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ナカリママ

Author:ナカリママ
「無事にね!」は下の子どもの口癖です。その本人のホームページとリンクしています。一般的には子育てを終えている年齢ですが、まだまだ当事者である子ども達から学ぶことばかりの毎日です。

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1999年のダイアリーから
ご訪問ありがとうございます。

今日は、ナカリとコラボ作品作り。
(ナカリの昼寝中は庭仕事)
夕方、久しぶりに二人で散歩。
・・・と、ゆっくり過ごしました。

テレビ無しの、静かな夜です。
で、
リンク先の「吉報配達ブログ」でスケジュール帳の話を読んだので、
今の形で日々の記録を兼ねたスケジュール帳を買い始めた最初の年、
1冊目の、1999年のノートを、めくってみました。
(ノートの山は、年金申請の時に、役に立ちました)

記録ノート CIMG0196

秋からナカリと母子通園施設に通い始めた1998年。
その年の12月16日に購入、とのメモ。
「何度も書こうと思いつつ先延ばしにしてあったナカリの育児記録を今度こそ書こうと思い日記を購入」

日々のナカリや息子の様子が書き綴られていて、なつかしいです。

----------------------------

1月
「・・・寂しいというか、腹立ちも含めて、さむーい風が吹き抜ける感じ。
なんでかなあ。
しつけ、とか、ことばづかい、とかで・・・ほんとにモヤモヤする思いで。
子どもは可愛いけど、大変、と、つくづく思う。
こんな感じじゃ、やっぱりしんどいなあ。
あまやかし、なんやろか、やっぱり。」

2月
「夜中に、たすけてー、を何回も言ったり暴れたり私の髪を引っ張ったりで、寝かせてくれず」
「ごちまてで(ごちそうさま)、と両手を合わす」
「冷蔵庫を開けて、みどりみどり、と言う。
ワサビはダメと言うと、冷凍庫からミックスベジタブルを出して食べると言うので、ご飯に混ぜて食べさせる」

3月
「あぶくいてー(意味不明)」
「みっちゅ、さんさい、が言えるようになる」
「ぽぽちゃん(人形)をだっこして抱きしめる」

4月
「言語指導(療法)を申し込んでみる」
「おんぶ、と言うので、ねむいの?と聞くと、ナカリちゃんねむくった、と言う」
「かたつむり、が、どうしても言えない。かたまつり」
「あーあーあーあー、と何か伝えたそうに怒って言うことが増えた」

5月
「だっこした(だっこして)」
「だーぶーて?(だいじょうぶ)」
「ショートステイを申し込んでみる」

6月
「あびくよおー、おもいだっと(意味不明)」
「公園の水たまりに小石や砂を投げ入れ続ける。
マンホールと側溝の上に乗って遊び続ける。
踏み切りに走っていこうと騒ぐ、止めると大泣きして暴れる。
室内に入らない、靴を脱がない、泣き続ける」

7月
「(通園施設で)泣きながら体重計に自分から一人で乗る。
 葛藤が見える!ナカリのターニングポイント!」
「夜、何か分からないけれど、楽しそうに歌を歌う。
〇〇ちゃん〇〇ちゃん、どこいちぼ?(どこいます)」
「いたまたて(いただきます)」

8月
「ことばがハッキリしてきた。こんには、おかいな」
「すごーいビール、がんばれビール????」
「私がメガネをかけたら、めがねただいま。お茶がこぼれたら、お茶おちた」
「はやく、じぶんで、とよく言う→私が言ってるのかな」

9月(母子通園施設を退所して、地域の保育所に移る。息子も学童に入る)
「どちぶんばん、いききっき、いききっき(意味不明)」
「夜中、つづけて3時前後に起きて泣く」
「おんぶすると、おもたいねー。ゲームを見て、どっちもがんばれー」

