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ナカリ母

Author:ナカリ母
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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明日がある、幸せ
ご訪問ありがとうございます。

昨夜はナカリを休ませるため、付き添いを叔父に頼んで、実家に連れて帰りました。

先の予定が分からないと不安が増すナカリですが、頑張っています。

母も昨日覚醒してからは、まだ頑張っています。
もう楽にさせてあげたいのと、心残りなのと、せめぎあいです。

明日が必ず来ると思える幸せ、というのが、今はしみじみ感じられます。
今日は、また泊まりのつもりでナカリを連れて行きます。
ナカリを一番気にかけてくれていた母なので、意をくみたいです。

前の記事にコメントいただいた、鶏ささみさん、鍵コメントさん、ありがとうございました。
気をはりすぎないで、自然に任せて受け入れるよう心がけます。

病院が自閉症や知的障がいに理解があり、ナカリを気遣ってくださるのが助かります。

今日は、愛媛は雨。一日交代の天気が、揺れる気持ちの現れみたいです。
では、母に会いに行ってきます。



子どもの日常 | 08:44:23 | コメント(0)
お母さんお父さんが死んだら生きていけない、と泣く娘
ご訪問ありがとうございます。


帰省してすぐ病院に向かうと、個室を空けないといけないとのことで四人部屋に移動中。落ち着いてすぐ、母にごめんねを伝えることができました。が、母は頷くだけで声は出ず、心配で離れられないので、ドクターにナカリの事情も説明し、家族用の部屋を借りてナカリと二人で病院に泊まりました。

翌日は、朝から昏睡状態で、ドクターからも、検査結果がかなり悪いと説明があり、回復は期待できないから、看取りの方向でとなり、個室に戻りました。

おじやおばが来てくれている間に、ナカリの喪服を買いに行き(私は母のを借りる…けどスカートのファスナーは途中までしか上がりません…汗)、銀行や郵便局を回って病院に戻りました。
夕方には、牧師さんもまた来てくださいましたが、意識は戻らず、ナカリはおばあちゃんおばあちゃんと呼びかけて顔や手をさすりながら泣いて泣いて…
私、お母さんお父さんが死んだら生きていけない、と、先まで考えて涙が止まりません。
いろいろ話しながら母の個室で三人長い時間を過ごしました。

11時を過ぎて、ナカリはいったん家族用の部屋に、一人で寝に行ったけれど、携帯から電話で、おばあちゃんのこと考えたら眠れない、と連絡があったので、狭いけど個室のソファベットで二人一緒に寝ました。
3時頃、やはり一人でゆっくり寝るように部屋に戻して朝まで私ひとり母の側についていました。
母との最後の会話が、カウンセリングに行く途中の電話で、ナカリをほめてやるんよ、ということでした。私とナカリの口論を電話で聞きながら、私が興奮しているのを諌めてくれた母です。
もう少しゆっくり話しておけば良かった…

私も眠れず、7時ころ、ふと見ると、母の目が開いてる!昨日ずっと昏睡だったのが、呼びかけにも反応するので、上の息子にも電話して、母に声を聞かせ、ナカリにも伝えるとすぐに母に会いに病室に来て声かけしました。

このあとどうなるか、いつまで持つか、神のみぞ知るという気持ちです。
不安なナカリを支えつつ、母に苦痛がないように上手く看取ってあげたい。ドクターとの連携が不可欠ですが、今日は非番で主治医に会えないので、明日まで様子をみて、場合によっては点滴もやめてもらうか、思案中です。
どんな判断をしても悔いは残るだろうけど、できるだけ穏やかに、そしてナカリの気持ちも考えて、自分の都合(自分自身の確定申告がまだです、事務所のも税理士さんに委ねたあとまだ確認できてないし…)も考えながら、一日一日最善の選択をと思います。

今、母が落ち着いていて、叔父がみてくれている間に一気に携帯から投稿しました。何か書いてないと私の方が落ち着かなくて…
昨夜たくさん話してナカリの気持ちもよく分かったので、この経験を生かしたいです。
心臓ばくばく、ブログを見て心配してメールをくれた友人にも感謝しつつ、とりあえず今の報告を書きちらかしてすみません。

ありがとう、と、ごめんね、大好きよを繰り返し母に伝えています。
涙が止まらないナカリがいとおしいです。
がんばります。



子どもの日常 | 10:13:55 | コメント(2)
「リアルで恋人(友達)がいない、って寂しいかな?」
ご訪問ありがとうございます。

母の病状が気になりながら、とにかくも、帰省の前夜になりました。
今日は牧師さんもお見舞いに来てくださり、少し意識が戻ったそうで、ホッとしています。
片道切符で帰省するのは、父を看取った時以来です。
今回、何とか落ち着く方向でめどが立って、1週間ほどで帰れるといいのだけれど・・・


