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ナカリ母

Author:ナカリ母
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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おばあさんの味
ご訪問ありがとうございます。

早いもので、昨日が母の初めての月命日でした。
夜には、叔父からも電話。
「早いねえ~まだ寂しいねえ~」と、二人して思い出話。
「お相撲千秋楽、あんな展開になるとは、息子が喜んだんじゃない?」と叔父。
「そうそう、息子から電話がかかってきて聞いたんだけど、昔、母がまだ元気だったころ、
千秋楽の放送直後に母が息子に電話して、相撲の話で盛り上がったことがあったんだって」と私。
新聞もよく読んでいた母。
気になる記事は切り抜いたり線を引いたりして送ってくれたこともあり、
新聞記事をネタに、息子に電話したこともよくあったみたいです。
「電話が出来なくなってからが、急速に弱ったねー」と、今となっては愚痴電話も懐かしい。

一緒に思い出話ができる相手がいて癒されました。

さらにそのあと、息子からも電話。
月曜日は「肉体労働」の日だったそうで、
先生の指示待ちで、学生がウロウロ、資料を袋詰めしたり箱詰めしたり、
あっちからこっちへ運んだり、半日以上、体を使う仕事ばかりで疲れた様子でした。
最後のダメ押しは、夕方引き上げる前に段ボール捨ててきてと頼まれて、えっちらおっちら運んだら、
ゴミ収集倉庫がもう閉まってたので、同じ道をまたえっちらおっちら戻って研究室に置いて帰った・・・
という、お疲れ様な一日だったようです。

母の月命日だね~と言うと、
「そうか、火曜だったのは覚えてたけど、2月は28日しかないから3月と同じカレンダーだもんなー」と息子。
続けて、「おばあさん、と言えば、私は食べ物の味が思い出される」と。
「ほうれん草の胡麻和えとか、かきたま汁とか・・・」
小さい頃に食べたものの記憶は、しっかり残っているようでした。
息子が生まれてから娘が生まれるまで、私は仕事中心の生活で、ほぼ毎日残業、休日出勤、だったので、
なかなか食事作りまで手が回らず、母にずいぶん助けてもらいました。
恥ずかしながら、息子は保育所と両親に育ててもらったという感じです・・・
(育休の間は、離乳食がんばって作ったけどなあ~)

私自身も、母の記憶の中に、食べさせてもらった料理の味が強く残っています。
春雨を油で揚げて、白菜と一緒に煮込んだ料理。もう一回食べたかったなあ~。
母が亡くなったというメールを送った従妹からも、「おばちゃんが作ってくれたお菓子、
パンの耳を揚げて砂糖でまぶしたやつ、あれ、美味しかったなー」と返事がありました。
母と言えば、エプロン。
料理だけでなく、ミシンで縫ったり、編み物したり、典型的な「おかあさん」でした。
お母さん イラスト



ちなみに、私はほとんどエプロンをしなかったから、
保育所の行事でエプロンをして参加した際に、「いつもと違うことが極端に苦手」なナカリが
「おかあさんじゃないー!」とパニックになり、
仕方なくエプロンを外した苦い記憶があります~家での様子がモロバレで恥ずかしかったです・・・。

それと、
ナカリが、少し外食に慣れた、というのは、
いろんな新しい味にもチャレンジできるようになった、ということで、これが嬉しい。
小さい頃から、味覚に敏感で、大丈夫と安心したら一つのメニューにこだわり続け、
他の物を作っても口にしない、食べたことのないものには箸をつけない、という状況に、
いろんな料理を試してみる気力も萎えて、
ひたすらハンバーグ、ひたすらウインナーという、ファーストフード系の食事で、
家族とは一人だけ別メニュー、という場合が多かったのです。
そんな彼女と、今、やっと、一緒に買い物に出て、一緒にご飯を作る、ということも可能になり、
昨日はピーマンとパプリカと鶏ミンチで「カラフルオムライス」を作って美味しく食べました。
ありがたいし、嬉しいです。

以前にも記事にしましたが、食べることって、ほんと大事だなあ。
衣食住の、まず基本ですね。

何かしら、食べることに関わる仕事ができたらいいなー、と、
改めて、娘が今身近に感じている作業所(ケーキ屋さん)に、行けるようになる日を夢見ています。

ちなみに、昔、息子が大きな影響を受けた(お世話になった)大学の先生は、
「みんな、資格を持つって大事だぞ、先生はそのことに気づいて調理師免許を取った!」
と、専門分野と全く関係ない資格を持っていることを話してくれた、と聞きました。

調理師免許、いいなー。

お料理ブログ(に限らず、食べ物が載っているブログ)を回るのも楽しいです。
スローフード、で、薄味で、体に優しいご飯・・・
体重を気にしているナカリに、
ドクターが、薬ではなく食事療法で対処を、とおっしゃってたのを思い出します。
料理、がんばらなくちゃ(楽しまなくちゃ)!