10月
「いこう、こっち、と、指さし、手を引く」
「息子・・・ナカリちゃんの知らないところで、おれはいっぱいがまんしてるんやで」
「おとーさん、あれ、いないなー、どこいなかー、あった」
「お母さん大好き―」
「息子・・・ナカリちゃんは障がいがあるの?ぜったい?かおとかゆがんでないのに?」
「怒ると、お母さんこわいー、と言う」
「まってね、に、はーい、が言える」

11月
「(人に対して名前を聞くときも)これなあに?あれなあに?」
「はさみ、か~わい~ね~。ピンクかわい~ね~(何でもかわいい)」
「自転車が倒れたら、あーたおれた、いたかったね、だいじょうぶ」
「やたら走り回らないで、ちゃんと散歩ができるようになった」

12月
「ちりめんじゃこを指して、ちっちゃいおさかな」
「自分からこけて泣いたのに、ごめんなさい」
「〇〇がなくて探してほしい時、〇〇あった、と言う。
ないねー、やで、と言っても、繰り返し、〇〇あった、と言う」
「キャラメルを、ピンクと赤とかわいーね、と言うので、食べるの?と何回も聞くと、食べるの。
なら、あけて、って言うの→あけて。
2個目を持ってきて、ピンクかわいーね。何て言うの?と繰り返すと、あーけーて」

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・・・はしょりながら振り返ってみて、小さいナカリや息子の姿が目に浮かびます。
ダイアリーのおしまいの方は、読んだ本や聞いたお話の記録。

「福祉というのは、お金でも施設でもありません。それは、ふれあい、出会いです」
という1文があって、改めてそうだなあー、と思ったのでした。

ふ~。
ここからスタートして、長い道のり、ここまで辿り着いたんだもの。
大きな成長だなあ、としみじみ。
だから、未来も、明るく考えて行こう。
明日からの1週間も、がんばろう!

長々読んでくださって、ありがとうございました。




思い出 | 22:21:46 | トラックバック(0) | コメント(8)
2000年以上前の戦争の記録から
ご訪問ありがとうございます。

この間、少しエネルギー切れですが、
息子と話をする中で、西洋古典を読みたいと思い、
中央公論社の「世界の名著 5 ヘロドトス トゥキュディデス」を手に取って、
少しずつ、読み進んでいます。

カタカナ文字(地名、人名)に、なかなか頭がついていかない状態ながら、
いろいろと、きな臭い昨今、2000年以上前の戦争の記録に、
時を経ても、戦いがもたらす悲しみは変わらない、と、考えさせられます。

できるだけ
美しいもの、楽しいこと、に、意識的に、目を向けようと思ってはいるのですが、
「戦史」を読んだ後、心に残った場面が強烈で、
歴史に学ぶためにも、古典を引き継ぐことは大事だと思うし、
書き留めることで、さらに心に刻みたい、という気持ちで、記事にさせていただきます。

ふりかえると、
世界史は苦手で、暗記を強いられて反発したのもあって、
若い頃は、原典などほとんど見向きもせず、
この年になって、もったいないことをしたなあ、と・・・。
残された時間に、少しでも読んでみたいです。


トゥキュディデス「戦史」久保正彰・訳 巻7の後半
シュラクサイの戦いで大敗北を喫したアテナイ軍の撤退の様子

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退陣せんとするものたちは多数の船をことごとく失い、
大いなる抱負は失せて自分らはもとより祖国をも危機におとしいれただけではなく、
後にする宿営地には各人の目を刺し心を貫く痛ましい光景が横たわっていた。
戦死者の遺体は土をかけられることもなく横たわり、
人はおのれの縁者友人が倒れ伏しているのを見るたびに、
恐れと痛恨の交錯した気持ちに突きおとされた。
さらに負傷や病弱のため、
生きながらに遺棄されていく戦友たちの姿は、
生きているものらにとって、
累々たる屍体よりもはるかに耐えがたい苦痛を与え、
五感を失った死者よりもさらにみじめな訴えを去るものらにむかって放った。
かれらは嘆願し、涙ながらの訴えをつくして人々を絶望に追いやった。
仲間や縁者の姿を見つけるたびに、
どうか自分たちも連れていってくれと一人一人にむかって声を放って助けを求めるもの、
同じ宿舎にいた戦友がやがて立ち去ろうとすると、
その肩にすがりついて力のつづくかぎりはそのあとに従うもの、
だがその気力もたちまちにつきはてて、
最後の息で神を呼び悲嘆の声を放って落伍していくもの、
そのためついに全軍の将士は涙にみたされ、
いかんともすべき力を失って、
今は敵地から脱出すべきことも、
涙ではつぐないきれぬほどの大損害をすでにこうむっており、
まだこの先定かならぬ道中でこうむるやもしれぬと恐れていることも、
みな忘れて出発はただ遅々としてはかどらなかったのである。
そしてついに果てしない幻滅感と自責の念がかれらを押しつつんだ。