で、しばらく父娘が会えなくなるのが寂しくて、今日は「お父さんデー」。

朝から気持ちいい青空だったので、
いつもの夕方ランニングを散歩に切り替えて、午後、親子3人で歩きに出かけました。
歩きながらも、父娘でパラレルキャラたちについての楽しい会話。

前夜、「私、ファザコンかなあ~」と言うので、そうだねーと答えていた私。
実際、現実世界で、彼女の夢世界の一番の理解者は夫かもしれません。
ナカリの心の中では、「お父さんみたいな人」が恋人だったらいいのに、となっている様子。
そして、
「リアルで恋人がいないのって寂しいかな。そんな人、他に居る?」
いやー、いっぱい居ると思うわ、と答えたら、
「世の中、結婚してる人の方が多いみたいな気がする。結婚したら幸せ?」
うーん、幸せって、人が決めることじゃないでしょ、
結婚云々関係なく、自分が幸せ、って思ったらそれでいいんじゃない?
それでも納得がいかない表情。
「お母さんにはお父さんがいて、いいじゃん、私には誰も居ない」
・・・そうねえ、お父さんと結婚することはできないもんね。
年頃の娘にこれだけ慕われて、夫も幸せと言ってるけど、
ナカリ本人が現実世界で自分は幸せだなあ、って実感できたらいいのに。
やっぱり、寂しい(と思われている)と思うだけで悲しくなるのかな。

ふりかえって、
「高校生活は楽しく送れますように」ってお祈りしてたのに叶わなかった、と言うナカリ。
入学してすぐ憧れの人ができて、あーこれは「恋」かな?と思っていたけれど、
その子もあまり登校しない子で、いつの間にか退学してしまって、
声をかけてくれる女の子もいたけど、特に仲良くなったわけでもなく、
結局、恋人も友達も出来ないまま、1年で通信制に転校、
そのあとは、他の生徒との接点がないまま2年間。
通信制は、先生たちがみんな良かったので、転校して正解だったけど、
本人が思い描いていた「高校生活」とは大きく違う展開になった・・・んだと思います。

でも、まだ、20歳過ぎたばかり。人生これから、だよ。
焦らない焦らない。
熱しやすく冷めやすいナカリが、リアルでどんな恋に落ちるか、
今からドキドキだけど、
とにかく、寂しくなりすぎて希望を失わないよう、励まし続けてやりたいです。


そんな寂しがり屋のナカリを連れて、母のもとに帰ります。
しばらくパソコンから離れるので、更新も訪問も途絶えると思います、すみません。
では、行ってきます~





子どもの日常 | 19:30:48 | コメント(4)
「いのちの理由」
ご訪問ありがとうございます。

母の様子はあまり芳しくないようです。
昨日今日、叔父が泊まり込みで側についてくれているので助かっていますが、
感染症による高熱のため、また意識がない状態にもどってしまい、
本人の体力がどこまで持つか、心配です。
私とナカリは、とりあえず片道分、月曜朝出発の切符を買ったので、
来週、出来る限りゆっくり側に居てあげたいです。
少しでも回復してくれることを願いつつ・・・。


落ち着かない中、
ナカリの数少ないリアルのお友達(母と同じく心臓病の娘さん)が、
昔、発表会で歌ってくれた歌を思い出し、もう一度聴いて、ジーンとしました。

誰かを傷つけたり傷つけられたり、救ったり救われたり、
歌詞の通りだなあ、人生って・・・。

「いのちの理由」さだまさし







読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 20:03:21 | コメント(6)
感情的になるのは仕方ないけれど、悔いを残さないようにしたい
ご訪問ありがとうございます。


ホームに入所中の母の様子が、あまり良くない感じ、というのは、
今週ずっと気になっていたことでした。

月曜のカウンセリングに向かう途中、バスと電車の隙間に電話がつながって、
少しだけ話をしたっきり、
その後はいつ電話してもつながらない、向こうからもかかってこない、
叔父の電話で様子を聞くと、ぐったりして元気がない、
叔父が受話器を母の耳に当てて私との電話を介添えしてくれても反応がない、
声が出ない・・・