あ、それと、運動、も。
とにかく、健康を心がけること、自然を大事にすること、穏やかな気持ちでいること。

「おふくろの味:」ならぬ「おばあさんの味」に教えられたことがいっぱい、な一日でした。




思い出 | 11:12:03 | コメント(0)
おまじないの言葉「安心しましょう」
ご訪問ありがとうございます。
ありがとう、な気持ちがいっぱいです。
拍手もコメントも訪問だけでも励まされます、改めて感謝です。


今日は仕事で、ナカリは留守番でした。
私が家を出る前に不安になったナカリは、
自分と自分の作り出したキャラ達(イラスト)が一緒かどうか、
繰り返し質問してきます。

答えにくい部分だし、
その時の彼女の気分と反する答えを出すと地雷を踏むことになるので慎重に、
「キャラたちは、ナカリの部分集合」という説明で終始しました。
自分の中から生み出されたものだから、自分に属している、
ただし自分との一致度はキャラによって違う、
でも、全部、生みの親はナカリだから、どのキャラもナカリに逆らうことはできない、
だって、パラレルワールドではナカリは神様(創造主)だから。
・・・この説明で、なんとなく納得のナカリ。
とにかく、何度も繰り返される同じ質問にも、
優しく丁寧に「安心しましょう」「大丈夫」を、おまじないのように返していく。
それで落ち着ける、今の状態は、決して悪くない。
「安心しましょう」で、安心できるなら、何度でも言ってあげる。


歩いて移動中、電車の待ち時間、いろんな場面で、ふっと母に電話していた自分を思い出し、
電話の代わりに、「お母さんへ」という送信先のないメールを書いて下書きボックスに入れている。
以前のガラケーには、
ナカリに対する苛立ちや持って行き場のない爆発しそうな感情をぶつける(自宅宛)未送信メールばかり溜まっていってたけれど、
今はとてもそんな愚痴を書く気持ちにはなれない。
ナカリに対して、あたたかい気持ちや根気強く関わる気持ちが先行して、キレにくくなっている、
そしてその相乗効果で、ナカリもがんばってくれている。
いい循環が生まれている。
これが、続きますように。


離れていても、「そばにいるね」。






子どもの日常 | 00:27:59 | コメント(2)
外食に慣れてきたことが嬉しい!
ご訪問ありがとうございます。


先の記事に、いろいろなコメントをありがとうございました。
頭が沸騰状態だった昨日から少し時間を経て冷静さを取り戻してきました
2日がかりで入念に検討した文章に添付資料を加え、書留速達として郵便局本局まで出しに行き、
よっしゃ! 相手が次、どう出てくるか様子を見てやろう、と思っているところです。


日曜で、夫も休みだったので、ナカリと3人で散歩がてら郵便局からスーパーに回り、
そのまま、期間限定割引券をもらっていたケーキ屋さんに入ってお茶の時間。
こうやって、普通に、お店に入って外食できるようになったこと、
しみじみと、ありがたいなー、良かったなーと思います。


小さい頃から、ナカリは外食が苦手で、お店の入口でギャン泣きされて諦めたこともあるし、
入店できても食事はそこそこで、すぐに外に出たがり、夫婦交代で店の外で相手をしたことも。
何が原因か? お店の中のインテリア(置物など)が嫌みたい、と分かった際には、
そうしたものが見えない位置に席をとるよう工夫してみたり、
マクドナルドでも、他の人が視界に入らないよう壁際の席で壁に向かって座るようにしたり、
あの手この手で対処してきました。

精神的に不安定になっていた頃には、家で家族と一緒に食事することさえ難しくなり、
一人だけ別室で食べた時期もあります(食べているところを見られることを極端に嫌がった時期)。

本人の立場になってみたら、きっと理由はいろいろあるんだろうなと思いながら、
ついついこちらの希望を押し付けてしまい、それが叶わないと残念な気持ちになったものです。