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2000年の時を超えた鎮魂の気持ちを、映画プラトーンで使われた音楽に重ねて。
サミュエル・バーバー 「弦楽のためのアダージョ」


暗い方向に考えるのではなく、先人の経験の上に今があることに感謝しつつ、
少しでも明るい方向に向かって進めますように。

明日はナカリと2人きりの休日なので、ゆっくりたっぷり遊ぼうと思います。







読んだ本・文章、見た映画・ドラマ、聴いた音楽 | 22:11:43 | トラックバック(0) | コメント(10)
お彼岸に「親の不在」を考える
昨日は、お休みデーとなりました。
更新できず、訪問もわずかしかできなかった中、
ご訪問いただいたみなさま、今日もありがとうございます。

一昨日、ラジオニュースで「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉が流れたので、
ナカリに、お彼岸って分かる?と聞いたところから(知りませんでした)、
彼岸花って知ってる?とも聞いてみて、
知らないというので、絵を描いたり写真を見せたりして、
おばあちゃんは花の名前に詳しかったよねー、と思い出話になりました。

そして、昨日、ナカリが当事者会をお休みして空いた時間に、
私一人で耳鼻科に通院、帰り道に、田んぼのわきで彼岸花が咲いていたので、
ナカリに見せよう!と写真を撮って帰りました。

彼岸花

一気に秋・・・の感じです。

昨日の朝日新聞「折々のことば」の文章にしみじみしたのもあって、
両親のことを懐かしく思いだしました。

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折々のことば 鷲田清一 880回 2017.9.21

美味しいもの、美しいもの、面白いものに出会った時、
これを知ったら絶対喜ぶなという人が近くにいることを、
ボクは幸せと呼びたい
               燃え殻

会社員作家の小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』から
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母が体が弱く、私が一人っ子だったこともあって、
我が家は親子の距離がかなり近かったです。
そして今、娘や息子との距離も結構近いと思っています。
「近い」内容は、この文章の感じなんだ、と、改めて感慨深い気持ちになりました。

いつか親は先に逝くから、その時、
子どもたちにとって親以外に「近い」存在ができていたらいいのにな、
と、先取り不安も感じながら、
でもやっぱり、今ある幸せをかみしめないとなあ・・・


両親が植えた庭の姫リンゴが色づいて、ひとつは台風で?落ちてしまい、
ひとつは一昨日剪定中にポロリと落ちてしまい、思いがけず収穫?、となりました。
2個とも鳥につつかれることなく、虫にも喰われないで、つやつやと綺麗に輝いています。
最初に木の枝に実を発見した時、ちょうど2個あって、
父と母とが様子を見に来てくれたような気になったのも思い出しながら、
医者の予想を超える年齢まで生きた母と、
外科手術の失敗がもとで思いがけず母より先に逝ってしまった父の姿が、
手元にあるリンゴに重なって見えた気がしました。

姫リンゴ収穫

形はそれなりに立派ですが、親指程度の小さな姫リンゴです。
切って食べてみようかと思いながら、あんまり可愛いので、置いたまま眺めています。


両親とも、教会で告別式を行い、「国籍在天」の墓碑のもと眠っていますが、
生前は、長男の家として祖父母の仏壇を守って、折々に供養をしていました。
宗教は違っても、亡くなった人を想う気持ちは通じていると思います。

