
このあと、カジカジして遊んでいました。

アキちゃん282 JPG
同じく片手で押さえた「かまくら」。
別の角度からパチリ。

可愛いねえ、アキちゃん。
ありがとう。

ナカリとのやり取りは、音(声)よりも文字の方が上手くいきます。
興奮したら、離れて、一呼吸おいて、LINEで「ごめんなさい」が届いたら一段落・・・

掘り下げるといろいろなことが出てきそうですが、
今なかなか余裕がなくて、考えがストップしています。

帰省の飛行機の中で出会った曲
Break My Heart
リモートで5人が歌っている動画がいい感じだったので、元気アップのために貼っておきます。
凹んでいる場合じゃないんですが、人間の感情って思うようには動いてくれないですね。


ふぁいと、ふぁいと。

今日も最後までありがとうございます。

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子どもの日常 | 22:57:01 | トラックバック(0) | コメント(10)
ギプスから母のサポーターへ
こんにちは、または、こんばんは。
来てくださってありがとうございます。

朝晩、随分涼しくなってきました。
実家から持ち帰った(なんでそんなもの?という突っ込みは置いて)母の高校同窓会はがきに、
芭蕉の句が載っていました。

この秋は 何で年寄る 雲に鳥

そして、「80が近づくほどに芭蕉の心情が身にしみますね」と。
私は、同窓会にはほとんど縁のない生活をしてきましたが、
父母は、ことあるごとに「同窓会」なるものに顔を出していました。
同窓会当日の写真もそれぞれ何枚か残っていて、
「子どもの知らない親の世界」を垣間見るような不思議感があります。

父が亡くなった後は、年賀状もほんの数枚、という状態でしたが、
時々父母から名前を聞いたことのある「親の友人」の存在について、
私自身、意識的に話を聞いて、その方の事や親との関係などを把握していたら、
それぞれが亡くなった時に、もう少し丁寧に連絡ができたのになあ、と、
今になって、少し心が痛みます。

まあでも、親は親、子どもは子ども、で、別の人格として、人間関係を持つものなんでしょうが。
(我が家の子どもたちは、そこがなかなかしんどくて、社会人になった息子はともかく、
ナカリについては、私が把握していない彼女だけの人間関係、というのが皆無です。
でも、メールやLINEでつながれた、大人の友達?、は、私が関与しない彼女だけの関係。
そういう関係を作れたことに、しみじみと感謝している次第です。)


かくいう私自身、今回実家を最終処分するにあたり、
思いがけず、古い友人の家庭の事情(我が家と似た状況)を知ることになり、
実家に泊まれる間にどうしても会っておきたく、思い切って連絡を取りました。
来月、顔を合わせることができたとしたら、40年ぶり?
電話の声は変わらないけれど、お互い年取ったねえと驚くだろうと、今から心騒ぎます。


手首の方ですが、1か月ぶりにギプスが取れて、
しわだらけで、おばあさんのようになった自分の左手と対面しました。
人間の体ってすごいなあ。
使わなければ、筋肉は細って、関節も固まっていくそうです。
動かすと痛みがあるので、1週間様子を見て、必要そうならリハビリしましょうか、と先生。
ギプスをはずすと、ふにゃふにゃで力が入らないので、
母の遺したサポーターをはめて過ごしています。

ギプスを外す日、病院に向かう途中、遠回りして久しぶりの公園、を通り抜けました。
2020年9月公園 
誰もいない、寂しい広場、ベンチ、遊具。
子どもたちが幼いころからの思い出の場所ではあるけれど、
来たのはいったい、いつ以来だろう?