今、ストレスを感じながらも外食に慣れてきてくれたことが、改めて嬉しくて。

帰り道、降り出した雨の中、傘をさして3人で歩きながら、中学の時、ナカリと二人で観に行った、
映画「星の国から孫ふたり」を思い出していました。



この映画では、言葉にできない自閉症児の気持ちが吹き出しで示されたり、
お店に入るのを嫌がる子どもの目からは、入口が真っ暗なトンネルのように見えている、と視覚化されていたり、
(これは、「レナードの朝」という映画で、床の模様が変わる部分から先が崖っぷちのように見えているシーンと重なりました)
自閉っ子独特の世界をうまく映像化してくれていて、ナカリ自身も「見てよかった」と言ってくれました。

「星の国」からきた子どもたち、大人たち・・・

自閉っ子のことを、地球人じゃない、と表現した題名のブログも見たことがあります。

たしかに異文化。
共存していくためには、お互いの存在や感覚を理解しあい、尊重しなくては・・・
まだまだこれから先も、その道は続くね。
でも、とにかく今に感謝。


荒れていた心の中が、ナカリとのお茶の時間で癒されました。

帰宅して記事を書きながら、大相撲中継の盛り上がりに何度か手が止まり・・・。
あー、大阪場所、終わっちゃった! 熱戦でした。
息子も見てたかな?
(・・・と書いてたら、息子の方から電話。
今日は、十両の優勝決定も三つ巴戦になって、全体として時間が後ろにずれこんでたそうです。
「琴奨菊が優勝した時だったか、優勝を逃した時だったかに、おばあさんから電話があったなー」
と、思いだしてくれていて、胸いっぱい。お母さん、良かったね。孫の心にしっかり残ってるよ)

よし、子どもたちのために、私も前向きにいこう~
ありがとう、な気持ちで毎日を過ごせますように。






子どもの日常 | 18:52:30 | コメント(4)
発達障がいの人を、どう『悪意』から守るか
ご訪問ありがとうございます。


残念なことですが、相続をめぐってトラブルが発生しました。
それも、母方ではなく、先に亡くなっている父方の親族との間で、です。
私が大嫌い!だった父方の親族。
思いだしても父方の親族に対しては腹立たしい事しか出てきません。
父が母よりも先に亡くなったので、これで縁が切れた、と思ってせいせいしていましたが、
母が父から相続した債権をめぐって、それを更に相続した私との間でバトルになりそうです。

今後の詳しい展開はまだわかりませんが。

世の中には、はっきりした『悪意』を持つ人がいる、ということを、私は父方の親族から学びました。
こまごました出来事を挙げればキリがなく、
昔ベストセラーになった「平気で嘘をつく人たち」という本を思い出すくらい、
平気で嘘をついて、平気で人を傷つけて、平気で知らん顔する人たちです。
自分さえよければいい、ということを絵にかいたような人たちです。

まあ、その人がそうなった背景もあるのでしょうが、とてもそこまで思いやることはできません。
私の立場からは、憎しみと憤りと嫌悪しか出てきません。
両親とも亡くなって、闘う主体は自分しかいないので、負けるものか!と思っています。

長男の嫁、として苦労した母。
お姑さんとの同居を余儀なくされ、介護を重ねてやっと自由になったと思ったら、
今度は小姑さんが戻ってきて半同居の生活。
夫婦二人だけの生活は数か月にしか満たないものでした。

振り返れば、私が子どもの頃から、
私の家は、親族が四六時中集まる場で、「家族が憩う場」では全くありませんでした。
両親が大阪に来ている間は、親族が留守宅に勝手に入って、勝手に何でも持ち出したりもしていました。
家族3人の暮らしを夢見続けた母が、
私の大阪の自宅に強くこだわった(もう1度だけでいいから行きたいと言い続けた)のも、
自分自身の世代で実現できなかった夢を私の世代に重ねていたからなんだろうなと思います。


母が亡くなる時、枕もとで流れていた息子のピアノは、私が両親に買ってもらったものですが、
昔自宅に置いてあった頃、父の親族たちは「うちの(ピアノ)は財産だから、ここで弾け」と、
飴でべちゃべちゃの手の我が子たちに、私のピアノを弾かせていました。
父方の祖母は、鉢植えをピアノの鍵盤の蓋の上に土が付いたままドンと置いてヘイチャラでした。
悔しくて泣いた母。
認知症が進んだ際に、繰り返し、悔しかったこととして口にし続けていました。
今、その親族のピアノがどのくらい愛されているのか(弾ける人がいるのか、も)知りませんが、
「苦難」を経てきた私のピアノは、息子の指を通じて美しい調べを奏でてくれています。