うーん、これは顔を見に帰らないと、と思っていたら、
昨夕、ホーム側からも様子が気になる、と、叔父に連絡があり、
ペースメーカーを入れた病院に救急車で搬送してもらって状況を確認、
心臓機能の方は大丈夫そうだということで、ホームに帰されたものの、
今朝まだ気になるので、ホーム系列の病院で診てもらったところ、
危篤ではないけれど重篤な状態、ということで、そのまま個室への入院となりました。

一番心配だったのは「意識がない」こと。
叔父の呼びかけにも反応せず、
一時はどうなることかと叔父も気をもんで連絡をくれたので、
万一、も考えて、とりあえず片道切符を買って来週ナカリと一緒に帰るから、と話しました。


こうなると、後悔しきり。

どうしてもっと優しく話を聞いてあげることが出来なかったんだろう、
どうして、あんなに腹立たしく、イライラした感情をぶつけてしまったんだろう。
相手はもう老人なのに・・・

今日は仕事をしながらも、気になり続けていましたが、
帰宅して叔父に連絡すると、少し意識が戻ったとのこと。
私の電話の呼びかけに「うん、うん、ありがとう」との小さな声の返事が聞こえました!
まずはよかった、一安心。


でも

もしもあのまま会話をかわせない状態が続いていたら、きっともっと後悔したはず。



母は高齢で、いつ何があってもおかしくないから、と、心では分かってたはずなのに。
苛立ちを抑えられなかったし、口にしてしまった。

同じことを、ナカリとの間でも過去、何度も繰り返してきた。

私の携帯の「未送信メール」ボックスには、
ナカリとぶつかった時のやりきれない思いや罵りの言葉が、何通分もたまっています。
悔しくて情けなくて腹が立って、どこにもぶつけようのない思い、を、
宛先なしのメールに綴って保存しているのです。
時間を経てあとで読み返すと、
当時の辛い思い出がクッキリハッキリよみがえり・・・ああ、こんなこともあったなと。


実際、
我慢の限界を超え、言葉にしてぶつけ合い、傷つけあったことも何度となく。
家の中での怒鳴りあいや、モノのぶつけ合い、壊しあい。
外でも、
学校まで付き添っていく途中、押していた自転車をその場に放り投げて怒鳴りあったことも。


感情的になるのは仕方ない・・・

自分でも自分はかなり我慢強い方だと思うけど、
我慢がキレたら、頭が真っ白になって、相当ぶっ飛ぶ。
泣き叫ぶナカリが包丁を出した時には冷静さも取り戻せたけれど、
私の方がナカリ以上に興奮して暴れることも何度となく・・・

まあ、かなりの修羅場がありました。


それでも
ナカリはちゃんと生きているし、私もまだ生かされている。

たしか、大江健三郎の本の中に、「命以外、取り返しのつかないことは無い」
というような文章があって、深く共感したことを覚えているけれど、
ほんとうに
命以外のことは、いつからでも、どんな状況からでも、やり直しはきく。

だから、生きているということは、それだけで感謝。


ナカリは幼い頃、多動がひどかったので、車に轢かれかけたことが2度あり、
今でもその場面を思い出すだけで冷や汗が出る。
上の息子も保育所のおやつの団子をのどに詰めて救急車、
後で、実はかなり危ない状況だったと聞いて、怖い思いをしたことがあります。
小さい頃、子どもたち二人とも高熱による熱性けいれんで救急車に乗ったし、
看病で一晩中寝られなかったことも、何度あったか分からない。
母親ってそんなもの・・・親子ってそんなもの・・・

どんなに喧嘩しても、どんなに罵り合っても、あとから「ごめん」が言えたから、
赦しあいながら、今までやって来れた。


ばかだなあ、わたし。
来週、母に会えたら、まず、ごめんなさいを言おう。

ナカリが、家を出る家族に対して、必ずのように「無事にね」を口にする気持ち、
そのありがたさ、を、改めてしみじみ感じます。
どんなに元気な人だって、いつ、どんな形で永遠の別れが来るかなんてわからない。
そのとき、悔いが残らないように過ごせているか、だよね。



前に帰省した際、「きれいな虹を見たよ」と、写真↓を印刷して置いて行ったので、
それを見て、母が「おかあさん、おかあさん、虹が見える」とうわごとを言っていた、
という叔父の言葉に、胸がキュンと締め付けられました。
母にとってのお母さん、私にとっての祖母、の思い出がよみがえる・・・
思い出がある限り、人は心の中に生きてるんだな。
おばあちゃん、もう少し、お母さんを守ってあげて。
蔦屋駐車場からの虹 IMG_0917




思い出 | 21:11:58 | コメント(4)
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