80はまだ遠いけれど、芭蕉の句が思い出されて身にしみました。

ナカリは波はありつつも頑張ってくれています。
昨日のアートセラピーについては本人のブログで報告しているので、
当事者会に行ったときに描いてきた「日めくリップ(久しぶり!)」を紹介しますね。

2020年9月日めくリップ2 

2020年9月日めくリップ

2020年9月日めくリップ3 

どれも、それとなく「秋」を感じさせられる作品です。
暑かった夏も、もう終わりが見えて、季節が移っていくんだな。

そうやって、時を重ねて、人も動物も生き物みんな年を取って、いつか土に返って、
受け継がれるものは受け継がれて、変わらぬ時の歩みが続いていくんだな・・・

アートセラピーで、モデルになったアキちゃん
アキちゃん279 
アキちゃんを通して「愛おしい」感情をしっかり学んだナカリ。



雑事に追われることは仕方ないけれど、
大切なもの、ひと、こと、に向き合う姿勢は崩さずにいなくっちゃ。

このところ毎週「土曜は寅さん」シリーズを夫が見ているので、
さくら役の倍賞千恵子さんと画面越しにお会いする機会が多くて、
兄妹という設定が我が家と同じで(状況は違うけれど)、二人仲良くねと祈りながら。



今日も最後までありがとうございました。
大詰めの片づけに帰省してきます。実家とさようなら迄、カウントダウンスタートです。


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ナカリの作品 | 10:35:04 | トラックバック(0) | コメント(14)
デーケン先生逝去、と、母の千羽鶴
こんにちは、または、こんばんは。
来てくださってありがとうございます。

6日にアルフォンス・デーケン先生が亡くなられました。
息子がネットの記事をアップしているのを見て知り、
新聞記事を探しました。
デーケン先生逝去記事 

死への準備教育の本がどこかにあったはず、と思いながら見つけられなかったので、
直近に読んだグリーフケアの本をめくってみました。
デーケン先生のあとがきに、聖書からの引用があり、何度も読んだ文章でありながら、
再度また胸にしみました。

>天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
>生まるるに時があり、死ぬるに時があり、・・・
>泣くに時があり、笑うに時があり、・・・


今は、泣く時なのかな、笑う時なのかな。
両親の遺品を片付けて、いよいよ実家を手放す日が迫ってきて、
揉め事の相手だった親族たちから実家のカギ!を取り戻し
(留守中に勝手に鍵を開けて親族に出入りされるのが私の実家でした)
電気や水道や電話や保険の廃止、解約の手続きを進め、
このあと、自宅に引き取る荷物の引っ越し業者選定、廃棄物処理業者との日程調整・・・

最終決済日まで、まだこの落ち着かない日々が続く中、
母が残した千羽鶴も写真を撮って、廃棄。
(何のどんな紙でも、すぐに鶴を折っていた母です。
もう数えきれないくらい廃棄しました)
母 折り鶴 
この鶴は随分大きな鶴。
手編みのブローチと一緒に床の間に飾ってありまりました。

ガッツリ固定された左手も、ついつい使って、あれこれ片付けていたら、
何かの拍子に胸が苦しくなって涙がこみ上げそうに・・・
手首ギプス 
母も亡くなる数年前に同じように手首を骨折したのを思い出し、
その母が、回復期に使っていたサポーターを持ち帰りました。

父を看取った時には、あまり「後悔」にさいなまれることはなかったのに、
母に対しては、引きずるような思いが残っているまま3年が経ち、
母が尊敬していた日野原先生に続いて、デーケン先生もこの世の人ではなくなって、
なんだか心にポッカリと穴があいたような寂しさを感じながら過ごしている数日間です。

心を空っぽにして、もう一度、今はどういう「時」なのか、
自分自身を振り返ってみたい・・・

先に紹介した本の中に、
>悲嘆のプロセスに影響する心理的要因にはいろいろありますが、
>亡くなった人に対する未完了の務め というのがあります。

という文章があります。

「未完了の務め」(unfinished business)

そう、この言葉がしっくりくる気がします。
今、自分がやっている、「実家の整理、売却」が、何らかの形で、
亡くなった母の慰めになればいいなと願いながら、
最後までやり遂げなければ、という「責任感」のようなものも感じています。