気になるとネットで調べてすぐに答えが得られる時代・・・
両親が送ってきた百科事典は、先日断捨離でリサイクル(全部で200円!)したばかり。
お彼岸、で検索して出てきた記事によると、


>「彼岸」は仏教用語です。

>仏教では、今私たちがいる煩悩や迷いに満ちた世界を「此岸(しがん)」といいます。
>この此岸にある者が六波羅蜜(ろくはらみつ・菩薩になるための方法)の修行をすることで
>煩悩や悩みの海を渡って辿り着く悟りの世界を「彼岸」といいます。

>お彼岸は、極楽浄土に想いを馳せ、より彼岸に近づけるよう修行をする期間といわれています。

>また、彼岸は西、此岸は東にあるので、
>秋分と春分は太陽が真東から昇って真西へ沈むことから、彼岸と此岸が通じやすくなると考えられ、
>先祖供養をするようになったそうです。

今年の秋のお彼岸は、9月20日が彼岸の入り、秋分をはさんで26日が彼岸明け、だそうです。
週末には、夫が単身帰省して、亡くなった義父の一年祭について、相談してくる予定です。
夫の実家も、神道なので、仏教行事にはご縁が無いようですが、想いは同じ、ですね。

いのちを考えることは、やはり、厳粛な気持ちにさせられます。
息子が学んでいるラテン語の「メメント・モリ(死を忘れるな)」です・・・。
この数日は、修行、のつもりで過ごしたいと思います。

以前にもアップしたことがあるかと思いますが、
帰省中、息子が練習していたリスト編曲のバッハ。
「オルガンのための前奏曲とフーガ イ短調」
拙いながら、憧れて、ちょっとだけ私も練習中…回を重ねれば少しは弾けるようになるかしら。






読んでくださってありがとうございました。





思い出 | 10:32:57 | トラックバック(0) | コメント(6)
お休みすることは悪くない
ご訪問ありがとうございます。

今日は、小学校の支援学級で一緒だったお友達と親子2組で外食しました。
子ども同士が会うのは久しぶり。
一緒に車に乗っていても、おしゃべりするのは、専ら、母同士。
ナカリはほぼ無言です。
でも、それを、そのお友達はいい感じに受け止めてくれたみたいで、
別れてうちに帰った後、お母さんに
「ナカリちゃんが穏やかで感じよくて嬉しかった。また行こうね」
と話してくれたみたいで、
それを聞いたお母さんから、「私も嬉しくて」と、メールをもらいました。

じーん。

夜には、アートの先生からも、
写真を撮り忘れたので写メールをお願いします、とのメールをいただいたので、
昨日から何度も親子で、実物や写真を見直しては、すてきね~と、嬉しい気持ちに浸っています♪
と、写真添付してお返事したら、
「私も嬉しい気持ちいっぱいです」とお返事いただき、
じーん。

・・・で、
明日は当事者会ですが、
内容が、今年後半の予定を決める話し合い、の予定なので、
ちょっとプレッシャーなナカリが
「みんなでトランプする、とかできない」
「何がしたいですか?と聞かれても答えられない」
と、気が進まない様子に、
じゃあ休もうか、と、こちらから提案し、
今日のうちに、欠席の連絡を入れました。

「ごめんなさい」を連発するナカリに、
疲れたときは休んで構わないんだよ、と、何度も繰り返して、
「誰も悪く言わない?」という不安を打ち消しています。

そう、そう、
休んだってかまわないんだよ(^-^)

大切なのは、自分の心と体の安定。
なんにでも動揺してしまって、すぐに疲れてしまう、・・・だからこそ、休憩は必要!