こんな風な、明確な『悪意』を持った人が世の中にいる以上、その人たちから子どもを守らねばなりません。
今は、リアルの誰もが信頼できなくて引きこもりがちなナカリですが、
一方で、騙されやすい、のめり込みやすい、という危険性もあります。

良い生涯の伴侶と出会えればいいけれど、逆に騙されて傷つく可能性だってあります。
そのあたり、親としてどこまで手を出したらいいのか。


・・・いや、まずは自分のトラブルの解決が先決。
日本の裁判制度に正義はあるのか?
亡くなった両親のためにも、私は自分が信じる方法で、父方の親族と正面対決するつもりです。
死んだもん損、にさせないためにも。
(悔しいけど、その親族は、両親の死を待っていたとしか思えません)


愚痴と文句の記事になってしまいました。

この親族から、ナカリを遠く離しておくこと。
身近な『悪意』から遠ざけること。少なくともそれはできる。
そして、本人に教える。
世の中には「悪い人」がいる、ということを。
よく「騙される方も悪い」と言われるけれど、
それは、「いじめられる方にも原因がある」のと一緒。
騙す奴、いじめる奴が悪いに決まってる!

くそー、怒ってるぞ、私!!
ナカリは「まあまあ・・・」と言いそうだけど、お母さんは許さないからなっ!
徹底抗戦だ。

荒れた記事ですみません。
平常心、平常心。




未分類 | 22:00:29 | コメント(14)
一人遺される不安、をどう軽減するか
ご訪問ありがとうございます。

お相撲の記事を書いて気持ちが軽くなった後ですが、
心配事について、書いて整理してみようと思います。


今日、4月のナカリのショートステイを電話で予約しました。
「一人で寝て、一人でご飯を食べて、親と離れて過ごす」練習、のため、です。
今後も2カ月に一回のペースで利用を続けていくことにしています。
前回初めて利用した際は、初日、施設まで送って帰宅後、少ししたら、
「もう寂しくなったよ」のメールが来て、こちらも早速寂しくなったのでしたが。
母の病院で、病室と家族控室の間で「近距離ショートステイ」を何日も体験したし、今回は楽勝かな?
・・・いや、やっぱり、こっちが寂しくなりそう^^;
ここは慣れていかなければ。


私も夫も55歳を超え、健康診断でも、ところどころひっかり、
普通に逆算しても、あと何十年か後には先立たねばならないな、と思ったとき、
子どもたちが未婚であれば、先に兄が逝って、最後にナカリが一人遺されることになります。
まー、そんな先のこと、今考えたってどうにもならない、といえばそうなんですが、
今回、一人っ子の私が両親を失って、血のつながりというものを強く意識したので、
ナカリが先の先を考えて不安になるのも仕方なかろうか、と・・・。

可能ならば、いつか運命の出会いで生涯の伴侶と巡り会って欲しい、と願う、親心。

私は一生独身や-、と嘆くナカリに対して、
今は「おひとりさま」って多いよー、と安心させていますが、
現実問題として、
「親亡き後」をどうイメージしておいたらいいのか、
要は「自立」というのもそれが目標、で、
私が手出ししないで、この子がどうやって一人で生き抜いていくことが出来るようになるか、
を考えることが、ますます必要な気がしてきています。

自立は依存先を増やすこと、という言葉を思い出しつつ、
本人が心から信頼して頼れる「人」「場所」を、少しでも増やしていくこと、だな、と。
お金の管理も、買い物や家事能力も、目標を立てて、とにかく一歩ずつ。
精神的な依存関係も、こちらが意識的に距離を取りながら考えないと、
私がそうだったみたいな「母子密着型」になってしまうから注意注意。


少し感傷的になりつつ、「オールバイマイセルフ」の歌詞を味わっています・・・



※ When I was young
  I never needed anyone
  And makin' love was just for fun
  Those days are gone

Livin' alone
I think of all the friends I've known
But when I dial the telephone
Nobody's home

☆ All by myself
  Don't wanna be, all by myself anymore
  All by myself
  Don't wanna live, all by myself anymore

Hard to be sure
Sometimes I feel so insecure
And love so distant and obscure
Remains the cure

☆ 繰り返し


※ 繰り返し
☆ 2回繰り返し







子どもの日常 | 21:05:18 | コメント(6)
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