母が折った鶴は、自宅でも廃棄しましたが、それでもまだ屋根裏に多数残っています。
何羽も何羽も鶴を折りながら、母は何を思っていたのだろうなあ。
まだ読み切れていない日記ノート。


ナカリのためにも「生き物」を飼った方がいい、とは思いつつも、
両親の遠距離介護が始まった頃に相次いで熱帯魚が死に絶え、
その後は生き物を飼うこともままならないまま数年過ぎて、
両親を送ってから、我が家にやってきたアキちゃん。

外に出すと、のべ~~ん、びよ~~ん。
ウサギってこんなに伸びる!
アキちゃん278 
足を交差させて寝転んでいる様子が、なんとも可笑しくて。

抱っこは苦手でも、ナカリにおとなしく抱っこされるアキちゃん。
アキちゃん277 

手作りマスコットたちも、母が逝ってから作り始めたので、
いろんなことを、心で報告してばかりです。

胸の内が複雑な感情にごちゃごちゃ状態なのを感じていたところへ、
リンク先の「吉報配達ブログ」で、「ブランクスカイ」の記事を読み、
あ~~、アタマ空っぽにしたい!という衝動に駆られました。
心は折れてはいないけれど、ちょっと疲れてるかな。

今が踏ん張りどころなんだろうけど、
少しの間、ぼーっとしたい・・・お母さん、休ませてね。
来週、また、帰るから。


今回の帰省往路の飛行機で仕入れた曲、Doja Cat の「Say So」
ナカリが気に入って、リピートしています。
英語の曲ですが、息子が好きなドイツ語バージョンがあったので、そちらを貼っておきます。

(息子は、不登校時代、英語よりドイツ語が好きで独学スタート、
同級生から「そんなん勉強して何になるん?」と言われながら学び続けました。
今はラテン系言語が主ですが、彼の外国語学習の原点はドイツ語なので、
この動画を発見して感慨深かったです。)

今日も最後までありがとうございました。

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思い出 | 18:36:56 | トラックバック(0) | コメント(12)
「外の世界」と「内の世界」
こんばんは、または、こんにちは。
来てくださってありがとうございます。

大型の台風が近づいているので、
航空会社からも「都合がつくならば旅程の変更を」というメールが届き、
思案の末、親族にも連絡を取って、帰省予定を繰り上げることにしました。

ナカリが、しきりに心配しています。
何等か連絡を取る必要が生じたときのために、今日はコメント欄を開けておきます。
無事に帰ってこれますように。


ナカリと少しすれ違ってもめたものの、翌日には回復。
ナカリにとって当初は「余計な情報」だった「外の世界」が、
良い形で「内の世界」と共存でき始めました。
名前にこだわりがあるナカリなので、ネーミングは少しずつ変えて、
ビジュアルだけ取り込んで、個性の設定は、自分なりの世界観で作り直す、という形。
いい感じで自分の感覚にしっくり来たら、もともとが外の世界から来たキャラクターでも、
十分愛着を持てるみたいで、うん、この形、いいな、と、一緒に確認できました。

「模倣」は悪いことではなく、そこから、よりオリジナルなものに近づけていく方法もある。
今、俳句を勉強中、という友人も、最初はまず、先人の良い句を覚えるところから、
と教えてくれました。

「どっちか」に決めないと落ち着かない傾向が強いナカリに、
「どっちも」を受け入れる練習をする意味でも、
「外」と「内」と両方を大事にする形で、これからも「楽しみ」を広げたいです。

自然の脅威を前に、人間の出来ることには限りがあるけれど、
安全な乗り物「飛行機」を信じて、行って(帰って)きます。

バタバタの中、取り急ぎの覚書まで。
アキちゃんも元気です。
ナカリ、留守番、よろしく!
皆さんも、台風対策をしてお気をつけてお過ごしください。





子どもの日常 | 22:20:19 | トラックバック(0) | コメント(12)
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