私も、無理せずに行こう。

今日は、
リンク先のsrpさんに教えていただいた、銀色夏生さんの詩集「夏の森:角川書店」を読んで、
じーん。
さらに、益田ミリさんと武田砂鉄さんの「せいのめざめ:河出書房新社」を読んで、
この年で改めての発見&思春期の揺れる心のあれこれに想いを致して、
そこでも、じーん。
加えて、NHKFMで、チャイコフスキーのセレナード、ハ長調、作品48が流れてきて、
じーん。

こころがいっぱい震えました。

とにかく、マイペース、マイペース・・・。
嬉しいことをしっかり味わって過ごそう、と、しみじみしている夜です。


小澤征爾さん指揮のセレナード






子どもの日常 | 21:59:39 | トラックバック(0) | コメント(16)
想像の世界とのつきあい方・・・肖像画が完成
ご訪問ありがとうございます。

まだまだ思春期真っ只中という感じ?のナカリです。
心と性の問題は複雑かつデリケートなので、
親子では難しいところをカウンセラーさんにも手助けいただきながら、
それでも、今のところ、やっぱり一番話せるのは母娘の間のようなので、
二人それぞれお互いに試行錯誤しながら、
危ない崖のへりを恐る恐る歩いている状態です。

目に見えない心の世界を生きているナカリにとって、
自分が生み出したキャラクターを恋人にして満足・・・なのも確かなことなのですが、
一方、健康的に発達している体の欲求が想像だけでは満たされない、というのも事実で、
それを「お話」しながら解決していくのは本当に大変です。
なんとかモヤモヤをスッキリさせたいけれども、
もうひとつしっくりこない、寂しさがこみあげる、
動植物にも雄雌があるという話を聞いただけで涙ぐんでしまう、
アメーバ―のように分裂して増えていく生物の話をしたら、
どうして人間もそうじゃないのかと、思ってしまう、
進化の話なんて聞くと、さらに苦しくなってしまう・・・

うーん、うーん、と、唸りながら、荒波を乗り越えている感じです。
ちょうど、今日の朝日新聞大阪版夕刊「女子組」で、
「AVの影響 読者からの声」という記事が載っていて、
読んだ私はさらに複雑に思いを巡らせ、
ナカリに伝えるべき情報と、伝え方とに細心の注意が必要、とプレッシャー。


とりあえず、今日は、アートの先生に引き続き家庭訪問いただいて、
カゲウラさんの肖像画を完成させたので、
ナカリと一緒に、それを眺めながら、想像の世界に浸ろうと思います。

カゲウラさん肖像画完成

アートの先生とは、帰りがけに、大人二人で
絵を描くことの楽しさと同時に苦しさについてお話しすることができ、
先生ご自身、自分の描いた絵を破ってしまうことが有る、とお聞きしました。
(ナカリも、何度も、自分のイラストを破っています)
人物画は特に難しい、とも。
描いたものを自分が見ることができる=他の人も見ると意識する
→他の人の評価が気になると、描けなくなる・・・
そういう部分もあって、この最近は、ナカリが黙々と描いている横で、
できるだけ口をはさまずに見守ってきてくださったそうで、
ひとつ完成できた喜びを一緒に感じてくださり、感謝でした。

この「カゲウラさん」、大事にしたいです。

あと、
時間があったので、次回からの画材をパステルにしよう、という話から、
指で広げるのが少し苦手というナカリに、化粧用パフを使うことを提案してくださり、
今日、少しだけ試してみました。
虹のような背景ができた後、しばらく考えて、ペンパステルで描き足して完成した絵です。

2017年9月19日パステル画

なんだかふしぎな感じの絵になりました。
ひとつひとつの作品に、ナカリの今の心が現れているのかな。

表現活動、って、心を開放する力もあるみたい。
ナカリと一緒に絵を見ながら、すてきねえ~(^-^)と見入っていると、
ふしぎと心が落ち着いてきました。
すてきねえ~~と繰り返すと、
「ほめてくれてうれしい」と、とても穏やかな笑顔のナカリです。

脳だけが過活動にならないように気をつけながら、
ゆっくりほわんとした気持ちを持てるように心がけたいです。

一緒にナカリの作品を観てくださってありがとうございました。



ナカリの作品 | 18:13:02 | トラックバック(0) | コメント(8)
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